説明

スクロール型圧縮機

【課題】流体潤滑域から混合潤滑域又は境界潤滑域に移行した際においても低摩擦性、耐摩耗性及び耐荷重性等の軸受特性を維持することができ、とくに次世代機種に要求される高速域での使用においても焼付き等を生じることのない軸支承部を備えたスクロール型圧縮機を提供すること。
【解決手段】含油円筒状巻きブッシュ31は、金属製の裏金28と、裏金28の一方の表面に一体的に被着形成された銅系多孔質金属焼結層29とからなる複層焼結摺動板材30を、銅系多孔質金属焼結層29を内側にして円筒状に捲回して得られる円筒状巻きブッシュに含油処理を施して冷凍機油を含浸してなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、空調冷凍機等に搭載されるスクロール型圧縮機に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、冷凍空調圧縮機においては、回転速度、圧力等の運転範囲の拡大及びマルチエアコンの出現により高い信頼性が強く要求されてきている。とくにマルチエアコンでは、空調機への冷媒ガス封入量が増大するため多量の冷媒ガスが回転軸と軸支承部との摺動面を潤滑する潤滑油に溶け込み、潤滑油の粘度が極端に低下し、給油経路や軸受部位での冷媒ガスの発砲に起因する瞬時の潤滑不良等の問題を生じ、回転軸を円滑に支承する軸受の損傷に繋がる虞がある。
【0003】
従来、冷凍空調圧縮機の回転軸を支承する軸受としては、裏金に黒鉛を含浸させた多孔質青銅系合金を焼結し、回転軸との摺動面に多孔質青銅系合金と黒鉛との両方をまばらに露出させた軸受(特許文献1参照)、回転軸との摺動面に潤滑性及び耐摩耗性を有する表面層を備えた金属板を、表面層を内側にして巻き成形して作った巻きブッシュであって、表面層を有する金属板が、四ふっ化エチレン樹脂(以下、PTFEと略称する)及び鉛を含浸させた青銅粉末製多孔質焼結層を有する鋼板である軸受(特許文献2参照)、裏金に合成樹脂と潤滑材とからなる複合物質を含浸させた多孔質青銅系合金を焼結し、軸との接触面に多孔質青銅系合金と複合物質との両方がまばらに露出する軸受(特許文献3参照)、金属基部に設けられた多孔質層とその多孔質層に含浸させたふっ素樹脂層とを備え、そのふっ素樹脂層から焼結層が露出した砥粒加工面を軸受摺動面とした軸受(特許文献4参照)が用いられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開昭62−200018号公報
【特許文献2】特開平11−107942号公報
【特許文献3】特開昭59−194128号公報
【特許文献4】特開2004−251226号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
密閉容器内に電動機とこの電動機の出力回転軸によって駆動されるスクロール型圧縮機構部とを備えた従来のスクロール型圧縮機において、密閉容器内の圧力や温度により相当量の冷媒ガスが潤滑油中に溶解するため、潤滑油の粘度が極度に低下する場合がある。このため、油膜厚さが薄くなり流体潤滑域から混合潤滑域ないし境界潤滑域に移行し、局部的な金属同士の接触により焼付きや異常摩耗を生ずることがある。
【0006】
このように潤滑状態が不安定になる条件下での使用では、例えば上記特許文献2ないし4に開示された複層軸受は優れた軸受特性を備えている。とくに上記特許文献3及び4に開示された複層軸受は、使用中における軸受の内周面と回転軸の外周面との軸受隙間(所謂クリアランス)の変動が少ないという観点から賞用されているが、焼結金属部位の露出率の変動や、使用中の温度上昇により焼結層の孔隙に配された合成樹脂に熱膨張をきたし、やはり使用中における軸受隙間に変動を生じ、結果として局部的な金属同士の接触による焼付きや異常摩耗を生ずるという問題は依然解決されていない。
【0007】
