説明

ダイヤモンド被膜または硬質炭素被膜の脱膜方法

【課題】基材の熱影響を抑制できると共に処理コストを抑制できるダイヤモンド被膜または硬質炭素被膜の脱膜方法を提供すること。
【解決手段】ダイヤモンド被膜または硬質炭素被膜が基材にコーティングされた被覆部材Wをチャンバー2に収容し、直流パルス放電でチャンバー2内にプラズマを発生させる。パルス放電は、グロー放電またはアーク放電のような定常的な気体放電と比べて平均電力を小さくでき、被覆部材Wの表面温度を上昇し難くできるので、基材の熱影響を抑制できる。また、パルスの立ち上がり時に高エネルギー密度プラズマを生成できるので、脱膜速度を大きくして処理時間を短縮することができ、処理コストを抑制できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ダイヤモンド被膜または硬質炭素被膜の脱膜方法に関し、特に、基材の熱影響を抑制できると共に処理コストを抑制できるダイヤモンド被膜または硬質炭素被膜の脱膜方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
エンドミルやバイト等の工具、金型、半導体装置などにおいて、耐摩耗性や表面硬さなどを向上させるために、ダイヤモンド被膜やダイヤモンド状の硬質炭素被膜(以下「被膜」と称す)を基材の表面にコーティングした被覆部材がある。このような被覆部材の被膜が摩耗したり損傷したりした場合や、製造時にコーティング不良などで不良品が発生した場合には、被覆部材を研磨して被膜を除去することにより、基材を再使用することが考えられる。しかし、被膜は硬いため除去し難く、研磨時間が長くかかると共に、被膜を研磨し残したり基材を疵付けたりして基材の再使用ができなくなることがあった。
【0003】
そこで、グロー放電またはアーク放電雰囲気中に被覆部材を置き、放電によって被膜を除去する技術が開示されている(特許文献1)。また、特許文献1には、高周波放電プラズマによって被覆部材の被膜を除去できることも開示されている(第3頁左欄5行〜8行)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平5−339758号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら特許文献1に開示される技術では、グロー放電またはアーク放電は平均電力の大きな定常的な気体放電なので、被覆部材の表面温度が上昇し易く、熱影響により基材が損傷し易いという問題点があった。
【0006】
また、高周波放電プラズマを発生させる場合は、高周波電源が高価なため、被膜の除去に係る処理コストが増加するという問題点があった。
【0007】
本発明は上述した問題点を解決するためになされたものであり、基材の熱影響を抑制できると共に処理コストを抑制できるダイヤモンド被膜または硬質炭素被膜の脱膜方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段および発明の効果】
【0008】
この目的を達成するために、請求項1記載のダイヤモンド被膜または硬質炭素被膜の脱膜方法によれば、ダイヤモンド被膜またはダイヤモンド状の硬質炭素被膜で基材の表面が被覆された被覆部材が、減圧工程によりチャンバーに収容され、チャンバーが減圧される。次いで、処理ガス導入工程によりチャンバーに酸素を含有する処理ガスが導入され、チャンバー内が所定のガス圧力にされる。次に、放電工程によりパルス放電でチャンバー内にプラズマが発生され、被膜が除去される。
【0009】
ここで、パルス放電は、放電状態の制御を容易にできると共に、グロー放電またはアーク放電のような定常的な気体放電と比べて平均電力を小さくできる。その結果、放電工程における被覆部材の表面温度を上昇し難くでき、基材の熱影響を抑制できる効果がある。また、パルスの立ち上がり時に高エネルギー密度プラズマを生成できるので、脱膜速度を大きくして処理時間を短縮することができ、処理コストを抑制できる効果がある。
