説明

ナノファイバー形成化合物、ナノファイバーの形成方法およびナノファイバー集合体の形成方法

【課題】簡便な手法により、繊維径が10〜1000nmの範囲にあり、長さが10μm以上であるナノファイバーを形成することが可能なナノファイバー形成化合物、これを用いたナノファイバーの形成方法およびナノファイバー集合体の形成方法を与えること。
【解決手段】下記一般式Iで示されるナノファイバー形成化合物。
【化1】


式中、Rは炭素数6〜29の炭化水素基を表し、Rは水素原子もしくはメチル基を表す。Mはアルカリ金属イオンを表す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はナノファイバーを自発的に形成するナノファイバー形成化合物と、これによるナノファイバーおよびナノファイバー集合体の形成方法に関する。さらに詳しくは、均一に溶解した溶液状態から乾燥することで、或いは均一に溶解した溶液状態から冷却することにより、繊維径が10〜1000nmの範囲にあり、長さが10μm以上であるナノファイバーを形成することが可能なナノファイバー形成化合物、これを用いたナノファイバーの形成方法およびナノファイバー集合体の形成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
長鎖アルキル基がアミノ酸誘導体やグリコシド誘導体に結合した構造の化合物が、溶液中から自己集合的に会合して中空シリンダー状構造を有する有機ナノチューブと称されるナノファイバーの一種を形成することが知られている(特許文献1〜5および非特許文献1)。これらの材料は、ナノファイバーである繊維としての特徴に加えて、特に繊維構造内部の中空部分に着目して、この中空部分に機能性材料を封入する用途等が提案されている。例えば医薬や化成品分野に於いて包接、分離、徐放などの機能を狙い、構造を制御することで中空部分の径や繊維長をコントロールすることを可能にしている。
【0003】
ナノファイバーである繊維としての形態に着目した場合、これら先行技術に於いて示される有機ナノチューブの繊維径と長さは、各々10〜数100nmおよび大凡1μm〜数mmの範囲にあり、従来から知られている汎用繊維と比較して極めて微細な繊維であることが特徴である。中空構造であるか否かに拘わらず、微細なナノファイバーを形成する化合物として極めて有用である可能性が挙げられ、これを利用する繊維製品、不織布製品、紙製品、フィルム製品等の様々な分野への応用が期待される。
【0004】
非特許文献1において、1−グルコサミド化合物として種々の長鎖アシル基を導入した糖脂質について、アシル基に含まれる不飽和二重結合基の位置を変化させた場合に形成されるナノファイバーについて述べているが、アシル基の特定の位置に不飽和二重結合が含まれている場合に於いてのみナノファイバーの形成が確認されたものの、不飽和二重結合が含まれない場合にはナノファイバーは形成されず、また、ナノファイバーが形成される場合であっても、それ以外に無秩序な凝集体が含まれる場合があり、必ずしも安定的にナノファイバーが形成されるとは限らなかった。
【0005】
特許文献1では、同様に糖残基にアミド結合を介して長鎖アルキル基が結合し、他の末端がカルボキシル基である非対称双頭型脂質化合物とこれを用いて形成されるナノファイバーである有機ナノチューブについて開示している。ここで開示される化合物からナノファイバーを形成する方法として、該化合物を熱水に溶解し、得られた水溶液を徐冷することで溶液中からナノファイバーが形成されるものである。しかしながら、形成されるナノファイバー以外にもマイクロチューブや他の形態の成分が含まれる場合があり、さらに加熱溶液中から急冷すると結晶状固体やベシクル(球状小胞体)を生成する場合などがあり、必ずしも安定的にナノファイバーを形成出来るものではなかった。
【0006】
特許文献2には、上記の糖末端にアミド基を介して長鎖の不飽和炭化水素基が結合したN−グリコシド型糖脂質とこれから形成されるナノファイバーである有機ナノチューブが開示される。この場合も該糖脂質を熱水に溶解し、得られた水溶液を徐冷し、かつ室温で放置することで溶液中からナノファイバーが凝集体の形で形成されるものである。この場合、該糖脂質の熱水に対する溶解度は極めて低いため、少量のナノファイバーを得る場合には特に問題とならないが、工業的スケールで一度に収率良く大量に製造しようとする場合には問題があった。また、熱水に溶解後、徐冷し、さらに室温にて長時間静置する工程が必要とされ、このことも製造上、効率よく安定的に得るためには大きな問題であった。
【0007】
