説明

アーク溶接方法、溶接電源装置、およびアーク溶接システム

【課題】溶接を行う期間の全体にわたってスパッタの発生を抑制することができ且つ溶接を行う期間の全体にわたって迅速にアークを発生させることのできるアーク溶接方法およびアーク溶接システムを提供すること。
【解決手段】各アークスタート期間T1中に、消耗電極15から母材Wへ溶接電流Iwを流すことにより消耗電極15と母材Wとの間にアークa1を発生させ、各溶滴移行期間T2中に、消耗電極15から母材Wへと溶滴を移行させ、各アーク停止期間T3中に、消耗電極15と母材Wとの間のアークa1を停止させた状態を継続し、各アーク停止期間T3中に、消耗電極15を保持する溶接トーチを、母材Wに沿って溶接方向に母材Wに対し相対移動させる、各工程を備え、溶接開始時から一定期間のあいだ、各アークスタート期間T1における溶接電流Iwの絶対値の最大値を段階的に減少させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アーク溶接方法、溶接電源装置、およびアーク溶接システムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、アークスタート期間と溶滴移行期間とアーク停止期間とを含む単位溶接期間を繰り返す溶接方法が知られている(たとえば特許文献1参照)。このような溶接方法は、ステッチパルス溶接法と称されている。この溶接方法におけるアークスタート期間中は、消耗電極がスローダウン送給速度で母材と接触すると、消耗電極と母材との間に比較的大きな溶接電流を流す。これにより、消耗電極の先端を急激に溶融させ、消耗電極と母材との間にアークを発生させる。そして、溶滴移行期間においては、消耗電極と母材との間にアークを発生させた状態で消耗電極から母材へと溶滴を移行させる。これらのアークスタート期間および溶滴移行期間においては、消耗電極を保持する溶接トーチを母材に対し停止させておく。そして、アーク停止期間中は、消耗電極と母材との間のアークを停止させた状態を維持しつつ、溶接トーチを母材に対し相対移動させる。そして、溶接トーチが所定のアーク再スタート開始地点に位置すると、再び上記のアークスタート期間を開始する。このような単位溶接期間を繰り返すことにより、うろこ状のビードを形成する。
【0003】
当該溶接方法においては、各アークスタート期間中に流す溶接電流は比較的大きいため、溶接電流の通電を開始する際にスパッタが発生するおそれがあった。スパッタの発生はビードの外観を損ねることとなるため好ましくない。また、スパッタの発生を抑制するために各アークスタート期間中に流す溶接電流を比較的小さくすることも考えられる。しかしながら、各アークスタート期間中に流す溶接電流を比較的小さくすると、アークスタートに失敗する確率が高くなるために、好ましくない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平06−55268号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上記した事情のもとで考え出されたものであって、溶接を行う期間の全体にわたってスパッタの発生を抑制することができ且つ溶接を行う期間の全体にわたって迅速にアークを発生させることのできるアーク溶接方法、溶接電源装置、およびアーク溶接システムを提供することをその課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の第1の側面によって提供されるアーク溶接方法は、アークスタート期間と、上記アークスタート期間の後の溶滴移行期間と、上記溶滴移行期間の後のアーク停止期間とを含む単位溶接期間を繰り返すアーク溶接方法であって、上記各アークスタート期間中に、消耗電極から母材へ溶接電流を流すことにより上記消耗電極と上記母材との間にアークを発生させ、上記各溶滴移行期間中に、上記消耗電極から上記母材へと溶滴を移行させ、上記各アーク停止期間中に、上記消耗電極と上記母材との間のアークを停止させた状態を継続し、上記各アーク停止期間中に、上記消耗電極を保持する溶接トーチを、上記母材に沿って溶接方向に上記母材に対し相対移動させる、各工程を備え、溶接開始時から一定期間のあいだ、上記各アークスタート期間における溶接電流の絶対値の最大値を段階的に減少させる。
【0007】
本発明の好ましい実施の形態においては、上記各単位溶接期間は、0.3〜1.2秒である。
