説明

L(+)−乳酸の製造法及びその製造装置

【課題】 原料コストを抑え生産効率の高い発酵法による乳酸製造方法及びその方法で有用な装置の提供。
【解決手段】 筒状の壁面部と逆錐状の底面部と排気管を備えた蓋部とからなる容器本体、容器本体内に容器壁面に概ね平行に固設されたドラフトチューブ、前記逆錐状の底面部とドラフトチューブの下端との間に設けられたエアスパージャー、容器外部からエアスパージャーに気体を送る通気管、容器外壁面を覆う温度調節可能なジャケット、及び容器本体に連通する少なくとも1本の通液管を有する等特定の構造を有する気泡塔型バイオリアクターリアクター及びそのリアクターの底部から空気を吹き込つつ、澱粉などの炭素源を含有する水性培地でリゾプス(Rhizopus)属に属する菌を培養することを特徴とするL(+)−乳酸の製造法。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は好気的培養法による乳酸の製造法及びそのために用いられる装置に関する。より具体的に言えば、本発明は、気泡塔型バイオリアクターを用いてリゾプス(Rhizopus)属に属する真菌(カビ)を回分培養、反復回分培養あるいは連続培養することにより、澱粉もしくはその糖化液またはグルコースからL(+)−乳酸を効率よく生産する方法及びこの方法に有用な気泡塔型バイオリアクターに関する。
【0002】
【従来技術】最近、ポリ乳酸(PLA)が生分解性ポリマーとして優れた性質を有していることが明らかとなり、その原料としての乳酸が注目されている。PLAがバイオポリマーとして商業生産される場合、その生産量は現在のプラスチックスの20%としても240万トンと推定される。従って、原料としての乳酸もそれ以上の数量が要求されることになるが、これは最も多く生産されている発酵生産物であるグルタミン酸の約十倍である。また、バイオプラスチックスの原料として用いる場合、その価格はできるだけ低く抑えることが要求される。しかしながら、伝統的な乳酸製造法である乳酸菌(ラクトバチルス(Lactobatilus)属、ストレプトコッカスStreptcoccus)属等に属する一群の乳酸産生細菌の総称。)による嫌気発酵法では、量的にもコスト的にも、このような要求に対応することができない。
【0003】クモノスカビとして知られるRhizopus属の菌種も、グルコースから乳酸を生産することが知られている。Rhizopus属による乳酸発酵は好気的であるため、乳酸菌による嫌気発酵よりは効率的であることが期待できる。しかし、Rhizopus属のカビは菌糸塊を形成しやすく、従来の形式の通気撹拌型バイオリアクターを用いて大量培養しようとすると、槽内の構造物、たとえば邪魔板や冷却コイルに巨大な菌糸塊が付着して基質や酸素などの物質移動を妨げたり、あるいは、槽内の菌体のほとんどすべてが空気を含む菌糸塊として培養液の上部に浮上してしまい、乳酸の生産効率が著しく低下するという問題があった。
【0004】また、従来、安価な炭素源である澱粉を直接資化できるRhizopus属の菌種は知られておらず、澱粉等は発酵前にグルコース等に加水分解した上で用いる必要があり、乳酸製造コストを低減する上での障害となっていた。発酵槽に加水糖化酵素を添加しておく方法も知られているが(特開平2-76592 号公報等)、この場合も、添加する酵素が原料コストを押し上げる原因となる上に、酵素を培地に添加するためにはその無菌濾過が必要であり、そのために要する装置や工程等によりさらに製造コストが増加するという問題がある。
【0005】
【解決しようとする課題】本発明は、発酵法による乳酸製造方法において原料コストを低く抑えつつ生産効率を高め、PLA原料として要求される価格・生産量に見合った、経済的でかつ大規模な実施が可能である乳酸製造法を提供することを目的とする。
【0006】
