説明

アーク溶接の開始方法

【課題】アーク溶接を開始するとき溶接母材に電気絶縁物が存在していても、アーク溶接を良好に開始することができるアーク溶接の開始方法を提供する。
【解決手段】溶接ワイヤ17と溶接母材Wとの間にアークを発生させて溶接を行うアーク溶接の開始方法であり、溶接動作の開始時に溶接ワイヤ17と溶接母材Wとの間の通電状態が検出されないとき、溶接母材Wに対して溶接ワイヤ17を進退移動させることにより、溶接母材Wに対して溶接ワイヤ17を接触させる。この方法によれば、溶接ワイヤ17の進退動作によってたとえば溶接母材W上の電気絶縁物Isを除去することができるので、アーク溶接を良好に開始させることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アーク溶接の開始方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、消耗電極として溶接ワイヤを送給しながら、この溶接ワイヤと溶接母材の間にアークを発生させ溶接を行うアーク溶接方法が知られている。アーク溶接方法では、アーク溶接が開始されるとき、溶接ワイヤを溶接母材に短絡させる。その後、溶接ワイヤを溶接母材から離間させることにより、印加された溶接電圧に基づいてアークが発生される。
【0003】
上記アーク溶接方法において、アーク溶接を開始させるとき、溶接母材の表面にたとえばスラグやペイント(塗料)などの電気絶縁物が存在していると、アークをスムーズに発生させることができないことがある。電気絶縁物が溶接母材の表面に存在すると、電気絶縁物が溶接ワイヤと溶接母材との間に介在されることになり、上記短絡状態の発生が妨げられる。そのため、アークの発生が困難になる。
【0004】
たとえば特開昭63−278675号公報には、溶接途中で溶接ロボットが停止した場合、溶接位置をずらして溶接を再開させる技術が開示されている。具体的には、溶接実施中の溶接ロボットが何らかの要因で停止した場合、その後、溶接線上であって溶接異常を起こし難い位置まで溶接ロボット(溶接トーチ)を後退移動させる。溶接再開時、移動された位置から溶接線に沿って溶接トーチを移動させて溶接を行う。これにより、溶接を再開させるとき、アーク切れなどの溶接異常を生じさせることを抑制することができる。
【0005】
上記公報の技術を、アーク溶接の開始時に溶接母材上に電気絶縁物が存在するときの制御に適用することが考えられる。すなわち、アーク溶接を開始させるとき、溶接母材の表面に電気絶縁物が存在していると、それを検出する。溶接トーチを移動させ、移動させた位置からアーク溶接を開始させるようにする。
【0006】
しかしながら、公報に開示されているように、溶接開始位置が溶接線上であってかつ溶接トーチを単に後退移動させた位置では、溶接トーチは溶接再開後、再び電気絶縁物が存在する位置を通過しなければならない。そのため、アークを発生させることが困難となる。また、電気絶縁物を回避した、溶接線上から外れた位置に溶接開始位置をずらすと、溶接ビードが溶接線から逸脱して生成されることになる。これでは、溶接ビードが外観上好ましくないものとなる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開昭63−278675号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は上記した事情のもとで考え出されたものであって、アーク溶接を開始するときたとえば溶接母材に電気絶縁物が存在していても、アーク溶接を良好に開始することができるアーク溶接の開始方法を提供することをその課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明によって提供されるアーク溶接の開始方法は、溶接ワイヤと溶接母材との間にアークを発生させて溶接を行うアーク溶接の開始方法であって、上記溶接動作の開始時に上記溶接ワイヤと上記溶接母材との間の通電状態が検出されないとき、上記溶接母材に対して上記溶接ワイヤを進退移動させることにより、上記溶接母材に対して上記溶接ワイヤを接触させることを特徴としている。
