説明

PKA活性調節剤

本発明に係るPKA活性調節剤は、メナテトレノンまたはその塩を有効成分として含むものである。また、本発明に係るPKA活性化剤は、癌疾患の予防又は治療剤、癌細胞増殖抑制剤、癌細胞浸潤抑制剤、並びにAP−2,CREB,及びUSF−1の活性化剤を製造する際に有用である。さらに、本発明は、メナテトレノンまたはその塩を対象物に有効量投与することを特徴とするPKA活性の調節法を提供するものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は、メナテトレノンまたはその塩を有効成分として含む、cAMP dependent protein kinase A(以下、単に「PKA」という。)活性調節剤等に関する。
【背景技術】
肝細胞癌(HCC:hepatocellular carcinoma)患者は、高率に門脈浸潤(PVI:Portal Venous Invasion)をきたすことが知られており、一旦PVIが発生すると予後は極めて不良である。HCC患者におけるDes−γ−Carboxy Prothrombin(以下、「DCP」と称する。)の高値が、その後のPVI進展と密接に関連することが知られている(たとえば、非特許文献1参照)。ここで、DCPとは、正常な凝固活性を持たないプロトロンビンで、ビタミンK(以下、「VK」と称する。)が欠乏した状況で増えることが知られており、VKの欠乏・VKの吸収障害のマーカーとして用いられるタンパク質である。
一方で、DCP高値HCC患者に対しVKを投与すると血清のDCP値が低下すること(たとえば、非特許文献2参照)、in vitroでDCP産生のHCC cell lineに対しVK−IIを投与することで細胞の増殖が抑制されること(たとえば、非特許文献3参照)が報告されている。
肝癌に関する臨床的な研究としては、非環式retinoidによる肝癌再発抑止(たとえば、非特許文献4参照)、ACE inhibitor(たとえば、非特許文献5参照)やCOX2 inhibitor(たとえば、非特許文献6参照)による肝発癌抑制・肝癌細胞増殖抑制やアポトーシス促進作用が知られている。
他方、ビタミンK2が、白血病細胞やMDS細胞(たとえば、非特許文献7参照)、乳癌細胞(たとえば、非特許文献8参照)、線維芽細胞(たとえば、非特許文献9参照)等における癌細胞の増殖を抑制することが報告されている。
しかしながら、より癌細胞増殖抑制作用ないしは癌細胞浸潤抑制作用に優れた、有用な癌疾患治療剤は未だ提供されていなかった。
[非特許文献1] Koike Y. Cancer 2001;91:561−9
[非特許文献2] Cancer 1992;69:31−8
[非特許文献3] Wang Z,Hepatology 1995;22:876−82
[非特許文献4] Muto Y,N Engl J Med 1996;334:1561−7
[非特許文献5] Yoshiji H,Clin Cancer Res 2001;7:1073−8
[非特許文献6] Kern MA,Hepatology 2002;36:885−94
[非特許文献7] Miyazawa K,Leukemia 2001;15:1111−7
[非特許文献8] Kar S,J Cell Physiol 2000;185:386−93
[非特許文献9] Li N,J Cell Physiol 1998;175:359−69
【発明の開示】
そこで、本発明は、癌疾患治療に有用な、PKA活性調節剤を提供することを目的とする。
本発明者らは、上記事情に鑑み、PKA活性調節剤を鋭意研究した結果、ビタミンK2(メナテトレノンまたはその塩)がPKAを調節すること、ビタミンK2がPKAを活性化すること、ビタミンK2がPKAを活性化することにより、転写因子CRE/CREB,USF−1,AP−2の系が活性化されること、ビタミンK2がPKA活性化することにより肝癌細胞の増殖抑制作用及び浸潤抑制作用がもたらされること、を見出した。すなわち、肝癌細胞の増殖抑制作用及び浸潤抑制作用の機序としてPKA活性化が介在するという知見を得て、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は、
[1]メナテトレノンまたはその塩を有効成分として含む、PKA活性調節剤と、
[2]メナテトレノンまたはその塩を有効成分として含む、PKA活性化剤と、
[3]メナテトレノンまたはその塩を有効成分とするPKA活性化剤を含む、癌疾患の予防又は治療剤と、
[4]メナテトレノンまたはその塩を有効成分とするPKA活性化剤を含む、癌細胞増殖抑制剤と、
[5]メナテトレノンまたはその塩を有効成分とするPKA活性化剤を含む、癌細胞浸潤抑制剤と、
[6]癌疾患の予防又は治療に用いられる、上記[2]記載のPKA活性化剤と、
