説明

インクジェットヘッドの駆動方法及び駆動装置

【課題】メイン液滴の吐出安定性を損ねることなくサテライトの発生を抑制する。
【解決手段】インクが収容される圧力室の容積を拡張させる第1のパルスを、圧力室に振動を与えるためのアクチュエータに印加した後、圧力室に連通するノズルから吐出されるインク滴が前記ノズルから分離する直前に、前記圧力室の容積を収縮させる第2のパルスを前記アクチュエータに印加する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、インクジェット方式のプリンタ等に用いられるインクジェットヘッドの駆動方法及び駆動装置に関する。
【背景技術】
【0002】
インクジェット方式のプリンタ等に用いられるインクジェットヘッドは、インクを収容する複数の圧力室と、これら圧力室の一端側に設けられ、各圧力室にそれぞれ対応してインク滴を吐出するためのノズルが複数形成されたノズルプレートと、各圧力室にそれぞれ対応して設けられ、その圧力室に振動板を介して振動を与える複数の圧電アクチュエータとを備える。
【0003】
この種のインクジェットヘッドは、圧電アクチュエータが駆動すると、このアクチュエータに対応した圧力室に圧力振動が与えられる。この圧力振動によって、圧力室内部の体積が変化し、この圧力室に対応したノズルからインク滴が吐出される。インク滴は、記録紙等の記録媒体に着弾して、当該記録媒体にドットを形成する。このようなドットを連続して形成することにより、インクジェットヘッドは、画像データに基づいた文字や画像等を記録媒体上に形成する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2007−022073号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
このようなインクジェットヘッドにおいては、インク滴がノズルから吐出される際に、メインの液滴に付随して微小な液滴が吐出される場合がある。この微小な液滴は、サテライトと称される。サテライトは、飛翔速度が遅いため、メインの液滴から離れて記録媒体上に着弾する。その結果、印字ムラやゴーストといった印字品質の低下を招く。
【0006】
サテライトの発生は、圧電アクチュエータの駆動電圧を小さくすることで防ぐことができる。駆動電圧が小さいと、メイン液滴の吐出速度が遅くなるため、サテライトは発生しなくなる。しかし、メイン液滴の吐出速度が遅くなると、インク滴の吐出安定性が損なわれる。このため、やはり印字品質が低下する懸念がある。
【0007】
本発明が解決しようとする課題は、メイン液滴の吐出安定性を損ねることなくサテライトの発生を抑制できるインクジェットヘッドの駆動方法及び駆動装置を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
一実施形態において、インクジェットヘッドの駆動方法は、インクが収容される圧力室の容積を拡張させる第1のパルスを、圧力室に振動を与えるためのアクチュエータに印加した後、圧力室に連通するノズルから吐出されるインク滴が前記ノズルから分離する直前に、前記圧力室の容積を収縮させる第2のパルスを前記アクチュエータに印加するようにしたものである。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本実施形態におけるインクジェットヘッドの斜視図。
【図2】インクジェットヘッドの要部を断面で示す構成図。
【図3】図2の矢印A−Aの方向から見たインクジェットヘッドの断面図。
【図4】駆動装置から出力される時分割駆動信号のタイミング図。
【図5】駆動信号の1ドロップ周期を説明するための図。
【図6】従来の1ドロップ周期のパルス波形図。
【図7】本実施形態の1ドロップ周期のパルス波形図。
【図8】本実施形態のインクジェットヘッドにおけるノズル内のインクのメニスカスの動きを示す模式図。
【図9】インクの液柱がノズルから分離されるタイミングを調べるための実験で用いたパルス波形図。