【0010】
このような方法によれば、たとえばアーク溶接を開始するときに、溶接ワイヤと溶接母材との間でたとえばスラグなどの電気絶縁物が存在していても、溶接母材に対して溶接ワイヤが進退移動されるので、溶接母材上の電気絶縁物を打ち砕いて除去することができる。そのため、溶接母材に溶接ワイヤが接触し、アーク溶接を良好にかつ確実に開始させることができる。
【0011】
本発明の好ましい実施の形態においては、上記溶接ワイヤが進退移動する期間には、上記アークを発生させるための溶接電圧が印加され、上記溶接母材に対する上記溶接ワイヤの進退移動は、上記通電状態が検出されなかった後、上記溶接電圧が変化するときまで行う。このような方法によれば、溶接ワイヤと溶接母材とが短絡状態になったことを確実に検出することができる。
【0012】
本発明の好ましい実施の形態においては、上記溶接母材に対する上記溶接ワイヤの進退移動は、上記通電状態が検出されなかった後、予め定める時間が経過するときまで行う。このような方法によれば、溶接ワイヤと溶接母材とが短絡状態になったことを、溶接電圧を印加させることなく検出することができる。
【0013】
本発明の好ましい実施の形態においては、上記溶接母材に対する上記溶接ワイヤの進退移動は、上記溶接ワイヤを溶接位置に導く溶接トーチを移動させることにより行う。このような方法によれば、容易に溶接ワイヤを溶接母材に接近および溶接母材から離間させることができる。
【0014】
本発明の好ましい実施の形態においては、上記溶接ワイヤが進退移動する期間は、上記溶接ワイヤの送給を停止する。このような方法によれば、溶接ワイヤが進退移動するときは、溶接ワイヤが送給されないので、溶接ワイヤの進退移動を安定させて行うことができる。
【0015】
本発明の好ましい実施の形態においては、上記溶接母材に対する上記溶接トーチの進退移動は、上記溶接トーチを上記溶接母材に対して接近および離間させることができるカム機構により行われる。このような方法によれば、溶接トーチの進退移動をより確実に行うことができる。
【0016】
本発明の好ましい実施の形態においては、上記溶接ワイヤの先端を上記溶接母材に対して接近させた後、上記溶接ワイヤが上記溶接母材と接触した状態で上記溶接ワイヤを上記溶接母材の面内方向に沿って移動させる。このような方法によれば、溶接母材上の電気絶縁物をより確実に除去することができる。
【0017】
本発明のその他の特徴および利点は、添付図面を参照して以下に行う詳細な説明によって、より明らかとなろう。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明にかかるアーク溶接の開始方法が適用される溶接システムの構成を示す図である。
【図2】溶接トーチおよび往復動発生機構近傍の構成を示す要部拡大図である。
【図3】図2に示す往復動発生機構を示す要部拡大図である。
【図4】ドライブカムの動作を説明するための図である。
【図5】溶接システムの電気的構成を示す図である。
【図6】起動信号、溶接電圧、溶接電流、送給制御信号および往復動実行信号の変化状態と、各変化状態における溶接トーチの動作とをそれぞれ示す図である。
【図7】溶接トーチの変形例の動作を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施の形態につき、図面を参照して具体的に説明する。
【0020】
図1は、本発明にかかるアーク溶接の開始方法が適用される溶接システムの構成を示す図である。この溶接システムは、溶接ロボット1、ロボット制御装置2、および溶接電源装置3を備えている。溶接ロボット1には、本実施形態特有の往復動発生機構4が備えられている。
【0021】