【課題を解決するための手段】本発明者らは、上記の問題を解決するべく鋭意研究を重ねた結果、菌糸塊の形成による問題点は気泡塔型バイオリアクターの利用により軽減できること、特に特定構造の気泡塔型バイオリアクターが有効であること、また澱粉を原料として乳酸発酵を行なうRhizopus属に属する菌株を見出し、さらに、気泡塔型バイオリアクターによる乳酸発酵を実用化する上での問題点と考えられたスケールアップに伴なう問題点についても解決方法を見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】本発明は、以下の乳酸製造方法及びこの方法において有用なバイオリアクターを提供する。
1) 底部から空気を吹き込む気泡塔型バイオリアクターを使用し、炭素源として澱粉もしくはその糖化液またはグルコースを含有する水性培地でリゾプス(Rhizopus)属に属する菌を培養することを特徴とするL(+)−乳酸の製造法。
2) 気泡塔型バイオリアクターとして、筒状の壁面部と逆錐状の底面部と排気管を備えた蓋部とからなる容器本体、容器本体内に容器壁面に概ね平行に固設されたドラフトチューブ、前記逆錐状の底面部とドラフトチューブの下端との間に設けられたエアスパージャー、容器外部からエアスパージャーに気体を送る通気管、容器外壁面を覆う温度調節可能なジャケット、及び容器本体に連通する少なくとも1本の通液管を有し、前記底面部の逆錐の母線と鉛直線とのなす傾斜角θが20〜40°であり、容器本体内に対するドラフトチューブ内径の比が0.5 ないし0.7 の範囲にあるリアクターを使用する前記1に記載のL(+)−乳酸の製造法。
【0008】3) 空気吹込み量が 0.125〜0.25vvmである前記1または2に記載のL(+)−乳酸の製造法。
4) 培養する菌がリゾプス・オリザエ(Rhizopus oryzae )である前記1乃至3のいずれかの項に記載のL(+)−乳酸の製造法。
5) 培養する菌株がリゾプス・オリザエNRRL395株(Rhizopus oryzaeNRRL395)である前記4に記載のL(+)−乳酸の製造法。
6) 炭素源が澱粉である前記2乃至5のいずれかに記載のL(+)−乳酸の製造法。
7) 所定期間培養を行なった後、空気の吹き込みを停止して培養液中の菌体を沈降させて前記通液管から上澄液のみを取り出し、取り出した液量に相当する量の培養液を補充した後、空気吹き込みを再開して培養を繰り返す前記1乃至6のいずれかの項に記載のL(+)−乳酸の製造法。
【0009】8) 培養液の引き抜きと補充とを連続的に行なう前記1乃至6のいずれかの項に記載のL(+)−乳酸の製造法。
9) リアクター内の菌体量が所定量に達するまでは前記7に記載の方法によって菌の培養を行ない、菌体量が所定量に達した後は前記8に記載の方法によって菌の培養を行なう前記1乃至6のいずれかの項に記載のL(+)−乳酸の製造法。10) 筒状の壁面部と逆錐状の底面部と排気管を備えた蓋部からなる容器本体、容器本体内に容器壁面に概ね平行に固設されたドラフトチューブ、前記逆錐状の底面部とドラフトチューブの下端との間に設けられたエアスパージャー、容器外部からエアスパージャーに気体を送る通気管、容器外壁面を覆う温度調節可能なジャケット、及び容器本体に連通する少なくとも1本の通液管を有し、前記底面部の逆錐の母線と鉛直線とのなす傾斜角θが20〜40°であり、容器本体内径に対するドラフトチューブ内径の比が 0.5乃至 0.7の範囲にある気泡塔型バイオリアクター。
【0010】[気泡塔型バイオリアクター]本発明の方法では、内部に冷却コイルや邪魔板あるいは撹拌翼などの構造物を除去し可能な限り単純化した構造の、いわゆる気泡塔型反応槽をバイオリアクターとして用いる。気泡塔型反応槽は、図2に示したように、反応槽1の底面の一部にエアスパージャー(ガス分散器)2を設けたものであり、撹拌用の機械的駆動部分を有する通気撹拌型反応槽とは異なる構造のものである。通常は、エアスパージャーの上方に上下端を開口させたドラフトチューブ3を設置する。使用に際しては、内部に液体を収容し、エアスパージャーからガスを吹き込む。吹き込まれたガスは気泡となってドラフトチューブ内を浮上して上昇流を生じる。表面に達した上昇流は、ドラフトチューブ上端から周辺に向かって放射状に広がる流れとなり、反応槽の壁面に達した後、下降流に転じる。上昇流と下降流はドラフトチューブの管面により隔てられているため、2つの流れは勢いをそがれることなく、槽内において効率的な循環流を形成する。ガスは反応槽の蓋に設けられた排気管8から排出される。