【0010】
さらに、パルス放電によりプラズマを発生させる場合は、高周波放電プラズマを発生させる場合に必要な高周波電源を要さず、電源装置を安価にできるため、処理コストを抑制できる効果がある。
【0011】
請求項2記載のダイヤモンド被膜または硬質炭素被膜の脱膜方法によれば、放電工程は、被覆部材の表面温度が520〜680℃になるようにプラズマを発生させるので、請求項1の効果に加え、基材の熱影響を確実に抑制できると共に、脱膜速度を確保できる効果がある。
【0012】
請求項3記載のダイヤモンド被膜または硬質炭素被膜の脱膜方法によれば、放電工程は、被覆部材の表面温度が600〜680℃になるようにプラズマを発生させるので、請求項1の効果に加え、基材の熱影響を確実に抑制できると共に、確実に脱膜速度を大きくできる効果がある。
【0013】
請求項4記載のダイヤモンド被膜または硬質炭素被膜の脱膜方法によれば、放電工程は、プラズマを発生させるために供給する直流電圧のパルス幅が0.5〜50μs、周期が0.5〜10kHzであるので、定常的な気体放電になることが防止され、請求項1から3のいずれかの効果に加え、放電を非定常状態に維持できる効果がある。
【0014】
請求項5記載のダイヤモンド被膜または硬質炭素被膜の脱膜方法によれば、放電工程は、プラズマを発生させるために供給する直流電圧のデューティ比によりパルス放電を制御するので、請求項1から4のいずれかの効果に加え、被覆部材の形状や大きさ等に応じて被覆部材の表面温度や脱膜速度を容易に制御できる効果がある。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の一実施の形態における脱膜方法の実施に用いる脱膜装置の模式図である。
【図2】被覆部材の表面温度と脱膜達成時間との関係を示す図である。
【図3】(a)はパルス幅および周期と脱膜状態との関係を示す図であり、(b)は電力およびガス圧力と脱膜状態との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の好ましい実施の形態について、添付図面を参照して説明する。まず、図1を参照して、本発明の脱膜方法の実施に用いる脱膜装置について説明する。図1は本発明の一実施の形態における脱膜方法の実施に用いる脱膜装置1の模式図である。
【0017】
図1に示すように脱膜装置1は、被膜(ダイヤモンド被膜やダイヤモンド状の硬質炭素被膜)が表面にコーティングされた被覆部材Wが収容されるチャンバー2と、そのチャンバー2内にプラズマを発生させる直流パルス電源3と、チャンバー2を減圧する真空ポンプ4と、チャンバー2に酸素を含有する処理ガスを供給する処理ガス供給装置5とを主に備えて構成されている。
【0018】
チャンバー2は、被覆部材Wが収容されると共にプラズマが発生される筐体である。チャンバー2は、開閉可能に構成される蓋部(図示せず)を備え、蓋部を開けてチャンバー2に被覆部材Wを出し入れすることができ、蓋部を閉じることによりチャンバー2を気密にできる。チャンバー2は、被覆部材Wを装着可能に構成される装着具2aを備え、その装着具2aはチャンバー2に対して絶縁されている。また、装着具2aに装着された被覆部材Wもチャンバー2に対して絶縁されている。なお、チャンバー2は接地されている。
【0019】
直流パルス電源3は、チャンバー2にプラズマを発生させるための直流パルス電圧を電極3aに印加する装置であり、パルスの周期やデューティ比、放電電流等を任意に設定できるように構成されている。これにより被覆部材Wの大きさや被膜の厚さ等に応じて、最適なプラズマを発生させることができる。
【0020】
直流パルス電源3は、チャンバー2に連結されており、電極3aは、チャンバー2の外部に配設されている。また、装着具2aは、装着具2aに被覆部材Wを装着すると、被覆部材Wの被膜を除去する対象範囲以外の部位が電極3aに着接され、被覆部材Wの被膜を除去する対象範囲がチャンバー2の内部に露呈するような位置に配設されている。これにより、電極3aに妨げられることなくチャンバー2内にプラズマを広げることができると共に、チャンバー2内の処理ガスの流れを均一にできる。その結果、被覆部材Wの脱膜をムラなく行うことができる。
