説明

アークスタート制御方法

【課題】 消耗電極ガスシールドアーク溶接において、通常のアークスタート制御では、溶接ワイヤの種類、送給速度等の溶接条件によってはアークスタート性が悪い場合がある。他方、アークスタート時に溶接ワイヤが母材に接触すると溶接ワイヤを少し引き戻してアークを確実に発生させた後に再び送給するリトラクトアークスタート制御では、1回当りのアークスタートに要する時間が長くなるために生産効率が低下すると共に、送給モータ及び溶接トーチの消耗部品の摩耗が激しいためにそれらの交換間隔が短くなる。
【解決手段】 本発明は、リトラクトアークスタート制御と通常アークスタート制御とを備え、溶接ロボットの作業プログラムによってリトラクトアークスタート制御と通常アークスタート制御とを切り換えてアークスタートさせる制御方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、消耗電極ガスシールドアーク溶接におけるアークスタート制御方法の改善に関する。
【背景技術】
【0002】
図1は、消耗電極ガスシールドアーク溶接を行うための溶接装置の構成図である。以下、同図を参照して、各構成物について説明する。
溶接電源装置PSは、外部に設けられた溶接開始回路ASから溶接開始信号Asが入力されると、溶接に適した溶接電圧Vw及び溶接電流Iwを出力すると共に、溶接ワイヤ1を送給モータWMによって送給するための送給制御信号Fcを出力する。上記の溶接開始回路ASは、溶接トーチに取り付けられたトーチスイッチ、溶接工程を制御する制御装置内の回路等が相当する。溶接ワイヤ1は、送給モータWMに直結された送給ロール5が回転することによって、溶接トーチ4内のライナを通って送給されると共に、溶接トーチ4の先端に取り付けられたコンタクトチップ4aから給電されて、溶接ワイヤ1と母材2との間にアークが発生して溶接が行われる。このとき、送給ロール5が正回転すると溶接ワイヤ1は母材2に近づく方向へ前進送給され、逆に、送給ロールが逆回転すると溶接ワイヤ1は母材2から離れる方向へ後退送給される。ワイヤ先端・母材間距離Lwは、溶接ワイヤ1の先端と母材2との距離を表わし、アーク発生状態ではアーク長と略等しくなる。後述する従来技術1の通常アークスタート制御では、溶接ワイヤは前進送給のみ行われ、後述する従来技術2のリトラクトアークスタート制御では、溶接ワイヤは前進送給及び後退送給の両方がわれる。
【0003】
[従来技術1]
従来技術1は、溶接開始信号が入力されると溶接ワイヤを母材へ前進送給し、溶接ワイヤが母材に接触又は接近すると定常の溶接電流を通電して定常のアークを発生させるアークスタート制御方法(以下、通常アークスタート制御という)である。以下、図面を参照して通常アークスタート制御について説明する。
【0004】
図2は、通常アークスタート制御の各信号のタイミングチャートである。同図(A)は溶接開始信号Asの時間変化を示し、同図(B)は送給制御信号Fcの時間変化を示し、同図(C)は溶接電流Iwの時間変化を示し、同図(D)はワイヤ先端・母材間距離Lwの時間変化を示し、同図(E1)〜(E4)は各時刻におけるアーク発生部の状態を示す。
【0005】
(1) 時刻t1〜t2の期間
時刻t1において、同図(A)に示すように、溶接開始信号Asが入力(Highレベル)されると、同図(B)に示すように、送給制御信号Fcの値は初期送給速度設定値Fsiとなり、後述する定常送給速度設定値Fsよりも遅い速度で溶接ワイヤの送給が開始される。同時に、図示していないが、溶接電源装置の出力も開始されて、溶接ワイヤと母材との間に溶接電圧が印加する。この期間中は、同図(D)に示すように、ワイヤ先端・母材間距離Lwは上記の初期送給速度設定値Fsiに相当する速度で徐々に短くなる。
【0006】
(2) 時刻t2以降の期間
時刻t2において、同図(E2)に示すように、溶接ワイヤの先端が母材に接触するか又は非常に短い距離まで接近すると、同図(E3)に示すように、アーク3が発生し、同図(C)に示すように、定常の溶接電流が通電する。これに応動して、同図(B)に示すように、送給制御信号Fcの値は定常送給速度設定値Fsとなり、溶接ワイヤはこの設定値に相当する速度で送給される。そして、同図(D)に示すように、アーク長(ワイヤ先端・母材間距離Lw)は、時刻t2〜t3の過渡的な期間を経て、同図(E4)に示すように、適正な定常アーク長になる。
【0007】
