説明

アーク溶射装置

【課題】溶射線材の交換作業に要する時間を低減し、溶射時には溶射線材を安定して送給することができるアーク溶射装置を提供する。
【解決手段】2本の溶射線材と、溶射線材を送り出すプッシュ送給部と、プッシュ送給部から送り出された溶射線材を中継して送り出すプル送給部と、プッシュ送給部とプル送給部との間で溶射線材の送給のガイドを行うガイドチューブと、プル送給部から送り出された溶射線材が送給されてアーク溶射を行う溶射ガンとを備え、溶射時にプル送給部は速度制御されてプッシュ送給部はトルク制御され、溶射線材を交換してプッシュ送給部のみで溶射線材をガイドチューブ内に挿通するとき、プッシュ送給部の送給トルクが溶射時のトルクよりも大きく溶射線材の先端部がプル送給部に到達する直前のガイドチューブによって溶射線材に働く摩擦抵抗を打ち消すトルクに切り替えられるアーク溶射装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気機器、大型鉄鋼構造物等の防錆防食処理に有効な溶射を行うための改良されたアーク溶射装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
アーク溶射は、2本の溶射線材が溶射ガン内に設けられたコンタクトチップへそれぞれ送給されて通電されて、これらの2本の溶射線材の先端間にアークを発生させる。そして、アーク熱によって溶射線材を溶融し、その溶融速度に従って溶射線材を送給しながら圧縮ガスなどの噴射によって溶融金属を微細化させ、被溶射物に吹き付けて溶射皮膜を形成する溶射方法である。
【0003】
図2は、一般的なアーク溶射装置の構成を示す図である。同図において、溶射電源装置1は、商用電源を入力として例えばインバータ制御回路によって出力が定電圧制御されて、溶射ガン2に電力を供給する。コンプレッサ3から噴出された圧縮ガスは、溶射電源装置1内に設けられた電磁弁(図示を省略)を通過して溶射ガン2に噴出される。
【0004】
2本の溶射線材が、例えば線材リールからなる線材供給器4a、4bに巻かれて、これらの溶射線材が、2台のプッシュ送給部5a、5bによってそれぞれ送り出される。ガイドチューブ6a、6bによって、2台のプッシュ送給部5a、5bと2台のプル送給部7a、7bとの間で溶射線材の送給のガイドが行われる。プル送給部7a、7bは、2本の溶射線材を中継して溶射ガン2に送り出す。溶射ガン2には陽極及び陰極のコンタクトチップ(図示を省略)が設けられていて、これらに2本の溶射線材がそれぞれ送給されて通電される。リモコン8によって溶射電圧と溶射線材送給速度とが設定される。上述した2台のプル送給部7a、7bは、溶射ガン2と別に設けているが、プル送給部7a、7bを溶射がん2内に設けてもよい。
【0005】
以下、動作を説明する。作業者が、溶射ガン2に設けられたスタートスイッチ9を押して、ON状態にすると、コンプレッサ3から圧縮ガスが溶射電源装置1内に設けられた電磁弁(図示を省略)を通過して溶射ガン2に噴出される。また、2台のプッシュ送給部5a、5bから2本の両溶射線材が送り出されて、ガイドチューブ6a、6bによってガイドされて、2台のプル送給部7a、7bへそれぞれ送給される。このプル送給部7a、7bによって2本の溶射線材が中継されて、溶射ガン2に送り出される。また、溶射電源装置1から溶射ガン2内のコンタクトチップ(図示を省略)に電力が供給されて、2本の溶射線材が通電される。そして、2本の溶射線材が溶射ガン2前方のアーク発生位置で短絡されることによって、2本の溶射線材の交差部にアークが発生する。
【0006】
2本の溶射線材の先端はアーク熱により順次溶融するので、リモコン8で適正な溶射電圧と溶射線材送給速度とを選択することによって、アークを持続させることができる。このとき、コンプレッサ3から供給される圧縮ガスを、2本の溶射線材の交差部で発生するアークに吹き付けると、溶融した金属が溶滴となって前方に噴出され、被溶射物に堆積して溶射皮膜が形成される。
【0007】
そして、溶射を終了するときに、作業者がスタートスイッチ9を開放して、OFF状態にすると、圧縮ガスの噴出が停止され、2本の溶射線材の送給及び通電が停止されて、溶射が終了される。