【図10】第2の実施形態における時分割駆動信号のタイミング図。
【図11】吐出速度とディレイ時間との対応関係を示すグラフ。
【図12】第3の実施形態における時分割駆動信号のタイミング図。
【図13】吐出速度とディレイ時間との対応関係を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0010】
[第1の実施形態]
図1はインクジェットヘッド1の斜視図、図2はインクジェットヘッド1の要部を断面で示す構成図、図3は図2の矢印A−Aの方向から見たインクジェットヘッド1の断面図である。
【0011】
インクジェットヘッド1は、駆動装置2と、ヘッド基板3と、マニホールド4とを備える。マニホールド4は、インクの供給管5と排出管6とを備える。インクジェットヘッド1は、インク供給手段(不図示)から供給管5を経て供給されるインクを、駆動装置2からの駆動信号に応じて、各ノズル13aから吐出する。供給管5からマニホールド4内に供給されたインクのうち、各ノズル13aから吐出されなかったインクは、排出管6からインク供給手段へ排出される。
【0012】
ヘッド基板3は、ノズルプレート13を含む。ノズルプレート13には、インク滴を吐出するための複数のノズル13aが形成されている。各ノズル13aは、ノズルプレート13の長手方向に複数列(図1では2列)で整列している。
【0013】
ヘッド基板3は、各ノズル13aにそれぞれ対応して複数の圧力室11を並設する。各圧力室11は、隔壁12によって仕切られており、それぞれインクを収容する。ノズルプレート13は、各圧力室11の底面側に接着される。各ノズル13aは、圧力室11側である裏面側からインク吐出側である表面側に向けて先細りの形状になっている。
【0014】
各圧力室11の天面側には、振動板14が接着される。振動板14の上面側には、各圧力室11にそれぞれ対応して複数の圧電部材15の一端が固着される。各圧電部材15の他端は、保持部材16によって保持される。各圧電部材15は、それぞれ圧電層15aと電極層15bとが交互に複数積層される。各電極層15bを挟むように一対の電極17が配置される。両電極17は、駆動装置2に電気的に接続される。
【0015】
ヘッド基板3は、共通圧力室18を備える。共通圧力室18には、供給管5を経由してインクが注入される。共通圧力室18は、各圧力室11に連通しており、注入されたインクは、各圧力室11と、この圧力室11に対応したノズル13aとに充填される。圧力室11とノズル13aとにインクが充填されることで、ノズル13a内にインクのメニスカスが形成される。
【0016】
かかる構成のインクジェットヘッド1は、電極17を介して圧電部材15に駆動信号が印加されると、圧電部材15が膨張または収縮する。この圧電部材15の膨張または収縮に伴い振動板14が変形して、圧力室11に振動を与える。この振動により圧力室11の容積が変化して圧力室11内に圧力波が発生し、ノズル13aからインク滴が吐出される。ここに、振動板14と圧電部材15とは、圧力室11に振動を与えるためのアクチュエータを形成する。インクジェットヘッド1は、ノズル13aの数だけ、アクチュエータを備えている。
【0017】
次に、駆動装置2について説明する。駆動装置2は、通信部21と、演算部22と、駆動信号発生部23とを備える。通信部21は、例えばインクジェットプリンタを制御するためのホストコンピュータから印字を行う画像の階調データを受信する。演算部22は、上記階調データに基づいて駆動パルス数を算出する。駆動信号発生手段である駆動信号発生部23は、演算部22で算出されたパルス数の駆動信号を各アクチュエータに選択的に供給する。駆動信号の電圧がアクチュエータに印加されることにより、このアクチュエータに対応した圧力室11のノズル13aから、パルス数に相当するドロップ数のインク滴が吐出される。
【0018】
