説明

ソレノイドの通電制御装置

【課題】ソレノイドの特性にバラツキがある場合でも、ソレノイドに通電される電流を適切に制御することが可能なソレノイドの通電制御装置を提供する。
【解決手段】ソレノイドの通電制御装置100は、ソレノイドに通電する駆動電流の目標値である目標電流Irと実際の駆動電流の検出値である検出電流Ifbとの偏差を積分補償する積分演算部13と、検出電流Ifbとソレノイドの通電を制御するPWM制御部18に供給する指示電圧Vrとに基づきソレノイドの状態量を推定する状態量推定部14と、積分演算部13により積分補償された偏差と、ソレノイドの状態量と、ソレノイドのインダクタンス分及び抵抗分の夫々の特性バラツキを示す特性パラメータと、に基づいて指示電圧を演算する指示電圧演算部16と、を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ソレノイドの電流を制御するソレノイドの通電制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、電磁弁の開閉制御やアクチュエータの駆動にソレノイドが利用されている。このようなソレノイドの通電制御はPWM制御により行われる。ここで、ソレノイドの特性は同一設計の製品であってもバラツキを有することがある。上記電磁弁やアクチュエータの安定した制御を行うには、このような特性のバラツキを考慮する必要がある。このような技術として下記に出典を示す特許文献1に記載のものがある。
【0003】
特許文献1に記載のリニアソレノイドの電流制御装置は、判定手段と、実抵抗値算出手段と、比較手段と、補正手段とを備えて構成される。判定手段は、リニアソレノイドの抵抗値が算出可能か否かを判定する。実抵抗値算出手段は、判定手段からの信号、車両走行に応じて設定されるリニアソレノイドへの指令電流値、及び出力電圧値に基づき実抵抗値を算出する。比較手段は、算出された実抵抗値と記憶装置内の抵抗値とを比較する。補正手段は、比較手段による比較結果に基づき、記憶装置内の抵抗値を補正する。リニアソレノイドの電流制御装置は、このような補正された抵抗値に基づき出力電圧値を出力する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平9−280411号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ここで、ソレノイドの特性を決定するパラメータには、抵抗分の他にインダクタンス分がある。したがって、特許文献1に記載の技術では、インダクタンス分のバラツキがある場合には、適切に制御を行うことができないことがある。
【0006】
本発明の目的は、上記問題に鑑み、ソレノイドの特性にバラツキがある場合でも、ソレノイドに通電される電流を適切に制御することが可能なソレノイドの通電制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するための本発明に係るソレノイドの通電制御装置の特徴構成は、
ソレノイドに通電する駆動電流の目標値である目標電流と実際の前記駆動電流の検出値である検出電流との偏差を積分補償する積分演算部と、
前記検出電流と、前記ソレノイドの通電を制御するPWM制御部に供給する指示電圧とに基づき前記ソレノイドの状態量を推定する状態量推定部と、
前記積分演算部により積分補償された偏差と、前記ソレノイドの状態量と、前記ソレノイドのインダクタンス分及び抵抗分の夫々の特性バラツキを示す特性パラメータと、に基づいて前記指示電圧を演算する指示電圧演算部と、
を備えている点にある。
【0008】
このような特徴構成とすれば、ソレノイドのインダクタンス分や抵抗分等の特性バラツキがあった場合でも、電流応答を劣化させること無く電流制御することができる。したがって、ソレノイドに通電される電流を適切に制御することができる。
【0009】
また、前記目標電流の高周波域のゲインをあげる目標値フィルタが備えられ、前記積分演算部が前記目標電流として前記目標値フィルタによりゲインがあげられた目標電流を用いる構成とすると好適である。
【0010】
このような構成とすれば、高周波域の応答性を向上させることができる。
【0011】
また、前記指示電圧の演算に用いられる前記特性パラメータは、前記状態量推定部の出力の応答性を状態フィードバックゲインで調整した値が加算されてあると好適である。
【0012】
このような構成とすれば、特性パラメータと共に、状態フィードバックゲインで電流応答性を改善することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】ソレノイドの通電制御装置の構成を模式的に示すブロック図である。