【0008】
[従来技術1]
従来、上述したアーク溶射装置において、プッシュ送給部5a、5bによって送り出される溶射線材の送給速度を検出して、その検出信号をプル送給部7a、7bにフィードバックする。そして、プッシュ送給部5a、5bが溶射線材を送り出した長さだけプル送給部7a、7bが引っ張るように同調させたアーク溶射装置が提案されている。(例えば、特許文献1参照。)。このアーク溶射装置は、プッシュ送給部5a、5bとプル送給部7a、7bとが同一速度で溶射線材を送り出すことができる。その結果、ガイドチューブ6a、6b内で溶射線材に作用する張力及び圧縮力が小さくなり、ガイドチューブ6a、6bが長い場合でも、溶射線材を安定して送給することができる。
【0009】
しかし、このガイドチューブ6a、6bは、溶射中の作業者の姿勢によって屈曲する場合がある。その場合、プッシュ送給部5a、5bとプル送給部7a、7bとのロール間距離が変化する。このとき、プッシュ送給部5a、5bとプル送給部7a、7bとは同一速度で送給しているために、いずれかのローラがスリップすることになる。従って、溶射線材を安定して送給することができなくなる。この結果、アークが突然停止することがあり、皮膜品質に悪影響を及ぼし、生産性が著しく低下するという不具合があった。
【0010】
[従来技術2]
上述した従来技術1の課題を解決するために、プル送給部7a、7bによって溶射線材の速度制御が行われ、プッシュ送給部5a、5bによって、プル送給部7a、7bの溶射線材の速度に対応した一定のトルクで溶射線材が送り出されるアーク溶射装置が提案されている。(例えば、特許文献2参照。)。
【0011】
このアーク溶射装置は、溶射中の作業者の姿勢によってガイドチューブ6a、6bが屈曲する場合でも、プッシュ送給部5a、5bによって溶射線材に一定の線材送り力が与えられているのみである。そのために、プッシュ送給部5a、5bの線材送給速度は、プル送給部7a、7bの線材送給速度とは無関係であり、瞬時に必要とされる溶射線材を送給することができる。その結果、ガイドチューブ6a、6b内で溶射線材に作用する張力及び圧縮力の発生を抑制し、常に溶射線材を安定して送給することができる。しかし、後述する課題を有する。
【特許文献1】特公平3−5222号公報
【特許文献2】特開2001−262310号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
溶射線材を交換するときは、新しい溶射線材の先端部をプッシュ送給部5a、5bに挿入して、ガイドチューブ6a、6b内をプル送給部7a、7bまで挿通して、溶射ガン2内に設けられたコンタクトチップの先端部まで挿通する必要がある。この作業を行う場合、作業者が新しい溶射線材の先端部をプッシュ送給部5a、5bに挿入したのちに、通常、リモコン8又は溶射電源装置1のパネルに設けられているインチングボタンを押して、溶射線材をコンタクトチップの先端部まで挿通しようとする。
【0013】
この場合、インチングボタンを押したときに、プッシュ送給部5a、5bが溶射線材に作用するトルクは、通常、溶射時のトルクと同じに設定されている。すなわち、溶射時は、プッシュ送給部とプル送給部とで溶射線材が送給されて、プッシュ送給部5a、5bにプル送給部7a、7bの送給速度に対応した一定のトルクが与えられている。そして、そのトルクは、溶射線材がプル送給部まで挿通された状態で、ガイドチューブ6a、6bによって溶射線材に働く摩擦抵抗を打ち消す線材送り力となるように設定されている。
【0014】
しかし、溶射線材を交換したときは、溶射線材の先端部をガイドチューブ6a、6bに挿通するが、溶射線材の先端部は、鋭利な形状をしている。そのために、インチングボタンを押して溶射線材をガイドチューブ6a、6bに挿通させようとすると、ガイドチューブ6a、6b内で溶射線材に働く摩擦抵抗が大きくなり、溶射線材の先端部をプル送給部7a、7bまで到達させることができない。そのために、インチングボタンを押しても溶射線材が送り出されなくなった後は、作業者が、手作業で溶射線材をコンタクトチップの先端部まで挿通させなければならず、生産性を低下させていた。
【0015】
