説明

高速原子線源

【目的】 エネルギーが低く、粒子線束の高い高速原子線を効率よく放出することのできる高速原子線源を提供する。
【構成】 高速原子線源において、放電部21,22に交流電圧24を印加する。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】この発明は、低い放電電圧で効率よく高速原子線を放出することのできる高速原子線源に関する。
【0002】
【従来の技術】常温の大気中で熱運動をしている原子・分子は、概ね0.05eV前後の運動エネルギーを有している。これに比べてはるかに大きな運動エネルギーで飛翔する原子・分子を”高速原子”と呼び、それが一方向にビーム状に流れる場合に”高速原子線”という。
【0003】従来発表されている、気体原子の高速原子線を発生する高速原子線源のうち、運動エネルギーが0.5〜10keVのアルゴン原子を放射する高速原子線源の構造の一例を図3に示す。図中、符号1は円筒形の陰極、2はドーナッツ状の陽極、3は0.5〜10kVの直流電圧電源、4はガスノズル、5はアルゴンガス、6はプラズマ、7は高速原子放出孔、8は高速原子線である。この動作は次のとおりである。
【0004】直流高圧電源3、放電安定抵抗(図示しない)以外の構成要素を真空容器にいれ十分に排気した後、ガスノズル4からアルゴンガス5を円筒形陰極1の内部に注入する。ここで直流高電圧電源3によって、陽極2が正電位、陰極1が負電位となるように、直流電圧を印加する。これで陰極1・陽極2間に放電が起き、プラズマ6が発生し、アルゴンイオンと電子が生成される。さらにこの放電において、円筒形陰極1の底面から放出する電子は、陽極2に向かって加速され、陽極2の中央の孔を通過して、円筒形陰極1の反対則の底面に達し、ここで速度を失って反転し、改めて陽極2に向かって加速され始める。この様に電子は陽極2の中央の孔を介して、円筒形陰極1の両方の底面の間を高周波振動し、その間にアルゴンガスに衝突して、多数のアルゴンイオンを生成する。
【0005】こうして発生したアルゴンイオンは、円筒形陰極1の底面に向かって加速され、十分な運動エネルギーを得るに到る。この運動エネルギーは、陽極2・陰極1間の放電繊持電圧が、例えば1kVの時は1keV程度の値となる。円筒形陰極1の底面1a近傍の空間は高周波振動をする電子の折り返し点であって、低エネルギーの電子が多数存在する空間である。この空間に入射したアルゴンイオンは電子と衝突・再結合してアルゴン原子に戻る。イオンと電子の衝突において、電子の質量がアルゴンイオンに比べて無視できるほどに小さいために、アルゴンイオンの運動エネルギーはほとんど損失せずにそのまま原子に受け継がれて高速原子となる。従って、この場合の高速原子の運動エネルギーは、1keV程度となる。この高速原子は円筒形陰極1の一方の底面1aに穿たれた放出孔7から高速原子線8となって放出される。
【0006】
【発明が解決しようとする課題】しかしながら、係る従来の高速原子線源においては、高速原子線の放出量を増加するには、「放電電圧を上げる」、「磁石を併用する」、「導入するガスの圧力を増す」などの方法しか無く、その結果、「高速原子線のエネルギーの増加を招く」、「装置の大型化になる」、「高速原子線のエネルギー幅が広がってしまう」など、使用上の問題点、使い難さがあった。
【0007】係る従来技術の問題点に鑑み、本発明は、エネルギーが低く、粒子線束の高い高速原子線を効率よく放出することのできる高速原子線源を提供することを目的とする。
【0008】
【課題を解決するための手段】本発明の高速原子線源は、放電部に交流電圧を印加することを特徴とする。
【0009】
【作用】交流電圧を電極に印加して放電させ、ガスを電離させることによって、多量のイオンと電子を供給し、低電圧における放電維持を行い、低エネルギーの高速原子線を放出させることができる。
【0010】更に、放電部に磁場を備えることにより、放電電圧を一層低減し、高密度プラズマを生成することができる。
【0011】
【実施例】以下、本発明の実施例を添付図面を参照しながら説明する。
【0012】図1は、本発明の第1実施例の高速原子線源の構造の説明図である。図中で従来技術の図3と共通の構成要素は、同一の機能・動作を有する構成要素であるので、同一の符号を付してその説明を省略する。本実施例を説明する図1において、符号21は板状陰極、22は板状陽極、24は高周波電源(例えば13.56MHz)である。この高周波電源24によって、高周波電圧が電極21,22間に印加され、低電圧における放電が達成される。高周波電界によって電子はその高周波電界に対応した運動を行うが、イオンは質量が大きく高周波電界の変化に対応して運動できない。この現象を利用して、電子温度を高め、高密度プラズマを低電圧で発生させることが可能となる。
【0013】この動作は次のとおりである。高周波電源24等を除く高速原子線源の各構成要素を真空容器(図示しない)におさめて十分に排気した後、例えばアルゴンのガス5を導入する。放電部の電極21、22間には、高周波電源24によって高周波電界が印加され、低電圧で高密度プラズマが形成される。プラズマ中ではガス5のイオンと電子が生成される。以下、イオンは陰極21に向かって加速されて大きなエネルギーを得、陰極21中で、残留しているガス5粒子と接触して電荷を失い、あるいは電子との再結合によって電荷を失って高速原子となり、高速原子放出孔7から高速原子線8として放出される。
【0014】図2は、本発明の第2実施例の高速原子線源の説明図である。第1実施例と異なっているのは、陽極側の電極22aが板状ではなく、リング状である。その他の構成要素は第1実施例と同様であり、同一又は相当の構成要素には同一の符号を付してその説明を省略する。上述したように電極21、22a間に印加される高周波電圧によって、ガス5の放電は低電圧でも容易に維持され、高速原子線8が放出され、かつエネルギーの低い高速原子線8が同様に得られる。
【0015】尚、上記実施例のような高周波電圧による放電に限らず、パルス状の印加電圧、或いは低周波の交流電圧の印加によっても、同様に高密度プラズマを形成できる。交流電圧を放電部に印加することにより、電圧がくり返し印加されるので、電極間空間に残存したイオンや電子が加速され、ガスや電極等と衝突し、2次電子の放出効果が強まり、放電電圧を低減する効果を生じる。
【0016】磁場を備えると、放電電圧の低減、高密度プラズマの形成を一層容易にすることができる。縦磁場は、図1、2の実施例では、陰極と陽極に垂直な方向に磁力線が存在するものである。縦磁場は、例えば外筒23にコイルを巻回して通電することによって形成することができる。横磁場は、陰極と陽極に平行な方向に磁力線が存在する場合である。横磁場は、例えば外筒23の両側にN極とS極の永久磁石を配置することによって形成することができる。多極性(マルチポール)磁場は、放電部外周に、置かれたいくつかの棒を想定し、その棒を中心に磁界が発生している様な磁場が放電部に存在する形式である。縦磁場、横磁場、多極性(マルチポール)磁場のいづれも、放電部(電極間)における、電子とイオンの運動行程を活性化して、ガスとの衝突回数を増すことにより、一層放電電圧を下げ、高密度プラズマを生成することができる。
【0017】
【発明の効果】本発明による交流電圧を用いた高速原子線源では、従来の直流電圧と比較して放電電圧を低くでき、低エネルギーの高速原子線を放出することができる。又、例えばフィラメントを利用する熱電子放出に比べると、放電部における外乱やガスの不純物を小さくすることができる。エネルギーの低い粒子線は、固体に衝突した際に大きなダメージを与えること無く、固体表面を削り、あるいは変性させ得るのが特徴で、半導体の微細加工、分析等に重用可能である。特に高速原子線は電気的に中性であるが故に、金属、半導体ばかりでなく、イオンビーム法が不得意とするプラスチック、セラミックスなどの絶縁物を対象とする場合にもその威力を発揮する。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の第1実施例の高速原子線源の構造の説明図。
【図2】本発明の第2実施例の高速原子線源の構造の説明図。
【図3】従来の高速原子線源の構造の説明図。
【符号の説明】
1 円筒形陰極
2 ドーナッツ状の陽極
3 直流高圧電源
4 ガスノズル
5 アルゴンガス
6 プラズマ
7 原子放出孔
8 高速原子線
21 板状陰極
22,22a 陽極

