説明

リン酸化MBP産生促進剤

【課題】 有効にリン酸化MBPを増加させることのできる物質を見出し、これを利用するリン酸化MBP産生促進剤を提供すること。
【解決手段】 ヘスペリジンおよび/またはナリルチンを有効成分として含有するリン酸化MBP産生促進剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はリン酸化MBP産生促進剤に関し、更に詳細には、ミエリン形成改善効果や、脱髄疾患の予防および/または治療効果を有するリン酸化MBP産生促進剤に関する。
【背景技術】
【0002】
中枢神経系に存在するミエリンは、オリゴデンドロサイトの細胞膜が延長され、渦状に巻かれたものである。しかし、実際は、ミエリンを構成する細胞膜の細胞質側同士がミエリン・ベーシック・プロテイン(MBP)によって強固に接着される特殊機構によってミエリンは厚密化されている。この厚密化機構によりミエリンの水分含有量は極めて低くなり、神経細胞の軸索を絶縁することが可能となる。このようにミエリンの主機構の絶縁と関係することから、MBPの重要性が理解しうるが、さらにMBPはミエリン形成開始のシグナルとして働いているともいわれている。すなわち、MBP遺伝子は、7つのエクソンを持ち、選択的スプライシングによって主に4種類のアイソフォームが産生されるが、特にエクソン2を含む2種類のMBPアイソフォームは核内に移行してミエリン形成を制御しているとされている。
【0003】
ところで、上記MBPには、いくつかの修飾体があり、そのうちリン酸化MBPは脱随疾患では低下することが知られている。本発明者らは、先に、MBPのリン酸化について研究を行い、リン酸化MBPが脱随防止や、再ミエリン化と深く関係していることを知った。
【0004】
このように、リン酸化MBPの増加は、脱随防止や、再ミエリン化を通じて神経細胞の老化を防止することが期待されるが、有効かつ十分にリン酸化MBPを増加させることのできる薬剤が知られていないのが実情であった。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従って本発明は、有効にリン酸化MBPを増加させることのできる物質を見出し、これを利用するリン酸化MBP産生促進剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決すべく、特に生薬成分に注目してそれらの薬理効果を検討していたところ、生薬である陳皮に多く含まれるヘスペリジンやナリルチンは優れたリン酸化MBP産生促進作用を有することを見出し、本発明を完成した。
【0007】
すなわち本発明は、ヘスペリジンおよび/またはナリルチンを有効成分として含有するリン酸化MBP産生促進剤である。
【発明の効果】
【0008】
本発明のリン酸化MBP産生促進剤は、老化等により減少するリン酸化MBPの量を増加させることができるものであり、脱随防止や、神経細胞の再ミエリン化に有効である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明において有効成分として使用されるヘスペリジンやナリルチンは、何れもフラバン配糖体であり、下記式で示されるものである。
【0010】
【化1】

