説明

高温耐へたり性に優れる冷間圧延ステンレス鋼板およびその製造方法

【課題】本発明は、500℃以上の高温で使用される高温での耐へたり性に優れる冷間圧延ステンレス鋼板を安定して供給する手段を提供する。
【解決手段】質量%で、C:0.15%以下、Si:1.0%以下、Mn:2.0%以下、Cr:16%以上30%以下、Ni:7%以上25%以下、Cu:2.0%以下、Mo:5.0%以下およびN:0.1%以上0.4%以下を含有し、残部が実質的にFeおよび不可逆的不純物からなり、下記式(i)により定義されるA値が0以上であり、下記式(ii)により定義されるB値が1.5以上2.5以下である化学組成を備え、且つ下記式(iii)で定義される高温保持前後の硬度変化RHVが10%以下であり、更に圧延方向平行のばね限界値が220MPa以上となる機械特性を備えることを特徴とする冷間圧延ステンレス鋼板。
【数5】

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、500℃以上の高温で使用されても耐へたり性に優れる冷間圧延ステンレス鋼板およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
家庭用のコジェネレーションシステムの部品や自動車の排気系部品などには、SUS301のH仕様またはEH仕様などのばね用ステンレスが採用されている。しかしながら、近年ではこれらの使用環境の高温化が進んでおり、使用されるばね用ステンレス鋼板には従来以上の高い耐熱性が要求されている。
【0003】
高温ばね部品には、主にSUS301系の準安定オーステナイト系ステンレス鋼板が使用されてきたが、近年の熱エネルギー利用率向上要求に伴って各種部品の高温化が進み、従来のSUS301系の材料では高温域において軟化してしまうため、ばね材として適用できないという問題が生じている。
【0004】
高温特性に優れるSUS310S系の材料では、高温の特性はSUS301系の材料よりも優れるものの、常温での強度が低く、冷間加工による強度上昇も比較的小さいため、高いシール性が求められるばね用途には不向きである。
【0005】
特許文献1では、NやMnの含有量を増やし、時効硬化によって高温強度を高めたステンレス鋼板を提案している。しかし、0.40質量%以上のNを含有させると熱間圧延性が悪化する。また、2.0%質量以上のMnを含有させると、耐食性の低下や介在物を生成して加工性を低下させてしまう他、Nと同様に熱間加工性を低下させてしまう。さらに、Mnは溶解工程で揮発し易い特性があるため、製造環境を汚染してしまう恐れもある。すなわち、NおよびMnを多量に含有させることによって高温強度が確保されるものの、鋼板の製造段階の熱間圧延において品質不良が増加したり、製造された鋼板の二次加工性が低下したりするなどの問題を生じさせてしまう。
【0006】
特許文献2では、Mo、Wの添加により回復・再結晶の温度を高温側にシフトさせることで冷間加工によって導入される歪を高温でも安定させた高温強度に優れた高Mnステンレス鋼板を提案している。しかし、Mnの含有量が10%を超えると、介在物を生成して加工性を低下させてしまう。介在物が生成された場合、ばねとして使用中に疲労破壊が生じたり、成形加工時に割れが発生したりするなどの不具合が多発してしまう。
【0007】
特許文献3では、0.6%以上のCを添加して固溶強化やCr炭化物の析出強化により500℃付近までの温度上昇でも高硬度を維持できる高硬度鋼を提案している。しかし、Cを0.6%以上も添加すると、粗大なCr炭化物が析出して耐食性を低下させてしまう。また、冷間圧延性も著しく悪化してしまうため、冷間圧延鋼板としての製造が困難となってしまう。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平9−279315公報
【特許文献2】特開平11−241145公報
【特許文献3】特開2011−26693公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、500℃以上の高温で使用される高温での耐へたり性に優れる冷間圧延ステンレス鋼板を安定して供給することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは上記課題を解決すべく鋭意検討を行った。
