説明

シール部材の製造方法およびその方法で作製されるシール部材

【課題】
耐圧性が極めて高いシール部材が得られる製造方法を提供する。
【解決手段】
樹脂と充填材を含む樹脂組成物を予備成形素材とする予備成形工程と、前記予備成形素材を加熱する焼成工程と、前記予備成形素材を徐冷して樹脂成形体にする冷却工程と、前記樹脂成形体を切削加工する切削工程を有し、前記焼成工程において、前記予備成形素材が熱膨張する際に、前記予備成形素材の表面にかかる圧力が不均一となるシール部材の製造方法、あるいは、前記焼成工程において、前記予備成形素材が熱膨張する際に、少なくとも前記予備成形素材の一箇所に非固定面が有る状態であり、且つ前記予備成形素材と前記焼成用成形型が嵌合状態であるシール部材の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シール部材の製造方法およびその方法で作製されるシール部材に関する。
【背景技術】
【0002】
優れた耐圧性が求められるシール部材として、シールリング、Uシールまたはキャップシールなどが挙げられるが、従来これらのシール部材には、ポリテトラフルオロエチレン系樹脂(PTFE系樹脂)と充填材を含むPTFE系樹脂組成物が用いられる。例えば、特許文献1には、15MPaを越えるような高面圧で用いられる耐圧摺動性四フッ化エチレン樹脂組成物として、テトラフルオロエチレンと一部変性テトラフルオロエチレンとの共重合体からなる変性四フッ化エチレン樹脂100体積部に対し、炭素繊維5〜40体積部、モース硬度4以下の粒状無機化合物2〜30体積部を配合してなる耐圧摺動性四フッ化エチレン樹脂組成物を用いたシールリングが開示されている。
【0003】
また、特許文献2には、従来の摺動性シール材よりも変形しにくい摺動性シール材として、特定の反応性官能基を有する架橋性ポリテトラフルオロエチレンを架橋反応させて得られるポリテトラフルオロエチレン架橋体から成る又は前記ポリテトラフルオロエチレン架橋体を含有する樹脂組成物から成る、シールリングが開示されている。
されている。
【0004】
特許文献1および2のシール部材は、フリーベイキング法、またはホットモールディング法(ホットコイニング法ともよぶ)などで成形可能であることが開示されている
【0005】
前記フリーベイキング法は、樹脂組成物を予備成形用成形型に入れて圧縮成形による予備成形を行い予備成形素材とし、該予備成形素材を前記予備成形用成形型から取り出して焼成炉で焼成を行い、焼成後の前記予備成形素材を焼成炉内で徐冷して得られた樹脂成形体を、所望の形状に切削加工するなどしてシールリングなどのシール部材などとする方法である。前記フリーベイキング法は、大量の前記予備成形素材を一度に大型炉の中で焼成でき経済的であるため、一般的にシールリングなどのシール部材の成形に用いられる方法である。
【0006】
前記ホットモールディング法には二通りの方法がある。前記ホットモールディング法の第一の方法は次の通りである。前記予備成形素材の焼成までは前記フリーベイキング法と同様であるが、前記焼成後、焼成温度に予熱した別の金型に焼成後の前記予備成形素材を移し、前記金型に移した予備成形素材を加圧しながら水冷などにより急冷して樹脂成形体とし、必要に応じ所望の形状に切削加工するなどしてシールリングなどのシール部材などとする方法である。
【0007】
前記ホットモールディング法の第二の方法は次の通りである。前記予備成形素材作製までは前記フリーベイキング法と同様であるが、前記予備成形素材を前記予備成形用成形型に入れた状態で温度を上げて焼成を行い、前記焼成後、前記予備成形用成形型内の予備成形素材を加圧しながら水冷などにより急冷して樹脂成形体とし、必要に応じ所望の形状に切削加工するなどしてシールリングなどのシール部材などとする方法である。
【0008】