【0008】
本発明の好ましい実施の形態においては、溶接開始時から上記一定期間のあいだ、上記各単位溶接期間を連続して5回以上繰り返す。
【0009】
本発明の好ましい実施の形態においては、上記各アークスタート期間における溶接電流の絶対値の最大値を、複数回のアークスタート期間ごとに減少させる。
【0010】
本発明の第2の側面によって提供される溶接電源装置は、アークスタート期間と上記アークスタート期間の後の溶滴移行期間と上記溶滴移行期間の後のアーク停止期間とを含む単位溶接期間を繰り返し、上記各溶滴移行期間中に、消耗電極から母材へと溶接電流を流し、上記各アーク停止期間中に、上記消耗電極から上記母材へ溶接電流を流すことを停止している状態を継続する電源回路と、スタート電流値を指示するスタート電流設定信号を生成する電流制御回路と、を備え、上記電流制御回路は、溶接開始時から一定期間のあいだ、上記スタート電流設定信号として上記各アークスタート期間におけるスタート電流値が段階的に減少するものを生成し、上記電源回路は、上記スタート電流設定信号に基づいて、上記各アークスタート期間において、上記スタート電流値を絶対値の最大値とする溶接電流の通電を開始する。
【0011】
本発明の好ましい実施の形態においては、上記各単位溶接期間は、0.3〜1.2秒である。
【0012】
本発明の好ましい実施の形態においては、溶接開始時から上記一定期間のあいだ、上記各単位溶接期間を連続して5回以上繰り返す。
【0013】
本発明の好ましい実施の形態においては、上記電流制御回路は、上記スタート電流設定信号として上記各アークスタート期間におけるスタート電流値が、複数回のアークスタート期間ごとに段階的に減少するものを生成する。
【0014】
本発明の第3の側面によって提供されるアーク溶接システムは、本発明の第2の側面にかかる溶接電源装置と、上記各アーク停止期間中に、上記消耗電極を保持する溶接トーチを、上記母材に沿って溶接方向に上記母材に対し相対移動させる溶接ロボットと、を備える。
【0015】
本発明のその他の特徴および利点は、添付図面を参照して以下に行う詳細な説明によって、より明らかとなろう。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の第1実施形態にかかる溶接システムの一例の構成を示す図である。
【図2】図1に示す溶接システムの内部構成を示す図である。
【図3】本発明の第1実施形態にかかる溶接方法における信号等のタイミングチャートである。
【図4】図3に示すタイミングチャートを詳細に示す図である。
【図5】本発明の第1実施形態にかかる溶接方法において、溶接開始時から経過した時間に対するスタート電流設定信号の変化を示す図である。
【図6】本発明の第1実施形態にかかる溶接方法における各アークスタート期間ごとのスタート電流値の推移を示すグラフである。
【図7】溶接開始時からの経過時間に対する、消耗電極の先端の温度の関係を概略的に示すグラフである。
【図8】消耗電極の先端の温度、および、スタート電流値に対するスパッタ発生量の関係について概略的に示す図である。
【図9】本発明の第2実施形態にかかる溶接方法において、溶接開始時から経過した時間に対するスタート電流設定信号の変化を示す図である。
【図10】本発明の第2実施形態にかかる溶接方法における各アークスタート期間ごとのスタート電流値の推移を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施の形態につき、図面を参照して具体的に説明する。
【0018】
図1は、本発明の実施形態にかかる溶接システムの一例の構成を示す図である。
【0019】
本実施形態にかかるアーク溶接システムA1は、溶接ロボット1と、ロボット制御装置2と、溶接電源装置3とを備える。溶接ロボット1は、母材Wに対してたとえばアーク溶接を自動で行うものである。溶接ロボット1は、ベース部材11と、複数のアーム12と、複数のモータ13と、溶接トーチ14と、ワイヤ送給装置16と、コイルライナ19とを含む。
【0020】
ベース部材11は、フロア等の適当な箇所に固定される。各アーム12は、ベース部材11に軸を介して連結されている。溶接トーチ14は、消耗電極15(溶接ワイヤ)を母材Wの近傍の所定の位置に導くものである。溶接トーチ14には、シールドガスノズル(図示略)が設けられている。シールドガスノズルは、アルゴンなどのシールドガスを供給するためのものである。モータ13は、移動機構であり、ロボット制御装置2により回転駆動する。この回転駆動により、各アーム12の移動が制御され、溶接トーチ14が上下前後左右に自在に移動できる。