そこで、この溶射線材をコンタクトチップの先端部まで挿通させる作業を、手作業で行う代わりに、インチングボタンを押すだけで行うようにするためには、プッシュ送給部5a、5bで溶射線材に作用するトルクを、溶射時のトルクよりも大きく設定する必要がある。この場合、インチングボタンを押したときに、プッシュ送給部5a、5bが溶射線材に作用するトルクは、溶射時のトルクと同じに設定されているために、溶射時にガイドチューブ6a、6b内でうねりが生じることがある。その結果、ガイドチューブ6a、6b内で溶射線材に働く摩擦抵抗が増加し、安定して溶射線材を送給することができなくなる。さらに、コンタクトチップでの給電点が変化することによって、溶射線材の溶融量が変化して、アークが乱れる不具合があった。
【0016】
そこで、プッシュ送給部5a、5bで溶射線材に作用するトルクを、溶射線材の先端部をプル送給部まで到達させることができる程度で、溶射時のトルクよりもわずかに大きなトルクに設定する方法がある。この場合、溶射時に溶射線材がうねることを最小限に抑えることができるが、ガイドチューブ6a、6b内表面の磨耗やガイドチューブ6a、6b内へ溶射ゴミ等が浸入することによって、摩擦抵抗が増加して、溶射線材の先端部を、確実にコンタクトチップまで到達させることができない。
【0017】
本発明は、溶射線材の交換作業に要する時間を低減することができ、溶射時には溶射線材を安定して送給することができるアーク溶射装置を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0018】
2本の溶射線材と、
前記2本の溶射線材を送り出すプッシュ送給部と、
前記プッシュ送給部から送り出された前記2本の溶射線材を中継して送り出すプル送給部と、
前記プッシュ送給部と前記プル送給部との間で前記2本の溶射線材の送給のガイドを行うガイドチューブと、
前記プル送給部から送り出された前記2本の溶射線材が送給されてアーク溶射を行う溶射ガンとを備えたアーク溶射装置において、
溶射時に前記プル送給部は速度制御されて前記プッシュ送給部はトルク制御され、
前記溶射線材を交換して前記プッシュ送給部のみで前記溶射線材を前記ガイドチューブ内に挿通するとき、前記プッシュ送給部の送給トルクが前記溶射時のトルクよりも大きく前記溶射線材の先端部が前記プル送給部に到達する直前の前記ガイドチューブによって前記溶射線材に働く摩擦抵抗を打ち消すトルクに切り替えられることを特徴とするアーク溶射装置である。
【発明の効果】
【0019】
本発明のアーク溶射装置は、溶射線材の交換時に、溶射線材の先端部をプル送給部まで容易に到達させることができ、溶射線材の交換作業に要する時間を著しく低減することができる。さらに、溶射時には溶射線材を安定して送給することができるので、均一で高品質な溶射皮膜を形成させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
発明の実施の形態を実施例に基づき図面を参照して説明する。図2に示す本発明のアーク溶射装置において、プル送給部7a、7bは速度制御を行い、プッシュ送給部5a、5bは、プル送給部7a、7bの溶射線材の速度に対応した一定のトルク制御を行っている。図2に示したリモコン8又は溶射電源装置1のパネルにインチングボタンとは別に線材交換用押しボタン(図示を省略)が設けられている。この線材交換用押しボタンは、線材供給器4a、4bを交換して溶射線材をプッシュ送給部5a、5bに挿通して、ガイドチューブ6a、6b内をプル送給部7a、7bまで挿通させて、溶射線材の先端部をコンタクトチップまで到達させるときに使用する。プル送給部7a、7b及びプッシュ送給部5a、5bの駆動モーターとしては、市販のサーボモータが使用される。
【0021】
この線材交換用押しボタンが押されると、プル送給部7a、7b及びプッシュ送給部5a、5bのサーボモータがそれぞれ回転するが、このボタンは、従来技術で説明したインチングボタンとは、下記のように機能が異なる。その他の機能は、従来技術で説明した機能と同じであるので、説明を省略する。
【0022】