前記ホットモールディング法は前記フリーベイキング法と異なり、焼成後の前記予備成形素材を加圧しながら冷却する必要があるため、生産設備が大掛かりであり、一度に多量の成形が困難であり、且つ熱い金型を取り扱う危険性があるなど、生産性が良好な製造方法とはいえないが、例えば、公差が切削加工では成形困難な精度が要求されるため型押しを必要とする場合、焼成後の予備成形素材の形を多少変形する場合、または特にボイドの無い製品を得たい場合などに用いられる。また、ホットモールディング法は、得られるシール部材の用途によっては、切削工程前に、前記樹脂成形体の融点近傍(例えばフッ素樹脂であれば250〜290℃)で、内部歪み除去を目的としたアニールを施す必要がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2002−128981号公報
【特許文献2】特開2009−1749号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、従来の方法には次のような問題がある。例えば、自動車の燃料噴射用ポンプや燃料タンクに用いるシールリングは、極めて高い圧力(180MPa以上)を受けるものがあるため、耐圧性に優れた前記シールリングが要求される。特許文献1または2に記載のシール部材の製造方法では、このような極めて高い圧力に耐えてシール性を充分に発揮するシール部材が得られないという問題があった。
【0011】
本発明は、上述した問題点に着目し、耐圧性が極めて高いシール部材の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
〔1〕樹脂と充填材を含む樹脂組成物を圧縮成形して予備成形素材を作製する予備成形工程と、前記予備成形素材を加熱する焼成工程と、前記焼成工程後、前記予備成形素材を徐冷して樹脂成形体にする冷却工程と、前記冷却工程後、前記樹脂成形体を切削加工する切削工程を有し、前記焼成工程において、前記予備成形素材が熱膨張する際に、前記予備成形素材の表面にかかる圧力が不均一となることを特徴とするシール部材の製造方法。
〔2〕樹脂と充填材を含む樹脂組成物を圧縮成形して予備成形素材を作製する予備成形工程と、前記予備成形素材を焼成用成形型に挿入して加熱する焼成工程と、前記焼成工程後、前記予備成形素材を徐冷して樹脂成形体とする冷却工程と、前記冷却工程後、前記樹脂成形体を切削加工する切削工程を有し、前記焼成工程において、前記予備成形素材が熱膨張する際に、少なくとも前記予備成形素材の一箇所に非固定面Mが有る状態であり、且つ前記予備成形素材と前記焼成用成形型が嵌合状態であることを特徴とするシール部材の製造方法。
〔3〕前記樹脂がフッ素系樹脂であり、前記充填材が繊維状充填材であることを特徴とする上記〔1〕又は〔2〕に記載のシール部材の製造方法。
〔4〕上記〔1〕から〔3〕のいずれかに記載のシール部材の製造方法で作製されるシール部材。
【発明の効果】
【0013】
本発明のシール部材の製造方法により、耐圧性が極めて高いシール部材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の製造工程をあらわすフロー図である。
【図2】本発明の予備成形工程の一例を示す、(a)予備成形用成形型に樹脂組成物を投入したものの模式図であり、(b)加圧部材を挿入して樹脂組成物を加圧し予備成形素材としたものの模式図である。
【図3】本発明の焼成工程の一例を示す、(a)筒状であり、且つ両端面が開端面である焼成用成形型に予備成形素材を挿入したものの平面図と、(b1)予備成形素材が熱膨張開始前のX−X’矢視の断面正面図と、(b2)予備成形素材が熱膨張して焼成用成形型と嵌合状態となった後のX−X’矢視の断面正面図と、(c1)予備成形素材が熱膨張開始前のY-Y’ 矢視の断面側面図と、(c2)予備成形素材が熱膨張して焼成用成形型と嵌合状態となった後のY-Y’ 矢視の断面側面図である。
