説明

カーボンナノチューブの集合体及びそのインターカレート方法

【課題】適量のインターカラントが容易な方法で均一にインターカレートされたカーボンナノチューブの集合体、及び、そのインターカレート方法の提供。
【解決手段】1.6μgのCNT集合体に対し黒鉛を9.03g加えると共に塩化鉄(III) を122mg加え、ガラス管に真空封入し、280℃で6日間保持する処理を施した。この場合、塩化鉄(III) のモル数を黒鉛中の炭素原子のモル数で割ったいわゆる希釈率は、1/1000である。処理後、電子顕微鏡でCNT集合体の表面状態を観察したところ、図1に示すように、塩化鉄(III) の析出物も皮膜も見られなかった。また、インターカレーションの効果としてCNT集合体の電気抵抗を31%低下させることができた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カーボンナノチューブの集合体に関し、詳しくは、カリウム,塩化鉄等のインターカラントがインターカレートされたカーボンナノチューブの集合体、及び、そのインターカレート方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素系微細構造物の1つであるカーボンナノチューブは、直径が約0.5nmから10nm程度、長さが約1μm程度のパイプ状のカーボン素材であり、1991年にNECの飯島氏によって発見された新しい炭素材料である。この種のカーボンナノチューブは、炭素原子で構成される複数のシートが同心円筒状の構造を形成したものであり、そのカーボンナノチューブの電気抵抗を低下させるため、前記シートの層間に金属等をインターカレートすることが提案されている。
【0003】
例えば、金属をカーボンナノチューブの表面に真空蒸着し、電子線を照射することによってカーボンナノチューブにカリウム等の金属をインターカレートすることが提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0004】
また、インターカレートの技術は古くから研究されており、カーボンナノチューブの分野ではないが、黒鉛と塩化第二銅とを反応容器に入れて加熱しながら減圧することによって、黒鉛の層間に塩化第二銅をインターカレートすることも提案されている(例えば、特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平8−315633号公報
【特許文献2】特開昭61−168513号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところが、特許文献1のように真空蒸着や電子線の照射を利用する方法では、金属粒子や電子線がカーボンナノチューブの表面にしか届かず、紡績糸等の集合体を形成したカーボンナノチューブに対して中心近傍まで均一にインターカレートを行うことができない。
【0007】
また、特許文献2のようにカーボンナノチューブの集合体とインターカラントとを減圧した容器内で処理する場合は、容器に封入されるカーボンナノチューブとインターカラントとの重量比を適切に設定する必要がある。すなわち、インターカラントがカーボンナノチューブに対して少なすぎるとインターカレートの効果が得られず、多すぎるとインターカラントがカーボンナノチューブの表面に析出したり同表面に皮膜を形成したりするのである。
【0008】
しかしながら、カーボンナノチューブは極めて高価な素材であり、嵩比重も極めて小さいため、数μgのカーボンナノチューブに対してインターカレートがなされることもしばしばであった。その場合、前記容器には、極めて少量のインターカラントを正確に秤量して封入する必要があった。
【0009】
そこで、本発明は、適量のインターカラントが容易な方法で均一にインターカレートされたカーボンナノチューブの集合体、及び、そのインターカレート方法の提供を目的としてなされた。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記目的を達するためになされた本発明は、黒鉛及びインターカラントと共に減圧した容器内に封入された状態で保持されたことにより、前記インターカラントがインターカレートされたことを特徴とするカーボンナノチューブの集合体を要旨としている。
【0011】
このように構成された本発明のカーボンナノチューブの集合体は、黒鉛及びインターカラントと共に減圧した容器内に封入された状態で保持されたことにより、前記インターカラントがインターカレートされている。このため、前記容器内の炭素量はカーボンナノチューブと黒鉛とを合わせた量となり、インターカラントの量を増やしても、カーボンナノチューブにインターカレートされるインターカラントの量を適量に維持することができる。従って、本発明のカーボンナノチューブの集合体は、適量のインターカラントが容易な方法で均一にインターカレートされている。
【0012】
また、前記目的を達するためになされた本発明は、カーボンナノチューブの集合体と、黒鉛と、インターカラントとを、減圧した容器内に封入された状態で保持することにより、前記カーボンナノチューブの集合体に前記インターカラントをインターカレートすることを特徴とするカーボンナノチューブの集合体のインターカレート方法を要旨としている。
【0013】