[7]メナテトレノンまたはその塩を有効成分とするPKA活性化剤を含む、AP−2,CREB,及びUSF−1の活性化剤と、
[8]メナテトレノンまたはその塩を有効成分として含む、PKA活性の変化に由来する疾患の予防又は治療剤と、
[9]メナテトレノンまたはその塩を対象物に有効量投与することを特徴とする、PKA活性の調節法と、
[10]PKA活性化剤の製造のための、メナテトレノンまたはその塩の使用と、
[11]メナテトレノンまたはその塩を有効成分とするPKA活性化剤を、癌患者に投与するための医薬品キット、を提供する。
【図面の簡単な説明】
図1は、肝癌細胞の増殖抑制に対するビタミンK2添加の効果を示したグラフである。
図2は、細胞周期に対するビタミンK2添加の効果を示したチャートである。
図3は、細胞の浸潤能に対するビタミンK2の効果を示したゲル写真である。
図4は、ビタミンK2添加による遺伝子発現変化を示した(a)グラフ,(b)解析チャート写真である。
図5は、ビタミンK2添加による遺伝子発現量変化を示したRT−PCRによる解析チャート写真である。
図6は、ビタミンK2添加による遺伝子発現の経時的変化を示した図である。
図7は、遺伝子ネットワークを示す図である。
図8は、ビタミンK2添加による蛋白質発現変化を示した(a)解析写真、(b)グラフである。
図9は、ビタミンK2添加によるシグナル伝達経路の活性化を示した解析写真である。
図10は、ビタミンK2添加によるシグナル伝達経路(AP−2)の活性化を示した解析写真である。
図11は、ビタミンK2添加によるシグナル伝達経路(CREB)の活性化を示した解析写真である。
図12は、ビタミンK2添加によるPKAの活性化を示した解析写真である。
図13は、PKAinhibitorによるビタミンK2の細胞増殖抑制作用の阻害を示すグラフである。
図14は、ビタミンK2添加によるRhoの活性化の抑制を示す解析写真である。
【発明を実施するための最良の形態】
以下、実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
本発明において用いるメナテトレノンは、好ましくはメナキノン−1〜14であり、より好ましくはメナキノン4〜8であり、さらに好ましくはメナキノン−4である。
本発明において、癌疾患としては、肝癌等が挙げられる。慢性肝炎、肝硬変からは高率に肝癌が発癌し、いったん発癌するとさらに高率に再発する。例えば、C型肝炎やB型肝炎から肝硬変となり、腫瘍切除後、再発するケースがある。本発明に係るPKA調節剤によれば、このような肝癌治療後の予後を極めて有効に改善(再発の予防又は治療)することができる。また、予後不良な肝癌の再発形態の一つであるPVIの発生を極めて有効に抑制することができる。
また、本発明において、PKA活性の変化に由来する疾患としては、白血病、膵癌、卵巣癌などが挙げられる。
PKA(cAMP dependent protein kinase A)は、Epidermal Growth Factor(EGF)などの種々の刺激によって細胞内濃度が高まったcAMPが、PKAのregulatory subunitに結合することでPKAのcatalytic subunitが遊離しはじめて活性を出す分子として知られている(Walsh DA,FASEB J 1994;8:1227−36)。活性化されたPKAは下流のシグナル分子を活性化してさまざまな作用を細胞にもたらすが、細胞増殖の観点からPKAを見ると、活性化されたPKAは細胞の増殖に促進的に関わるという報告もあるのに対し、活性化PKAは癌細胞の増殖を抑えるという報告もある(van Oirschot BA,J Biol Chem 2001;276:33854−60他)。
細胞内では様々な転写因子が働いて多くの遺伝子発現に寄与しているが、PKAは活性化されるとcAMP Responseve Element(CRE)に結合する転写因子であるCRE Binding Protein(CREB)をリン酸化することで転写を活性化し、下流の遺伝子発現を調節していることが知られている。PKAが制御している転写因子にはUSF−1(Xiao Q,Am J Physiol Heart Circ Physiol 2002;283:H213−9)、AP−2(Garcia MA,FEBS Lett 1999;444:27−31)など他にも多くのものが報告されており、その下流のシグナル伝達系の制御は極めて複雑なものと考えられる。
メナテトレノンは、ビタミンK2とも称され、イソプレニル基の数nによってメナキノン−n(MK−n)とも呼ばれる。2−メチル−1,4−ナフトキノン環の3位にイソプレニル基を持つ物質をビタミンK2(VitaminK2)と総称する。ビタミンK2にはイソプレニル基の数の違いによる同族体がある。メナテトレノンの構造式を以下に示す。