【図2】ソレノイドの通電制御装置の機能ブロックを模式的に示すブロック図である。
【図3】ソレノイド電流のステップ応答比較結果である。
【図4】ソレノイド電流のステップ応答比較結果である。
【図5】ソレノイドの通電制御装置の処理を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施の形態について、詳細に説明する。本発明に係るソレノイドの通電制御装置(以下「通電制御装置」とする)100は、ソレノイドの特性バラツキがあった場合でも適切にソレノイドに通電する電流を制御する機能を備えている。このようなソレノイドは、例えば電磁弁の開閉制御やアクチュエータの駆動に利用される。本通電制御装置100は、このようなソレノイドを制御対象とする。
【0015】
ソレノイド1は、図1に示すように、通電制御装置100によって駆動される。通電制御装置100は、マイクロコンピュータ4を中核として、駆動回路5や電流検出部6を有して構成される。マイクロコンピュータ4は、CPUコア、プログラムメモリ、パラメータメモリ、ワークメモリ、通信制御部、A/Dコンバータ、タイマ、ポートなどを有して構成される。このような構成は一般的な事項であり、説明を容易にするため図示及び詳細な説明は省略する。
【0016】
プログラムメモリは、制御プログラムなどが格納された不揮発性のメモリである。パラメータメモリは、プログラムの実行の際に参照される種々のパラメータが格納された不揮発性のメモリである。なお、パラメータメモリは、プログラムメモリと区別することなく、プログラムメモリに含められていても良い。プログラムメモリやパラメータメモリは、例えばフラッシュメモリなどによって構成されると好適である。ワークメモリは、プログラム実行中の一時データを一時記憶するメモリである。ワークメモリは、揮発性で問題なく、高速にデータの読み書きが可能なDRAM(dynamic RAM)やSRAM(static RAM)により構成される。
【0017】
駆動回路5は、MOSFET(metal oxide semiconductor field effect transistor)やIGBT(insulated gate bipolar transistor)などのパワー半導体を用いたスイッチング回路や、マイクロコンピュータ4の出力信号のドライブ能力を向上するドライバ回路などを有して構成される。ソレノイド1を駆動するスイッチング回路や、ドライバ回路の構成については公知であるので詳細な説明は省略する。なお、図1における符号7は保護ダイオードである。また、駆動回路5には、自己診断機能が備えられており、過電流、短絡、断線、温度上昇などの診断結果がマイクロコンピュータ4に伝達されるように構成されている。
【0018】
マイクロコンピュータ4は、例えば自動車においては不図示の走行制御ECUなど、上位の制御装置からソレノイドバルブの制御指令を受け、その制御指令に基づいてソレノイド1を制御する。具体的には、ソレノイド1を駆動する駆動電流を制御して、プランジャを任意の位置へ変位させてバルブ部材をスリーブ内で摺動させる。ソレノイド1に実際に流れる電流は、電流検出部6により検出され、マイクロコンピュータ4に伝達される。電流検出部6は、ホールIC等を用いた電流センサで構成されても良いし、シャント抵抗を用いた電流検出回路により構成されても良い。マイクロコンピュータ4は、ソレノイド1の制御指令に基づく目標電流Irとソレノイド1に実際に流れる電流(検出電流Ifb)との偏差に基づいて電流フィードバック制御を行う。そして、例えばPWM(pulse width modulation)制御などによって、駆動回路5に印加される電圧をスイッチングすることによって駆動電流を制御する。
【0019】
なお、図1に例示したように、本実施形態では、プログラムメモリやワークメモリなどが1つのチップ(マイクロコンピュータ4)に集積された形態を例示しているが、当然ながら複数のチップによってマイクロコンピューティングシステムが構成されても良い。また、本実施形態においては、通電制御装置100は、マイクロコンピュータ4を中核として構成され、半導体チップとしてのハードウェアと、プログラムやパラメータなどのソフトウェアとの協働によりその機能が実現される。但し、通電制御装置100の実施態様は、このようなハードウェアとソフトウェアとの協働に限定されるものではなく、ASIC(application specific integrated circuit)などを利用してハードウェアのみで構成されることを妨げるものではない。
【0020】
