説明

アルカンチオールの製造方法

【課題】 アルカンチオールを、高い反応速度および高い収率で安価にかつ容易に製造する方法を提供する。
【解決手段】 アルカンチオールの製造方法は、特定のハロゲン化アルキルと、硫化水素アルカリ金属塩または硫化水素アンモニウムとを、水および相間移動触媒の存在下、不均一系で反応させて、アルカンチオールを得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医薬品、農薬および機能性高分子等の合成用中間体として有用なアルカンチオールの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アルカンチオールは、医薬品、農薬、機能性高分子等の合成用中間体として極めて有用である。そのため、アルカンチオールの製造方法の開発が精力的に行われている。
【0003】
アルカンチオールの製造方法としては、いくつかの方法が知られている。例えば、特許文献1には、下記式に示すように、クロロメタンと硫化水素ナトリウム水溶液とを50℃、1.0MPaの加圧下で反応させてメタンチオールを得る(収率84%)メタンチオールの製造方法が開示されている。
【0004】
【化1】

【0005】
また、特許文献2には、下記式に示すように、メタノールと硫化水素とを320〜380℃、0.9MPaの加圧、触媒存在下で反応させてメタンチオールを得る(収率94.5%)メタンチオールの製造方法が開示されている。
【0006】
【化2】

【0007】
特許文献1,2に開示のメタンチオールの製造方法によれば、高い収率でメタンチオールを得ることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】米国特許第2816145号明細書
【特許文献2】米国特許出願公開第2008/15390号明細書
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら特許文献1、2に開示のメタンチオールの製造方法では、高い反応速度を得るためにいずれも高圧の気相反応装置を必要とし、製造コストが高くなるとともに、製造方法が煩雑になる。
【0010】
本発明の目的は、アルカンチオールを、高い反応速度および高い収率で安価にかつ容易に製造する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、下記式(1);
RX …(1)
(式中、Rは炭素数1〜8の直鎖または分岐したアルキル基、Xはハロゲン原子を示す。)
で表されるハロゲン化アルキルと、硫化水素アルカリ金属塩または硫化水素アンモニウムとを、水および相間移動触媒の存在下、不均一系で反応させ、
下記式(2);
RSH …(2)
(式中、Rは炭素数1〜8の直鎖または分岐したアルキル基を示す。)
で表されるアルカンチオールを得ることを特徴とするアルカンチオールの製造方法である。
【0012】
また本発明のアルカンチオールの製造方法は、ハロゲン化アルキルとして下記式(3);
CHX …(3)
(式中、Xはハロゲン原子を示す。)
で表されるハロゲン化メチルと、硫化水素アルカリ金属塩または硫化水素アンモニウムとを、水、非水溶性有機溶媒および相間移動触媒の存在下、不均一系で反応させ、
アルカンチオールとして下記式(4);
CHSH …(4)
で表されるメタンチオールを得ることを特徴とする。
【0013】
また本発明のアルカンチオールの製造方法は、ハロゲン化アルキルとして下記式(5);
【化3】

(式中、Xはハロゲン原子を示す。)
で表される1−ハロゲン化2−エチルヘキサンと、硫化水素アルカリ金属塩または硫化水素アンモニウムとを、水および相間移動触媒の存在下、不均一系で反応させ、
アルカンチオールとして下記式(6);
【化4】