図4は、隣り合うアクチュエータにそれぞれ印加される駆動信号#1,#2,#3,#4を示すタイミング図である。駆動信号#1は、第1のアクチュエータに印加される。駆動信号#2は、第1のアクチュエータに対して隣接する第2のアクチュエータに印加される。駆動信号#3は、第2のアクチュエータに隣接する第3のアクチュエータに印加される。駆動信号#4は、第3のアクチュエータに隣接する第4のアクチュエータに印加される。
【0019】
図4において、区間Tpは、アクチュエータに対応するノズル13aからインク滴を1ドロップ吐出させるための区間であり、1ドロップ周期と称される。また区間Tcは、隣り合うアクチュエータにそれぞれ印加される1ドロップ周期Tpの遅延時間である。
【0020】
全てのノズル13aから同時にインク滴が吐出されると、駆動装置2やアクチュエータでの発熱量が増加し、温度上昇が問題となる。このため駆動装置2は、少なくとも隣り合うノズルから同時にインク滴が吐出されないように、駆動信号#1,#2,#3,#4の1ドロップ周期Tpを、駆動周期Tt内で時分割する。図4の例は、全てのノズル13aを3つずつのグループに分割し、そのグループ内で3分割にタイミングをずらしてインク滴を吐出させる場合である。この例では、1つのノズル13aに対する駆動周期Ttは、「3(Tp+Tc)」となる。
【0021】
図5は、駆動信号における1ドロップ周期Tpの説明図である。図5に示すように、1ドロップ周期Tpは、第1のパルスである吐出パルスSPと、第2のパルスであるダンピングパルスDPとを含む。吐出パルスSPは、基準電圧Vmよりも低い電圧Vlに変化するパルスであり、電圧振幅が−Vsに設定され、パルス幅がTsに設定されている。ダンピングパルスDPは、基準電圧Vmよりも高い電圧Vhに変化するパルスであり、電圧振幅が+Vdに設定され、パルス幅がTdに設定されている。なお、基準電位Vmは、インク滴を吐出しない通常状態の圧電部材15に常に印加されている電圧である。
【0022】
時点t1において、吐出パルスSPの立ち下がりにより圧電部材15に印加される電圧がVmからVlに変化すると、圧電部材15が通常状態よりも収縮する。この収縮に伴い、圧電部材15に固着した振動板14が、圧力室11の容積を拡張させるように変形する。
【0023】
この拡張状態は、吐出パルスSPのパルス幅Tsに相当する時間だけ継続する。そして、時点t2において、圧電部材15に印加される電圧がVlからVmに戻ると、圧電部材15と振動板14が通常状態に戻る。これに伴って、圧力室11内の容積も通常の状態に戻る。
【0024】
この通常状態は、吐出パルスSPとダンピングパルスDPとの間隔Twに相当する時間(t3−t2)だけ継続する。そして、時点t3において、ダンピングパルスDPの立ち上がりにより圧電部材15に印加される電圧がVmからVhに変化すると、圧電部材15が通常状態よりも膨張する。この膨張に伴い、圧電部材15に固着した振動板14が、圧力室11の容積を収縮させるように変形する。
【0025】
この収縮状態は、ダンピングパルスDPのパルス幅Tdに相当する時間だけ継続する。そして、時点t4において、圧電部材15に印加される電圧がVhからVmに戻ると、圧電部材15と振動板14とが通常状態に戻る。これに伴って、圧力室11内の容積も通常の状態に戻る。
【0026】
図6は、従来の駆動信号における1ドロップ周期Tpのパルス波形図である。図6において、時間Taは、圧力室11内のインクの固有振動周期の1/2である圧力伝播時間である。図6の場合、吐出パルスSPのパルス幅(通電時間)Tsと、ダンピングパルスDPのパルス幅(通電時間)Dsと、吐出パルスSPとダンピングパルスDPとの間隔Twとは、いずれも圧力伝播時間Taと略一致させている。したがって、1ドロップ周期Tpは3Taとなる。
【0027】
このような設定の従来例においては、先ず、吐出パルスSPの立ち下がりによって圧力室11の容積を拡張すると、圧力室11内には負の圧力が瞬間的に発生する。この状態は、吐出パルスSPのパルス幅Ts、つまりは圧力伝播時間Taだけ保持されるので、その間に、共通圧力室18側から圧力室11内にインクが流入する。また、ノズル13aの先端のメニスカスが圧力室11側に後退する。したがって、圧力室11内の圧力は、負圧から正圧に反転する。