溶接ロボット1は、溶接母材Wに対してたとえばアーク溶接を自動で行うものである。溶接ロボット1は、ベース部材11、複数のアーム12、複数のモータ13、溶接トーチ14、ワイヤ送給装置15、およびコイルライナ16を備えている。
【0022】
ベース部材11は、溶接ロボット1の他の部分を支持するものであり、フロア等の適当な箇所に固定されている。各アーム12は、ベース部材11に複数の軸(図略)を介して連結されている。モータ13は、アーム12の両端または一端に設けられている(一部図示略)。モータ13は、ロボット制御装置2によって回転駆動される。モータ13には、図示しないエンコーダが設けられている。このエンコーダの出力は、ロボット制御装置2に与えられる。この出力値により、ロボット制御装置2では、溶接トーチ14の現在位置を認識するようになっている。
【0023】
溶接トーチ14は、溶接ロボット1の最も先端側に設けられたアーム12aの先端部に設けられている。溶接トーチ14は、溶接ワイヤ17を溶接母材Wに対して任意の位置に導くものである。溶接ワイヤ17は、たとえばステンレスやアルミニウムなどからなり、直径が0.8〜1.6mm程度である。溶接トーチ14には、たとえばアルゴンなどのシールドガスを供給するためのシールドガスノズル(図示略)が備えられている。上記モータ13が回転駆動することにより、複数のアーム12の移動が制御され、溶接トーチ14が上下前後左右に自在に移動できるようになっている。
【0024】
ワイヤ送給装置15は、溶接トーチ14に対して、溶接ワイヤ17を送り出すためのものである。ワイヤ送給装置15は、溶接ロボット1の上部に設けられている。ワイヤ送給装置15は、送給モータ151、ワイヤリール(図示略)、およびワイヤプッシュ機構(図示略)を備えている。ワイヤプッシュ機構は、送給モータ151を駆動源として上記ワイヤリールに巻かれた溶接ワイヤ17を溶接トーチ14へと送り出す。
【0025】
コイルライナ16は、その一端がワイヤ送給装置15に、その他端が溶接トーチ14にそれぞれ接続されている。コイルライナ16は、チューブ状に形成されており、その内部には、溶接ワイヤ17が挿通されている。コイルライナ16は、ワイヤ送給装置15から送り出された溶接ワイヤ17を、溶接トーチ14に導くものである。送り出された溶接ワイヤ17は、溶接トーチ14から外部に突出して消耗電極として機能する。
【0026】
図2は、溶接トーチ14および往復動発生機構4近傍の構成を示す要部拡大図である。図3は、図2に示す往復動発生機構4の要部拡大図である。
【0027】
溶接トーチ14は、図2に示すように、往復動発生機構4を介してアーム12aに取り付けられている。往復動発生機構4は、溶接トーチ14に比較的高速で溶接母材Wに対して前進および後退といった進退移動(往復移動)を繰り返し行わせるものである。往復動発生機構4は、溶接トーチ14を往復動させることにより、溶接ワイヤ17の先端で溶接母材Wの表面のスラグなどの電気絶縁物を打ち砕き除去することができる。往復動発生機構4は、図3に示すように、モータ41、偏芯シャフト42、ドライブカム43、ベアリング44a,44b、マウント45、ブッシュ46、およびシャフト47を備えている。
【0028】
図2に示すように、モータ41は、アーム12aに固定されている。モータ41は、図3の左右方向に延びる軸41aを回転軸としている。モータ41には、図示しないエンコーダが取り付けられている。偏芯シャフト42は、モータ41の回転軸41aに固定されている。偏芯シャフト42は、モータ41の回転方向と同一方向に回転可能になっている。偏芯シャフト42には、モータ41の回転軸41aに対して距離Lだけ偏芯した位置にボルト42aが設けられている。
【0029】
ドライブカム43には、2つの孔が形成されている。ドライブカム43は、これらの2つの孔の一方に設けられたベアリング44aを介して、偏芯シャフト42の上記ボルト42aに連結されている。マウント45は、上記2つの孔の他方に設けられたベアリング44bを介して、ドライブカム43に連結されている。マウント45は、ブッシュ46を介して、シャフト47に連結されている。シャフト47は、モータ41の本体に対して固定されている。マウント45には、溶接トーチ14が連結されている。