以下、通電制御装置100の詳細について説明する。図2に示すように、通電制御装置100は、目標値フィルタ11と、積分演算部13と、状態量推定部14と、特性パラメータ記憶部15と、指示電圧演算部16と、状態フィードバックゲイン記憶部17とを有している。各機能部は、上述したように、マイクロコンピュータ4を中核として、ハードウェアとソフトウェアとの協働により実現される。図2は、機能ブロックとしての構成を示したものであり、各機能部は必ずしも独立して存在する必要はない。
【0021】
目標値フィルタ11は、目標電流Irの高周波域のゲインをあげる。目標電流Irとは、ソレノイド1に通電する駆動電流の目標値である。このような目標値フィルタ11を設けた場合のステップ応答が図3(a)に示され、目標値フィルタ11を設けていない場合のステップ応答が図3(b)に示される。なお、図3(a)及び図3(b)には、夫々ソレノイド1の温度を変化させた場合の例が示される。図3(a)及び図3(b)に示されるように、目標値フィルタ11を設けることにより立上り時間が短くなり、応答性が向上しているのがわかる。このような目標値フィルタ11を設けてゲインをあげることで、通電制御装置100の応答性を向上させることができる。
【0022】
積分演算部13は、目標値フィルタ11を通過後の目標電流Irと実際の駆動電流の検出値である検出電流Ifbとの偏差を積分補償する機能部である。目標値フィルタ11を通過後の目標電流Irとは、目標値フィルタ11によりゲインがあげられた目標電流である。検出電流Ifbは電流検出部6により検出される。偏差は、加算器(減算器)12によって演算される。積分演算部13は、このような加算器12により求められた目標電流Irと検出電流Ifbとの偏差の積分値を演算する。
【0023】
状態量推定部14は、検出電流Ifbと、ソレノイド1の通電を制御するPWM制御部18に供給する指示電圧Vrの1周期前の値とに基づきソレノイド1の状態量を推定する。検出電流Ifbとは、上述のように電流検出部6により検出される。指示電圧Vrの1周期前の値は、状態量推定部14の入力段に設けられた遅延要素19により求められる。ソレノイド1の状態量とは、ソレノイド1の状態を示す量である。本実施形態では、PWM制御されたソレノイド1の駆動電流の変化量に相当する。
【0024】
特性パラメータ記憶部15は、ソレノイド1のインダクタンス分及び抵抗分の夫々の特性バラツキを示す特性パラメータが記憶される。ここで、ソレノイド1を設計値どおりに作製した場合でも所定のバラツキが含まれる。特性パラメータ記憶部15は、このような特性(特に、インダクタンス分及び抵抗分)のワースト値を規定するパラメータが記憶される。なお、このような特性パラメータは、予め記憶された値から、適宜、変更することも可能である。
【0025】
このような特性パラメータを設定した場合のステップ応答が図4(a)に示され、特性パラメータを設定していない場合のステップ応答が図4(b)に示される。なお、図4(a)及び図4(b)には、図3と同様に夫々ソレノイド1の温度を変化させた場合の例が示される。図4(a)及び図4(b)に示されるように、特性パラメータを設定することにより温度依存性が小さくなり、応答性が向上しているのがわかる。
【0026】
指示電圧演算部16は、積分演算部13により積分補償された偏差と、ソレノイド1の状態量と、特性パラメータとに基づき指示電圧Vrを演算する。積分演算部13により積分補償された偏差とは、目標電流Irと検出電流Ifbとの偏差を積分補償したものである。ソレノイド1の状態量とは、状態量推定部14により推定された状態量である。特性パラメータとは、特性パラメータ記憶部15に記憶されてある特性パラメータである。
【0027】
状態フィードバックゲイン記憶部17は、状態フィードバックゲインが記憶されている。このような状態フィードバックゲインは、ソレノイド1のインダクタンス分と抵抗分とに基づいて規定され、電流応答性を向上させる。本実施形態では、指示電圧演算部16は、指示電圧Vrを演算するにあたり特性パラメータを用いるが、当該特性パラメータは状態量推定部14の出力の応答性を状態フィードバックゲインで調整した値が加算されたものが用いられる。
【0028】
PWM制御部18は、指示電圧Vr及びソレノイド1の電流特性に基づいて駆動回路5の制御指令(例えば、PWM指令)を演算する機能部である。また、PWM指令に基づいてPWM信号を生成し、駆動回路5に当該PWM信号を出力する。
【0029】
このように、本通電制御装置100では、目標電流Irに対して検出電流Ifbを用いてフィードバック制御するだけでなく、目標電流Irと検出電流Ifbとの偏差の積分補償した値に対して状態量及び特性パラメータを用いてフィードバック制御される。このため、2自由度のフィードバック系を構成するので、より高いロバスト安定性を実現することが可能となる。
【0030】