本発明は上記諸点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、流体潤滑域から混合潤滑域又は境界潤滑域に移行した際においても低摩擦性、耐摩耗性及び耐荷重性等の軸受特性を維持することができ、とくに次世代機種に要求される高速域での使用においても焼付き等を生じることのない軸支承部を備えたスクロール型圧縮機を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明によるスクロール型圧縮機は、密閉容器内に、出力回転軸を有する電動機と、電動機の出力回転軸の回転によって駆動されるスクロール型圧縮機構部と、電動機の出力回転軸を回転自在に支持する軸支承部と、軸支承部に供給される潤滑油を溜める貯留部とを備えており、スクロール型圧縮機構部は、密閉容器に固定されていると共に渦巻き状のラップを有する固定スクロールと、密閉容器に対して回転自在に配されていると共に固定スクロールのラップに対して電動機の出力回転軸の回転により公転する渦巻き状のラップを有する旋回スクロールと、固定スクロール及び旋回スクロールのラップ同士を互いに噛合させて形成された圧縮室を備えており、駆動により密閉容器外から吸入した冷媒ガスを圧縮室で圧縮して密閉容器内に吐出するようになっており、固定スクロールは、渦巻き状のラップが一体的に設けられていると共に密閉容器に固定されている固定スクロール基部を有しており、旋回スクロールは、その渦巻き状のラップが一体的に設けられていると共に密閉容器に対して回転自在に配されている旋回スクロール基部を有しており、電動機の出力回転軸は、電動機のロータに固定された回転軸本体と、回転軸本体の一端に連結されていると共に当該回転軸本体の軸心に対して偏心している偏心軸とを有しており、軸支承部は、固定スクロール基部に設けられていると共に回転軸本体の一端側が挿通されている貫通孔と、この貫通孔に嵌合固定されていると共に内周面で回転軸本体の一端側を回転自在に支承する滑り軸受と、旋回スクロール基部に設けられていると共に偏心軸が配されている貫通孔又は凹所と、この貫通孔又は凹所に嵌合固定されていると共に内周面で偏心軸を回転自在に支承する滑り軸受と、密閉容器に固定されている支持フレームと、この支持フレームに設けられていると共に内周面で回転軸本体の他端側を回転自在の支承する軸受とを具備しており、該滑り軸受は、金属製の裏金と該裏金の表面に一体的に被着形成された黒鉛を含有する銅系含油多孔質焼結層とを備えていると共に該銅系含油多孔質焼結層において回転軸本体の一端側及び偏心軸を回転自在に支承する円筒状巻きブッシュからなり、銅系含油多孔質焼結層は、錫5〜20質量%とマンガン5〜15質量%と黒鉛5〜20質量%と残部銅からなることを特徴とする。
【0009】
本発明のスクロール型圧縮機によれば、滑り軸受は、金属製の裏金と該裏金の表面に一体的に被着形成された錫5〜20質量%とマンガン5〜15質量%と黒鉛5〜20質量%及び残部銅からなる銅系含油多孔質焼結層を備えていると共に該銅系含油多孔質焼結層において回転軸本体の一端側及び偏心軸をそれぞれ回転自在に支承する円筒状巻きブッシュから形成されているので、軸支承部が流体潤滑域から混合潤滑域ないし境界潤滑域に移行した際においても低摩擦性、耐摩耗性及び耐荷重性等の軸受特性を維持させることができるばかりでなく、とくに次世代機種に要求される、例えば9000〜10000rpmの高速域での使用においても焼付きを生じることなく低摩擦係数で安定した回転を維持することができる。
【0010】
本発明のスクロール型圧縮機において、軸支承部を形成する滑り軸受としての円筒状巻きブッシュの銅系含油多孔質焼結層の相対密度は、70〜90%、好ましくは80〜90%に形成されている。
【0011】
銅系含油多孔質焼結層の相対密度が70〜90%、好ましくは80〜90%に形成されているので、滑り軸受としての耐荷重性が向上される。
【0012】
本発明のスクロール型圧縮機において、軸支承部を形成する滑り軸受としての円筒状巻きブッシュの銅系含油多孔質焼結層に含有される黒鉛は、天然黒鉛及び/又は人造黒鉛が使用される。天然黒鉛は、黒鉛自体の自己潤滑性に優れており、また人造黒鉛は、自己潤滑性に加え、多孔質であることから潤滑油の保持体としての役割を果たす。
【0013】
銅系多孔質焼結層に含浸される潤滑油は、例えばエステル結合を有するエステル油、カーボネート油、エーテル結合(−O−)を有するポリアルキレングリコール油(略称PAG)、ポリビニールエーテル油(略称PVE)等のエステル、エーテル系冷凍機油あるいはアルキルベンゼン、α−オレフィン・オリゴマー等の合成炭化水素系冷凍機油が使用される。
