説明

アシラーゼを用いたβアミノ酸の製造方法

【課題】 副生物の毒性が低く、コスト的に有利な、S体又はR体のβアミノ酸の選択的に製造する方法を提供すること。
【解決手段】N−アセチルβアミノ酸を不斉加水分解することによりR体のβアミノ酸を選択的に生成する活性を有するアシラーゼを産生することを特徴とするバリオボラックス・スピーシーズ(Variovorax sp.)、N−アセチルβアミノ酸を不斉加水分解することによりS体を選択的に生成する活性を有するアシラーゼ及びR体を選択的に生成する活性を有するアシラーゼを産生することを特徴とするバークホルデリア・スピーシーズ(Burkholderia sp.)、及び、これらを利用してR体又はS体のβアミノ酸を選択的に製造する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、N−アセチルβアミノ酸のラセミ体にN−アセチルβアミノ酸を不斉加水分解する活性を有するアシラーゼを作用させて、S体又はR体のβアミノ酸を選択的に製造する方法、及び、該方法に使用することの出来る、新規な微生物に関する。
【背景技術】
【0002】
βアミノ酸は、動物の蛋白質中に含まれていない非天然アミノ酸である。他の非天然アミノ酸と同じく、βアミノ酸についても医薬中間体としての需要が高まっており、種々の医薬品の一部に用いられつつある(Chimica OGGI/Chemistry today10, 15 (2002))。
【0003】
アシラーゼを用いたβアミノ酸の製造方法としては、下記の3つの方法がすでに知られている。
(1)ペニシリンGアシラーゼ (Penicillin G acylase) を用いる方法
この方法は、最も一般的でV.A.Soloshonok et al., Tetrahedron, 6, 1601 (1995)など数多くある。3アミノ3フェニルプロピオン酸(以下βフェニルアラニンと称す)のラセミ体のアミノ基をフェニルアセチル化してから、ペニシリンGアシラーゼを用いて分割する方法で、R体が選択的に生成する。
この方法では、S体を選択的に生成させることはできないこと、光学純度が低いこと、フェニルアセチル基は分子量が大きいこと、副生するフェニル酢酸は毒性が高い物質の原料となる物質であること、アミノ基をフェニルアセチル化することは単なるアセチル化よりもコスト高になることなどの問題があった。
【0004】
【化1】

【0005】
(2)ブタ腎臓由来アシラーゼ (Porcine kidney acylase I ) を用いる方法
WO2003080854A2(2003.10.2.公開、デグッサ社)又はGrayson & K. Drauz CHIMICA OGGI/chemistry today 10, 15 (2002)によれば、βフェニルアラニンのラセミ体のアミノ基をクロロアセチル化した後に、ブタ腎臓由来のアシラーゼを用いてNクロロアセチルβフェニルアラニンを酵素分割している。本方法では、S体が選択的に生成する。明細書の記載によれば、Nアセチルβフェニルアラニンを用いた場合は実質的に反応は起こっていない。
この方法では、R体を選択的に生成させることはできないこと、モノクロロ酢酸は環境的視点から好ましくないこと、アミノ基をクロロアセチル化することは単なるアセチル化よりもコスト高になること、医薬原料製造のためには好ましからざる動物由来の酵素を用いる必要があることなどの問題があった。
【0006】
【化2】

【0007】
(3)グルタリル7−アミノセファロスポラン酸アシラーゼ (Glutaryl 7-aminocephalosporanic acid acylase) を用いる方法
WO 03/020943 A2 (2003.3.13.公開、Aventis Pharma社)によれば、βフェニルアラニンのラセミ体のアミノ基をグルタリル化した後に、Glutaryl 7-aminocephalosporanic acid acylaseを用いてNグルタリルβフェニルアラニンを酵素分割している。本方法では、R体が選択的に生成する。
本方法では、S体を生成させることができないこと、グルタリル基の分子量が大きいこと、アミノ基をグルタリル化することは単なるアセチル化よりもコスト高になること、などの問題点があった。
【0008】
【化3】

