説明

マスタシリンダおよびこれを用いたブレーキシステム

【課題】アイソレーションカップシールおよびセパレーションカップシールの少なくとも一方のシール性の低下あるいは非装着をより確実に検知する。
【解決手段】検査確認作業時、エアー圧によりSEP7が矢印のように後方に押圧され、SEP7が後方に移動してSEP7のアウターリップ22cの先端が環状溝2bの後壁2cに当接する。コンタミ等の異物によりシール性が低下していると、エアーはアウターリップ22cの外周を通ってアウターリップ22cの先端に流動する。更に、エアーは径方向溝22eおよびインナーリップ22bの先端を通って後方に流動する。後方に流動したエアーのエアー圧を検知することで、SEP7のシール性の低下が検知される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ブレーキシステム等の液圧システムに用いられて液圧を発生するマスタシリンダの技術分野に関し、特に、ピストンが摺動可能に嵌合挿入されるシリンダ穴の内部と外部との間をシールするアイソレーションカップシールを有するマスタシリンダあるいはアイソレーションカップシールおよびシリンダ穴内に複数の液圧室を区画するセパレーションカップシールを有するマスタシリンダの技術分野、およびこれを用いたブレーキシステムの技術分野に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、自動車等の車両のブレーキシステムには、ブレーキ液圧を発生するマスタシリンダを用いたブレーキシステムが多く提案されている。従来のマスタシリンダとして、ピストンが摺動可能に嵌合挿入されるシリンダ穴を外部に対してシールするアイソレーションカップシール(isolation seal;ISO)および2つの液圧室を区画するセパレーション
カップシール(separation seal;SEP)をそれぞれ有するタンデム型のマスタシリンダが提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
図5は、特許文献1に記載のマスタシリンダを示す縦断面図である。以下の説明において、前、後はそれぞれ図5で左、右に対応している。その場合、前はピストンの作動方向を示し、また後はピストンの非作動方向を示す。
【0004】
図5中、1はマスタシリンダ、2はシリンダ本体、2aはシリンダ穴、3はプライマリピストン、4は第1カップシール、5は第2カップシール、6はセカンダリピストン、7は第3カップシール、8は第4カップシール、9はプライマリ液圧室、10はセカンダリ液圧室、11はプライマリリターンスプリング、12はセカンダリリターンスプリング、13は第1ブレーキ液給排孔、14は第2ブレーキ液給排孔、15は第1径方向孔、16は第2径方向孔、17は第1リザーバ接続口、18は第2リザーバ接続口、19は第1出力口、20は第2出力口、および21はリザーバである。
【0005】
マスタシリンダ1の非作動状態では、両ピストン3,6は図5に示す後退限位置とされ
る。プライマリピストン3の後退限位置では、第1径方向孔15の一部が第2カップシール5のインナーリップの前端部より後方に位置する。このときは、プライマリ液圧室9が第1リザーバ接続口17に連通し更にリザーバ21内に連通する。また、セカンダリピストン6の後退限位置では、第2径方向孔16の一部が第4カップシール8のインナーリップの前端部より後方に位置する。このときは、セカンダリ液圧室10が第2リザーバ接続口18に連通し更にリザーバ21内に連通する。したがって、プライマリ液圧室9およびセカンダリ液圧室10には液圧が発生していない。
【0006】
ブレーキペダルの踏み込みによるブレーキ操作で倍力装置が作動し、倍力装置の出力でプライマリピストン3が前進し、第1径方向孔15が第2カップシール5のインナーリップの前端部より前方に移動する。また、プライマリピストン3の前進でセカンダリピストン6が前進し、第2径方向孔16が第4カップシール8のインナーリップの前端部より前方に移動する。ブレーキ系のロスストロークが消滅すると、プライマリ液圧室9およびセカンダリ液圧室10に液圧が発生する。そして、プライマリ液圧室9およびセカンダリ液圧室10の液圧は、それぞれ第1出力口19および第2出力口20を通して図示しないホイールシリンダ等のブレーキシリンダに供給される。これにより、ブレーキシリンダがブレーキ量を発生し、車輪にブレーキがかけられる。
【0007】