【0014】
これら冷凍機油は、冷媒雰囲気下では一般の潤滑油よりも潤滑性に劣るが、本発明のスクロール型圧縮機においては、錫5〜20質量%とマンガン5〜15質量%と黒鉛5〜20質量%及び残部銅からなる銅系多孔質焼結層に含浸されることにより、焼結層及び黒鉛との相乗効果により油膜の保持性がよく潤滑性能の低下は極力防止され、焼付き等の不具合を生じることはない。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、回転軸本体及び偏心軸は、軸支承部において金属製の裏金に一体的に被着形成された錫5〜20質量%とマンガン5〜15質量%と黒鉛5〜20質量%と残部銅からなる銅系含油多孔質焼結層を含む円筒状巻きブッシュに回転自在に支承されており、当該円筒状巻きブッシュの潤滑条件が流体潤滑域から混合潤滑域ないし境界潤滑域に移行した際においても低摩擦性、耐摩耗性及び耐荷重性等の軸受特性を維持させることができるばかりでなく、9000〜10000rpmの高速域での使用においても円筒状巻きブッシュに焼付きを生じることなく低摩擦係数で安定した回転を維持することのできるスクロール型圧縮機を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】図1は、本発明のスクロール型圧縮機の断面図である。
【図2】図2は、複層焼結摺動板材の断面図である。
【図3】図3は、円筒状巻きブッシュの斜視図である。
【図4】図4は、図3の縦断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
次に本発明の実施の形態を、図に示す好ましい例に基づいて更に詳細に説明する。なお、本発明はこれらの例に何等限定されないのである。
【0018】
図1において、スクロール型圧縮機1は、両端が閉塞された筒状の密閉容器2を備えており、密閉容器2内において、その上部にはスクロール型圧縮機構部3が、下部には電動機4が配設されており、これらは出力回転軸5を介して互いに連動連結されている。電動機4はロータ4aとステータ4bとからなり、ロータ4aは出力回転軸5に固定され、ステータ4bは密閉容器2に固定されている。スクロール型圧縮機構部3は、互いに噛合する固定スクロール6と旋回スクロール7とを備えている。固定スクロール6は、端板6aとその下面に立設されたうず巻き状のラップ6bとを備えている。端板6aの中央部には吐出ポート6cが設けられていると共に吐出ポート6cを開閉する吐出弁8が設けられており、固定スクロール6は、密閉容器2内の上方位置に設けられた支持部9を介して密閉容器2に固定されている。旋回スクロール7は、端板7aとその上面に立設されたうず巻き状のラップ7bとを備えており、端板7aの下面に筒状ボス部7cが形成されている。固定スクロール6と旋回スクロール7とを相互に所定距離だけ偏心させ、かつ180°だけ角度をずらせてラップ6b及び7bを噛合させることによって、複数個の密閉空間からなる圧縮室27が形成される。
【0019】
出力回転軸5は、回転軸本体5aと、回転軸本体5aの上端に出力回転軸本体5aの軸心に対して偏心した軸心を有する偏心軸5bとを一体に有している。回転軸本体5aは、その下方部位で密閉容器2内の下方位置に設けられた支持部10に固定されたハウジング11に転がり軸受又はすべり軸受等の軸受12を介して回転自在に支承され、その上方部位で支持部9の筒状ボス部9aの内面9cに嵌合固定された滑り軸受13に回転自在に支承されており、回転軸本体5aと一体の偏心軸5bは、旋回スクロール7の端板7aの下面に立設された筒状ボス部7cの内面7dに嵌合固定された滑り軸受14に回転自在に支承されている。
【0020】
出力回転軸5の内部には、一方の端部が回転軸本体5aの端面で開口し、他方の端部が偏心軸5bの上端で開口すると共に滑り軸受12及び13の摺動面である内周面に潤滑油を供給する導油孔15が形成されており、出力回転軸5には、導油孔15に連通すると共に導油孔15からの潤滑油が供給される通油孔15aが形成されている。出力回転軸5に形成された導油孔15の開口部には差圧式給油部16が設けられており、差圧式給油部16は密閉容器2の底部に設けられた潤滑油の貯留部17に通じている。