強度を上昇させる方法として最も有効な方法は冷間加工である。しかし、冷間加工によって得られる強度は、温度の上昇により低下する。これは、冷間加工によって導入される転位が温度上昇による回復、再結晶で消滅することに由来する。したがって回復・再結晶を抑制することで、高温においても転位組織を維持させることができれば、高温でも強度を確保することが可能である。
【0011】
また、高温での保持中に微細な化合物が析出したり、CやNなどの原子径が小さい原子が転位に固着したりして強度が上昇する、いわゆる時効硬化を生じれば強度をさらに上昇させることが可能である。
【0012】
一方、準安定オーステナイト系ステンレス鋼は、冷間加工により加工誘起マルテンサイト変態を生じて高強度化する。この鋼は常温近傍で使用する場合には何ら問題ないが、高温で使用する場合にはマルテンサイトが逆変態してしまう可能性がある。このとき、急激な硬度低下や熱収縮が懸念されるため、本発明の対象としては適さない。
【0013】
以上の検討に基づき、本発明者がさらに検討した結果、安定したオーステナイト相を有し、回復・再結晶が抑制されているとともに時効硬化を生じうる金属組織上の特徴を有するステンレス鋼とすることにより、高温での耐へたり性に優れる冷間圧延ステンレス鋼板が得られるとの知見を得た。
【0014】
本発明は、かかる知見に基づき完成されたものであって、その要旨は以下のとおりである。
(1)質量%で、C:0.15%以下、Si:1.0%以下、Mn:2.0%以下、Cr:16%以上30%以下、Ni:7%以上25%以下、Cu:2.0%以下、Mo:5.0%以下、Al:0.01%以上0.20%以下、およびN:0.1%以上0.4%以下を含有し、残部が実質的にFeおよび不純物からなるとともに、下記式(i)により定義されるA値が0以上であり、下記式(ii)により定義されるB値が1.5以上2.5以下である化学組成を備え、且つ下記式(iii)で定義される硬度減少率RHVが10%以下であり、更に圧延方向平行のばね限界値が220MPa以上となる機械特性を備えることを特徴とする冷間圧延ステンレス鋼板。
【0015】
【数1】

【0016】
ここで、上記式(i)および(ii)における元素記号は、化学組成における各元素の含有量(単位:質量%)を意味する。また、上記式(iii)におけるHvinitは600℃400時間の加熱処理(高温保持)を行う前のステンレス鋼板の硬度(単位:Hv)を、Hvheatは前記加熱処理後のステンレス鋼板の硬度(単位:Hv)を意味する。
【0017】
(2)前記化学組成が、Nb、VおよびTiからなる群から選ばれる一種または二種以上を合計で0.02質量%以上1.0質量%以下含有することを特徴とする上記(1)記載の冷間圧延ステンレス鋼板。
【0018】
(3)圧下率が20%以上の仕上圧延が施されたものである上記(1)または(2)記載の冷間圧延ステンレス鋼板。
(4)前記化学組成が、REM:0.01質量%以上0.10質量%以下を含む上記(1)から(3)のいずれか記載の冷間圧延ステンレス鋼板。
【0019】
(5)前記化学組成が、B:0.001質量%以上0.01質量%以下を含む上記(1)から(4)のいずれか記載の冷間圧延ステンレス鋼板。
(6)上記(1)から(5)のいずれかに記載される冷間圧延ステンレス鋼板を備える部材であって、該部材が高温保持されたときに析出したCr窒化物を前記ステンレス鋼板のオーステナイト相中に備える部材。
【0020】
本発明において、「冷間圧延ステンレス鋼板」とは、ステンレス鋼板にばね性を付与するための冷間圧延が施されたステンレス鋼板をいう。なお、この冷間圧延は、鋼板を製造するための通常の工程(鋼の溶製、熱間圧延および脱スケール、さらに必要に応じ行われる冷間圧延、焼鈍、およびこれらの組み合わせの繰り返し)が終了したのちに行われることから、本発明において「仕上圧延」とも称する。
【0021】
また、本発明に係る冷間圧延ステンレス鋼板が備える機械特性である「圧延方向平行のばね限界値」とは、JIS H3130:2006に準じて、仕上圧延における圧延方向に平行な方向を試験方向として測定されたばね限界値を意味する。
【0022】
本発明において、「高温耐へたり性に優れる」とは、仕上圧延後のステンレス鋼板の表面硬さ(Hvinit)およびそのステンレス鋼板を600℃で400時間保持する加熱処理(本発明においてこの処理を「高温保持」ともいう。)を行って得られる鋼板の表面硬さ(Hvheat)を測定し、これらの測定結果を用いて下記式により算出される硬度減少率(RHV)が10%以下(負の値となってもよい。)であることを意味する。
HV=(Hvinit−Hvheat)/Hvinit×100
【0023】