式中、nは、好ましくは1〜14であり、より好ましくは4〜8である。特にnが4である、2−メチル−3−テトラプレニル−1,4−ナフトキノン(2−methl−3−tetraprenyl−1,4−naphthoquinone;MK−4)が好ましい。
メナテトレノンは黄色の結晶又は油状の物質で、におい及び味はなく、光により分解しやすい。また、水にはほとんど溶けない。メナテトレノン(ビタミンK2)の薬理作用は、血液凝固因子(プロトロンビン、VII、IX、X)のタンパク合成過程で、グルタミン酸残基が生理活性を有するγ−カルボキシグルタミン酸に変換する際のカルボキシル化反応に関与するものであり、正常プロントロビン等の肝合成を促進し、生体の止血機構を賦活して生理的に止血作用を発現するものである。
本発明に係る医薬の有効成分であるメナテトレノンは、塩を形成していてもよく、かかる塩における好ましい例としては、ハロゲン化水素酸塩(例:フッ化水素酸塩、塩酸塩、臭化水素酸塩、ヨウ化水素酸塩等)、無機酸塩(例:硫酸塩、硝酸塩、過塩素酸塩、リン酸塩、炭酸塩、重炭酸塩等)有機カルボン酸塩(例:酢酸塩、トリフルオロ酢酸塩、シュウ酸塩、マレイン酸塩、酒石酸塩、フマル酸塩、クエン酸塩等)、有機スルホン酸塩(例:メタンスルホン酸塩、トリフルオロメタンスルホン酸塩、エタンスルホン酸塩、ベンゼンスルホン酸塩、トルエンスルホン酸塩、カンファースルホン酸塩等)、アミノ酸塩(例:アスパラギン酸塩、グルタミン酸塩等)、四級アミン塩、アルカリ金属塩(例:ナトリウム塩、カリウム塩等)、アルカリ土類金属塩(例:マグネシウム塩、カルシウム塩等)等があげられる。
本発明に係る医薬の有効成分であるメナテトレノンまたはその塩は、無水物であってもよいし、水和物を形成していてもよい。また、メナテトレノンまたはその塩には結晶多形が存在することもあるが同様に限定されず、いずれかの結晶形が単一であってもよいし、結晶形混合物であってもよい。さらに、本発明に用いるメナテトレノンまたはその塩が生体内で分解されて生じる代謝物も本発明の特許請求の範囲に包含される。
本発明において用いるメナテトレノンは、公知の方法で製造することができ、代表的な例として、特開昭49−55650号公報に開示される方法によれば容易に製造することができる他、合成メーカーから容易に入手することもできるし、公知の方法に準じて塩にすることもできる。また、メナテトレノンはカプセル剤、注射剤等の製剤としても入手できる。
本発明に係る医薬は、メナテトレノンをそのまま用いてもよいし、または、公知の薬学的に許容できる担体等(例:賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、着色剤、矯味矯臭剤、安定化剤、乳化剤、吸収促進剤、界面活性剤、pH調整剤、防腐剤、抗酸化剤、等)、一般に医薬品製剤の原料として用いられる成分を配合して慣用される方法により製剤化してもよい。また、必要に応じて、血流促進剤、殺菌剤、消炎剤、細胞賦活剤、ビタミン類、アミノ酸、保湿剤、角質溶解剤、等の成分を配合してもよい。製剤化の剤形としては、錠剤、散剤、細粒剤、顆粒剤、被覆錠剤、カプセル剤、シロップ剤、トローチ剤、吸入剤、坐剤、注射剤、凍結乾燥剤、軟膏剤、眼軟膏剤、点眼剤、点鼻剤、点耳剤、パップ剤、ローション剤等があげられる。
また、本発明においては、メナテトレノンの投与形態は特に限定されないが、経口的に投与することが好ましい。メナテトレノンのカプセル剤は商品名ケイツーカプセル(エーザイ株式会社製)として、またシロップ剤は商品名ケイツーシロップ(エーザイ株式会社製)として入手することができる。
本発明に係るメナテトレノン含有医薬は、哺乳類(例:ヒト、マウス、ラット、モルモット、ウサギ、イヌ、ウマ、サル等)の肝疾患治療・予防に有用で、特に、ヒトの肝疾患の治療・予防に有用である。メナテトレノンの好ましい投与量としては通常は10〜100mg/日であり、更に好ましくは30〜60mg/日である。
【実施例】