【0011】
【化2】

【0012】
これらは、何れもミカン等の柑橘類の果皮に多く含まれており、生薬である陳皮の主要薬効成分である。
【0013】
本発明において使用されるヘスペリジンおよびナリルチンは、ミカンの果皮あるいは陳皮から抽出等適当な分離精製手段で得たものを利用しても良いし、また、これら化合物の市販品を使用しても良い。更に、これらが混合して含まれている陳皮を利用しても良い。
【0014】
本発明のリン酸化MBP産生促進剤は、上記したヘスペリジンおよび/またはナリルチンを有効成分とし、他の医薬用担体と適宜混合し、これを経口剤あるいは非経口剤として製剤化することにより製造することができる。
【0015】
経口剤としては、粉剤、散剤、顆粒剤、錠剤、カプセル剤、軟カプセル剤、液剤等とすることができ、これに応じた医薬用担体、例えば、デンプン、乳糖、白糖、マンニット、カルボキシメチルセルロース、コーンスターチ、無機塩等を利用することができる。また、経口剤の調製にあたっては、更に結合剤、崩壊剤、界面活性剤、滑沢剤、流動性促進剤、矯味剤、着色剤、香料等を配合することができる。
【0016】
また、非経口剤も常法に従って製造され、希釈剤として一般に注射用蒸留水、生理食塩水、ブドウ糖水溶液、注射用植物油、ゴマ油、ラッカセイ油、ダイズ油、トウモロコシ油、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール等を用いることができる。更に、必要に応じて、殺菌剤、防腐剤、安定剤を加えてもよい。
【0017】
更に、この非経口剤は安定性の点から、バイアル等に充填後冷凍し、通常の凍結乾燥技術により水分を除去し、使用直前に凍結乾燥物から液剤を再調製することもできる。更にまた、必要に応じて適宜、等張化剤、安定剤、防腐剤、無痛化剤等を加えてもよい。その他の非経口剤としては、外用液剤、軟膏等の塗布剤、直腸内投与のための坐剤等が挙げられ、これらは何れも常法に従って製造される。
【0018】
本発明のリン酸化MBP産生促進剤において、有効成分であるヘスペリジンおよび/またはナリルチンの配合量は、対象疾患、疾患程度、患者年齢等によっても相違するが、例えば、ヘスペリジンまたはナリルチンのみを有効成分とする経口製剤の場合は、大人一人当たり一日量として、0.1ないし1000mg程度であり、1ないし100mgとすることが好ましい。更に、ヘスペリジンとナリルチンの双方を有効成分とする経口製剤の場合は、前記投与量を参考にして決めればよい。
【0019】
なお、既に漢方薬として公知の人参養栄湯には、上記のヘスペリジンおよびナリルチンが高い濃度で含まれているので、ヘスペリジンおよび/またはナリルチンに代え、これを本発明のリン酸化MBP産生促進剤の有効成分として使用することもできる。
【0020】
以上のようにして得られる本発明のリン酸化MBP産生促進剤は、リン酸化MBP量の減少に起因する疾患、例えば、多発性硬化症、認知症、統合性失調症、急性散在性脳脊髄炎、炎症性広汎性硬化症、急性若しくは亜急性壊死性出血性脳脊髄炎脱髄疾患等の疾患の予防、治療に有効である。
【実施例】
【0021】
次に実施例を挙げ、本発明を更に詳しく説明するが、本発明はこれら実施例に何ら制約されるものではない。
【0022】
実 施 例 1
インビトロ(in vitro)のオリゴデンドロサイト前駆細胞培養系での
リン酸化MBPの変化:
【0023】
(1)オリゴデンドロサイト前駆細胞の調製
胎生17日マウスの大脳を0.3% ディスパーゼ(Dispase)II、0.05% DNase溶液(いずれもダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)で希釈)で酵素的に分散し、得られた分散細胞をDMEMで洗った後、ポアーサイズ70μmのナイロンメッシュに通した。10%FCS添加DMEMに懸濁した後、ポリ−L−リシンコートした培養皿(1.3x10cell/直径10cmディッシュ)上に播種し、5%炭酸ガスインキュベーター中で5日間培養した。
【0024】
その後、細胞を0.2% トリプシン/リン酸緩衝食塩水(PBS)で剥離し、4℃、1000回転で10分間遠心し、上清を捨て去った後、無血清培地(DMEMにグルコース(5.6mg/ml),カナマイシン(60mg/ml),インスリン(5μg/ml),トランスフェリン(0.5μg/ml),BSA(100μg/ml),プロゲステロン(0.06ng/ml),プトレスシン(putrescine)(16μg/ml),亜セレン酸ナトリウム(40ng/ml),チロキシン(T4)(40ng/ml),トリヨードチロニン(T3)(30ng/ml)を添加したもの)に、5x10cell/直径10cmデッシュになるよう懸濁し、播種し培養した。
【0025】
(2)イムノブロット解析
上記(1)で調製したオリゴデンドロサイト前駆細胞にPBSで希釈したヘスペリジンとナリルチンの1:1の混合物を1μg/mLとなるように添加し、72時間培養を行った。細胞を溶解し、抗MBP抗体で免疫沈降を行った後、イムノブロット(Immuno Blot)解析を行った。
【0026】
具体的には、タンパクを含む溶液を、15% SDS−ポリアクリルアミドゲルを用いて電気泳動後にトランスファーした。3%スキムミルクで1時間ブロッキング後、抗リン酸化MBP抗体を1次抗体として室温で2時間インキュベートした。
【0027】
PVDF膜を洗浄後、アルカリフォスファターゼラベルしたマウスあるいはウサギIgGを2次抗体として室温で2時間インキュベートし、洗浄した後、ニトロ・ブルー・テトラゾリウム(Nitro Blue Tetrazolium(NBT)/5−ブロモ−4−クロロ−3−インドリル−ホスフェート(BCIP)溶液を基質として発色させ、バンドをデンシトメーターによって定量した。この結果を表1に示す。なお、コントロールとしては、PBSを使用した。
【0028】
【表1】