【0021】
真空ポンプ4は、チャンバー2を減圧すると共に、チャンバー2を所定のガス圧力に維持するための装置であり、バルブ4aを開弁しつつ真空ポンプ4を作動させるとチャンバー2を10〜1400Pa程度の圧力に減圧できるように構成されている。
【0022】
処理ガス供給装置5は、酸素を含有する処理ガス(酸素ガス或いは酸素ガスと不活性ガス等との混合ガス)をチャンバー2に供給する装置である。バルブ5aを開弁しつつ処理ガス供給装置5によりチャンバー2に処理ガスを供給する一方、真空ポンプ4によりチャンバー2内の処理ガスを排気することにより、チャンバー2は13〜1333Pa(0.1〜10Torr)程度の所定のガス圧力に調整される。
【0023】
さらに脱膜装置1は、チャンバー2に窒素ガス等のパージガスを供給するパージガス供給装置6と、チャンバー2のガス圧力を検出する圧力センサ装置7とを備えている。パージガス供給装置6は、チャンバー2にアルゴンガス等の不活性ガスや窒素ガス等のパージガスを供給する装置である。バルブ6aを開弁しつつパージガス供給装置6によりチャンバー2にパージガスを供給することで、減圧されて所定のガス圧力に調整されたチャンバー2は大気圧に戻される。
【0024】
圧力センサ装置7は、チャンバー2内のガス圧力を検出すると共に、その検出結果を制御装置(図示せず)へ出力する装置であり、チャンバー2内に配設される圧力センサ7aと、その圧力センサ7aの検出結果を処理して制御装置に出力する出力回路(図示せず)とを主に備えている。圧力センサ7aの検出結果が入力された制御装置(図示せず)は、その結果に基づき真空ポンプ4や処理ガス供給装置5等を制御し、チャンバー2を所定のガス圧力に調整する。
【0025】
次に、以上のように構成された脱膜装置1を用いた被膜の脱膜方法について説明する。まず、チャンバー2の蓋部(図示せず)を開き被覆部材Wを装着具2aに装着し、被覆部材Wの被膜を除去する対象範囲以外の部位を電極3aに着接する。蓋部を閉じチャンバー2を気密にした後、減圧工程において、バルブ4aを開き真空ポンプ4を作動しチャンバー2を減圧する。
【0026】
チャンバー2が所定の圧力に減圧された後、処理ガス導入工程において、バルブ5aを開き処理ガス供給装置5を作動しチャンバー2に処理ガスを導入する。真空ポンプ4及び処理ガス供給装置5を制御することにより、圧力センサ装置7により検出されるチャンバー2のガス圧力を所定のガス圧力(13〜1333Pa)にする。
【0027】
チャンバー2が所定のガス圧力に調整された後、放電工程において、直流パルス電源3を作動し電極3aにパルス状の直流電圧を印加し、チャンバー2内にプラズマを発生させる。これにより被覆部材Wの脱膜が行われる。
【0028】
脱膜が終了した後、直流パルス電源3、真空ポンプ4及び処理ガス供給装置5の作動を停止させ、バルブ4a,5aを閉じる。次いで、バルブ6aを開きパージガス供給装置6を作動しチャンバー2にパージガスを導入すると共に、チャンバー2内のガスを排気する。これによりチャンバー2を大気圧に戻すことができるので、蓋部(図示せず)を開けて、脱膜された被覆部材Wをチャンバー2から取り出す。
【0029】
ここで、放電工程における放電条件(ガス圧力、酸素濃度、パルスの周期やデューティ比、放電電流等)により、被覆部材Wの脱膜速度が調整される。パルス放電は、放電状態の制御を容易にできると共に、グロー放電またはアーク放電のような定常的な気体放電と比べて平均電力を小さくできる。その結果、被覆部材Wの表面温度を上昇し難くでき、基材の熱影響を抑制できる。
【0030】
また、パルスの立ち上がり時に高エネルギー密度プラズマを生成できるので、脱膜速度を大きくして処理時間を短縮することができ、処理コストを抑制できる。さらに、パルス放電プラズマでは、非熱平衡状態を大きい空間で形成することができるので、被覆部材Wの被膜の除去をムラなく行うことができる。