特許文献3には上記特許文献2に記載されるN−グリコシド型糖脂質およびこれとは別に、グリシルグリシンなどのオリゴペプチドのN−末端に長鎖アルキル基を有するアシル基が結合したペプチド脂質とこれから形成されるナノファイバーである有機ナノチューブの製造方法について開示されている。この場合、先の特許文献とは異なり、水を含まない系でナノファイバーを形成する方法が開示されている。一つの方法では、有機溶剤を用いてこれらの化合物を溶解し、加熱して溶解した溶液を徐冷し(10数時間から数日間経過させる)、かつ室温で放置することで溶液中からナノファイバーが凝集体の形で形成される方法が用いられる。他の方法として、有機溶剤を用いてこれらの化合物を溶解し、さらにエバポレータ等を用いて溶液を濃縮する過程でナノファイバーが凝集体の形で形成される方法が用いられる。また、別の方法として、有機溶剤を用いてこれらの化合物を溶解し、この溶液にN−グリコシド型糖脂質またはペプチド脂質に対する貧溶剤を添加することで析出する分散した形でのナノファイバーの製造方法が開示されている。最後に述べた方法の場合にはナノファイバーの長さが1μm以下と短いため分散状態が保たれるが、1〜10μm以上の長さである場合には、ナノファイバー同士が絡み合った状態になり、凝集する問題があった。
【0008】
特許文献4には、上記のペプチド脂質と遷移金属からなる有機ナノチューブが開示されている。この場合、ペプチド脂質を水酸化ナトリウムなどのアルカリ金属水酸化物を加えて水中に溶解した溶液を用い、該溶液にマンガン、鉄、コバルト、ニッケル、銅、亜鉛、銀などの遷移金属イオンを加えることで水溶液中からナノファイバーが凝集体の形で瞬時に形成されることが特徴である。
【0009】
特許文献5には、グリシルグリシンなどのオリゴグリシンのカルボン酸末端にエチレンジアミノ基を介してアゾベンゼンなどの光異性化機能を有する芳香族化合物を結合した有機ナノチューブが開示されている。この場合も、開示される化合物を熱水に溶解し、得られた水溶液を徐冷し、かつ室温で放置することで溶液中からナノファイバーが凝集体の形で形成されるものである。
【0010】
上記いずれの例に於いてもナノファイバーの例である有機ナノチューブの形成にあたっては水中で徐々に形成される凝集体である場合や、有機溶剤を使用した溶液から濃縮される過程で形成され、最終的には乾燥した粉体状で得られる場合などが挙げられる。これらは、想定される用途に於いて、ナノファイバーを粉体として固体状態で使用する場合や、液中で分散した状態で利用することが想定される。しかしながら他の用途で、例えば形成されるナノファイバーの集合体をフィルムや紙などの基体表面に形成しようとした場合に、塗布による方法が好ましいが、通常塗布に使用される塗布液は、液中に含まれる成分が均一に溶解または分散していることが好ましく、上記の方法で形成されるナノファイバーの集合体は凝集状態にあり、塗布液として使用するには均質な塗布が行いがたい問題があった。さらに、ナノファイバーを形成する化合物を溶解して使用する場合、例えば熱水を使用して溶解した溶液を塗布することで該化合物をフィルムや紙などの基体表面に固定することは可能であるが、塗布した後に通常は迅速に塗布液が乾燥されて基体が巻き取られて製造される場合が多く、こうした短時間の乾燥工程では塗布液中の該化合物からはナノファイバーが形成される時間的余裕がないために、単に該化合物の結晶もしくはナノファイバーを形成しない凝集物の集合体として基体表面に形成されることが通常であった。
【0011】
或いは、特許文献3に示されるような有機溶媒を用いて溶解した溶液を濃縮する方法によってもナノファイバーが分散した液を塗布液として用いることも可能であるが、この場合も分散状態が均一でなく、フィルムや紙のような基体表面に均一に塗布することが困難であり、さらには乾燥時間が短くナノファイバーだけでなく、一部該化合物が結晶もしくは凝集物として基体表面に形成されることが通常であった。
【0012】
さらに、特許文献4の方法では、水酸化ナトリウムなどを用いて均一に溶解した化合物の溶液を塗布、乾燥してもフィルムや紙のような基体表面にナノファイバーは形成されず、また該溶液に遷移金属イオンを加えると直ちにナノファイバーの凝集体が形成され、この場合も塗布液として使用することは困難であった。以上のようにフィルムや紙のような基体表面に均一にナノファイバーの集合体を形成するための方法およびこれに用いる化合物が存在しないのが現状であった。即ち、繊維径が10〜1000nmの範囲にあり、長さが10μm以上であるナノファイバーを形成するために、均一に溶解した溶液状態から乾燥することで、或いは均一に溶解した溶液状態から冷却することにより、繊維径が10〜1000nmの範囲にあり、長さが10μm以上であるナノファイバーを形成することが可能なナノファイバー形成化合物、およびこれを用いたナノファイバー集合体の形成方法が求められていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開2002−322190号公報