【図4】本発明の焼成工程の他の一例を示す、(a)筒状であり、且つ端面の一方は開端面であり他の一方が閉端面である焼成用成形型に予備成形素材を挿入したものの平面図と、(b1)予備成形素材が熱膨張開始前のX−X’矢視の断面正面図と、(b2)予備成形素材が熱膨張して焼成用成形型と嵌合状態となった後のX−X’矢視の断面正面図と、(c1)予備成形素材が熱膨張開始前のY-Y’ 矢視の断面側面図、(c2)予備成形素材が熱膨張して焼成用成形型と嵌合状態となった後のY-Y’ 矢視の断面側面図である。
【図5】本発明の焼成工程の他の一例を示す、(a)向かい合う一辺で固定された平行板型の焼成用成形型に、楕円柱状の予備成形素材を挿入したものの平面図と、(b1)予備成形素材が熱膨張開始前のX−X’矢視の断面正面図と、(b2)予備成形素材が熱膨張して焼成用成形型と嵌合状態となった後のX−X’矢視の断面正面図と、(c1)予備成形素材が熱膨張開始前のY-Y’ 矢視の断面側面図と、(c2)予備成形素材が熱膨張して焼成用成形型と嵌合状態となった後のY-Y’ 矢視の断面側面図である。
【図6】本発明において、筒状であり、且つ両端面が開端面である焼成用成形型を用いた場合の、焼成工程の嵌合状態から冷却工程終了までの予備成形素材の変形履歴の一例を示す、(a)焼成工程の嵌合開始時の予備成形素材の模式図であり、(b)焼成工程終了時の予備成形素材の模式図であり、(c)冷却工程終了時の予備成形素材の模式図である。
【図7】本発明において、筒状であり、且つ端面の一方は開端面であり他の一方が閉端面である焼成用成形型を用いた場合の、焼成工程の嵌合状態から冷却工程終了までの予備成形素材の変形履歴の一例を示す、(a)焼成工程の嵌合開始時の予備成形素材の模式図であり、(b)焼成工程終了時の予備成形素材の模式図であり、(c)冷却工程終了時の予備成形素材の模式図である。
【図8】本発明において、筒状の予備成形素材の両端面に焼成用成形型が当接する形状である焼成用成形型を用いた場合の、焼成工程の嵌合状態から冷却工程終了までの予備成形素材の変形履歴の一例を示す、(a)焼成工程の嵌合開始時の予備成形素材の模式図であり、(b)焼成工程終了時の加熱後の予備成形素材の模式図であり、(c)冷却工程終了時の冷却後の予備成形素材の模式図である。
【図9】フリーベイキング法の(a)予備成形素材の模式図であり、(b)焼成工程終了時の予備成形素材の模式図であり、(c)冷却工程終了時の予備成形素材の模式図である。
【図10】本発明におけるシール部材の一例であるシールリングの一例を示す(a)平面図と(b)X-X′矢視の断面図である。
【図11】実施例1および比較例1の引張強度-伸び曲線を示す図であり(a)伸びが0〜10%であり、(b)伸びが0%〜破断までである。
【図12】実施例2、比較例2および比較例5の引張強度-伸び曲線を示す図であり(a)伸びが0〜10%であり、(b)伸びが0%〜破断までである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明をその好適な実施形態に即して詳細に説明する。図1は本発明の製造工程をあらわすフロー図である。混合工程は、樹脂および充填材などの配合材料を計量し、ヘンシェルミキサー、バンバリーミキサー、ニーダー、ボールミルまたはミキシングロールなどの一般的な混合機に前記配合材料を投入して混合することにより、樹脂組成物1を作製する工程である。
【0016】
前記混合工程の後に行う予備成形工程は、樹脂組成物1を予備成形用成形型2へ投入し、室温で樹脂組成物1を加圧圧縮することにより、予備成形素材3に成形する工程である。図2の例示を用いて説明すると、一方の端面が開放し、他方の端面が閉鎖している筒状の予備成形用成形型2に樹脂組成物1を投入し(図2(a))、予備成形用成形型2の開放されている端面から、加圧部材21を図2の矢印方向に挿入して加圧することにより(図2(b))、樹脂組成物1を圧縮成形して予備成形素材3を成形するものである。予備成形用成形型2は従来の成形方法であるフリーベイキング法の予備成形用成形型2など公知のものが用いられる。前記加圧圧縮により予備成形素材3を加圧する圧力は5MPaから100MPaが好ましく、10MPaから50MPaがさらに好ましい。前記圧力は、5MPa以上であると予備成形素材3を焼成して得られる樹脂成形体5の強度(5%伸び時の引張強さ、降伏応力、破断強さなど)が高くなる傾向にあるため、シール部材とした際に好適であり、前記圧力を100MPa以下とすると、焼成して得られる樹脂成形体5にクラックが生じにくくなる傾向にあるため好適である。