【0021】
モータ13には、エンコーダ(図示略)が設けられている。エンコーダの出力は、ロボット制御装置2に送られる。ワイヤ送給装置16は、溶接ロボット1における上部に設けられている。ワイヤ送給装置16は、溶接トーチ14に消耗電極15を送り出すためのものである。ワイヤ送給装置16は、送給機構161(モータ)と、ワイヤリール(図示略)と、ワイヤプッシュ装置(図示略)とを含む。送給機構161を駆動源として、上記ワイヤプッシュ装置が、上記ワイヤリールに巻かれた消耗電極15を溶接トーチ14へと送り出す。
【0022】
コイルライナ19は、その一端がワイヤ送給装置16に、その他端が溶接トーチ14に、それぞれ接続されている。コイルライナ19は、チューブ状を呈し、その内部には消耗電極15が挿通されている。コイルライナ19は、ワイヤ送給装置16から送り出された消耗電極15を、溶接トーチ14に導くものである。送り出された消耗電極15は、溶接トーチ14から突出する。
【0023】
図2は、図1に示した溶接システムA1の内部構成を示す図である。
【0024】
ロボット制御装置2は、動作制御回路21と、ティーチペンダント23とを含む。ロボット制御装置2は、溶接ロボット1の動作を制御するためのものである。
【0025】
動作制御回路21は、図示しないマイクロコンピュータおよびメモリを有している。このメモリには、溶接ロボット1の各種の動作が設定された作業プログラムが記憶されている。また、動作制御回路21は、後述のロボット移動速度VRを設定する。動作制御回路21は、上記作業プログラム、上記エンコーダからの座標情報、およびロボット移動速度VR等に基づき、溶接ロボット1に対して動作制御信号Msを送る。溶接ロボット1は動作制御信号Msを受け、各モータ13を回転駆動させる。これにより、溶接トーチ14が、母材Wにおける所定の溶接開始位置に移動したり、母材Wの面内方向に沿って移動したりする。
【0026】
ティーチペンダント23は、動作制御回路21に接続されている。ティーチペンダント23は、溶接を実行する際のパラメータをアーク溶接システムA1のユーザが設定するためのものである。
【0027】
溶接電源装置3は、電源回路31と、電流制御回路32と、電圧制御回路34と、送給制御回路38とを含む。溶接電源装置3は、消耗電極15と母材Wとの間に、溶接電圧Vwを印加し、溶接電流Iwを流すための装置であるとともに、消耗電極15の送給を行うための装置である。
【0028】
電源回路31は、電力発生回路MCと、電源特性切替回路SWと、電流誤差計算回路EIと、電圧誤差計算回路EVと、電流検出回路IDと、電圧検出回路VDとを有する。電源回路31は、消耗電極15と母材Wとの間に指示された値で溶接電圧Vwを印加し、もしくは、消耗電極15から母材Wに指示された値で溶接電流Iwを流すためのものである。
【0029】
電力発生回路MCは、たとえば3相200V等の商用電源を入力として、後述の誤差信号Eaに従ってインバータ制御、サイリスタ位相制御等の出力制御を行い、溶接電圧Vwおよび溶接電流Iwを出力する。
【0030】
電流検出回路IDは、消耗電極15と母材Wとの間に流れる溶接電流Iwの値を検出するためのものである。電流検出回路IDは、溶接電流Iwに対応する電流検出信号Idを送る。電流誤差計算回路EIは、実際に流れている溶接電流Iwの値と、設定された溶接電流の値との差ΔIwを計算するためのものである。具体的には、電流誤差計算回路EIは、電流検出信号Idと、設定された溶接電流の値に対応する後述のスタート電流設定信号Irとを受け、差ΔIwに対応する電流誤差信号Eiを送る。なお、電流誤差計算回路EIは、電流誤差信号Eiとして、差ΔIwを増幅した値に対応するものを送ってもよい。
【0031】
電圧検出回路VDは、消耗電極15と母材Wとの間に印加される溶接電圧Vwの値を検出するためのものである。電圧検出回路VDは、溶接電圧Vwに対応する電圧検出信号Vdを送る。電圧誤差計算回路EVは、実際に印加されている溶接電圧Vwの値と、設定された溶接電圧の値との差ΔVwを計算するためのものである。具体的には、電圧誤差計算回路EVは、電圧検出信号Vdと、設定された溶接電圧の値に対応する後述の電圧設定信号Vrとを受け、差ΔVwに対応する電圧誤差信号Evを送る。なお、電圧誤差計算回路EVは、電圧誤差信号Evとして、差ΔVwを増幅した値に対応するものを送ってもよい。