【0011】従来、このような気泡塔型反応槽は各種提案されているが(例えば、特開平1-160476号公報)、乳酸発酵用バイオリアクターに用いることを提案した例は見られない。本発明の方法では、気泡塔型反応槽をRhizopus属の真菌種の培養に用いることにより、Rhizopus属の培養において問題であった、菌糸塊の付着による生産性低下の問題を解消することに成功した。本発明では既存の気泡塔型反応槽も使用可能であるが、図1に示す構造の反応槽が特に好ましい。
【0012】図1に示す本発明に好適な反応槽は、底部を下部に向かって逆錐状に突出した形状を有する。底部の逆錐の母線と鉛直線とのなす傾斜角θは20〜40°の範囲が好ましい。20°よりも小さいとリアクター底部の円錐部の占める割合が大きくなり、リアクターの容積効率が低下する。40°を超えると菌体の沈降性が低下する。また、反応槽の外壁の周囲にはこれと接して給水口6及び排水口7を備えたジャケット5を設け、ジャケット内に温水もしくは冷水を流して槽内の温度を制御する。反応槽にはジャケット5を貫いてあるいはこれを避けて容器本体に連通する少なくとも1本の通液管を4を設け、必要により培養液の供給及び/または抜出しを行なう。
【0013】反応槽の横断面形状は特に限定されず、円形、楕円形、矩形のいずれでもよいが、液を均一に循環させるためには断面を円形とし、反応槽全体としては円筒状の形状とすることが好ましい。ドラフトチューブは反応槽の壁面と平行に設けることが好ましく、反応槽の内径に対するドラフトチューブ内径の比は 0.5乃至 0.7程度であることが望ましい。内径比が0.5 未満では気液が接触する時間が相対的に小さくなり酸素供給能力が低下する。内径比が0.7 を超えると下降流の流速が低下し、結果的に槽全体での酸素供給能力が低下する。反応槽及び管系の材質は特に限定されず、例えば、ステンレス材、鉄材あるいはゴムライニング鉄材等が用いられる。
【0014】また、後述の反復回分方式に用いる場合は、特に、槽内径に対する容器本体部分の高さ(槽高)の比を2以上とし、反応槽壁面の上下にずれた位置a1 ,a2,……an に所定間隔でそれぞれ複数の通液管を配置する。nの最適値は槽高にもよるが、通常は、2〜10程度が好ましい。図1ではn=4の例を示した。このような構成を取ることにより、空気の吹込みを停止した後、菌体の沈降に応じて上澄液を速やかに抜き出すことが可能になる。
【0015】[乳酸生産菌種]培養菌種としてはリゾプス(Rhizopus)属に属し、乳酸生産能を有する菌であれば適宜使用しうる。リゾプス・オリザエ(Rhizopus oryzae )が好ましい。特に、NRRL395株(Rhizopus oryzae NRRL395)が好ましい。本発明者らは、上記の菌株が、澱粉を利用して乳酸を生産する能力を有することを見出した。
【0016】本菌株は、以下の特徴を有する。
(a) 培養的・形態的性質培養時の形態的性質を表1に示す。培地としてはツァペック寒天培地及び馬鈴薯ブドウ糖培地(バレイショ20g、グルコース20g及び寒天15gを蒸留水1L中に含有するもの)をそれぞれオートクレーブ中1kg/cm2 Gで15分間滅菌処理したものを用いた。
【0017】
【表1】


【0018】(b) 生理学的・化学分類的性質(b-1) 増殖温度培養温度が本菌株の生育に与える影響を表2に示す。なお、培地としてはツァペック培地を用いた。
【0019】
【表2】


【0020】この結果より本菌株の生育限界温度は50℃と推定される。
(b-2) 増殖pHツァペック培地を用い初発pHを変えて24℃で培養し、pHが本菌株の生育に与える影響を調べた。結果を表3に示す。
【0021】
【表3】


【0022】(b-3) 各種炭水化物と増殖の適否本菌株を24℃で生育させることにより本菌株の各種糖質に対する資化性を調べた。各種炭水化物を添加したポテト寒天培地における増殖の適否を表4に、各種炭水化物を添加したツァペック培地における発酵によるガス発生の有無を表5に示す。
