説明

コイルおよび電機子

【課題】内部で発生する渦電流を低減でき、コンパクトで製造コストが低廉なコイルおよび電機子を提供する。
【解決手段】本発明の電機子(ステータ5)は、周方向に間隔をあけて配置され半径方向に突出する複数の磁極ティース51、磁極ティース51間に形成されたスロット部、および磁極ティース52の軸方向外側に形成された端部54を有する円筒状のステータコア51と、導電材料からなる長尺板素材の長手方向に沿い板厚方向に貫通するスリットが設けられるとともに長手方向の折り曲げ線に沿って折り重ねられて形成された長尺線材31が、該長尺線材31の表裏面と垂直な軸線AY回りに屈曲されて前記スロット部および前記端部54に巻回されたコイル4とを備え、スリットは、端部54において少なくとも磁極ティース52の軸方向外側端面に至るまで配置されるように長尺板素材31に設けられていることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、導電材料からなる線材が巻回されて形成されるコイル、および、コイルを含んで構成され回転電機に使用される電機子に関する。
【背景技術】
【0002】
ハイブリッド車や電気自動車に搭載される発電電動機などの回転電機には、コイルを有するステータを外周側に配置し、磁石を有するロータを内周側に配置したインナーロータ回転磁石形のものが多用されている。この種の回転電機のステータ(電機子)は、半径方向内向きに突出する複数の磁極ティースを有する円筒状のステータコアと、各磁極ティースに線材を巻回して構成したコイルと、備えるのが一般的である。線材としては、表面に絶縁被膜を形成した銅線や銅板などが用いられる。コイルの巻き方には、大別して集中巻きと分布巻きとがあり、通電すべき電流値や磁極ティースの形状などを考慮して、線材の断面積や断面形状が適宜設計される。
【0003】
この種の用途に用いられる線材、コイル、および線材の製造方法の一例が特許文献1に開示されている。特許文献1の技術は、丸線や平角線の表面に線材方向に沿って溝部を形成し、加えて、溝部に絶縁材などを挿入することを特徴としている。さらに、溝部を有する線材を複数回捲き回してコイルや変成器を構成することを特徴としている。これにより、より安く製造することが可能で、渦電流を減少させる線材、コイル、および変成器を提供することができる、とされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2006−340458号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、特許文献1に開示されるように線材の表面に溝部を形成しただけでは、渦電流をわずかしか低減できない。詳述すると、渦電流は、線材内部に仮想される閉ループに鎖交する磁束が変化したとき、誘導された起電力により当該閉ループに流れる電流である。ここで、線材の表面に溝部を形成しても導体断面は分割されないので、断面全体を囲んで電気的に導通する閉ループをなくすことはできない。したがって、溝部により閉ループの形状を多少変化させることができても、渦電流の低減効果はわずかしかない。
【0006】
一般的に、線材の断面積が一定の条件下で縦横の寸法比を大きくして扁平化すれば、扁平の度合いに応じて断面内を流れる渦電流を低減できる。なぜなら、渦電流が流れる閉ループを仮想したときに、磁束が鎖交するループ断面積は殆ど変化せず、ループ周回長が増加してループ抵抗が増加するからである。しかしながら、線材を巻回してコイルを製造する作業では、線材が扁平であると作業性が低下し、製造コストが増加する。また、扁平な線材を巻回したコイルは大形になりがちであり、コイルを備える電機子、ひいては回転電機全体が大きくなりがちとなる問題が生じる。
【0007】
本発明は、上記背景技術の問題点に鑑みてなされたもので、内部で発生する渦電流を低減でき、コンパクトで製造コストが低廉なコイルおよび電機子を提供することを解決すべき課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決する請求項1に係るコイルの発明は、導電材料からなる長尺板素材の長手方向に沿い板厚方向に貫通するスリットが設けられるとともに前記長手方向の折り曲げ線に沿って折り重ねられて形成された長尺線材が、該長尺線材の表裏面と垂直な軸線回りに屈曲されて巻回されたことを特徴とする。