【0030】
モータ41が回転すると、偏芯シャフト42のボルトが偏芯回転する。ドライブカム43は、上記偏芯回転に従って、図4に示すように、(K1)から(K4)までの一連の動作を行う。この動作により、マウント45は、図3に示すように、シャフト47に沿って上下方向に往復運動する。その結果、溶接トーチ14は、図2および図3の上下方向における微小な振幅(たとえば1〜2mm)の往復移動が可能となる。なお、この場合の溶接トーチ14の往復運動の周波数は、たとえば10〜20Hzである。
【0031】
ロボット制御装置2は、溶接ロボット1の動作を制御するためのものである。ロボット制御装置2は、図5に示すように、動作制御回路21によって構成されている。
【0032】
動作制御回路21は、図示しないマイクロコンピュータおよびメモリを有している。このメモリには、溶接ロボット1の各種の動作が設定された作業プログラムが記憶されている。動作制御回路21は、この作業プログラムおよび上記したエンコーダからの座標情報などに基づいて、溶接ロボット1に対して動作制御信号Mcを与える。動作制御信号Mcは、溶接ロボット1を動作させるための信号である。たとえば各モータ13は、この動作制御信号Mcにより回転駆動し、溶接トーチ14を溶接母材Wの所定の溶接位置に移動させる。
【0033】
動作制御回路21は、電圧設定信号Vsを出力制御回路31に出力する。動作制御回路21は、起動信号Onを出力制御回路31および送給制御回路34に出力する。動作制御回路21は、溶接ワイヤ17の送給速度を設定するための送給速度設定信号Wsを送給制御回路34に出力する。動作制御回路21には、図示しない操作設定装置が接続されている。この操作設定装置は、ユーザによって各種動作を設定するためのものである。
【0034】
溶接電源装置3は、溶接ワイヤ17と溶接母材Wとの間に溶接電圧Vwを印加するための装置であるとともに、溶接ワイヤ17の送給を行うための装置である。溶接電源装置3は、図5に示すように、出力制御回路31、電圧検出回路32、短絡判別回路33、および送給制御回路34を備えている。
【0035】
出力制御回路31は、たとえば複数のトランジスタ素子からなるインバータ制御回路(図略)を有する。出力制御回路31は、外部から入力される商用電源(たとえば3相200V)に基づいてインバータ制御回路によって高速応答でかつ精密な溶接電流波形制御を行う。
【0036】
出力制御回路31の出力は、たとえば正極側が溶接トーチ14に接続され、負極側が溶接母材Wに接続されている。溶接ワイヤ17と溶接母材Wとの間には、溶接トーチ14の先端に設けられたコンタクトチップ(図略)を介して溶接電圧Vwが印加される。これにより、溶接ワイヤ17の先端と溶接母材Wとの間にアークが発生する。溶接ワイヤ17は、このアークで生じる熱によって溶融し、溶接母材Wに対して溶接が施されるようになっている。
【0037】
出力制御回路31は、本実施形態特有の、溶接トーチ14を往復動させるための往復動実行信号Udを動作制御回路21に出力する。動作制御回路21は、往復動実行信号Udに基づく動作制御信号Mcを溶接ロボット1に出力することにより、上述した往復動発生機構4によって溶接トーチ14を上下方向に往復動させる。
【0038】
出力制御回路31は、往復動実行信号Udを出力するタイミングを以下のようにして決定する。出力制御回路31は、溶接電圧Vw(無負荷電圧)の印加を開始してから所定時間T1(後述)経過する間に、短絡判別回路33からの短絡判別信号Sh(後述)が入力されないか否かを判別する。所定時間T1経過しても短絡判別信号Shが入力されない場合、溶接ワイヤ17と溶接母材Wとの間に電気絶縁物が存在するとして、上記往復動実行信号Udを動作制御回路21に出力する。