【特許文献1】WO2003080854A2
【特許文献2】WO 03/020943 A2
【非特許文献1】V.A.Soloshonok et al., Tetrahedron, 6, 1601 (1995)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
以上、アシラーゼを用いたβアミノ酸の製造方法について述べたが、通常のαアミノ酸については、S体、R体の分割を行うためにはアミノ基をアセチル化しておいてから、S選択的、または、R選択的のアシラーゼを用いて分割することが広く行われている。しかし、N-アセチルβアミノ酸については、αアミノ酸用のアシラーゼも含めて加水分解酵素は知られていなかった。
【0010】
アセチル基は、アミノ酸を無水酢酸と反応させることだけで生成することができるので、アシル化には最も一般的に使用されているにもかかわらず、前述のように、βアミノ酸のアシル化に、フェニルアセチル化、クロロアセチル化、グルタリル化などが用いられてきたのは、N-アセチルを加水分解するアシラーゼが知られていなかったことによる。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、上記課題を解決することを目的として、鋭意研究の結果、N-アセチル基をS体特異的、または、R体特異的に加水分解することができる酵素を産生する新規な微生物を見出し、更に、これら微生物を利用して、S体又はR体のβアミノ酸を自由に製造することを確認し、これらに基づき本発明を完成した。
【0012】
即ち、本発明は、以下の各態様に係るものである。
1.N−アセチルβアミノ酸を不斉加水分解することによりR体のβアミノ酸を選択的に生成する活性を有するアシラーゼを産生することを特徴とする、バリオボラックス・スピーシーズ(Variovorax sp.)。
2.N−アセチルβアミノ酸がN−アセチルβフェニルアラニンである、上記1記載のバリオボラックス・スピーシーズ(Variovorax sp.)。
3.受領番号FERM AP−20129寄託されている菌株119L。
4.N−アセチルβアミノ酸を不斉加水分解することによりS体を選択的に生成する活性を有するアシラーゼ及びR体を選択的に生成する活性を有するアシラーゼを産生することを特徴とする、バークホルデリア・スピーシーズ(Burkholderia sp.)。
5.N−アセチルβアミノ酸がN−アセチルβフェニルアラニンである、上記4および4−1記載のバークホルデリア・スピーシーズ(Burkholderia sp.)。
6.受領番号FERM AP−20128で寄託されている菌株130F。
7.N−アセチルβアミノ酸のラセミ体にN−アセチルβアミノ酸を不斉加水分解する活性を有するアシラーゼを作用させて、R体又はS体のβアミノ酸を選択的に製造する方法。
8.N−アセチルβアミノ酸のラセミ体に請求項1ないし3のいずれか一項に記載の菌体により産生されるN−アセチルβアミノ酸を不斉加水分解する活性を有するアシラーゼを作用させて、R体のβアミノ酸を選択的に製造する方法。
9.N−アセチルβアミノ酸のラセミ体に上記4ないし6のいずれか一項に記載の菌体により産生されるN−アセチルβアミノ酸を不斉加水分解する活性を有するアシラーゼを約25℃〜30℃の範囲で作用させて、S体のβアミノ酸を選択的に製造する方法。
10.N−アセチルβアミノ酸のラセミ体に上記4ないし6のいずれか一項に記載の菌体により産生されるN−アセチルβアミノ酸を不斉加水分解する活性を有するアシラーゼを約75℃〜80℃の範囲で作用させて、R体のβアミノ酸を選択的に製造する方法。
11.菌体の懸濁液中にN−アセチルβアミノ酸のラセミ体を添加することにより該アシラーゼを作用させることを特徴とする、上記8ないし10のいずれか一項に記載の方法。
12.菌体の破砕液上清中にN−アセチルβアミノ酸のラセミ体を添加することにより該アシラーゼを作用させることを特徴とする、上記8ないし10のいずれか一項に記載の方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明により、N−アセチルβアミノ酸を不斉加水分解し、S体又はR体のβアミノ酸を選択的に生成する活性を有するアシラーゼを産生する菌体が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明に一態様に係るバリオボラックス・スピーシーズ(Variovorax sp.)は、N−アセチルβアミノ酸を不斉加水分解することによりR体のβアミノ酸を選択的に生成する活性を有するアシラーゼを産生することを特徴とする。
本発明の別の態様に係るバークホルデリア・スピーシーズ(Burkholderia sp.)は、N−アセチルβアミノ酸を不斉加水分解することによりS体を選択的に生成する活性を有するアシラーゼ及びR体を選択的に生成する活性を有するアシラーゼを産生することを特徴とする。以下の実施例に示されるように、S体を選択的に生成する活性を有するアシラーゼの至適反応温度は約25℃〜30℃の範囲、好ましくは約30℃付近であり、一方、R体を選択的に生成する活性を有するアシラーゼの至適反応温度は約75℃〜80℃の範囲、好ましくは約75℃付近である、と考えられる。
【0015】
ここで、N−アセチルβアミノ酸の種類に特に制限がなく、以下に示す構造式のものを用いることができる。
【0016】
【化4】