【0009】
請求項2に係る発明は、請求項1において、前記長尺板素材の前記スリットおよび前記折り曲げ線が少なくとも一部で相互に重なっていることを特徴とする。
【0010】
上記課題を解決する請求項3に係る電機子の発明は、周方向に間隔をあけて配置され半径方向に突出する複数の磁極ティース、該磁極ティース間に形成されたスロット部、および前記磁極ティースの軸方向外側に形成された端部を有する円筒状のコアと、導電材料からなる長尺板素材の長手方向に沿い板厚方向に貫通するスリットが設けられるとともに前記長手方向の折り曲げ線に沿って折り重ねられて形成された長尺線材が、該長尺線材の表裏面と垂直な軸線回りに屈曲されて前記スロット部および前記端部に巻回されたコイルと、を備え、前記スリットは、前記端部において少なくとも前記磁極ティースの軸方向外側端面に至るまで配置されるように前記長尺板素材に設けられていることを特徴とする。
【0011】
請求項4に係る発明は、請求項3において、前記スリットは、前記端部内から前記スロット部内まで延在するように前記長尺板素材に設けられていることを特徴とする。
【0012】
請求項5に係る発明は、請求項3または4において、前記スロット部の半径方向位置により、前記コイルを形成する前記長尺線材の前記長手方向と垂直な面内における断面形状、前記折り曲げ線の位置、および前記スリットの位置の少なくとも1つが変化していることを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
請求項1に係るコイルの発明では、導電材料からなる長尺板素材の長手方向に沿い板厚方向に貫通するスリットが設けられるとともに長手方向の折り曲げ線に沿って折り重ねられて長尺線材が形成されている。さらに、長尺線材がその表裏面と垂直な軸線回りに屈曲され巻回されてコイルが構成されている。このため、長尺線材の長手方向と垂直な面内における断面形状は複数層構造となる。また、長尺線材は長手方向の大部分の位置でスリットにより分割されて各層は相互に電気的に離隔し、実質的に複数の扁平な線材が並行している断面形状となる。コイル内でこの長尺線材の長手方向の磁束が変化する場合、層ごとに長手方向と垂直な面内に閉ループを仮想できる。この閉ループのループ断面積は単一の平角線を巻回したコイルと比較して顕著に減少し、ループ周回長の減少はわずかである。したがって、閉ループに鎖交する磁束の変化により誘導される起電力は顕著に減少し、ループ抵抗の減少はわずかであり、渦電流を低減できる。これに対し、平角線に溝部を形成する従来技術では、ループ周回長は多少増加するが、ループ断面積の減少はわずかである。したがって、長尺線材の断面を複数層に分割することで、平角線に溝部を形成するよりも確実かつ顕著に渦電流を低減できる。
【0014】
また、長尺線材の複数層構造は実質的に複数の扁平な線材となっており、各層を個別に加工することができるので、引き回し加工や曲げ加工が行いやすく、形状の微調整が容易である。したがって、コンパクトなコイルを実現できる。さらに、長尺線材はスリットが途切れた位置で幅方向につながっているので、1本の線材として扱うことができ、完全に分離した2本の線材を巻回するよりも作業性が良好である。したがって、製造コストが低廉なコイルを実現できる。
【0015】
請求項2に係る発明では、長尺板素材のスリットおよび折り曲げ線が少なくとも一部で相互に重なっている。したがって、長尺板素材を折り重ねる際の所要加工力が小さくて済み、長尺線材を容易に形成でき、製造コストがより一層低廉なコイルを実現できる。
る。
【0016】
請求項3に係る発明では、複数の磁極ティース、磁極ティース間に形成されたスロット部、および磁極ティースの軸方向外側に形成された端部を有する円筒状のコアに、請求項1または2に記載のコイルが組み合わされて電機子が構成されており、端部においてスリットが磁極ティースの軸方向外側端面に至るまで配置されている。本明細書中で、スロット部および端部は、コイルを配置する空間を意味している。長尺線材は、端部内ではスリットにより複数層に分割され、各層は相互に電気的に離隔している。これにより、スロット部内で長尺線材の長手方向に流れる渦電流を低減できる。