上述した通常アークスタート制御によって、消耗電極ガスシールドアーク溶接のアークスタートは行われる。しかしながら、溶接ワイヤの材質がアルミニウム又はステンレス鋼である場合には、この通常アークスタート制御ではアークスタート直後にアーク切れ又は長期間の短絡状態が発生しやすく、不良なアークスタートとなりやすいことが知れれている。また、溶接ワイヤの材質が鉄鋼である場合にはアークスタート性はほぼ良好であるが、溶接ワイヤの直径が0.8〜1.0[mm]と細いとき及び1.6[mm]と太いときには、直径が1.2[mm]のときに比べてアークスタート性は悪い。さらに、溶接電流値が低い(送給速度が遅い)ときにもアークスタート性は悪くなる。すなわち、通常アークスタート制御では、溶接ワイヤの種類(材質及び直径)、送給速度等の溶接条件によってはアークスタート性が悪くなる場合がある。この問題を解決するために、以下に説明する従来技術2のリトラクトアークスタート制御が提案されている。
【0008】
[従来技術2]
図3は、リトラクトアークスタート制御の各信号のタイミングチャートである。同図(A)は溶接開始信号Asの時間変化を示し、同図(B)は送給制御信号Fcの時間変化を示し、同図(C)は溶接ワイヤ・母材間の短絡状態を判別する短絡判別信号Sdの時間変化を示し、同図(D)は溶接電流Iwの時間変化を示し、同図(E)はワイヤ先端・母材間距離Lwの時間変化を示し、同図(F1)〜(F5)は各時刻におけるアーク発生部の状態を示す。同図において、時刻t1〜t2の期間中の動作は、前述した図2と同様であるので、説明は省略する。以下、時刻t2以降の期間の動作について同図を参照して説明する。
【0009】
(1) 時刻t2〜t3の期間
時刻t1〜t2の期間中に初期送給速度設定値Fsiに相当する速度で溶接ワイヤが母材へ前進送給されて、時刻t2において、同図(F2)に示すように、溶接ワイヤの先端が母材に接触すると、同図(D)に示すように、数[A]〜数十[A]程度に予め定めた初期電流Isが通電する。これに応動して、同図(B)に示すように、送給制御信号Fcの値は予め定めた負の値の後退送給速度設定値Fsrに変化し、溶接ワイヤはこの設定値に相当する速度で母材から後退送給される。ここで、送給制御信号Fcの値が正の値であるときは溶接ワイヤは前進送給され、負の値であるときは後退送給される。同時に時刻t2において、同図(C)に示すように、溶接ワイヤと母材とが接触状態になるので、短絡判別信号SdはHighレベル(短絡)に変化する。この期間中、溶接ワイヤは後退送給されるが、送給モータが正回転から逆回転へと切り換わるための時間遅れ及び溶接トーチの曲がりによる溶接ワイヤの遊び分を後退送給するための時間遅れによって、同図(E)に示すように、ワイヤ先端・母材間距離Lwは0[mm]で接触した状態のままである。
【0010】
(2) 時刻t3〜t4の期間
時刻t3において、同図(F3)に示すように、上記の後退送給によってワイヤ先端が母材から離れると、初期電流Isが通電する初期アーク3aが発生する。このとき、同図(C)に示すように、短絡判別信号Sdは上記の初期アーク3aの発生を判別するが予め定めたオフディレイの遅延時間Tdが経過する時刻t4までHighレベルのままであるために、この期間中は後退送給が継続され、同図(E)に示すように、ワイヤ先端・母材間距離Lwは時間経過と共に長くなる。
【0011】
(3) 時刻t4以降の期間
時刻t4において、同図(C)に示すように、遅延時間Tdが経過して短絡判別信号SdがLowレベルになると、同図(B)に示すように、送給制御信号Fcの値は予め定めた正の値の定常送給速度設定値Fsに変化し、溶接ワイヤはこの設定値に相当する速度で再び前進送給される。同時に、同図(D)に示すように、定常の溶接電流が通電し、時刻t5に至って、同図(E)に示すように、ワイヤ先端・母材間距離Lwは定常のアーク長となり、同図(F5)に示すように、定常のアーク3bへ移行する。
【0012】
上述したように、リトラクトアークスタート制御では、溶接ワイヤの先端を一度母材に接触させた後に、溶接ワイヤを後退送給させて初期アークを確実に発生させ、再び溶接ワイヤを前進送給して定常のアークへと移行させる。この方法によれば、溶接ワイヤの材質、直径、送給速度等の溶接条件に係わりなく常に良好なアークスタート性を得ることができる(例えば、特許文献1参照)。
【0013】
【特許文献1】特開2002-178145号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
前述したように、従来技術1の通常アークスタート制御では、溶接ワイヤの材質がアルミニウム又はステンレス鋼である場合、溶接ワイヤの直径が1.2[mm]よりも細いか又は太い場合及び送給速度が遅く溶接電流平均値が低い場合には、アークスタート性が悪いために、アークスタート失敗による溶接作業の中断、溶接品質の悪化等が発生する場合があった。
【0015】
