説明

高抗菌性を有するポリ乳酸樹脂基材、繊維、衣類、並びにその製造方法

【課題】高い抗菌性を有するポリ乳酸樹脂基材等を提供すること。
【解決手段】ポリ乳酸樹脂の表面を中性のコート液またはアルカリ性のコート液で処理したポリ乳酸樹脂基材とすることで、高い抗菌性を有するポリ乳酸樹脂基材とすることができ、少なくとも抗菌性を大幅に向上させることができる。特に、中性のコート液により処理する場合は、前記抗菌性の向上に加えて、優れた強度も備えたポリ乳酸樹脂基材とすることができる。更に、前記ポリ乳酸樹脂基材を繊維状とした、高い抗菌性を有するポリ乳酸繊維とすることもできる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高抗菌性を有するポリ乳酸樹脂基材に関する。より詳しくは、コート液で処理された高抗菌性を有するポリ乳酸樹脂、繊維、衣類、並びにその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、合成樹脂は、我々の衣食住やあらゆる産業分野において必要不可欠な材料として汎用されている。しかし、前記合成樹脂の大量生産により多量の廃棄物が生じることや、合成樹脂の廃棄は埋め立てや焼却処分されることで各種有害物質が発生する。加えて、前記合成樹脂は一般に非分解性であるため、長期間自然環境中に残留することで自然環境に悪影響を与えている。この問題に関しては、前記多量の廃棄物をいかに処理するか、また前記合成樹脂をいかに再利用するかという観点からの解決策が求められている。
【0003】
この解決策の一つとして生分解性樹脂の開発が行なわれている。生分解性樹脂は、自然環境中で水や二酸化炭素等に分解される性質を有するため、環境にも優しい樹脂である。しかし、前記生分解性樹脂は、その生分解性によって時間がたつにつれて分解が進むため各種物性が低下してしまうという問題を有する。そして、前記生分解性樹脂の多くは軟質系樹脂であるため、あらゆる分野に使用可能な樹脂とはいえない。
【0004】
そのなかでポリ乳酸は、他の生分解性樹脂に比べて高硬度、高融点、高透明性の硬質系熱可塑性樹脂であるため、各種繊維やフィルム等の汎用材料として好ましい力学的物性を有する生分解性樹脂として注目されている。更に、ポリ乳酸は、植物由来の乳酸を原料とする点でも地球環境にも優しく、生体適応性にも優れている。従って、ポリ乳酸は、肌着等の繊維材料や、医用高分子として手術糸等への応用が試みられ、その一部が実用化されている。
【0005】
そのようなポリ乳酸に関する技術として、特許文献1にはポリ乳酸を靴中敷の生地に用いる技術が開示されている。また、非特許文献1には、ポリ乳酸樹脂自身が、黄色ぶどう球菌等に対しておだやかな抗菌性を有することが記載されている。
【0006】
【特許文献1】特開2004−41385号公報。
【非特許文献1】梶山宏史著、「繊維と工業」繊維学会、vol.59、No.10(2003)p329−p332。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし,前記ポリ乳酸は結晶性が高く分解速度の制御が難しいことや、ポリ乳酸の分子構造中に反応性官能基が存在しないため化学修飾が比較的困難であること等から、その各種物性についての実用化レベルへの改善は充分ではない。前記各種物性のなかでも抗菌性を向上する技術の開発は、前記繊維材料や前記医用高分子として使用されるポリ乳酸にとって重要である。この抗菌性については、前記のようにポリ乳酸自身がおだやかな抗菌性を有するといっても、実用化に耐えうる高い抗菌性ではないため改善の余地がある。
【0008】
そこで、本発明は、高い抗菌性を有するポリ乳酸樹脂を提供することを主目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは前記目的を達成するために、種々の物質をポリ乳酸にコーティングしたりブレンドしたりして、これらの物性評価を行なった。その結果、ポリ乳酸樹脂の表面を、中性コート液またはアルカリ性コート液で処理することで、ポリ乳酸が有する抗菌性が大幅に向上されることを見出した。
