説明

上皮細胞培養用培地、それを用いた上皮細胞培養方法及びそれより得られた上皮細胞

【課題】上皮幹細胞、上皮前駆細胞を含む上皮細胞を効率良く増殖させること。
【解決手段】インターロイキン−1レセプターアンタゴニスト及び/または抗インターロイキン−1抗体よりなるインターロイキン−1レセプター結合阻害剤を含む上皮細胞培養用培地を用いて培養する上皮細胞の培養法。上皮細胞が、上皮幹細胞及び/または上皮前駆細胞であり、皮膚、角膜、肝臓、消化器官、乳腺、前立腺、毛根、気管、口腔粘膜由来のものである上皮細胞培養用培地。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生物学、医学等の分野において有用な上皮細胞の培養方法、それを用いた上皮細胞培養方法及びそれより得られる上皮細胞に関するものである。
【背景技術】
【0002】
医療技術の著しい発展により、近年、治療困難となった臓器を他人の臓器と置き換えようとする臓器移植が一般化してきた。しかしながら、未だにドナー数の少なさが問題にとり挙げられ、角膜移植を例にとると、国内だけでも角膜移植の必要な患者が年間約2万人出てくるのに対し、実際に移植治療が行える患者は約1/10の2000人程度でしかないといわれている。角膜移植というほぼ確立された技術があるにもかかわらず、ドナー不足という問題のため治療が患者全員へ行きわたらないのが現状である。
【0003】
このような背景のもと、以前より、人工代替物や細胞を培養して組織化させたものをそのまま移植しようという技術が注目されている。その代表的な例として、人工皮膚及び培養皮膚があげられよう。ここで、合成高分子を用いた人工皮膚は拒絶反応等が生じる可能性があり、移植用皮膚としては好ましくない。一方、培養皮膚は本人の正常な皮膚の一部を所望の大きさまで培養したものであるため、これを使用しても拒絶反応等の心配がなく、最も自然なマスキング剤と言える。
【0004】
特許文献1には、ヒト新生児由来表皮角化細胞を、ケラチン組織の膜が容器表面上に形成される条件下で培養し、生成したケラチン組織膜を酵素によって分解し剥離させることを特徴とする移植可能な培養細胞膜を製造する方法が記載されている。具体的には、3T3細胞をフィーダーレイヤーとして用いることで、播種した表皮細胞は増殖し、しかもそのまま重層化してしまうというものである。ここでの3T3細胞の役割の一つは、培養した表皮細胞中の幹細胞の未分化性を維持しつつ増殖させることとされている。この方法は、今や表皮角化細胞を培養する方法の主流にまでなっている。しかしながら、この方法には欠点があり、すなわち上記3T3細胞がマウス由来の細胞である点がよく指摘される。一般的には、表皮角化細胞を培養している間にこの3T3細胞は消失すると言われているが、未だに100%消失したことを証明することができていないのが現状である。
【0005】
この点を解決すべく、これまでに種々の検討がなされてきた。例えば、別の培養基材上で3T3細胞を培養し、表皮角化細胞に有効な物質を培地中に出させ、その上清だけを表皮角化細胞を培養している系に移す方法があげられる(特許文献2、特許文献3)。しかしながら、この方法でも、異種動物の細胞自身の混入は防げても、異種動物細胞が産生するさまざまな蛋白質を分割している訳でなく、基本的に同様な問題が残されている。また、特許文献4では、培地中にシスタチン、及びそのスーパーファミリーを加えることで3T3細胞の代替とさせたり、特許文献5では、ヒト由来の細胞をフィーダーレイヤーとして利用しようとする試みもなされているが、未だに上記3T3細胞並みの活性を持った細胞が得られておらず、3T3細胞に代わる有効な技術が強く望まれていた。
【0006】