【0017】
前記予備成形工程の後に行う焼成工程は、予備成形素材3を挿入した焼成用成形型4を、焼成炉内に載置して加熱することにより、予備成形素材3を焼成する工程である。前記焼成工程における加熱温度は、予備成形素材3を構成する樹脂の種類によるが、おおむね前記樹脂の融点近傍以上が好ましく、例えばPTFE系樹脂(PTFEまたはPTFE変性体など)の加熱温度は、300℃から550℃が好ましく、320℃から400℃がより好ましく、350から390℃がさらに好ましい。前記焼成工程の加熱における昇温速度はサイズや素材により調整する必要が有るが25から100℃/時間が好ましい。焼成前記焼成工程における加熱時間は、焼結が全体に均一に完了するまでであり、予備成形素材3の大きさなどに依存し、おおむね1時間から100時間が望ましい。本発明の製造方法では、一つの焼成炉に多数の前記焼成用成形型4を投入することにより、多量の予備成形素材3を同時に焼成することが可能であるため、生産性に優れている。
【0018】
前記焼成工程で加熱により予備成形素材3は熱膨張する。前記焼成工程で前記予備成形素材が熱膨張する際に、少なくとも予備成形素材3の一箇所に非固定面Mが有る状態であり、且つ予備成形素材3と焼成用成形型4が嵌合状態(嵌め合わさった状態)であることが、本発明の特徴である。図3から図5の例示を用いて説明する。焼成用成形型4の形状は、図3は両端が開いた筒型であり、図4は片端が閉じた筒型であり、図5は向かい合う一辺で固定された平行板型である。本発明では、焼成用成形型4に予備成形素材3を挿入し(図3(b1)(c1)、図4(b1)(c1)、図5(b1)(c1))、加熱により予備成形素材3が熱膨張すると、予備成形素材3の少なくとも一箇所に予備成形素材3が焼成用成形型4の内側と当接しない面(非固定面M)がある状態であり、且つ予備成形素材3が焼成用成形型4の内側に当接した面(固定面N)で予備成形素材3が焼成用成形型4に固定された状態となる(図3(b2)(c2)、図4(b2)(c2)、図5(b2)(c2))。本発明では、固定面Nで予備成形素材3が焼成用成形型4と当接することにより焼成成形型4に固定されることを嵌合とよび、固定面Nで予備成形素材3が焼成用成形型4と当接することにより焼成成形型4に固定された状態を嵌合状態とよぶ。
【0019】
焼成用成形型4は、前記予備成形素材が熱膨張する際に、予備成形素材3が少なくとも一箇所に非固定面Mがある状態に、予備成形素材3を焼成用成形型4の内側に嵌合できる形状であれば良く、例えば予備成形素材3を作成する際に使用した予備成形用成形型2を使用してもよいし、図3〜図5に例示した焼成用成形型4でもよい。前記焼成工程で予備成形素材3を挿入する際に、予備成形素材3が少なくとも一箇所に非固定面Mがある状態であり、且つ予備成形素材3が焼成用成形型4の内側に嵌合する形状であってもよい。焼成用成形型4の素材は、前記焼成工程で変形を生じないものであれば特に限定しない。焼成用成形型4の素材は、耐熱性および寸法安定性が良好であることからは金属(例えばSUS)、セラミックス(シリカなど)またはグラファイトなどが好ましい。
【0020】
前記焼成工程後の冷却工程は、焼成した予備成形素材3を室温に徐冷して樹脂成形体5を得る工程である。前記徐冷の冷却速度は5℃/minから70℃/minとすることが好ましく、10℃/minから50℃/minとすることがより好ましく、10℃/minから40℃/minとすることがさらに好ましい。前記冷却速度は、5℃/min以上であると樹脂成形体5の剛性が増すため好ましく、70℃/min以下であると樹脂成形体5の靭性および透明性が増すため好ましい。前記冷却工程で水冷などの急冷(冷却速度が70℃/minよりはるかに速い)を実施すると、樹脂成形体5の伸びが低下するため、樹脂成形体5を切削加工するなどして得られるシールリングやシール部材などで装着性不良が生じる恐れがあり、且つ樹脂成形体5の5%伸び時の引張強さが低下する恐れがあるため、前記シールリングや前記シール部材などの耐圧性が低下する恐れがある。