【0023】
【表4】


【0024】
【表5】


【0025】[培養方法]乳酸の製造に際しては、まず、前培養を行なって菌体量を増やし、しかる後、前記の気泡塔型バイオリアクターに菌体を移して本培養を行なう。
(1) 前培養Rhizopus属の上記カビの胞子または菌糸は栄養源含有培地に接種して好気的に増殖させることによって前培養する。栄養源としては、例えば、炭水化物、窒素源、無機物等の通常使用される資化可能な栄養源を使用することができる。炭素源としては、例えば澱粉、デキストリン、グルコース、グリセリン等;窒素源としては、例えば、硫酸アンモニウム、硝酸ナトリウムなど;無機物としては、例えば、リン酸二水素カリウム、硫酸亜鉛、硫酸マグネシウムなどの無機塩が使用できる。その他、L(+)−乳酸の生産を阻害しない有益な物質であれば、公知のカビの培養において栄養源として使用されるいずれの物質も使用できる。また、加熱滅菌時及び培養中における発泡を抑えるため、シリコン、植物油等の消泡剤を添加してもよい。
【0026】栄養源の配合割合は特に制約されるものではなく、広範囲にわたって変えることができる。使用する菌株にとって最適の栄養源の組成及び配合割合は簡単な小規模実験により容易に決定することができる。栄養培地は培養に先立ち滅菌後のpHが6〜7前後になるように苛性ソーダやアンモニアの水溶液を用いてpHを調整するのが有利である。培養温度は菌株の増殖が実質的に阻害されず乳酸を生産しうる範囲であれば特に制限されるものでないが、一般に20〜40℃、好ましくは35〜40℃の範囲内の温度が好適である。前培養では、通常、本培養での培養液量に対して10%程度の前培養液を準備する。
【0027】(2) 本培養前培養で得られた菌体は、前記の気泡塔型リアクターにて本培養され、乳酸を生産する。培養液中の乳酸は、例えば真空蒸留法あるいはメチルエステル法等の常法により単離し、精製される。本培養における培養液は、基本的には前培養における栄養培地と同様の成分を含む水溶液が用いられる。特に、前記 Rhizopus oryzae NRRL395 株を用いる場合は、炭素源として澱粉が使用可能である。澱粉はジャガイモ、サツマイモ、トウモロコシ、コムギ、タピオカ等の既知のいずれの原料から得られるものでもよい。澱粉あるいはその他の炭素源を5〜20重量%程度含む培養液が好ましい。5重量%未満では生産効率が悪い。菌体量は、培養液中0.5 〜5重量%程度に保つことが好ましい。0.5 重量%未満では乳酸生産速度が低下し、5重量%を超えると対炭素源収率が著しく低下する。
【0028】本培養における空気の吹込み量は培養液量に対する1分間当たりの容積量(vvm)で0.125 〜0.25の範囲が好ましい。0.125 vvm未満では生産効率が悪い。0.25vvmを超えると発泡が激しくなり、消泡のために大量の消泡剤の添加が必要となり、結果的に乳酸の回収精製が困難になる。空気はエアスパージャに送る前に例えば蒸気等を用いて加熱殺菌する。培養の温度条件は前培養の場合と同様である。pHは好ましくは5〜8に維持されればよい。この目的のため、培地の滅菌前に炭酸カルシウムを添加するかあるいは培養中にpHセンサー及びpHコントローラーを用いて苛性ソーダの水溶液あるいはアンモニア水などで自動的に適切なpHの値に維持することが望ましい。
【0029】培養は回分方式、連続方式、反復回分方式のいずれの態様によるものでもよいが、連続方式もしくは反復回分方式またはこれらの方式を組み合わせた方法が好ましい。ここで、回分(バッチ)方式とは、本培養1回ごとに培養液全量の装入と抜出しを行なうものである。連続方式は、本培養を行ないつつ、培養液の抜取りと補充を行なうものである。培養条件にもよるが、培養液の希釈率は、通常、0.1 〜1.0 (1/日)程度とするのが好ましい。間欠的に抜取り及び/または補充を行なってもよい。連続方式では、菌体を取り出さずに乳酸の生産を続けて行くため効率的であるが、培養液の抜き取りの際に相当量の菌体が液に含まれて系外に出てしまうため、本培養開始当初から比較的高い濃度で菌体が培養液中に存在している必要がある。前述の通り、本培養に対する前培養率は10%程度であり、フラスコ(1リットル(以下Lと略記))内から立ち上げた場合、例えば100KLの本培養に至るまでに、理論上1L、10L、100L、1ΚL、10ΚLの前培養槽が必要となる。このため、労務費等の作業経費並びに装置コストが膨大となり、製品のコスト増となる。