【0010】
その結果、まず、本発明では、ポリ乳酸樹脂の表面が中性又はアルカリ性のコート液で処理された高抗菌性を有するポリ乳酸樹脂基材を提供する。中性またはアルカリ性のコート液を用いることで、ポリ乳酸樹脂の抗菌性を向上させることができる。
【0011】
次に、本発明では、前記中性のコート液はシリコーン樹脂を含有したポリ乳酸樹脂基材を提供する。耐熱性や低摩擦性等を有し、化学的にも安定であるシリコーン樹脂をコート液に用いることで、前記抗菌性の向上に加えて、優れた強度も備えた樹脂基材とすることができる。
【0012】
続いて、本発明では、前記シリコーン樹脂を含有する中性のコート液の動粘度が0.8〜500mm/sである、高抗菌性を有するポリ乳酸樹脂を提供する。前記動粘度を具備する中性のコート液を用いることで、前記ポリ乳酸樹脂の表面を効果的に処理できる。なお、本発明において用いる動粘度は、JIS−Z−8803に準拠して測定する25℃における動粘度である。
【0013】
また、本発明では、前記アルカリ性のコート液は水溶性の塩基性物質を含有する高抗菌性を有するポリ乳酸樹脂基材を提供する。これにより、ポリ乳酸樹脂の抗菌性を向上させることができる。
【0014】
そして、本発明では、前記高抗菌性のポリ乳酸樹脂基材を繊維状とした高抗菌性のポリ乳酸繊維を提供する。これにより、高抗菌性を有するポリ乳酸繊維とすることができる。また、本発明では前記高抗菌性を有するポリ乳酸繊維から形成された衣類を提供する。これにより高抗菌性を有し、環境にも優しい衣類とすることができる。更に、本発明では、ポリ乳酸樹脂の表面を、中性またはアルカリ性のコート液で処理した高抗菌性を有するポリ乳酸樹脂基材の製造方法を提供する。これにより高抗菌性を有するポリ乳酸樹脂基材とすることができる。
【0015】
なお、本発明における「ポリ乳酸」とは、乳酸(2−ヒドロキシプロパン酸;CHCH(OH)COOH)またはその誘導体をモノマー構造に有する樹脂であればよく、その数平均分子や重合度についても限定されない。また、前記乳酸またはその誘導体の光学純度についても限定されず、例えば、ポリ−D−乳酸であってもよいし、ポリ−L−乳酸であってもよいし、ポリ−DL−乳酸であってもよい。
【0016】
そして、ポリ乳酸は、乳酸またはその誘導体の単独重合からなるものに限定されず、乳酸と他の生分解性樹脂成分との共重合体であってもよいし、ポリ乳酸と前記他の生分解性樹脂とのブレンド樹脂であってもよい。前記他の生分解性樹脂成分としては、例えば、ε−カプロラクタム、コハク酸やアジピン酸等の脂肪族カルボン酸、グリコール類等を用いることができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明に係るポリ乳酸樹脂は、中性コート液またはアルカリ性コート液で被覆されているため、高抗菌性を発揮できる。
【0018】
中性のコート液及びアルカリ性のコート液を用いることで前記ポリ乳酸樹脂の抗菌性を向上できる作用等については、明確ではないが、ポリ乳酸は弱酸性でありアルカリ性に弱い性質を有するので、アルカリ性のコート液を用いることで前記ポリ乳酸は分解されやすくなり、該分解により生じる乳酸の作用によって抗菌性が向上されるのではないかと考えられ、中性のコート液の場合もポリ乳酸の分解により乳酸は発生するが、アルカリ性のコート液よりも分解が遅いため、前記強度低下を効果的に防止できるのではないかと考えられる。
【0019】
以上より、本発明は、高い抗菌性を有するポリ乳酸樹脂基材を得ることができる実用性に優れた技術といえる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明を実施するための好適な形態について説明する。なお、示される各実施形態は、本発明に係わる代表的な実施形態を示したものであり、これにより本発明の範囲が狭く解釈されることはない。