ブレーキペダルを解放すると、倍力装置が非作動となり倍力装置の出力が消滅する。すると、セカンダリリターンスプリング12でセカンダリピストン6が後退するとともにプライマリリターンスプリング11でプライマリピストン3が後退して、マスタシリンダ1が図5に示す非作動状態となる。したがって、プライマリ液圧室9およびセカンダリ液圧室10の液圧が消滅するとともに、ブレーキシリンダの液圧も消滅してブレーキが解除される。
【0008】
この特許文献1に記載のマスタシリンダにおいては、第1カップシール4はISOを構成し、また第3カップシール7はSEPを構成している(以下、ISO4およびSEP7と表記することもある)。これらのISO4およびSEP7には図6に示すまったく同じカップシール22が用いられる。図6に示すように、カップシール22は全体として環状に形成されているとともに、径方向断面がほぼコ字状またはほぼ逆コ字状に形成されている。すなわち、カップシール22は、径方向に延びる環状のベース22aと、ベース22aから軸方向に延びる環状のインナーリップ22bと、インナーリップ22bの外側でベース22aから軸方向に延びる環状のアウターリップ22cとを有する。その場合、特許文献1に記載のカップシール22では、アウターリップ22cの軸方向長さがインナーリップ22bの軸方向長さより長くされている。
【0009】
ISO4では、カップシール22はシリンダ本体2のシリンダ穴2aの入口に形成された環状溝内に、インナーリップ22bおよびアウターリップ22cがともに前方に延びるようにして装着されている。そして、ISO4のカップシール22にプライマリピストン3が摺動可能に貫通する。このとき、ISO4はプライマリ液圧室9のブレーキ液がシリンダ穴2aから外部に漏出するのを阻止する。
【0010】
また、SEP7では、このカップシール22はシリンダ本体2のシリンダ穴2aに形成された環状溝内に、インナーリップ22bおよびアウターリップ22cがともに後方に延びるようにして装着されている。そして、SEP7のカップシール22にセカンダリピストン6が摺動可能に貫通する。このとき、SEP7はプライマリ液圧室9のブレーキ液が第2ブレーキ液給排孔14の方へ流れるのを阻止する。つまり、SEP7はプライマリ側とセカンダリ側とを区画する。
【0011】
一方、プライマリ液圧室およびセカンダリ液圧室をそれぞれ区画形成するカップシールに径方向溝を設けたマスタシリンダが提案されている(例えば、特許文献2参照)。その場合、この特許文献2に記載の各カップシールは、それぞれ、特許文献1に記載の第2カップシール5および第4カップシール8に相当する。
【0012】
図7に示すように、特許文献2に記載のカップシール23は全体として環状に形成され、ベース23aとインナーリップ23bとアウターリップ23cとから断面ほぼコ字状に形成されている。その場合、インナーリップ23bの軸方向長さがアウターリップ23cの軸方向長さより長くされている。そして、ベース23aに径方向溝23dおよびインナーリップ23bの先端に径方向溝23eを有する。これらの径方向溝23d,23eによ
り、スムーズなブレーキ液の補給が可能となる。したがって、特許文献2に記載のマスタシリンダでは、プライマリ液圧室およびセカンダリ液圧室の液密性が確保され、しかもリザーバからのブレーキ液の補給性が向上されている。
【0013】
ところで、特許文献1に記載のISO4およびSEP7がそれぞれ装着される環状溝にコンタミ等の異物が存在すると、ISO4およびSEP7が環状溝に装着されても、ISO4およびSEP7のシール性が低下してしまう。また、ISO4およびSEP7の装着し忘れがあると、ISO4およびSEP7によりシールが行われなくなる。したがって、これらの場合、液漏れが生じる。そこで、従来、マスタシリンダ1の組立工程においてI
SO4およびSEP7の装着状態の検査確認作業を行うことで、ISO4およびSEP7のシール性の低下あるいはISO4およびSEP7の非装着を検知している。
【0014】
例えばSEP7の装着状態の検査確認作業は、図8(a)に示すように、シリンダ穴2a内にプライマリピストン3およびセカンダリピストン6等を嵌合挿入した状態で、図8(b)に示すようにプライマリ側の第1出力口19に配管24を取り付けるとともに配管24の開口端を栓によって閉塞する。また、配管24に圧力センサ25を取り付ける。更に、セカンダリ側の第2出力口20を閉じてセカンダリ液圧室10内の圧力を保持可能な状態にする。そして、第2リザーバ接続口18から所定のエアー圧(例えば、0.5MP
