説明

魚類の心電図の測定方法およびそれに用いる装置

【課題】遊泳中の魚の心電図を測定する方法であって、魚に対する負担が少なく、より自然な状態での心電図を得る方法を提供する
【解決手段】小型測定装置を用いて魚の遊泳中の心電図を測定する方法において、該小型測定装置を電極と共に魚の腹腔内に挿入することを特徴とする方法である。好ましくは、電極が一体になった小型測定装置を用いる。前記方法に用いる、電極一体型の小型測定装置であって、小型測定装置の長軸方向に平行に少なくとも1本の電極(関極)が固定されていることを特徴とする魚類の心電図測定用の小型測定装置である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は魚類の心電図の測定方法およびそれに用いる装置に関する。詳細には本発明は、小型測定装置(マイクロロガー等)を用いて魚類の心電図を測定する方法およびそれに用いる装置に関する。
【背景技術】
【0002】
最も一般的に動物の生理状態を知る方法として心電図の記録がある。魚類においても心電図を記録することが試みられているが、水中で生息するものであるだけに、哺乳類などの心電図を記録するより容易ではなく、各種の工夫がされてきた。初期には、魚を水中から取り出して心電図の測定が行われたり、ウナギでは、体表面に電極を付けて心電図を測定したりされていた(非特許文献1)。近年、マイクロデータロガー、マイクロロガーなどという名称で呼ばれる小型の記録装置が開発され、それを魚体に装着することにより、魚類の遊泳行動や遊泳中の速度、水深、心電図などを測定することができるようになってきた。本発明者も、腹側の心臓の真下に当たる部位から2本の電極を差し込み、固定し、小型測定装置(心電図ロガー)を背鰭後端部に装着する方法でマダイの遊泳中の心電図を測定する方法を報告している。
【0003】
【非特許文献1】尾崎久雄、魚類生理学講座1、pp301-302、緑書房、(1973)
【非特許文献2】Mitsunaga,Y, et al.、Fisheries Engineering、40(1)、23−28、(2003),“Heart rate telemetry ofred sea bream using an ultrasonic transmitter”.
【非特許文献3】TakahitoKojima, et al.、Polar Biosci., 16, 104-111, (2003), “Preliminary study on heartbeatsand swimming behavior of free-ranging fish, red sea bream Pagrus major,measured with newly developed micro data-logger”.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
魚の遊泳中の心電図を得るために種々の工夫がされてきているが、電極や小型測定装置の装着手術や小型測定装置を背中に背負っていることによる負担などの影響により、確実に正常な心電図を得ることはそれほど容易ではない。本発明は、遊泳中の魚の心電図を得る場合に、魚に対する負担が少なく、より自然な状態での心電図を得る方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、以下の(1)〜(6)の魚の遊泳中の心電図を測定する方法を要旨とする。
(1)小型測定装置を用いて魚の遊泳中の心電図を測定する方法において、該小型測定装置を電極と共に魚の腹腔内に挿入することを特徴とする方法。
(2)小型測定装置の長軸を魚体の長軸方向に平行に挿入することを特徴とする(1)の方法。
(3)電極が一体になった小型測定装置である(1)又は(2)の方。
(4)電極一体型の小型測定装置が小型測定装置の長軸方向に平行に少なくとも1本の電極(関極)が固定されているものである(3)の方法。
(5)電極の先端が魚類の心臓の近傍に位置するように小型測定装置を挿入することを特徴とする(1)ないし(4)いずれかの方法。
(6)魚類の重量の2%以下の重さの小型測定装置を用いることを特徴とする(1)ないし(5)いずれかの方法。
本発明は、以下の(7)〜(8)の小型測定装置を要旨とする。
(7)電極一体型の小型測定装置であって、小型測定装置の長軸方向に平行に少なくとも1本の電極(関極)が固定されていることを特徴とする魚類の心電図測定用の小型測定装置。
(8)心電図測定用電極のうち1本(関極)と他の1本(不関極)が小型測定装置の長軸方向の先端に長軸方向に伸びた形で固定され、アース線として機能する3本目の電極は固定されていないことを特徴とする(7)の小型測定装置。
【発明の効果】
【0006】