【0039】
電圧検出回路32は、出力制御回路31の出力端の電圧である溶接電圧Vwを検出する回路である。電圧検出回路32は、溶接電圧Vwに対応する電圧検出信号Vdを短絡判別回路33に出力する。
【0040】
短絡判別回路33は、溶接ワイヤ17と溶接母材Wとが短絡したか否かを検出する回路である。短絡判別回路33は、電圧検出回路32からの電圧検出信号Vdによって溶接ワイヤ17と溶接母材Wが短絡していると判別したとき、短絡判別信号Shを出力制御回路31に出力する。
【0041】
送給制御回路34は、動作制御回路21からの送給速度設定信号Wsに基づいて、溶接ワイヤ17の送給を開始したり停止したりするための送給制御信号Fcを送給モータ151に出力するものである。
【0042】
次に、本発明にかかるアーク溶接の開始方法の一例について、図6を参照して説明する。
【0043】
図6は、起動信号On、出力制御回路31から出力される溶接電圧Vwおよび溶接電流Iw、送給制御信号Fcおよび往復動実行信号Udの変化状態と、各変化状態における溶接トーチ14の動作とをそれぞれ示すものである。
【0044】
(1)時刻t1〜t2の期間
まず、動作制御回路21は、外部からの溶接開始信号St(図5参照)が入力されることにより、溶接ロボット1に対して動作制御信号Mcを出力する。これにより、溶接トーチ14は、(H1),(H2)に示すように、溶接母材Wに対する溶接開始位置Spに移動される。
【0045】
(2)時刻t2
時刻t2において、動作制御回路21は、起動信号Onを出力制御回路31および送給制御回路34に出力する。出力制御回路31は、起動信号Onにより溶接電圧Vwとしての無負荷電圧を溶接トーチ14、溶接母材W間に印加する。また、送給制御回路34は、動作制御回路21からの送給速度設定信号Wsに応じて、送給制御信号Fcを送給モータ151に送る。溶接起動時には、溶接ワイヤ17は、定常速度より小のスローダウン速度(たとえば1.2m/分)で溶接母材Wに向けて送給される。
【0046】
(3)時刻t2〜t4の期間
時刻t2〜t4の期間において、短絡判別回路33は、電圧検出回路32から出力される電圧検出信号Vdに基づいて、溶接ワイヤ17と溶接母材Wが通電状態であるか否かを判別する。この場合、(H3)に示すように、溶接母材Wの表面上に電気絶縁物Isが存在していると、溶接ワイヤ17と溶接母材Wとは通電状態にならない。そのため、短絡判別回路33からは、短絡判別信号Shが出力されない。
【0047】
一方、出力制御回路31は、溶接電圧Vwの印加を開始してから所定時間T1(図6参照)経過するまでに短絡判別回路33から短絡判別信号Shが出力されないか否かを判別する。出力制御回路31は、所定時間T1経過しても短絡判別信号Shが出力されない場合、溶接母材Wの表面上に電気絶縁物Isが存在していると想定し、往復動実行信号Udを動作制御回路21に出力する。
【0048】
動作制御回路21は、この往復動実行信号Udを受け取ると、往復動実行信号Udに基づく動作制御信号Mcを溶接ロボット1に出力する。また、動作制御回路21は、往復動実行信号Udを受け取ると、送給ワイヤ17の送給速度を0にする送給速度設定信号Wsを出力する。これにより、送給制御回路34は、送給ワイヤ17の送給を停止させる。
【0049】
(4)時刻t4〜t5の期間
時刻t4において、往復動実行信号Udに基づく動作制御信号Mcを受け取った溶接ロボット1は、ドライブカム43のモータ41を駆動させ、(H4)に示すように、往復動発生機構4によって溶接トーチ14を上下方向に往復動させる。これにより、溶接母材W上の電気絶縁物Isは、(H5)に示すように、溶接ワイヤ17の先端で打ち砕かれ、除去される。
【0050】
(5)時刻t5
電気絶縁物Isが溶接ワイヤ17の先端によって打ち砕かれ除去されると、溶接ワイヤ17と溶接母材Wとが接触して通電(短絡)状態になり、溶接電圧Vwが瞬間的に低下する。短絡判別回路33は、時刻t5において、電圧検出回路32で検出された溶接電圧Vwの瞬間的な変化に基づいて、出力制御回路31に短絡判別信号Shを出力する。