インチングボタンを押すと、プル送給部7a、7b及びプッシュ送給部5a、5bのサーボモータが回転する。この場合、プル送給部7a、7bへの速度指令及びプッシュ送給部5a、5bへのトルク指令は、リモコン8又は溶射電源装置1のパネルに設けられた線材送給速度可変ボリューム及び送給トルク可変ボリュームの設定に従って行われる。通常、溶射及びインチング時のプル送給部7a、7bの線材送給速度及びプッシュ送給部5a、5bの送給トルクは、線材送給速度可変ボリューム及び送給トルク可変ボリュームの設定値が有効となる。そして、溶射時に溶射線材の送給が安定するように、線材送給速度可変ボリュームで設定されたプル送給部7a、7bの送給速度に対応した一定のトルクになるように、プッシュ送給部の送給トルクが、送給トルク可変ボリュームで調整される。
【0023】
一方、線材交換用押しボタンが押された場合は、プル送給部7a、7bの送給速度は線材送給速度可変ボリュームの設定値に従うが、プッシュ送給部5a、5bの送給トルクは、送給トルク可変ボリュームの設定値にかかわらず、常に下記に述べる線材送給トルクFpushで回転するように設定されている。
【0024】
この線材交換用押しボタンを押したときの作用を図1を参照して説明する。同図は、本発明のアーク溶射装置の線材交換用押しボタンを押したときの作用を説明するための図である。同図において、プッシュ送給部5a内にプッシュ送給ロール10a、10bが設けられていて、プル送給部7a内にプル送給ロール11a、11bが設けられている。
【0025】
そして、線材交換用押しボタンを押したときにプッシュ送給部5aによって溶射線材12に与えられる線材送給トルクFpushは、溶射線材の先端部12aをガイドチューブのプッシュ送給部側6a1から挿入して、プル送給部側6a2まで挿通させることができるトルクに予め設定される必要がある。そして、上述したように、溶射線材の先端部は、鋭利な形状をしているために、ガイドチューブ6aによって溶射線材12に働く摩擦抵抗は、溶射時よりも大きい。
【0026】
そのために、この線材送給トルクFpushは、溶射時のトルクよりも大きく、溶射線材の先端部12aがプル送給部7aに到達する直前のガイドチューブ6aによって溶射線材12に働く摩擦抵抗Fxを打ち消すトルクに予め設定されている。また、図2に示したプッシュ送給部5b、ガイドチューブ6b及びプル送給部7bにおいても上記と同様であるので、説明を省略する。
【0027】
次に、線材送給速度及び送給トルクの設定について説明する。プル送給部7a、7bの線材送給速度とプッシュ送給部5a、5bの送給トルクとを、線材送給速度可変ボリュームと送給トルク可変ボリュームでそれぞれ設定することによって、溶射電源装置1内部で設定された送給速度及び送給トルクのアナログ電圧信号が、各送給部のサーボアンプに入力され、サーボモータが駆動される。このアナログ電圧信号は、例えば0V〜10Vの範囲である。
【0028】
線材送給速度可変ボリュームは、例えば0m/min〜20m/minの目盛りが打たれている。この場合、線材送給速度の可変ボリュームが20m/minの目盛りに合わされると、溶射電源装置1からプル送給部7a、7bのサーボモータを制御するサーボアンプに、10Vの電圧信号が出力される。そして、線材送給速度が20m/minになるように、サーボモータが一定に回転する仕組みになっている。また、線材送給速度の可変ボリュームが10m/minの目盛りに合わされると、溶射電源装置1からプル送給部7a、7bのサーボモータを制御するサーボアンプに、5Vの電圧信号が出力される。そして、線材送給速度が10m/minになるように、サーボモータが一定回転する仕組みになっている。
【0029】
一方、プッシュ送給部5a、5bの送給トルク可変ボリュームには、例えば0%〜100%の目盛りが打たれている。この場合、送給トルク可変ボリュームが100%に設定されると、溶射電源装置1から、プッシュ送給部5a、5bのサーボモータを制御するサーボアンプに、例えば10Vの電圧信号が出力される。そして、送給トルクがサーボモータの定格トルクの100%に設定されて一定トルクを保ちながら回転する仕組みになっている。また、送給トルク可変ボリュームが50%に設定されると、溶射電源装置1から、プッシュ送給部5a、5bのサーボモータを制御するサーボアンプに、例えば5Vの電圧信号が出力される。そして、送給トルクがサーボモータの定格トルクの50%に設定されて一定トルクを保ちながら回転する仕組みになっている。