一方、最近、上皮細胞に関する研究が活発化し、上皮細胞が生体内に存在する場であるニッシェについての研究も精力的に行われるようになってきた(非特許文献1、非特許文献2)。そのような中、例えば非特許文献3では、造血幹細胞にCD61が高発現しているのに対し、その細胞が分化した造血前駆細胞ではそのCD61の発現が弱まっていることが見出された。このことから、造血幹細胞の分化にCD61が係わっているものと推測される。また、このCD61は、造血幹細胞ではない角膜上皮幹細胞においても高発現していることも分かった(非特許文献4)。上皮細胞に共通してCD61という分子が係わっていると予想はされるものの、そのCD61が係わる意味は、これまで全く解明されていなかった。そして、もしこのCD61が、上皮細胞が幹細胞の状態で維持できるニッシェの機構に係わるものであれば、上皮細胞を未分化な状態を維持しつつ増殖させられるものと期待される。
【0007】
一方、上皮幹細胞の増殖にコレラ毒素を含む培地が慣習的に使われている。その理由の詳細については現時点では解明されていないが、このコレラ毒素は上皮幹細胞の未分化性を維持する効果を有しているものと考えられている。しかしながら、このものを使って移植用の細胞を得ても、例えばヒトへの治療を目的としたとき、培養液中のコレラ毒素は極力排除されることが望まれよう。このような物質を使用せず、増殖旺盛な上皮幹細胞や上皮前駆細胞等を未分化な状態を維持しつつ増殖させられるようになれば、再生医療等の医療技術に多大なる貢献がはかれるものと期待されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特公平2−23191号公報
【特許文献2】特開平9−313172号公報
【特許文献3】特開2001−149070号公報
【特許文献4】特開2004−248655号公報
【特許文献5】再表2005−035739号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Xie Tら、Science.2000 Oct13;290(5490):328−30
【非特許文献2】Kiel MJら、Nat Rev Immunol.2008 Apr;8(4):290−301
【非特許文献3】Umemoto Tら、J Immunol.2006;177:7733−7739
【非特許文献4】Umemoto Tら、Stem Cells.2006;24:86−94
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
再生医療等の医療現場において、組織から採取した幹細胞や前駆細胞を未分化な状態を維持しつつ迅速に増殖させることができるようになると、培養した細胞を早期に移植することができるようになり、移植医療技術が飛躍的に発展する。本発明は、この上皮幹細胞や上皮前駆細胞等を含む上皮細胞を生体外で従来技術に比べ迅速に増殖させられる培地を提供することを課題とする。すなわち本発明は、上皮幹細胞や上皮前駆細胞を分化させることなく、未分化な状態を維持させつつ増殖させる培地を提供することを意味するものと考えている。また、本発明では、その培地を利用した上皮細胞の培養方法を提供し、さらにその培養方法を用いて得られる上皮細胞を提供することも目的とする。従来、上皮幹細胞や上皮前駆細胞を生体外で未分化な状態を維持させながら増殖させるには、例えば上述したようなマウス由来の3T3細胞のような線維芽細胞を使わざるを得なかった。本発明は、そのような他種の細胞や、細菌由来物質を用いずに、組織から採取した幹細胞や前駆細胞を未分化な状態を維持しつつ迅速に増殖させられるようになり、今後、極めて広範囲に応用、展開が可能な革新的な技術と期待できる。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決するために、各種サイトカインについて、組織から採取した特に上皮幹細胞や上皮前駆細胞等の上皮細胞に与える影響について詳細に検討した。その結果、インターロイキン−1α(このものを以下、IL−1αと示すときがある。)が上皮幹細胞や上皮前駆細胞等の上皮細胞へ増殖阻害的に作用することを見出した。そして、インターロイキン−1レセプター結合阻害剤が組織から採取した上皮幹細胞や上皮前駆細胞を含む上皮細胞の増殖を促進させる働きを有していることを見出した。すなわち、本発明は、上皮幹細胞や上皮前駆細胞を含む上皮細胞を効率良く培養するための培地を提供する。また、本発明では、その培地を利用した上皮細胞の培養方法を提供する。さらに、本発明はその培養方法を用いて得られる上皮細胞を提供することも目的とする。本発明は、上皮幹細胞や上皮前駆細胞等の増殖性を生化学的な手法を適用することで高めるという世界に類のない新規な発想による細胞培養法で実現する極めて重要な発明と考えられる。