【0028】
次に、吐出パルスSPのパルス幅Ts、つまりは圧力伝播時間Taが経過して圧力室11の容積が通常の状態に戻ると、圧力室11内には正の圧力が瞬間的に発生する。この圧力により発生する圧力波は、吐出パルスSPの立ち下がりにより発生した圧力波に対して位相が一致するので、圧力波の振幅が急激に増大する。この振幅の増大によりノズル13a内のメニスカスが前進を始める。
【0029】
メニスカスの前進は、吐出パルスSPとダンピングパルスDPとの間隔Twに相当する時間、つまりは圧力伝播時間Taが経過するまで継続する。したがって、圧力室11内の圧力は再度、正圧から負圧に変化する。
【0030】
圧力伝播時間Taが経過して、ダンピングパルスDPの立ち上がりにより圧力室11の容積が収縮すると、圧力室11内には正の圧力が瞬間的に発生する。しかし、このときの圧力波は、吐出パルスSPの立ち下がりにより発生した圧力波に対して位相が逆となるため、圧力室11内の圧力は減衰される。この状態は、ダンピングパルスDPのパルス幅Td、つまりは圧力伝播時間Taだけ保持され、その間に、圧力室11内の圧力は負圧から正圧に反転する。
【0031】
その後、ダンピングパルスDPのパルス幅Td、つまりは圧力伝播時間Taが経過して圧力室11の容積が通常の状態に戻ると、圧力室11内には負の圧力が瞬間的に発生する。この圧力により発生する圧力波は、ダンピングパルスDPの立ち上がりの時点で発生した圧力波に対して位相が逆となるため、圧力室11内の圧力はさらに減衰される。
【0032】
このように、従来例では、吐出パルスSPによって発生した圧力振動をダンピングパルスDPによって減衰させることでインク滴の安定した吐出が得られるようにしている。しかし、サテライトの発生については全く考慮されていない。
【0033】
図7は、本実施形態の駆動信号における1ドロップ周期Tpのパルス波形図である。図7に示すように、本実施形態では、吐出パルスSPのパルス幅Tsが、圧力伝播時間Taと略一致する。また、ダンピングパルスDPのパルス幅Dsが、圧力伝播時間Taの略0.5〜0.7倍である。さらに、吐出パルスSPとダンピングパルスDPとの間隔Twが、圧力伝播時間Taの略1.4倍である。このような波形パターンの駆動パルス信号が印加されるときのノズル13a内のインクのメニスカスの動きを図8の模式図にて示す。
【0034】
先ず、時点t1において、吐出パルスSPの立ち下がりによって圧力室11の容積が拡張すると、圧力室11内には負の圧力が瞬間的に発生する。この状態は、吐出パルスSPのパルス幅Ts、つまりは圧力伝播時間Taだけ継続するので、その間に、共通圧力室18側から圧力室11内にインクが流入する。また、ノズル13aの先端のメニスカスが圧力室11側に後退する(図8の8Aを参照)。したがって、圧力室11内の圧力は、負圧から正圧に反転する。
【0035】
次に、吐出パルスSPのパルス幅Tsに相当する圧力伝播時間Taが経過し、時点t2において、圧力室11の容積が通常の状態に戻ると、圧力室11内には正の圧力が瞬間的に発生する。この圧力により発生する圧力波は、吐出パルスSPの立ち下がりにより発生した圧力波に対して位相が一致するので、圧力波の振幅が急激に増大する。この振幅の増大によりノズル13a内のメニスカスが前進を始める(図8の8Bを参照)。
【0036】
メニスカスの前進は、吐出パルスSPとダンピングパルスDPとの間隔Twに相当する時間、つまりは圧力伝播時間Taの1.4倍の時間が経過するまで継続する。そして、吐出パルスSPの立ち上がりから圧力伝播時間Taの1.4倍の時間が経過すると、インクの液柱31がノズル13aから分離される直前となる(図8の8Cを参照)。
【0037】
この分離直前の時点t3において、ダンピングパルスDPの立ち上がりにより圧力室11の容積が収縮すると、圧力室11内には正の圧力が瞬間的に発生する。この圧力により、圧力室11にはインクの液柱31を押し出す作用が働き、液柱31がノズル13a側へ引っ張られメイン液滴と分離してサテライトを形成するのを防ぐとともにメインの液滴32の吐出速度を大きくする効果を持たせることができる(図8の8Dを参照)。