【0021】
本発明の冷却工程は、加圧を伴わずに徐冷するため、樹脂成形体5の内部歪が小さくなり、且つ寸法安定性に優れる点で好ましく、また、一つの焼成炉に多数の焼成用成形型4を投入することにより、多量の予備成形素材3を同時に焼成および冷却して樹脂成形体5とすることが可能であることから生産性に優れている点で好ましい。
【0022】
本発明において、焼成工程の嵌合状態から冷却工程終了までの予備成形素材3の変形履歴を図6から図8に例示する。図6、7、8はそれぞれ図3、4、5と同じ焼成用成形型を用いた例であり、それぞれ(a)焼成工程の嵌合開始状態、(b)焼成工程終了状態(冷却工程前)、(c)冷却工程終了状態である。図9は前記フリーベイキング法を用いた一例である。
【0023】
図9に例示するように、前記フリーベイキング法を用いた場合の焼成工程は、予備成形素材3は、表面全体が非固定(無拘束)の状態で加熱されるため、嵌合状態はとらない、すなわち予備成形素材3の表面全体は全方向に自由に熱膨張する。一方、図6から図8に例示するように、本発明では、予備成形素材3が熱膨張する際に、予備成形素材3を、少なくとも一箇所に焼成用成形型4と接触しない面(非固定面M)がある状態に、予備成形素材3を焼成用成形型4の内側に嵌合するため、前記焼成工程において予備成形素材3は加熱により熱膨張するが、予備成形素材3が焼成用成形型4と当接する面(固定面N)の熱膨張は制限される。即ち、本発明では、焼成工程において、予備成形素材3の固定面Nは、焼成用成形型4から、予備成形素材3の熱膨張を制限する方向の圧力を受ける。したがって、本発明では、焼成工程において、予備成形素材3の非固定面Mにかかる圧力と、固定面Nにかかる圧力に差が生じることから、予備成形素材3の表面にかかる圧力が不均一となるため、固定面Nから非固定面Mに向かって予備成形素材3が流動する。したがって、焼成工程において嵌合状態開始後、予備成形素材3の固定面Nは変動しないが、予備成形素材3の非固定面Mは、予備成形素材3の熱膨張による変動と前記流動が合わさった変動を生じる。
【0024】
前記冷却工程後の切削工程は、前記冷却工程で得られた樹脂成形体5を製品形状に切削加工する工程であり、例えばシール部材の一例である図10に示すシールリング(角リング)の場合、円柱状の樹脂成形体5の端部を旋盤に固定し、バイトやナイフを用いて、旋盤に固定していない方の樹脂成形体5の端部の端面を切削し、その後、樹脂成形体5の側面および中心軸の部分を、所望のシールリングの内外径に相当する寸法に切削し、その後、所望のシールリングの高さに相当する寸法に切り落とすことにより、所望のサイズのシールリングが得られる。
【0025】
本発明のシール部材の製造方法では、前記冷却工程で徐冷することと、前記焼成工程で、前記予備成形素材が熱膨張する際に、前記予備成形素材の表面にかかる圧力が不均一となるため、あたかも前記予備成形素材が熱溶融して流動したかのような状態となり、前記樹脂組成物中の樹脂に充填材が均一に分散するため、前記樹脂成形体の残留歪みが極めて小さくなるため、アニール工程は行わず切削工程を行ってもよい。
【0026】