【特許文献2】特開2004−224717号公報
【特許文献3】特開2008−30185号公報
【特許文献4】特開2004−250797号公報
【特許文献5】特開2011−46669号公報
【非特許文献】
【0014】
【非特許文献1】Langmuir、 2005, 21, 743.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明は、均一に溶解した溶液状態から乾燥することで、或いは均一に溶解した溶液状態から冷却することにより、繊維径が10〜1000nmの範囲にあり、長さが10μm以上であるナノファイバーを形成することが可能なナノファイバー形成化合物、これを用いたナノファイバーの形成方法およびナノファイバー集合体の形成方法を与えることを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明の課題は下記一般式Iで示されるナノファイバー形成化合物、およびこれを溶解した溶液を乾燥或いは冷却するナノファイバーの形成方法、さらにはこのナノファイバー形成化合物を溶解した溶液を基体上に塗布し乾燥する、或いは乾燥に先だって、塗布された液を冷却し、ゲル化した塗布液を乾燥するナノファイバー集合体の形成方法により解決される。
【0017】
【化1】

【0018】
式中Rは炭素数6〜29の炭化水素基を表し、Rは水素原子もしくはメチル基を表す。Mはアルカリ金属イオンを表す。
【発明の効果】
【0019】
本発明により、均一に溶解した溶液状態から乾燥することで、或いは均一に溶解した溶液状態から冷却することにより、繊維径が10〜1000nmの範囲にあり、長さが10μm以上であるナノファイバーを形成することが可能なナノファイバー形成化合物、これを用いたナノファイバーの形成方法およびナノファイバー集合体の形成方法が与えられる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】実施例1で得られたナノファイバーの走査型電子顕微鏡による観察像。
【図2】実施例3で得られたナノファイバーの走査型電子顕微鏡による観察像。
【図3】実施例3で得られたナノファイバーの透過型電子顕微鏡による観察像。
【図4】実施例4で得られたナノファイバーの走査型電子顕微鏡による観察像。
【図5】実施例4で得られたナノファイバーの共焦点レーザー顕微鏡による観察像。
【図6】実施例5で得られたナノファイバーの共焦点レーザー顕微鏡による観察像。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明で与えられる一般式Iで示されるナノファイバー形成化合物は熱水に易溶性であり、均一に溶解した溶液をフィルムや紙その他の基体上に塗布を行い、乾燥すると、自発的にナノファイバーを該基体上に形成することが特徴である。或いは、該溶液を冷却すると溶液中から直ちにナノファイバーを形成することが特徴である。
【0022】
本発明のナノファイバー形成化合物は溶液中で均一に溶解するが、溶液を乾燥するか、或いは溶液を冷却することで、溶液中からナノファイバー形成化合物が自発的に集合してナノファイバーを形成し、生成したナノファイバー同士はさらに、互いに絡み合ったナノファイバー集合体の状態で、溶液中、もしくはフィルムや紙などの基体上に形成される。
【0023】
最初に、本発明で与えられる一般式Iで示されるナノファイバー形成化合物について説明する。
【0024】
【化2】

【0025】
式中Rは炭素数6〜29の炭化水素基を表し、Rは水素原子もしくはメチル基を表す。Mはアルカリ金属イオンを表す。Rの炭化水素基は分岐していても良いアルキル基または不飽和結合基を含む炭化水素基で、好ましくは、炭素数6〜29の直鎖状アルキル基もしくは炭素数6〜29であり不飽和結合基を1〜4個含む炭化水素基である場合が好ましい。さらに、Mのアルカリ金属イオンとして、ナトリウムイオン、カリウムイオンもしくはリチウムイオンである場合が最も好ましい。
【0026】
