説明

きのこ由来の芳香成分の生産方法

【課題】天然物であるきのこに由来して、シンナムアルデヒドやベンズアルデヒドを効率よく生産することができる方法を提供する。
【解決手段】培地にグリフォーラ・ガルガル(Grifola gargal)の種菌を接種し、培養して、菌糸体を生育させる過程で、培養物からシンナムアルデヒド及び/又はベンズアルデヒドを含有する芳香成分を分離した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はきのこ由来の芳香成分の生産方法に関し、更に詳しくはグリフォーラ・ガルガル(Grifola gargal)の種菌を培養することによりシンナムアルデヒド及び/又はベンズアルデヒドを含有する芳香成分を効率よく生産する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
シンナムアルデヒドやベンズアルデヒドはそれ自体が香料として、また他の香料や医薬品等の原料として広く利用されている。これらはその多くが合成されているが、これらを天然物由来の形で効率よく生産することができれば、安全性を期する上でその利用価値が大いに高くなる。
【0003】
従来より、天然物であるきのこに由来する芳香成分の生産方法について複数の提案がある(例えば特許文献1〜3参照)。これらのなかには、芳香成分としてベンズアルデヒドを含有するものもある。しかし、これらの従来法には、シンナムアルデヒドやベンズアルデヒドの生産効率が著しく低いという問題がある。
【特許文献1】特開昭64−16567号公報
【特許文献2】特開平6−67号公報
【特許文献3】特開2004−337018号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明が解決しようとする課題は、天然物であるきのこに由来する芳香成分の生産方法であって、シンナムアルデヒドやベンズアルデヒドを効率よく生産することができる方法を提供する処にある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
前記の課題を解決する本発明は、培地にグリフォーラ・ガルガル(Grifola gargal)の種菌を接種し、培養して、菌糸体を生育させる過程で、培養物からシンナムアルデヒド及び/又はベンズアルデヒドを含有する芳香成分を分離することを特徴とするきのこ由来の芳香成分の生産方法に係る。
【0006】
本発明では、きのことしてグリフォーラ・ガルガル(Grifola gargal、以下単にガルガルという)を用いる。ガルガルは南米チリのパタゴニア地方に自生するきのこであり、その子実体は食用に供されていて、同じグリフォーラ属のきのこであるグリフォーラ・フロンドサ(Grifola frondosa、和名はマイタケ)等に比べて芳香が強い。
【0007】
本発明では、培地にガルガルの種菌を接種し、培養して、菌糸体を生育させる。培地は固体培地であっても又は液体培地であってもよいが、芳香成分の効率的な生産を促し、また培養物から芳香成分を分離して回収する上で、液体培地が好ましい。培地それ自体としては一般のきのこ用培地を適用することができ、例えば液体培地としてはグルコース・ペプトン液体培地を適用することができる。詳しくは後述するように、培地に種菌を接種し、培養して、菌糸体を生育させると、その時期によっても異なるが、シンナムアルデヒド及び/又はベンズアルデヒドを主成分とする芳香成分を生産する。これらの芳香成分の生産をより効率的に促すためには、予め培地にこれらの芳香成分の前駆体、例えばベンズアルデヒドの場合にはフェニルアラニンを加えておくのも有効である。
【0008】
培地のpHや培養温度等も一般のきのこの培養条件にしたがうことができ、培地のpHは3.5〜8.0、また培養温度は10〜30℃とすることができるが、前記したような芳香成分の生産をより効率的に促すためには、培地として液体培地を用いる場合にそのpHは4.5〜6.0とし、また培養温度は20〜25℃とするのが好ましい。