以下に本発明の実施例を挙げるが、これらは例示的なものであって、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。当業者は、以下に示す実施例のみならず本特許請求の範囲に様々な変更を加えて実施することが可能であり、かかる変更も本特許請求の範囲に包含される。
〔ビタミンK2による肝癌細胞増殖抑制〕
代表的な肝癌細胞株であるHepG2を用いた系に、MK−4(ビタミンK2)を2×10−5,6×10−5,8×10−5,10×10−5Mの各濃度になるように添加し、経時的に細胞増殖の程度をMTT assay(MTTアッセイ)で測定した。
図1は、肝癌細胞の増殖抑制に対するビタミンK2添加の効果を示したグラフである。図1に示すように、ビタミンK2添加後1日目,2日目では細胞増殖の程度にそれほど変化は認められなかったが、3日目,5日目になると、ビタミンK2濃度に依存して生細胞の数が抑制された。また、図1に示す結果から、ビタミンK2のHepG2細胞増殖50%抑制濃度は、約5×10−5Mであると考えられる。
次に、この肝癌細胞増殖抑制作用が、細胞周期のどのステージで効果を発揮しているのかを調べるため、MK−4を5×10−5Mの濃度になるように添加した後5日間経過したHepG2細胞を、核染色して、FACS(fluorescence−activated cell sorter;蛍光標示式細胞分取器)で細胞周期を測定した。図2にチャートを示すように、G1期及びG2/M期の細胞分画が増え、S期(DNA合成期)の細胞分画が相対的に減少していることが分かった。これより、主に細胞周期の停止が細胞増殖抑制につながっていることが分かった。
〔ビタミンK2による肝癌細胞浸潤能の抑制〕
次に、ビタミンK2が細胞の浸潤能に与える影響を、HepG2細胞とマトリゲルチャンバーを用いたinvasion assayで検討した。すなわち、小さな孔のあいたゲルの上層に細胞をまき、下層に走化性因子を含んだ培養液を入れ、細胞が上層から下層に浸潤する数を数えることで、浸潤能を判定した。その際に、上層の培養液中にMK−4(ビタミンK2)をOM,4×10−5M,8×10−5Mの濃度になるように添加し、まだ細胞増殖に影響のない24時間経過後に下層に出てきた細胞を染色し、その数を数えることで浸潤能に与える影響を検討した。図3に各濃度におけるゲル写真を示すように、ビタミンK2は濃度依存的に癌細胞の浸潤を抑制した。
以上の結果より、ビタミンK2は肝癌細胞の増殖に関わるだけでなく細胞の浸潤能を抑制する作用も有することが分かった。
〔ビタミンK2による細胞の遺伝子発現への影響〕
ビタミンK2添加による細胞の遺伝子発現への影響をcDNA microarray(cDNAマイクロアレイ)を用いて検討した。
HepG2細胞にMK−4(ビタミンK2)を5×10−5Mの濃度になるように添加した後、HepG2細胞を4日後に回収しRNAを抽出し、次いでこれをラベルした。次に、これを、肝臓や胃組織から抽出したcDNAを約4300種類搭載したin−houseのcDNA microarrayを用いて遺伝子発現プロファイルを解析した(図4(b))。
図4(a)は、横軸にビタミンK2非添加細胞(コントロール)を、縦軸にMK−4添加細胞をScatterplotした遺伝子発現プロファイルである。図4(a)において、縦軸及び横軸はいずれもシグナル強度(logscale)を示し、赤い点(図4(a)中におけるR部分)は2倍以上あるいは0.5倍以下の発現変化を示した遺伝子を示す。図4(a)に示すように、2倍以上あるいは0.5倍以下の遺伝子発現量変化を示した遺伝子は約10%弱に認められた。特に、細胞接着因子(Fibronectin,Desmoplakin,Integrin beta 1,Cell adhesion molecule(CD44),Integrin alpha X,Integrin beta 2,Integrin alpha M,Fibromodulin)、アポトーシス関連遺伝子(GADD34)、細胞周期関連遺伝子(Cyclin E,Cyclin G)などの遺伝子発現量に変化が認められた。このようなMK−4添加による遺伝子発現変化が、細胞増殖抑制や浸潤転移抑制につながるものと考えられる。