【0017】
式中、R1はそれぞれ置換基を有していてもよい炭素原子数1〜6のアルキル基、炭素原子数6〜10のアリール基、炭素原子数7〜11のアラルキル基、又はこれらの炭素骨格中にヘテロ原子を含む基を示す。R2は水素原子または水酸基を示す。中でも、N−アセチルβフェニルアラニンおよびその誘導体が好ましい。
【0018】
本発明のバリオボラックス・スピーシーズの一例として、平成16年7月22日付けで、特許生物寄託センターに寄託され、受領番号FERM AP−20129が付与されている菌株119L(AJ 110348)を挙げることが出来る。
同様に、本発明のバークホルデリア・スピーシーズの一例として、平成16年7月22日付けで、特許生物寄託センターに寄託され、受領番号FERM AP−20128が付与されている菌株130F(AJ 110349)を挙げることが出来る。
これら菌株の菌学的性質は、本明細書中の実施例に詳細に記載されている。
【0019】
本発明のバリオボラックス・スピーシーズを利用して、N−アセチルβアミノ酸のR体のみを選択的に加水分解し、(R)-βアミノ酸を生成させ、N−アセチル(S)βアミノ酸を残すことができる。また、本発明のバークホルデリア・スピーシーズを利用して、例えば、反応温度30℃で反応させるとN−アセチルβアミノ酸のS体のみが加水分解し、(S)βアミノ酸が生成し、N−アセチル(R)βアミノ酸を残すことができる。一方、例えば、反応温度75℃で反応させるとN−アセチルβアミノ酸のR体のみが加水分解し、(R)βアミノ酸が生成し、N−アセチル(S)βアミノ酸を残すことができる。尚、副生物としては酢酸が生じる。
N−アセチルβアミノ酸として、N−アセチルβフェニルアラニンを出発物質として使用した場合の反応を以下に示す。
【0020】
【化5】