a等)のエアー(本発明の圧力流体に相当)をセカンダリ液圧室10内に供給する。コンタミ等によるSEP7のシール性の低下やSEP7の非装着があると、セカンダリ液圧室10内に供給されたエアーはSEP7を通過してプライマリ液圧室9に流動する。プライマリ液圧室9に流動したエアーは、更に第1出力口19を通して配管24内に流動する。このため、配管24内の圧力が上昇するので、この上昇した圧力が圧力センサ25で検知されることで、コンタミ等によるシール性の低下やSEP7の非装着が検知される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【特許文献1】特開2007−308053号公報。
【特許文献2】特開2005−273714号公報。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
ところで、前述のようにSEP7の装着状態の検査確認作業では、セカンダリ液圧室10内に供給されたエアーによりSEP7が環状溝内で移動し、SEP7のカップシール22のアウターリップ22cの先端が環状溝の側壁に当接する場合が生じる。このアウターリップ22cの先端の環状溝の側壁への当接により、この当接部がシールされてしまう。
【0017】
しかしながら、このように環状溝内に存在するコンタミ等によりアウターリップ22cの外周部のシール性が低下してエアーが流動するにもかかわらず、前述の当接部のシールにより、エアーがプライマリ液圧室9に流動しない。その結果、圧力センサ25によってエアーの圧力が検知されず、検査確認作業が行われても、SEP7の装着状態が正常であるとして通過してしまうという問題がある。この問題は、ISO4についても同様に発生する可能性がある。
【0018】
また、特許文献2に記載のマスタシリンダの液圧室を区画するカップシールには、ブレーキ液を補給するための径方向溝がベースおよびインナーリップの先端部にそれぞれ設けられている。しかし、この特許文献2に記載のマスタシリンダでは、前述の特許文献1に記載のISO4およびSEP7が有する問題については、何ら考慮されていない。
【0019】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであって、その目的は、アイソレーションカップシールおよびセパレーションカップシールの少なくとも一方のシール性の低下あるいは非装着をより確実に検知することのできるマスタシリンダ、およびこのマスタシリンダを用いたブレーキシステムを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0020】
前述の課題を解決するために、本発明に係るマスタシリンダは、シリンダ本体と、このシリンダ本体のシリンダ穴と、ベース、インナーリップおよびアウターリップにより径方向の断面がほぼコ字状に形成されるとともに前記シリンダ穴の開口部に設けられて前記シリンダ穴を外部に対してシールする環状のアイソレーションカップシールと、前記アイソ
レーションカップシールを貫通して前記シリンダ穴に液密にかつ摺動可能に嵌合挿入されたピストンと、前記シリンダ本体のシリンダ穴内に形成され、前記ピストンの作動時に液圧が発生されるとともに前記ピストンの非作動時に前記液圧が消滅する液圧室とを有するマスタシリンダにおいて、前記アイソレーションカップシールが前記シリンダ穴に設けられた環状溝に配設され、圧力流体による前記アイソレーションカップシールの検査確認作業時、前記アイソレーションカップシールが移動して前記環状溝の後壁に当接する前記アイソレーションカップシールの部位または前記アイソレーションカップシールが移動して当接する前記環状溝の前記後壁に、径方向溝が設けられていることを特徴としている。
【0021】
また、本発明に係るマスタシリンダは、前記アイソレーションカップシールは前記環状溝に、前記インナーリップおよび前記アウターリップが前記ピストンの作動方向に延びるようにして配設され、前記環状溝の後壁に当接する前記アイソレーションカップシールの前記部位は前記ベースであり、前記ベースまたは前記ベースが当接する前記環状溝の後壁に、前記径方向溝が設けられていることを特徴としている。
【0022】
更に、本発明に係るマスタシリンダは、前記ピストンが、前記シリンダ内に直列に配設されたプライマリピストンとセカンダリピストンとの2つのピストンからなり、前記液圧室が、プライマリピストンと前記セカンダリピストンとの間に設けられたプライマリ液圧室と、前記シリンダ本体と前記セカンダリピストンとの間に設けられたセカンダリ液圧室との2つの液圧室からなり、ベース、インナーリップおよびアウターリップにより径方向の断面がほぼコ字状に形成されるとともに、前記プライマリ液圧室と前記セカンダリ液圧室との間に前記プライマリ液圧室側と前記セカンダリ液圧室側とを区画する環状のセパレーションカップシールを有し、前記セパレーションカップシールが前記シリンダ穴に設けられた第2の環状溝に配設され、圧力流体による前記セパレーションカップシールの検査確認作業時、前記セパレーションカップシールが移動して前記第2の環状溝の後壁に当接する前記セパレーションカップシールの部位または前記セパレーションカップシールが移動して当接する前記第2の環状溝の後壁に、第2の径方向溝が設けられていることを特徴としている。