また、前述したように、従来技術2のリトラクトアークスタート制御では、溶接ワイヤの材質、直径、送給速度等の溶接条件に係わりなく常に良好なアークスタート性を得ることができる。しかしながら、このリトラクトアークスタート制御には以下の解決課題がある。
(1) アークスタートに要する時間が長い
通常アークスタート制御では、図2で前述したように、時刻t2において溶接ワイヤが母材と接触した後、時刻t3において定常のアーク状態になり、接触後のアークスタートに要する時間は、時刻t2〜t3の期間となる。これに対して、リトラクトアークスタート制御では、図3で前述したように、時刻t2において溶接ワイヤが母材と接触した後、時刻t2〜t4の後退送給の期間及び時刻t4〜t5の定常のアークへの移行期間が必要であるために、接触後のアークスタートに要する時間は、時刻t2〜t5となり、通常アークスタート制御時よりも長くなる。ところで、自動車、電子機器等の部品の溶接においては、短い溶接長の溶接個所を1つのワークに対して多数回行う場合が多い。このようなワークを溶接する場合には、1回当りのアークスタートに要する時間が長くなると生産効率が低下する。したがって、リトラクトアークスタート制御は通常アークスタート制御に比べてアークスタートに要する時間が長くかかるために、生産効率が低下するという問題がある。
【0016】
(2) 送給モータ及び溶接トーチの消耗部品の耐用寿命が短くなる
リトラクトアークスタート制御では、図3で前述したように、時刻t1〜t2の期間中は送給モータを正回転させて溶接ワイヤを前進送給させ、続く時刻t2〜t4の期間中は送給モータを逆回転させて溶接ワイヤを後退送給させ、続く時刻t4以降の期間中は再び送給モータを正回転させて溶接ワイヤを前進送給させる。このように、1回のアークスタートごとに送給モータは正/逆回転を繰り返すことになるために、正回転だけを行う通常アークスタート制御に比べて耐用寿命は短くなる。また、アークスタートごとに溶接ワイヤの前進/後退送給を繰り返すために、溶接トーチ内に挿入された溶接ワイヤを通すためのコイルライナ、溶接トーチ先端に取り付けられた溶接ワイヤに給電するためのコンタクトチップ等の消耗部品の摩耗が早くなり、交換周期が短くなる。上述したように、リトラクトアークスタート制御では、送給モータ及び溶接トーチの消耗部品(以下、消耗部品等という)の耐用寿命が短くなるために、短い周期で交換する必要があり、そのための経費及び交換作業時間の増大が問題であった。
そこで、本発明では、上述した通常アークスタート制御及びリトラクトアークスタート制御の課題を解決するためのアークスタート制御方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0017】
上述した課題を解決するために、第1の発明は、溶接の開始に際して、溶接ワイヤを母材に一旦接触させた後に引き離し、この引き離しによって初期アークを発生させた後に定常アークへと移行させるリトラクトアークスタート制御と、溶接ワイヤを母材に接触又は接近させて定常アークを発生させる通常アークスタート制御とを備え、
溶接個所に応じて前記リトラクトアークスタート制御と前記通常アークスタート制御とを切り換えてアークスタートさせる消耗電極ガスシールドアーク溶接のアークスタート制御方法である。
【0018】
第2の発明は、溶接ロボットを用いた溶接の開始に際して、溶接ワイヤを母材に一旦接触させた後に引き離し、この引き離しによって初期アークを発生させた後に定常アークへと移行させるリトラクトアークスタート制御と、溶接ワイヤを母材に接触又は接近させて定常アークを発生させる通常アークスタート制御とを備え、
前記溶接ロボットの作業プログラムによって前記リトラクトアークスタート制御と前記通常アークスタート制御とを切り換えてアークスタートさせる消耗電極ガスシールドアーク溶接のアークスタート制御方法である。
【0019】
第3の発明は、溶接の開始に際して、溶接ワイヤを母材に一旦接触させた後に引き離し、この引き離しによって初期アークを発生させた後に定常アークへと移行させるリトラクトアークスタート制御と、溶接ワイヤを母材に接触又は接近させて定常アークを発生させる通常アークスタート制御とを備え、
溶接ワイヤの先端部の温度によって前記リトラクトアークスタート制御と前記通常アークスタート制御とを切り換えてアークスタートさせる消耗電極ガスシールドアーク溶接のアークスタート制御方法である。
【発明の効果】
【0020】
上記第1の発明によれば、溶接個所に応じて通常アークスタート制御又はリトラクトアークスタート制御を選択することができるので、。良好なアークスタート性と生産効率の向上及び消耗部品等の長期化との両方の効果を得ることができる。
【0021】
上記第2の発明によれば、溶接ロボットの作業プログラムによって