【0021】
旋回スクロール7の端板7aの背面には、端板7aと支持部9とで囲まれた空間からなる背圧室18が形成されている。背圧室18には旋回スクロール7の端板7aに穿設された細孔19を通して吸入圧力と吐出圧力の中間の圧力が導入されるようになっている。出力回転軸5の回転により旋回スクロール7の筒状ボス部7cが背圧室18内を旋回することにより旋回スクロール7は旋回運動を行い、旋回スクロール7のうず巻き状のラップ7bと固定スクロール6のうず巻き状のラップ6bの互いの接点の移動により、吸入管20より吸入された冷媒ガスはうず巻き状の外側室から内側室にかけて圧縮され、固定スクロール6の中央部に設けた吐出ポート6cより密閉容器2内に吐出され、固定スクロール6の外周部に設けた通路21、支持部9の外周通路22を通り吐出管23を介して機外に送出される。
【0022】
固定スクロール6と旋回スクロール7との両ラップ6b及び7b、端板6a及び7aにより形成される圧縮室27の容積は、外側から内側に向うにつれて減少している結果、圧縮室27の空気は外側から内側への移動と共にその圧力が上昇する。而して、旋回スクロール7と支持部9とで形成される背圧室18は細孔19により吸入圧力と吐出圧力との中間の圧力に保持されている。そこで、この中間圧力と圧縮部内圧力との差圧により、旋回スクロール7を固定スクロール6に押し付け、ラップ6b及び7bの先端と端板6a及び7aとの隙間のシール部の密着を保持する。
【0023】
密閉容器2内の底部の貯留部17に溜められた潤滑油は、密閉容器2内の高圧圧力と背圧室18の中間圧力との差圧により出力回転軸5の導油孔15を上昇し、導油孔15の上端開口から偏心軸5bを回転自在に支承する滑り軸受14に供給されると共に導油孔15に連通する通油孔15aを介して出力回転軸5の下方部位を回転自在に支承する転がり軸受又はすべり軸受等の軸受12及び出力回転軸5の上方部位を回転自在に支承する滑り軸受13に供給される。
【0024】
このようにスクロール型圧縮機1は、密閉容器2内に、出力回転軸5を有する電動機4と、電動機4の出力回転軸5の回転によって駆動されるスクロール型圧縮機構部3と、電動機4の出力回転軸5を回転自在に支持する軸支承部25と、軸支承部25に供給される潤滑油を溜める貯留部17とを備えており、スクロール型圧縮機構部3は、密閉容器2に固定されていると共にうず巻き状のラップ6bを有する固定スクロール6と、密閉容器2に対して回転自在に配されていると共に固定スクロール6のラップ6bに対して電動機4の出力回転軸5の回転により公転するうず巻き状のラップ7bを有する旋回スクロール7と、固定スクロール6及び旋回スクロール7のラップ6b及び7b同士を互いに噛合させて形成された圧縮室27とを備えており、駆動により密閉容器2外から吸入した冷媒ガスを圧縮室27で圧縮して密閉容器2内に吐出すると共に密閉容器2内に吐出した冷媒ガスを密閉容器2外に吐出するようになっており、固定スクロール6は、端板6aと支持部9とからなっており、端板6aにおいてうず巻き状のラップ6bが一体的に設けられていると共に密閉容器2に固定されている固定スクロール基部6dを有しており、旋回スクロール7は、端板7aと筒状ボス部7cとからなっており、端板7aにおいてうず巻き状のラップ7bが一体的に設けられていると共に密閉容器2に対して回転自在に配されている旋回スクロール基部7eを有しており、電動機4の出力回転軸5は、電動機4のロータ4aに固定された回転軸本体5aと、回転軸本体5aの一端に連結されていると共に当該回転軸本体5aの軸心に対して偏心している偏心軸5bとを有しており、軸支承部25は、固定スクロール基部6dに設けられていると共に回転軸本体5aの一端側が挿通されている貫通孔としての筒状ボス部9aの内面9cで規定される円孔と、筒状ボス部9aの内面9cで規定される円孔に嵌合固定されていると共に内周面で回転軸本体5aの一端側を回転摺動自在に支持する滑り軸受13と、旋回スクロール基部7eに設けられていると共に偏心軸5bが配されている貫通孔又は凹所としての筒状ボス部7cの内面7dで規定される円形凹所と、筒状ボス部7cの内面7dで規定される円形凹所に嵌合固定されていると共に内周面で偏心軸5bを回転摺動自在に支持する滑り軸受14と、密閉容器2に固定されていると共に支持部10及びハウジング11からなる支持フレーム26と、支持フレーム26のハウジング11に設けられていると共に回転軸本体5aの他端側が配されている貫通孔又は凹所としての円孔11aと、円孔11aに嵌合固定されていると共に内周面で回転軸本体5aの他端側を回転摺動自在に支持する転がり軸受又はすべり軸受等の軸受12とを具備している。