【0023】
更に、本発明に係るマスタシリンダは、前記セパレーションカップシールが前記第2の環状溝に、前記インナーリップおよび前記アウターリップが前記ピストンの非作動方向に延びるようにして配設され、前記セパレーションカップシールの前記部位が前記アウターリップの先端部であり,前記アウターリップの先端部または前記アウターリップの先端部が当接する前記第2の環状溝の後壁に、第2の径方向溝が設けられていることを特徴としている。
【0024】
更に、本発明に係るマスタシリンダは、前記アイソレーションカップシールの前記ベースに前記径方向溝が設けられるとともに前記セパレーションカップシールの前記アウターリップに前記第2の径方向溝が設けられる場合は、前記アイソレーションカップシールおよび前記セパレーションカップシールが前記ベースおよび前記アウターリップにそれぞれ径方向溝が設けられた同じカップシールから構成され、または前記環状溝の後壁に前記径方向溝が設けられるとともに前記第2の環状溝の後壁に前記第2の径方向溝が設けられる場合は、前記アイソレーションカップシールおよび前記セパレーションカップシールが、径方向溝が設けられない同じカップシールから構成されていることを特徴としている。
【0025】
更に、本発明に係るブレーキシステムは、ブレーキ操作部材と、前記ブレーキ操作部材の操作により作動してブレーキ液圧を発生するマスタシリンダと、前記マスタシリンダの液圧により発生するブレーキ力によりブレーキを作動するブレーキシリンダとを備えるブレーキシステムにおいて、前記マスタシリンダが、前述の本発明のいずれか1つのマスタシリンダであることを特徴としている。
【発明の効果】
【0026】
このように構成された本発明に係るマスタシリンダによれば、シリンダ穴の環状溝に配設されるアイソレーションカップシールのベースまたはシリンダ穴の環状溝に径方向溝が設けられる。したがって、検査確認作業時において、コンタミ等の異物によるアイソレーションカップシールのシール性の低下あるいは非装着をより確実にかつより簡単に検知することが可能となる。
【0027】
また、シリンダ穴の第2の環状溝に配設されるセパレーションカップシールのアウターリップまたはシリンダの第2の環状溝に第2の径方向溝が設けられる。したがって、検査確認作業時において、コンタミ等の異物によるセパレーションカップシールのシール性の低下あるいは非装着もより確実にかつより簡単に検知することが可能となる。
【0028】
更に、アイソレーションカップシールのベースに径方向溝が設けられるとともにセパレーションカップシールのアウターリップに第2の径方向溝が設けられる場合は、ベースおよびアウターリップにそれぞれ径方向溝が設けられた同じカップシールをアイソレーションカップシールおよびセパレーションカップシールに用いる。また、環状溝に径方向溝が設けられるとともに第2の環状溝に第2の径方向溝が設けられる場合は、ベースおよびアウターリップのいずれにも径方向溝が設けられない同じカップシールをアイソレーションカップシールおよびセパレーションカップシールに用いる。これにより、カップシールの部品共通化によるコストダウンを効果的に図ることが可能となる。
【0029】
特に、環状溝あるいは第2の環状溝に径方向溝あるいは第2の径方向溝が設けられる場合は、カップシールに径方向溝を設ける必要はなく、径方向溝が設けられない従来公知のカップシールを用いることが可能となる。したがって、マスタシリンダのコストダウンを図ることが可能となる。
【0030】
一方、本発明に係るブレーキシステムによれば、前述の本発明のマスタシリンダを用いている。したがって、アイソレーションカップシールおよびセパレーションカップシールのシール性の低下を確実に検知可能となることから、ブレーキをより確実に作動することができ、ブレーキ作動の信頼性を向上することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明に係るマスタシリンダの実施形態の一例を用いたブレーキシステムを模式的に示す図である。