【0030】本発明者らはこの問題を解決するため培養液の一部を前培養液として再利用することにより前培養操作を省略乃至軽減する方法(本明細書において「反復回分方式」という。)を開発した。反復回分方式では、培養液内の乳酸濃度や排ガス中のCO2 濃度などを監視しこれらの値が一定水準に達した後、空気の吹込みを停止する。空気吹込みを停止すると上下の循環流が停止するため、培養液中の菌体が重力に従って沈降する。前記の通り、反復回分方式用の反応槽には上下方向にずれた位置に複数の抜出口a1 ,a2 ……an を設けるが、菌体の沈降に応じ上方の抜出口から順次培養液を抜出していくことにより、実質的に菌体を含まない上澄液のみを速やかに反応槽外に抜き出すことができる。培養液の全量の10〜90%を抜き出し、抜出量に相当する量の培養液を補充し、再び培養を繰り返すことにより培養を長期間にわたって反復継続することができる。反復回分方式では菌体が殆ど排出されないため、本培養当初の菌体濃度が比較的低い水準であってもよく、前培養の培養量を本培養の培養液量に対して1/10以下に抑えることが可能である。この結果、前培養における作業経費及び装置コストを抑えてプロセス全体の製造コストを低減することができる。
【0031】
【実施例】以下実施例をもって本発明の実施の態様を説明するが、これらは単なる例示であって本発明を何等制限するものではない。
実施例1:L(+)−乳酸の回分発酵生産(気泡塔型バイオリアクター)
加熱滅菌した500ml容三角フラスコ内に表6に示す前培養培地100mlを入れ、乳酸生産能を有するRhizopus oryzae NRRL395 株のスラントをかきとって接種した(胞子濃度:107 個/mL)。これを37℃でロータリーシェカー(回転数170rpm,回転半径2cm)で15時間培養した。次いで、表6に示す生産培地1.5 Lを入れた実容量 2.5L気泡塔型バイオリアクターに、前記前培養液(菌体を含む。)を培地量の10%(v/v)になるように添加した。通気量は0.5 vvm、培養温度35℃で通気のみの培養を行った。培養開始後24時間後にpΗが急激に低下したので炭酸カルシウムを添加し調整した。培養経過を図3に示す。48時間で88g/Lの乳酸を蓄積し、最終的には72時間で92g/L(1時間当たり1.27g/L)の乳酸が得られた。仕込み澱粉(グルコースとして)あたりの収率は76%であった。
【0032】
【表6】


【0033】比較例1:L(+)−乳酸の回分発酵生産(通気撹拌型バイオリアクター)
実施例1と同一条件下にRhizopus oryzae NRRL395 株の前培養を行ない、表1に示した生産培地 1.5 Lを入れた 2.5 Lジャーファーメンター(丸菱バイオエンジ(株)、東京)に前記前培養液(菌体を含む。)を培地量の10%(v/v)になるように添加した。回転数300rpm、通気量 0.5vvm、培養温度35℃で通気撹拌培養した。培養開始後24時間目にpΗを調整するために100gの炭酸カルシウムを添加した。発酵経過を図4に示す。前培養液を接種後24時間目ぐらいから糖の活発な消費が始まるのと平行して乳酸の生産が始まったが、同時に培養液表面に大きな菌糸塊が形成されはじめ、その後まもなく培養液中には菌体がほとんど見られなくなった。この時点より澱粉の消費及び乳酸の生産が緩慢となり、結果的に澱粉が完全に消失するまで120時間かかった。最終的には82g/L(1時間当たり0.68g/L)の乳酸を生産した。仕込み澱粉(グルコースとして)あたりの乳酸の収率は68%であった。