【0021】
また、本発明に用いるポリ乳酸の製造過程において、含有水分の除去や、反応系中に存在するアルカリ性化合物や残存モノマーの除去や、オリゴマーの生成抑制や、ポリ乳酸の末端官能基の処理等を適宜行うことで、前記ポリ乳酸自身の各種物性を制御できる。このような制御を行なうことで、通常の使用環境下でのポリ乳酸自身の安定性や力学的特性を向上させることができる。
【0022】
本発明に用いるポリ乳酸樹脂の分子量については特に限定されないが、好適にはGPC(ゲル・パーミエーション・クロマトグラフィー)によって測定された重量平均分子量(M)が1万〜50万であることが望ましい。前記重量平均分子量が1万よりも低い場合は所望の機械的物性を発揮できず、前記重量平均分子量が50万よりも大きい場合はポリ乳酸が硬くなりすぎるため所望の加工性が得られない。また、本発明に用いるポリ乳酸の光学比率についても特に限定されず、所望する結晶性や融点等の各種物性を考慮して適宜選択することができる。
【0023】
また、本発明に係るポリ乳酸樹脂基材とは、前記ポリ乳酸樹脂が本発明に係るアルカリ性コート液または中性コート液により処理されているもの全てをいい、その形状や大きさ等については限定されない。
【0024】
本発明で用いられる中性のコート液とは、酸性度(pH)が6.0〜8.0でありポリ乳酸を被覆できるコート液であればよく、その種類は特に限定されないが、好適にはシリコーン樹脂やポリエステル系樹脂等を主成分とするコート液であることが望ましい。特に、前記シリコーン樹脂は耐熱性や低摩耗性や機械的安定性や撥水性等を有しながらも化学的に不活性である点で望ましいが、そのなかでも更に好ましいのは、ジメチルポリシロキサン等のアルキルポリシロキサンや、フェニルシロキサン等の芳香族系ポリシロキサンや、メチルフェニルシロキサン等の芳香族基とアルキル基とを併せ持つポリシロキサンであることが望ましい。そして、本発明では、種類の異なる中性コート液を混合して用いてもよい。
【0025】
前記中性コート液としてシリコーン樹脂を使用する際には、ポリ乳酸の分子量や重合度等を考慮して好適なシリコーン樹脂を選択でき、該シリコーン樹脂を含有する中性コート液の動粘度については特に限定されないが、JIS−Z−8803に準拠して測定する25℃における動粘度が0.8〜500mm/sであることが望ましく、より好適には1〜300mm/sであることが望ましく、更に好適には2〜100mm/sであることが望ましい。前記シリコーン樹脂の粘度が前記範囲より低い場合にはポリ乳酸樹脂に付着する量が少なくなるため十分な抗菌性が得られない。一方、粘度が前記範囲より高い場合にはポリ乳酸樹脂基材にベトツキ感が発生してしまうこと等から実用上問題となる。
【0026】
また、本発明で用いる中性コート液は、適宜、有機溶媒や水等で希釈して用いることができる。前記希釈するための溶媒の種類については特に限定されず、前記シリコーン樹脂との溶解性やポリ乳酸樹脂基材(ポリ乳酸繊維)の使用目的等を考慮して、適宜、選択できるが、溶解性や環境等の観点から水を用いることが望ましい。
【0027】
更に、前記中性コート液により表面を処理されたポリ乳酸樹脂基材であれば、高い抗菌性に加えて、優れた強度保持性等も兼ね備えることができる。即ち、ポリ乳酸の生分解性に由来する強度低下を効果的に防止できる。従って、中性コート液により表面を処理されたポリ乳酸樹脂(またはポリ乳酸繊維)であれば高い強度性を長期にわたって維持させることができる。
【0028】
