説明

ダイカスト用金型部品

【課題】数十ショットを超える鋳造を連続的に行う実機の金型においても有効な耐焼付き性を示すダイカスト用金型部品を提供する。
【解決手段】耐熱鋼によって形成された金型部品本体10の鋳造面が溶射被膜によって被覆されており、その溶射被膜の少なくとも一部の表面が少なくとも60Wt%の非中空ZrO2を含むセラミック溶射被膜層12で構成されているダイカスト用金型部品8とした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウム合金などの鋳造に用いる金型を構成するダイカスト用金型部品の耐金属焼付き性を改善する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
この種のダイカスト用金型部品に関連する先行技術文献情報として下記に示す特許文献1がある。この特許文献1に記されたダイカスト用金型は、キャビティを含む金型表面に対してIVA、VA、VIA族の金属または同金属の炭化物、窒化物または窒化物からなる層をイオンプレーティングによって形成し、次に、同層の表層を酸化処理して酸化物層を形成している。このような処理を施した試験片では、アルミニウム合金溶湯に30秒間浸漬して引き上げる耐焼付き性のテストで良好な結果が示されたとしている。
【0003】
また、他の先行技術文献情報として下記に示す特許文献2がある。この特許文献2に記されたダイカスト用金型では、金型の表面にCoNiCrAlY合金の溶射による下層を設け、同下層の上にセラミック材料の溶射による上層を設けている。特許文献2では、上層用の材料として弾性を示す中空のZrO2を用いることで、金型や下層が熱膨張などの変形を起こした際に、同変形に追従して柔軟に変形することで下層からの剥離が生じ難いとされている。
【0004】
他の先行技術文献情報として下記に示す非特許文献1には、プラズマCVD法によって(Ti,Al)N系多層膜を形成する技術が記され、同膜を用いたダイカスト用金型は耐溶損性に優れているとしている。
【0005】
また、他の先行技術文献情報として下記に示す非特許文献2には、ラジカル窒化処理を用いたPVD複合処理でCrNをコーティングしたダイカスト用金型は良好な耐久寿命を示したことが記されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2008−188608号公報(表1、0023段落、図1)
【特許文献2】特開2008−119727号公報(0010〜0012段落、図1)
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】「表面技術」第52巻、12号(2001年)810−814頁
【非特許文献2】「型技術」第16巻、第5号(2001年)47−50頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、特許文献1、2または非特許文献1、2のいずれに記された技術で被膜を設けたダイカスト用金型部品でも、一般に少なくとも数十ショットの鋳造を連続的に行う実機の金型において有効な耐焼付き性は得られなかった。
【0009】
そこで、本発明の目的は、上に例示した従来技術によるダイカスト用金型部品が与える課題に鑑み、数十ショットを超える鋳造を連続的に行う実機の金型においても有効な耐焼付き性を示すダイカスト用金型部品を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明によるダイカスト用金型部品の第1の特徴構成は、
耐熱鋼によって形成された金型部品本体の鋳造面が溶射被膜によって被覆されており、
前記溶射被膜の少なくとも一部の表面が少なくとも60Wt%の非中空ZrO2を含むセラミック被膜層で構成されている点にある。
【0011】