すなわち、本発明は、以下の通りである。
項1.インターロイキン−1レセプター結合阻害剤を含むことを特徴とする上皮細胞培養用培地。
項2.インターロイキン−1レセプター結合阻害剤が、インターロイキン−1レセプターアンタゴニスト及び/または抗インターロイキン−1抗体である、上皮細胞培養用培地。
項3.培地中のインターロイキン−1レセプターアンタゴニストの濃度が5ng/ml以上である、請求項2記載の上皮細胞培養用培地。
項4.抗インターロイキン−1抗体が、抗インターロイキン−1α抗体である、請求項2記載の上皮細胞培養用培地。
項5.培地中の抗インターロイキン−1α抗体の濃度が0.15μg/ml以上である、請求項4項記載の上皮細胞培養用培地。
項6.上皮細胞が、上皮幹細胞及び/または上皮前駆細胞である、請求項1〜5のいずれか1項記載の上皮細胞培養用培地。
項7.上皮細胞が、口腔粘膜上皮幹細胞、口腔粘膜上皮前駆細胞、表皮幹細胞、表皮前駆細胞のいずれか1種、もしくは2種以上である、請求項6記載の上皮細胞培養用培地。
項8.上皮細胞が、皮膚、角膜、肝臓、消化器官、乳腺、前立腺、毛根、気管、口腔粘膜由来のものである、請求項1〜7のいずれか1項記載の上皮細胞培養用培地。
項9.上皮細胞が、ヒト、ブタ、サル、イヌ、ウサギ、ラット、マウス由来のものである、請求項1〜8のいずれか1項記載の上皮細胞培養用培地。
項10.動物細胞培養開始から終了までの全ての期間、もしくはその一部の期間で、常法で用いられる動物細胞培養用培地の代わりに請求項1〜9のいずれか1項記載の上皮細胞培養用培地を使用することを特徴とする上皮細胞の培養方法。
項11.培養方法が上皮幹細胞及び/または上皮前駆細胞を分化させずに増殖させるものである、請求項10記載の上皮細胞の培養方法。
項12.請求項10、11のいずれか1項の培養方法で得られた、上皮細胞。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、組織から採取した上皮細胞の増殖性を著しく高めることを可能とする。また、本発明で提供される組織から採取した上皮細胞の増殖方法であれば、例えばマウス3T3細胞のような異種の細胞や、これまで上皮細胞の増殖に慣習的に用いられてきたコレラ毒素と共に培養する必要なく安定して増殖を可能とし、培養した組織から採取した幹細胞や前駆細胞を含む上皮細胞の利用範囲が広くなる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】 実施例1、比較例1における、培地中のインターロイキン−1レセプターアンタゴニスト(このものを以下、IL−1レセプターアンタゴニストと示すときがある。)の濃度を変化させてラット口腔粘膜上皮細胞を培養した結果を示す図である。
【図2】 実施例1、比較例1における、ラット口腔粘膜上皮細胞をIL−1レセプターアンタゴニスト存在下にて培養し7日後の培養細胞数を比較した図である。
【図3】 実施例2、比較例2における、ヒト表皮角化細胞をIL−1レセプターアンタゴニスト存在下にて培養し2日後、3日後、5日後の培養細胞のようすを示す図である。
【図4】 実施例2、比較例2における、ヒト表皮角化細胞をIL−1レセプターアンタゴニスト存在下にて培養し5日後の培養細胞数を比較した図である。
【図5】 実施例3、比較例3における、ヒト表皮角化細胞を抗インターロイキン−1α抗体(このものを以下、抗IL−1α抗体と示すときがある。)存在下にて培養し2日後、3日後、5日後の培養細胞のようすを示す図である。