【0021】
従って、本発明は、N−アセチルβアミノ酸のラセミ体にN−アセチルβアミノ酸を不斉加水分解する活性を有するアシラーゼを作用させて、R体又はS体のβアミノ酸を選択的に製造する方法にも係る。
該アシラーゼが本発明の所望の活性を有している限り、その由来及び調製方法等に特に制限はない。例えば、上記本発明の菌体により産生されるものであり、これは、該菌体から当業者に公知の任意の方法に調製することが可能である。又、該アシラーゼをコードする遺伝子(組み換え遺伝子を含む)により形質転換した適当な宿主細胞が産生するものを使用することも出来る。
【0022】
本発明の製造方法において、各アシラーゼを作用させる様式、方法、及び条件等は、N−アセチルβアミノ酸の種類及び量、各アシラーゼの種類、製造規模等の諸要件に応じて、当業者に公知の任意のものを適宜選択することが出来る。
【0023】
例えば、本発明の菌体の懸濁液中にN−アセチルβアミノ酸のラセミ体を添加したり、又は、該菌体の破砕液上清中にN−アセチルβアミノ酸のラセミ体を添加することにより該アシラーゼを作用させることが出来る。
【実施例】
【0024】
以下、実施例に則して本発明を具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの記載によって何等制限されるものではない。
【0025】
N−アセチル−DL−3−アミノ−3−フェニルプロピオン酸(Ac-β-Phe)の化学合成
Aldrich製β-Phe45.3gに水182mlを加え、氷冷下25%水酸化ナトリウム水溶液32mlを加えて溶解し、pH11.4に調整した。無水酢酸58mlを25%水酸化ナトリウム水溶液(約115ml)でpH11〜12に調整しながら滴下した。滴下後、反応液を40℃にしてpHを11〜12に調整しながら3.5時間撹拌した。反応終了後、不溶物をろ過により除きろ液を再度氷冷した。濃塩酸105mlを加えてpH2に調整し、2時間晶析した。析出した結晶を分離し、水100mlで洗浄した。40℃で減圧乾燥し、白色結晶のAc-β-Phe53.4g得た。収率94%
【0026】
尚、以下の実施例において、TLC分析は、(MERCK製シリカゲル60F254上で展開し(展開溶媒:ブタノール/酢酸/水=4/1/2)、ニンヒドリンによる発色、または254nmでの吸収により反応物を検出した。標準物質としては、上記記載の方法で調製したNアセチル-DL-β-Phe、Nアセチル-L-β-Phe(Nアセチル-(R)-βPhe、渡辺化学工業製L-β-Phe((R)-βPhe )より上記と同様の方法で調製 )、Nアセチル-D-β-Phe(Nアセチル-(S)-β-Phe、渡辺化学工業製D-β-Phe((S)-βPhe )より上記と同様の方法で調製)、DL-β-Phe(Aldrich製)、L-β-Phe((R)-βPhe、渡辺化学工業製)、D-β-Phe((S)-β-Phe、渡辺化学工業製)を用いた。
【0027】
実施例1:β‐Pheアミノアシラーゼの探索
Ac-β-Pheのアセチル基を光学特異的に加水分解できる酵素を産生する微生物のスクリーニングを以下の手順で行った。
【0028】
β-Pheアミノアシラーゼ活性を有する微生物のスクリーニング:
化学合成したDL-β-PheのN-Acetyl誘導体を含む合成培地(硫酸アンモニユーム10.0g/l、KH2PO4 1.0 g/l、MgSO4・7H2O 0.4 g/l、FeSO4・7H2O 10 mg/l、MnSO4・5H2O 10 mg/l、ビタミンB1・HCl 0.2 mg/l、酵母エキス0.5 g/l、N-Acetyl- DL-β-Phe 5.0 g/l, pH8.0 )に関東各地で採取した土壌サンプル200点を接種し、振とう培養を行い、微生物の生育が認められた培養液について酵素反応を行った。
【0029】
酵素反応は、pH6.5の0.2Mリン酸バッファーに、Nアセチル-DL-β-Pheを1.0%溶解した液1部に対して、菌体懸濁液1部または菌体破砕液上清を1部混合し、31.5℃で3時間反応させた。反応後に90℃で5分間インキュベートすることにより反応を停止させた。反応液の分析は下記のようにTLC分析により行った。
【0030】
その結果、4点の土壌からDL-β-PheのN-Acetyl誘導体からβ-Pheを生成する活性が認められた。この培養液から微生物を分離し、得られた微生物についてDL-β-Phe誘導体加水分解能を調べたところ、そのうちの2株(119L、130F)からβ-Pheアミノアシラーゼ活性を有する微生物を分離することに成功した。
【0031】
これら2つの菌株の菌学上の分類は、NCIB Japan に委託して実施した、16SrDNA全塩基配列解析、並びに、それに基づく相同性検索及び近隣結合法による分子系統樹(MicroSeq Microbial Identification Systgeneem Software V.1.4.1 を使用し、相同性検索のデータベースとしてMicroSeq Microbial Full Library v.0001 (Applied Biosystems, CA, USA) を用いた)、更に、相同率100%で一致する菌株が検索されない場合には、BLAST を用いたDNA塩基配列データベース(GenBank/DDBJ/EMBL) に対する相同性検索により決定した。ここで、菌株119L及び130Fの16SrDNA全塩基配列を夫々、以下の表1(配列番号1)及び表2(配列番号2)に示す。
【0032】
【表1】