通常アークスタート制御又はリトラクトアークスタート制御を選択することができるので、。良好なアークスタート性と生産効率の向上及び消耗部品等の長期化との両方の効果を得ることができる。
【0022】
上記第3の発明によれば、溶接ワイヤの先端部の温度によって通常アークスタート制御又はリトラクトアークスタート制御を選択することができるので、。良好なアークスタート性と生産効率の向上及び消耗部品等の長期化との両方の効果を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
以下に、本発明の実施の形態の例として、実施例1〜5について図面を参照して説明する。
[実施例1]
実施例1の発明は、リトラクトアークスタート制御と通常アークスタート制御とを備え、溶接ワイヤの種類、送給速度等の溶接条件に応じて選択されるアークスタート選択信号Scによって上記リトラクトアークスタート制御と上記通常アークスタート制御とを切り換えてアークスタートさせるアークスタート制御方法である。例えば、母材の材質がアルミニウム又はステンレス鋼である場合にはアークスタート性が悪いために、アークスタート選択信号をHighレベルに設定してリトラクトアークスタート制御を選択する。また、母材の材質が鉄鋼である場合にはアークスタート性は良好なので、生産効率の向上及び消耗部品等の長寿命化のために、アークスタート選択信号ScをLowレベルに設定して通常アークスタート制御を選択する。さらには、母材の材質が鉄鋼であり、2個所の溶接個所の一方は送給速度が遅く(溶接電流平均値が低く)、もう一方の溶接個所の送給速度が速い(溶接電流平均値が高い)場合には、前者の溶接個所を溶接するときにはアークスタート選択信号ScをHighレベルに設定してリトラクトアークスタート制御を選択してアークスタート性を良好にし、後者の溶接個所を溶接するときにはアークスタート性は良好なので、生産効率の向上及び消耗部品等の長寿命化のために、アークスタート選択信号ScをLowレベルに設定して通常アークスタート制御を選択する。さらには、母材の溶接個所の溶接品質の要求レベルに応じて、非常に高い品質を求められている場合にはアークスタート選択信号ScをHighレベルに設定してリトラクトアークスタート制御を選択し、そうでない場合にはアークスタート選択信号ScをLowレベルに設定して通常アークスタート制御を選択することもできる。以下、実施例1の発明について、図面を参照して詳細に説明する。
【0024】
図4は、実施例1の発明を実施するための溶接電源装置PSのブロック図である。以下、同図を参照して説明する。
出力制御回路INVは、商用電源(3相200[V]等)を入力として、後述する駆動信号Dvに従ってインバータ制御、サイリスタ制御等の出力制御を行い、溶接に適した溶接電流Iw及び溶接電圧Vwを出力する。
【0025】
溶接開始回路ASは、溶接トーチ、溶接工程制御装置等に設けられて、溶接開始信号Asを出力する。電流検出回路IDは、溶接電流Iwを検出して、電流検出信号Idを出力する。通電判別回路CDは、上記の電流検出信号Idを入力として、溶接電流Iwが通電しているときにはHighレベルとなり、通電していないときにはLowレベルとなる通電判別信号Cdを出力する。初期送給速度設定回路FSIは、予め定めた初期送給速度設定信号Fsiを出力する。送給速度切換回路SFは、上記の通電判別信号CdがLowレベル(非通電)のときはa側に切り換わり上記の初期送給速度設定信号Fsiを送給速度制御設定信号Fscとして出力し、Highレベル(通電)のときはb側に切り換わり後述する後退/定常送給速度設定信号Srを送給速度制御設定信号Fscとして出力する。定常送給速度設定回路FSは、予め定めた定常送給速度設定信号Fsを出力する。後退送給速度設定回路FSRは、予め定めた後退送給速度設定信号Fsrを出力する。
【0026】
点線で示すアークスタート選択回路SCは、通常アークスタート制御を選択したときはLowレベルとなり、リトラクトアークスタート制御を選択したときはHighレベルとなるアークスタート選択信号Scを出力する。電圧検出回路VDは、溶接電圧Vwを検出して電圧検出信号Vdを出力する。短絡判別回路SDは、図3(C)で前述したように、上記の電圧検出信号Vdの値によって、短絡の発生を判別した時点からアークの発生を判別した後に遅延時間Tdが経過した時点までの間Highレベルとなる短絡判別信号Sdを出力する。論理積回路ANDは、上記のアークスタート選択信号Sc及び上記の短絡判別信号Sdを入力として、論理積信号Andを出力する。後退/定常送給速度切換回路SRは、上記の論理積信号AndがLowレベルのときはa側に切り換わり上記の定常送給速度設定信号Fsを後退/定常送給速度設定信号Srとして出力し、Highレベルのときはb側に切り換わり上記の後退送給速度設定信号Fsrを後退/定常送給速度設定信号Srとして出力する。