【0034】実施例2〜3通気量を0.125 及び0.25vvmと変えた他は実施例1と同様の方法により乳酸発酵を行ない、当該気泡塔型バイオリアクターにおける最適通気量の検討を行なった。その結果を窒素ガスを0.25vvm吹き込んだ対照実験の結果と共に表7に示す。
【0035】
【表7】


【0036】通気量が0.25vvmで最も高い乳酸の蓄積量が得られ、消費した澱粉に対する収率も85%を超え、グルコースを原料とする発酵例を含め、これまで報告されている中では最も高い収率で乳酸が得られた。−般に、気泡塔型バイオリアクターを用いて微生物の培養を行なう場合、スケールアップには通気量が最大の障害となっている。つまり、通気量を大きくすると、送気のための空気圧縮機の建設コストやランニングコストが膨大になると同時に発泡の制御が困難となる。この結果、スケールアップが通常の通気撹拌槽に比較して容易であるという気泡塔型バイオリアクターのメリットが相殺される。本発明では、0.5 vvm以下の少ない通気量で乳酸の高収率生産が実現でき、気泡塔型バイオリアクターを用いた乳酸製造の実用性が確認できた。
【0037】実施例4:乳酸の反復回分発酵生産(気泡塔型バイオリアクター)
通気量を0.25vvm、初発仕込量を2.3 Lとした以外はすべて実施例1と同じ条件で気泡塔型バイオリアクター(図1)による培養を開始した。発酵排ガス中の炭酸ガス濃度をモニタリングし、l%以下に下がった時点(培養開始後4日目)を発酵終了とみなし、エアスパージャーからの空気の吹込みを停止した。空気の吹込みを停止すると菌体が沈降し始めるので、抜出口a1 ,a2 ,a3,a4 から順次培養液を抜き出し(抜出量の合計:2.0 L)、抜出量と等量の培地を新たに補充し、再び通気を行って培養を再開した。
【0038】この反復回分培養を全部で11回繰り返した。結果を図5に示す。l回の回分培養に必要な日数は回を経るにつれ短くなり、図示するように2〜4回目まででは各2日間、5回目以降は各1日で培養が終了した。結局23日間で11回の反復回分培養が可能となり、全体として約50g/L/日(2.08g/L/時間)の乳酸を生産することができた。通常の回分培養では発酵に3.5 日、リアクターの洗浄その他に 0.5日かかるとして23日では約6回の回分生産が限界である。これに対し、本発明による反復回分培養の生産性は既存の方法の概ね2倍である。また、反復回分培養では前培養が必要なのは初回だけであり、毎回前培養液を調製しなければならない通常の回分培養に比較するとこの点でも有利である。また、単なる連続方式では培養液抜取りの際に菌体が逸出するが、反復回分培養ではそのような問題もない。
【0039】実施例5:乳酸の連続発酵生産(気泡塔型バイオリアクター)
実施例4と同じ方法で気泡塔型バイオリアクターによる回分培養を行なった。培養開始後3日目に排気ガス中の炭酸ガス濃度が1%以下になっていることを確認して空気吹込みを停止し、生成した菌体を塔底部に沈降させた。ついで培養液2.3Lを抜き出し、新たに生産培地 2.3Lを入れて再び通気を始めて培養を再開した。この操作を初めの回分発酵も含めて3回繰り返し、菌糸体濃度を充分に高めた後、l日当たり 2.5Lの割合で生産培地を連続的に供給し、また塔上部より菌糸体を含まない液を供給培地と等量引き抜いた。発酵の経過図を図6に示す。最初の回分も含めてl箇月の連続運転が可能であった。連続培養操作に切り替えてから4日後には定常状態に到達し、排出液中乳酸濃度は86〜88g/Lであった。この時の乳酸の生産性は86〜87g/L/日(3.58〜3.62g/L/時間)となり実施例1で示した回分培養、実施例5に示した反復回分培養に比較してより高い生産性を示した。
【0040】
【発明の効果】本発明は、特定構造の気泡塔型バイオリアクターを用いてRhizopus属のカビを培養することにより、乳酸を効率的かつ大量に生産することを可能にしたものである。また、特定の菌株を用いることにより、従来の乳酸発酵では困難であった澱粉からの乳酸製造が可能となり、原料コストを大きく低減することに成功した。さらに、本発明によれば反復回分培養方式あるいはこれと連続方式とを組み合わせた培養方式を採用することにより、前培養操作が省略乃至軽減され効率的な乳酸製造ができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】 本発明の気泡塔型バイオリアクターの構造の概略を示す模式的断面図である。