一般式Iで示されるナノファイバー形成化合物の合成については、例えばカルボン酸とアミンを縮合剤の存在下に反応させる等の公知の様々な合成方法によって合成することが出来るが、本発明に於いては、反応溶媒として水を使用し、水中で酸クロライドとグリコシアミン(グアニジノ酢酸)もしくはクレアチンを水酸化ナトリウムや各種有機アミン等の塩基の存在下に反応を行う、所謂ショッテンバウマン反応(例えば、文献として、”March’s Advanced Organic Chemistry, Fifth Ed., John Wiley & Sons, Inc., (2001) P.506)を利用する場合に、最も簡便にかつ安価で、高収率および高純度で目的とする化合物が得られることから好ましい。後述する実施例に於いて示すように、酸クロライドとして炭素数7〜30である脂肪酸の酸クロライドを使用し、水中に懸濁もしくは溶解したグリコシアミンまたはクレアチンと水酸化ナトリウム等の塩基を溶解した水溶液中に、酸クロライドを徐々に加えるのが好ましい。
【0027】
上記で好ましく用いることの出来る酸クロライドとしては、例えばヘプタノイルクロライド、オクタノイルクロライド、ノナノイルクロライド、デカノイルクロライド、ウンデカノイルクロライド、ラウロイルクロライド、トリデカノイルクロライド、ミリストイルクロライド、ペンタデカノイルクロライド、パルミトイルクロライド、ステアロイルクロライド、ノナデカノイルクロライド、エイコサノイルクロライド、ドコサノイルクロライド、テトラコサノイルクロライド、ヘキサコサノイルクロライド、ヘプタコサノイルクロライド、オクタコサノイルクロライド、トリアコサノイルクロライド等の飽和脂肪酸クロライドや、或いは不飽和脂肪酸クロライドの例として6−ヘプテノイルクロライド、2−オクテノイルクロライド、ウンデシレノイルクロライド、オレオイルクロライド、エライドイルクロライド、シス−11−エイコセノイルクロライド、リノレオイルクロライド、リノレノイルクロライド、アラキドノイルクロライド、2−ヘプチノイルクロライド、2−オクチノイルクロライド等を好ましい例として挙げることが出来る。これらの内で、特に炭素数が12〜18であるラウロイルクロライド、ミリストイルクロライド、パルミトイルクロライド、ステアロイルクロライド、オレオイルクロライドなどは入手が容易でかつ安価であり、これらから得られる本発明のナノファイバー形成化合物の溶解性が良好であること等の理由により最も好ましく用いることが出来る。従って、一般式Iで示されるRとしては、炭素数が11〜17である飽和もしくは不飽和炭化水素基である場合が最も好ましく用いることが出来る。
【0028】
上記の種々の酸クロライドは、単独或いはアセトン、テトラヒドロフラン、1,4−ジオキサン等の酸クロライドとは反応しない有機溶媒に希釈した状態で反応に用いることが出来る。酸クロライドの添加方法は、通常はグリコシアミンもしくはクレアチンを溶解もしくは懸濁した水溶液に対して、滴下漏斗などを利用して数10分から数時間に亘って徐々に水溶液中に添加する方法が好ましく行われる。
【0029】
上記の反応に於いて、互いに当モル量の酸クロライド、グリコシアミンまたはクレアチンおよび水酸化ナトリウムなどの塩基を用いて反応を行い、反応の進行に伴い系のpHが中性から弱酸性に移行して、必要に応じて酸を加えるなどして、生成物をカルボン酸誘導体の形で析出させ、濾過などの方法で反応系から分離し、その後等モル量の塩基を加えて目的とする一般式Iで示されるナノファイバー形成化合物を合成する方法が最も好ましい。この場合、必要に応じて、途中のカルボン酸誘導体の状態でアルコールなどの溶媒から再結晶を行うことで精製を行い、ついで等モル量の塩基を加えて目的とする一般式Iで示されるナノファイバー形成化合物を得る方法も好ましく用いることが出来る。
【0030】
上記の反応において生じる副反応として、酸クロライドのアルカリによる加水分解や酸クロライドとグリコシアミンもしくはクレアチンのカルボン酸部分が反応して生じる酸無水物の副成などが生じる。特に、反応途中において析出してくる生成物により反応系の攪拌が十分でなくなるなどした場合に、反応により生成する塩酸が、水溶液中の塩基で中和されず、酸無水物を多量に生成する場合がある。
【0031】