上記の特徴構成によるダイカスト用金型部品では、従来の種々の技術による金型部品に比して、ダイカストマシンによって数十ショットの鋳造を連続的に行う実機試験にて非常に優れた耐焼付き性が得られる。
【0012】
このような結果が得られる要因については以下のような推論が可能である。
すなわち、酸化物の生成自由エネルギーを縦軸にとり、温度を横軸にとった生成自由エネルギー・温度・酸素分圧図(エリンガム図)において、非特許文献1、2に記された技術で主に用いるCr、Ti等の酸化物は、いずれもAl23よりも上方に位置する不安定な酸化物である。そのため、鋳造時にアルミニウム溶湯によって還元され易く、アルミニウム溶湯との酸化・還元反応によりアルミニウムの地金が金型に焼付くものと推測される。他方、特許文献1に記された技術で主に用いるIVA、VA、VIA族の金属にはAl23よりも安定な酸化物を作るZrが含まれるが、成膜法がイオンプレーティングであり、しかも、その金属層の表層部にしか酸化物が生成されていないため、その効果が十分に奏されないと思われる。
【0013】
また、非特許文献1、2に記された技術で用いる成膜法もCVD、PVD等であるため、金型表面に得られる被膜の厚さが高々5〜6μmと非常に薄く、被膜の欠陥等により溶湯成分が被膜と金型の界面に到達し易いと考えられる。
尚、特許文献2に記された技術では、合金成分からなる下層及びセラミック材料からなる上層の成膜法として溶射が用いられているが、セラミック材料として中空のZrO2を用いているためか、また、本願が目的とする使用法とは鋳造条件などが異なるためか、耐剥離性が未だ不十分であるという実験結果が得られた。
【0014】
他方、本発明で主体的に用いるZrO2は、生成自由エネルギー・温度・酸素分圧図(エリンガム図)においてAl23よりも十分下方に位置する安定な酸化物であるため、そのような酸化還元反応が生じ難く、焼付きも生じ難いと考えられる。
また、本発明によるダイカスト用金型部品では、溶射材料として非中空状のZrO2を用いているため100μmを超える厚い比較的高靭性の被膜が形成されており、溶湯成分などが被膜の接合部に容易に到達せず、熱衝撃などによる剥離も生じ難いためと考えられる。
被膜中におけるZrO2の比率については種々の実験の結果、60Wt%以上という値が本発明の効果を有効にするために必要な下限値と考える。
【0015】
本発明の他の特徴構成は、前記溶射被膜が1.0〜20Wt%のSiを含む点にある。
【0016】
本構成でも安定した耐焼付き性が得られる。これは多くのダイカスト用のアルミニウム合金において、主に固化後のダイカスト品の離型性を高める等の目的で数%のSiが添加されている事情と関連性があると思われる。尚、溶射された被膜に含まれるSiはZrO2の結晶などに固溶しているものと思われる。
【0017】
本発明の他の特徴構成は、前記溶射被膜が、前記金型部品本体と前記セラミック溶射被膜層の中間の熱膨張係数を備えつつ前記鋳造面を被覆する合金溶射被膜層を備え、前記セラミック溶射被膜層は前記合金溶射被膜層の上に形成されている点にある。
【0018】
本構成であれば、中間的な熱膨張係数値を示す合金溶射被膜層を金型部品本体とセラミック溶射被膜層との間に設けることで、セラミック溶射被膜層が鋳造時の熱衝撃や鋳造金属の抱き付きなどによって剥離する傾向が抑制される。
【0019】
本発明の他の特徴構成は、前記金型部品本体が外型の一部からキャビティ内に突出した棒状体であり、
前記セラミック溶射被膜層は、前記棒状体の先端領域を除く領域において前記合金溶射被膜層を被覆している点にある。
【0020】
一般に、外型からキャビティ内に突出した鋳抜きピンなどの棒状体を金型部品本体として適用した場合に、鋳造時に特に高い熱衝撃性を受ける部位など、著しく靭性を要求される従来の被膜では、棒状体の先端領域に最も剥離を生じ易かった。しかし、本構成のように、先端領域を合金被膜層のみで被覆し、同先端領域以外の箇所を合金被膜層とセラミック被膜層との複合被膜層とすることで非常に被膜の耐剥離性の高い金型部品本体が得られる。