【0033】
【表2】

【0034】
更に、NCIB Japan に委託して試験した結果得られた菌学的性質(形態学的性質及び生理性状学的性質)を以下の表3及び表4(菌株119L)、並びに、表5及び表6(菌株130F)に示す。
【0035】
【表3】

【0036】
【表4】

【0037】
【表5】

【0038】
【表6】

【0039】
実施例2:β‐Pheアミノアシラーゼ活性の測定
バリオボラックス・スピーシーズ(FERM AP−20129)または、バークホルデリア・スピーシーズ(FERMAP−20128)を500ml容量の坂口フラスコに張り込んだ20mlの培地(1%(NH4)2SO4、0.1%KH2PO4、0.04%MgSO4・7H2O、10ppmFeSO4・7H2O、10ppmMnSO4・7H2O、0.2ppmビタミンB1塩酸塩、1%グルコース、0.1%NaCl、0.1%MES、0.2%カザミノ酸、0.5%Nアセチル-DL-β-Phe、pH7.0)に接種し、培養温度31.5℃、135rpm、24時間または48時間振とう培養した。得られた培養液から遠心分離(条件8000ppm×15分)により集菌した。菌体の一部をpH6.5の0.2Mリン酸バッファーに懸濁し、超音波処理(出力300W、3.5分、4℃)で細胞を破砕した。次に、遠心分離(条件8000ppm×15分)により、沈殿物を除去し、菌体破砕液上清とした。
【0040】
このようにして得られた、菌体または菌体破砕液上清を用いて上記のように酵素反応及びTLC分析を行った。その結果、菌体及び菌体破砕後の上澄み液で酵素活性が確認された。これより、本酵素は菌体内酵素であると推定された。また、活性を示した酵素は生育培地にDL-β-Phe- N-Acetylの基質を含む培地にて培養を行った時にのみ生成が認められることから、本酵素は誘導酵素であると考えられる。以上の結果を図1に示す。
【0041】
実施例3:β‐Pheアミノアシラーゼ活性の基質特異性の検討
Nアセチル-DL-β-Pheの代わりにNアセチル-L-β-Phe(Nアセチル-(R)-βPhe )またはNアセチル-D-β-Phe(Nアセチル-(S)-β-Phe)を添加した系でも同様に酵素反応及びTLC分析を行った(図2)。
【0042】
その結果、バリオボラックス・スピーシーズ(FERM AP−20129)は、Nアセチル-L-β-Phe(Nアセチル-(R)-β-Phe)を選択的に加水分解し、L-β-Phe((R)-β-Phe)を生成することがわかった。以上の結果を表7に示す。なお以下の表7以降に示すデータは全てHPLCで測定した。
【0043】
【表7】

【0044】
表7に示す如く、S-β-Pheについては、検出されずR-β-Pheのみが検出された。次に、至適pHについて調べた。結果を表8に示す。
【0045】
【表8】

【0046】
至適pHは7.5〜8.0であることがわかった。次に、至適反応温度について調べた。反応時間10分の結果を表9に示す。
【0047】
【表9】

【0048】
また、バークホルデリア・スピーシーズ(FERM AP−20128)は、30℃で反応させるとNアセチル-D-β-Phe(Nアセチル-(S)-βPhe )を選択的に加水分解し、D-β-Phe((S)-β-Phe)を生成することがわかった。結果を表10に示す。
【0049】
【表10】