上記のような副反応を抑え、目的とする該カルボン酸誘導体を高収率で得るためには、本発明に於いては、酸クロライドとグリコシアミンもしくはクレアチンを反応させる際の反応温度を0〜10℃の比較的低い温度で反応を行っても良いが、より好ましくは40℃から80℃の範囲で反応を行った場合に、最も収率良く、高純度で該カルボン酸誘導体を得ることが出来ることを見出したことも本発明の特徴の一つである。即ち、通常は、使用する酸クロライドがアルカリにより加水分解することを避ける目的で、ショッテンバウマン反応を行う際には0℃から10℃前後の低温で反応を行うことが通常行われるが、本発明に於いても反応温度として0℃から10℃の範囲で反応を行い、目的とする該カルボン酸誘導体を得ることが出来る。この場合には、添加する酸クロライドの添加速度を十分に遅くすることが好ましく、通常2〜6時間程度の時間を要して酸クロライドを添加することが好ましく行われる。これより速い速度で酸クロライドを添加して反応を行った場合には、酸無水物を与える副反応が顕著に生じる場合がある。これは、グルコシアミンもしくはクレアチンの水中における溶解度が低温では低く、グリコシアミンもしくはクレアチンが懸濁した不均一状態で反応が進行することが起因していると考えられる。これに対して反応温度を40℃から80℃の範囲で行う場合には、グリコシアミンもしくはクレアチンの水中における溶解性が顕著に増大し、溶解したグリコシアミンもしくはクレアチンの塩の形で均一系で反応を行うため窒素原子に対するアシル化反応が優先的に生じるものと考えられる。この場合には、酸クロライドの添加速度は30分〜2時間程度の時間をかけて添加を行っても良く、或いは反応温度の過度の上昇を避けるなどの目的でこれより長い時間をかけて添加を行っても良い。
【0032】
本発明で得られる一般式Iの化合物は熱水に可溶性であり、置換基Rに含まれる炭素数が増すに従って次第に水に溶解するための温度が上昇する。後述する実施例に於いて示すように、例えば置換基Rの炭素数が11であるアルキル基の場合には40℃付近の温度で均一に溶解するが、炭素数が17のアルキル基の場合には80℃付近の温度に加熱することで均一な溶液を得ることが出来る。溶解して均一になった水溶液は、冷却するとナノファイバーが析出する。この場合、冷却速度は任意で良く、急速に冷却してもゆっくりと長時間をかけて冷却を行ってもどちらの場合に於いても同様なナノファイバーと、これらが集合したナノファイバー集合体を形成することが本発明の特徴の一つである。溶液中で形成されるナノファイバーにより溶液はゲル化することから、この系の変化はゾル−ゲル転移である。この際、ナノファイバー形成化合物の溶液中における濃度は0.1%以上であることが好ましく、この濃度以上である場合にゾル−ゲル転移が観察され、ナノファイバー形成化合物の溶液の乾燥または冷却によりナノファイバー集合体が問題なく形成されることが認められた。
【0033】
後述する実施例に於いて説明するように、上記のゾル−ゲル転移で形成されるナノファイバーおよびナノファイバー集合体、或いは、一般式Iのナノファイバー形成化合物を溶解した溶液中から乾燥によって直ちに形成されるナノファイバーおよびナノファイバー集合体の形状は同様であって、光学顕微鏡および電子顕微鏡により観察を行うと、径が10〜1000nmの範囲にあり、長さが10μm以上であるナノファイバーとこれらから形成されるナノファイバー集合体であることが分かった。さらに透過型電子顕微鏡により詳細に各々のナノファイバーを観察したところ、ナノファイバーの輪郭に於いて電子線透過密度に特に変化は認められなかった。中空構造であれば輪郭部分において電子線の透過性が減少することから、本発明で得られるナノファイバーは中空構造を有するとは認められず密度の均一な、おそらくはβ−シート状構造を示していると推測される。
【0034】
ナノファイバーを基体上に形成するには、一般式Iのナノファイバー形成化合物を均一に溶解した溶液を塗布液として用い、フィルムや紙などの基体表面に塗布を行い、さらに乾燥を行うことで該基体表面に一般式Iのナノファイバー形成化合物で形成されるナノファイバーと、これらから形成されるナノファイバー集合体を形成することが出来る。この際、塗布に用いるナノファイバー形成化合物の溶液中における濃度は0.1質量%以上であることが好ましく、この濃度以上である場合にナノファイバー集合体が問題なく形成されることが認められた。
【0035】
この場合、該塗布液を該基体表面に塗布を行った場合、塗布液の乾燥に至る前に、塗布された液を−20℃〜20℃の間の温度に冷却して基体表面上にナノファイバー集合体を形成させ、その後乾燥を行っても良い。或いは、塗布液を塗布し、直ちに乾燥を行い、基体表面上に乾燥したナノファイバー集合体を形成しても良い。乾燥の際の温度としては0℃から120℃の範囲の温度が好ましく、この範囲の温度であれば任意の乾燥温度を設定することが出来る。乾燥速度に関しても、送風を行い出来るだけ迅速に乾燥を行っても良く、或いは場合によっては長時間をかけてゆっくり乾燥を行っても良い。
【0036】