【0021】
本発明の他の特徴構成は、前記先端領域の外周に、前記先端領域の最先端部位から周辺側に向かって離間するほど前記合金溶射被膜層の厚さが減少し、且つ、前記セラミック溶射被膜層の厚さが増大する遷移領域が設けられている点にある。
【0022】
本構成であれば、局部、局部を除く一般領域、局部と一般領域を接続する遷移領域の3種類の領域に亘って被膜層の全体的厚さは余り変化せず、且つ、遷移領域でも合金被膜層やセラミック被膜層の厚さは緩慢に変化するので、合金被膜層の剥離やセラミック被膜層の合金被膜層からの剥離がさらに抑制される。
【0023】
本発明の他の特徴構成は、前記合金溶射被膜層と前記セラミック溶射被膜層の間に、合金溶射材料とセラミック溶射材料との混合物を溶射した中間溶射被膜層が設けられている点にある。
【0024】
本構成であれば、熱膨張係数を始めとする種々の物性値が中間的な中間溶射被膜層が中間溶射被膜層とセラミック溶射被膜層との間に設けられることで、セラミック溶射被膜層が鋳造時の熱衝撃や鋳造金属の抱き付きなどによって剥離する傾向が更に抑制される。
【0025】
本発明の他の特徴構成は、前記溶射被膜がY23、MgO及びCaOの少なくとも一つを5〜15Wt%含む点にある。
【0026】
本構成であれば、さらに安定した長期に亘る耐焼付き性が得られる。これは、Y23、MgOまたはCaOなどもZrO2と同様にAl23よりも安定した酸化物であると同時に、Y23、MgOまたはCaOなどを適量添加することで、高温でのZrO2の結晶変態を抑制したいわゆる安定化ジルコニアが生成されるため、溶射直後の放冷時や長期に亘る鋳造で受ける熱履歴に対しても安定した機械的構造が保持されるためと考えられる。
【0027】
本発明の他の特徴構成は、前記溶射被膜の少なくとも表面付近にBN粒子が配置されている点にある。
【0028】
本構成であれば、溶湯に対する耐濡れ性の高いBN粒子によって、溶湯成分と被膜本体との反応が抑制されるため、ダイカスト用金型部品の耐焼付き性がさらに向上する。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】本発明に係るダイカスト用金型部品を適用したダイカストマシン及びダイカスト用金型部品に設けられた被膜(第1実施形態)を示す模式図である。
【図2】本発明に係るダイカスト用金型部品の成膜工程を示すブロック図である。
【図3】プラズマ溶射装置の原理を示す概略断面図である。
【図4】本発明に係るダイカスト用金型部品に形成された被膜(第1実施形態)を示す顕微鏡写真である。
【図5】図4に示された被膜の一般領域を示す一部拡大顕微鏡写真である。
【図6】図4に示された被膜の先端領域を示す一部拡大顕微鏡写真である。
【図7】本発明に係るダイカスト用金型部品を適用したダイカストマシン及びダイカスト用金型部品に設けられた被膜(第2実施形態)を示す模式図である。
【図8】本発明に係るダイカスト用金型部品に形成された被膜(第2実施形態)を示す顕微鏡写真である。
【図9】試験結果の比較表である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下に本発明を実施するための形態について図面を参照しながら説明する。
(第1実施形態)
図1(a)は本発明に係るダイカスト用金型部品を適用したダイカストマシン1を模式的に示す。ダイカストマシン1は、固定型2と、固定型2に型締めされてキャビティVを形成する可動型3とを有する。固定型2の下部には、溶湯供給ポート4とプランジャースリーブ5が配設されており、プランジャースリーブ5の周壁の一部に溶湯供給口(不図示)が形成されている。プランジャースリーブ5内には、溶湯をキャビティVに押出すピストン状のプランジャーロッド6が摺動自在に配設されている。