【図6】 実施例3、比較例3における、ヒト表皮角化細胞を抗IL−1α抗体存在下にて培養し5日後の培養細胞数を比較した図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明は、上皮細胞を効率良く増殖させる培地に関するものである。その際、対象となる上皮細胞としては生体組織中に存在する上皮細胞であれば特に限定されるものではないが、その生体組織としては、例えば、皮膚、角膜、肝臓、消化器官、乳腺、前立腺、毛根、気管、口腔粘膜が挙げられるが、これに限定されるものではない。本発明は、その中で、特に口腔粘膜、皮膚由来の上皮細胞、上皮幹細胞、上皮前駆細胞が好適で、具体的には口腔粘膜上皮細胞、口腔粘膜上皮幹細胞、口腔粘膜上皮前駆細胞、表皮細胞、表皮幹細胞、表皮前駆細胞、角膜上皮細胞、角膜上皮幹細胞、角膜上皮前駆細胞等が挙げられる。本発明ではこれらの細胞を1種だけ培養しても良く、2種以上を混合して共培養しても良い。その際の混合比率も特に限定されるものではない。また、本発明で用いられる細胞は、生体組織から直接採取した細胞でも良く、直接採取し培養系等で分化させた細胞でも良く、或いは細胞株でも良いが、その種類は、何ら制約されるものではない。さらに、これらの細胞の動物の由来についても特に制約されるものではないが、例えば、ヒト、ラット、マウス、モルモット、マーモセット、ウサギ、イヌ、ネコ、ヒツジ、ブタ、チンパンジー等の哺乳類、或いはそれらの免疫不全動物等が挙げられるが、本発明の治療用細胞をヒトの治療に用いる場合はヒト、ブタ、チンパンジー由来の細胞を用いる方が望ましい。本発明における細胞培養のための培地は培養される細胞に対し通常用いられるものを用いれば特に制約されるものではない。
【0015】
本発明の培地とは、培地中にインターロイキン−1結合阻害剤(このものを以下、IL−1レセプター結合阻害剤と示すときがある。)を含まれていることが必須である。そのインターロイキン−1レセプター結合阻害剤としては特に限定されるものではないが、例えば、インターロイキン−1レセプターアンタゴニスト、抗インターロイキン−1抗体等が挙げられる。また、その抗インターロイキン−1抗体として、抗インターロイキン−1α抗体、抗インターロイキン−1β抗体等が挙げられる。その中でインターロイキン−1レセプターアンタゴニスト、抗インターロイキン−1α抗体は本発明のインターロイキン−1レセプター結合阻害剤として好適である。本発明では、これらのインターロイキン−1レセプター結合阻害剤を1種だけ使用しても、2種以上を併用しても良く特に制約されるものではなく、さらにその混合比率についても特に制約されるものではない。例えば、インターロイキン−1レセプター結合阻害剤としてインターロイキン−1レセプターアンタゴニストを使用した場合、その培地中濃度は5ng/ml以上が良く、好ましくは50ng/ml以上が良く、さらに好ましくは100ng/ml以上が良く、最も好ましくは1000ng/ml以上は良い。5ng/mlより少ない濃度であると本発明の効果は得られず、上皮細胞の増殖性が劣る結果となる。また、インターロイキン−1レセプター結合阻害剤として抗インターロイキン−1α抗体を使用した場合、その培地中濃度は0.15μg/ml以上が良く、好ましくは0.25μg/ml以上が良く、さらに好ましくは2.5μg/ml以上が良く、最も好ましくは25μg/ml以上は良い。0.15μg/mlより少ない濃度であると本発明の効果は得られず、上皮細胞の増殖性が劣る結果となる。以上のことは、本発明の培地中のインターロイキン−1結合阻害剤が組織から採取した上皮幹細胞や上皮前駆細胞を含む上皮細胞のIL−1レセプターに結合すると、IL−1αの結合を妨げることとなり、IL−1αの上皮細胞増殖阻害機能を抑制することとなり上皮細胞は効率良く増殖するようになるものと推測している。本発明において、その他の培地条件は、常法に従えば良く、培養される細胞に対し通常用いられるものを用いれば特に制限されるものではない。例えば、使用する培地については、公知の幹細胞培養用因子(CSF)、ウシ胎児血清(FCS)等の血清が添加されている培地でもよく、また、このような血清が添加されていない無血清培地でもよい。その際、これらの添加量も何ら限定されるものではない。
【0016】
本発明では、さらに各種成長因子を加えても良い。具体的には、EGF、FGF、HGFなどがあげられるが特に限定されるものではない。添加する濃度は2ng/ml以上であることが望ましく、好ましくは4ng/ml以上、更に好ましくは10ng/ml以上の濃度であることが望ましい。2ng/mlより小さい濃度の場合、成長因子の添加効果は認められない。