【図2】この例のマスタシリンダのアイソレーションカップシールおよびセパレーションカップシールに用いられるカップシールを示し、(a)は(b)および(c)におけるIIA−IIA線に沿う断面図、(b)はベース側から見た図、(c)はアウターリップ側から見た図である。
【図3】(a)ないし(d)は検査確認作業時におけるセパレーションカップシールの挙動を説明する図である。
【図4】本発明のマスタシリンダの実施の形態の他の例を示し、(a)および(b)はセパレーションカップシールの挙動を説明する、図3(a)および(d)と同様の図、(c)は検査確認作業時のアイソレーションカップシールの挙動を説明する図である。
【図5】特許文献1に記載のマスタシリンダを示す縦断面図である。
【図6】特許文献1に記載のセパレーションカップシールを示す断面図である。
【図7】特許文献2に記載の液圧室を区画するカップシールを示す断面図である。
【図8】(a)はカップシールの検査確認作業でのエアーが供給される前の状態を示す図、(b)はセパレーションカップシールの検査確認作業を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0032】
以下、図面を用いて本発明を実施するための形態について説明する。
図1は、本発明に係るマスタシリンダの実施形態の一例を用いたブレーキシステムを模式的に示す図である。なお、前述の従来例の構成要素と同じ構成要素には同じ符号を付すことにより、それらの詳細な説明は省略する。
【0033】
図1に示すように、この例のブレーキシステム31は、ブレーキペダル32、負圧倍力装置等の倍力装置33、タンデム形のマスタシリンダ1、リザーバ21、ホイールシリンダ等のブレーキシリンダ34を備えている。マスタシリンダ1は、基本的には前述の特許文献1に記載のマスタシリンダ1と同じである。したがって、特許文献1に記載のマスタシリンダ1と同様に、ブレーキペダル32を踏み込むことで倍力装置33が作動し、倍力装置33の出力でマスタシリンダ1のプライマリ液圧室9およびセカンダリ液圧室10に液圧が発生する。そして、このマスタシリンダ1の液圧でブレーキシリンダ34がブレーキ力を発生し、各車輪35にブレーキがかけられる。
【0034】
この例のマスタシリンダ1も、径方向の断面がほぼコ字状の第1ないし第4カップシール4,5.7,8を有している。その場合、第2および第4カップシール5,8は、それぞれプライマリ液圧室9およびセカンダリ液圧室10を区画するカップシールである。また、第1カップシール4は前述のISOであるとともに、第3カップシール7は前述のSEPである。その場合、この例のマスタシリンダ1においても、ISO4およびSEP7には図2(a)に示す同じカップシール22が用いられている。このカップシール22は、径方向に延びる環状のベース22aと、ベース22aから軸方向に延びる環状のインナーリップ22bと、インナーリップ22bの外側でベース22aから軸方向に延びる環状のアウターリップ22cとを有する。その場合、この例のカップシール22では、アウターリップ22cの軸方向長さとインナーリップ22bの軸方向長さとがほぼ同じ長さにされている。しかし、これに限定されることはなく、アウターリップ22cの軸方向長さおよびインナーリップ22bの軸方向長さはいずれか一方を長くすることもできる。
【0035】
図2(a),(b)に示すように、この例のカップシール22のベース22aには、所
定数の径方向溝22dが周方向に所定の間隔を置いて形成されている。また、図2(a),(c)に示すように、アウターリップ22cの先端部には、所定数の径方向溝22eが
周方向に所定の間隔を置いて形成されている。
【0036】
この例のマスタシリンダ1においても、ISO4として、カップシール22がシリンダ本体2のシリンダ穴2aの入口に形成された環状溝内に、インナーリップ22bおよびアウターリップ22cがともに前方に延びるようにして装着されている。そして、ISO4のカップシール22にプライマリピストン3が摺動可能に貫通する。このとき、ISO4はプライマリ液圧室9のブレーキ液がシリンダ穴2aから外部に漏出するのを阻止する。
【0037】
また、この例のSEP7として、カップシール22がシリンダ本体2のシリンダ穴2aに形成された環状溝内に、インナーリップ22bおよびアウターリップ22cがともに後方に延びるようにして装着されている。そして、SEP7のカップシール22にセカンダリピストン6が摺動可能に貫通する。このとき、SEP7はプライマリ液圧室9のブレーキ液が第2ブレーキ液給排孔14の方へ流れるのを阻止する。つまり、SEP7はプライマリ側とセカンダリ側とを区画する。
【0038】