【0017】
詳述すると、スロット部内で、隣接する磁極ティースの間に磁束が発生し、長尺線材の長手方向に対して交差する。このため、渦電流が流れる閉ループは、長尺線材の長手方向に仮想される。前述のように、長尺線材は端部内ではスリットにより分割されており、閉ループの拡がりはスリットの制約を受ける。つまり、閉ループのループ断面積が制約されて、相対的にループ周回長が増加するため、渦電流を低減できる。
【0018】
請求項4に係る発明では、スリットは、端部内からスロット部内まで延在するように設けられている。これにより、スロット部内において、長尺線材の長手方向に仮想される閉ループの拡がりは、より一層スリットの制約を受ける。つまり、閉ループのループ断面積がより一層制約されて局限化され、相対的にループ周回長が増加するため、渦電流を大幅に低減できる。
【0019】
請求項5に係る発明では、スロット部の半径方向位置により、コイルを形成する長尺線材の長手方向と垂直な面内における断面形状、折り曲げ線の位置、およびスリットの位置の少なくとも1つが変化している。スロット部の半径方向位置により、鎖交する磁束の強さおよび方向が変化するので、これに合わせて長尺線材を適宜変化させることができる。これにより、スロット部の半径方向の各位置で、渦電流を効率的に低減できる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】第1実施形態で使用する長尺板素材の図であり、(1)は長手方向と直交する端面の図、(2)は平面図である。
【図2】長尺板素材に設けるスリットの配置の3つのバリエーションを説明する図であり、(1A)、(2A)、および(3A)はそれぞれ長手方向と直交する面内の断面図、(1B)、(2B)、および(3B)はそれぞれ平面図である。
【図3】長尺板素材に設けるスリットの配置の別の3つのバリエーションを説明する図であり、(1A)、(2A)、および(3A)はそれぞれ長手方向と直交する面内の断面図、(1B)、(2B)、および(3B)はそれぞれ平面図である。
【図4】長尺板素材の折り重ね方法の4つのバリエーションを模式的に説明する図であり、(1)〜(4)はそれぞれ折り重ね加工により形成された長尺線材の長手方向と直交する面内の断面図である。
【図5】第1実施形態のコイルおよびステータを用いた回転電機を模式的に説明する断面図である。
【図6】図5の矢印N方向から見たステータ(電機子)の部分断面図である。
【図7】図6の矢印M方向から見たステータ(電機子)の部分図である。
【図8】図5の矢印L方向から見た長尺線材の中間厚さ位置におけるステータ(電機子)の部分断面図である。
【図9】第1実施形態の電機子の効果を算定した結果を説明する図であり、(1)は銅渦損の比率R1、(2)は銅渦損の低減率R2を示している。
【図10】第2実施形態のコイルおよびステータを説明する部分断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明の第1実施形態のコイル4およびステータ5(電機子)について、図1〜図9を参考にして説明する。図1は、第1実施形態で使用する長尺板素材1の図であり、(1)は長手方向と直交する端面の図、(2)は平面図である。図示されるように、長尺板素材1は板幅W、板厚Tで、長手方向に延びる部材である。長尺板素材1は導電材料からなり、一般的な銅板を用いることができ、アルミニウム板など他の金属板を用いるようにしてもよい。また、長尺板素材1の表面には電気的な導通を阻止する絶縁被膜を設ける。この絶縁被膜は、無垢の長尺板素材1に予め設けてもよく、後述するスリット加工および折り重ね加工の後に設けてもよい。
【0022】