本発明の特徴の一つとして、上記に述べたように一般式Iのナノファイバー形成化合物を均一に溶解した塗布液は基体表面に塗布を行う際には、均一な溶液であることから正確に均一に塗布を行うことが出来ることが挙げられるが、さらには塗布後の乾燥速度に依らずいずれの場合であっても同様にナノファイバーおよびナノファイバー集合体を基体表面に形成出来ることが特徴である。加えて、塗布直後の塗布液を冷却すると、溶液中にナノファイバーの集合体を形成し、塗布された液がゾル−ゲル転移によりゲル化することも特徴としてあげられる。このようなゾル−ゲル転移を利用した塗布方式としては、例えば、「写真工学の基礎、銀塩写真編」(日本写真学会編、コロナ社、昭和54年発刊、第3章)や特開平8−243462号公報等に記載されるような、スライドホッパー方式の塗布装置を利用したハロゲン化銀写真感光材料の製造方法に於いて用いられるゼラチン水溶液のゾル−ゲル転移を利用した多層同時塗布の例が挙げられるが、本発明も同様にして公知の方法により多層同時塗布を行うことも可能である。こうした方法を利用することで例えば後述する実施例において示すように、ゼラチン水溶液と、本発明により得られる塗布に用いるナノファイバー形成化合物の水溶液をこの順番にスライドホッパー方式の塗布装置を利用してフィルム基材表面に塗布を行い、直ちにチルゾーンと称される冷却されたゾーンを通過することで上記の2つの水溶液が層間混合することなくセットし、その後乾燥ゾーンにて通常30〜80℃の間の温度で乾燥を行うことで、ゼラチン層に隣接してナノファイバー集合体の層が形成されたフィルムが得られる。こうした例で示すようにナノファイバー集合体からなる層と、これとは別の層が互いに隣接した形で一度の塗布工程で作製出来ることから、ナノファイバー集合体を塗布方式を利用して基体上に形成する上で極めて簡便で、かつナノファイバー集合体層と別の層が機能分離した形で基体表面に形成出来ることから極めて有用な方法であり、好ましく利用することが出来る。
【0037】
以下に実施例によって本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。なお、実施例中の百分率は断りのない限り質量基準である。
【実施例】
【0038】
(実施例1)
窒素導入管、温度計、還流冷却管、滴下漏斗を備えた500ml丸底フラスコ内にグルコシアミン(東京化成工業製試薬)を23.4g秤量し、水300mlを加えて攪拌した。これに水酸化カリウム(純度85%)13.2gを加え氷冷した水浴上で内温を5℃まで低下させた。滴下漏斗内にパルミトイルクロライド(東京化成工業製試薬)55gにアセトン30gを加えた溶液を導入し窒素気流下に置いた。滴下漏斗から4時間を要してパルミトイルクロライド溶液を滴下した。滴下終了後さらに1時間室温下で攪拌を続けた。反応系のpHが中性から弱酸性に変わり、その後析出した生成物を吸引濾過により分離し、水洗を十分行った後に乾燥させた。生成物をHPLCにより次の条件で分析を行った。即ち、カラムとして東ソー(株)製GPC用カラムTSK−GEL G2500HXLを2本連結して使用し、溶媒としてTHFを使用し、流速0.5ml/分で、検出器として示差屈折率計を使用して分析を行った。その結果、主生成物のピークが溶離時間40分に観察され、これと共に、溶離時間37分に副生成物によるピークが認められた。ピーク面積比から副生成物は主生成物に対して7%含まれていることが分かった。反応収率として副生成物を除いた部分で80%であった。生成物全体をエタノールから再結晶させて再度HPLCで分析を行った結果、副生成物は完全に除去され、主生成物によるピークのみ観察された。再結晶した試料をH−NMRにより解析を行った結果、0.854ppm(3H,tr)、1.238ppm(24H,m)、1.477ppm(2H,m)、2.176ppm(2H、tr)にピークが認められ、下記の化学式で表されるカルボン酸誘導体であることが明確となった。
【0039】
【化3】

【0040】
また、副生成物を別途分離を行い、H−NMRおよびFT−IRにより構造を解析した結果、特にFT−IR測定に於いて酸無水物構造に特徴的な1798cm−1および1740cm−1の2本の吸収ピークの存在から下記化学式で表される酸無水物であることが明確となった。
【0041】
【化4】

【0042】