【0031】
また、脱膜装置1では、チャンバー2を所定のガス圧力(13〜1333Pa)にすると共に、直流パルス電源3により放電電流を制限することにより、パルス放電(パルスグロー放電)の緩和過程に現れるアフターグロープラズマを得ることができる。アフターグロープラズマは、グロー放電またはアーク放電より低温で反応活性が高いため、基材の熱影響を抑制できると共に、脱膜速度を大きくすることができる。その結果、処理時間を短縮することができ、処理コストを抑制できる。
【0032】
さらに、パルス放電によりプラズマを発生させる場合は、高周波放電プラズマを発生させる場合に必要な高周波電源を必要としない。高周波電源より安価な直流パルス電源3を用いて脱膜装置1を構成できるため、この点においても処理コストを抑制できる。
【0033】
また、電極3aに印加される直流電圧のパルス幅は0.5〜50μs、周期は0.5〜10kHzに調整される。これによりチャンバー2に定常的な気体放電が生じることが防止され、放電を非定常状態に維持できる。その結果、パルス放電プラズマにより被覆部材Wの脱膜を行うことができ、脱膜速度の確保と、基材の熱影響の抑制とを両立できる。
【0034】
なお、電極3aに印加される直流電圧をデューティ比により制御することにより、被覆部材Wの形状や大きさ等に応じて被覆部材Wの表面温度や脱膜速度を好適に制御できる。デューティ比(パルス幅÷周期の逆数)は、ガス圧力等にもよるが、脱膜速度を確保すると共に基材の熱影響を抑制するため0.05〜20%、好ましくは0.1〜10%、より好ましくは0.5〜3%が好適とされる。デューティ比が0.5%より小さくなるにつれ脱膜速度が低下する傾向がみられ、0.1%より小さくなると、この傾向が著しくなる。特に0.05%より小さくなると、この傾向がさらに著しくなる。また、デューティ比が3%より大きくなるにつれ基材の熱影響が大きくなり基材が損傷し易くなる傾向がみられ、10%より大きくなると、この傾向が著しくなる。特に、20%より大きくなると、この傾向がさらに著しくなる。
【0035】
放電条件(ガス圧力、酸素濃度、パルスの周期やデューティ比、放電電流等)を調整することにより、被覆部材Wの表面温度を調整することができる。放電条件は、被覆部材Wの表面温度が520〜680℃、好ましくは600〜680℃、より好ましくは670〜680℃になるように調整される。これにより、基材の酸化等を抑制することができ、基材に熱影響を与えることを防止できると共に、脱膜速度を確保できる。特に、タングステンカーバイドを基材とする被覆部材Wでは、表面温度を680℃以下とすることにより、脱炭を抑制して基材の損傷を防止できる。なお、被覆部材Wの表面温度は、放射温度計等の非接触式の温度計や熱電対等により測定することができる。
【0036】
ここで、被覆部材Wの表面温度が600℃より低くなるにつれ、脱膜速度が低下する傾向がみられ、520℃より低くなると、その傾向が著しくなる。特に、被覆部材Wの表面温度を670〜680℃とすることにより短時間で脱膜を達成できる。また、被覆部材Wの表面温度が680℃より高くなるにつれ、基材の酸化や脱炭等が生じ易くなる傾向がみられる。
【0037】
また、放電工程におけるチャンバー2のガス圧力は、13〜1333Pa(0.1〜10Torr)が好適とされる。ガス圧力が13Paより小さくなるにつれ、被覆部材Wの脱膜速度は大きくできるが、真空度が高くなるため、チャンバー2の耐圧構造を確保する必要が生じると共に真空ポンプ4が大型化し、脱膜装置1の製造コストが増加する傾向がみられる。また、ガス圧力が1333Paより大きくなるにつれ、プラズマを発生させるために大電力が必要となるため、直流パルス電源3が大型化し、この場合も脱膜装置1の製造コストが増加する傾向がみられる。
【0038】