次に、長尺板素材1のスリット加工について説明する。図2は、長尺板素材1に設けるスリットの配置の3つのバリエーションを説明する図であり、(1A)、(2A)、および(3A)はそれぞれ長手方向と直交する面内の断面図、(1B)、(2B)、および(3B)はそれぞれ平面図である。各バリエーションで、スリットは長尺板素材1の長手方向に沿い板厚方向に貫通するように設けられている。また、スリットの長手方向の長さは用途に応じて適宜定めることができ、例えば、後述するステータ5でスリット21が端部53からスロット部54に延在するように定めることができる。
【0023】
図2の(1A)および(1B)に示される第1バリエーションで、スリット21は、長尺板素材11の板幅方向の中央1箇所に設けられている。(2A)および(2B)に示される第2バリエーションで、2個のスリット221、222は、長尺板素材12の板幅方向を4等分したときの略(1/4)および略(3/4)の位置の2箇所に対称に設けられている。(3A)および(3B)に示される第3バリエーションで、3個のスリット231、232、233は、長尺板素材13の板幅方向の中央1箇所および両側寄り2箇所に対称に設けられている。第1〜第3バリエーションでは、各スリット21、221、222、231、232、233は、長尺板素材11〜13の長手方向の端面まで延在していないが、図3に示されるように端面まで延在していてもよい。
【0024】
図3は、長尺板素材1に設けるスリットの配置の別の3つのバリエーションを説明する図であり、(1A)、(2A)、および(3A)はそれぞれ長手方向と直交する面内の断面図、(1B)、(2B)、および(3B)はそれぞれ平面図である。図3の(1A)および(1B)に示される第4バリエーションを第1バリエーションと比較すると、スリット24が長尺板素材14の幅方向中央に設けられている点は同様であり、長尺板素材14の長手方向の端面まで延在している点が異なる。同様に、図3の(2A)および(2B)に示される第5バリエーションと(3A)および(3B)に示される第6バリエーションとは、それぞれ第2および第3バリエーションのスリット221、222、231、233を長手方向の端面まで延在させて、スリット251、252、261、263としたものである。第5バリエーションで、2個のスリット251、252は、長尺板素材15の長手方向に揃って設けられている。これに対し、第6バリエーションで、長尺板素材16の中央のスリット262は、両側のスリット261、263に対して長手方向に変位して設けられ、端面まで延在していない。
【0025】
スリットの長手方向の位置に関しては、他のさまざまなバリエーションを採用してもよい。いずれにしても、各長尺板素材11〜16は、スリットが途切れた位置、例えば、図3(1B)の第4バリエーションにおけるスリット24間の連続部29でつながっている。
【0026】
次に、長尺板素材1の折り重ね加工について説明する。図4は、長尺板素材1の折り重ね方法の4つのバリエーションを模式的に説明する図であり、(1)〜(4)はそれぞれ折り重ね加工により形成された長尺線材31〜34の長手方向と直交する面内の断面図である。図2および図3において、長手方向の折り曲げ線B1、B21、B22、B31、B33、B4、B51、B52、B61、B63はそれぞれ、スリット21、221、222、231、233、24、251、252、261、263に重なるように設定されている。この折り曲げ線B1〜B63に沿って長尺板素材11〜16を折り重ね加工することにより、長尺線材31〜34を形成することができる。
【0027】
図2(1A)および(1B)に示される第1バリエーションのスリット21が設けられた長尺板素材11を折り曲げ線B1に沿って折り重ねると、図4(1)に示される断面U字の長尺線材31を形成することができる。また、図3(1A)および(1B)に示される第4バリエーションのスリット24が設けられた長尺板素材14を折り曲げ線B4に沿って折り重ねても、同じ断面U字の長尺線材31を形成することができる。長尺線材31は、スリット21を含む断面で2層構造となり、実質的に2本の扁平な線材が並行している断面形状となる。2層構造を構成する各層の間は、図中では誇張されて間隙が設けられているが、実際には絶縁被膜のみで電気的に離隔しており、構造上の間隙寸法は必要でない。したがって、長尺線材31の幅W1は長尺板素材1の板幅Wの約半分となり、長尺線材31の厚さT1は長尺板素材1の板厚Tの約2倍となる。