そして、中性のコート液に前記シリコーン樹脂を用いることで、抗菌性を向上させる効果と高い強度性を有する効果に加えて、耐熱性、低摩耗性、機械的安定性、撥水性等も本発明に係るポリ乳酸樹脂基材に付与することができる。前記シリコーン樹脂由来の性質としては、一般に、使用可能温度範囲が広いことや、物性の温度依存性が小さいことや、耐熱性や耐摩耗性や機械的安定性や絶縁安定性等に優れていることや、低毒性であることや、圧縮率が高いことや、化学的に不活性であるため安定であること等が上げられる。これらの性質を有するシリコーン樹脂を前記コート液として用いることで、前記抗菌性の向上だけでなく、前記の優れた種々の性質もポリ乳酸樹脂基材(またはポリ乳酸繊維)に付与させることができる。
【0029】
更に、前記シリコーン樹脂の中でも、ジメチルポリシロキサンベースあるいはジメチルポリシロキサン構造の一部を置換した樹脂(例えば、ジメチルポリシロキサンのメチル基を、フェニル基、アルキル基、水酸基、水素原子、またはハロゲン原子等で置換された樹脂。)は広い物性領域を有するものの一つである点で、特に望ましく、例えば、メチルフェニルポリシロキサン等が挙げられる。また、本発明では、前記シリコーン樹脂の末端基についても限定されないが、好適にはメチル基等のアルキル基やフェニル基等の非反応性末端基であることが望ましい。
【0030】
本発明で用いられるアルカリ性コート液とは、ポリ乳酸を被覆でき、かつ酸性度(pH)が8よりも大きい値を示すコート液であればよく、前記アルカリ性コート液の分子量や重合度については特に限定されない。即ち、被覆されるポリ乳酸の分子構造や分子量や重合度等を考慮して、適宜、好適な物質を選択できるが、好ましくは塩基性物質を含有するコート液であることが望ましい。
【0031】
なお、本発明において、前記アルカリ性コート液により処理されたポリ乳酸樹脂基材(ポリ乳酸繊維)であれば、強度に関しては時間が進むにつれて脆くなるため、使い捨ての抗菌性樹脂材料として使用したい場合等に用いることができる。即ち、ポリ乳酸樹脂基材の使用目的を考慮して、所望する抗菌性と樹脂強度(繊維強度)を考慮して、アルカリ性のコート液の好適なpH値を決定することで、使い捨て抗菌性樹脂材料とすること等ができる。
【0032】
本発明において用いられる塩基性物質については、コート液に溶解し、塩基性である物質であればよく、その種類等については特に限定されないが、好適には水溶性の塩基性物質であることが望ましい。水溶性の塩基性物質を用いることで、前記アルカリ性コート液は水溶液とすることができるため、より環境に優しいポリ乳酸樹脂基材(ポリ乳酸樹脂繊維)とすることができる。
【0033】
また、前記水溶性の塩基性物質の種類については特に限定されないが、好適にはアルカリ金属水酸化物、アルカリ金属炭酸塩、アルカリ金属炭酸水素塩、アルカリ土類金属水酸化物、アルカリ土類金属炭酸塩、アルカリ土類金属炭酸水素塩等であることが望ましく、その中でもより好適には水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム等を用いることが望ましい。これらの物質は水等への溶解度が高いため、より効率よくコート液に溶解させることができる点等から望ましい。また、複数種類の塩基性物質を前記コート液に含有させてもよい。
【0034】
本発明において、前記塩基性物質の含有量については限定されず、前記強度と抗菌性とを考慮して適宜選択できる。即ち、ポリ乳酸はアルカリ性に弱い性質を有するため、前記アルカリ性コート液のpH値が高いほどポリ乳酸から乳酸が生じやすくなり、前記乳酸によって抗菌性を向上することができると考えられる。従って、ポリ乳酸樹脂基材(ポリ乳酸繊維)に所望する抗菌性や強度を考慮して、適宜、アルカリ性コート液の酸性度(pH値)を適宜選択でき、前記所望する酸性度(pH値)を考慮して、塩基性物質の濃度等を決定することができるが、好ましくは前記塩基性物質の濃度が1%以下であることが望ましく、より好適には0.1%以下であることが望ましい。前記塩基性濃度が0.1%以下である場合には、高い抗菌性を具備させるとともに、ある程度の使用に耐えうる強度をポリ乳酸樹脂基材に維持させることができる点で望ましい。
