説明

レーザ用光学部品

【課題】ファイバレーザやYAGレーザ等の近赤外光領域のレーザ光を屈折させるために使用する光学部品であって、コストの増大やレーザ光の吸収を抑制しつつも色収差を好適に補正することができるレーザ用光学部品を提供する。
【解決手段】本発明のレーザ用光学部品は、近赤外光領域である0.8〜1.6μmの波長範囲内で複数の波長を含むレーザ光を屈折させるためのレーザ用光学部品である。当該光学部品は、少なくとも1つの凸レンズ11と少なくとも1つの凹レンズ12とを含み、凸レンズ11がガラスからなり、凹レンズ12がZnSe又はZnSからなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、近赤外光領域のレーザ光に使用される光学部品に関する。
【背景技術】
【0002】
レーザ加工機やレーザプリンタ等の装置では、レーザ発振器から発せられたレーザ光をレンズ等の光学部品を用いて集光乃至結像し、各種の加工や走査等を行っている。
レーザ光が複数の波長を含む場合、当該レーザ光を単一の凸レンズによって集光すると、図2に示すように焦点距離にずれが生じ、色収差が発生する。この色収差は、凸レンズ110の波長依存性、すなわち色による屈折率の差によって生じるため、これを補正するには、屈折率の差が異なる2種類のレンズを組み合わせることが有効である。
【0003】
一般に、2種類のレンズを組み合わせて色収差を補正する場合、次の式(1)の条件を満たすことが要求される。
1・V1+f2・V2=0 …(1)
ただし、f1、f2は、各レンズの焦点距離、V1,V2は、各レンズのアッベ数である。
【0004】
アッベ数は、レンズの分散の大きさ、すなわち屈折率差の大きさを示す値であり、次の式(2)によって求められる。
【0005】
【数1】