チャンバー2に導入される処理ガスは、酸素ガス或いは酸素ガスと不活性ガス等との混合ガスが用いられる。処理ガスにおける酸素ガスの含有率は、脱膜速度を確保するため、20〜100vol%が好適である。処理ガスにおける酸素ガスの含有率が20vol%より少なくなるにつれ、放電により分解された処理ガスと被膜との反応性が低下して、被膜の除去速度(脱膜速度)が低下する傾向がみられる。なお、酸素ガスと不活性ガス等との混合ガスを処理ガスに用い、処理ガスにおける酸素ガスの含有率が少なくなるにつれ、チャンバー2内にプラズマが大きく広がる傾向がみられ、被覆部材Wから被膜をムラなく除去できる均一性を向上できる。
【実施例】
【0039】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。以下の実施例では、上記実施の形態で説明した脱膜装置1を用いた。なお、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0040】
(実施例1)
被覆部材として、直径6mm、全長60mm、刃長15mmのエンドミルを用いた。このエンドミルは、基材がタングステンカーバイド製であり、刃部にはダイヤモンド被膜(膜厚10μm)がコーティングされている。この被覆部材を、脱膜装置のチャンバー(内寸420×395×380mm)に収容し、直流パルス電源の電極(銅製)に被覆部材のシャンクを着接し、チャンバーに刃部を露呈させた。
【0041】
密閉したチャンバーを減圧した後、チャンバーに酸素ガスを導入し、チャンバーのガス圧力を133Pa(1Torr)に調整した。このガス圧力を保ちながら、パルス幅2μs、周期10kHzの直流電圧(150V,2A)を電極に印加し、パルスグロー放電によりチャンバー内にプラズマを10分間発生させた。この間、被覆部材(刃部)の表面は670〜680℃に維持された。
【0042】
その後、常温のパージガス(窒素ガス)をチャンバーに導入し、チャンバーを大気圧に戻した。チャンバーを開放し、チャンバーから被覆部材を取り出した。被覆部材を観察したところ、コーティングされていたダイヤモンド被膜は全て除去されていた。また、基材に焦げ痕等の損傷はみられなかった。本実施例によれば、基材を損傷させることなく、ダイヤモンド被膜を短時間で除去できることが明らかとなった。
【0043】
(実施例2)
実施例1と同様に脱膜装置のチャンバーに被覆部材を収容した。次に、密閉したチャンバーを減圧した後、チャンバーに酸素−アルゴン混合ガス(酸素含有率50vol%)を導入し、ガス圧力を1333Pa(10Torr)に調整した。このガス圧力を保ちながら、パルス幅1μs、周期5kHzの直流電圧(173V,2.3A)を電極に印加し、パルスグロー放電によりチャンバー内にプラズマを8時間発生させた。この間、被覆部材(刃部)の表面は630〜640℃に維持された。
【0044】
その後、常温のパージガス(窒素ガス)をチャンバーに導入し、チャンバーを大気圧に戻した。チャンバーを開放し、チャンバーから被覆部材を取り出した。被覆部材を観察したところ、コーティングされていたダイヤモンド被膜は全て除去されていた。また、基材に焦げ痕等の損傷はみられなかった。本実施例によれば、実施例1よりも高いガス圧力であるにもかかわらず、基材を損傷させることなく、ダイヤモンド被膜を除去できた。
【0045】
(実施例3)
次に、被覆部材の表面温度と、ダイヤモンド被膜が全て除去されるまでの放電時間(脱膜達成時間)との関係を調べる実験を行った。まず、実施例1と同じ脱膜装置のチャンバーに実施例1と同様の被覆部材を収容し、密閉したチャンバーを減圧した。次いで、チャンバーに酸素ガスを導入し、チャンバーのガス圧力を133Pa(1Torr)に調整した。
【0046】
実験は、このガス圧力を保ちながら、パルス幅2μs、周期10kHzの直流電圧を電極に印加し、パルスグロー放電によりチャンバー内にプラズマを発生させる条件で行った。この条件下で、電極に供給する電力を異ならせることにより、プラズマが生じている間の被覆部材の表面温度を変え、被覆部材の表面温度と、ダイヤモンド被膜が全て除去されるまでの放電時間(脱膜達成時間)との関係を調べた。