【0030】
[実施例]
以下、本発明の実施例を従来技術と比較して説明する。まず、溶射中の設定条件として、直径1.6mmの亜鉛溶射線材を使用して、プル送給部7a、7bの線材送給速度を10m/minに設定し、プッシュ送給部5a、5bの送給トルク可変ボリュームを約30%と設定した。この設定において、ガイドチューブ6a、6bの屈曲が繰り返される状態で、溶射ガン2を操作して溶射を行ったところ、長時間、常に良好な線材の送給性を維持することができ、高品質の溶射皮膜を形成することができた。
【0031】
次に、プル送給部7a、7bの線材送給可変ボリューム及びプッシュ送給部5a、5bの送給トルク可変ボリュームの設定値を変更することなく、新しい線材リールに交換した。そして、作業者がプッシュ送給部5a、5bへ溶射線材の先端を挿入し、ガイドチューブ6a、6bを屈曲させない状態で、溶射線材を送給可能な状態とした。
【0032】
まず、従来技術のアーク溶射装置での操作として、インチングボタンを押した。最初はプッシュ送給部5a、5の送給ロールが回転して、溶射線材がガイドチューブ6a、6b内へ挿入されていくが、ガイドチューブ6a、6bと溶射線材との摩擦抵抗によって、次第に送給ロールの回転速度が低下し、溶射線材の先端から約2mの長さがガイドチューブ6a、6b内に挿入されたところで、送給ロールの回転が停止した。その後は、作業者が、手作業で溶射線材の先端部を溶射ガン2のコンタクトチップまで挿入しなければならなかった。
【0033】
そこで、作業者が新しい線材リールに交換して、プッシュ送給部5a、5bへ溶射線材の先端を挿入し、溶射線材を送給可能な状態とした後に、インチングボタンを押すだけで、溶射線材の先端部が溶射ガン2のコンタクトチップまで到達させることを試みた。プッシュ送給部5a、5bの送給トルクが、最小のトルクとなるように、送給トルク可変ボリュームを調整したところ、約55%まで設定値を上げる必要があった。
【0034】
そして、プル送給部7a、7bの線材送給可変ボリューム及びプッシュ送給部5a、5bの送給トルク可変ボリュームの設定値を上記の設定値から変更することなく、ガイドチューブ6a、6bの屈曲が繰り返される状態で、溶射ガン2を操作して溶射を行った。この場合特に、ガイドチューブ6a、6bが屈曲状態から、真っ直ぐな状態へと瞬時に溶射ガン2を移動させたときに、パンパンという音を発し、溶射皮膜には、小さな未溶融状態の粒子が付着するという溶射不良が発生した。
【0035】
この理由としては、プッシュ送給部5a、5bの送給トルクが、溶射時の最適なトルクと比較して、2倍近くまで増加されたために、ガイドチューブ6a、6b内で溶射線材にうねりを生じさせていた。また、ガイドチューブ6a、6bが屈曲状態から真っ直ぐな状態へと変化するとき、プッシュ送給部5a、5bからガイドチューブ6a、6bに送り込まれる線材速度を遅くする必要があるが、応答性が悪いために、溶射線材のうねりがさらに大きくなった。これらの原因で、アーク発生状態が不安定になったと考えられる。
【0036】
次に、本発明のアーク溶射装置において、まず、上述したガイドチューブ6a、6bの屈曲が繰り返される状態で、溶射ガン2を操作して溶射を行って、長時間、常に良好な線材の送給性を維持することができ、高品質の溶射皮膜を形成することができる設定を行った。すなわち、直径1.6mmの亜鉛溶射線材を使用して、プル送給部7a、7bの線材送給速度を10m/minに設定し、プッシュ送給部5a、5bの送給トルク可変ボリュームを約30%と設定した。
【0037】
そして、プル送給部7a、7bの線材送給可変ボリューム及びプッシュ送給部5a、5bの送給トルク可変ボリュームの設定値を変更することなく、新しい線材リールに交換した。そして、プッシュ送給部5a、5bへ溶射線材の先端を挿入し、ガイドチューブ6a、6bを屈曲させない状態で、溶射線材を送給可能な状態とした。そして、線材交換用押しボタンを押すと、プッシュ送給部5a、5bの送給ロールが回転し、溶射線材の先端部が約5mの長さのガイドチューブ6a、6b内を挿通して、プル送給部7a、7bの送給ロールに到達した。このとき、プッシュ送給部5a、5bの送給ロールの回転速度は、プル送給部7a、7bの送給ロールと同一回転速度まで低下し、溶射線材の先端部は、そのままの速度を保ちながらコンタクトチップの先端部から送出された。