【0006】
ただし、nDは、D線の屈折率、nFはF線の屈折率、nCは、C線の屈折率である。
【0007】
そして、以上の条件を満たすため、従来、色による屈折率差の小さい凸レンズと、色による屈折率差の大きい凹レンズとの組み合わせによって色収差を補正している。すなわち、凹レンズによる光の発散作用は凸レンズによる光の収束作用よりも小さいが、凹レンズの屈折率差を凸レンズの屈折率差よりも大きくすることによって、色収差の補正を可能とするものである。
【0008】
なお、レーザ光の色収差補正に関する技術として、下記特許文献1に記載のものが公知である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平9−311271号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
可視光領域で、比較的広い波長範囲(例えば、波長λ=0.4μm〜0.7μmの範囲)の光の色収差補正を行う場合、通常、屈折率差の小さいクラウンガラスからなる凸レンズと、屈折率差の大きいフリントガラスからなる凹レンズとの組み合わせが用いられている。
【0011】
しかしながら、ファイバレーザやYAGレーザ等により発せられた近赤外光からなるレーザ光で、しかも1μm前後の狭い波長範囲の複数の波長を含むレーザ光を色収差補正する場合、上記のようなクラウンガラスとフリントガラスとの組み合わせでは適切に色収差を補正するのが困難であることが判った。これは次の理由による。
本来、レーザ光の波長範囲が狭いと色収差自体が小さくなり、その補正も容易になると考えられるが、ファイバレーザ等による近赤外光ではクラウンガラスとフリントガラスの分散がそれぞれ小さくなり、両者の分散の差も小さくなってしまうため、クラウンガラスによって生じた色収差をフリントガラスによって打ち消し難くなるからである。
【0012】
その一方で、ガラスからなるレンズは低コストでレーザ光の吸収が少ないという利点を有しているため、上述のような色収差補正の困難性を抱えながらも近赤外光領域のレーザ光に対して用いられているのが現状である。
【0013】
本発明は、ファイバレーザやYAGレーザ等の1μm前後の狭い波長範囲で複数の波長を含むレーザ光を屈折させるために使用する光学部品であって、コストの増大やレーザ光の吸収増大を抑制しつつ色収差を好適に補正することができるレーザ用光学部品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は、近赤外光領域である0.8μm〜1.6μmの波長範囲内で複数の波長を含むレーザ光を屈折させるためのレーザ用光学部品であって、
少なくとも1つの凸レンズと少なくとも1つの凹レンズとを含み、前記凸レンズがガラスからなり、前記凹レンズがZnSe(セレン化亜鉛)又はZnS(硫化亜鉛)からなることを特徴とするものである。
【0015】
この構成によれば、凹レンズを構成するZnSe又はZnSは、0.8μm〜1.6μmの近赤外光領域のレーザ光に対する分散が大きいので、ガラスからなる凸レンズとの間で分散の差を大きくとることができる。したがって、分散の小さいガラスからなる凸レンズと、分散の大きいZnSe又はZnSからなる凹レンズとの組み合わせにより、適切に色収差を補正することができる。
【0016】
また、ZnSe又はZnSを用いることによってコスト増やレーザ光の吸収増という弊害も生じるが、低コストで光の吸収の少ないガラスとの組み合わせによってその弊害を可及的に抑制することが可能である。
なお、従来、赤外光を発する高出力の炭酸ガスレーザレーザ(波長約10μm)においては、赤外光の透過性能の良好なZnSeが用いられているが、ファイバレーザやYAGレーザ等の近赤外光のレーザ光に対してはZnSeは使用されていない。
【0017】
本発明のレーザ用光学部品は、集光レンズを構成していてもよい。これにより高い集光特性を得ることができる。
また、本発明のレーザ用光学部品は、Fθレンズや結像レンズを構成していてもよい。これによって、軸外色収差(倍率色収差)をも好適に補正することができ、広い像面範囲にわたって高い集光特性を得ることができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明は、ファイバレーザやYAGレーザ等のレーザ光を屈折させるために使用する光学部品であって、コストの増大やレーザ光の吸収増を抑制しつつ色収差を好適に補正することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の実施の形態に係るレーザ用光学部品の側面説明図である。
【図2】単一の凸レンズによる色収差の発生状態を示す側面説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
図1は、発明の実施の形態に係るレーザ用光学部品の側面図である。
本実施の形態のレーザ用光学部品は、ファイバレーザやYAGレーザを用いたレーザ加工機やレーザプリンタ等に使用されるレーザ光Lを屈折・集光させるために用いられ、レーザ光Lの色収差を補正するために、少なくとも1つの凸レンズ11と少なくとも1つの凹レンズ12とからなる組レンズ10によって構成されている。
【0021】
ここで、レーザ光Lは指向性や収束性に優れており、発生する電磁波の波長を略一定又は非常に狭い波長域に保つことができるという特徴を有する。また、ファイバレーザは、光ファイバを媒質としたレーザ発生装置であり、小型軽量で、高効率で高品質なビームを得ることができ、比較的高出力化が容易であるという特徴を有している。このファイバレーザによるレーザ光Lは、波長が0.8μm〜1.6μmの近赤外光とされている。また、YAGレーザは、産業用や医療用として幅広く用いられており、波長が約1.06μmの近赤外光を発するものとされている。
【0022】
なお、本発明の光学部品は、ファイバレーザやYAGレーザのように近赤外光からなるレーザ光Lを発するレーザ用として使用されるものであり、したがって、例えば炭酸ガスレーザのような波長が10μm前後の赤外光レーザ用の光学部品は本発明から除外される。
【0023】
近赤外光からなるレーザ光Lに対し、図1に示すような凸レンズ11と凹レンズ12とからなる組レンズ10によって色収差の補正を行う場合、従来においては、専ら光学ガラスや石英が用いられていた。特に、凸レンズ11を、可視光領域でのアッベ数が50〜55以下のクラウンガラスから形成し、凹レンズ12を、可視光領域でのアッベ数が50未満のフリントガラスから形成するのが一般的であり、これらのガラスは、近赤外光の吸収が小さく、また、安価であるという利点を有する。しかしながら、ガラスは近赤外光に対して分散が小さいため、狭い波長範囲、例えば、0.8μm〜1.6μmの波長範囲の複数波長を含むレーザ光Lの色収差の補正が困難であるという欠点を有している。
【0024】
そのため、本実施の形態では、凸レンズ11と凹レンズ12との双方を光学ガラスや石英によって形成するのではなく、大きな分散が要求される凹レンズ12をZnSe(セレン化亜鉛)から形成することによって、近赤外光に対する色収差補正を適切に行うことができるようにしている。
すなわち、本実施の形態のレーザ用光学部品は、凸レンズ11としてクラウンガラスからなるレンズを用い、凹レンズ12としてZnSeからなるレンズを用いたものとなっている。
【0025】
表1は、可視光領域(波長が0.4μm〜0.7μmの範囲)におけるフリントガラス及びクラウンガラスのアッベ数と、近赤外光領域(波長が1.03μm〜1.24μmの範囲)におけるクラウンガラス、フリントガラス、ZnSe、及びZnS(硫化亜鉛)のアッベ数とをまとめたものである。なお、ここでは、クラウンガラスをBK7とし、フリントガラスをSF6とした場合を想定しているが、他のガラス種であっても概ね同様である。また、ここでいうガラスは、クラウンガラス、フリントガラス等の光学ガラスや石英ガラス以外にも、同様にレーザ用光学部品として使用可能な結晶性材料(水晶、サファイヤ、蛍石等)を含むことが、原理上可能である。
【0026】
【表1】