【0028】
同様に、長尺板素材12や長尺板素材15を2本の折り曲げ線B21、B22、B51、B52に沿って両側の側端を同じ向きに折り重ねると、図4(2)に示される断面C字の長尺線材32を形成することができる。また、長尺板素材13や長尺板素材16を2本の折り曲げ線B31、B33、B61、B63に沿って両側の側端を同じ向きに折り重ねると、図4(3)に示される断面C字の長尺線材33を形成することができる。長尺線材32、33の幅W2、W3は長尺板素材1の板幅Wの約半分となり、長尺線材32、33の厚さT2、T3は長尺板素材1の板厚Tの約2倍となる。
【0029】
さらに、長尺板素材12や長尺板素材15を2本の折り曲げ線B21、B22、B51、B52に沿って両側の側端を反対向きに折り重ねると、図4(4)に示される断面S字の長尺線材34を形成することができる。長尺線材34の幅W4は長尺板素材1の板幅Wの約半分となり、厚さT4は長尺板素材1の板厚Tの約3倍となる。長尺線材34は、コイルを構成する際に、厚さ方向に潰して厚さT4を長尺板素材1の板厚Tの約2倍まで減じてから巻回することができ、あるいは。厚さT4を減じることなく段違いに重ねて巻回することができる。
【0030】
なお、長尺板素材1の折り重ね方法は上記に限定されない。例えば、断面Z字や断面6字の3層構造や、断面W字の4層構造とすることができる。他の折り重ね方法を採用する場合には、折り重ね方法に合わせて適宜スリットの位置を定めることが好ましく、スリットおよび折り曲げ線が少なくとも一部で相互に重なっていることが好ましい。
【0031】
次に、図4(1)に示される長尺線材31が屈曲されて巻回された第1実施形態のコイル4、コイル4がステータコア51と組み合わされて構成されたステータ5(電機子)、およびステータ5を用いた回転電機6について説明する。図5は、第1実施形態のコイル4およびステータ5を用いた回転電機6を模式的に説明する断面図である。回転電機6は、軸線AXを中心とする概ね軸対称構造であり、略円筒状のケース69の内部に、同軸内側にロータ62、同軸外側にステータ5を備えている。
【0032】
ロータ62は、軸線AX上のシャフト63と、シャフト63の周りに固定されたロータコア64とを有している。シャフト63は、ケース69に設けられた2個の軸受65、66により回転自在に軸支されている。ロータコア64は、薄板状の多数枚の電磁鋼板が軸線AX方向に積み重ねられて構成されている。さらに、各電磁鋼板には複数の孔部が周方向に並んで形成され、各孔部を軸線AX方向に貫通して図略の永久磁石が埋め込まれている。
【0033】
一方、ステータ5は、略円筒状のステータコア51と、コイル4とを有している。ステータコア51は、ケース69の内側に薄板状の多数枚の電磁鋼板が軸線AX方向に積み重ねられて構成されている。図6は、図5の矢印N方向から見たステータ5の部分断面図であり、図7は、図6の矢印M方向から見たステータ5の部分図である。さらに、図8は、図5の矢印L方向(すなわち図7の矢印K方向)から見た長尺線材31の中間厚さ位置におけるステータ5の部分断面図である。図示されるように、ステータコア51は、その内周から内向きに突出する略矩形断面の磁極ティース52を有している。磁極ティース52は、周方向に間隔をあけて複数配置されており、隣接する磁極ティース52間にスロット部53が形成されている。また、磁極ティース52の軸方向外側に端部54が形成されている。スロット部53および端部54は、コイル4を配置する空間の名称である。
【0034】
コイル4は、長尺線材31がその表裏面と垂直な軸線回りに屈曲され巻回されて、構成されている。詳述すると、図6〜図8に示されるように、磁極ティース52の略矩形断面の中心に軸線AYが設定されている。磁極ティース52の外周には、筒状の絶縁ボビンが配置されるが、図では省略されている。絶縁ボビンの外周に沿い、スリット21および折り曲げ線B1が内周側となるように、長尺線材31が屈曲される。そして、長尺線材31がスロット部53および端部54に4ターン巻回され、集中巻きの矩形コイル4が構成される。
【0035】