【0051】
出力制御回路31は、この短絡判別信号Shを受け取ると、無負荷電圧から定常状態のときの電圧に変更して溶接電圧Vwを出力する。また、出力制御回路31は、上記短絡判別信号Shを受け取ると、往復動実行信号Udの出力を停止する。これにより、動作制御回路21は、溶接ロボット1における溶接トーチ14の往復動を停止させ、その後、アークを発生させるために溶接ワイヤ17を強制的に溶接母材Wから離間させる。また、動作制御回路21は、送給制御回路34に溶接ワイヤ17の送給を再開させるために定常速度を示す送給速度設定信号Wsを出力する。これにより、送給制御回路34は、溶接ワイヤ17を定常の送給速度で送給させる。
【0052】
(6)時刻t5〜t6の期間
時刻t6以降では、(H6)に示すように、溶接電圧Vwが印加され溶接電流Iwが流れることにより、溶接ワイヤ17と溶接母材Wとの間にアークAcが発生する。これにより、溶接ワイヤ17の先端は、アーク熱によって溶融し、溶接母材Wに対してアーク溶接が施される。以後、溶接ワイヤ17が定常速度で送給されることにより、溶接終了位置まで溶接が行われる。
【0053】
次に、本実施形態にかかるアーク溶接の開始方法の作用について説明する。
【0054】
本実施形態によれば、溶接開始時に溶接母材Wの表面に電気絶縁物Isが存在しておれば、それを検出し、溶接トーチ14を溶接母材Wに対して上下方向に往復動させる。そのため、この溶接トーチ14の往復動により溶接ワイヤ17の先端が電気絶縁物Isを打ち砕き除去する。これにより、溶接ワイヤ17と溶接母材Wとが接触し、短絡状態となって両者の通電状態が確保される。したがって、溶接母材Wの表面に電気絶縁物Isが存在していても、アーク溶接を良好にかつ確実に開始させることができる。
【0055】
溶接トーチ14を溶接母材Wに対して往復運動させるためには、ドライブカム43のモータ41を正転させるのみでよく、ドライブカム43のモータ41を反転させる必要がない。そのため、送給モータ151のイナーシャに起因する応答遅れを生じさせることがない。
【0056】
本発明の範囲は上述した実施形態に限定されるものではない。本発明に係るアーク溶接の開始方法に適用される溶接システムの具体的な構成は、種々に設計変更自在である。
【0057】
たとえば、上記実施形態では、溶接母材W上の電気絶縁物Isを打ち砕いた後、溶接ワイヤ17と溶接母材Wとの短絡状態を、溶接電圧Vwが変化したことにより検出した。溶接ワイヤ17と溶接母材Wとの短絡状態の検出は、これに限らず、たとえば溶接開始時に溶接電圧Vwを印加しない場合には、溶接トーチ14の往復動を予め定める時間だけ行わせてもよい。あるいは、溶接トーチ14を所定回数だけ往復動させてもよい。さらには、出力制御回路31から出力される溶接電流Iwを検出し、溶接電流Iwの検出結果により上記短絡状態を検出してもよい。あるいは、溶接電圧Vwおよび溶接電流Iwの両方の検出結果により、短絡状態を検出してもよい。
【0058】
また、溶接母材W上に電気絶縁物Isが存在することの検出は、上記実施形態では、溶接電圧Vwを印加してから所定時間T1経過しても短絡判別信号Shが出力されないことにより行った。これに代えて、送給モータ151における負荷電流が上昇したことにより行ってもよい。
【0059】
また、上記実施形態では、溶接母材W上の電気絶縁物Isを検出したとき、溶接ワイヤ17の送給を停止していたが、これに限らず、溶接ワイヤ17の送給を継続させてもよい。
【0060】
また、溶接トーチ14の往復動を行う方法は、上記した往復動発生機構4を用いなくてもよい。たとえば溶接ロボット1のアーム12を作動させることにより、溶接トーチ14を往復動させてもよい。
【0061】