このように構成されたこの例のマスタシリンダ1においては、前述と同様にマスタシリンダ1の組立工程時に、ISO4およびSEP7の装着状態の検査確認作業が前述と同様にして行われる。この検査確認作業におけるISO4およびSEP7の挙動について説明する。
【0039】
図3(a)ないし(d)は、検査確認作業におけるSEP7の挙動について説明する図である。図3(a)に示すように、カップシール22がシリンダ本体2の環状溝2b内に装着される。この状態で、前述と同様にして、シリンダ穴2a内にプライマリピストン3およびセカンダリピストン6等を嵌合挿入した状態で、プライマリ側の第1出力口19に配管24を取り付けるとともに配管24の開口端を栓によって閉塞する。また、配管24に圧力センサ25を取り付ける。また、セカンダリ側の第2出力口20を閉じてセカンダリ液圧室10内の圧力を保持可能な状態にする。そして、第2リザーバ接続口18から所定のエアー圧のエアーをセカンダリ液圧室10内に供給する。
【0040】
図3(b)に示すように、セカンダリ液圧室10内に供給されたエアーのエアー圧はSEP7を矢印で示すように後方に押圧する。このため、SEP7は後方に移動してSEP7のアウターリップ22cの先端が環状溝2bの後壁2cに当接する。すなわち、アウターリップ22cが環状溝2bの後壁2cに当接する当接部位となる。このとき、アウターリップ22cの先端部には径方向溝22eが形成されているので、アウターリップ22cの先端が後壁2cに当接しても、シールされない。いま、環状溝2bの底部にコンタミ等の異物が存在していると、カップシール22のアウターリップ22cの外周面と環状溝2bの底部とのシール性が低下している。したがって、セカンダリ液圧室10内に供給されたエアーは、矢印で示すようにシール性が低下しているアウターリップ22cの外周面と環状溝2bの底部との間を通ってアウターリップ22cの先端の方へ流動する。
【0041】
更に、図3(c)に矢印で示すようにエアーは径方向溝22eを通ってインナーリップ22bの方へ流動する。更に、図3(d)に矢印で示すようにエアーがアウターリップ22をインナーリップ22bの方へ撓ませ、アウターリップ22はインナーリップ22bをセカンダリピストン6の方へ撓ませる。そして、エアーはインナーリップ22bの先端と後壁2cとの間の隙間を通ってプライマリ液圧室9の方へ流動する。プライマリ液圧室9に流動したエアーは第1出力口19を通して配管24に流動するので、配管24内の圧力が上昇する。この圧力上昇が圧力センサ25で検知される。こうして、マスタシリンダの組立工程において、コンタミ等の異物によるSEP7のシール性の低下が検知される。同様にして、SEP7の環状溝2bへの非装着も検知される。その場合、SEP7の環状溝2bへの非装着は、配管24の圧力上昇が迅速でかつ大きいのでSEP7のシール性の低下と区別して検知することが可能である。
【0042】
一方、ISO4についても基本的にはSEP7の場合と同様であるが、ISO4ではインナーリップ22bおよびアウターリップ22cの延びる方向がSEP7の場合と逆であるので、エアー供給時ISO4のベース22aの後端が環状溝2bの後壁2cに当接する。この場合には、ベース22aの径方向溝22dにより、ベース22aの後面と後壁2cとの間はシールされない。このISO4の場合には、検査確認作業時にエアーが第1リザーバ接続口17からプライマリ液圧室9に供給される。いま、ISO4が配設される環状溝にコンタミ等の異物が存在すると、ISO4のアウターリップ22cの外周面と環状溝の底部との間のシール性が低下する。したがって、プライマリ液圧室9に供給されたエアーは、シール性が低下したアウターリップ22cの外周面と環状溝の底部との間および径方向溝22dを通ってシリンダ穴2aの開口端から外部に流出する。この流出したエアーが検出されることで、ISO4のシール性の低下が検知される。ISO4の非装着も同様にして検知される。
【0043】
この例のカップシール22およびマスタシリンダ1によれば、ISO4のカップシール22のベース22aに径方向溝22dを有している。したがって、コンタミ等の異物によるISO4のシール性の低下あるいは非装着をより確実にかつより簡単に検知することが可能となる。また、SEP7のカップシール22のアウターリップ22cに径方向溝22
eを有している。したがって、コンタミ等の異物によるSEP7のシール性の低下あるいは非装着をより確実にかつより簡単に検知することが可能となる。
【0044】
また、ISO4およびSEP7に同じカップシール22を用いることができるので、部品共通化によるコストダウンを効果的に図ることが可能となる。