【0050】
次に反応温度を変えて実験(反応時間15分間)を行った。結果を表11に示す。
【0051】
【表11】

【0052】
反応温度30℃以下では、S-β-Pheが選択的に生成するのに対して、反応温度75℃以上ではR-β-Pheが選択的に生成した。
【0053】
実施例4: βフェニルアラニンの誘導体に対する反応
βフェニルアラニンの誘導体についても実験を行った。以下のようにして、βフェニルアラニンの誘導体を、さらに対応するNアセチル体を調製した。
【0054】
p-ブロモ-β-フェニルアラニンの合成
p-ブロモ-ベンズアルデヒド10.0g(54mmol)にエタノール/水(=95/5)100ml、酢酸アンモニウム8.3g(108mmol)、マロン酸11.2g(108mmol)を加えて80℃で加熱還流し17時間攪拌した。その後熱時ろ過し、得られた結晶を減圧乾燥してp-ブロモ-β-フェニルアラニン8.3gを得た。(収率62.8%)
【0055】
アセチル-p-ブロモ-β-フェニルアラニンの合成
p-ブロモ-β-フェニルアラニン10.0g(41mmol)に水40mlを加え、25%水酸化ナトリウム水溶液でpH14に調整した。5℃に冷却し、無水酢酸8.5ml(90mmol)と25%水酸化ナトリウム水溶液をpH11.5〜12の間に保つように同時滴下した後、室温で3時間攪拌した。濃塩酸でpH2に調整して1時間攪拌後、析出した結晶をろ過、減圧乾燥してアセチル-p-ブロモ-β-フェニルアラニンを定量的に12.0g得た。
【0056】
p-ニトロ-β-フェニルアラニンの合成
酢酸110mlに酢酸アンモニウム20.4g(264mmol)を加えて85℃に加熱した。酢酸アンモニウムが溶解したらp-ニトロ-ベンズアルデヒド20.0g(132mmol)、マロン酸27.8g(264mmol)を加えて90℃で加熱し5時間攪拌した。その後室温に戻してろ過し、母液に2-プロパノール300mlを加えた。析出した結晶をろ過した後、結晶をエタノール100mlでスラリー洗浄した。ろ過し、得られた結晶を減圧乾燥してp-ニトロ-β-フェニルアラニン14.4gを得た。(収率52.0%)
【0057】
アセチル-p-ニトロ-β-フェニルアラニンの合成
p-ニトロ-β-フェニルアラニン10.0g(48mmol)に水40mlを加え、25%水酸化ナトリウム水溶液でpH14に調整した。5℃に冷却し、無水酢酸10.7ml(105mmol)と25%水酸化ナトリウム水溶液をpH11.5〜12の間に保つように同時滴下した後、室温で1.5時間攪拌した。濃塩酸でpH2に調整して1時間攪拌後、析出した結晶をろ過、減圧乾燥してアセチル-p-ニトロ-β-フェニルアラニン11.6gを得た。(収率96.9%)
【0058】
3,4-(-O-CH2-O-)-β-フェニルアラニンの合成
ピペロナール7.5g(50mmol)にエタノール75ml、酢酸アンモニウム8.0g(100mmol)を加え40℃で攪拌して溶解させた。マロン酸10.5g(100mmol)を加え5時間加熱還流した。エタノールを減圧濃縮した後、水75ml、濃塩酸を加えpH2に調整して1時間攪拌した。析出した結晶を濾去した後、母液を25%水酸化ナトリウム水溶液でpH6に調整した。メタノール75mlを加えて一晩攪拌した。析出した結晶をろ過した後、結晶を2-プロパノール25mlでスラリー洗浄した。ろ過し、得られた結晶を減圧乾燥して3,4-(-O-CH2-O-)-β-フェニルアラニン4.6gを得た。(収率43.5%)
【0059】
アセチル-3,4-(-O-CH2-O-)-β-フェニルアラニン
3,4-(-O-CH2-O-)-β-フェニルアラニン1.4g(7mmol)に水28mlを加え25%水酸化ナトリウム水溶液でpH12に調整した。5℃に冷却し、無水酢酸1.6ml(17mmol)と25%水酸化ナトリウム水溶液をpH11.5〜12の間に保つように同時滴下した後、40℃に加熱して2.5時間攪拌した。反応液をろ過後、母液を濃塩酸でpH2に調整して一晩攪拌した。析出した結晶をろ過、減圧乾燥してアセチル-3,4-(-O-CH2-O-)-β-フェニルアラニン1.6gを得た。(収率94.0%)
【0060】
これらの化合物のうち、Nアセチル体について実施例2記載と同様の方法で、バリオボラックス・スピーシーズ(FERM AP−20129)及びバークホルデリア・スピーシーズ(FERM AP−20128)と反応させたところ、β-フェニルアラニンの場合と同様な選択的な分解が起こることが観察された。