【0027】
ここで、上記のアークスタート選択信号Scの設定値によって、上記の送給速度制御設定信号Fscの値がどのように変化するかを以下にまとめる。
(1) アークスタート選択信号ScがLowレベル(通常アークスタート制御)のとき(前述した図2の動作と同一)
論理積信号Andは常にLowレベルになるので、後退/定常送給速度設定信号Srは常に定常送給速度設定信号Fsとなる。そして、送給速度制御設定信号Fscは、通電判別信号CdがHighレベル(通電)に変化する時点(図2の時刻t2)までは初期送給速度設定信号Fsiとなり、変化時点以降は定常送給速度設定信号Fsとなる。
【0028】
(2) アークスタート選択信号ScがHighレベル(リトラクトアークスタート制御)のとき(前述した図3の動作と同一)
通電判別信号CdがHighレベル(通電)に変化する時点(図3の時刻t2)までは、送給速度制御設定信号Fscは初期送給速度設定信号Fsiとなる。続いて、短絡判別信号SdがHighレベル(短絡)に変化(図3の時刻t2)すると、論理積信号AndはHighレベルに変化するので、送給速度制御設定信号Fscは後退送給速度設定信号Fsrとなる。続いて、短絡判別信号SdがLowレベルに変化(図3の時刻t4)すると、論理積信号AndはLowレベルに変化するので、送給速度制御設定信号Fscは定常送給速度設定信号Fsとなる。
【0029】
送給制御回路FCは、溶接開始信号AsがHighレベル(開始)であるときには、上記の送給速度制御設定信号Fscに相当する速度で溶接ワイヤを送給するための送給制御信号Fcを送給モータWMへ出力する。
【0030】
電圧設定回路VSは、予め定めた電圧設定信号Vsを出力する。初期電流設定回路ISIは、予め定めた初期電流設定信号Isiを出力する。電圧誤差増幅回路EVは、上記の電圧設定信号Vsと電圧検出信号Vdとの誤差を増幅して、電圧誤差増幅信号Evを出力する。この電圧誤差増幅回路EVのフィードバック制御によって、溶接電源装置の外部特性は定常の溶接電流を通電するための定電圧特性となる。電流誤差増幅回路EIは、上記の初期電流設定信号Isiと電流検出信号Idとの誤差を増幅して、電流誤差増幅信号Eiを出力する。この電流誤差増幅回路EIのフィードバック制御によって、外部特性は初期電流Isを通電するための定電流特性となる。
【0031】
フリップフロップ回路FFは、アークスタート選択信号Scを禁止端子に入力し、溶接開始信号Asをセット(S)端子に入力し、短絡判別信号Sdをリセット(R)端子に入力して、切換信号Ffを出力する。アークスタート選択信号ScがLowレベル(通常アークスタート制御)のときには、切換信号Ffは常にLowレベルになる。他方、アークスタート選択信号ScがHighレベル(リトラクトアークスタート制御)のときには、溶接開始信号AsがHighレベル(開始)に変化した時点から短絡判別信号SdがLowレベルに変化する時点までの期間(図3の時刻t1〜t4)は、Highレベルになる。外部特性切換回路SPは、上記の切換信号FfがLowレベルのときには電圧誤差増幅信号Evを誤差増幅信号Eaとして出力し、Highレベルのときには電流誤差増幅信号Eiを誤差増幅信号Eaとして出力する。
【0032】
アークスタート選択信号ScがLowレベル(通常アークスタート制御)のときには、電圧誤差増幅信号Evが常に選択されて定電圧特性が形成される。したがって、図2で前述したように、時刻t2において溶接ワイヤが母材に接触すると、電圧設定信号Vsに対応する定電圧特性によって定常の溶接電流が通電する。他方、アークスタート選択信号ScがHighレベル(リトラクトアークスタート制御)のときには、図3の時刻t1〜t4の期間中は電流誤差増幅信号Eiが選択されて定電流特性を形成する。したがって、溶接開始信号Asが入力された時点からアークが発生して遅延時間Tdが経過する時点までの図3の時刻t1〜t4の期間中は、初期電流Isを通電するために定電流特性を形成し、それ以降の期間中は定電圧特性を形成して定常の溶接電流を通電する。
【0033】
駆動回路DVは、溶接開始信号AsがHighレベル(開始)のときには、上記の誤差増幅信号Eaに従って定電圧特性又は定電流特性を形成するための駆動信号Dvを出力する。
【0034】
上述した溶接電源装置を使用すれば、アークスタート選択信号Scの設定値を切り換えるだけで、溶接ワイヤの種類、送給速度等の種々の溶接条件に適したアークスタート制御方法を選択することができる。
【0035】