【0025】
回転軸本体5aの一端側及び偏心軸5bを回転自在に支持する滑り軸受13及び14は、金属製の裏金28と、裏金28の一方の表面に一体的に被着形成された銅系多孔質金属焼結層29とからなる複層焼結摺動板材30を、銅系多孔質金属焼結層29を内側にして円筒状に捲回して得られる円筒状巻きブッシュに含油処理を施して冷凍機油を含浸した含油円筒状巻きブッシュ31からなる。
【0026】
金属製の裏金28としては、冷間圧延鋼板(SPCC)が使用されて好適である。
【0027】
金属製の裏金28の一方の表面に一体的に被着形成された銅系多孔質金属焼結層29は、錫成分0.5〜20質量%とマンガン成分0.1〜35質量%と黒鉛成分5〜25質量%と残部銅成分からなる。
【0028】
銅系多孔質金属焼結層29を形成する錫成分は、主成分をなす銅成分と合金化して銅−錫合金(青銅合金)を形成する。錫成分は、銅−錫合金マトリックスの固溶を強化して、その強度及び硬度などの機械的強度を高め、滑り軸受としての耐荷重性、耐摩耗性及び耐焼付き性を向上させる。錫成分の含有量は、0.5〜20質量%、好ましくは5〜20質量%である。錫成分の含有量が0.5質量%未満では、銅−錫合金マトリックスを強化させる効果が乏しく、また、含有量が20質量%を超えて含有すると銅−錫合金マトリックスが脆くなるという欠点が表れる。
【0029】
マンガン成分は、主成分をなす銅成分に対し全率固溶体を形成する。マンガン成分は、主として銅−錫合金マトリックスの固溶強化に寄与し、機械的強度及び耐摩耗性の向上に効果を発揮する。このマンガン成分の効果は、その含有量が0.1質量%で銅−錫合金マトリックスを強化する作用及び耐摩耗性を高める作用が表れはじめ、含有量が0.5質量%でこれらの作用が顕著にとなり、35質量%の含有量までこれらの作用が発揮される。一方、マンガン成分の含有量が10質量%を超えると、銅−錫合金マトリックスに硬質の銅−錫−マンガン相が析出し、当該硬質相は、黒鉛との共存下において耐摩耗性を向上させる作用を示すが、マンガン成分の含有量が35質量%を超えると、この硬質相の析出量が多くなりすぎ、黒鉛の含有量を多量にしても耐摩耗性が悪化し、相手材を損傷させる虞がある。したがって、マンガン成分の含有量は、0.1〜35質量%、好ましくは0.5〜20質量%である。
【0030】
黒鉛成分は、銅−錫−マンガン合金マトリックスに分散含有されることにより、滑り軸受としての自己潤滑性を高める効果を発揮し、耐荷重性及び耐摩耗性を一層向上させる。黒鉛成分としては、天然黒鉛及び人造黒鉛の少なくとも一方が使用される。天然黒鉛は、黒鉛自体の自己潤滑性に優れており、また人造黒鉛は、自己潤滑性に加え、多孔質であることから潤滑油の保持体としての役割を果たす。黒鉛成分の含有量は、前記マンガン成分の含有量に基づく銅−錫合金マトリックス中の硬質相の析出割合に応じて決定され、5〜25質量%、好ましくは10〜20質量%である。5質量%未満の含有量では、自己潤滑性を付与し難く、また25質量%を超えて含有すると、焼結層の機械的強度を低下させる虞がある。
【0031】
銅成分は、銅系多孔質金属焼結層の主成分をなし、その含有量は、銅系多孔質金属焼結層の全体量から錫成分、マンガン成分及び黒鉛成分を除いた残余の量である。
【0032】
次に、上記構成からなる滑り軸受としての円筒状巻きブッシュの製造方法について説明する。
【0033】
金属製の裏金として、厚さ0.5〜2.5mmの冷間圧延鋼板(SPCC)を準備する。
【0034】