【0035】
本発明において用いられる中性コート液、アルカリ性コート液に界面活性剤等を含有させることもできる。前記抗菌性をより効果的に向上させることもでき、湿潤・浸透作用、漂白作用、柔軟・平滑作用、防水・撥水作用、難燃作用、防錆作用等を付与させることもできる。
【0036】
前記界面活性剤の種類等については特に限定されず、使用するコート液の含有成分やポリ乳酸基板の使用目的等を考慮して適宜選択でき、例えば、スルホン酸塩型界面活性剤(αオレフィンスルホン酸塩、アルカンスルホン酸塩)、硫酸エステル型界面活性剤(アルキルエーテル硫酸塩、アルキル硫酸塩等)、アミン塩型界面活性剤(ポリオキシエチレンアルキルアミン等)、ポリエチレングリコール型界面活性剤、多価アルコール型界面活性剤、フッ素系界面活性剤、シリコーン系界面活性剤等を単独若しくは併用することができる。
【0037】
また、本発明で用いるアルカリ性コート液は、適宜、水や有機溶媒等で希釈して用いることができる。前記希釈するための溶媒の種類については特に限定されず、前記塩基性物質の溶解性やポリ乳酸樹脂基材(ポリ乳酸繊維)の使用目的等を考慮して適宜選択できるが、前記塩基性物質の相溶性等の観点からは水であることが望ましい。
【0038】
更に、本発明では、前記中性またはアルカリ性のコート液のみをポリ乳酸樹脂基材(ポリ乳酸繊維)に塗布することに限定されず、例えば、抗菌剤、紫外線吸収剤、香料等の各種添加剤を前記コート液に混合して用いることもでき、その種類は抗菌性を低下させる物質でなければ特に限定されず、適宜、選択することができるが、好ましくは、前記添加剤自体も分解性(光分解性、生分解性等)を具備する物質であることが望ましい。
【0039】
また、本発明で用いられるポリ乳酸の繊維の引張強度については特に限定されないが、100MPa以上であることが望ましく、より好適には200MPa以上、更に好適には350MPa以上であることが望ましい(JIS−L−1013に準拠)。また繊維径についても特に限定されないが、1μm〜5mmであることが望ましく、より好適には10μm〜3mm、更に好適には50μm〜1mmであることが望ましい。また、本発明ではポリ乳酸の繊維への紡糸方法については、繊維径や繊維配向等の設計に応じて、適宜、紡糸方法を決定できるが、好適には溶融紡糸による紡糸方法であることが望ましい。
【0040】
そして、本発明に係る高抗菌性のポリ乳酸繊維を用いて肌着等の衣類を形成することができる。優れた生体適応性を有するポリ乳酸に高い抗菌性を付与した本発明に係るポリ乳酸繊維は、特に直接肌に触れる肌着等の材料として優れている。更に、前記中性コート液で処理されたポリ乳酸繊維を用いた衣類であれば、長期間にわたり高い強度を保持できる点で有用である。また、前記アルカリ性コート液で処理されたポリ乳酸繊維から作られた衣類は、一定期間が経過すればその繊維強度は低下するとともに、繊維自身の分解が促進されるため、例えば、使い捨ての下着や靴下やおむつ等に使用することができる。
【0041】
本発明において、ポリ乳酸樹脂(ポリ乳酸繊維)の表面を前記コート液で処理する方法については特に限定されず、前記ポリ乳酸樹脂(ポリ乳酸繊維)の物性や形状や大きさ等に応じて適宜好適な方法を決定できる。例えば、スプレーコート法や、ダイコート法や、ニーダーコート法、ディップコーティング法、グラビアコート法、ロールコート法、カーテンコート法等によって行なうことができる。
【実施例】
【0042】
ここで、本発明の効果を確かめることを目的に比較実験を行った。中性、アルカリ性、酸性の各コート液を被覆したポリ乳酸繊維と、何も被覆されていないポリ乳酸繊維について物性値比較を行なった。
【0043】
<繊維の調製>