【0031】
固定型1の一部には横向きに抜き差し可能な鋳抜きピン8(ダイカスト用金型部品の一例)が設置されている。鋳抜きピン8は、固定型1の背面に固定されるベース部8aと、ベース部8aから延出したピン本体8bとを有する。キャビティV内に突出して溶湯と直に接触するのはピン本体8bにおける先端側の進入部8cのみであり、この進入部8cには焼付き防止用の被膜9が形成されている。
【0032】
(被膜の概略構成)
図1(b)は、第1実施形態に基づいて形成された鋳抜きピン8の進入部8cの一部であり、特に先端領域8fを含む領域の断面の特徴を拡大して示す模式図である。進入部8cを含め、ピン本体8bの母材10はSKD61などの一般的な熱間ダイス鋼(耐熱鋼の一例)で構成されている。
被膜9は、Ni−Cr−Co−Al−Y合金で構成された合金被膜層11と、合金被膜層11の上に重ねて形成されたZr−Si−Oを主な成分とするセラミック被膜層12とを有する。
特に、第1実施形態では、合金被膜層11は進入部8cの母材10の全面を被覆しており、セラミック被膜層12は合金被膜層11の外面の一部、すなわち先端領域8fを除く部位の全面を被覆している。
【0033】
先端領域8fを除く進入部8cの大半を占める一般領域8dは、厚さが10〜20μmの比較的薄い合金被膜層11と、厚さが120〜150μmの比較的厚いセラミック被膜層12とからなる二重層によって被覆されている。
先端領域8fは、厚さが110〜150μmの比較的厚い合金被膜層11の単層によって被覆されている。
一般領域8dと先端領域8fを互いに接続する環状の境界は、先端領域8fから一般領域8dに向かって次第に厚さが減少する合金被膜層11と、先端領域8fから一般領域8dに向かって次第に厚さが増大するセラミック被膜層12とからなる傾斜構造の二重層によって被覆された遷移領域8eとなっている。
【0034】
合金被膜層11は、一般領域8d及び遷移領域8eにおいて、セラミック被膜層12の溶射時およびダイカストマシン1での使用時における母材10とセラミック被膜層12との間の親和性を高める役目を果たしており、母材10とセラミック被膜層12との中間の熱膨張係数を有する。
また、セラミック被膜層12の少なくとも表層部にはBN微粒子が配置されている。
【0035】
図2に示すように、被膜9の形成プロセスは、母材10の表面を研磨剤などの吹き付けによってRz=15μm前後に凹凸面化するショットブラスト工程、凹凸面化された母材10の表面にプラズマ溶射によって合金被膜層11を成膜するアンダーコート成膜工程、合金被膜層11の表面にやはりプラズマ溶射によってセラミック被膜層12を成膜するトップコート成膜工程を有する。さらに、セラミック被膜層12にはBN微粒子を分散した溶液を刷毛塗りまたはスプレーで塗布し、約200℃で焼成し、研磨後に再度BN微粒子を塗布し、再び約200℃で焼成する。
ここで、BN微粒子を分散した溶液とは、六方晶窒化ホウ素の微粉末を有機溶剤などに分散させた市販のものである。
【0036】
(プラズマ溶射装置の構成)
図3は、合金被膜層11及びセラミック被膜層12の溶射に用いられるプラズマ溶射装置20を模式的に示す。プラズマ溶射装置20は、ノズル状の貫通孔を備えた陽極部材14、陽極部材14の内側に離間配置されたコーン状の陰極部材15、陽極部材14と陰極部材15の間に形成された環状空間にArなどの作動ガスを送り込むガス流路16、冷却水を循環させる流路17a,17b、ノズルから吐出されるプラズマジェットに溶射材料を供給する粉体供給管18などを備える。
【0037】
粉体供給管18から送り出された合金やセラミックの粉体材料は、3000℃を超える熱プラズマによって溶融されて、被溶射物の表面に層状に堆積する。ここでは、溶射対象となる鋳抜きピン8を、基本的にベース部8aを下に、進入部8cを上にした縦姿勢で配置し、鋳抜きピン8の軸心回りで回転させながら、且つ、上下に移動させながら溶射を実施した。