また、HepG2細胞の一部(Fibromodulin,GADD34,Fibronectin,Progression Associated Protein,CyclinG,CD44,CyclinE)について、RT−PCRにより発現量変化を確認した(図5)。
さらに、図6に示すように、MK−4を添加後1日目,2日目,3日目と経時的に遺伝子変化を解析した。図6は縦方向に今回検討した約4300遺伝子をならべて、非添加細胞に比べてdown regulation(ダウンレギュレーション)している遺伝子を緑(図6中におけるG部分)、up regulation(アップレギュレーション)している遺伝子を赤(図6中におけるR部分)で描画したものである。図6に示すように、時間が経過するにつれて遺伝子の発現が変化することが明らかとなった。
図7に、上記の遺伝子発現の経時的な変化に基づいて遺伝子ネットワークを描出した図を示す。図7に示すこれらの遣伝子は発現変化を共にしているものであり、遺伝子発現の制御が近似しているものと考えられる。
次に、MK−4が遺伝子発現に変化を及ぼすことを蛋白レベルで確認した。HepG2細胞にMK−4を5×10−5Mになるように添加し、細胞を4日後に回収し蛋白を抽出、二次元電気泳動後、銀染色を行った。図8にその結果を示すように、MK−4の添加細胞と非添加細胞との間では、蛋白レベルでも遺伝子発現に違いが見られることが確認された。
以上の結果から、MK−4が細胞の遺伝子発現に影響を及ぼすことが明らかとなった。すなわち、MK−4による癌細胞増殖抑制作用や浸潤抑制作用の機序として、これらの遺伝子発現の変化が関係していることが分かった。
〔ビタミンK2により活性化されるシグナル伝達経路〕
ビタミンK2が、どのような経路を介して遺伝子発現を制御しているのかを調べるために、54種(AP1 AP2 ARE Brm3 C/EBP CBF CDP c−Myb AP1 CREB E2Fl EGR ERE Ets PEA3 FAST1 ISRE AP2 GATA GRE HNF4 IRF1 MEF1 MEF2 Myc−Max NF1 CREB NFAT NFE1 NFE2 NFkB Oct1 p53 Pax5 Pbx1 EGR Pit1 PPAR PRE RAR RXR SIE SBE Smad3/4 Sp1 SRE Stat1 Stat3 Stat4 Stat5 Stat6 TFIID TRDR4 USF1 VDR HSE MRE)の転写因子の活性化の有無について検討した。
HepG2細胞にMK−4を5×10−5Mとなるように添加し、最初の変化を同定するために、2時間,12時間という比較的短時間で細胞を回収し、その核抽出物を抽出した。核抽出物と上記の転写因子の結合配列DNA probe mixとを混合した後、転写因子が結合したprobeのみを回収し、それらprobeと相補的な配列を搭載したアレイとハイブリダイズさせ転写因子が結合したDNA probe(すなわち活性化された転写因子経路)の量を判定し、その転写因子経路の活性化の程度とした。その結果を図9に示すように、ビタミンK2の添加により、上記54種の経路のうち、AP−2,CREB,USF1の系が活性化されていることが明らかとなった。
さらに、MK−4添加前(0時間)と添加後2,6,12,24,48時間経過後の核抽出物と、AP−2 consensus probeを用いたゲルシフトアッセイを行った。その結果を図10に示すように、添加後にはMK−4添加前に比べてDNAとの蛋白結合が増えていることが分かった。
また、CREB,USF−1についても同様にゲルシフトアッセイを行ったところ、MK−4添加前に比べて添加後2,6時間経過後でDNAと蛋白の結合が増えていることが分かった(データは図示せず)。
CREBについて、pEGFP−CREB(Clontech)をHepG2にトランスフェクション(transfection)し、蛍光観察した結果を図11に示す。図11に示すように、MK−4添加によって、この蛍光のシグナル(光量)が添加前に比べて経時的に増したことから、CREBが活性化したことが分かった。