なお、本発明に係るステンレス鋼板は、その一態様において、上記のように高温保持によってオーステナイト相中にCr窒化物が析出する。その場合には高温保持後のステンレス鋼板のほうがむしろ硬度が高くなるため、硬度減少率RHVは負の値を有する。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、500℃以上の高温で使用されても耐へたり性に優れる冷間圧延ステンレス鋼板を安定して供給することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明に係るステンレス鋼板の化学組成および金属組織ならびにこの鋼板の好ましい製造方法について説明する。なお、以下の説明において、各元素の含有量を表す「%」は特に断りがない限り質量%を意味する。
【0026】
1.化学組成
C:0.15%以下、好ましくは0.12%以下、より好ましくは0.10%以下
Cはオーステナイト組織の安定化を促進するとともに強度の上昇に寄与する。しかし、多量の添加は、Cr炭化物の生成による耐食性の低下を招くので0.15%以下とする。また、時効処理時にCr窒化物の析出が阻害されるので好ましくは0.12%以下とする。さらに、Nの固溶限確保のため、より好ましくは0.10%以下とする。
【0027】
Si:1.0%以下
Siは固溶強化元素であり強度上昇に寄与する。ただし、Siを過度に含有すると加工性低下を招く。したがって、Si含有量の上限は1.0%以下とする。Si含有量の下限は特に設定されない。
【0028】
Mn:2.0%以下
Mnはオーステナイト安定化元素であり、他の元素とのバランスを考慮して添加される。Mnを過度に添加すると、介在物の生成により材料の加工性低下および耐食性の低下を招く。したがって、Mn含有量の上限は2.0%以下とする。Mn含有量の下限は特に設定されない。
【0029】
Cr:16%以上30%以下、好ましくは、20%以上28%以下
Crはステンレス鋼の基本元素であり、実用に耐える充分な耐食性と耐高温酸化性とを得るため、16%以上を添加する。なお、窒素固溶量の増加や、オーステナイト相の回復、再結晶の抑制に寄与するため、20%以上の添加が好ましい。一方、Crはフェライト生成元素であるため30%以下とする必要がある。また、熱間加工性を低下させるσ相生成を安定的に抑制する観点から、28%以下とすることが好ましい。
【0030】
Ni:7%以上25%以下、好ましくは10%以上20%以下
NiはC,Nを除く合金元素の中で最も強力かつ有効なオーステナイト安定化元素であり、室温においてオーステナイト単相組織を得るために必須な元素である。したがって、Ni含有量は7%以上とする。より安定なオーステナイト相とするには10%以上の添加が好ましい。一方、過剰なNi添加は素材コストの上昇を招くため上限を25%とする。熱間加工性を低下させるσ相生成を安定的に抑制する観点から、20%以下とすることが好ましい。
【0031】
Cu:2.0%以下
Cuはオーステナイト組織の安定化を促進する。この作用を安定的に得る観点から、Cu含有量は0.10%以上とすることが好ましい。一方、Cuの多量の添加は強度の低下を招くと共に、コストの上昇を招くため、Cu含有量は2.0%以下とし、1.5%以下であることが好ましい。
【0032】
Mo:5.0%以下、好ましくは、1.0%以上5.0%以下
Moは窒素固溶量の増加させる効果を有する。この作用を安定的に得る観点から、Mo含有量は0.05%以上とすることが好ましい。また、回復・再結晶抑制効果もあるため1.0%以上の添加が好ましい。しかし、Moはフェライト安定化元素であり、原料コストも高いため、Mo含有量は5.0%以下とする。
【0033】
N:0.1%以上0.4%以下、好ましくは0.15%以上0.35%未満、より好ましくは0.17%以上0.3%以下
Nはオーステナイト組織の安定化を促進し固溶強化により強度の上昇に寄与するため、N含有量は0.1%以上とする。また、耐食性を向上させる効果があるため、0.15%以上の添加が好ましい。さらに、Cr窒化物の析出による時効硬化を生じさせるように0.17%以上の添加がより好ましい。しかし、多量の添加は熱間加工性を低下させるため、N含有量は0.4%以下とし、好ましくは0.35%未満、より好ましくは0.3%以とする。
【0034】
A値:0以上
下記式により定義されるA値が0以上である。
【0035】
【数2】

【0036】
ここで、上記式における元素記号は、化学組成における各元素の含有量(単位:質量%)を意味する。