【0038】
(溶射の手順の一例)
より具体的には、以下のような要領で実施することができる。
先ず、事前に加熱された母材10の表面に合金粉末を溶射しながら、次第に回転中の鋳抜きピン8を下方に移動させることで、一般領域8dから遷移領域8eの薄い合金被膜層11を形成する。
【0039】
引き続き、鋳抜きピン8をベース部8aがプラズマ溶射装置20から離間するように適当な角度で傾斜させた傾斜姿勢として回転させながら合金粉末を溶射することで、先端領域8fの合金被膜層11を形成する。この先端領域8fでは、例えば鋳抜きピン8の回転速度を遅くする、単位面積当たりの溶射時間を長くする等の手法によって、一般領域8dに比べて約8倍(6〜10倍)の被膜厚さが達成されるようにする。
【0040】
次に、縦姿勢に戻した回転中の鋳抜きピン8を下方に移動させながらセラミック混合粉末を溶射することで、一般領域8dの厚いセラミック被膜層12を形成する。
遷移領域8eでは、後述する図4の電子顕微鏡写真に見られるように、一般領域8dの上端から先端領域8fに近付くに連れてセラミック被膜層12の厚さが次第に減少するように溶射することで、最終的に得られる各溶射被膜の厚さが、一般領域8dと遷移領域8eと先端領域8fの間で均等になるようにする。
【0041】
(被膜の電子顕微鏡写真)
図4は、上記の方法で遷移領域8eを含む箇所で母材10の表面に得られた被膜9(BN塗布済み、鋳造前)の断面を観察した電子顕微鏡写真を示す。
また、図5は一般領域8dの断面を観察した電子顕微鏡写真を、図6は先端領域8fの断面を観察した電子顕微鏡写真を示す。
【0042】
図5にて観察されるセラミック被膜層12の断面に見られる特有のパターン(湾曲した鱗状の粒子が何層にも重畳的に重なり合いながら母材10の面に沿って波状に延びている)は、酸化物粒子が高温によって一旦溶融して流動性を得た状態で母材10の面に堆積していったことを示している。セラミック被膜層12の断面中で最も大きな面積を占める中間濃度の領域はジルコニア(ZrO2)の粒子であると思われる。被膜9をX線回折で調査した結果、ZrO2が主成分となりZrSiO4が少量成分として存在していることが確認された。
【0043】
合金被膜層11を形成するための溶射材料としては、重量%比での成分がNi:28%−Cr:18%−Co:33%−Al:11%−Y:1%(残部の不純物:9%)の合金粉末を用いたが、これに限定されるものではない。
セラミック被膜層12を形成するための溶射材料としては、ジルコニア(ZrO2)とシリカ(SiO2)の混合粉末(重量%比で約65:35)を用いた。ジルコニア(ZrO2)はCaOを約31%含む部分安定化ジルコニアを用いた。
【0044】
但し、セラミック被膜層12を形成するための溶射材料として、シリカ(SiO2)の代わりに金属Siを(ZrO2:Si≒65:16)の比率で用いた混合粉末で代用することも可能である。この場合、金属Siは溶射被膜内での含有量として1.0〜20Wt%の範囲で有効である。
また、セラミック被膜層12を形成するための溶射材料として、ジルコニア(ZrO2)とシリカ(SiO2)の混合粉末の代わりにジルコン(ZrSiO4)の粉末で代用することも可能であり、この場合は熱プラズマ温度を下方調整するとよい。
【0045】
本発明に適用する溶射法としては、一般的なプラズマ溶射(大気圧プラズマ溶射)や加圧プラズマ溶射を適用できる。また、プラズマ溶射の代わりに、レーザー溶射やレーザープラズマ複合溶射、減圧プラズマ溶射、ローカイド溶射、ハイブリッド溶射などを用いることも可能である。
【0046】
(第2実施形態)