【0047】
図2は被覆部材の表面温度と脱膜達成時間との関係を示す図である。図2の横軸は被覆部材の表面温度(℃)であり、縦軸は脱膜達成時間(時間)である。図2に示すように、表面温度が530℃のときは脱膜達成時間が50時間であり、表面温度が600℃のときは脱膜達成時間が24時間であり、表面温度が660℃のときは脱膜達成時間が3時間であり、表面温度が680℃のときは脱膜達成時間が10分間であった。
【0048】
図2より、被覆部材の表面温度が高くなるにつれ脱膜達成時間を短縮できることが明らかとなった。なお、被覆部材の表面温度が680℃を超えると、被膜は完全に除去できるものの、基材の酸化(変色)や基材の損傷(基材の一部が除去され基材の直径が小さくなる)が生じた。本実施例によれば、被覆部材の表面温度が660〜680℃のときに良好な脱膜処理ができることが明らかとなった。
【0049】
(実施例4)
次に、デューティ比と脱膜状態との関係を調べる実験を行った。まず、実施例1と同じ脱膜装置に実施例1と同様の被覆部材を収容し、密閉したチャンバーを減圧した。次いで、チャンバーに酸素ガスを導入し、チャンバーのガス圧力を133Pa(1Torr)に調整した。
【0050】
実験は、このガス圧力を保ちながら、直流電圧を電極に印加し、パルスグロー放電によりチャンバー内にプラズマを発生させる条件で行った。この条件下で、直流電圧のパルス幅および周期を異ならせることによりデューティ比を変え、デューティ比と脱膜状態との関係を調べた。なお、電極に供給する電力は一定の400Wとした。
【0051】
図3(a)はパルス幅および周期と脱膜状態との関係を示す図(両対数グラフ)であり、横軸は周期(Hz)、縦軸はパルス幅(μs)である。図中の記号は脱膜状態の評価結果を示しており、◎は「脱膜達成時間は3時間未満であり基材の損傷もみられない」ことを示し、○は「脱膜達成時間が3〜24時間」であることを示している。△は「脱膜達成時間が24時間以上」であることを示し、●は「脱膜達成時間は3時間未満であるが基材の損傷がみられる」ことを示している。▲は「脱膜達成時間は3時間未満であるが再使用不可能なほど基材が損傷している」ことを示し、×は「24時間以上の放電を行っても脱膜できない」ことを示している。また、各記号に添えられた数字は、パルス幅÷周期の逆数であるデューティ比(%)を示している。
【0052】
図3(a)において、破線で囲まれた範囲が好適な条件である。図3(a)に示すように、デューティ比が小さくなるにつれ、脱膜達成時間が長くなる傾向がみられた。また、デューティ比が大きくなるにつれ、脱膜達成時間は短くなるが基材の損傷がひどくなる傾向がみられた。本実施例によれば、直流電圧をデューティ比により制御することにより、被覆部材の脱膜速度を好適に制御できることが明らかとなった。また、本実施例では、デューティ比が0.5〜2.5%のときに、基材を損傷させることなく脱膜達成時間を3時間未満にすることができた。
【0053】
(実施例5)
次に、電力およびガス圧力と脱膜状態との関係を調べる実験を行った。まず、実施例1と同じ脱膜装置に実施例1と同様の被覆部材を収容し、密閉したチャンバーを減圧した。次いで、チャンバーに酸素ガスを導入し、チャンバーのガス圧力を調整した。
【0054】
実験は、このガス圧力を保ちながら、直流電圧(パルス幅5μs、周期2000Hz)を電極に印加し、パルスグロー放電によりチャンバー内にプラズマを発生させる条件で行った。この条件を保ちつつ、種々のガス圧力(13,133,1333Pa=0.1,1,10Torr)および電力の下でプラズマを発生させ、それら条件と被覆部材の脱膜状態との関係を調べた。
【0055】
図3(b)はパルス放電の電力およびガス圧力と脱膜状態との関係を示す図(両対数グラフ)であり、横軸は電力(W)、縦軸はガス圧力(Pa)である。図中の記号は実施例4と同様なので、説明を省略する。
【0056】