[実施例2]
実施例2の発明は、実施例1の発明に記載するアークスタート選択信号が、溶接電源装置に設けられたアークスタート選択スイッチを切り換えることによって設定されるアークスタート制御方法である。以下、図面を参照して実施例2の発明について説明する。
【0036】
実施例2の発明を実施するための溶接電源装置は、前述した図4のブロック図におけるアークスタート選択回路SCを以下に説明する図5の構成としたものである。
図5は、実施例2のアークスタート選択回路SCのブロック図である。アークスタート選択スイッチSWは、溶接電源装置に設けられて、通常アークスタート制御を選択するときにはa側に切り換え、リトラクトアークスタート制御を選択するときにはb側に切り換える。アークスタート選択スイッチSWがa側に切り換えられると、抵抗器Rに電流が流れて電圧値V1は略0[V]となるので、バッファ回路BUFの出力であるアークスタート選択信号ScはLowレベルとなる。他方、アークスタート選択スイッチSWがb側に切り換えられると、電圧値V1は略5[V]となるので、アークスタート選択信号ScはHighレベルとなる。
【0037】
上述したように、実施例2の発明は、アークスタート選択スイッチSWを切り換えるだけで、種々の溶接条件に適したアークスタート制御方法を選択することができる。
【0038】
[実施例3]
実施例3の発明は、ティーチペンダントによって溶接条件を設定し、溶接電源装置及び溶接ロボットを使用して行うロボットアーク溶接において、実施例1の発明に記載するアークスタート選択信号を上記溶接条件の一つとして上記ティーチペンダントによって設定するアークスタート制御方法である。以下、図面を参照して、実施例3の発明について説明する。
【0039】
図6は、実施例3の発明を実施するためのロボットアーク溶接装置の構成図である。ティーチペンダントTPによって、マニピュレータRMの動作の教示、溶接開始信号As、電圧設定信号Vs、定常送給速度設定信号Fs、アークスタート選択信号Sc等の溶接条件を、ロボット制御装置RCに予め設定する。ロボット制御装置RCは、マニピュレータRMの動作を制御するための動作制御信号Mcを出力し、ティーチペンダントTPによって設定された溶接開始信号As、電圧設定信号Vs、定常送給速度設定信号Fs及びアークスタート選択信号Scを含む溶接条件設定信号Wsを溶接電源装置PSへ出力する。溶接電源装置PSは、前述した図4のブロック図における溶接開始信号As、電圧設定信号Vs,定常送給速度設定信号Fs及びアークスタート選択信号Scを外部からの上記の溶接条件設定信号Wsによって設定するように変更したものである。溶接電源装置PSは、溶接条件設定信号Wsを入力として、溶接電圧Vw及び溶接電流Iwを出力すると共に、送給制御信号Fcを送給モータWMへ出力する。溶接ワイヤ1は送給モータWMによって溶接トーチ4を通って送給されて、母材2との間にアーク3が発生して溶接が行われる。
【0040】
上述したように、実施例3の発明は、ティーチペンダントTPによってアークスタート選択信号Scを設定することができ、種々の溶接条件に適したアークスタート制御方法を選択することができる。特に、溶接ロボットの作業プログラムにアークスタート選択信号Scの設定値を追加することによって、溶接個所ごとに通常アークスタート制御とリトラクトアークスタート制御とを選択することができる。
【0041】
[実施例4]
実施例4の発明は、実施例1の発明に記載するアークスタート選択信号が、溶接ワイヤ選択信号又は送給速度設定信号の少なくとも一つの信号の値に応動して設定されるアークスタート制御方法である。以下、図面を参照して、実施例4の発明について説明する。
【0042】
実施例4の発明を実施するための溶接電源装置は、前述した図4のブロック図におけるアークスタート選択回路SCを、以下に説明する図7の構成としたものである。
図7は、実施例4のアークスタート選択回路SCのブロック図である。溶接ワイヤ選択回路MSは、溶接ワイヤの種類に対応した溶接ワイヤ選択信号Msを出力する。例えば、溶接ワイヤの材質が鉄鋼で直径が1.2[mm]のときの溶接ワイヤ選択信号Ms=1とし、溶接ワイヤの材質が鉄鋼で直径が1.0[mm]のときの溶接ワイヤ選択信号Ms=2とし、溶接ワイヤの材質がアルミニウムで直径が1.2[mm]のときの溶接ワイヤ選択信号Ms=3とし、溶接ワイヤの材質がステンレス鋼で直径が1.2[mm]のときの溶接ワイヤ選択信号Ms=4とする。実施例4のアークスタート選択回路SCは、上記の溶接ワイヤ選択信号Ms及び定常送給速度設定信号Fsを入力として、それらの値に応動して予め定めた規則に従ってアークスタート選択信号Scを出力する。この規則の一例を、図7に示す。