【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明のR体又はS体のβアミノ酸を選択的に製造する方法においては、出発物質として原料であるβアミノ酸をN−アセチル化した化合物を使用することができるので、従来の方法で使用したものと比べてコスト的に有利であり、更に、副生物として得られる酢酸は安全な物質であるので、環境的視点からも非常に好ましいものである。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】酵素反応によるN-Acetyl- DL-β-Pheからβ-Pheの生成(左:119L、右:130F)を示す電気泳動の写真である。1:DL-β-Phe 0.5 %溶液、2:N-Acetyl -DL-β-Phe 0.5 %溶液、3:反応液(酵素なし)、4:0時間、5:3時間
【図2】β‐Pheアミノアシラーゼの基質特異性(左:119L、右:130F)の結果を示す電気泳動の写真である。1:DL-β-Phe 0.5 %溶液、2: N-Acetyl -DL-β-Phe 0.5 %溶液、3: 反応前、4: D体反応液、5:D体0時間、6: D体3時間、7: L体反応液、8: L体0時間、9: L体3時間。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
N−アセチルβアミノ酸を不斉加水分解することによりR体のβアミノ酸を選択的に生成する活性を有するアシラーゼを産生することを特徴とする、バリオボラックス・スピーシーズ(Variovorax sp.)。
【請求項2】
N−アセチルβアミノ酸がN−アセチルβフェニルアラニンである、請求項1記載のバリオボラックス・スピーシーズ(Variovorax sp.)。
【請求項3】
受領番号FERM AP−20129で寄託されている菌株119L。
【請求項4】
N−アセチルβアミノ酸を不斉加水分解することによりS体を選択的に生成する活性を有するアシラーゼ及びR体を選択的に生成する活性を有するアシラーゼを産生することを特徴とする、バークホルデリア・スピーシーズ(Burkholderia sp.)。
【請求項5】
N−アセチルβアミノ酸がN−アセチルβフェニルアラニンである、請求項4、請求項4−1記載のバークホルデリア・スピーシーズ(Burkholderia sp.)。
【請求項6】
受領番号FERM AP−20128で寄託されている菌株130F。
【請求項7】
N−アセチルβアミノ酸のラセミ体にN−アセチルβアミノ酸を不斉加水分解する活性を有するアシラーゼを作用させて、R体又はS体のβアミノ酸を選択的に製造する方法。
【請求項8】
N−アセチルβアミノ酸のラセミ体に請求項1ないし3のいずれか一項に記載の菌体により産生されるN−アセチルβアミノ酸を不斉加水分解する活性を有するアシラーゼを作用させて、R体のβアミノ酸を選択的に製造する方法。
【請求項9】
N−アセチルβアミノ酸のラセミ体に請求項4ないし6のいずれか一項に記載の菌体により産生されるN−アセチルβアミノ酸を不斉加水分解する活性を有するアシラーゼを約25℃〜30℃の範囲で作用させて、S体のβアミノ酸を選択的に製造する方法。
【請求項10】
N−アセチルβアミノ酸のラセミ体に請求項4ないし6のいずれか一項に記載の菌体により産生されるN−アセチルβアミノ酸を不斉加水分解する活性を有するアシラーゼを約75℃〜80℃の範囲で作用させて、R体のβアミノ酸を選択的に製造する方法。
【請求項11】
菌体の懸濁液中にN−アセチルβアミノ酸のラセミ体を添加することにより該アシラーゼを作用させることを特徴とする、請求項8ないし10のいずれか一項に記載の方法。
【請求項12】
菌体の破砕液上清中にN−アセチルβアミノ酸のラセミ体を添加することにより該アシラーゼを作用させることを特徴とする、請求項8ないし10のいずれか一項に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−42722(P2006−42722A)
【公開日】平成18年2月16日(2006.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−231306(P2004−231306)
【出願日】平成16年8月6日(2004.8.6)
【出願人】(000000066)味の素株式会社 (887)
【Fターム(参考)】