【0017】
本発明は、こうした培地を利用することで動物細胞培養時のコロニー形成能が向上する。この培地を利用する時期は特に限定されるものではないが、培養開始から終了まで全ての期間でも良く、また一部の期間だけ、常法で用いられる培地と置き換えても良い。しかしながら、培養される細胞の活性を維持させるには前者の全ての期間で用いる方が好都合である。
【0018】
本発明において、培養基材としては、通常細胞培養に用いられるガラス、改質ガラス、ポリスチレン、ポリメチルメタクリレート等の化合物を初めとして、一般に形態付与が可能である物質、例えば、上記以外の高分子化合物、セラミックス類など全て用いることができる。例えば、培養する細胞の基材への付着性を高める等の目的でコラーゲン、ラミニン、ポリ−L−リジン、マトリゲルなどが被覆されている培養基材を用いても良い。本発明における培養基材の形状は特に制約されるものではないが、例えばディッシュ、マルチプレート、フラスコ、セルインサートのような形態のもの、或いは平膜状のものなどが挙げられる。
【0019】
本発明の培地を利用すれば、上皮細胞を効率良く増殖させられるようになる。このことは、本発明の培地が上皮幹細胞や上皮前駆細胞を分化させずに、未分化の状態を維持させる機能を有しているものと考えられる。このことを利用すれば、上皮細胞を培養している間、上皮幹細胞や上皮前駆細胞を未分化の状態で維持させられ、上述したような異種動物の細胞を使わなくても細胞を重層化させることができるようになる。本発明の培地は、上皮細胞を安定に、効率良く重層化させる培地としても有用である。
【0020】
その重層化培養の際には、細胞を0〜80℃の温度範囲で水和力が変化するポリマーを表面に被覆した細胞培養支持体上で、ポリマーの水和力の弱い温度域で培養しても良い。その温度とは通常、細胞を培養する温度である37℃が好ましい。本発明に用いる温度応答性高分子はホモポリマー、コポリマーのいずれであってもよい。このような高分子としては、例えば、特開平2−211865号公報に記載されているポリマーが挙げられる。具体的には、例えば、以下のモノマーの単独重合または共重合によって得られる。使用し得るモノマーとしては、例えば、(メタ)アクリルアミド化合物、N−(若しくはN,N−ジ)アルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体、またはビニルエーテル誘導体が挙げられ、コポリマーの場合は、これらの中で任意の2種以上を使用することができる。更には、上記モノマー以外のモノマー類との共重合、ポリマー同士のグラフトまたは共重合、あるいはポリマー、コポリマーの混合物を用いてもよい。また、ポリマー本来の性質を損なわない範囲で架橋することも可能である。その際、培養、剥離されるものが細胞であることから、分離が5℃〜50℃の範囲で行われるため、温度応答性ポリマーとしては、ポリ−N−n−プロピルアクリルアミド(単独重合体の下限臨界溶解温度21℃)、ポリ−N−n−プロピルメタクリルアミド(同27℃)、ポリ−N−イソプロピルアクリルアミド(同32℃)、ポリ−N−イソプロピルメタクリルアミド(同43℃)、ポリ−N−シクロプロピルアクリルアミド(同45℃)、ポリ−N−エトキシエチルアクリルアミド(同約35℃)、ポリ−N−エトキシエチルメタクリルアミド(同約45℃)、ポリ−N−テトラヒドロフルフリルアクリルアミド(同約28℃)、ポリ−N−テトラヒドロフルフリルメタクリルアミド(同約35℃)、ポリ−N,N−エチルメチルアクリルアミド(同56℃)、ポリ−N,N−ジエチルアクリルアミド(同32℃)などが挙げられる。本発明に用いられる共重合のためのモノマーとしては、ポリアクリルアミド、ポリ−N、N−ジエチルアクリルアミド、ポリ−N、N−ジメチルアクリルアミド、ポリエチレンオキシド、ポリアクリル酸及びその塩、ポリヒドロキシエチルメタクリレート、ポリヒドロキシエチルアクリレート、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、セルロース、カルボキシメチルセルロースなどの含水ポリマーなどが挙げられるが、特に制約されるものではない。