上記のA値が0以上となる成分系にすることで安定したオーステナイト相となる。したがって、冷間圧延によって加工誘起マルテンサイト変態が生じず、温度上昇によって相変態が生じないため、高温での強度が確保される。
【0037】
B値:1.5以上2.5以下
下記式により定義されるB値が1.5以上2.5以下である。
【0038】
【数3】

【0039】
ここで、上記式における元素記号は、化学組成における各元素の含有量(単位:質量%)を意味する。
オーステナイト相中に析出するCr窒化物は主にCrNである。上記のB値が1.5以上2.5以下となるCr、N量に調整することで、高温保持によってオーステナイト相中にCrNが微細に分散析出し、回復・再結晶の抑制と時効硬化の効果を発揮する。この効果を安定的に得る観点から、B値は1.5以上2.5以下とする。下限は好ましくは、1.6以上、更に好ましくは1.7以上である。上限は、好ましくは、2.4以下、より好ましくは2.3以下である。
【0040】
本発明に係るステンレス鋼板の化学組成は、任意元素として次の元素を含んでもよい。
Nb、VおよびTiからなる群から選ばれる一種または二種以上を合計で0.02質量%以上、ならびにMo:1.0%以上のうち、いずれか一つ以上
Nb、VおよびTiは、上記のMoと同様にオーステナイト相の回復、再結晶を抑制する効果を有する。これは、Nb、V、Tiが炭化物、窒化物等を形成することによって発揮され、元素の種類による効果の差は大きくない。この効果を安定的に得る観点から、これらの元素からなる群から選ばれる一種または二種以上を合計で0.02%以上含有させることが好ましい。このとき、Mo含有量を1.0%以上としてオーステナイト相の回復、再結晶をさらに抑制してもよい。Nb、VおよびTiからなる群から選ばれる一種または二種以上の合計含有量の上限は、これらの元素の含有量が過度に高まることによって他の元素による作用が相対的に低下することを抑制する観点から、合計1.0%以下とすることが好ましく、0.7%以下とすればさらに好ましい。
【0041】
REM:0.01%以上0.10%以下
本発明において、REMは、Sc、Yおよびランタノイドの合計17元素を意味し、上記REMの含有量はこれらの元素の合計含有量を意味する。ランタノイドの場合、工業的にはミッシュメタルの形で添加される。REMは耐酸化性向上に有効である。REM含有量が0.01%未満ではその効果を発揮し得ず、0.10%を超える添加は溶接性および連続鋳造性を低下させるので、REM含有量は0.01%以上0.10%以下とする。
【0042】
B:0.001%以上0.01%以下
Bはクリープ強度および熱間加工性の向上に有効な元素であるので含有してもよい。0.001%以上でその効果を発揮する。0.01%以上の添加は逆に熱間加工性を阻害するので、その範囲を0.001%以上0.01%以下とする。
【0043】
Al:0.01%以上0.20%以下
REMを含有させたことに基づく作用を安定的に得る観点から、脱酸剤としてAlを含有させてもよい。このAlによる脱酸作用を安定的に得るためにはAlの含有量は0.01%以上とすることが好ましく、0.02%以上であればさらに好ましい。一方、Alを過度に含有させても脱酸作用は飽和し、むしろ鋼の清浄性が低下して鋼板の機械特性、特に機械特性の信頼性の低下をもたらすことが懸念される。したがって、Alを含有させる場合においてその含有量の上限は0.20%以下とすることが好ましく、0.10%以下とすることがさらに好ましい。
残部は、Feおよび不純物である。
【0044】
2.金属組織
本発明に係るステンレス鋼板は、鋼板に所定のばね性を付与するための冷間圧延(仕上圧延)が施されているため、転位が導入され強度が向上している。本発明に係るステンレス鋼板は、製造された段階またはその鋼板を備える部材が高温使用された段階においてCrの窒化物がオーステナイト相中に析出しているため、高温使用時においてもこの転位が消滅しにくい。また、このCr窒化物は微細な析出物なので、鋼板はこの析出物によって強度が向上する。
【0045】
本発明に係るB値は、このCr窒化物、主にCrNの析出状態に関するものであって、B値が過度に低い場合にはCrNの析出による効果(回復・再結晶の抑制および時効硬化)が不十分となり、ステンレス鋼板の高温耐へたり性が低下してしまう。一方、B値が過度に高い場合にはσ相が生成するなどの理由により熱間加工性が低下するなどの問題を生じさせる。
【0046】