上記実施形態では、電気絶縁物Isを打ち砕くために溶接ワイヤ17を上下方向に往復動させた。上記のように、溶接ロボット1のアーム12によって溶接トーチ14を移動させる場合、溶接ワイヤ17をさらに水平方向に移動させてもよい。たとえば、図7に示すように、溶接ワイヤ17が往復動の最下点に達したとき((a)参照)、溶接ワイヤ17が溶接母材Wに接触した状態でいずれかの水平方向にたとえば1,2mm程度移動させる((b)参照)。その後、溶接ワイヤ17の先端が往復動の開始点に戻るように制御する((c)参照)。これにより、溶接ワイヤ17の水平方向の移動によって、電気絶縁物Isに対して水平方向の力を与えることができる。そのため、溶接ワイヤ17と溶接母材Wとの通電状態をより確実に確保することができる。
【0062】
さらに、上記実施形態では、溶接母材W上の電気絶縁物Isを打ち砕く目的で溶接トーチ14を往復動させたが、たとえば溶接後に溶接ワイヤ17の先端近傍に残る不要物を除去する目的に本実施形態のアーク溶接の開始方法を適用してもよい。
【0063】
また、上記実施形態では、アーク溶接を開始させるときの動作について説明したが、アーク溶接中の動作を一旦停止し、その後再開させるときに、本実施形態のアーク溶接の開始方法を適用してもよい。
【符号の説明】
【0064】
1 溶接ロボット
11 ベース部材
12,12a アーム
13 モータ
14 溶接トーチ
15 ワイヤ送給装置
151 送給モータ
16 コイルライナ
17 溶接ワイヤ
2 ロボット制御装置
21 動作制御回路
3 溶接電源装置
31 出力制御回路
32 電圧検出回路
33 短絡判別回路
34 送給制御回路
41 モータ
42 偏芯シャフト
43 ドライブカム(カム機構)
44a,44b ベアリング
45 マウント
46 ブッシュ
47 シャフト
Fc 送給制御信号
Is 電気絶縁物
Iw 溶接電流
Mc 動作制御信号
Sh 短絡判別信号
Sp 溶接開始位置
Ud 往復動実行信号
Vw 溶接電圧
W 溶接母材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶接ワイヤと溶接母材との間にアークを発生させて溶接を行うアーク溶接の開始方法であって、
上記溶接動作の開始時に上記溶接ワイヤと上記溶接母材との間の通電状態が検出されないとき、上記溶接母材に対して上記溶接ワイヤを進退移動させることにより、上記溶接母材に対して上記溶接ワイヤを接触させることを特徴とするアーク溶接の開始方法。
【請求項2】
上記溶接ワイヤが進退移動する期間には、上記アークを発生させるための溶接電圧が印加され、
上記溶接母材に対する上記溶接ワイヤの進退移動は、
上記通電状態が検出されなかった後、上記溶接電圧が変化するときまで行う、請求項1に記載のアーク溶接の開始方法。
【請求項3】
上記溶接母材に対する上記溶接ワイヤの進退移動は、
上記通電状態が検出されなかった後、予め定める時間が経過するときまで行う、請求項1に記載のアーク溶接の開始方法。
【請求項4】
上記溶接母材に対する上記溶接ワイヤの進退移動は、
上記溶接ワイヤを溶接位置に導く溶接トーチを移動させることにより行う、請求項1ないし3のいずれかに記載のアーク溶接の開始方法。
【請求項5】
上記溶接ワイヤが進退移動する期間は、上記溶接ワイヤの送給を停止する、請求項4に記載のアーク溶接の開始方法。
【請求項6】
上記溶接母材に対する上記溶接トーチの進退移動は、
上記溶接トーチを上記溶接母材に対して接近および離間させることができるカム機構により行う、請求項4または5に記載のアーク溶接の開始方法。
【請求項7】
上記溶接ワイヤの先端を上記溶接母材に対して接近させた後、上記溶接ワイヤが上記溶接母材と接触した状態で上記溶接ワイヤを上記溶接母材の面内方向に沿って移動させる、請求項1ないし6のいずれかに記載のアーク溶接の開始方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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