【0038】
その後、ダンピングパルスDPのパルス幅Tdに相当する圧力伝播時間Taの0.5〜0.7倍の時間が経過し、時点t4において、圧力室11の容積が通常の状態に戻ると、圧力室11内には負の圧力が瞬間的に発生する。この圧力により、圧力室11内の残留圧力振動が抑制される。
【0039】
ここに、駆動信号発生部23は、アクチュエータに、圧力室11の容積を拡張させる第1のパルス、すなわち吐出パルスSPを印加した後、インク滴がノズル13aから分離する直前に、圧力室11の容積を収縮させる第2のパルス、すなわちダンピングパルスDPを印加する駆動信号発生手段として機能する。
【0040】
ここで、吐出パルスSPとダンピングパルスDPとの間隔Twを、インク滴がノズル13aから分離する直前の時間として、圧力伝播時間Taの1.4倍の時間に設定した理由について説明する。
【0041】
インクの液柱31がノズル13aから分離されるタイミングは、次の実験によって調べることができる。実験者は先ず、図9に示す波形の駆動信号をインクジェットヘッド1のアクチュエータに印加する。この駆動信号は、吐出パルスSPのパルス幅Tsを圧力伝播時間Taに固定し、ダンピングパルスDPのパルス幅Tdを圧力伝播時間Taの2倍に固定する。また、吐出パルスSPとダンピングパルスDPの電圧をいずれも基準電圧Vmに対して低い電圧Vl(22.0ボルト)で一定とする。つまり、ダンピングパルスDPは、吐出パルスSPと同様に圧力室11の容積を拡張させるようにアクチュエータを駆動する。このような波形の駆動信号をアクチュエータに印加することによって、ノズル13aからインクの液柱31が切れるタイミングが明確にわかる。
【0042】
実験者は次に、駆動信号の吐出パルスSPとダンピングパルスDPとの間隔Twを、圧力伝播時間Taを基準に可変させて、インクジェットヘッド1のアクチュエータに印加する。そして実験者は、メインのインク滴32の吐出速度を測定する。この実験の結果は、下記の[表1]に示される。
【表1】

【0043】
[表1]から明らかなように、吐出パルスSPとダンピングパルスDPとの間隔Twが圧力伝播時間Taの1.5倍以上になると、インク滴32の吐出速度が変化しなくなる。インク滴32の吐出速度が変化しないということは、ダンピングパルスDPの前にインクの液柱31がノズル13aから切れたために、その後のダンピングパルスDPの影響をインク滴32が受けていないことを意味する。したがって、吐出パルスSPとダンピングパルスDPとの間隔Twが圧力伝播時間Taの1.4倍のときは、インク滴32がノズル13aから分離する直前であると言える。
【0044】
次に、ダンピングパルスDPのパルス幅Tdを圧力伝播時間Taの0.5〜0.7倍の時間に設定した理由について説明する。
【0045】
本願出願人は、以下の実験を行った。すなわち、図7に示す駆動信号の1ドロップ周期において、ダンピングパルスDPのパルス幅Tdを、圧力伝播時間Taを基準に変化させて、インクジェットヘッド1のアクチュエータに印加する。そして、サテライトが発生しない限界の電圧、つまりはサテライトフリー電圧V1と、そのときのインク滴32の吐出速度、つまりはサテライトフリー速度S1を測定した。また、インク滴32の吐出が不安定となる直前の電圧、つまりは吐出安定限界電圧V2も測定した。
【0046】
なお、各電圧V1,V2は、吐出パルスSPの電圧振幅VsとダンピングパルスDPの電圧振幅Vdの平均値[(Vs+Vd)/2]を示す。また、吐出が不安定になるとは、インク滴32の吐出速度にムラが生じたり、インク滴が吐出されなかったりする状態を意味する。さらに、サテライトの発生や吐出が不安定となる現象は、様々な駆動パターンすなわち隣接するノズルの駆動数によっても変化する。しかし、上記サテライトフリー電圧V1および吐出安定限界電圧V2は、いずれの駆動パターンにおいてもそのような現象が発生しない限界の電圧を示す。
【0047】