【0032】
電源特性切替回路SWは、電源回路31の電源特性(定電流特性もしくは定電圧特性)を切り替えるものである。電源回路31の電源特性が定電流特性である場合には、溶接電流Iwの値が設定された値となるように、電源回路31において出力が制御される。一方、電源回路31の電源特性が定電圧特性である場合には、電源回路31は溶接電圧Vwの値が設定された値となるように、電源回路31において出力が制御される。より具体的には、電源特性切替回路SWは、後述の電源特性切替信号Swと、電流誤差信号Eiと、電圧誤差信号Evとを受ける。電源特性切替回路SWの受ける電源特性切替信号SwがHighレベルである場合には、電源特性切替回路SWにおけるスイッチは、図2のa側に接続される。この場合、電源回路31の電源特性は定電圧特性であり、電源特性切替回路SWは、電圧誤差信号Evを誤差信号Eaとして電力発生回路MCに送る。このとき、電力発生回路MCは、溶接電圧Vwの値が設定された値となる(すなわち上述の差ΔVwがゼロとなる)ような制御を行う。一方、電源特性切替回路SWの受けた電源特性切替信号SwがLowレベルである場合には、電源特性切替回路SWにおけるスイッチは、図2のb側に接続される。この場合、電源回路31の電源特性は定電流特性であり、電源特性切替回路SWは、電流誤差信号Eiを誤差信号Eaとして電力発生回路MCに送る。このとき、電力発生回路MCは、溶接電流Iwの値が設定された値となる(すなわち上述の差ΔIwがゼロとなる)ような制御を行う。
【0033】
電流制御回路32は、消耗電極15と母材Wとの間に流れる溶接電流Iwの値を設定するためのものである。電流制御回路32は、スタート電流設定信号Irを生成し電源回路31に送る。スタート電流設定信号Irは、後述のアークスタート期間T1における溶接電流Iwの絶対値の最大値であるスタート電流値Iw1を指示するためのものである。電流制御回路32は、電源特性切替回路SWに電源特性切替信号Swを送る。電流制御回路32は、たとえば、動作制御回路21から図示しない信号を受け、電源特性切替信号SwのHighレベルおよびLowレベルを切り替える。
【0034】
電圧制御回路34は、消耗電極15と母材Wと間に印加する溶接電圧Vwの値を設定するためのものである。電圧制御回路34は、図示しない記憶部に記憶された設定電圧値に基づき、溶接電圧Vwの値を指示するための電圧設定信号Vrを電源回路31に送る。
【0035】
送給制御回路38は、溶接トーチ14から消耗電極15を送り出す速度(送給速度Fw)を制御するためのものである。送給制御回路38は、送給速度Fwを指示するための送給速度制御信号Fcを送給機構161に送る。
【0036】
次に、図3〜図6をさらに用いて、アーク溶接システムA1を用いたアーク溶接方法について説明する。図3は、アーク溶接システムA1を用いたアーク溶接方法における各信号等のタイミングチャートを示す。同図(a)はロボット移動速度VRの変化状態を示し、(b)は電源特性切替信号Swの変化状態を示し、(c)は溶接電圧Vwの変化状態を示し、(d)は溶接電流Iwの変化状態を示し、(e)は送給速度Fwの変化状態を示し、(f)はスタート電流設定信号Irの変化状態を示す。
【0037】
本実施形態にかかる方法においては、(1)アークスタート期間T1と、(2)溶滴移行期間T2と、(3)アーク停止期間T3と、を含む単位溶接期間Tαを繰り返す。アークスタート期間T1は、たとえば0.1〜0.2秒である。溶滴移行期間T2は、たとえば0.1〜0.5秒である。アーク停止期間T3は、たとえば0.1〜0.5秒である。単位溶接期間Tαは、たとえば0.3〜1.2秒である。そして、一度の溶接において、溶接開始時から一定期間(後述のスタート電流値変化期間Tc)のあいだ、単位溶接期間Tαは、少なくとも5回繰り返される。図4は、図3のアークスタート期間T1における各信号等の変化状態を詳細に示すタイミングチャートである。
【0038】
(1)アークスタート期間T1(時刻t1〜時刻t5)
<時刻t1〜時刻t2>