【0038】
次に、プル送給部7a、7bの線材送給可変ボリューム及びプッシュ送給部5a、5bの送給トルク可変ボリュームの設定値を変更することなく、新しい線材リールに交換した。そして、プッシュ送給部5a、5bへ溶射線材の先端を挿入し、今度はガイドチューブ6a、6bを屈曲させた状態で、溶射線材を送給可能な状態とした。そして、線材交換用押しボタンを押すと、プッシュ送給部5a、5bの送給ロールが回転し、溶射線材の先端部が約5mの長さのガイドチューブ6a、6b内を挿通して、溶射線材の先端部がプル送給部7a、7bの送給ロールに近づくに従って、プッシュ送給部5a、5bの送給ロールの回転速度がわずかに低下するのが確認できた。しかし、溶射線材の先端部は、プル送給部7a、7bの送給ロールまで到達し、プル送給部7a、7bの送給ロールの回転速度でコンタクトチップの先端部から送出された。
【0039】
そして、上述した溶射時の設定であるプル送給部7a、7bの線材送給速度が10m/minの設定で、プッシュ送給部5a、5bの送給トルク可変ボリュームが約30%の設定において、ガイドチューブ6a、6bの屈曲が繰り返される状態で、溶射ガン2を操作して溶射を行った。その結果、長時間、常に良好な線材の送給性を維持することができ、高品質の溶射皮膜を形成することができた。
【0040】
従って、本発明のアーク溶射装置は、溶射線材の交換時に、溶射線材の先端部をプル送給部まで容易に到達させることができ、溶射線材の交換作業に要する時間を著しく低減することができる。さらに、溶射時には溶射線材を常に一定の速度で送給することができるので、均一で高品質の溶射皮膜を形成させることができ、稼働率及び生産性を著しく向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】本発明のアーク溶射装置の線材交換用押しボタンを押したときの作用を説明するための図である。
【図2】一般的なアーク溶射装置の構成を示す図である。
【符号の説明】
【0042】
1 溶射電源装置
2 溶射ガン
3 コンプレッサ
4a、4b 線材供給器
5a、5b プッシュ送給部
6a、6b ガイドチューブ
6a1 ガイドチューブのプッシュ送給部側
6a2 ガイドチューブのプル送給部側
7a、7b プル送給部
8 リモコン
9 スタートスイッチ
10a、10b プッシュ送給ロール
11a、11b プル送給ロール
12 溶射線材
12a 溶射線材の先端部
Fpush 線材送給トルク
Fx 溶射線材に働く摩擦抵抗

【特許請求の範囲】
【請求項1】
2本の溶射線材と、
前記2本の溶射線材を送り出すプッシュ送給部と、
前記プッシュ送給部から送り出された前記2本の溶射線材を中継して送り出すプル送給部と、
前記プッシュ送給部と前記プル送給部との間で前記2本の溶射線材の送給のガイドを行うガイドチューブと、
前記プル送給部から送り出された前記2本の溶射線材が送給されてアーク溶射を行う溶射ガンとを備えたアーク溶射装置において、
溶射時に前記プル送給部は速度制御されて前記プッシュ送給部はトルク制御され、
前記溶射線材を交換して前記プッシュ送給部のみで前記溶射線材を前記ガイドチューブ内に挿通するとき、前記プッシュ送給部の送給トルクが前記溶射時のトルクよりも大きく前記溶射線材の先端部が前記プル送給部に到達する直前の前記ガイドチューブによって前記溶射線材に働く摩擦抵抗を打ち消すトルクに切り替えられることを特徴とするアーク溶射装置。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−231322(P2007−231322A)
【公開日】平成19年9月13日(2007.9.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−51995(P2006−51995)
【出願日】平成18年2月28日(2006.2.28)
【出願人】(000000262)株式会社ダイヘン (990)
【Fターム(参考)】