前記樹脂としては、焼成により成形可能な樹脂であれば特に限定しない。シール部材とした時に必要な特性を満足するものが好ましい。焼成により成形可能な樹脂としては、例えばポリエチレン、エチレン-酢ビ共重合体、ポリプロピレン、ポリスチレン、スチレン-アクリロニトリル共重合体、スチレン-ブタジエン-アクリロニトリル共重合体、ポリ塩化ビニル、ポリカーボネート、ポリアミド、アクリル樹脂またはフッ素樹脂などや、それらの変性体が挙げられ、これらを単独で使用しても良いし二種以上を組合せて使用しても良い。シール部材を成形するための前記樹脂としては、高分子量ポリエチレン、高分子量ポリエチレン変性体、フッ素系樹脂(例えばフッ素樹脂またはフッ素樹脂の変性体)が好適であり、これらを単独で使用してもよく、二種以上を組合せて使用してもよい。前記フッ素系樹脂としてはPTFEや四フッ化エチレン構造を含むフッ素系共重合体が挙げられる。特に、自動車の燃料噴射装置高圧部用シールリングのような耐熱性および耐油性を求められる場合、PTFE系樹脂が好ましい。PTFE系樹脂としては、PTFE単独共重合体あるいはPTFEと共重合可能な単量体で変性されたPTFE系共重合体のいずれも用いることができる。
【0027】
前記樹脂の平均粒子径は特に限定しないが、好ましくは3〜100μm、より好ましくは10〜50μmである。3μm以上であると粉末の流動性が向上して凝集しにくくなるため成形性が良好となる。また、100μm以下であると、得られる樹脂成形体の緻密さが向上して引張強さなどの諸特性が向上し、且つ前記冷却工程で得られた樹脂成形体5や、前記切削工程後の樹脂成形体5の、表面状態が良好となる。なお、前記平均粒子径はASTM D 1457で測定したものである。
【0028】
前記充填材としては無機充填材および有機充填材が挙げられる。無機充填材としては、カーボンファイバー(炭素系、黒鉛系など)またはガラスファイバーなどの無機繊維や、グラファイト(黒鉛)、二硫化モリブデン、チタン酸カリウムまたはブロンズなどの無機粉末が例示され、いずれか一種もしくは二種以上を組合せて使用しても良い。有機充填材としては、300〜400℃の温度で熱分解しない樹脂の粉末、例えばポリエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリイミド、ポリフェニレンサルファイド、ポリエーテルニトリル、ポリエーテルサルホン、芳香族ポリエステルまたは芳香族ポリアミドなどを含む有機粉末および有機繊維などが例示され、いずれか一種もしくは二種以上を組合せて使用しても良い。前記充填材のうち、特にカーボン以外の無機元素を含まない充填材(例えばカーボンファイバー、グラファイト、有機充填材など)の使用は、本発明のシール部材の使用環境に対する汚染性を低くする点で好ましく、耐圧性の観点から繊維状充填材(前記無機繊維または前記有機繊維)がより好ましく、耐熱性および耐薬品性の観点から無機繊維がさらに好ましく、カーボンファイバーがよりさらに好ましい。
【0029】
前記繊維状充填材の平均繊維長は0.01〜1mmが好ましく、0.03〜0.5mmがより好ましく、0.05〜0.3mmが更に好ましい。また平均繊維径は、1〜50μmが好ましく、5〜20μmがより好ましく、5〜15μmが更に好ましい。平均繊維長は、0.01mm以上であると5%伸び時の引張強さが良好であり、1mm以下であると、前記樹脂中に極めて均一に分散することができる。また、平均繊維径は、1μm〜50μmであると5%伸び時の引張強さが良好であり前記樹脂中に極めて均一に分散することができる。
【0030】
また、前記樹脂組成物には上記以外の添加剤も、本発明のシール部材が所望の特性を維持できる範囲で使用して良く、例えば、受酸剤、潤滑材または着色剤などが挙げられ、いずれか一種もしくは二種以上を組合せてして使用しても良い。
【実施例】
【0031】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明は実施例に限定されるものではない。実施例および比較例で用いた材料は以下のとおり。
PTFE:フルオンPTFE G163(平均粒子径25μm、旭硝子社製)
カーボンファイバー:黒鉛系カーボンファイバー(平均径14.5μm、平均繊維長200μm)
【0032】