このように構成された本発明の方法では、カーボンナノチューブの集合体と、黒鉛と、インターカラントとを、減圧した容器内に封入された状態で保持している。このため、前記容器内の炭素量はカーボンナノチューブと黒鉛とを合わせた量となり、インターカラントの量を増やしても、カーボンナノチューブにインターカレートされるインターカラントの量を適量に維持することができる。従って、本発明の方法によれば、適量のインターカラントをカーボンナノチューブに容易にかつ均一にインターカレートすることができる。
【0014】
なお、前記黒鉛中の炭素原子のモル数は、前記インターカラントのモル数の100倍〜2000倍であるのが好ましい。その場合、インターカレートの効果が良好に発揮されると共に、インターカラントがカーボンナノチューブの表面に析出したり同表面に皮膜を形成したりするのも良好に抑制することができる。
【0015】
また、本発明の方法は、前記黒鉛に前記インターカラントをインターカレートする第1工程と、前記インターカラントがインターカレートされた前記黒鉛と前記カーボンナノチューブの集合体とを、前記減圧した容器内に封入された状態で保持することにより、前記カーボンナノチューブの集合体に前記インターカラントをインターカレートする第2工程と、を備えてもよい。すなわち、本発明の方法は、カーボンナノチューブの集合体と黒鉛とインターカラントとの三者をそれぞれ前記容器に封入してもよいが、インターカラントを予め黒鉛にインターカレートしておいて、そのインターカレート後の黒鉛とカーボンナノチューブの集合体とを前記容器に封入してもよい。この場合も、適量のインターカラントをカーボンナノチューブに容易にかつ均一にインターカレートすることができる。
【0016】
また、本発明の方法において、前記カーボンナノチューブの集合体は、カーボンナノチューブを紡績してなる糸であってもよい。カーボンナノチューブの集合体がいわゆる紡績糸である場合、容易に秤量ができる程度の長さの紡績糸に対して秤量を行っておき、長さ当たりの重量が均等であるとの仮定の下で紡績糸を適宜の長さに切断すれば、比較的少量のカーボンナノチューブの集合体を容易に秤量することができる。また、このような紡績糸に対しては、前記特許文献1の方法では内部のカーボンナノチューブまで良好にインターカレートすることができないが、本発明の方法では、内部のカーボンナノチューブまで良好にインターカレートすることができる。従って、前記カーボンナノチューブの集合体が紡績糸である場合、本発明の効果が一層顕著に表れる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明を適用した方法によりインターカレートされたカーボンナノチューブの表面状態を表す電子顕微鏡写真である。
【図2】比較例の方法によりインターカレートされたカーボンナノチューブの表面状態を表す電子顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
次に、本発明の実施形態を比較例と対比して説明する。本願出願人は、カーボンナノチューブを紡績してなる糸(以下、CNT集合体という)に、次のような種々の方法で、インターカラントの一例としての塩化鉄(III) をインターカレートした。なお、以下の試料において、試料1〜4が本発明の実施例に相当し、試料5,6は、黒鉛のインターカレーションに用いられている方法をそのまま応用した本発明の比較例に相当する。
【0019】
[試料1]
1.6μgのCNT集合体に対し黒鉛を9.03g加えると共に塩化鉄(III) を122mg加え、ガラス管に真空封入し、280℃で6日間保持する処理を施した。なお、ここでいう真空封入とは、大気を気圧10-1〜10-2Paまで減圧して封止した状態をいう。この場合、塩化鉄(III) のモル数を黒鉛中の炭素原子のモル数で割ったいわゆる希釈率は、1/1000である。
【0020】
処理後、大気中で電気抵抗を測定した後、電子顕微鏡でCNT集合体の表面状態を観察した。その結果、インターカレーションの効果としてCNT集合体の電気抵抗を31%低下させることができた。また、図1(A),(B)に拡大率を変えた電子顕微鏡写真で示すように、処理後のCNT集合体は良好な形態を保ち、その表面には、塩化鉄(III) の析出物も皮膜も見られなかった。
【0021】
また、塩化鉄(III) の122mgは電子天秤で容易に秤量することができた。更に、CNT集合体の1.6μgも、容易に秤量ができる程度の長さの前記糸に対して秤量を行っておき、長さ当たりの重量が均等であるとの仮定の下で前記糸を適宜の長さに切断することによって容易に秤量することができた。すなわち、試料1では、極めて簡単な方法によって、適量の塩化鉄(III) をCNT集合体に均一にインターカレートすることができた。
【0022】
[試料2]
希釈率を1/100として試料1と同じ処理を施した。処理後、CNT集合体表面には一部に塩化鉄(III) の析出物が見られたが、集合体の電気抵抗は33%低下させることができた。
【0023】
[試料3]
9.0gの黒鉛に、周知の方法(例えば前述の特許文献2に記載の方法)により塩化鉄(III) を120mgインターカレートし、層間化合物を形成した後、この層間化合物に1.5μgのCNT集合体を加えてガラス管に真空封入し、280℃で6日間保持する処理を施した。処理後のCNT集合体は良好な形態を保ち、析出物も皮膜も見られなかった。インターカレーションの効果として、集合体の電気抵抗を40%低させることができた。