【0029】
実 施 例 2
老齢モデルでのリン酸化MBPの変化
(1)マウスの飼育および薬剤投与
1群3匹から6匹の種々の月齢のC57BL/6J雄マウスを、東京都老人総合研究所実験動物施設にてSPF飼育した。各飼育マウス群のうち、29ヶ月齢のマウスのみ更に2群に分け、一方の群のみに1%の濃度で、飲水に混ぜた人参養栄湯を2ヶ月間投与した。
【0030】
(2)ミエリン画分の調製
各群のマウスを屠殺後、大脳0.2gを量り取り、これを20倍量の0.32Mショ糖溶液中で、テフロンホモジナイザーを用いてホモジナイズをした。その後、これを0.85Mショ糖溶液に重層し、25,000回転で、30分間遠心した。
【0031】
2層のショ糖溶液中の中間層に存在する粗ミエリン層を採取し、テフロンホモジナイザーを用いてホモジナイズすることによって水に懸濁後、25,000回転で、15分間遠心後上清を廃棄し、同様の操作を繰り返して洗浄した。さらに得られたミエリンの沈殿を0.32Mショ糖溶液中で懸濁した後、0.85Mショ糖溶液上に重層して遠心し、中間層の部分を精製したミエリン画分とした。
【0032】
(3)イムノブロット解析
タンパクを含む溶液を、15% SDS−ポリアクリルアミドゲルを用いて電気泳動後にトランスファーした。3%スキムミルクで1時間ブロッキング後、抗MBP抗体、抗リン酸化MBP抗体、あるいは抗アクチン抗体を1次抗体として室温で2時間インキュベートした。
【0033】
PVDF膜を洗浄後、アルカリフォスファターゼラベルしたマウスあるいはウサギIgGを2次抗体として室温で2時間インキュベートし、洗浄した後、ニトロ・ブルー・テトラゾリウム(Nitro Blue Tetrazolium(NBT)/5−ブロモ−4−クロロ−3−インドリル−ホスフェート(BCIP)溶液を基質として発色させ、バンドをデンシトメーターによって定量した。MBPの定量値をアクチンの定量値によって除し、電気泳動したタンパク量の補正を行った。リン酸化MBPについての結果を表2に、総MBPについての結果を表3にそれぞれ示す。
【0034】
【表2】