以上の結果より、ビタミンK2の添加により、AP−2,CREB,USF−1の各転写因子が活性化されることが明らかとなった。
〔ビタミンK2によるPKAの活性化〕
HepG2細胞にMK−4を5×10−5Mとなるように添加した後、これを蛍光標識した。この細胞の溶解液に、PKAの基質ペプチドを混合し、これを電気泳動させた。この結果を図12に示す。PKAの基質ペプチドはもともとプラス(+)に荷電しており、蛍光標識したPKAの基質ペプチドと細胞の溶解液を混合することにより、細胞内のPKAが活性化されている場合には基質ペプチドをリン酸化する結果、基質をマイナス(−)に荷電させることにより、+極へ移動する。すなわち、リン酸化を受けた場合(すなわち、PKAが活性化されている場合)は+極へ、リン酸化を受けない場合(すなわち、PKAが活性化されていない場合)は−極側へ移動することになる。
図12に示すように、MK−4を添加してから2時間経過した時点において、+極へ移動したことから、MK−4によりPKAが活性化されたことが分かった。
〔肝癌細胞増殖におけるPKA活性の役割〕
HepG2細胞にMK−4を5×10−5Mとなるように添加した後にPKAのspecific inhibitor(H89)40μMを添加したグループ、H89だけを加えたグループ、MK−4のみを加えたグループ、何も添加しないもの(コントロール)について、添加後4日目にMTT assayを試行し、MK−4添加による細胞の増殖を検討した。その結果を図13に示す。図13に示すように、MK−4及びH89を添加したグループは、コントロールほどには細胞増殖はしなかったものの、MK−4単独添加グループよりも細胞の数は明らかに増えた。これより、MK−4添加による細胞増殖抑制作用を、H89が一部ではあるもののキャンセル(解除)することが分かった。
この結果から、ビタミンK2添加による肝癌細胞増殖抑制作用は、少なくとも一部はPKAの活性化を介しているものと考えられる。
〔ビタミンK2によるRhoの活性抑制作用〕
Rhotekin−RBDと細胞溶解液を混ぜた後、Rhotekin−RBDをpull downして結合したRho蛋白の量をプロットすることで、Rho蛋白の活性化にビタミンK2が何らかの関与を持つか検討した。
Rho蛋白は活性化されるとGTPが結合したGTP−Rhoとなるが、この活性化Rhoとは、Rhotekinという蛋白のRho Binding Domain(RBD)が高い affinityで結合することが知られている(Ren XD,EMBO J 1999;18:578−85)。Rhoは、癌の浸潤転移に重要な役割をしていると考えられている低分子量G蛋白である(Clark EA,Nature 2000;406:532−5)。
HepG2細胞を用いてコントロールと、MK−4を5×10−5Mおよび10×10−5Mで添加したもの、5×10−5M添加の上にH89を40μM加えたもので、6時間経過後に細胞を回収しRhoの活性化を検討した結果を図14に示す。
図14に示すように、MK−4濃度に依存してRhoの活性化は抑制され、この効果はH89でキャンセルされた。Rhoの活性化をPKAが制御するという報告がなされており(Faucheux N,Biomaterials 2002;23:2295−301;Manganello JM,J Biol Chem 2002)、今回の結果から、ビタミンK2はRhoの活性化を抑制しその作用はPKAを介していることが分かった。
以上の結果から、ビタミンK2は、ビタミンK依存性γグルタミルカルボキシラーゼの補酵素として機能するよりも数倍高い濃度域においてPKAを活性化し、これにより肝癌細胞の増殖抑制作用、及び浸潤能抑制作用を有し、様々な遺伝子発現を制御することが判明した。
【産業上の利用可能性】
本発明に係るPKA活性調節剤は、癌疾患治療の予防又は治療に有用である。本発明に係るPKA活性化剤によれば、癌細胞増殖抑制及び/又は癌細胞浸潤抑制に有用である。
【図1】