粒径が75μm以下、好ましくは45μm以下の電解銅粉末と、粒径が75μm以下、好ましくは45μm以下のアトマイズ錫粉末と、粒径が45μm以下のマンガン粉末と、粒径が150μm以下の天然黒鉛粉末及び人造黒鉛粉末を準備し、錫粉末とマンガン粉末と天然黒鉛及び人造黒鉛粉末のうちの少なくとも一方と銅粉末とをV型ミキサーに投入し、20〜40分間混合して、錫粉末0.5〜20質量%とマンガン粉末0.1〜35質量%と天然黒鉛及び人造黒鉛粉末のうちの少なくとも一方5〜25質量%と残部銅粉末からなる混合粉末を作製する。
【0035】
前記冷間圧延鋼板からなる裏金の表面に前記混合粉末を一様な厚さに散布し、これをアンモニア分解ガス、窒素ガス、窒素・水素混合ガスなどの還元性雰囲気又は非酸化性雰囲気に調整された加熱炉内で700〜900℃の温度で10〜30分間焼結して該裏金の表面に銅系多孔質焼結層を一体的に被着形成する。ついで、該銅系多孔質焼結層の厚さが0.2〜1.0mmとなるようにロール圧下で圧延した後、再度上記雰囲気に調整された加熱炉内で700〜900℃の温度で10〜30分間焼結し、該銅系多孔質焼結層の相対密度が70〜90%を呈する複層焼結摺動板材を作製する。
【0036】
この複層焼結摺動板材を、銅系多孔質焼結層を内側にして捲回し、所望の寸法を有する円筒状巻きブッシュを作製する。この円筒状巻きブッシュにおいては、必要に応じて切削加工あるいは研削加工等の機械加工を施し、寸法精度を高めた円筒状巻きブッシュとすることもできる。
【0037】
ついで、この円筒状巻きブッシュに、エステル又はエーテル系冷凍機油あるいは合成炭化水素系冷凍機油の含油処理を施し、該銅系多孔質焼結層に該冷凍機油を含浸した含油円筒状巻きブッシュを作製する。銅系多孔質焼結層に含浸される上記冷凍機油の含油量は、20〜30容積%とされる。
【0038】
このように作製された滑り軸受13としての含油円筒状巻きブッシュ31は、前記固定スクロール基部6dに設けられていると共に回転軸本体5aの一端側が挿通されている貫通孔としての筒状ボス部9aの内面9cで規定される円孔に圧入嵌合され、該含油円筒状巻きブッシュ31の内周面の銅系含油多孔質焼結層29で回転軸本体5aの一端側を回転摺動自在に支持し、また滑り軸受14としての含油円筒状巻きブッシュ31は、前記旋回スクロール基部7eに設けられていると共に偏心軸5bが配されている貫通孔又は凹所としての筒状ボス部7cの内面7dで規定される円形凹所に圧入嵌合され、該含油円筒状巻きブッシュ31の内周面の銅系含油多孔質焼結層29で偏心軸5bを回転摺動自在に支持する。
【0039】
次に、滑り軸受13及び14としての含油円筒状巻きブッシュ31と、従来の円筒状巻きブッシュについて、冷凍機油中での摩擦挙動、冷凍機油抜き試験及び耐荷重性について比較試験を行った。
【0040】
供試体Iとして、0.7mmの冷間圧延鋼板からなる裏金の表面に、錫成分10質量%とマンガン成分12質量%と黒鉛(人造黒鉛)成分12質量%と残部銅成分(66質量%)からなる銅系多孔質焼結層が0.3mmの厚さをもって一体的に被着形成された複層焼結摺動板材(厚さ1.0mm)を、該銅系多孔質焼結層を内側にして捲回した円筒状巻きブッシュに冷凍機油として、エーテル系冷凍機油を20容量%含浸した含油円筒状巻きブッシュを使用した。この含油円筒状巻きブッシュにおいて、銅系多孔質焼結層の相対密度は85%であった。
【0041】
供試体IIとして、0.7mmの冷間圧延鋼板からなる裏金の表面に、多孔質青銅合金焼結層が0.2mmの厚さをもって一体的に被着形成された複層焼結板に四ふっ化エチレン樹脂系組成物が0.1mmの厚さをもって含浸被覆された複層摺動板(厚さ1.0mm)を、該四ふっ化エチレン樹脂系組成物を内側にして捲回して円筒状巻きブッシュの内周面に機械加工を施し、該内周面に該多孔質青銅合金焼結層が20%の面積割合で露出した円筒状巻きブッシュを使用した。
【0042】
<冷凍機油中での摩擦挙動について>
<試験条件>

【0043】
上記試験条件による試験により、供試体Iからなる含油円筒状巻きブッシュは、回転数500rpmを超え10000rpmに至る領域で摩擦係数が0.02以下という極めて低い値を示したのに対し、供試体IIからなる円筒状巻きブッシュは、回転数500rpmの領域で摩擦係数が0.01〜0.06と変動し、回転数7000rpmの領域において焼付きを生じた。また、供試体Iからなる含油円筒状巻きブッシュにおいては、摩耗量が0.001mm、相手材摩耗量が0.001mmを示したのに対し、供試体IIからなる円筒状巻きブッシュは、当該ブッシュ及び相手材ともに表面損傷が大きく、測定できなかった。