【0035】
【表3】

【0036】
各アイソフォームの総MBPは有意に減少しなかったが、リン酸化MBP(21.5kD)は劇的に減少した。さらに2ヶ月の人参養栄湯投与を行った31ヶ月齢の老齢マウスのリン酸化MBP(21.5kD)量は12ヶ月齢の成齢マウスと同程度に回復した。
【0037】
製 剤 例 1
錠 剤:
以下の処方、製法により錠剤を製造した。
【0038】
[処 方]
(1)デキストリン 54g
(2)結晶セルロース 32g
(3)カルボキシメチルセルロースカルシウム 6g
(4)ポリエチレングリコール6000 6g
(5)ヘスペリジン 2g
計 100g
【0039】
[製 法]
上記の処方に従って(1)〜(5)を均一に混合し、打錠機にて圧縮成型して一錠100mgの錠剤を得た。この錠剤一錠には、ヘスペリジン
2mgが含有されており、成人1日1〜6錠を数回にわけて服用する。
【0040】
製 剤 例 2
顆 粒 剤:
以下の処方、製法により顆粒剤を製造した。
【0041】
[処 方]
(1)デキストリン 90g
(2)ポリエチレングリコール6000 2.5g
(3)カルボキシメチルセルロースカルシウム 6g
(4)軽質無水ケイ酸 0.5g
(5)チンピエキス末 1g
計 100g
【0042】
[製 法]
上記の処方に従って(1)〜(5)を均一に混合し、圧縮成型機にて圧縮成型後、破砕機により粉砕し、篩別して顆粒剤を得た。この顆粒剤1gには、チンピエキス末が10mg含有されており、成人1日200〜1000mgを数回にわけて服用する。
【0043】
製 剤 例 3
カ プ セ ル 剤:
以下の処方、製法によりカプセル剤を製造した。
【0044】
[処 方]
(1)無水結晶マルトース 98g
(2)軽質無水ケイ酸 1g
(3)ナリルチン 1g
計 100g
【0045】
[製 法]
上記の処方に従って(1)〜(3)を均一に混合し、200mgを2号カプセルに充填した。このカプセル剤1カプセルには、ナリルチンが2mg含有されており、成人1日1〜6カプセルを数回にわけて服用する。
【0046】
製 剤 例 4
注 射 剤:
以下の処方、製法により注射剤を製造した。
【0047】
[処 方]
(1)注射用蒸留水 90.4g
(2)大豆油 5g
(3)大豆リン脂質 2.5g
(4)グリセリン 2g
(5)ナリルチン 0.1g
全 量 100g
【0048】
[製 法]
上記の処方に従って(5)を(2)および(3)に溶解し、これに(1)と(4)の溶液を加えて乳化し、注射剤を得た。
【0049】
製 剤 例 5
錠 剤:
以下の処方、製法により錠剤を製造した。
【0050】
[処 方]
(1)カルボキシメチルセルロース 21g
(2)炭酸水素ナトリウム 10g
(3)ステアリン酸マグネシウム 1g
(4)軽質無水ケイ酸 1g
(5)人参養栄湯エキス粉末 67g
計 100g
【0051】
[製 法]
上記の処方に従って(1)〜(5)を均一に混合し、打錠機にて圧縮成型して一錠100mgの錠剤を得た。
【産業上の利用可能性】
【0052】
本発明のリン酸化MBP産生促進剤の有効成分であるヘスペリジンおよび/またはナリルチンは、老化等により減少するリン酸化MBPの量を増加させることができるものである。
【0053】
従って本発明のリン酸化MBP産生促進剤は、老化等によるリン酸化MBPの減少に起因する疾患、例えば、多発性硬化症、認知症、統合性失調症、急性散在性脳脊髄炎、炎症性広汎性硬化症、急性若しくは亜急性壊死性出血性脳脊髄炎脱髄疾患等の疾患の予防、治療に有効なものである。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】実施例1において、インビトロ(in vitro)でのリン酸化MBP(21.5kD)の発現量を示す図である。
【図2】実施例2において、老齢ラットにおけるリン酸化MBPと総MBPの測定結果を示す図である。 以 上

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヘスペリジンおよび/またはナリルチンを有効成分として含有するリン酸化MBP産生促進剤。
【請求項2】
エクソン2を有するリン酸化MBPの産生を促進するものである請求項1記載のリン酸化MBP産生促進剤。
【請求項3】
エクソン2を有するリン酸化MBPが、21.5kDまたは17.0kDのものである請求項第2項記載のリン酸化MBP産生促進剤。
【請求項4】
ヘスペリジンおよび/またはナリルチンが陳皮より得たものである請求項第1項ないし第3項の何れかの項記載のリン酸化MBP産生促進剤。
【請求項5】
ミエリン形成改善効果を有する請求項第1項ないし第4項の何れかの項記載のリン酸化MBP産生促進剤。
【請求項6】
脱髄疾患の予防および/または治療効果を有する請求項第1項ないし第4項の何れかの項記載のリン酸化MBP産生促進剤。
【請求項7】
脱髄疾患が、多発性硬化症、認知症、統合性失調症、急性散在性脳脊髄炎、炎症性広汎性硬化症および急性若しくは亜急性壊死性出血性脳脊髄炎から選ばれるものである請求項6記載のリン酸化MBP産生促進剤。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−127325(P2008−127325A)
【公開日】平成20年6月5日(2008.6.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−313235(P2006−313235)
【出願日】平成18年11月20日(2006.11.20)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.テフロン
【出願人】(594053121)財団法人 東京都高齢者研究・福祉振興財団 (9)
【出願人】(000003665)株式会社ツムラ (43)
【Fターム(参考)】