この例のマスタシリンダ1の他の構成および他の作用効果は、前述の特許文献1に記載のマスタシリンダと同様である。その場合、特許文献1に記載のマスタシリンダは流量制御弁を有しているが、この例のマスタシリンダ1では不要である。
【0045】
一方、この例のブレーキシステム31によれば、この例のマスタシリンダ1を用いている。したがって、ISO4およびSEOP7のシール性の低下を確実に検知可能となることから、ブレーキをより確実に作動することができ、ブレーキ作動の信頼性を向上することが可能となる。
【0046】
なお、検査確認作業時におけるエアーのセカンダリ液圧室10への供給でSEP7が後方へ移動してインナーリップ22bの先端が後壁2cに当接して、インナーリップ22bと後壁2cとの間でシールが発生するような場合には、インナーリップ22bの先端部にも径方向溝22eと同様の径方向溝を設けることもできる。
【0047】
図4は本発明のマスタシリンダの実施の形態の他の例を示し、(a)および(b)はセパレーションカップシールの挙動を説明する、図3(a)および(d)と同様の図、(c)は検査確認作業時のアイソレーションカップシールの挙動を説明する図である。
【0048】
前述の例では、マスタシリンダ1のカップシール22に径方向溝22d,22eが設け
られるが、図4(a)ないし(c)に示すように、この例のSEP7およびISO4を構成するカップシール22では径方向溝22d,22eは設けられない。また、この例のマ
スタシリンダ1では、環状溝2bの後壁2cに、所定数の径方向溝2dが周方向に所定の間隔を置いて設けられている。検査確認作業でエアーのエアー圧がカップシール22に作用することにより、カップシール22が後方に移動して、アウタリップ22cの先端あるいはベース22aの後端が後壁2cに当接しても、これらの径方向溝2dを通してエアーが流動する。そして、配管24のエアー圧を圧力センサ25で検知したりあるいはエアーの流出を検知することで、環状溝2bに配設されたカップシール22のシール性の低下あるいはカップシール22の非装着をより確実にかつより簡単に検知確認することが可能となる。
【0049】
また、この例では、ISO4およびSEP7に径方向溝を設ける必要はなく、径方向溝が設けられない従来公知のカップシールを用いることが可能となる。したがって、マスタシリンダ1のコストダウンを図ることが可能となる。
この例のマスタシリンダ1の他の構成および他の作用効果は前述の例と同じである。
【0050】
なお、本発明は前述の各例に限定されることはなく、種々の設計変更が可能である。例えば前述の例では、タンデムマスタシリンダを用いているが、本発明はシングルマスタシリンダにも適用することができる。この場合にはSEP7は設けられないので、径方向溝はISO4のベース22aに設けられる径方向溝22dのみ、またはISO4が配設される環状溝に径方向溝を設ければよい。また、前述の各例では、ISO4およびSEP7に同じカップシールを用いているが、ISO4およびSEP7にはそれぞれ異なるカップシールを用いることもできる。その場合には、ISO4にはそのベース22aのみに径方向溝22dを設けるとともに、SEP7にはそのアウターリップ22cのみに径方向溝22eを設けるようにする(なお、場合によっては、SEP7のインナーリップ22bにも径方向溝を設けることができる。)。要は、特許請求の範囲に記載された技術事項の範囲内
で種々の設計変更が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明に係るマスタシリンダおよびブレーキシステムは、それぞれ、ピストンが摺動可能に嵌合挿入されるシリンダ穴の内部と外部との間をシールするアイソレーションカップシールを有するマスタシリンダあるいはアイソレーションカップシールおよびシリンダ穴内に複数の液圧室を区画するセパレーションカップシールを有するマスタシリンダおよびブレーキシステムに好適に利用することができる。
【符号の説明】
【0052】
1…マスタシリンダ、2…シリンダ本体、2a…シリンダ穴、2b…環状溝、2c…後壁、2d…径方向溝、3…プライマリピストン、4…第1カップシール、5…第2カップシール、6…セカンダリピストン、7…第3カップシール、8…第4カップシール、9…プライマリ液圧室、10…セカンダリ液圧室、17…第1リザーバ接続口、18…第2リザーバ接続口、19…第1出力口、20…第2出力口、21…リザーバ、22…カップシール、22a…ベース、22b…インナーリップ、22c…アウターリップ、22d,22