本発明を用いることにより簡便かつ短時間で電極と小型測定装置を装着することができるため、魚体に対する負担が少なく、従来方法では1/4程度の成功率でしか、明瞭な心電図を得ることができなかったのに対し、本方法では1/2程度の成功率で明瞭な心電図を得ることができた。従来の心電図を測定する方法では電極部と小型測定装置を別々に魚に装着していたため、それらを装着する手術に時間を要することから魚にストレスがかかり、明瞭な心電図が得られる割合も低いという問題があったが、本方法により、大幅に改善される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明において「小型測定装置」とは、魚類の心電図、遊泳速度、遊泳深度などを測定できる小型装置であって、測定するだけでなく、記録機能や発信機能を有している。記録機能を有するものはマイクロデータロガー、マイクロロガーなどとも呼ばれ、心電図などを測定し、記録する機能を有する。IT技術の進歩に伴い、どんどん小さいものが開発されてきている。哺乳類に比較すれば小さめである魚類に装着することができる程度の大きさのものも製造されている。本発明の実施例で用いたのは直径2cm、長さ9cm程度の円柱形の外形を有するものである。心電図を測定するものは比較的大きいが、水深、温度などを測定するものには、直径1.5cm、長さ5cm程度のものもある。小さいサイズのものほど、魚に対する負担が小さいので好ましいが、腹腔内の定位置に安定して装着するためには魚体の大きさに合うものを選択するのがよい。リトルレオナルド社の「model W400-ECG.SW ECG logger」(心電図測定用)、「PD2GT」(遊泳速度、深度測定用)などが使用できる。また、発信装置を有するものとしてはトランスミッター、超音波トランスミッターなどがあり、測定した情報が発信されるので、遠隔測定システムとして観測することができる。
【0008】
心電図を測定する場合、電極も固定する必要があるが、腹腔内に小型測定装置を装着する場合、小型測定装置と一緒に電極も腹腔内に挿入し、心臓に近い位置に配置し固定することが可能である。特に小型測定装置本体と電極を最初から一体型に固定しておけば、全体を腹腔内に挿入すればよい。この場合、電極の1本(関極)は心臓に近いほど良いので、小型測定装置本体のサイズと魚のサイズによって、電極の長さをあらかじめ調節しておく。具体的には、腹鰭と尻鰭の間を切開し電極と一体が体になった小型測定装置を挿入する。本体はちょうど、腹鰭と尻鰭の間の尻鰭寄りに魚体の長軸方向に沿って収まり、1本の電極(関極)の先端が心臓の近くに固定される。小型測定装置は固定しなくても腹腔内には内臓があるので、大きく動くことはない。もう1本(不関極)はどこに位置していてもよいが、関極に近いほうがノイズが少なくなるので、なるべく近傍に固定するのがよい。また、3つめはアース電極として体外に出しておく。挿入後、切開部分を縫い合わせる。
【0009】
図1により、小型測定装置の固定方法の従来方法と本発明の方法を模式的に説明する。従来技術1は、電極を腹部に外側から固定し、小型測定装置は背鰭の脇に固定する方法である。従来技術2は小型測定装置のみ腹腔内に挿入し、電極は腹部に外から固定する方法である。本発明は、電極を一体化した小型測定装置を腹腔内に挿入する。また、図2には、本発明で用いる電極を一体型に固定した小型測定装置を示した。
電極を腹部に固定し、背鰭付近に小型測定装置を固定する手術には20分近くかかっていた、腹腔内に埋め込む手術は5分程度で終了できる。この手術時間短縮により、魚にかかるストレスは大幅に縮小できることとなった。また、背鰭近傍に小型とはいえ異物が装着されているのにくらべて、腹腔内に固定するほうが、遊泳中の負担も少ないものと思われる。
【0010】
本発明の小型測定装置は、3本の電極と小型測定装置とが一体型となったことを特徴とする小型測定装置である。これにより電極部と小型測定装置部を個々に魚に装着する必要がなくなることから、装着時間の大幅な軽減およびそれに伴うストレスから魚を解放することができ、正確な魚類の生理状態および行動特性を測定することができる。電極のうち少なくとも関極は、好ましくは、関極と不関極は、小型測定装置の長軸方向の先端に長軸方向に伸びた形で電極が固定されているものが好ましい。心電図を測定する関極と不関極の2本はそのように固定され、残りのアース電極は腹の切開部から外に出せるような固定させないのが好ましい。この形態にすることで、腹腔内の胃、幽門垂、肝臓および腸などの内臓がクッションとなり、固定しなくても電極と小型測定装置本体が腹腔内に長軸方向に縦にちょうど収まる。したがって、電極先端から小型測定装置本体の末端までの長さが、装着する魚体の心臓から尻鰭の長さ程度になるように電極を固定するのが好ましい。
【0011】
実施例に示すように、直径2cm、長さ10cmのデータロガーは3.6kgのブリでは、遊泳中にそれほどの負担になっていないと判断されたが、2.8kgのマダイでは、一応正常な心電図はとれるが、やや大きさか、重さが負担になっているようでもあり、小型の魚では小型のサイズのデータロガーの使用が適していると判断される。およその判断基準としては、魚類の重量の2%以下の重さの小型測定装置を用いるのが妥当である。
本発明の小型測定装置は、魚体に埋め込むものであり、水中で使用されるものであるから、防水性を持たせる。これにより、魚の腹腔内への長期間の埋め込みが可能となり、長期に渡る記録が可能となる。
以下に本発明の実施例を記載するが、本発明はこれらに何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0012】
体重3.4kg、体長64cmのブリSeriola quinqueradiataを用いて従来の電極と小型測定装置を別々に装着する方法と本発明の方法を比較した。小型測定装置は、リトルレオナルド社製の「model W400-ECG.SW ECG logger」(直径2cm、長さ9cm、重さ56g(ブリの体重の1.6%))を使用した。本発明の方法においては、図2に示すように銀電極(径1.0mm)を小型測定装置の側面に固定して、小型測定装置の長手方向先端から先に電極が伸びている形に、予め一体化したものを用いた。