また、長尺線材31の2層構造を構成する各層は、スリット21が設けられていない連続部29のみでつながっている。図8に示されるように、連続部29はスロット部53内の軸方向中央に配置されている。また、連続部29の軸方向長Xは、ステータコア51の軸方向積厚寸法Yよりも小さくなっている。つまり、スリット21が端部54内からスロット部53内まで延在している。
【0036】
次に、上述のコイル4の作用、効果について説明する。2層構造の長尺線材31では、長手方向の磁束が変化する場合、層ごとに長手方向と垂直な面内に閉ループを仮想できる。この閉ループのループ断面積は単一の平角線を巻回したコイルと比較して顕著に減少し、ループ周回長の減少はわずかである。したがって、閉ループに鎖交する磁束の変化で誘導される起電力は顕著に減少し、ループ抵抗の減少はわずかであり、渦電流を低減できる。これに対し、平角線に溝部を形成する従来技術では、ループ周回長は多少増加するが、ループ断面積の減少はわずかである。したがって、長尺線材31の断面を2層に分割することで、平角線に溝部を形成するよりも確実かつ顕著に渦電流を低減できる。
【0037】
次に、電機子5としての作用、効果について、図9を参考にして説明する。図9は、第1実施形態の電機子5の効果を算定した結果を説明する図であり、(1)は銅渦損の比率R1、(2)は銅渦損の低減率R2を示している。図9(1)および(2)における横軸は共通で、スロット部53内の分割長割合Z(%)である。分割長割合Zは、図7および図8に示された連続部29の軸方向長Xおよびステータコア51の軸方向積厚寸法Yを用いて、次式により求められる。
【0038】
分割長割合Z=(Y−X)/Y×100 (%)
分割長割合Zは、スリット21がスロット部53に延在する割合を意味している。例えば、Z=0%は、スリット21が端部54において磁極ティース52の軸方向外側端面に至るまで配置された状態、すなわち、スリット21が端部54内のみに配置されスロット部53内に延在しない状態を意味している。また、Z=100%はX=0を意味し、スリット21がスロット部53内の全体に配置され、長尺線材31が完全な2層構造に分割された仮想的な状態を意味している。
【0039】
また、図9(1)の縦軸は、渦電流により生じる銅渦損を比率R1で示している。比率R1=1.0となる基準量は、スリット21を全く設けない単純な折り重ね加工のみにより形成された長尺線材に発生する銅渦損である。
【0040】
算定の結果、分割長割合Z=0%において、比率R1=0.987が得られた。つまり、スリット21を端部54のみに配置しても、スリット21を全く設けない場合よりも銅渦損を低減できることが判明した。また、Z=100%において、比率R1=0.651が得られた。図9(2)の縦軸の低減率R2は、Z=100%において比率R1が0.349(1−0.651)だけ低減される効果を基準量1.0としたものである。さらに、図9(1)および(2)に示されるように、分割長割合Zが40%から80%、90%と増加するのに伴い、比率R1および低減率R2が減少することが判明した。すなわち、スリット21を端部54内からスロット部53内に延在させる効果が明らかになった。
【0041】
また、逆に、スリット21をスロット部53に配置し、連続部29を端部54に配置した場合、銅渦損を低減する効果は生じなかった。
【0042】
上述の算定結果は次のように解釈することができる。すなわち、図6〜図8中に示されるように、スロット部53内で磁束Bは隣接する磁極ティース52の間に発生し、長尺線材31の長手方向と交差する。このため、渦電流が流れる閉ループは、長尺線材31の長手方向に仮想される。前述のように、長尺線材31は端部54内ではスリット21により分割されており、閉ループの拡がりはスリット21の制約を受ける。つまり、閉ループは連続部29を通って2層に拡がるので、ループ断面積が制約されて、相対的にループ周回長が増加するため、渦電流を低減できる。
【0043】