【0024】
[試料4]
希釈率を1/2000として試料1と同じ処理を施した。処理後のCNT集合体は良好な形態を保ち、析出物も皮膜も見られなかった。但し、CNT集合体の電気抵抗は19%増加した。
【0025】
[試料5]
太さ8μmのCNT集合体を長さ20mmに切り出したものに対し、塩化鉄(III) を700mg加え、ガラス管に真空封入し、280℃で5日間保持する処理を施した。処理後、大気中で電気抵抗を測定した後、電子顕微鏡でCNT集合体の表面状態を観察した。その結果、インターカレーションの効果として、集合体の電気抵抗を30%低下させることができた。但し、CNT集合体の表面には、図2(A)の電子顕微鏡写真に示すように皮膜が形成された。また、図2(A)に楕円Aで囲んで示すように、CNT集合体の表面には、結晶の析出も見られた。そして、その結果、CNT集合体の柔軟性が損なわれ、CNT集合体は鉛筆の芯のように折れやすくなった。更に、塩化物の結晶が表面に析出していることから、このまま機器に使用するとその機器の腐食を起こす可能性もある。
【0026】
[試料6]
太さ8μmのCNT集合体を長さ20mmに切り出したものに対し、カリウムを300mg加え、ガラス管に真空封入し、200℃で5日間保持する処理を施した。処理後、カリウムの酸化を抑制するために窒素雰囲気中で電気抵抗を測定した後、電子顕微鏡でCNT集合体の表面状態を観察した。その結果、インターカレーションの効果として、集合体の電気抵抗を30〜40%低下させることができた。但し、CNT集合体の表面には、図2(B)の電子顕微鏡写真に示すように皮膜が形成された。そして、その結果、CNT集合体の柔軟性が損なわれ、CNT集合体は鉛筆の芯のように折れやすくなった。
【0027】
[実施形態の効果及びその変形例]
このように、試料1〜4では、適量のインターカラントをカーボンナノチューブに容易にかつ均一にインターカレートすることができ、CNT集合体の表面に被膜が形成されたりインターカラントが析出したりするのも良好に抑制することができた。特に、試料1〜3では、インターカレートによってCNT集合体の電気抵抗を良好に低下させることができた。
【0028】
これに対して、従来から黒鉛のインターカレーションに用いられている方法をそのまま応用した試料5,6では、CNT集合体の表面に被膜が形成されたりインターカラントが析出したりした。すなわち、黒鉛に比べてCNT集合体は非常に軽いので、従来の方法では、インターカラントが過剰になる傾向があった。これに対して、試料1〜4では、黒鉛で希釈することによってインターカラントが過剰になるのを抑制することができた。
【0029】
また、本発明は、前記実施形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の形態で実施することができる。例えば、カーボンナノチューブの集合体は、前述のような糸に限定されるものではなく、シート状,ブロック状の集合体であってもよい。また、インターカラントとしても、前述の塩化鉄(III) やカリウムの他に、塩化銅,アンモニア等の周知のインターカラントを使用することができる。但し、前記真空封入状態に保持するときの温度は、インターカラントに応じた温度に保持することが望ましい。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
黒鉛及びインターカラントと共に減圧した容器内に封入された状態で保持されたことにより、前記インターカラントがインターカレートされたことを特徴とするカーボンナノチューブの集合体。
【請求項2】
カーボンナノチューブの集合体と、黒鉛と、インターカラントとを、減圧した容器内に封入された状態で保持することにより、前記カーボンナノチューブの集合体に前記インターカラントをインターカレートすることを特徴とするカーボンナノチューブの集合体のインターカレート方法。
【請求項3】
前記黒鉛中の炭素原子のモル数は、前記インターカラントのモル数の100倍〜2000倍であることを特徴とする請求項2に記載のカーボンナノチューブの集合体のインターカレート方法。
【請求項4】
前記黒鉛に前記インターカラントをインターカレートする第1工程と、
前記インターカラントがインターカレートされた前記黒鉛と前記カーボンナノチューブの集合体とを、前記減圧した容器内に封入された状態で保持することにより、前記カーボンナノチューブの集合体に前記インターカラントをインターカレートする第2工程と、
を備えたことを特徴とする請求項2または3に記載のカーボンナノチューブの集合体のインターカレート方法。
【請求項5】
前記カーボンナノチューブの集合体は、カーボンナノチューブを紡績してなる糸であることを特徴とする請求項2〜4のいずれか1項に記載のカーボンナノチューブの集合体のインターカレート方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2013−1588(P2013−1588A)
【公開日】平成25年1月7日(2013.1.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−132466(P2011−132466)
【出願日】平成23年6月14日(2011.6.14)
【出願人】(000004260)株式会社デンソー (27,639)
【Fターム(参考)】