時刻t1において、たとえば、ティーチペンダント23からの溶接開始信号St(図2参照)が動作制御回路21に送られ、溶接が開始される。図4(b)に示すように、時刻t1においては、電源特性切替信号SwがLowレベルのままである。そのため、時刻t1からは、電源回路31の電源特性は定電流特性となる。同図(e)に示すように、時刻t1において、送給制御回路38は、送給速度制御信号Fcとして送給速度Fwを値fw1(スローダウン送給速度)とするものを、溶接ロボット1のワイヤ送給装置16に送る。これにより、送給速度Fwを値fw1として消耗電極15が溶接トーチ14から送給される。なお、値fw1は、たとえば、100〜300cm/minである。また、同図(f)に示すように、電流制御回路32は、スタート電流設定信号Irとして溶接電流Iwを電流値iw(1)で流すものを、電源回路31(より具体的には電流誤差計算回路EI)に送る。時刻t1においては、消耗電極15と母材Wとが離間しているため、同図(d)に示すように、時刻t1からある程度の期間(本実施形態では時刻t1〜時刻t2)のあいだは消耗電極15と母材Wとの間に溶接電流Iwが流れない。一方、同図(c)に示すように、時刻t1から時刻t2において、消耗電極15と母材Wとの間には溶接電圧Vwとして、たとえば、80V程度の無負荷電圧が印加される。
【0039】
なお、同図(a)に示すように、アークスタート期間T1においては、ロボット移動速度VRは0である。すなわち、溶接トーチ14は母材Wに沿って移動していない。
【0040】
<時刻t2〜時刻t3>
消耗電極15が溶接トーチ14から送給され母材Wに接近してゆき、図4の(s−2)に示すように、時刻t2において、消耗電極15と母材Wとが接触する。すると、同図(c)に示すように、消耗電極15と母材Wとの間に印加される溶接電圧Vwが急激に減少する。また、同図(d)に示すように、消耗電極15から母材Wへの溶接電流Iwの通電が開始する。そして、電源回路31の電源特性は定電流特性となっているため、溶接電流Iwの値は電流値iw(1)になるように、急激に増加する。
【0041】
<時刻t3〜時刻t4>
図4(d)に示すように、時刻t3において、溶接電流Iwの値が電流値iw(1)に至る。そして、時刻t3からしばらくの間は溶接電流Iwは電流値iw(1)で流れる。電流値iw(1)は、アークスタート期間T1における溶接電流Iwの絶対値の最大値となる。このようなアークスタート期間T1における溶接電流Iwの絶対値の最大値を、アークスタート期間T1におけるスタート電流値Iw1と呼ぶ。たとえば、第1回目のアークスタート期間T1におけるスタート電流値Iw1は、電流値iw(1)である。時刻t3からわずかな期間(本実施形態では時刻t3〜時刻t4)の間は、消耗電極15と母材Wとが接触した状態が継続される。時刻t3〜時刻t4においては、消耗電極15のうち母材Wに近接する部分は、ジュール熱により溶融する。
【0042】
<時刻t4〜時刻t5>
図4(s−3)に示すように、時刻t4において、消耗電極15のうち母材Wに近接する部分が溶融して、消耗電極15と母材Wとの間にアークa1が発生する。すると、同図(c)に示すように、消耗電極15と母材Wとの間に印加される溶接電圧Vwが、急激に増加する。時刻t4〜時刻t5においては、溶接電流Iwを電流値iw(1)のまま流し続ける。消耗電極15と母材Wとの離間距離を適切な長さとするためである。なお、時刻t5は、たとえば、溶接電流Iwの通電が開始された時刻t2から一定期間(たとえば10〜50msec)が経過した時刻とするとよい。もしくは、時刻t5は、たとえば、アークa1が発生した時刻t4から一定期間が経過した時刻としてもよい。
【0043】
(2)溶滴移行期間T2(時刻t5〜時刻t6)
図3(b)、図4(b)に示すように、時刻t5において、電流制御回路32は、電源特性切替回路SWに送っている電源特性切替信号SwをLowレベルからHighレベルに切り替える。そのため、時刻t5において、電源回路31の電源特性は、定電圧特性に変化する。また、図3(e)、図4(e)に示すように、時刻t5において、送給制御回路38は、送給速度制御信号Fcとして送給速度Fwを値fw2とするものを、溶接ロボット1のワイヤ送給装置16に送る。これにより、送給速度Fwを値fw2として消耗電極15が溶接トーチ14から送給される。そして、図3(d)、図4(d)に示すように、絶対値の時間平均値が溶滴移行電流値Iw2である溶接電流Iwが流れ始める。溶滴移行期間T2における溶接電流Iwは、たとえば、交流のパルス電流である。もしくは、溶接電流Iwは、直流のパルス電流であってもよい。なお、溶滴移行期間T2中の、図3(c),(d)、図4(c),(d)に示す値は絶対値の時間平均値を示している。このように、溶滴移行期間T2において消耗電極15から母材Wへの溶滴移行が行われる。