上記で再結晶を経て精製されたカルボン酸誘導体を使用して、これに当モル量の塩基を加えて中和することで、本発明のナノファイバー形成化合物を合成した。即ち、上記のカルボン酸誘導体を20%濃度になるように水に分散し、これに対して当モル量の水酸化ナトリウムを加えて加熱を行うと、約70℃で完全に溶解し透明な水溶液が得られた。水溶液をスライドガラスに塗布し、ガラス棒を用いて均一な厚みになるよう液を広げ、ドライヤーを使用して直ちに乾燥させた。試料を走査型電子顕微鏡(SEM)により観察したところ図1に示すように、繊維径が平均で75(±25)nmで長さが10μm以上である多数のナノファイバーが絡み合った構造を示していることが明確となった。さらに、加熱した溶液を入れたガラスビーカーを別途氷冷水上に移すことで急速に冷却すると全体がゲル化した。ゲル化した試料を一部取り出してスライドガラス上に移し、ドライヤーを使用して冷風を吹き付けて乾燥させ、得られた試料を同様にSEM観察を行ったところ、図1と同様なナノファイバーが集合した構造を示すことが分かった。
【0043】
(実施例2)
窒素導入管、温度計、還流冷却管、滴下漏斗を備えた500ml丸底フラスコ内にグルコシアミン(東京化成工業製試薬)を23.4g秤量し、水300mlを加えて攪拌した。これに水酸化カリウム(純度85%)13.2gを加え水浴上で内温を50℃まで上昇させた。滴下漏斗内にパルミトイルクロライド(東京化成工業製試薬)55gにアセトン30gを加えた溶液を導入し窒素気流下に置いた。滴下漏斗から1時間を要してパルミトイルクロライド溶液を滴下した。滴下終了後さらに1時間内温50℃に保ち、攪拌を続けた。反応系のpHが中性から弱酸性に変わり、その後析出した生成物を吸引濾過により分離し、水洗を十分行った後に乾燥させた。生成物をHPLCにより先の実施例と同じ条件で分析を行った。その結果、主生成物のピークのみが溶離時間40分に観察された。得られた生成物をH−NMRにより解析を行った結果、実施例1で再結晶後に得られたカルボン酸誘導体と同一であることが明確となった。反応収率は90%であった。反応温度を50℃に高めることで、ナノファイバー形成化合物を生成するための前駆体であるカルボン酸誘導体のみを選択的に高収率で得ることが出来た。
【0044】
(実施例3)
酸クロライドとして実施例2におけるパルミトイルクロライドにかえてラウロイルクロライドを0.2モル使用した以外は実施例2と全く同様にして反応を行い、下記化学式で示される構造のカルボン酸誘導体を得た。HPLCおよびH−NMRにより解析を行った結果、純度は99%以上であり、反応収率は90%であった。
【0045】
【化5】

【0046】
上記で得られたカルボン酸誘導体を使用して、これに当モル量の塩基を加えて中和することで、本発明のナノファイバー形成化合物を合成した。即ち、上記のカルボン酸誘導体を10%濃度になるように水に分散し、これに対して当モルの水酸化ナトリウムを加えて加熱を行うと、約40℃で完全に溶解し透明な水溶液が得られた。溶液をスライドガラスに塗布し、ガラス棒を用いて均一な厚みになるよう液を広げ、ドライヤーを使用して直ちに乾燥させた。試料を走査型電子顕微鏡(SEM)により観察したところ図2に示すように、繊維径が平均で85(±25)nmで長さが10μm以上である多数のナノファイバーが絡み合った構造を示していることが明確となった。透過型電子顕微鏡を用いて観察したところ、図3に示すように個々のナノファイバーの断面に対する電子線の透過度はほぼ均一であり、中空構造を示唆するような結果は得られず、むしろβ−シート状構造を示唆する結果であった。
【0047】
(実施例4)
酸クロライドとして実施例2におけるパルミトイルクロライドにかえてオレオイルクロライドを0.2モル使用した以外は実施例2と全く同様にして反応を行い、下記化学式で示される構造のカルボン酸誘導体を得た。HPLCおよびH−NMRにより解析を行った結果、純度は99%以上であり、反応収率は90%であった。
【0048】
【化6】

【0049】
上記で得られたカルボン酸誘導体を使用して、これに当モル量の塩基を加えて中和することで、本発明のナノファイバー形成化合物を合成した。即ち、上記のカルボン酸誘導体を10%濃度になるように水に分散し、これに対して当モルの水酸化ナトリウムを加えて加熱を行うと、室温で完全に溶解し透明な水溶液が得られた。溶液をスライドガラスに塗布し、ガラス棒を用いて均一な厚みになるよう液を広げ、ドライヤーを使用して直ちに乾燥させた。試料を走査型電子顕微鏡(SEM)および共焦点レーザー顕微鏡を使用して観察した結果、それぞれ図4および図5に示すようなナノファイバーが形成されていることが確認出来た。繊維径は平均で90(±25)nmで、繊維長さが10μm以上である多数のナノファイバーが絡み合った構造が観察された。
【0050】
(実施例5)