三井化学(株)社製ポリ乳酸樹脂「レイシア」を使用し、樹脂温度230度で溶融紡糸を行い、繊維径200μm、引張強度500MPaの繊維を得た。また、前記コート液として、中性、アルカリ性、酸性のコート液をそれぞれ用いた。なお、各コート液は必要に応じ水で希釈して使用した。実施例1〜5、比較例1,2の条件を表1に示す。なお、表1で示した「コート液の動粘度」とは、実際にコート液として使用した液の動粘度である。
【0044】
実施例1〜4として、表1に示す条件の中性コート液(pH6.5〜7.8)で被覆されたポリ乳酸繊維をそれぞれ用いた。実施例1〜4で用いた中性コート液は、シリコーン樹脂を含有するコート液を用いた。
【0045】
実施例5として、表1に示す条件のアルカリ性コート液(pH10.0)で被覆されたポリ乳酸繊維を用いた。実施例5で用いたアルカリ性コート液は、水酸化ナトリウム0.04%、界面活性剤0.003%を含有するように水で希釈し、酸性度(pH)を10.0に調整した液を用いた。
【0046】
比較例1は酸性コート液(pH5.0)で被覆されたポリ乳酸繊維である。比較例2はコート液で被覆されていないポリ乳酸繊維である(表1参照)。
【0047】
なお、ジメチルポリシロキサン(東レ・ダウコーニング(株)製)を含有する動粘度1000mm/sのコート液でポリ乳酸を被覆しようとしたが、粘度が高すぎるためコート液として用いることができなかった。また、ジメチルポリシロキサン(東レ・ダウコーニング(株)製)を含有する動粘度400mm/sのコート液でポリ乳酸を被覆したところ、実用上問題ないがポリ乳酸樹脂表面にベトツキ感が生じてしまうことを確認した。
【0048】
また、ジメチルポリシロキサン(東レ・ダウコーニング(株)製)を含有する動粘度0.65mm/sのコート液でポリ乳酸を被覆しようとしたが、ほとんどがポリ乳酸樹脂表面から流れ落ち、付着させることができなかった。また、ジメチルポリシロキサン(東レ・ダウコーニング(株)製)を含有する動粘度0.9mm/sのコート液でポリ乳酸を被覆した場合には、実用上問題はないが、一部付着していない樹脂表面が観察された。
【0049】
【表1】



【0050】
<抗菌性試験>
まず、中性、アルカリ性、酸性の各コート液で被覆されたポリ乳酸繊維と、何も被覆されていないポリ乳酸繊維とについての抗菌性について試験した。試験方法は、「かび抵抗性試験JIS−Z−2911−2000附属書1」のプラスチック製品の試験に準じて行なった。試験用寒天培地は、その厚さが5〜10mmとなるようにペトリ皿上に無菌的に分注して固化させることで調製した。そして、各ポリ乳酸繊維を前記試験用寒天培地上に置き、白癬菌の胞子懸濁液0.1mLを滴下した。その後、前記ペトリ皿の蓋をして29±1℃の条件で28日間保存して前記白癬菌の発育を観察した。その際、対照区として、胞子懸濁液のみの状態についても同様に試験を行なった。判定は、表2に示す方法に従って4段階評価を行なった(JIS−Z−2911−2000附属書1参照)。その結果を表3に示す。
【0051】
【表2】



【0052】
【表3】



【0053】
<考察>
表3によれば、中性コート液(実施例1〜4)とアルカリ性コート液(実施例5)は、最も抗菌性の高い評価であった。そして、実施例1〜5は、何も被覆されなかったポリ乳酸(比較例2)よりも高い抗菌性評価であった。一方、酸性コート液(比較例1)は比較例2と同程度の抗菌性評価であった。以上より、少なくとも、中性コート液またはアルカリ性コート液によってポリ乳酸を被覆することで抗菌性が向上することが示唆された。
【0054】
<生菌数に基づく抗菌性試験>
次に、中性のコート液、または酸性のコート液を用いたポリ乳酸繊維について、生菌数に基づく抗菌性試験を行なった。
【0055】
試験方法は次のようにして行った。まず、白癬菌について0.05%ポリソルベート80%溶液を調製して白癬菌液とした。続いて、前記白癬菌液を各試料に滴下して、35℃±1℃、相対湿度90%以上の条件下で28日間保存した。その間、14日目と、28日目に試料中の白癬菌の生菌数を測定した。なお、本実験の対照区としては、前記白癬菌液を滴下した綿布を使用した。