実施例1に関しては、PTFE100質量部に対してカーボンファイバーを5質量部配合してヘンシェルミキサーで混合し樹脂組成物を得る。内径13mmの円筒状予備成形用成形型に前記樹脂組成物を投入し、予備成形圧力60MPa、予備成形時間30分で予備成形を行った。得られた充実円柱状の予備成形素材(長さ約10cm)を図3のとおり内径13mmで両端が開端面である円筒状の焼成用成形型内に内接して嵌合し、焼成炉に投入する。365℃、5時間の条件で焼成を行い、冷却速度25℃/minで室温まで冷却したのち、焼成炉から取り出した。得られた樹脂成形体を切削加工して直径22mm長さ150mmの充実円柱状試験片を作製した。なお、焼成中に前記予備成形素材が前記焼成用成形型から突出しないように、前記焼成用成形型の長さなどを調整した。
【0033】
実施例2に関しては、カーボンファイバーを15質量部配合する他は、実施例1と同様に行った。
【0034】
比較例1に関しては、前記焼成用成形型を使用しない焼成(フリーベイキング法)とした他は、実施例1と同様に行った。
【0035】
比較例2に関しては、前記焼成用成形型を使用しない焼成(フリーベイキング法)とした他は、実施例2と同様に行った。
【0036】
比較例3に関しては、冷却工程で成形型に入れて加圧を行いながら水冷により急冷した(ホットモールディング法)他は、実施例2と同様に行なった。
【0037】
図11および図12は、実施例1、実施例2、および比較例1から比較例3の充実円柱状試験片を用いて、ASTM D638に準拠して測定した、室温での引張試験から得られた、破断までの引張強度と伸びの関係を表す曲線(引張強度−伸び曲線)である。図11および図12から、実施例によると、実施例と同組成である比較例と比較して、5%伸び時の引張強さが大きいことがわかる。このことから、実施例から得られるシール部材は、実施例と同組成の比較例から得られるシール部材と比較すると、高圧な環境下でシール部材として使用した際に生じる前記はみ出しによる変形量が少なくなること、すなわち耐圧性に優れることが明らかとなった。実施例および比較例の5%伸び時の引張強さを図11および図12から読み取り、表1にまとめる。
【0038】
【表1】

【0039】
本発明の製造方法により引張強さが大きい前記樹脂成形体が得られる理由を、本発明者は以下の通りと考える。実施例1または実施例2の如く、前記予備成形素材を両端が非固定面である筒状の焼成用成形型に内接して嵌合して焼成すると、前記焼成工程の加熱で前記予備成形素材が熱膨張する際に、前記予備成形素材の表面にかかる圧力が不均一になり、前記圧力の高圧側から低圧側へ前記予備成形素材が流動する。一方、比較例1または比較例2の焼成工程では前記予備成形素材は自由に熱膨張するため、前記流動は比較例1または比較例2の焼成工程では見られない現象である。前記流動により比較例1または比較例2よりも効果的に、前記予備成形素材内にある充填材の二次凝集体の隙間(例えば凝集したカーボンファイバーの繊維間やグラファイトの二次粒子内の一次粒子間など)に前記予備成形素材内にある樹脂成分が流れ込むことができたため、同じ配合の比較例1または比較例2より、実施例1または実施例2の樹脂成形体の引張強さが大きくなったと考える。
【0040】
すなわち、前記予備成形素材が焼成工程の加熱で熱膨張する際に、前記予備成形素材の表面にかかる圧力が不均一となり、前記予備成形素材に熱膨張以外の流動が生じたのち、前記予備成形素材を徐冷により冷却すれば、実施例1または実施例2と同様の効果が得られることは明らかであり、例えば、表面圧力が全て収縮の方向であったとしても、本発明の前記焼成工程において、前記前記予備成形素材の表面にかかる圧力を不均一となると(例えば、本発明において、前記非固定面に、前記予備成形素材の熱膨張により可動できる蓋を設け、前記流動が生じる範囲で前記蓋から前記非固定面を加圧する)、前記予備成形素材は熱膨張以外の流動を呈するため、実施例1または実施例2と同様の効果が得られるものと考える。
【0041】
また、実施例2と比較例3から、本発明の製造方法によると、本発明の5%伸び時の引張強さが極めて大きくなること、すなわち、本発明の製造方法により成形すると、耐圧性が極めて向上できることが明らかとなった。また、比較例3は、前記冷却工程で加圧急冷を行なうことから、前記冷却工程で一度に多くの予備成形素材を同時に冷却するためには冷却設備が大掛かりとなり問題であるなど、生産性の点で問題がある。