窒素導入管、温度計、還流冷却管、滴下漏斗を備えた500ml丸底フラスコ内にクレアチン(アルドリッチ社製試薬、無水物)を27g秤量し、水300mlを加えて攪拌した。これに水酸化ナトリウム8gを加え水浴上で内温を45℃まで上昇させた。滴下漏斗内にステアロイルクロライド(東京化成工業製試薬)61gにアセトン30gを加えた溶液を導入し窒素気流下に置いた。滴下漏斗から1.5時間を要してステアロイルクロライド溶液を滴下した。滴下終了後さらに1時間内温45℃に保ち、攪拌を続けた。反応系のpHが中性から弱酸性に変わり、その後析出した生成物を吸引濾過により分離し、水洗を十分行った後に乾燥させた。生成物をHPLCにより先の実施例1と同じ条件で分析を行った。その結果、主生成物のピークのみが溶離時間39分に観察された。得られた生成物をH−NMRにより解析を行った結果、下記の化学式で示されるカルボン酸誘導体が得られていることが明確となった。反応収率は85%であった。
【0051】
【化7】

【0052】
上記で得られたカルボン酸誘導体を使用して、これに当モル量の塩基を加えて中和することで、本発明のナノファイバー形成化合物を合成した。即ち、上記のカルボン酸誘導体を10%濃度になるように水に分散し、これに対して当モルの水酸化ナトリウムを加えて加熱したところ、約85℃で完全に溶解し透明な水溶液が得られた。溶液をスライドガラスに塗布し、ガラス棒を用いて均一な厚みになるよう液を広げ、ドライヤーを使用して直ちに乾燥させた。試料を共焦点レーザー顕微鏡を使用して観察した結果、図6に示すようなナノファイバーが形成されていることが確認出来た。繊維径は平均で90(±25)nmで、繊維長さが10μm以上である多数のナノファイバーが絡み合った構造が観察された。
【0053】
(実施例6)ゾル−ゲル転移を利用した多層同時塗布の実施例
実施例3で得られた該カルボン酸誘導体を水酸化ナトリウムで中和して得られる加熱水溶液を固形分濃度が5%になるように水で希釈し、溶液の温度を40℃に保った。これとは別に、市販されるゼラチンを固形分濃度が5%になるように溶解した溶液を作製し、同様に40℃に保った。特開平8−243462号公報に記載されるような、スライドホッパー方式の塗布装置を利用して、塗布装置のスライドした平面に設けられた2本の平行したスリットから上記の2種類の溶液を同時に流し、スライド表面で2層が層を形成した状態でポリエステルフィルムに液を渡らせた。この際、ポリエステルフィルム上にゼラチン溶液層とナノファイバーが溶解した層がこの順に積層するよう塗布を行った。ポリエステルフィルム上に形成された2層の液は直ちに冷却ゾーン(温度5℃に調整)に移動し、急速に冷却された。塗布層の表面温度は放射温度計(タスコジャパン(株)製THI−500)を使用して測定を行い、実際に塗布層表面温度が5℃に冷却されていることを確認した。さらに、冷却直後の塗布層は2層が層間混合することなくセットしていることが、サンプリングした試料から確認された。冷却ゾーンを経てから、乾燥ゾーンにおいて塗布層が40℃の乾燥温度で乾燥され、巻き取られた。このようにして作製された塗布試料を共焦点レーザー顕微鏡を使用して観察した結果、ゼラチン層の上にナノファイバー集合体の層が均一に形成されていることが確認出来た。
【産業上の利用可能性】
【0054】
塗布によりフィルムや紙のような基体上にナノファイバーおよびこれの集合体を層状に形成出来ることから、各種フィルターや分離膜、吸着材等の用途や医薬品、医療用途への応用が考えられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式Iで示されるナノファイバー形成化合物。
【化1】

(式中、Rは炭素数6〜29の炭化水素基を表し、Rは水素原子もしくはメチル基を表す。Mはアルカリ金属イオンを表す。)
【請求項2】
請求項1記載のナノファイバー形成化合物を溶解した溶液を乾燥することを特徴とするナノファイバーの形成方法。
【請求項3】
請求項1記載のナノファイバー形成化合物を溶解した溶液を冷却することを特徴とするナノファイバーの形成方法。
【請求項4】
請求項1記載のナノファイバー形成化合物を溶解した溶液を基体上に塗布し乾燥することを特徴とするナノファイバー集合体の形成方法。
【請求項5】
乾燥に先だって、塗布された液を冷却し、ゲル化することを特徴とする請求項4に記載のナノファイバー集合体の形成方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2013−28562(P2013−28562A)
【公開日】平成25年2月7日(2013.2.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−165849(P2011−165849)
【出願日】平成23年7月28日(2011.7.28)
【出願人】(000005980)三菱製紙株式会社 (1,550)
【Fターム(参考)】