上記実験の測定結果を[表2]に示す。また、参考として、従来の駆動信号の1ドロップ周期(図6)による測定結果も[表2]の最下行に示す。
【表2】

【0048】
[表2]から明らかなように、ダンピングパルスDPのパルス幅Tdが大きくなればなるほど、サテライトフリー速度S1とサテライトフリー電圧V1は大きくなる。サテライトフリー速度S1が大きくなると、製造等に起因するノズル毎の吐出速度のばらつきによる着弾ずれを小さくできるので望ましい。しかし、パルス幅Tdが大きくなればなるほど、吐出安定限界電圧V2が小さくなって、吐出安定限界電圧V2とサテライトフリー電圧V1との電圧マージン(V2−V1)が狭くなり、吐出安定性が損なわれることになる。
【0049】
[表2]では、サテライトフリー速度S1が7.5[m/s]以上の場合を適“○”、7.5[m/s]未満の場合を不適“×”として「速度評価」の欄に記載した。また、電圧マージン(V2−V1)が2.5[V]以上の場合を適“○”、2.5[V]未満の場合を不適“×”として「電圧評価」の欄に記載した。
【0050】
その結果、図7に示す駆動信号の1ドロップ周期、つまりは吐出パルスSPのパルス幅Tsを圧力室11内のインクの固有振動周期の1/2である圧力伝播時間Taと等しくし、吐出パルスSPとダンピングパルスDPとの間隔Twを圧力伝播時間Taの1.4倍とした波形において、ダンピングパルスDPのパルス幅Tdを圧力伝播時間Taの0.5〜0.7倍とし、吐出パルスSPの電圧VsとダンピングパルスDPの電圧Vdとの平均電圧をサテライトが発生しない限界のサテライトフリー電圧V1とすることによって、サテライトフリー速度S1が大きく、かつ、十分な電圧マージンを確保できるようになる。つまり、十分な吐出安定性を得ることができる。
【0051】
因みに、ダンピングパルスDPのパルス幅Tdを圧力伝播時間Taの0.6倍とすることで、1ドロップ周期Tpは次の(1)式により3Taとなる。この値は、図6に示した従来の1ドロップ周期Tpと等しい。つまり、従来例と同じ駆動周波数でインクを吐出させることができる。
T=Ts+Tw+Td=Ta+1.4Ta+0.6Ta=3Ta …(1)
以上詳述したように、本実施形態によれば、メイン液滴の吐出安定性を損ねることなくサテライトの発生を抑制できる効果を奏する。
【0052】
ところで、製造等に起因して、各ノズルの吐出速度にばらつきを生じることがある。このばらつきにより、各ノズルのメイン液滴の着弾位置がずれて、印字品質が低下する懸念がある。また、この着弾ずれは媒体の搬送速度にも依存する。すなわち、搬送速度が大きくなればなるほど着弾ずれも大きくなる。したがって、インクジェットヘッドの駆動周波数を落として媒体の搬送速度を大きくすることはできない。このため、印字速度が遅くなり、生産性が悪化する。
【0053】
通常、サテライトはメインの液滴よりも飛翔速度が遅く、駆動波形や電圧を変えてもその速度を上げることができない。このため、特にギャップが広い時に、メイン液滴との着弾ずれが顕著となってくる。また、ヘッドと媒体との相対的な移動に伴う空気流の影響を、小さな液滴であるサテライトはより受け易い。この影響により、風紋のような濃度ムラが発生し、著しく印字品質を損なうことになってしまう。
【0054】
このようなインクジェットヘッドにおいて、すべてのノズルを一度に同時に吐出する場合、駆動回路やヘッドの温度上昇が問題になってくる。このため、タイミングをずらして時分割で駆動する方法がある。しかし、サテライトの問題とは別に、着弾ずれに関しては、隣接するノズルが吐出するかしないかによって吐出速度が変化し印字品質が悪くなる、いわゆるクロストークの問題もある。
【0055】
そこで次に、メイン液滴の吐出速度を小さくすることなく、また吐出安定性を損なうことなく、さらに駆動周波数を下げることなくサテライトが発生しない駆動波形を与え、サテライトやノズル毎のばらつきによる着弾ずれおよびクロストークを抑制することで高速で高印字品質の印字を行うことができる実施形態について説明する。
【0056】
[第2の実施形態]