例えば、溶接ワイヤ選択信号Ms=1であり定常送給速度設定信号Fs≦7[m/分](溶接電流平均値では220[A]に相当)のときには、アークスタート選択信号ScはHighレベル(リトラクトアークスタート制御)となり、定常送給速度設定信号Fs>7[m/分]のときには、アークスタート選択信号ScはLowレベル(通常アークスタート制御)となる。また、溶接ワイヤ選択信号Ms=2であり定常送給速度設定信号Fs≦6[m/分](溶接電流平均値では160[A]に相当)のときには、アークスタート選択信号ScはHighレベル(リトラクトアークスタート制御)となり、定常送給速度設定信号Fs>6[m/分]のときには、アークスタート選択信号ScはLowレベル(通常アークスタート制御)となる。さらに、溶接ワイヤ選択信号Ms=3であるときには、アークスタート選択信号ScはHighレベル(リトラクトアークスタート制御)となる。上記の規則は一例であって、例えば、溶接ワイヤ選択信号Ms=1のときは、求められる溶接品質レベルに応じて、アークスタート選択信号ScをLowレベル(通常アークスタート制御)と決めることもでき、溶接ワイヤ選択信号Ms=4のときに定常送給速度設定信号Fsの値によって、アークスタート選択信号ScをHighレベル又はLowレベルに設定することもできる。さらに、図7の回路ブロックは、溶接電源装置の内部に設けても良いし、前述した図6のロボット制御装置RCの内部に設けても良い。
【0043】
上述したように、実施例4の発明では、溶接ワイヤの種類及び送給速度に応動して、自動的に最適なアークスタート制御方法が選択される。
【0044】
[実施例5]
実施例5の発明は、実施例1の発明に記載するアークスタート選択信号が、前回の溶接終了時点から今回の溶接開始時点までの溶接停止時間に応動して設定されるアークスタート制御方法である。以下、図面を参照して、実施例5の発明について説明する。
【0045】
実施例5の発明を実施するための溶接電源装置は、前述した図4のブロック図におけるアークスタート選択回路SCを、以下に説明する図8の構成としたものである。
図8は、実施例5のアークスタート選択回路SCのブロック図である。溶接停止時間測定タイマ回路TMは、通電判別信号CdがLowレベル(非通電)である時間長さに比例した値のタイマ信号Tmを出力する。比較回路CMは、上記のタイマ信号Tmの値と予め定めた基準値Tsとを比較して、Tm≦TsのときにはLowレベル(通常アークスタート制御)のアークスタート選択信号Scを出力し、Tm>TsのときにはHighレベル(リトラクトアークスタート制御)のアークスタート選択信号Scを出力する。
【0046】
上述したように、実施例5の発明では、前回の溶接終了時点から今回の溶接開始時点までの溶接停止時間(タイマ信号Tm)の値によって、自動的に最適なアークスタート制御方法を選択することができる。上記のようにする理由は、溶接停止時間が短いときには、溶接ワイヤの先端部は前回の溶接によって加熱されて高温のままであるので、次のアークスタートは通常アークスタート制御でも良好になるためである。また、上述した実施例5の発明は、実施例1〜4の発明と併用することも可能である。
【0047】
上述した実施例の発明のアークスタート制御方法では、溶接ワイヤの種類、送給速度、要求される溶接品質レベル等の種々の溶接条件に応じて、アークスタート選択信号を適正値に設定することによって、通常アークスタート制御又はリトラクトアークスタート制御を選択することができるので、良好なアークスタート性と生産効率の向上及び消耗部品等の長期化との両方の効果を得ることができる。
さらに、実施例3の発明では、ロボットアーク溶接において、ティーチペンダントによってアークスタート選択信号を設定することができ、溶接個所ごとに通常アークスタート制御又はリトラクトアークスタート制御を選択することができる。
さらに、実施例4の発明では、溶接ワイヤの種類又は送給速度の少なくとも一つの信号の値に応動して、アークスタート選択信号を適正値に設定することができる。
さらに、実施例5の発明では、溶接停止時間に応動して、アークスタート選択信号を適正値に設定することができる。これによって、溶接停止時間が短くて溶接ワイヤの先端部がまだ高温であるときにはアークスタート性は良好であるので生産効率の向上及び消耗部品等の長寿命化のために通常アークスタート制御を行い、溶接停止時間が長くなり溶接ワイヤの先端部が低温になるとアークスタート性を良好にするためにリトラクトアークスタート制御を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【図1】従来技術の消耗電極ガスシールドアーク溶接装置の構成図である。