で表される2−エチル−1−ヘキサンチオールを得ることを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、上記式(1)で表されるハロゲン化アルキルと、硫化水素アルカリ金属塩または硫化水素アンモニウムとを、水および相間移動触媒の存在下、不均一系で反応させることによって、反応系内を加圧することなく、上記式(2)で表されるアルカンチオールを高い反応速度および高い収率で得ることができる。したがって、高圧の気相反応装置を用いなくてもアルカンチオールを高い反応速度および高い収率で安価にかつ容易に製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明のアルカンチオールの製造方法では、下記式(1)で表されるハロゲン化アルキルと、硫化水素アルカリ金属塩または硫化水素アンモニウムとを、水および相間移動触媒の存在下、不均一系で反応させる。
RX …(1)
(式中、Rは炭素数1〜8の直鎖または分岐したアルキル基、Xはハロゲン原子を示す。)
【0016】
そして、上記の反応により、下記式(2)で表されるアルカンチオールを得る。
RSH …(2)
(式中、Rは炭素数1〜8の直鎖または分岐したアルキル基を示す。)
【0017】
本発明のアルカンチオールの製造方法において用いる上記式(1)で表されるハロゲン化アルキルは、適宜、製造したものを用いてもよく、または市販のものを用いてもよい。
【0018】
上記式(1)において、Xで示されるハロゲン原子としては、例えば、フッ素原子、塩素原子、臭素原子およびヨウ素原子を挙げることができる。これらの中でも、反応性および経済性の観点から、塩素原子および臭素原子が好ましい。
【0019】
また、上記式(1)において、Rは炭素数1〜8のアルキル基を示す。このアルキル基は直鎖状でも分岐状でもよい。かかるアルキル基の具体例としては、メチル基、エチル基、1−プロピル基、2−プロピル基、1−ブチル基、2−ブチル基、1−(2メチル)プロピル基、2−(2−メチル)プロピル基、1−ペンチル基、2−ペンチル基、3−ペンチル基、1−(2−メチル)ブチル基、2−(2−メチル)ブチル基、1−(3−メチル)ブチル基、2−(3−メチル)ブチル基、(2,2−ジメチル)プロピル基、1−(2−エチル)ヘキシル基および1−オクチル基等を挙げることができる。
【0020】
また、ハロゲン化アルキルとしては、上記式(1)中のRがメチル基である、下記式(3)で表されるハロゲン化メチルを用いるのが好ましい。
CHX …(3)
(式中、Xはハロゲン原子を示す。)
【0021】
ハロゲン化アルキルとして上記式(3)で表されるハロゲン化メチルを用いる場合には、アルカンチオールとして下記式(4)で表されるメタンチオールが得られる。
CHSH …(4)
【0022】
また、ハロゲン化アルキルとしては、上記式(1)中のRが1−(2−エチル)ヘキシル基である、下記式(5)で表される1−ハロゲン化2−エチルヘキサンを用いるのが好ましい。
【0023】
【化5】

(式中、Xはハロゲン原子を示す。)
【0024】
ハロゲン化アルキルとして上記式(5)で表される1−ハロゲン化2−エチルヘキサンを用いた場合には、アルカンチオールとして下記式(6)で表される2−エチル−1−ヘキサンチオールが得られる。
【0025】
【化6】