e…径方向溝、24…配管、25…圧力センサ、31…ブレーキシステム、32…ブレーキペダル、33…倍力装置、34…ブレーキシリンダ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シリンダ本体と、
このシリンダ本体のシリンダ穴と、
ベース、インナーリップおよびアウターリップにより径方向の断面がほぼコ字状に形成されるとともに前記シリンダ穴の開口部に設けられて前記シリンダ穴を外部に対してシールする環状のアイソレーションカップシールと、
前記アイソレーションカップシールを貫通して前記シリンダ穴に液密にかつ摺動可能に嵌合挿入されたピストンと、
前記シリンダ本体のシリンダ穴内に形成され、前記ピストンの作動時に液圧が発生されるとともに前記ピストンの非作動時に前記液圧が消滅する液圧室と
を有するマスタシリンダにおいて、
前記アイソレーションカップシールは前記シリンダ穴に設けられた環状溝に配設され、
圧力流体による前記アイソレーションカップシールの検査確認作業時、前記アイソレーションカップシールが移動して前記環状溝の後壁に当接する前記アイソレーションカップシールの部位または前記アイソレーションカップシールが移動して当接する前記環状溝の前記後壁に、径方向溝が設けられていることを特徴とするマスタシリンダ。
【請求項2】
前記アイソレーションカップシールは前記環状溝に、前記インナーリップおよび前記アウターリップが前記ピストンの作動方向に延びるようにして配設され、
前記環状溝の後壁に当接する前記アイソレーションカップシールの前記部位は前記ベースであり、前記ベースまたは前記ベースが当接する前記環状溝の後壁に、前記径方向溝が設けられていることを特徴とする請求項1に記載のマスタシリンダ。
【請求項3】
前記ピストンは、前記シリンダ内に直列に配設されたプライマリピストンとセカンダリピストンとの2つのピストンからなり、
前記液圧室は、プライマリピストンと前記セカンダリピストンとの間に設けられたプライマリ液圧室と、前記シリンダ本体と前記セカンダリピストンとの間に設けられたセカンダリ液圧室との2つの液圧室からなり、
ベース、インナーリップおよびアウターリップにより径方向の断面がほぼコ字状に形成されるとともに、前記プライマリ液圧室と前記セカンダリ液圧室との間に前記プライマリ液圧室側と前記セカンダリ液圧室側とを区画する環状のセパレーションカップシールを有し、
前記セパレーションカップシールは前記シリンダ穴に設けられた第2の環状溝に配設され、
圧力流体による前記セパレーションカップシールの検査確認作業時、前記セパレーションカップシールが移動して前記第2の環状溝の後壁に当接する前記セパレーションカップシールの部位または前記セパレーションカップシールが移動して当接する前記第2の環状溝の後壁に、第2の径方向溝が設けられていることを特徴とする請求項1または2に記載のマスタシリンダ。
【請求項4】
前記セパレーションカップシールは前記第2の環状溝に、前記インナーリップおよび前記アウターリップが前記ピストンの非作動方向に延びるようにして配設され、
前記セパレーションカップシールの前記部位は前記アウターリップの先端部であり,前記アウターリップの先端部または前記アウターリップの先端部が当接する前記第2の環状溝の後壁に、第2の径方向溝が設けられていることを特徴とする請求項3に記載のマスタシリンダ。
【請求項5】
前記アイソレーションカップシールの前記ベースに前記径方向溝が設けられるとともに前記セパレーションカップシールの前記アウターリップに前記第2の径方向溝が設けられ
る場合は、前記アイソレーションカップシールおよび前記セパレーションカップシールが前記ベースおよび前記アウターリップにそれぞれ径方向溝が設けられた同じカップシールから構成され、または前記環状溝の後壁に前記径方向溝が設けられるとともに前記第2の環状溝の後壁に前記第2の径方向溝が設けられる場合は、前記アイソレーションカップシールおよび前記セパレーションカップシールが、径方向溝が設けられない同じカップシールから構成されていることを特徴とする請求項3または4に記載のマスタシリンダ。
【請求項6】
ブレーキ操作部材と、前記ブレーキ操作部材の操作により作動してブレーキ液圧を発生するマスタシリンダと、前記マスタシリンダの液圧により発生するブレーキ力によりブレーキを作動するブレーキシリンダとを備えるブレーキシステムにおいて、
前記マスタシリンダは、請求項1ないし5のいずれか1つに記載のマスタシリンダであることを特徴とするブレーキシステム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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