図3(b)において、破線で囲まれた範囲が好適な条件である。図3(b)に示すように、ガス圧力が小さくなるにつれ小さな電力で脱膜を達成できる傾向がみられ、ガス圧力が大きくなるにつれ、脱膜を達成するための電力が大きくなる傾向がみられた。
【0057】
以上、実施の形態に基づき本発明を説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲内で種々の改良変形が可能であることは容易に推察できるものである。例えば、上記実施の形態で挙げた数値(例えば、各構成の数量や寸法等)は一例であり、他の数値を採用することは当然可能である。
【0058】
上記実施例では、タングステンカーバイド製の基材にダイヤモンド被膜がコーティングされたエンドミルの場合について説明したが、これに限定されるものではなく、他の部材に適用することも可能である。他の部材としては、例えば、バイト等のように切れ刃を有する他の切削工具、塑性加工の際に用いられる転造工具、金型、半導体装置等が挙げられる。また、基材としては、超硬合金の他、サーメット、セラミックス等が挙げられる。
【0059】
上記実施例では、基材にダイヤモンド被膜がコーティングされた被覆部材の場合について説明したが、基材にダイヤモンド状の硬質炭素被膜がコーティングされた被覆部材の場合も、上記実施例と同様に硬質炭素被膜を除去できることを確認した。
【0060】
上記実施の形態では、脱膜装置1は、チャンバー2にプラズマを誘導する電極3aをチャンバー2の外部に設ける場合について説明したが、必ずしもこれに限られるものではなく、チャンバー2の内部に電極を設けることは可能である。この場合、電極は、処理ガスの流れを妨げる原因や、プラズマの大きさを制約する原因となることがあるため、処理ガスが被覆部材に均等に行き渡ると共に、プラズマが十分に広がるように、電極の配設位置や構造に配慮する。
【符号の説明】
【0061】
2 チャンバー
W 被覆部材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ダイヤモンド被膜またはダイヤモンド状の硬質炭素被膜で基材の表面が被覆された被覆部材をチャンバーに収容し、そのチャンバーを減圧する減圧工程と、
その減圧工程により減圧された前記チャンバーに酸素を含有する処理ガスを導入し、前記チャンバーを所定のガス圧力にする処理ガス導入工程と、
その処理ガス導入工程により所定のガス圧力にされた前記チャンバー内にパルス放電によりプラズマを発生させる放電工程とを備えていることを特徴とするダイヤモンド被膜または硬質炭素被膜の脱膜方法。
【請求項2】
前記放電工程は、前記被覆部材の表面温度が520〜680℃になるようにプラズマを発生させることを特徴とする請求項1記載のダイヤモンド被膜または硬質炭素被膜の脱膜方法。
【請求項3】
前記放電工程は、前記被覆部材の表面温度が600〜680℃になるようにプラズマを発生させることを特徴とする請求項1記載のダイヤモンド被膜または硬質炭素被膜の脱膜方法。
【請求項4】
前記放電工程は、プラズマを発生させるために供給する直流電圧のパルス幅が0.5〜50μs、周期が0.5〜10kHzであることを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載のダイヤモンド被膜または硬質炭素被膜の脱膜方法。
【請求項5】
前記放電工程は、プラズマを発生させるために供給する直流電圧のデューティ比によりパルス放電を制御することを特徴とする請求項1から4のいずれかに記載のダイヤモンド被膜または硬質炭素被膜の脱膜方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−152855(P2012−152855A)
【公開日】平成24年8月16日(2012.8.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−14089(P2011−14089)
【出願日】平成23年1月26日(2011.1.26)
【出願人】(000103367)オーエスジー株式会社 (180)