次に、通電制御装置100が行う処理について図5のフローチャートを用いて説明する。マイクロコンピュータ4は、図5に示すフローチャートの一連の処理を繰り返し実行する。図5に示されるように、電流フィードバック制御の最初にマイクロコンピュータ4は、目標電流Irの値を取得し(ステップ#01)、検出電流Ifbの値を取得する(ステップ#02)。目標電流Irが取得されると、応答性をあげるために目標値フィルタ11を通過させる(ステップ#03)。
【0031】
次に、目標値フィルタ11を通過後の目標電流Ir及び検出電流Ifbの偏差が演算され(ステップ#04)、積分演算部13により積分値が演算される(ステップ#05)。現在の指示電圧Vr及び検出電流Ifbに基づき、状態量推定部14により状態量が演算される(ステップ#06)。更に、この推定量と特性パラメータと状態フィードバックゲインと積分値とに基づき、指示電圧Vrが演算される(ステップ#07)。
【0032】
PWM制御部18は指示電圧VrをPWM信号に変換し(ステップ#08)、PWM信号を出力する(ステップ#09)。このようにして、駆動回路5のスイッチング回路をPWM制御によりスイッチングさせるためのPWM信号がPWM制御部18によって生成される。生成されたPWM信号は、マイクロコンピュータ4のポートから出力され、駆動回路5のドライバ回路を介してスイッチング回路のスイッチング素子の制御端子(ゲートやベース)に入力される。PWM制御により、断続的にソレノイド1に通電され、駆動電流が供給される。
【0033】
このように本通電制御装置100によれば、ソレノイド1のインダクタンス分や抵抗分等の特性バラツキがあった場合でも、電流応答を劣化させること無く電流制御することができる。したがって、ソレノイド1に通電される電流を適切に制御することができる。
【0034】
〔その他の実施形態〕
上記実施形態では、目標電流Irの高周波域のゲインをあげる目標値フィルタ11が加算器(減算器)12の入力段に設けられるとして説明した。しかしながら、本発明の適用範囲はこれに限定されるものではない。目標値フィルタ11を設けずに通電制御装置100を構成することも当然に可能である。
【0035】
上記実施形態では、特性パラメータは、状態量推定部14の出力の応答性を状態フィードバックゲインで調整した値が加算してあるとして説明した。しかしながら、本発明の適用範囲はこれに限定されるものではない。特性パラメータに状態フィードバックゲインで調整した値を加算しない構成とすることも当然に可能である。係る場合、特性パラメータ記憶部15を設けずに構成することが可能である。
【0036】
本発明は、ソレノイドの電流を制御するソレノイドの通電制御装置に用いることが可能である。
【符号の説明】
【0037】
1:ソレノイド
11:目標値フィルタ
13:積分演算部
14:状態量推定部
16:指示電圧演算部
18:PWM制御部
100:通電制御装置(ソレノイドの通電制御装置)
Ifb:検出電流
Ir:目標電流
Vr:指示電圧

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ソレノイドに通電する駆動電流の目標値である目標電流と実際の前記駆動電流の検出値である検出電流との偏差を積分補償する積分演算部と、
前記検出電流と、前記ソレノイドの通電を制御するPWM制御部に供給する指示電圧とに基づき前記ソレノイドの状態量を推定する状態量推定部と、
前記積分演算部により積分補償された偏差と、前記ソレノイドの状態量と、前記ソレノイドのインダクタンス分及び抵抗分の夫々の特性バラツキを示す特性パラメータと、に基づいて前記指示電圧を演算する指示電圧演算部と、
を備えるソレノイドの通電制御装置。
【請求項2】
前記目標電流の高周波域のゲインをあげる目標値フィルタが備えられ、
前記積分演算部が前記目標電流として前記目標値フィルタによりゲインがあげられた目標電流を用いる請求項1に記載のソレノイドの通電制御装置。
【請求項3】
前記指示電圧の演算に用いられる前記特性パラメータは、前記状態量推定部の出力の応答性を状態フィードバックゲインで調整した値が加算されてある請求項1又は2に記載のソレノイドの通電制御装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2013−73944(P2013−73944A)
【公開日】平成25年4月22日(2013.4.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−209444(P2011−209444)
【出願日】平成23年9月26日(2011.9.26)
【出願人】(000000011)アイシン精機株式会社 (5,421)
【Fターム(参考)】