また、本発明に係るステンレス鋼板は、A値が0以上であるため、オーステナイト相が安定している。このため、この鋼板を備える部材を製造するときに鋼板に曲げ加工などが施されても、加工誘起マルテンサイト変態が生じにくい。この加工により誘起されたマルテンサイトは高温使用時に逆変態をする可能性が高いため、高温耐へたり性の低下要因となる。
【0047】
以上説明したように、本発明に係るステンレス鋼板は、化学組成においてA値およびB値を制御することにより、高温耐へたり性に優れる金属組織を備えることが実現されている。
【0048】
3.機械特性
(1)高温保持前後の硬度変化
本発明に係るステンレス鋼板は、CrNの析出による回復/再結晶が抑制されているために、高温保持後の硬度低下が小さく高温耐へたり性に優れ、下記式で算出される硬度減少率RHVが10%以下となる。なお、RHVは負の値を含み、高温保持により硬度が上昇してもよい。
HV=(Hvinit−Hvheat)/Hvinit
HVが10%を超えると、硬度が不足し高温耐へたり性が悪化する。高温耐へたり性の劣化を安定的に抑制する観点から、RHVは5%以下とすることが好ましい。
【0049】
(2)圧延方向に平行なばね限界値:220MPa以上
本発明に係るステンレス鋼板は、圧延方向に平行なばね限界値が220MPa以上である。この値は、ばね材として必要な特性であり、高温保持の有無にかかわらず、この値を下回るとばね材として適さない。一般に、ばね限界値は、高温保持後に上昇する場合が多く、これは冷間圧延で導入された歪みがC、N等によって固着されるために生じる歪み時効現象と推測される。また、A値(オーステナイト相安定化指数)が高い方が、高温保持後の上昇が大きい傾向にあり、加工誘起マルテンサイトの生成量が影響していると推測される。
【0050】
4.製造方法
本発明に係る冷間圧延ステンレス鋼板の製造方法は、鋼板が上記の機械特性を達成するための仕上圧延(所定のばね性を付与するための冷間圧延)工程を必須とするが、その前後の工程については特に限定されない。以下、仕上圧延に供される鋼板を製造する工程(以下、「前工程」)、仕上圧延工程、および仕上圧延に引き続いて行われる工程(「後工程」)について説明する。
【0051】
(1)前工程
前工程は特に限定されない。公知の手段(例えば電気炉)により溶製された鋼に熱間圧延を行い、得られた熱間圧延鋼板に対して必要に応じ脱スケール処理を施し、仕上圧延に供される鋼板としてもよい。脱スケール後、冷間圧延を行ってもよいし、さらに軟化焼鈍を行ってもよい。この冷間圧延および軟化焼鈍からなる一群の工程を繰り返し行ってもよい。
【0052】
なお、本発明に係る鋼板の化学組成がREMを含有する場合には、これらが有効に機能するように、溶製工程において十分な脱酸処理を行ってもよい。
上記の熱間圧延、冷間圧延および軟化焼鈍のそれぞれの工程の条件は限定されない。
【0053】
(2)仕上圧延工程
仕上圧延工程は、その工程を経た鋼板の圧延方向に平行なばね限界値が220MPa以上となるような条件である限り、詳細な条件は限定されない。上記のばね限界値の条件を安定的に満たす観点から、仕上圧延における圧下率は20%以上とすることが好ましく、更に好ましい範囲は30%以上である。圧下率の上限は、転位密度の増大による回復/再結晶が促進されるために80%以下とすることが好ましい。
【0054】
(3)後工程
後工程は仕上圧延により付与された鋼板のばね性を喪失させない限り、その有無を含めて任意である。後工程として実施されうる工程として、形状矯正が例示される。
【実施例】
【0055】
1.試験鋼板の作製
表1に示す化学組成を有するステンレス鋼を電気炉にて溶製した。鋼A〜Pは本発明で指定する成分を有する鋼であり、鋼Q〜Wは本発明の範囲外の組成を有する鋼である。これらの鋼に熱間圧延後、焼鈍と冷間圧延を繰り返して冷延鋼板とした。次いで、得られた冷間圧延鋼板に、700℃〜1100℃の温度および1〜600秒間の加熱時間から選んだ条件で焼鈍した。
【0056】
【表1】

【0057】
なお、表1における各元素の含有量の単位は質量%であり、いずれの鋼種においても、表に示される元素以外の成分(残部)はFeおよび不純物である。
その後、得られた鋼板について表2に示す各圧下率で仕上圧延を施した。試験番号1〜8は本発明に係る製造方法に従って製造した。試験番号19〜28は本発明の範囲外の鋼や製造方法である。
【0058】
【表2】

【0059】
2.評価方法
上記製造方法に従って製造された試験番号1〜28の試験用鋼板について、次の評価を行った。
【0060】
(1)ばね限界値