【0056】
【表4】



【0057】
<考察>
表4によれば、中性のコート液で被覆したポリ乳酸繊維(実施例1)は、28日目では生菌数が10未満となり、白癬菌がほとんど消滅した。一方、酸性のコート液で被覆したポリ乳酸繊維(比較例1)は、14日目、28日目のいずれも対照区の生菌数よりも多い生菌数となり、本試験によれば抗菌性の向上は全く見られなかった。以上より、生菌数に基づく抗菌性試験によっても、中性のコート液で被覆することでポリ乳酸繊維の抗菌性が大幅に向上することが示された。
【0058】
<強度試験>
続いて、中性、アルカリ性、酸性のコート液で被覆されたポリ乳酸繊維と、何も被覆されていないポリ乳酸繊維とについての引張強度について試験した。試験方法は、「化学繊維フィラメント糸試験方法JIS−L−1013」に準じて行なった。まず、各繊維を35℃の乾燥オーブン内で28日間保存した後に、その引張強度を測定した。その際、各繊維の強度保持率は下記式(1)に基づいて算出した。その結果を表5に示す。
【0059】
【数1】



【0060】
【表5】



【0061】
<考察>
表5によれば、中性コート液で被覆されたポリ乳酸繊維は、いずれも95%以上の高い強度保持率となった。一方、アルカリ性コート液で被覆されたポリ乳酸繊維は、86%の強度保持率となり、比較例2と比しても強度低下の傾向が認められた。
【0062】
以上より、中性コート液またはアルカリ性コート液でポリ乳酸繊維を被覆することで抗菌性が向上できることが示された。更に、中性コート液で被覆することで前記抗菌性を向上させるだけでなく、繊維強度についても高い保持率で維持できることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0063】
本発明に係る抗菌性を有するポリ乳酸樹脂は、各種シート、フィルム等に加工することができ、幅広い分野に使用できる。また、ポリ乳酸繊維とすることで、織物、網物等に2次加工することができ、シャツ、下着、靴下等の衣類やインソール、浴用マット、スリッパ等をはじめとする幅広い分野に利用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリ乳酸樹脂の表面が中性又はアルカリ性のコート液で処理された高抗菌性を有するポリ乳酸樹脂基材。
【請求項2】
前記中性のコート液は、シリコーン樹脂を含有することを特徴とする請求項1記載の高抗菌性を有するポリ乳酸樹脂基材。
【請求項3】
前記シリコーン樹脂を含有する中性のコート液の動粘度が0.8〜500mm/sであることを特徴とする請求項2記載の高抗菌性を有するポリ乳酸樹脂基材。
【請求項4】
前記アルカリ性のコート液は、水溶性の塩基性物質を含有することを特徴とする請求項1記載の高抗菌性を有するポリ乳酸樹脂基材。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか一項に記載の高抗菌性を有するポリ乳酸樹脂基材が繊維状であることを特徴とする高抗菌性を有するポリ乳酸繊維。
【請求項6】
請求項5記載の高抗菌性を有するポリ乳酸繊維から形成された衣類。
【請求項7】
中性又はアルカリ性のコート液を、ポリ乳酸樹脂の表面に塗布することを特徴とする、高抗菌性を有するポリ乳酸樹脂基材の製造方法。

【公開番号】特開2008−63697(P2008−63697A)
【公開日】平成20年3月21日(2008.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−242871(P2006−242871)
【出願日】平成18年9月7日(2006.9.7)
【出願人】(390009830)クレハ合繊株式会社 (8)
【Fターム(参考)】