【0044】
<冷凍機油抜き試験>
供試体I及び供試体IIからなる巻きブッシュと冷凍機油との親和性を確認するべく、ジャーナル試験において冷凍機油抜き試験を実施した。
【0045】
<試験条件>
速度 5.65m/s(3600rpm)
荷重 2.9MPa(1914N)
冷凍機油 エーテル系冷凍機油〔動粘度(40℃):66.6mm/s〕
相手材 機械構造用炭素鋼(S45C)高周波焼入れ(硬さHRc50)
クリアランス 0.03mm
試験方法 油浴中に設置されたジャーナル試験機にそれぞれ供試体I及び供試体IIか らなる円筒状巻きブッシュと相手材(回転軸)を設置し、油浴中に冷凍機油 が円筒状巻きブッシュと相手材とが半分浸漬された状態で該円筒状巻きブッ シュに荷重を負荷し、相手材が冷凍機油中で回転している状態から油浴中の 冷凍機油を抜き取り、摩擦係数が上昇するまでに要する時間を比較する。
【0046】
前記含油円筒状巻きブッシュと同様の供試体Iからなる含油円筒状巻きブッシュは、試験開始から10分間経過した時点においては摩擦係数が0.01以下という低い値で推移し、10分間経過後、冷凍機油が抜かれた状態では摩擦係数は0.01以下という低い値を示して推移し、試験開始後40分間(冷凍機油を抜いた状態から30分経過後)経過時点において摩擦係数が上昇したのに対し、前記円筒状巻きブッシュと同様の供試体IIからなる円筒状巻きブッシュは、試験開始から10分間経過した時点においては摩擦係数が供試体Iからなる含油円筒状巻きブッシュと同様0.01以下という低い値で推移し、10分間経過後、冷凍機油が抜かれた状態では摩擦係数は0.01以下という低い値を示して推移し、試験開始後25分間(冷凍機油を抜いた状態から15分経過後)経過時点において摩擦係数が上昇した。
【0047】
上記冷凍機油抜き試験ではその試験結果から、供試体Iからなる含油円筒状巻きブッシュは、冷凍機油との親和性が良好であることを示している。
【0048】
<耐荷重性について>
スクロール型圧縮機においては、冷媒の影響や長時間の稼働停止により、ドライ(乾燥摩擦)状態を生じることが懸念されるため、ドライ条件における耐荷重性を検証する。
【0049】
供試体I 0.7mmの冷間圧延鋼板からなる裏金の表面に、錫成分10質量%とマ
ンガン成分12質量%と黒鉛(人造黒鉛)成分12質量%と残部銅成分(
66質量%)からなる銅系多孔質焼結層が0.3mmの厚さをもって一体
的に被着形成された複層焼結摺動板材(厚さ1.0mm)を、一辺の長さ
が30mmの方形状に切断した複層摺動板に冷凍機油として、エーテル系
冷凍機油を含浸した含油複層摺動板を使用した。
供試体II 0.7mmの冷間圧延鋼板からなる裏金の表面に、多孔質青銅合金焼結層
が0.2mmの厚さをもって一体的に被着形成された複層焼結板に四ふっ
化エチレン樹脂系組成物が0.1mmの厚さをもって含浸被覆された複層
摺動板(厚さ1.0mm)を、一辺の長さが30mmの方形状に切断した
複層摺動板の表面に機械加工を施し、該表面に該多孔質青銅合金焼結層が
20%の面積割合で露出した複層摺動板を使用した。
【0050】
<試験条件>
速度 1.2m/s
荷重 10min毎に荷重を累積負荷
雰囲気 常温(23℃)大気中
相手材 機械構造用炭素鋼(S45C)調質材からなるスリーブ
運動形態 相手材の端面を複層摺動板の表面に当接させると共に相手材を連続回転運動
させる。
【0051】
供試体IIからなる複層摺動板は、荷重が7MPaの耐荷重性であったのに対し、供試体Iからなる複層摺動板は、荷重が10MPaの耐荷重性を示した。そして、試験後の供試体Iからなる複層摺動板の摩耗量は0.019mm、相手材の摩耗量は0.002mmであったのに対し、供試体IIからなる複層摺動板の摩耗量は0.061mm、相手材の摩耗量は0.003mmであった。
【0052】
以上の試験結果から、供試体Iからなる含油円筒状巻きブッシュ及び複層摺動板は、冷凍機油との親和性がよく、油膜の保持性が良好で耐摩耗性が向上し、合成樹脂を含まないので、内径面の加工時の寸法安定性に優れており、ドライ条件において優れた耐荷重性を示す。