各試験用鋼板から試験片を採取し、JIS H3130:2006に準じて圧延方向平行のばね限界値Kb0.075を測定した。
【0061】
各試験用鋼板に対して600℃で400時間の加熱処理を行った。この加熱処理後の鋼板から試験片を採取し、JIS H3130:2006に準じて圧延方向平行のばね限界値Kb0.075を測定した。
【0062】
(2)表面硬さ
各試験用鋼板から試験片を採取し、マイクロビッカース硬度計を用いてJIS Z2244:2003に準じて表面硬さ測定を実施した。
【0063】
各試験用鋼板に対して600℃で400時間の加熱処理を施した。この加熱処理後の鋼板から試験片を採取し、マイクロビッカース硬度計を用いてJIS Z2244:2003に準じて表面硬さ測定を実施した。
【0064】
3.評価結果
評価結果を表2に示す。
本発明例である、試験番号1〜18に係る鋼板は、仕上圧延後に220MPa以上のばね限界値および高い硬さを有しており、高温保持後の硬度低下も10以下に維持されている。このように高温保持後も硬さが維持された理由は、高温保持処理によってCr窒化物が析出しているためであると考えられる。Cr窒化物は回復・再結晶の抑制に寄与すると共に、微細化合物として分散析出するため、強度上昇にも寄与する。
【0065】
比較例である試験番号19に係る鋼板は、仕上圧延後から加熱処理後にかけての硬さの変化は小さいが、仕上圧延後のばね限界値が220MPa以下であり、ばね材として適さない。また、同じく比較例である試験番号20から28に係る鋼板は仕上圧延後の硬さは高いが、加熱処理による硬さ低下が非常に大きい。
【0066】
試験番号20〜28に係る鋼板は、冷間圧延でマルテンサイト変態を生じてしまうA値が0以下であるか、またはCr含有量やN含有量が充分ではなくB値が1.5を下回るか、若しくはその両方の条件を満たしているため、加熱処理による加工誘起マルテンサイト相の逆変態やオーステナイト組織中に充分なCr窒化物が析出せずに回復・再結晶が抑制しきれないために、硬さが低下してしまった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.15%以下、Si:1.0%以下、Mn:2.0%以下、Cr:16%以上30%以下、Ni:7%以上25%以下、Cu:2.0%以下、Mo:5.0%以下、Al:0.01%以上0.20%以下、およびN:0.1%以上0.4%以下を含有し、残部が実質的にFeおよび不純物からなるとともに、下記式(i)により定義されるA値が0以上であり、下記式(ii)により定義されるB値が1.5以上2.5以下である化学組成を備え、且つ下記式(iii)で定義される硬度減少率RHVが10%以下であり、更に圧延方向平行のばね限界値が220MPa以上となる機械特性を備えることを特徴とする冷間圧延ステンレス鋼板。
【数4】

ここで、上記式(i)および(ii)における元素記号は、化学組成における各元素の含有量(単位:質量%)を意味する。また、上記式(iii)におけるHvinitは600℃400時間の加熱処理を行う前のステンレス鋼板の硬度(単位:Hv)を、Hvheatは前記加熱処理後のステンレス鋼板の硬度(単位:Hv)を意味する。
【請求項2】
前記化学組成が、Nb、VおよびTiからなる群から選ばれる一種または二種以上を合計で0.02質量%以上1.0質量%以下含有することを特徴とする請求項1記載の冷間圧延ステンレス鋼板。
【請求項3】
圧下率が20%以上の仕上圧延が施されたものである請求項1または2記載の冷間圧延ステンレス鋼板。
【請求項4】
前記化学組成が、REM:0.01質量%以上0.10質量%以下を含む請求項1から3のいずれか記載の冷間圧延ステンレス鋼板。
【請求項5】
前記化学組成が、B:0.001質量%以上0.01質量%以下を含む請求項1から4のいずれか記載の冷間圧延ステンレス鋼板。
【請求項6】
請求項1から5のいずれかに記載される冷間圧延ステンレス鋼板を備える部材であって、該部材が高温保持されたときに析出したCr窒化物を前記ステンレス鋼板のオーステナイト相中に備える部材。

【公開番号】特開2012−211348(P2012−211348A)
【公開日】平成24年11月1日(2012.11.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−62738(P2011−62738)
【出願日】平成23年3月22日(2011.3.22)
【出願人】(000002118)住友金属工業株式会社 (2,544)