【0021】
上述の場合、上述の各ポリマーの基材表面への被覆方法は、特に制限されないが、例えば、基材と上記モノマーまたはポリマーを、電子線照射(EB)、γ線照射、紫外線照射、プラズマ処理、コロナ処理、有機重合反応のいずれかにより、または塗布、混練等の物理的吸着等により行うことができる。培養基材表面への温度応答性ポリマーの被覆量は、11〜2.3μg/cmの範囲が良く、好ましくは1.4〜1.9μg/cmであり、さらに好ましくは1.5〜1.8μg/cmである。1.1μg/cmより少ない被覆量のとき、刺激を与えても当該ポリマー上の細胞は剥離し難く、作業効率が著しく悪くなり好ましくない。逆に2.3μg/cm以上であると、その領域に細胞が付着し難く、細胞を十分に付着させることが困難となる。このような場合、温度応答性ポリマー被覆層の上にさらに細胞接着性タンパク質を被覆すれば、基材表面の温度応答性ポリマー被覆量は2.3μg/cm以上であっても良く、その際の温度応答性ポリマーの被覆量は9.0μg/cm以下が良く、好ましくは8.0μg/cm以下が良く、7.0μg/cm以下が好都合である。温度応答性ポリマーの被覆量が9.0μg/cm以上であると温度応答性ポリマー被覆層の上にさらに細胞接着性タンパク質を被覆しても細胞が付着し難くなり好ましくない。そのような細胞接着性タンパク質の種類は何ら限定されるものではないが、例えば、コラーゲン、ラミニン、ラミニン5、マトリゲル等の単独、もしくは2種以上の混合物が挙げられる。また、これらの細胞接着性タンパク質の被覆方法は常法に従えば良く、通常、細胞接着性タンパク質の水溶液を基材表面に塗布し、その後その水溶液を除去しリンスする方法がとられている。本発明は、温度応答性培養皿を利用したなるべく細胞シートそのものを利用しようとする技術である。従って、温度応答性ポリマー層上の細胞接着性タンパク質の被覆量が極度に多くなっては好ましくない。温度応答性ポリマーの被覆量、並びに細胞接着性タンパク質の被覆量の測定は常法に従えば良く、例えばFT−IR−ATRを用いて細胞付着部を直接測る方法、あらかじめラベル化したポリマーを同様な方法で固定化し細胞付着部に固定化されたラベル化ポリマー量より推測する方法などが挙げられるがいずれの方法を用いても良い。
【0022】
本発明の方法において、培養した細胞を温度応答性基材から剥離回収するには、培養された細胞の付着した培養基材の温度を培養基材上の被覆ポリマーの上限臨界溶解温度以上若しくは下限臨界溶解温度以下にすることによって剥離させることができる。その際、培養液中において行うことも、その他の等張液中において行うことも可能であり、目的に合わせて選択することができる。細胞をより早く、より高効率に剥離、回収する目的で、基材を軽くたたいたり、ゆらしたりする方法、更にはピペットを用いて培地を撹拌する方法等を単独で、あるいは併用して用いてもよい。温度以外の培養条件は、常法に従えばよく、特に制限されるものではない。例えば、使用する培地については、公知のウシ胎児血清(FCS)等の血清が添加されている培地でもよく、また、このような血清が添加されていない無血清培地でもよい。
【0023】
以上のことを温度応答性ポリマーとしてポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)を例にとり説明する。ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)は31℃に下限臨界溶解温度を有するポリマーとして知られ、遊離状態であれば、水中で31℃以上の温度で脱水和を起こしポリマー鎖が凝集し、白濁する。逆に31℃以下の温度ではポリマー鎖は水和し、水に溶解した状態となる。本発明では、このポリマーがシャーレなどの基材表面に被覆、固定されたものである。したがって、31℃以上の温度であれば、基材表面のポリマーも同じように脱水和するが、ポリマー鎖が基材表面に被覆、固定されているため、基材表面が疎水性を示すようになる。