【0009】
以上説明したように、培地にガルガルの種菌を接種し、培養して、菌糸体を生育させると、強い芳香成分を生産する。概して、菌糸体の生育前期には、シンナムアルデヒドを主成分とする芳香成分を生産し、菌糸体の生育後期には、ベンズアルデヒドを主成分とする芳香成分を生産する。より詳しくは、菌糸体の生育前期においてシンナムアルデヒドの生産量が急に高くなるが、これにはピーク域があり、かかるピーク域を過ぎると、その生産量が急に低くなる。そしてあたかもこれに代わるかの如く、菌糸体の生育後期においてベンズアルデヒドの生産量が急に高くなるが、これにもピーク域があり、かかるピーク域を過ぎると、その生産量が急に低くなる。
【0010】
本発明では、かくして培地にガルガルの種菌を接種し、培養して、菌糸体を生育させる過程で、培養物からシンナムアルデヒド及び/又はベンズアルデヒドを含有する芳香成分を分離する。分離は、有機溶媒を用いた抽出、水蒸気蒸留等により行なうことができる。培養物から直接に、通常は培養物から分離した芳香成分から、カラムクロマトグラフィーや分子蒸留等により、シンナムアルデヒドやベンズアルデヒドを単離することもできる。培養条件にもよるが、一般にシンナムアルデヒドの生産量は、培養日数10〜12日でピーク域となって、培地1L当たり400〜700mgとすることができ、またベンズアルデヒドの生産量は、培養日数16〜22日でピーク域となって、培地1L当たり800〜1500mgとすることができる。
【発明の効果】
【0011】
本発明によると、天然物であるきのこに由来して、シンナムアルデヒドやベンズアルデヒドを効率よく生産することができる。
【実施例】
【0012】
試験区分1
南米チリのパタゴニア地方に自生し、食用に供されているガルガルの寄託菌株GG−IWADE 002(受領機関名:IPOD、受領日:平成17年3月10日、受領番号:FERM AP−20455)を供試菌として用いた。グルコース・ペプトン液体培地(いずれも質量%で、グルコース2%、ポリペプトン0.3%、酵母エキス0.3%、硫酸マグネシウム0.1%、リン酸二カリウム0.1%、残部は水、pH5.0)を調製し、これを100ml容三角フラスコに10mlづつ分注した後、121℃で20分間高圧殺菌して、冷却した。各三角フラスコに内径5.5mmのコルクボーラーで打ち抜いた供試菌の培養菌糸体を1片づつ接種し、10〜30℃の培養温度範囲内における5区分で15日間静置培養した後、培養物を吸引濾過して菌糸体区分と培養液区分とに分けた。菌糸体区分を105℃で5時間乾燥し、その質量を測定して、これを菌糸体の質量(g)とした。また培養液区分にエチルエーテルを加えて振とうし、静置して、層分離させた後、上層のエチルエーテル層の遠心分離液をガスクロマトグラフィーに供し、ベンズアルデヒド量を測定して、これを培地1ml当たりのベンズアルデヒドの生産量(μg)に換算した。結果を図1に示した。
【0013】
図1は、本発明において培養温度(℃)に対する菌糸体の質量(g)とベンズアルデヒドの生産量(μg/ml)の変化を示すグラフである。図1中、三角印を結ぶ曲線11は菌糸体の質量(g)を、また白抜き丸印を結ぶ曲線21はベンズアルデヒドの生産量(μg/ml)を示している。この図1からも明らかなように、培養温度は10〜30℃の温度範囲とすることができるが、20〜25℃の温度範囲とするのが好ましい。
【0014】
試験区分2
試験区分1と同様に供試菌の培養菌糸体を培養した。但しここでは、培養温度を22℃に設定し、液体培地のpHを3.0〜8.0の範囲内における11区分で15日間静置培養して、菌糸体の質量(g)と、培地1ml当たりのベンズアルデヒドの生産量(μg)とを求めた。結果を図2に示した。
【0015】
図2は、本発明において液体培地のpHに対する菌糸体の質量(g)とベンズアルデヒドの生産量(μg/ml)の変化を示すグラフである。図2中、三角印を結ぶ曲線12は菌糸体の質量(g)を、また白抜き丸印を結ぶ曲線22はベンズアルデヒドの生産量(μg/ml)を示している。この図2からも明らかなように、液体培地のpHは3.0〜8.0の範囲とすることができるが、4.5〜6.0の範囲とするのが好ましい。