【0026】
本発明のアルカンチオールの製造方法において用いる硫化水素アルカリ金属塩としては、例えば硫化水素リチウム、硫化水素ナトリウム、硫化水素カリウム、硫化水素ルビジウムおよび硫化水素セシウム等を挙げることができる。これらの中でも、水溶性および経済性の観点から、硫化水素ナトリウムおよび硫化水素カリウムが好ましい。
【0027】
本発明のアルカンチオールの製造方法において、ハロゲン化アルキルと、硫化水素アルカリ金属塩または硫化水素アンモニウムとの反応におけるそれぞれの使用割合は、ハロゲン化アルキル1モルに対して、硫化水素アルカリ金属塩または硫化水素アンモニウム0.8モル以上3.0モル以下であることが好ましく、1.0モル以上2.0モル以下であることがより好ましい。硫化水素アルカリ金属塩または硫化水素アンモニウムの使用割合が0.8モル未満である場合、アルカンチオールの収率が低下するおそれがある。また、硫化水素アルカリ金属塩または硫化水素アンモニウムの使用割合が3.0モルを超える場合、それに見合う効果がなく経済的でない。
【0028】
本発明のアルカンチオールの製造方法では、ハロゲン化アルキルと、硫化水素アルカリ金属塩または硫化水素アンモニウムとを、水および相間移動触媒の存在下、不均一系で液相反応させる。アルキル基の炭素数が1または2のハロゲン化アルキルは、沸点が低く、常温常圧で気体であるので、非水溶性有機溶媒に溶解せしめて、水および非水溶性有機溶媒からなる2相の反応系で上記液相反応を行う。アルキル基の炭素数が3以上のハロゲン化アルキルは、それ自体が非水溶性液体であるので、このハロゲン化アルキルを用いる場合には、おのずと2相の反応系で液相反応を行うことになる。したがって、反応溶媒は水単独でもよいが、ハロゲン化アルキルの揮発を抑え、上記液相反応を容易にするため、および反応後の生成物の分液を容易にするために、反応溶媒として水とともに非水溶性有機溶媒を用いるのが好ましい。
【0029】
非水溶性有機溶媒としては特に限定されるものではなく、n−ヘキサン、n−ヘプタン、シクロヘキサン、メチルシクロヘキサン、ベンゼン、トルエンおよびキシレン等の炭化水素類、ならびにクロロホルム、クロロベンゼンおよびジクロロベンゼン等のハロゲン化炭化水素類を挙げることができる。非水溶性有機溶媒の使用量は、水1質量部に対して通常0.1質量部以上30質量部以下である。
【0030】
本発明のアルカンチオールの製造方法においては、相間移動触媒を用いる。
従来技術のアルカンチオールの製造方法では、アルカンチオールの生成反応が、気液反応または気相反応であるので、高い反応速度を得るためには加圧する必要がある。
【0031】
これに対して、本発明のアルカンチオールの製造方法は、前述のように、ハロゲン化アルキルと、硫化水素アルカリ金属塩または硫化水素アンモニウムとの反応基質の反応が、水および非水溶性有機溶媒からなる2相の反応系で行われる液相反応である。このような液相反応では、常圧下で反応基質の濃度をコントロールすることができる。
【0032】
また、反応基質の極性の相違から、反応系が水および非水溶性有機溶媒からなる2相系の液相反応では通常、反応が進行しない。これに対して、本発明のアルカンチオールの製造方法では、水および非水溶性有機溶媒からなる2相系での液相反応が、相間移動触媒の存在下で行われるので、常圧下で液相反応が円滑に進行し、高い反応速度および高い収率で、安価にかつ容易にアルカンチオールを製造することができる。
【0033】
相間移動触媒としては、ベンジルトリエチルアンモニウムブロマイド、ベンジルトリメチルアンモニウムクロライド、ヘキサデシルトリメチルアンモニウムブロマイド、ヘキサデシルトリエチルアンモニウムブロマイド、ヘキサデシルトリメチルアンモニウムクロライド、ドデシルトリエチルアンモニウムクロライド、オクチルトリエチルアンモニウムブロマイド、テトラ−n−ブチルアンモニウムブロマイド、テトラ−n−ブチルアンモニウムクロライド、テトラエチルアンモニウムクロライドおよびトリオクチルメチルアンモニウムクロライド等の4級アンモニウム塩、ヘキサデシルトリエチルホスホニウムブロマイド、ヘキサデシルトリブチルホスホニウムクロライド、テトラ−n−ブチルホスホニウムブロマイド、テトラ-n−ブチルホスホニウムクロライド、トリオクチルエチルホスホニウムブロマイドおよびテトラフェニルホスホニウムブロマイド等の4級ホスホニウム塩、ならびに18−クラウン−6、ジベンゾ−18−クラウン−6およびジシクロヘキシル−18−クラウン−6等のクラウンエーテル類等が挙げられる。
【0034】
これらの中でも経済的見地から、テトラ−n−ブチルアンモニウムブロマイドおよびテトラ−n−ブチルアンモニウムクロライド等の4級アンモニウム塩、またはテトラ−n−ブチルホスホニウムクロライド等の4級ホスホニウム塩が相間移動触媒として好ましく用いられる。
【0035】
また、相間移動触媒の使用量は、ハロゲン化アルキル1モルに対し、通常0.001モル以上0.100モル以下、好ましくは0.005モル以上0.020モル以下の範囲である。相間移動触媒の使用量が0.001モル未満の場合には、触媒効果が充分現れない。相間移動触媒の使用量が0.100モルを超える場合、それに見合う効果が得られず経済的に不利である。
【0036】
本発明のアルカンチオールの製造方法における反応温度は、通常0℃以上120℃以下、好ましくは20℃以上100℃以下の範囲である。反応温度が120℃を超えると、副反応が起こる。反応温度が0℃未満だと反応速度が実用上遅すぎるので好ましくない。
【0037】
また、反応時の圧力は、常圧である。
反応時間は、反応温度、相間移動触媒種およびハロゲン化アルキル種により異なり、一概には言えないが、通常1時間以上50時間以下の範囲である。
【0038】
また、本発明のアルカンチオールの製造方法では、水と非水溶性液体との2相からなる不均一系で反応が行われる。この反応の終了後の反応液からアルカンチオールを単離精製するには、次のようにすればよい。
【0039】
まず、反応終了後の反応液を室温まで冷却し、水相を分液する。そして、非水溶性液体(有機溶媒相)を、抽出、蒸留等の通常の処理により単離精製することで、アルカンチオールが得られる。また、水相は相間移動触媒を含んだまま分液されるので、次の反応に引き続き使用することが可能で、反復利用される。
【実施例】
【0040】
以下に実施例を挙げ、本発明を具体的に説明するが、本発明はこれら実施例によってなんら限定されるものではない。
【0041】
(実施例1)
撹拌機、温度計、冷却器を備えた500ml四つ口フラスコに、窒素雰囲気下、常圧で、20%硫化水素ナトリウム水溶液280g(1.00モル)、クロロベンゼン(非水溶性有機溶媒)200g、テトラ−n−ブチルアンモニウムブロマイド(相間移動触媒)3.2gを仕込み、撹拌を行ないながら、40℃でクロロメタン(ハロゲン化アルキル)50.5g(1.00モル)を5時間かけて吹込み、吹込み後更に40℃で5時間撹拌を続けて、水とクロロベンゼンとの2相からなる不均一系で反応させた。反応終了後、反応液を室温まで冷却し、水相を分液した。そして、クロロベンゼン相に20%水酸化ナトリウム水溶液200gを添加し、撹拌抽出を行なってクロロベンゼン相を分液したところ、メタンチオールナトリウム塩の水溶液261gを得た。ガスクロマトグラフ法により、メタンチオールナトリウム塩の濃度を定量し、得られたメタンチオールナトリウム塩の重量を算出したところ64g(0.92モル)であり、クロロメタンに対する収率は92%であった。
【0042】
(実施例2)
撹拌機、温度計、冷却器を備えた300ml四つ口フラスコに、窒素雰囲気下、常圧で、20%硫化水素ナトリウム水溶液280g(1.00モル)、クロロエタン(ハロゲン化アルキル)64.5g(1.00モル)、クロロベンゼン(非水溶性有機溶媒)100g、テトラ−n−ブチルアンモニウムブロマイド(相間移動触媒)3.2gを仕込み、撹拌を行ないながら、40℃で5時間反応させた。反応終了後、反応液を室温まで冷却し、水相を分液した。そして、クロロベンゼン相に20%水酸化ナトリウム水溶液200gを添加し、撹拌抽出を行なってクロロベンゼン相を分液したところ、エタンチオールナトリウム塩の水溶液257gを得た。ガスクロマトグラフ法により、エタンチオールナトリウム塩の濃度を定量し、得られたエタンチオールナトリウム塩の重量を算出したところ74g(0.88モル)であり、クロロエタンに対する収率は88%であった。
【0043】
(実施例3〜7)
ハロゲン化アルキルを、表1に示す化合物に変更したこと以外は実施例2と同様にして、相当するアルカンチオールのナトリウム塩を得た。
【0044】
(参考例1)
テトラ−n−ブチルアンモニウムブロマイド(相間移動触媒)を添加しないこと以外は実施例1と同様に反応を行ないメタンチオールナトリウム塩の水溶液206gを得た。ガスクロマトグラフ法により、メタンチオールナトリウム塩の濃度を定量し、得られたメタンチオールナトリウム塩の重量を算出したところ0.5g(0.007モル)であり、クロロメタンに対する収率は0.7%であった。
【0045】
ハロゲン化アルキルの種類、生成物および収率を表1に示す。
【表1】