逆に、31℃以下の温度では、基材表面のポリマーは水和するが、ポリマー鎖が基材表面に被覆、固定されているため、基材表面が親水性を示すようになる。このときの疎水的な表面は細胞が付着、増殖できる適度な表面であり、また、親水的な表面は細胞が付着できないほどの表面となり、培養中の細胞、もしくは細胞シートも冷却するだけで剥離させられることになる。上記方法に従えば、培養した幹細胞は培養時にディスパーゼ、トリプシン等で代表される蛋白質分解酵素による損傷を受けていないものである。そのため、基材から剥離された幹細胞は接着性蛋白質を有する。このことにより、移植時において患部組織と良好に接着することができ、効率良い移植を実施することができるようになる。
【0024】
本発明の培養方法を利用すれば、組織から採取した上皮細胞を迅速に増殖させられる。このことを利用すると生体外でさまざまな形態の細胞集合体が得られる。これらの技術は組織再生、細胞分化に係わる再生医療の技術として極めて有効なものと考えられる。
【実施例】
【0025】
以下に、本発明を実施例に基づいて更に詳しく説明するが、これらは本発明を何ら限定するものではない。
【実施例1】
【0026】
ラット口腔粘膜上皮細胞に対し、常法で用いられる上皮細胞用培地(KCM)中にIL−1レセプターアンタゴニストを添加した培地にて、播種密度4x10 cells/cmで培養を行った。その際、培地中のIL−1レセプターアンタゴニスト濃度を10ng/ml、100ng/ml、1000ng/mlとした。培地中にIL−1レセプターアンタゴニストを添加7日後の培養細胞のようすを図1に示す。さらにIL−1レセプターアンタゴニスト濃度が1000ng/mlのときの細胞数を測定し比較例1に示すIL−1レセプターアンタゴニスト未添加のときを比較した結果を図2に示す。その結果、培地中のIL−1レセプターアンタゴニスト濃度は図1に示すように、IL−1レセプターアンタゴニストを添加した系において顕著に細胞数が増殖していることが確かめられた。
【比較例1】
【0027】
培地中のIL−1レセプターアンタゴニストを加えないとき(Controlとする。)、IL−1レセプターアンタゴニスト濃度を1ng/mlとすること以外は実施例1と同様な操作を行った。得られた結果を図1、図2に示す。
【実施例2】
【0028】
ヒト表皮角化細胞(ケラチノサイト)に対し、常法で用いられる上皮細胞用培地(KCM)中にIL−1レセプターアンタゴニストを添加し、播種密度4x10 cells/cmで培養を行った。その際、培地中のIL−1レセプターアンタゴニスト濃度を1000ng/mLとした。5日間の培養を行い、培養2日後、3日後、5日後の培養細胞のようすを図3に示す。さらに5日後の細胞数を測定し、比較例2に示すIL−1レセプターアンタゴニスト未添加のときを比較した結果を図4に示す。その結果、IL−1レセプターアンタゴニストを添加した系において顕著に細胞数が増殖していることが確かめられた。
【比較例2】
【0029】
培地中のIL−1レセプターアンタゴニストを加えないこと以外は実施例2と同様な操作を行った。得られた結果を図3、図4に示す。
【実施例3】
【0030】
ヒト表皮角化細胞(ケラチノサイト)に対し、常法で用いられる上皮細胞用培地(KCM)中に抗IL−1α抗体を添加し、播種密度4x10 cells/cmで培養を行った。その際、培地中の抗IL−1α抗体濃度を2.5μg/mlとした。5日間の培養を行い、培養2日後、3日後、5日後の培養細胞のようすを図5に示す。さらに5日後の細胞数を測定し、比較例3に示す抗IL−1α抗体未添加のときを比較した結果を図6に示す。その結果、抗IL−1α抗体を添加した系において顕著に細胞数が増殖していることが確かめられた。
【比較例3】
【0031】
培地中の抗IL−1α抗体を加えないこと以外は実施例3と同様な操作を行った。得られた結果を図5、図6に示す。
【0032】
以上より、培地中にIL−1レセプターアンタゴニストがIL−1受容体に結合するだけ存在していると、IL−1αの上皮幹細胞、及び上皮前駆細胞への作用を拮抗することとなる。そのため、組織から採取した幹細胞や前駆細胞を含む上皮細胞をIL−1レセプターアンタゴニスト存在下において培養することで、IL−1αの増殖阻害効果を拮抗阻害することとなり、組織から採取した幹細胞や前駆細胞を含む上皮細胞は未分化の状態で迅速に増殖させることができるものと考えられる。