図10は、ダンピングパルスDPのパルス幅Tdを圧力伝播時間Taの0.5〜0.7倍の時間に設定したときの駆動信号#1,#2,#3,#4を示すタイミング図である。前述したように、1つのノズル13aに対する駆動周期Ttは、「3(Tp+Tc)」となる。したがって駆動周波数Fは、その逆数「1/Tt」となる。高速印字を実現するためには、駆動周波数Fを高くすればよい。
【0057】
遅延時間Tcを短縮することで、駆動周波数Fを高くすることができる。しかし、遅延時間Tcが短くなると、クロストーク現象によって印字品質が損なわれるおそれがある。クロストーク現象とは、直前のタイミングでインク滴を吐出したノズル13aの残留振動の影響によって、次のタイミングでインク滴を吐出する隣接ノズル13aの吐出速度が変化する現象である。
【0058】
直前のタイミングでインク滴を吐出したノズル13aに対応する圧力室11内の圧力は、その圧力室内のインクの固有振動周期(2Ta)に従って振動する。この振動は、次のタイミングでインク滴を吐出する隣接ノズル13aに対応する圧力室11に、隔壁12を介して伝播する。その結果、隣接ノズル13aから吐出されるインクの速度が変化する。そこで第2の実施形態では、図10に示される時分割駆動において、遅延時間Tcを適切な値に設定することにより、サテライトの発生を抑制しつつクロストークの影響も改善する。
【0059】
図11は、遅延時間Tcと吐出速度S[m/s]との対応関係を示すグラフである。図11において、横軸は、遅延時間Tcを圧力伝播時間Taで除した値Tc/Taであり、縦軸は、吐出速度S[m/s]である。また、実線P1は、1つのノズルのみ単独でインクを吐出させる、いわゆる単ノズル駆動のときの値Tc/Taと吐出速度Sとの対応関係を示す。破線P2は、全てのノズルからインク滴を吐出させる、いわゆる全ノズル駆動のときの値Tc/Taと吐出速度Sとの対応関係を示す。
【0060】
図11に示すように、全ノズル駆動の場合には、吐出速度Sが周期的に大きく変化する。このように、吐出速度Sが周期的に変化するのは、クロストークの影響によるものと考えられる。換言すれば、全ノズル駆動のときの吐出速度Sが、単ノズル駆動のときの吐出速度Sに近ければ、クロストークの影響が小さいと考えられる。
【0061】
全ノズル駆動の場合、値Tc/Taが“3”,“5”,“7”,…のときに単ノズル駆動のときの吐出速度Sに接近する。したがって、遅延時間Tcを下記(2)式から導出される値に設定することによって、クロストークの影響を小さくすることができる。
【0062】
Tc=(1+2n)*Ta (nは1,2,3,…の自然数) …(2)
特に、n=1、つまり遅延時間Tc=3Taに設定した場合、駆動周波数Fは高い。すなわち、高速印字を実現することができる。なお、遅延時間Tcを3Ta未満とした場合には、吐出が不安定となる。このため、遅延時間Tcを3Ta未満とすることは好ましくない。
【0063】
[第3の実施形態]
第2の実施形態では、遅延時間Tcを適切な値に設定することによって、クロストークの影響を小さくする。第3の実施形態では、別の方法によってクロストークの影響を小さくする。
【0064】
図12は、第3の実施形態における駆動信号#1,#2,#3,#4を示すタイミング図であり、駆動信号#3が印加されるノズル13aからインクが吐出される場合を示している。図12に示すように、第3の実施形態では、インクを吐出しないノズルに対しては、吐出パルスSPを出力しない。このように、1ドロップ周期において吐出パルスSPが出力されず、ダンピングパルスDPのみが出力される駆動波形をダミーパルスと称する。ダミーパルスがアクチュエータに印加されると、圧力室11に対してインク滴が吐出しない程度の微振動が与えられる。
【0065】