【0044】
なお、同図(a)に示すように、溶滴移行期間T2においては、ロボット移動速度VRは値v1であり、本実施形態では値v1は0である。すなわち、本実施形態では、溶接トーチ14の母材Wに沿う相対移動速度は0である。
【0045】
(3)アーク停止期間T3(時刻t6〜時刻t7)
図3(c)、(d)に示すように、時刻t6において、電源回路31は出力を停止し、溶接電圧Vwおよび溶接電流Iwを0にする。これにより、消耗電極15と母材Wとに発生していたアークa1が消滅する。また、同図(e)に示すように、時刻t6において、送給制御回路38は、送給速度Fwを0とする送給速度制御信号Fcを溶接ロボット1のワイヤ送給装置16に送る。これにより、溶接トーチ14からの消耗電極15の送給が停止される。同図(a)に示すように、時刻t6から、溶接ロボット1は、溶接トーチ14を、母材Wに沿って溶接方向D1に母材Wに対し相対移動させる。この相対移動の速度は、上述の値v1より大きい値v2であり、値v2はたとえば、50〜150cm/minである。
【0046】
そして、時刻t7に至ると、上述のようにアークスタート期間T1を再び開始し、単位溶接期間Tαを繰り返す。時刻t7以降の単位溶接期間Tα中は、上記で説明した単位溶接期間Tαにおける動作と略同様の動作がなされるが、アークスタート期間T1にて流れる溶接電流Iwの絶対値の最大値であるスタート電流値Iw1の値が段階的に小さくなる。以下、詳述する。なお、時刻t7以後の各アーク停止期間T3においても、溶接ロボット1は、溶接トーチ14を、母材Wに沿って溶接方向D1に母材Wに対し相対移動させる。
【0047】
図5は、溶接開始時から経過した時間に対するスタート電流設定信号Irの変化を示す図である。図6は、各アークスタート期間T1ごとのスタート電流値Iw1の推移を示すグラフである。
【0048】
図5に示すように、電流制御回路32は、溶接開始時から一定期間(スタート電流値変化期間Tc)のあいだ、スタート電流設定信号Irとしてスタート電流値Iw1を段階的に変化させるものを生成する。より具体的には、スタート電流値変化期間Tcのあいだ、単位溶接期間Tαごとに、スタート電流値Iw1が電流値iw(1),iw(2),iw(3),・・・iw(n)に変化するようなスタート電流設定信号Irを生成する。電流値iw(k)(k=1,2,・・・n)については、iw(k)≧iw(k+1)(k=1,2,・・・n−1)の関係が成立する。電流値iw(1)と電流値iw(n)の差は、たとえば、100〜200Aである。また、電流値iw(k)と電流値iw(k+1)(k=1,2,・・・n−1)の差は、たとえば、10〜50Aである。スタート電流値変化期間Tcの経過後の定常溶接期間Tsにおいては、電流制御回路32は、スタート電流設定信号Irとしてスタート電流値Iw1がiw(n)となるものを生成する。なお、各電流値iw(k)は、たとえば、溶接開始前に上述のティーチペンダント23から入力され、動作制御回路21を経由して、図示しない記憶部に記憶されている。なお、スタート電流値変化期間Tcはたとえば0.9〜10秒である。
【0049】
このようなスタート電流設定信号Irが生成されるため、図6に示すように、溶接開始時から一定期間(スタート電流値変化期間Tc)のあいだ実際に流れる各アークスタート期間T1ごとのスタート電流値Iw1は、電流値iw(1),iw(2),・・・iw(n)と段階的に減少している。そして、定常溶接期間Tsにおいては、実際に流れる溶接電流Iwのスタート電流値Iw1は電流値iw(n)のまま維持される。
【0050】
次に、本実施形態の作用効果について説明する。
【0051】
本実施形態の方法においては、各アーク停止期間T3中に、消耗電極15を保持する溶接トーチ14を、母材Wに沿って溶接方向D1に母材Wに対し相対移動させている。このような溶接トーチ14の移動は、極めて短い単位溶接期間Tαを繰り返すステッチパルス溶接法に特有の動作である。また、本実施形態にかかる方法においては、各単位溶接期間Tα中に一度、消耗電極15と母材Wとの間にアークa1を発生させる。よって、アークa1を発生させる周期は、単位溶接時間Tαに一致するため、極めて短い。さらに、ステッチパルス溶接においては、上述のように単位溶接期間Tαが極めて短いため、単位溶接期間Tαに含まれるアーク停止期間T3も同様に極めて短い。そのため、溶滴移行期間T2中に蓄えられた消耗電極15の熱は、ほとんどアーク停止期間T3中に消耗電極15の外部に放出されない。