【0053】
以上のように、含油円筒状巻きブッシュを、スクロール型圧縮機1における固定スクロール基部6dに設けられていると共に回転軸本体5aの一端側が挿通されている貫通孔としての筒状ボス部9aの内面9cで規定される円孔に、また旋回スクロール基部7eに設けられていると共に偏心軸5bが配されている貫通孔又は凹所としての筒状ボス部7cの内面7dで規定される円形凹所にそれぞれ圧入嵌合されることにより、当該含油円筒状巻きブッシュの潤滑条件が流体潤滑域から混合潤滑域ないし境界潤滑域に移行した際においても低摩擦性、耐摩耗性及び耐荷重性等の軸受特性を維持させることができるばかりでなく、9000〜10000rpmの高速域での使用においても円筒状巻きブッシュに焼付きを生じることなく低摩擦係数で安定した回転を維持することのできるスクロール型圧縮機を提供することができる。
【符号の説明】
【0054】
1 スクロール型圧縮機
2 密閉容器
3 スクロール型圧縮機構部
4 電動機
5 出力回転軸
5b 偏心軸
6 固定スクロール
6b、7b ラップ
7 旋回スクロール
13、14 滑り軸受
28 裏金
29 銅系多孔質金属焼結層
31 含油円筒状巻きブッシュ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
密閉容器内に、出力回転軸を有する電動機と、この電動機の出力回転軸の回転によって駆動されるスクロール型圧縮機構部と、電動機の出力回転軸を回転自在に支持する軸支承部と、この軸支承部に供給される潤滑油を溜める貯留部とを備えており、スクロール型圧縮機構部は、密閉容器に固定されていると共に渦巻き状のラップを有する固定スクロールと、密閉容器に対して回転自在に配されていると共に固定スクロールのラップに対して電動機の出力回転軸の回転により公転する渦巻き状のラップを有する旋回スクロールと、固定スクロール及び旋回スクロールのラップ同士を互いに噛合させて形成された圧縮室とを備えており、駆動により密閉容器外から吸入した冷媒ガスを圧縮室で圧縮して密閉容器内に吐出するようになっており、固定スクロールは、その渦巻き状のラップが一体的に設けられていると共に密閉容器に固定されている固定スクロール基部を有しており、旋回スクロールは、その渦巻き状のラップが一体的に設けられていると共に密閉容器に対して回転自在に配されている旋回スクロール基部を有しており、電動機の出力回転軸は、電動機のロータに固定された回転軸本体と、回転軸本体の一端に連結されていると共に当該回転軸本体の軸心に対して偏心している偏心軸とを有しており、軸支承部は、固定スクロール基部に設けられていると共に回転軸本体の一端側が挿通されている貫通孔と、この貫通孔に嵌合固定されていると共に内周面で回転軸本体の一端側を回転自在に支承する滑り軸受と、旋回スクロール基部に設けられていると共に偏心軸が配されている貫通孔又は凹所と、この貫通孔又は凹所に嵌合固定されていると共に内周面で偏心軸を回転自在に支承する滑り軸受と、密閉容器に固定されている支持フレームと、この支持フレームに設けられていると共に内周面で回転軸本体の他端側を回転自在に支承する軸受とを具備しており、該滑り軸受の夫々は、金属製の裏金と該裏金の表面に一体的に形成された黒鉛を含有する銅系含油多孔質焼結層とを備えていると共に該銅系含油多孔質焼結層において回転軸本体の一端側及び偏心軸の夫々を回転自在に支承する円筒状巻きブッシュからなり、銅系含油多孔質焼結層は、錫5〜20質量%とマンガン5〜15質量%と黒鉛5〜20質量%と残部銅からなることを特徴とするスクロール型圧縮機。
【請求項2】
銅系含油多孔質焼結層は、相対密度が70〜90%である請求項1に記載のスクロール型圧縮機。
【請求項3】
銅系含油多孔質焼結層に含有される黒鉛は、天然黒鉛及び人造黒鉛のうちの少なくとも一方からなる請求項1又は2に記載のスクロール型圧縮機。
【請求項4】
銅系含油多孔質焼結層に含浸される潤滑油は、冷凍機油である請求項1から3のいずれか一項に記載のスクロール型圧縮機。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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