図7(a)は、図1と同様のダイカストマシン1と共に本発明の第2実施形態に係る鋳抜きピン8(ダイカスト用金型部品の一例)を模式的に示すものである。
図7(b)は鋳抜きピン8の進入部8cに形成されている被膜9の一部を拡大して示す模式図である。
第1実施形態による被膜9の一般領域8dと同様に、被膜9は、Ni−Cr−Co−Al−Y合金で構成された合金被膜層11と、合金被膜層11の上に重ねて形成されたZr−Si−Oを主な成分とするセラミック被膜層12とを有し、セラミック被膜層12の少なくとも表層部にはBN微粒子が配置されている。
【0047】
第2実施形態では、Ni−Cr−Co−Al−Y合金で構成された合金被膜層11は約10〜50μmの厚さで進入部8cの母材10の全面を被覆しており、主にZrO2+Siからなるセラミック被膜層12は約100〜250μmの厚さで先端領域8fを含めて合金被膜層11の全面を被覆している。
【0048】
合金被膜層11を形成するための溶射材料の合金成分、及び、セラミック被膜層12を形成するための溶射材料の配合割合は第1実施形態と同様である。用いたジルコニア(ZrO2)も第1実施形態と同様の部分安定化ジルコニアである。
【0049】
図8は、上記の方法で母材10の表面に得られた被膜9(BN塗布済み、鋳造前)の断面を観察した電子顕微鏡写真を示す。
セラミック被膜層12の断面に見られる特有のパターンや、被膜9のX線回折で調査した結果、ZrO2が主成分となりZrSiO4が少量成分として存在している点は第1実施形態と同様である。
【0050】
(第3実施形態)
第2実施形態による被膜9に対して変形を加えた第3実施形態として、合金被膜層11とセラミック被膜層12の間に、本熱膨張係数を始めとする種々の物性値が中間的な中間溶射被膜層を設けることが可能である。
具体的には、第2実施形態における合金被膜層11の形成工程の次に、合金溶射材料とセラミック溶射材料との混合物を合金被膜層11の全体に溶射する中間工程を設けることで中間溶射被膜層(不図示)を形成し、引き続き、セラミック被膜層12の形成工程を行えばよい。
【0051】
中間溶射被膜層のための混合物としては、第2実施形態において合金被膜層11の形成に用いるNi−Cr−Co−Al−Y合金の粉末とセラミック被膜層12の形成に用いるZr−Si−Oを主な成分とする粉末とを50:50などの重量比で混同したものを用いることができる。
【実施例】
【0052】
図9の比較表は、本発明の各実施形態に基づく4種類の被膜と、公知の技術を中心する10種類の比較例による被膜とを対象として実施した試験結果を示す。
表中の付着量、耐焼付き性及び耐剥離性は、進入部8cの表面に種々の方法で成膜した鋳抜きピン8を500トンのアルミニウム・ダイカストマシンに設置し、合金品種:ADC12、溶湯温度:650℃という共通条件の下で45ショットの鋳造試験を行った後の、進入部8cの状態に基づく評価である。
【0053】
付着量は、鋳造試験後における、進入部8cの全面積に対するAl地金付着面積の割合(%)を示しており、耐焼付き性は、得られた付着量(%)が3%以上の場合は不良(×)、3%未満の場合は良(○)とした。
耐剥離性は、鋳造試験後に進入部8cの先端領域8fにおいて被膜の剥離が観察された場合は不良(×)、同先端領域8fにおいて被膜の剥離が観察されなかった場合は良(○)とした。
【0054】
尚、表中の曲げ試験(AMS2447)では、鋳抜きピン8の母材と同じSKD61の鋼材から切り出した、断面が25×1.3mmの長方形で、長さが76mmの四角柱状の母材試料の一側面に、各技術による成膜を施した試料を用いた。表中の曲げ試験の値は、成膜した面が凸状化し、且つ、凸状化によって試料の両端部どうしの間に形成される角度が10°/秒の速度で増加するように、3点曲げ強度試験装置によって一定速度で荷重を加えていったときの、被膜の割れ、剥離または浮き上がりが見られ始める角度である。