【図2】従来技術1の通常アークスタート制御のタイミングチャートである。
【図3】従来技術2のリトラクトアークスタート制御のタイミングチャートである。
【図4】実施例1の溶接電源装置のブロック図である。
【図5】実施例2のアークスタート選択回路のブロック図である。
【図6】実施例3の溶接装置の構成図である。
【図7】実施例4のアークスタート選択回路のブロック図である。
【図8】実施例5のアークスタート選択回路のブロック図である。
【符号の説明】
【0049】
1 溶接ワイヤ
2 母材
3 アーク
3a 初期アーク
3b 定常のアーク
4 溶接トーチ
4a コンタクトチップ
5 送給ロール
AND 論理積回路
And 論理積信号
AS 溶接開始回路
As 溶接開始信号
BUF バッファ回路
CD 通電判別回路
Cd 通電判別信号
CM 比較回路
DV 駆動回路
Dv 駆動信号
Ea 誤差増幅信号
EI 電流誤差増幅回路
Ei 電流誤差増幅信号
EV 電圧誤差増幅回路
Ev 電圧誤差増幅信号
FC 送給制御回路
Fc 送給制御信号
FF フリップフロップ回路
Ff 切換信号
FS 定常送給速度設定回路
Fs 定常送給速度設定信号
Fsc 送給速度制御設定信号
FSI 初期送給速度設定回路
Fsi 初期送給速度設定信号
FSR 後退送給速度設定回路
Fsr 後退送給速度設定信号
ID 電流検出回路
Id 電流検出信号
INV 出力制御回路
Is 初期電流
ISI 初期電流設定回路
Isi 初期電流設定信号
Iw 溶接電流
Lw ワイヤ先端・母材間距離
MS 溶接ワイヤ選択回路
Ms 溶接ワイヤ選択信号
PS 溶接電源装置
R 抵抗器
RC ロボット制御装置
RM マニピュレータ
SC アークスタート選択回路
Sc アークスタート選択信号
SD 短絡判別回路
Sd 短絡判別信号
SF 送給速度切換回路
SP 外部特性切換回路
SR 後退/定常送給速度切換回路
Sr 後退/定常送給速度設定信号
SW アークスタート選択スイッチ
Td 遅延時間
TM 溶接停止時間測定タイマ回路
Tm タイマ信号
TP ティーチペンダント
Ts (溶接停止時間)基準値
V1 電圧値
VD 電圧検出回路
Vd 電圧検出信号
VS 電圧設定回路
Vs 電圧設定信号
Vw 溶接電圧
WM 送給モータ
Ws 溶接条件設定信号

【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶接の開始に際して、溶接ワイヤを母材に一旦接触させた後に引き離し、この引き離しによって初期アークを発生させた後に定常アークへと移行させるリトラクトアークスタート制御と、溶接ワイヤを母材に接触又は接近させて定常アークを発生させる通常アークスタート制御とを備え、
溶接個所に応じて前記リトラクトアークスタート制御と前記通常アークスタート制御とを切り換えてアークスタートさせる消耗電極ガスシールドアーク溶接のアークスタート制御方法。
【請求項2】
溶接ロボットを用いた溶接の開始に際して、溶接ワイヤを母材に一旦接触させた後に引き離し、この引き離しによって初期アークを発生させた後に定常アークへと移行させるリトラクトアークスタート制御と、溶接ワイヤを母材に接触又は接近させて定常アークを発生させる通常アークスタート制御とを備え、
前記溶接ロボットの作業プログラムによって前記リトラクトアークスタート制御と前記通常アークスタート制御とを切り換えてアークスタートさせる消耗電極ガスシールドアーク溶接のアークスタート制御方法。
【請求項3】
溶接の開始に際して、溶接ワイヤを母材に一旦接触させた後に引き離し、この引き離しによって初期アークを発生させた後に定常アークへと移行させるリトラクトアークスタート制御と、溶接ワイヤを母材に接触又は接近させて定常アークを発生させる通常アークスタート制御とを備え、
溶接ワイヤの先端部の温度によって前記リトラクトアークスタート制御と前記通常アークスタート制御とを切り換えてアークスタートさせる消耗電極ガスシールドアーク溶接のアークスタート制御方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2007−216303(P2007−216303A)
【公開日】平成19年8月30日(2007.8.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−148750(P2007−148750)
【出願日】平成19年6月5日(2007.6.5)
【分割の表示】特願2001−347214(P2001−347214)の分割
【原出願日】平成13年11月13日(2001.11.13)
【出願人】(000000262)株式会社ダイヘン (990)
【Fターム(参考)】