【0027】
なお、アッベ数は、前述の式(2)によって求められるものであり、可視光領域のアッベ数Vは、D線、F線、C線の波長をそれぞれ589.2nm、486.1nm、656.3nmとした場合の屈折率nD、nF、nCにより求められる。また、近赤外光領域のアッベ数Vは、D線、F線、C線の波長をそれぞれ1060nm、1030nm、1240nmに置き換えた場合の屈折率nD、nF、nCにより求められる。
【0028】
表1から明らかなように、可視光領域においては、フリントガラスのアッベ数が25.4であり、クラウンガラスのアッベ数が64.2であり、クラウンガラスのアッベ数は、フリントガラスのアッベ数の約2.5倍の数値を示している。しかしながら、近赤外光領域においては、フリントガラスのアッベ数が149.3であるのに対して、クラウンガラスのアッベ数が190.5であり、両者とも非常にアッベ数が大きく(分散が小さく)、クラウンガラスのアッベ数は、フリントガラスのアッベ数の約1.3倍程度である。
そのため、クラウンガラスからなる凸レンズ11によって生じた色収差をフリントガラスからなる凹レンズ12によって打ち消すのは困難である。
【0029】
これに対して、ZnSeは、アッベ数が88.1となっており、このZnSeのアッベ数に対してクラウンガラスのアッベ数は約2.2倍の数値を示している。したがって、クラウンガラスとZnSeとの分散の差は、クラウンガラスとフリントガラスとの分散の差よりも非常に大きくなっている。そのため、凸レンズ11として分散の小さいクラウンガラスを用い、凹レンズ12として分散の大きいZnSeを使用することによって、クラウンガラスにおいて生じた色収差をZnSeによって好適に打ち消すことができ、高い集光特性を得ることが可能となっている。
【0030】
また、本実施の形態では、組レンズ10を構成する2枚のレンズのうち、一方のみをZnSeにより形成し、他方を従来通りガラスにより形成することによって、コストの増大を抑制することができる。さらに、ZnSeは、ガラスよりも若干近赤外光の吸収率が高いが、組レンズ10の一方のみをZnSeとすることによって、全体としての近赤外光の吸収増を抑制することができる。
【0031】
本発明のレーザ用光学部品は、上述のように集光レンズとして用いるのが好適であるが、特に結像レンズとして、或いはレーザ加工機等の走査光学系として使用されるFθレンズとして用いるのがより好適である。この場合、軸外の色収差(倍率色収差)をも好適に抑制して、広い像面範囲に亘って高い集光特性を得ることができる。
【0032】
また、本発明のレーザ用光学部品は、凹レンズ12としてZnS(硫化亜鉛)を使用してもよい。この場合においても、上記実施形態と同様に、フリントガラスと比較して近赤外光領域における凹レンズ12の分散を大きくし、ガラス(クラウンガラス)からなる凸レンズ11との分散の差を大きくして色収差を好適に補正することができる(表1参照)。また、ZnSeやZnSは、超精密切削加工で比較的容易に非球面加工を行うことができるという利点もある。
ただし、ZnSは、ZnSeよりも上述の近赤外光領域におけるレーザ光の吸収率が若干高いので、できるだけ薄く形成することが好ましい。
【0033】
本発明のレーザ用光学部品は、複数の凹レンズ12を備えたものであってもよく、複数の凸レンズ11を備えたものであってもよい。また、複数の凹レンズ12のうち、一部をZnSe又はZnSにより形成してもよい。しかし、多くのレンズを備えることはコスト増の原因となるため、各レンズ2枚以下でレーザ用光学部品を構成することが好ましい。
また、凸レンズ11としてクラウンガラス以外の他のガラスを使用してもよく、この場合、近赤外光領域において可及的に分散の小さい(アッベ数が大きい)ものを使用することが好ましい。
【0034】
また、本発明のレーザ用光学部品は、0.8μm〜1.6μmの波長範囲で複数の波長を含む近赤外光からなるレーザ光を対象とするが、特に1.0μm〜1.25μmのより狭い波長範囲のレーザ光に対してより効果的である。
【符号の説明】
【0035】
11 凸レンズ
12 凹レンズ
L レーザ光

【特許請求の範囲】
【請求項1】
近赤外光領域である0.8〜1.6μmの波長範囲内で複数の波長を含むレーザ光を屈折させるためのレーザ用光学部品であって、
少なくとも1つの凸レンズと少なくとも1つの凹レンズとを含み、前記凸レンズがガラスからなり、前記凹レンズがZnSe又はZnSからなることを特徴とするレーザ用光学部品。
【請求項2】
当該レーザ用光学部品が集光レンズを構成している請求項1に記載のレーザ用光学部品。
【請求項3】
当該レーザ用光学部品がFθレンズを構成している請求項1に記載のレーザ用光学部品。
【請求項4】
当該レーザ用光学部品が結像レンズを構成している請求項1に記載のレーザ用光学部品。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2011−180494(P2011−180494A)
【公開日】平成23年9月15日(2011.9.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−46354(P2010−46354)
【出願日】平成22年3月3日(2010.3.3)
【出願人】(503212652)住友電工ハードメタル株式会社 (390)
【Fターム(参考)】