表中に記された「−」は該当する試験を実施していないことを示す。
【0055】
表中の実施例1は、本発明の第1実施形態に記された構成であり、「Alloy*」はNi−Cr−Co−Al−Y合金で構成され、一般領域8dでは薄く先端領域8fでは厚い合金被膜層11を意味する。「ZSO*」はZr−Si−Oを主な成分とし、先端領域8fを除く領域で合金被膜層11を被覆したセラミック被膜層12を意味し、「P*溶射」はプラズマ溶射を意味する。
【0056】
表中の実施例2は、本発明の第2実施形態に記された構成であり、「Alloy」はNi−Cr−Co−Al−Y合金で構成され、一般領域8dから先端領域8fを含む全面を被覆した合金被膜層11を意味し、「ZSO」は先端領域8fを含めて合金被膜層11の全面を被覆したセラミック被膜層12を意味する。
【0057】
表中の実施例3は、本発明の第3実施形態に記された構成であり、「Alloy」はNi−Cr−Co−Al−Y合金で構成され、一般領域8dから先端領域8fを含む全面を被覆した合金被膜層11を意味し、「Mix」は第2実施形態において合金被膜層11の形成に用いるNi−Cr−Co−Al−Y合金の粉末とセラミック被膜層12の形成に用いるZr−Si−Oを主な成分とする粉末とを50:50の重量比で混同したものを溶射して得られた中間溶射被膜層を意味し、「ZSO」は先端領域8fを含めて中間溶射被膜層の全面を被覆したセラミック被膜層12を意味する。
【0058】
表中の実施例4は、実施例2に類似する構成で、「ZYO」はZr−Si−OではなくZr−Y−Oを主な成分とするセラミック被膜層12を意味する。
【0059】
比較例3に記された「TiAlN*/CrN」は、TiAlNの酸化処理層とTiAlN/CrN層とをPVDによって順次成膜したものを意味する。
【0060】
比較例9、10記された「Z*SO」はZr源として中空のZrO2を用いたことを意味し、その点を除くと、比較例9、10はそれぞれ実施例2、3と類似の構成である。
実施例1−4及び比較例7−10に記された(BN)は、プラズマ溶射して得られた被膜に、BN微粒子を分散させた溶剤を塗布し、200℃の加熱処理をしたことを意味する。
【0061】
(試験結果の比較)
図9の比較表において45ショット後における地金の付着量を見ると、比較例1〜8の公知の技術による被膜を備えた鋳抜きピン8では、PVDによって成膜されたCrNが5%に留まっている以外は、いずれも10%を超える地金の付着が確認され、耐焼付き性が不良という結果が示されている。
他方、本発明に基づく実施例1〜4すなわちプラズマ溶射によって成膜された非中空ZrO2を含む被膜(Zr−Si−O+BN、Zr−Y−O+BN)を備えた鋳抜きピン8では、いずれも0.1%以下という顕著に優れた耐焼付き性が認められた。
尚、Zr源として中空ZrO2を適用した比較例9、10による鋳抜きピン8は、プラズマ溶射によって成膜された実施例2、3と類似の構成であるにも関わらず、良好な耐焼付き性が認められなかった。
【0062】
次に、45ショット後における耐剥離性を見ると、比較例1〜8及び本発明の実施形態1に基づく実施例1が良好な結果を示している。
図9の表中に記された曲げ試験は、耐剥離性及び靭性の高さを示す指標と考えられるが、実施例1による被膜は、この曲げ試験でも他の実施例や比較例に比べて圧倒的に優れた結果を示している。
試験対象とした被膜の中で、耐焼付性と耐剥離性の2つの点で共に優れていたのは本発明の実施形態1に基づく実施例1の被膜のみであることがわかる。
但し、本発明の実施形態2に基づく実施例2、4の被膜や本発明の実施形態3に基づく実施例3の被膜では、耐剥離性が不十分であったが、良好な耐焼付性を確認することができた。
【0063】
〔別実施形態〕