【0052】
図7は、溶接開始時からの経過時間に対する、消耗電極15の先端の温度(以下、消耗電極15の温度と言う)の関係を概略的に示すグラフである。本実施形態では、上述のようにアークa1を発生させる周期、および、アーク停止期間T3のいずれもが極めて短いため、同図に示すように、溶接開始時からある程度の期間は、溶接開始時から時間が経過するほど、溶接電流Iwの通電を開始する時における消耗電極15の温度が高くなる。
【0053】
図8は、消耗電極15の温度、および、スタート電流値Iw1に対するスパッタ発生量の関係について概略的に示す図である。同図に示すように、スパッタの発生量は、消耗電極15の温度が高いときに、スタート電流値Iw1が大きいほど入熱が過剰になるために、多くなることが知られている。
【0054】
そして、本実施形態にかかる方法においては、溶接開始時から一定期間(スタート電流値変化期間Tc)のあいだ、スタート電流値Iw1を段階的に減少させている。そのため、溶接開始直後は、比較的大きなスタート電流値Iw1の溶接電流Iwを流すこととなる。溶接開始直後は、消耗電極15の温度は常温からほとんど上昇していない。したがって、図8に示したように、スタート電流値Iw1が比較的大きくても、スパッタの発生量が多くならない。また、本実施形態にかかる方法においては、図7に示したように消耗電極15の温度が徐々に上昇するのに伴い、スタート電流値Iw1を段階的に減少させることとなる。このようにすると、図8からわかるように、スタート電流値変化期間Tcの期間中も、スパッタの発生を抑制することができる。さらに、定常溶接期間Tsにおいては、消耗電極15の温度が比較的高いまま維持される。そのため、定常溶接期間Tsにおいてスタート電流値Iw1は小さいまま維持することにより、スパッタの発生を抑制することができる。以上より、溶接を行う期間全体にわたってスパッタの発生を抑制することができる。
【0055】
一方、溶接開始直後などの、消耗電極15の温度が常温からほとんど上昇していない時には、比較的大きなスタート電流値Iw1の溶接電流Iwを流すことにより、速やかに多くの熱を消耗電極15に与えることができる。これにより、迅速にアークa1を発生させることができる。また図7に示したように消耗電極15の温度が徐々に上昇するのに伴い、アークa1を発生させるために要する熱量は少なくなる。そのため、スタート電流値Iw1を段階的に減少させても、アークa1を発生させるのに要する時間を長くする必要が無い。以上より、溶接を行う期間全体にわたって迅速にアークa1を発生させることができる。
【0056】
以上のように、本実施形態にかかる方法によれば、溶接を行う期間全体にわたってスパッタの発生を抑制することができ、且つ、溶接を行う期間全体にわたって迅速にアークa1を発生させることができる。
【0057】
次に、図9、図10を用いて、本発明の第2実施形態について説明する。図9は、本実施形態にかかる溶接方法において、溶接開始時から経過した時間に対するスタート電流設定信号Irの変化を示す図である。図10は、本実施形態にかかる溶接方法における各アークスタート期間T1ごとのスタート電流値Iw1の推移を示すグラフである。
【0058】
本実施形態にかかる溶接方法は、スタート電流値変化期間Tcにおいてスタート電流値Iw1の値を段階的に減少させるものの、各アークスタート期間T1ごとにスタート電流値Iw1の値を減少させず、複数回のアークスタート期間T1ごとにスタート電流値Iw1の値を減少させている点において、上述の実施形態と異なる。このような構成によっても、第1実施形態にて述べた理由と同様の理由により、溶接を行う期間全体にわたってスパッタの発生を抑制することができ、且つ、迅速にアークa1を発生させることができる。
【0059】
本発明の範囲は上述の実施形態には限定されない。本発明の具体的な構成は種々に設計変更自在である。たとえば、上述の説明では、溶接開始直後の第1回目のアークスタート期間T1から徐々にスタート電流値Iw1を減少させる例を示したが、たとえば、第2回目、もしくは、第3回目のアークスタート期間T1から徐々にスタート電流値Iw1を減少させてもよい。また、溶滴移行期間T2においては、消耗電極15と母材Wとを短絡させることにより溶滴を移行させる短絡溶接を行ってもよい。