図13は、遅延時間Tcと吐出速度S[m/s]との対応関係を示すグラフであり、図11と共通する部分には同一符号を付している。図13に示すように、ダミーパルスを用いることによって、単ノズル駆動の場合もクロストークの影響により吐出速度が全ノズル駆動の場合と同じように周期的に変化する。そして、全ノズル駆動の場合と単ノズル駆動の場合とで吐出速度の差は小さくなる。したがって、ダミーパルスを用いることによってクロストークの影響が小さくなる。また、遅延時間Tcを第2の実施形態と同様の前記(2)式から導出される値に設定することによって、吐出速度を大きくすることができる。しかも、n=1、つまり遅延時間Tc=3Taに設定した場合には、駆動周波数Fを高く、すなわち高速印字を実現することができる。
【0066】
なお、本発明は、前記実施形態に限定されるものではない。
例えば、前記実施形態では、吐出パルスSPとダンピングパルスDPとの間隔Twを圧力伝播時間Taの1.4倍としたが、この値は特に限定されるものではない。要は、吐出パルスSPをアクチュエータに印加した後、インク滴がノズルから分離する直前に、ダンピングパルスDPをアクチュエータに印加できればよい。
【0067】
また、前記実施形態は、図1に示す構造のインクジェットヘッド1に対する駆動装置及び駆動方法として説明したが、他の構造のインクジェットヘッド1に対する駆動装置及び駆動方法としても同様に適用できるものである。また、各ノズルを時分割で駆動するインクジェットヘッドに限定されるものでもない。
【0068】
この他、本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0069】
1…インクジェットヘッド、2…駆動装置、11…圧力室、13…ノズルプレート、13a…ノズル、14…振動板、15…圧電部材、17…電極、21…通信部、22…演算部、23…駆動信号発生部。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
インクが収容される圧力室にアクチュエータで振動を与えて、その圧力室に連通するノズルからインク滴を吐出させるインクジェットヘッドの駆動方法において、
前記圧力室の容積を拡張させる第1のパルスを前記アクチュエータに印加した後、前記インク滴が前記ノズルから分離する直前に、前記圧力室の容積を収縮させる第2のパルスを前記アクチュエータに印加することを特徴とするインクジェットヘッドの駆動方法。
【請求項2】
前記第1のパルスのパルス幅を、前記圧力室内のインクの固有振動周期の1/2と等しくし、前記第1のパルスと前記第2のパルスとの間隔を、前記固有振動周期の1/2の1.4倍としたことを特徴とする請求項1記載のインクジェットヘッドの駆動方法。
【請求項3】
インクが収容される圧力室にアクチュエータで振動を与えて、その圧力室に連通するノズルからインク滴を吐出させるインクジェットヘッドの駆動装置において、
前記アクチュエータに、前記圧力室の容積を拡張させる第1のパルスを印加した後、前記インク滴が前記ノズルから分離する直前に、前記圧力室の容積を収縮させる第2のパルスを印加する駆動信号発生手段、
を具備したことを特徴とすることを特徴とするインクジェットヘッドの駆動装置。
【請求項4】
前記駆動信号発生手段は、前記第1のパルスのパルス幅を、前記圧力室内のインクの固有振動周期の1/2と等しくし、前記第1のパルスと前記第2のパルスとの間隔を、前記固有振動周期の1/2の1.4倍としたことを特徴とする請求項3記載のインクジェットヘッドの駆動装置。
【請求項5】
前記駆動信号発生手段は、前記第2のパルスのパルス幅を、前記固有振動周期の1/2の0.5〜0.7倍としたことを特徴とする請求項4記載のインクジェットヘッドの駆動装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【公開番号】特開2013−75509(P2013−75509A)
【公開日】平成25年4月25日(2013.4.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−156622(P2012−156622)
【出願日】平成24年7月12日(2012.7.12)
【出願人】(000003562)東芝テック株式会社 (5,631)
【Fターム(参考)】