〈1〉(Zr−Ca−O)+BN系や(Zr−Mg−O)+BN系でも、上記の(Zr−Si−O+BN)と同様に優れた耐焼付き性及び耐剥離性が認められる。この場合も、CaOやMgOはAlなどとの耐反応性の他に高温時におけるZrO2の挙動を部分的に安定化させる効果を兼ね備えている。CaO、Y23またはMgOは、溶射被膜内での含有量として5.0〜15Wt%の範囲で有効である。
【0064】
〈2〉BN微粒子は必ずしも必要ではなく、合金被膜層11とセラミック被膜層12のみを設けたダイカスト用金型部品でも高い耐焼付き性が得られる。
【0065】
〈3〉本発明の適用対象はダイカスト金型部品としての鋳抜きピンに限らず、一般的な固定型や可動型を含む外型の鋳造面にも適用可能である。
【産業上の利用可能性】
【0066】
アルミニウム合金溶湯などの鋳造に用いる金型を構成するダイカスト用金型部品の耐アルミニウム焼付き性を改善する技術として利用できる。
【符号の説明】
【0067】
8 鋳抜きピン(ダイカスト用金型部品)
8c 進入部(ダイカスト用金型部品)
8d 一般領域
8e 遷移領域
8f 先端領域
9 被膜
10 母材(ダイカスト用金型部品)
11 合金被膜層(Ni−Cr−Al−Co−Y系合金被膜)
12 セラミック被膜層(Zr−Si−O系セラミック被膜)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
耐熱鋼によって形成された金型部品本体の鋳造面が溶射被膜によって被覆されており、
前記溶射被膜の少なくとも一部の表面が少なくとも60Wt%の非中空ZrO2を含むセラミック溶射被膜層で構成されているダイカスト用金型部品。
【請求項2】
前記セラミック溶射被膜層が1.0〜20Wt%のSiを含む請求項1に記載のダイカスト用金型部品。
【請求項3】
前記溶射被膜が、前記金型部品本体と前記セラミック溶射被膜層の中間の熱膨張係数を備えつつ前記鋳造面を被覆する合金溶射被膜層を備え、前記セラミック溶射被膜層は前記合金溶射被膜層の上に形成されている請求項1または2に記載のダイカスト用金型部品。
【請求項4】
前記金型部品本体が外型の一部からキャビティ内に突出した棒状体であり、
前記セラミック溶射被膜層は、前記棒状体の先端領域を除く領域において前記合金溶射被膜層を被覆している請求項3に記載のダイカスト用金型部品。
【請求項5】
前記先端領域の外周に、前記先端領域の最先端部位から周辺側に向かって離間するほど前記合金溶射被膜層の厚さが減少し、且つ、前記セラミック溶射被膜層の厚さが増大する遷移領域が設けられている請求項4に記載のダイカスト用金型部品。
【請求項6】
前記合金溶射被膜層と前記セラミック溶射被膜層の間に、合金溶射材料とセラミック溶射材料との混合物を溶射した中間溶射被膜層が設けられている請求項3に記載のダイカスト用金型部品。
【請求項7】
前記セラミック溶射被膜層がY23、MgO及びCaOの少なくとも一つを5〜15Wt%含む請求項1から6のいずれか一項に記載のダイカスト用金型部品。
【請求項8】
前記溶射被膜の少なくとも表面付近にBN粒子が配置されている請求項1から7のいずれか一項に記載のダイカスト用金型部品。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図7】
image rotate

【図9】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図8】
image rotate


【公開番号】特開2012−51027(P2012−51027A)
【公開日】平成24年3月15日(2012.3.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−136620(P2011−136620)
【出願日】平成23年6月20日(2011.6.20)
【出願人】(000000011)アイシン精機株式会社 (5,421)
【Fターム(参考)】