【図2】

【図3】

【図4】

【図5】

【図6】

【図7】

【図8】

【図9】

【図10】

【図11】

【図12】

【図13】

【図14】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
メナテトレノンまたはその塩を有効成分として含む、PKA活性調節剤。
【請求項2】
メナテトレノンまたはその塩を有効成分として含む、PKA活性化剤。
【請求項3】
メナテトレノンまたはその塩を有効成分とするPKA活性化剤を含む、癌疾患の予防又は治療剤。
【請求項4】
メナテトレノンまたはその塩を有効成分とするPKA活性化剤を含む、癌細胞増殖抑制剤。
【請求項5】
メナテトレノンまたはその塩を有効成分とするPKA活性化剤を含む、癌細胞浸潤抑制剤。
【請求項6】
癌疾患の予防又は治療に用いられる、請求項2記載のPKA活性化剤。
【請求項7】
メナテトレノンまたはその塩を有効成分とするPKA活性化剤を含む、AP−2,CREB,及びUSF−1の活性化剤。
【請求項8】
メナテトレノンまたはその塩を有効成分として含む、PKA活性の変化に由来する疾患の予防又は治療剤。
【請求項9】
メナテトレノンまたはその塩を対象物に有効量投与する工程を含む、PKA活性の調節法。
【請求項10】
PKA活性化剤の製造のための、メナテトレノンまたはその塩の使用。
【請求項11】
メナテトレノンまたはその塩を有効成分とするPKA活性化剤を、癌患者に投与するための医薬品キット。

【国際公開番号】WO2004/056351
【国際公開日】平成16年7月8日(2004.7.8)
【発行日】平成18年4月20日(2006.4.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−562064(P2004−562064)
【国際出願番号】PCT/JP2003/016386
【国際出願日】平成15年12月19日(2003.12.19)
【出願人】(000000217)エーザイ株式会社 (102)
【Fターム(参考)】