【符号の説明】
【0060】
A1 アーク溶接システム
1 溶接ロボット
11 ベース部材
12 アーム
13 モータ
14 溶接トーチ
15 消耗電極
151 溶滴
16 ワイヤ送給装置
161 送給機構
19 コイルライナ
2 ロボット制御装置
21 動作制御回路
23 ティーチペンダント
3 溶接電源装置
31 電源回路
32 電流制御回路
34 電圧制御回路
38 送給制御回路
Ea 誤差信号
EI 電流誤差計算回路
Ei 電流誤差信号
EV 電圧誤差計算回路
Ev 電圧誤差信号
Fc 送給速度制御信号
Fw 送給速度
ID 電流検出回路
Id 電流検出信号
Ir スタート電流設定信号
Iw 溶接電流
Iw1 スタート電流値
Iw2 溶滴移行電流値
MC 電力発生回路
Ms 動作制御信号
SW 電源特性切替回路
Sw 電源特性切替信号
T1 アークスタート期間
T2 溶滴移行期間
T3 アーク停止期間
Tc スタート電流値変化期間
Ts 定常溶接期間
Tα 単位溶接期間
VD 電圧検出回路
Vd 電圧検出信号
Vr 電圧設定信号
VR ロボット移動速度
Vw 溶接電圧
W 母材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アークスタート期間と、上記アークスタート期間の後の溶滴移行期間と、上記溶滴移行期間の後のアーク停止期間とを含む単位溶接期間を繰り返すアーク溶接方法であって、
上記各アークスタート期間中に、消耗電極から母材へ溶接電流を流すことにより上記消耗電極と上記母材との間にアークを発生させ、
上記各溶滴移行期間中に、上記消耗電極から上記母材へと溶滴を移行させ、
上記各アーク停止期間中に、上記消耗電極と上記母材との間のアークを停止させた状態を継続し、
上記各アーク停止期間中に、上記消耗電極を保持する溶接トーチを、上記母材に沿って溶接方向に上記母材に対し相対移動させる、各工程を備え、
溶接開始時から一定期間のあいだ、上記各アークスタート期間における溶接電流の絶対値の最大値を段階的に減少させる、アーク溶接方法。
【請求項2】
上記各単位溶接期間は、0.3〜1.2秒である、請求項1に記載のアーク溶接方法。
【請求項3】
溶接開始時から上記一定期間のあいだ、上記各単位溶接期間を連続して5回以上繰り返す、請求項1または2に記載のアーク溶接方法。
【請求項4】
上記各アークスタート期間における溶接電流の絶対値の最大値を、複数回のアークスタート期間ごとに減少させる、請求項1ないし3のいずれかに記載のアーク溶接方法。
【請求項5】
アークスタート期間と上記アークスタート期間の後の溶滴移行期間と上記溶滴移行期間の後のアーク停止期間とを含む単位溶接期間を繰り返し、上記各溶滴移行期間中に、消耗電極から母材へと溶接電流を流し、上記各アーク停止期間中に、上記消耗電極から上記母材へ溶接電流を流すことを停止している状態を継続する電源回路と、
スタート電流値を指示するスタート電流設定信号を生成する電流制御回路と、を備え、
上記電流制御回路は、溶接開始時から一定期間のあいだ、上記スタート電流設定信号として上記各アークスタート期間におけるスタート電流値が段階的に減少するものを生成し、
上記電源回路は、上記スタート電流設定信号に基づいて、上記各アークスタート期間において、上記スタート電流値を絶対値の最大値とする溶接電流の通電を開始する、溶接電源装置。
【請求項6】
上記各単位溶接期間は、0.3〜1.2秒である、請求項5に記載の溶接電源装置。
【請求項7】
溶接開始時から上記一定期間のあいだ、上記各単位溶接期間を連続して5回以上繰り返す、請求項5または6に記載の溶接電源装置。
【請求項8】
上記電流制御回路は、上記スタート電流設定信号として上記各アークスタート期間におけるスタート電流値が、複数回のアークスタート期間ごとに段階的に減少するものを生成する、請求項5ないし7のいずれかに記載の溶接電源装置。
【請求項9】
請求項5ないし8のいずれかに記載の溶接電源装置と、
上記各アーク停止期間中に、上記消耗電極を保持する溶接トーチを、上記母材に沿って溶接方向に上記母材に対し相対移動させる溶接ロボットと、を備える、アーク溶接システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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