第1実施形態のコイル4およびステータ5では、長尺線材31の2層構造が実質的に2本の扁平な線材となっていて個別に加工を行うことができるので、引き回し加工や曲げ加工が行いやすく、形状の微調整が容易である。したがって、コンパクトなコイル4およびステータ5を実現できる。さらに、長尺線材31はスリット21が途切れた連続部29で幅方向につながっているので、1本の線材として扱うことができ、完全に分離した2本の線材を巻回するよりも作業性が良好である。したがって、製造コストが低廉なコイル4およびステータ5を実現できる。
【0044】
次に、第2実施形態のコイル7およびステータ8(電機子)について、図10参考にして、第1実施形態と異なる点を主に説明する。図10は、第2実施形態のコイル7およびステータ8を説明する部分断面図である。第2実施形態のコイル7およびステータ8の構造は第1実施形態に類似しており、コイル7を形成する長尺線材31、33を2種類用いる点が異なる。つまり、スロット部53の半径方向位置により、コイル7を形成する長尺線材31、33の長手方向と垂直な面内における断面形状、折り曲げ線の位置、およびスリットの位置が変化している。
【0045】
具体的には、図10に示されるように、コイル7を形成する最内周の1ターン目に図4(3)の断面C字の長尺線材33を使用し、外周側の2〜4ターン目に図4(1)の断面U字の長尺線材31を使用する。最内周の1ターン目の長尺線材33は、内側のロータ62から放出される半径方向の磁束B1の影響を受け易い。したがって、線材幅方向の中間にスリット232を有する長尺線材33を用いることで、渦電流を効率的に低減できる。
【0046】
なお、実施形態で集中巻き4ターンの矩形コイル4、7を例示したが、これに限定されない。例えば、本発明は、波状に長尺線材を巻回する分布巻きコイルにも適用でき、適宜線材を接合することもできる。また、ターン数やコイルの断面形状も任意である。本発明は、その他様々な変形や応用が可能である。
【符号の説明】
【0047】
1、11〜16:長尺板素材
21、221、222、231、232、233:スリット
24、251、252、261、262、263:スリット
29:連続部
31〜34:長尺線材
4:コイル
5:ステータ(電機子) 51:ステータコア 52:磁極ティース
53:スロット部 54:端部
6:回転電機 62:ロータ
7:コイル
8:ステータ(電機子)
B1、B21、B22、B31、B33:折り曲げ線
B4、B51、B52、B61、B63:折り曲げ線

【特許請求の範囲】
【請求項1】
導電材料からなる長尺板素材の長手方向に沿い板厚方向に貫通するスリットが設けられるとともに前記長手方向の折り曲げ線に沿って折り重ねられて形成された長尺線材が、該長尺線材の表裏面と垂直な軸線回りに屈曲されて巻回されたことを特徴とするコイル。
【請求項2】
請求項1において、前記長尺板素材の前記スリットおよび前記折り曲げ線が少なくとも一部で相互に重なっていることを特徴とするコイル。
【請求項3】
周方向に間隔をあけて配置され半径方向に突出する複数の磁極ティース、該磁極ティース間に形成されたスロット部、および前記磁極ティースの軸方向外側に形成された端部を有する円筒状のコアと、
導電材料からなる長尺板素材の長手方向に沿い板厚方向に貫通するスリットが設けられるとともに前記長手方向の折り曲げ線に沿って折り重ねられて形成された長尺線材が、該長尺線材の表裏面と垂直な軸線回りに屈曲されて前記スロット部および前記端部に巻回されたコイルと、を備え、
前記スリットは、前記端部において少なくとも前記磁極ティースの軸方向外側端面に至るまで配置されるように前記長尺板素材に設けられていることを特徴とする電機子。
【請求項4】
請求項3において、前記スリットは、前記端部内から前記スロット部内まで延在するように前記長尺板素材に設けられていることを特徴とする電機子。
【請求項5】
請求項3または4において、前記スロット部の半径方向位置により、前記コイルを形成する前記長尺線材の前記長手方向と垂直な面内における断面形状、前記折り曲げ線の位置、および前記スリットの位置の少なくとも1つが変化していることを特徴とする電機子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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