【0046】
表1に示されているように、実施例1〜7のアルカンチオールの製造方法によれば、常圧下でアルカンチオールを高い反応速度および高い収率で製造することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1);
RX …(1)
(式中、Rは炭素数1〜8の直鎖または分岐したアルキル基、Xはハロゲン原子を示す。)
で表されるハロゲン化アルキルと、硫化水素アルカリ金属塩または硫化水素アンモニウムとを、水および相間移動触媒の存在下、不均一系で反応させ、
下記式(2);
RSH …(2)
(式中、Rは炭素数1〜8の直鎖または分岐したアルキル基を示す。)
で表されるアルカンチオールを得ることを特徴とするアルカンチオールの製造方法。
【請求項2】
ハロゲン化アルキルとして下記式(3);
CHX …(3)
(式中、Xはハロゲン原子を示す。)
で表されるハロゲン化メチルと、硫化水素アルカリ金属塩または硫化水素アンモニウムとを、水、非水溶性有機溶媒および相間移動触媒の存在下、不均一系で反応させ、
アルカンチオールとして下記式(4);
CHSH …(4)
で表されるメタンチオールを得ることを特徴とする請求項1に記載のアルカンチオールの製造方法。
【請求項3】
ハロゲン化アルキルとして下記式(5);
【化7】

(式中、Xはハロゲン原子を示す。)
で表される1−ハロゲン化2−エチルヘキサンと、硫化水素アルカリ金属塩または硫化水素アンモニウムとを、水および相間移動触媒の存在下、不均一系で反応させ、
アルカンチオールとして下記式(6);
【化8】

で表される2−エチル−1−ヘキサンチオールを得ることを特徴とする請求項1に記載のアルカンチオールの製造方法。

【公開番号】特開2012−56898(P2012−56898A)
【公開日】平成24年3月22日(2012.3.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−202418(P2010−202418)
【出願日】平成22年9月9日(2010.9.9)
【出願人】(000195661)住友精化株式会社 (352)
【Fターム(参考)】