【図2】 従来の気泡塔型バイオリアクターの構造を示す模式的断面図である。
【図3】 気泡塔型バイオリアクターでの回分発酵経過を示すグラフである。
【図4】 ジャーファーメンターでの回分発酵経過を示すグラフである。
【図5】 気泡塔型バイオリアクターでの反復回分発酵経過を示すグラフである。
【図6】 気泡塔型バイオリアクターでの連続発酵経過を示すグラフである。
【符号の説明】
l 気泡塔型バイオリアクター
2 スパージヤー
3 ドラフト管
4 培養液抜き口
5 ジャケット
6 温水(冷却水)入口
7 温水(冷却水)出口
8 排気管
9 圧縮空気(酸素/圧縮空気混合ガス)入口

【特許請求の範囲】
【請求項1】 底部から空気を吹き込む気泡塔型バイオリアクターを使用し、炭素源として澱粉もしくはその糖化液またはグルコースを含有する水性培地でリゾプス(Rhizopus)属に属する菌を培養することを特徴とするL(+)−乳酸の製造法。
【請求項2】 気泡塔型バイオリアクターとして、筒状の壁面部と逆錐状の底面部と排気管を備えた蓋部とからなる容器本体、容器本体内に容器壁面に概ね平行に固設されたドラフトチューブ、前記逆錐状の底面部とドラフトチューブの下端との間に設けられたエアスパージャー、容器外部からエアスパージャーに気体を送る通気管、容器外壁面を覆う温度調節可能なジャケット、及び容器本体に連通する少なくとも1本の通液管を有し、前記底面部の逆錐の母線と鉛直線とのなす傾斜角θが20〜40°であり、容器本体内径に対するドラフトチューブ内径の比が0.5 乃至0.7 の範囲にあるリアクターを使用する請求項1に記載のL(+)−乳酸の製造法。
【請求項3】 空気吹込み量が 0.125〜0.25vvmである請求項1または2に記載のL(+)−乳酸の製造法。
【請求項4】 培養する菌がリゾプス・オリザエ(Rhizopus oryzae )である請求項1乃至3のいずれかの項に記載のL(+)−乳酸の製造法。
【請求項5】 培養する菌株がリゾプス・オリザエNRRL395株(Rhizopus oryzae NRRL395)である請求項4に記載のL(+)−乳酸の製造法。
【請求項6】 炭素源が澱粉である請求項2乃至5のいずれかに記載のL(+)−乳酸の製造法。
【請求項7】 所定期間培養を行なった後、空気の吹き込みを停止して培養液中の菌体を沈降させて前記通液管から上澄液のみを取り出し、取り出した液量に相当する量の培養液を補充した後、空気吹き込みを再開して培養を繰り返す請求項1乃至6のいずれかの項に記載のL(+)−乳酸の製造法。
【請求項8】 培養液の引き抜きと補充とを連続的に行なう請求項1乃至6のいずれかの項に記載のL(+)−乳酸の製造法。
【請求項9】 リアクター内の菌体量が所定量に達するまでは請求項7に記載の方法によって菌の培養を行ない、菌体量が所定量に達した後は請求項8に記載の方法によって菌の培養を行なう請求項1乃至6のいずれかの項に記載のL(+)−乳酸の製造法。
【請求項10】 筒状の壁面部と逆錐状の底面部と排気管を備えた蓋部からなる容器本体、容器本体内に容器壁面に概ね平行に固設されたドラフトチューブ、前記逆錐状の底面部とドラフトチューブの下端との間に設けられたエアスパージャー、容器外部からエアスパージャーに気体を送る通気管、容器外壁面を覆う温度調節可能なジャケット、及び容器本体に連通する少なくとも1本の通液管を有し、前記底面部の逆錐の母線と鉛直線とのなす傾斜角θが20〜40°であり、容器本体内径に対するドラフトチューブ内径の比が0.5 乃至0.7 の範囲にある気泡塔型バイオリアクター。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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