【特許請求の範囲】
【請求項1】 高速原子線源において、放電部に交流電圧を印加することを特徴とする高速原子線源。
【請求項2】 前記放電部に印加する交流電圧は、高周波電圧であることを特徴とする請求項1記載の高速原子線源。
【請求項3】 前記高速原子線源において、放電部に縦磁場を備えることを特徴とする請求項1記載の高速原子線源。
【請求項4】 前記高速原子線源において,放電部に横磁場を備えることを特徴とする請求項1記載の高速原子線源。
【請求項5】 前記高速原子線源において、放電部に多極性の磁場を備えることを特徴とする請求項1記載の高速原子線源。
【請求項6】 多数の原子放出孔を有する板状電極と、前記板状電極に対向して設置された電極と、前記電極間に交流電圧を印加する電源と、前記電極間に放電を起こすガスを導入するガス導入部とから構成され、前記放電部には磁場を更に備えることを特徴とする高速原子線源。
【請求項7】 高速原子線源において、多数の原子放出孔を有する板状電極と、前記板状電極に対向して設置された板状電極と、前記板状電極間に電圧を印加するための電源と、前記電極間に放電を起こすガスを導入するガス導入部とから構成され、前記放電部には磁場を更に備えることを特徴とする高速原子線源。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開平7−55999
【公開日】平成7年(1995)3月3日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平5−227994
【出願日】平成5年(1993)8月20日
【出願人】(000000239)株式会社荏原製作所 (1,477)