【0016】
試験区分3
3L容ジャーファメンターに、試験区分1と同様の液体培地にフェニルアラニンを0.02質量%となるよう加え且つpHを5.0に調整したもの2.0Lを入れ、120℃で20分間高圧殺菌して、冷却した。これに、試験区分1と同様の供試菌の予備培養液0.1Lを加え、培養温度22℃で22日間通気撹拌培養した。かかる培養中に培養物を適宜サンプリングし、サンプリングした培養物を吸引濾過して菌糸体区分と培養液区分とに分けた。菌糸体区分を105℃で5時間乾燥し、その質量を測定して、これを菌糸体の質量(g)とした。また培養液区分の遠心分離液を高速液体クロマトグラフィーに供し、シンナムアルデヒド量及びベンズアルデヒド量を測定して、これらを培地1L当たりのシンナムアルデヒドの生産量(mg)及びベンズアルデヒドの生産量(mg)に換算した。結果を図3に示した。
【0017】
図3は、本発明において培養日数(日)に対する菌糸体の質量(g)とベンズアルデヒドの生産量(mg/L)及びシンナムアルデヒドの生産量(mg/L)の変化を示すグラフである。図3中、三角印を結ぶ曲線13は菌糸体の質量(g)を、また白抜き丸印を結ぶ曲線23はベンズアルデヒドの生産量(mg/L)を、更に黒塗り丸印を結ぶ曲線33はシンナムアルデヒドの生産量(mg/L)を示している。この図3からも明らかなように、シンナムアルデヒドの生産量は、培養日数10〜12日でピーク域となっており、培地1L当たり400〜550mgとなっている。したがって培養日数10〜12日の例は、本発明においてシンナムアルデヒドを生産する場合の好ましい実施例に相当する。またベンズアルデヒドの生産量は、培養日数16〜22日でピーク域となっており、培地1L当たり900〜1050mgとなっている。したがって培養日数16〜22日の例は、本発明においてベンズアルデヒドを生産する場合の好ましい実施例に相当する。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明において培養温度(℃)に対する菌糸体の質量(g)とベンズアルデヒドの生産量(μg/ml)の変化を示すグラフ。
【図2】本発明において液体培地のpHに対する菌糸体の質量(g)とベンズアルデヒドの生産量(μg/ml)の変化を示すグラフ。
【図3】本発明において培養日数(日)に対する菌糸体の質量(g)とベンズアルデヒドの生産量(mg/L)及びシンナムアルデヒドの生産量(mg/L)の変化を示すグラフ。
【符号の説明】
【0019】
11,12,13 菌糸体の質量を示す曲線
21,22,23 ベンズアルデヒドの生産量を示す曲線
33 シンナムアルデヒドの生産量を示す曲線

【特許請求の範囲】
【請求項1】
培地にグリフォーラ・ガルガル(Grifola gargal)の種菌を接種し、培養して、菌糸体を生育させる過程で、培養物からシンナムアルデヒド及び/又はベンズアルデヒドを含有する芳香成分を分離することを特徴とするきのこ由来の芳香成分の生産方法。
【請求項2】
培地が液体培地である請求項1記載のきのこ由来の芳香成分の生産方法。
【請求項3】
液体培地がpH4.5〜6.0に調整したものである請求項2記載のきのこ由来の芳香成分の生産方法。
【請求項4】
20〜25℃の温度範囲で培養する請求項1〜3のいずれか一つの項記載のきのこ由来の芳香成分の生産方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−254711(P2006−254711A)
【公開日】平成18年9月28日(2006.9.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−72473(P2005−72473)
【出願日】平成17年3月15日(2005.3.15)
【出願人】(000141381)株式会社岩出菌学研究所 (14)
【Fターム(参考)】