本発明の方法:鰓を曝気した麻酔液(0.07%フェノキシエタノール溶液)で環流しながら、腹鰭から尻鰭にかけて切開し、電極の先端が心臓近傍に位置するように挿入した。3.4kgのブリでは心臓から尻鰭までの長さがおよそ30cmであったので、電極を小型測定装置の先端から10cm伸ばして固定した(すなわち、電極の先端から小型測定装置の末端までの全長は約19cm)。腹腔内には内臓があるので、挿入し切開した箇所を縫って閉じるだけで、電極、小型測定装置共には定位置に固定することができた。手術に要した時間は5分であった。
【0013】
従来方法:鰓を曝気した麻酔液(0.07%フェノキシエタノール溶液)で環流しながら腹側の心臓の真下に当たる部位から囲心腔へ穴を開け、その穴へ2本のステンレス電極(先端以外はポリエチレンチューブで被覆したもの、径1.0mm)を刺して、2本の電極は、小さな2つの穴のあいた直径5mmの銀のディスクに固定し、ディスクは瞬間接着剤で皮膚に接着した。小型測定装置は背鰭後端部に2本のプラスチック糸を反対側まで細い針で貫通させて固定させた。手術に要した時間は15−20分であった。
上記の方法で小型測定装置を装着した魚を水中に戻し、72時間遊泳させた。72時間後、網を用いて、魚を捕獲し、小型測定装置を取り出した。小型測定装置をコンピュータに接続し、記録された心電図をダウンロードした。いずれの方法によっても図3に示すようにきれいな心電図をとることができた。ただし、本発明の方法では50%の個体においてきれいな心電図をとることができたのに対し、従来の方法では、25%の個体でしか、きれいな心電図をとることができなかった。
【実施例2】
【0014】
体重2.8kg、体長49cmのマダイPagrus majorを用いて、実施例と同様の方法で心電図を測定した。
本発明の方法では、2.8kgのマダイでは心臓から尻鰭までの長さがおよそ20cmであったので、電極を小型測定装置の先端から5cm伸ばして固定した(すなわち、電極の先端から小型測定装置の末端までの全長は約14cm)。
手術に要した時間は、本発明の方法で5分、従来の方法では20分であった。また、心電図測定の成功率は本発明の方法では50%以上、従来の方法では25%以下であり、ブリと同様に本発明の方法により優れた結果が得られた。
魚の生理的状態を評価するために心拍数の変動についてパワースペクトル解析を行った。健康な心臓では単調な線形下降傾斜(1/f)パターンが見られることが知られているが、マダイと比較するとブリの心電図のほうがより、健康なパターンに近かったことから、今回同じサイズの小型測定装置を用いたが、小型測定装置の魚体に対する負担が魚体の小さいマダイにおいて大きくなっていることが考えられた。今回マダイでは体重の2%の重量にあたる小型測定装置を用いているが、2%以下の重さのものを用いるのが好ましいと考えられた。
【産業上の利用可能性】
【0015】
本発明により、より自然な状態の魚の心電図を得ることが可能になる。本方法により小型測定装置を装着することにより、魚のストレス状態、養殖中の環境などについての情報を得ることが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】小型測定装置の固定方法の従来方法と本発明の方法を模式的に説明する図である。
【図2】本発明の電極と一体化した小型測定装置の形態の一例を示した図である。
【図3】本発明の方法で記録したブリの心電図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
小型測定装置を用いて魚の遊泳中の心電図を測定する方法において、該小型測定装置を電極と共に魚の腹腔内に挿入することを特徴とする方法。
【請求項2】
小型測定装置の長軸を魚体の長軸方向に平行に挿入することを特徴とする請求項1の方法。
【請求項3】
電極が一体になった小型測定装置である請求項1又は2の方法。
【請求項4】
電極一体型の小型測定装置が小型測定装置の長軸方向に平行に少なくとも1本の電極(関極)が固定されているものである請求項3の方法。
【請求項5】
電極の先端が魚類の心臓の近傍に位置するように小型測定装置を挿入することを特徴とする請求項1ないし4いずれかの方法。
【請求項6】
魚類の重量の2%以下の重さの小型測定装置を用いることを特徴とする請求項1ないし5いずれかの方法。
【請求項7】
電極一体型の小型測定装置であって、小型測定装置の長軸方向に平行に少なくとも1本の電極(関極)が固定されていることを特徴とする魚類の心電図測定用の小型測定装置。
【請求項8】
心電図測定用電極のうち1本(関極)と他の1本(不関極)が小型測定装置の長軸方向の先端に長軸方向に伸びた形で固定され、アース線として機能する3本目の電極は固定されていないことを特徴とする請求項7の小型測定装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−55799(P2009−55799A)
【公開日】平成21年3月19日(2009.3.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−223769(P2007−223769)
【出願日】平成19年8月30日(2007.8.30)
【出願人】(000004189)日本水産株式会社 (119)
【出願人】(899000057)学校法人日本大学 (650)