【0042】
他の、焼成による成形が可能な樹脂と充填材を含む樹脂組成物について、実施例1および実施例2と同様の焼成用成形型を用いて焼成した後、徐冷し成形して得られた樹脂成形体は、前記充填材の二次凝集内に前記樹脂成分が効果的に入り込むため、実施例1および実施例2と同様に耐圧性向上の効果が得られるものと考える。
【0043】
したがって、本発明によると、樹脂と充填材を含む樹脂組成物において、5%伸び時の引張強さを高めた樹脂成形体を得ることが可能となり、前記樹脂成形体を切削加工などすることにより、耐圧性が向上したシールリングなどのシール部材を得ることが可能となる。また、従来高耐圧性を有するシールリングなどのシール部材に使用されているPTFEにブロンズを充填した樹脂組成物を成形したシールリングなどのシール部材の製造方法に、本発明の製造方法を用いることにより、得られるシールリングなどのシール部材の耐圧性をさらに向上することが可能となるため、前記シールリングなどのシール部材に生じる前記はみ出しによる変形などの不具合の低減が図られる。
【0044】
本発明の製造方法により高い耐圧性のシール部材が得られることから、本発明の製造方法により、シール関連部材である、高い耐はみ出し性を要求されるバックアップリングや、高い圧縮強度を要求されるウエアリングについて、それぞれの要求特性を向上することが可能となる。
【産業上の利用可能性】
【0045】
水素燃料用シールなどのような100MPa以上の高耐圧を求められるシール部材、あるいは高耐圧は求められていないがシール溝に大きな隙間があるなどの構造上の都合で、シール部材のはみ出しが生じやすい構造に使用されるシール部材等にも利用可能である。
【符号の説明】
【0046】
1 樹脂組成物
2 予備成形用成形型
21 加圧部材
3 予備成形素材
4 焼成用成形型
5 樹脂成形体


【特許請求の範囲】
【請求項1】
樹脂と充填材を含む樹脂組成物を圧縮成形して予備成形素材を作製する予備成形工程と、前記予備成形素材を加熱する焼成工程と、前記焼成工程後、前記予備成形素材を徐冷して樹脂成形体にする冷却工程と、前記冷却工程後、前記樹脂成形体を切削加工する切削工程を有し、前記焼成工程において、前記予備成形素材が熱膨張する際に、前記予備成形素材の表面にかかる圧力が不均一となることを特徴とするシール部材の製造方法。
【請求項2】
樹脂と充填材を含む樹脂組成物を圧縮成形して予備成形素材を作製する予備成形工程と、前記予備成形素材を焼成用成形型に挿入して加熱する焼成工程と、前記焼成工程後、前記予備成形素材を徐冷して樹脂成形体とする冷却工程と、前記冷却工程後、前記樹脂成形体を切削加工する切削工程を有し、前記焼成工程において、前記予備成形素材が熱膨張する際に、少なくとも前記予備成形素材の一箇所に非固定面Mが有る状態であり、且つ前記予備成形素材と前記焼成用成形型が嵌合状態であることを特徴とするシール部材の製造方法。
【請求項3】
前記樹脂がフッ素系樹脂であり、前記充填材が繊維状充填材であることを特徴とする請求項1又は2に記載のシール部材の製造方法。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか一項に記載のシール部材の製造方法で作製されるシール部材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2012−233552(P2012−233552A)
【公開日】平成24年11月29日(2012.11.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−104333(P2011−104333)
【出願日】平成23年5月9日(2011.5.9)
【出願人】(000003263)三菱電線工業株式会社 (734)
【Fターム(参考)】