【実施例4】
【0033】
ポリ−N−イソプロピルアクリルアミドを基材表面へ2.0μg/cm2の割合で固定化した温度応答性培養基材を用いる以外は実施例2と同様な操作でヒトケラチノサイトを20日間、培養し続けた。その結果、培養した細胞は重層化し、培養温度を20℃で15分間放置すると、培養した細胞はシート状となって剥離させることができた。本発明により、3T3細胞やコレラ毒素を使用することなく、上皮細胞であるケラチノサイトを長期間培養でき、さらに安定に重層化させることができ、温度応答性培養基材を利用することでシート状の細胞として回収することができた。このことから、本発明は再生医療技術に極めて有用な発明と確信している。
【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明の培地を利用すれば、組織から採取した幹細胞や前駆細胞を含む上皮細胞を迅速に増殖させられる。この培養方法を利用すると組織から採取した幹細胞や前駆細胞を含む上皮細胞を生体外で素早く様々な形態の細胞集合体にすることができるようになり、再生医療分野においても極めて有用な基盤技術となる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
インターロイキン−1レセプター結合阻害剤を含むことを特徴とする上皮細胞培養用培地。
【請求項2】
インターロイキン−1レセプター結合阻害剤が、インターロイキン−1レセプターアンタゴニスト及び/または抗インターロイキン−1抗体である、上皮細胞培養用培地。
【請求項3】
培地中のインターロイキン−1レセプターアンタゴニストの濃度が5ng/ml以上である、請求項2記載の上皮細胞培養用培地。
【請求項4】
抗インターロイキン−1抗体が、抗インターロイキン−1α抗体である、請求項2記載の上皮細胞培養用培地。
【請求項5】
培地中の抗インターロイキン−1α抗体の濃度が0.15μg/ml以上である、請求項4項記載の上皮細胞培養用培地。
【請求項6】
上皮細胞が、上皮幹細胞及び/または上皮前駆細胞である、請求項1〜5のいずれか1項記載の上皮細胞培養用培地。
【請求項7】
上皮細胞が、口腔粘膜上皮幹細胞、口腔粘膜上皮前駆細胞、表皮幹細胞、表皮前駆細胞のいずれか1種、もしくは2種以上である、請求項6記載の上皮細胞培養用培地。
【請求項8】
上皮細胞が、皮膚、角膜、肝臓、消化器官、乳腺、前立腺、毛根、気管、口腔粘膜由来のものである、請求項1〜7のいずれか1項記載の上皮細胞培養用培地。
【請求項9】
上皮細胞が、ヒト、ブタ、サル、イヌ、ウサギ、ラット、マウス由来のものである、請求項1〜8のいずれか1項記載の上皮細胞培養用培地。
【請求項10】
動物細胞培養開始から終了までの全ての期間、もしくはその一部の期間で、常法で用いられる動物細胞培養用培地の代わりに請求項1〜9のいずれか1項記載の上皮細胞培養用培地を使用することを特徴とする上皮細胞の培養方法。
【請求項11】
培養方法が上皮幹細胞及び/または上皮前駆細胞を分化させずに増殖させるものである、請求項10記載の上皮細胞の培養方法。
【請求項12】
請求項10、11のいずれか1項の培養方法で得られた、上皮細胞。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2013−121(P2013−121A)
【公開日】平成25年1月7日(2013.1.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−148661(P2011−148661)
【出願日】平成23年6月16日(2011.6.16)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2011年2月1日 日本再生医療学会発行の「日本再生医療学会雑誌 再生医療 第10巻/増刊号 第10回日本再生医療学会総会 プログラム・抄録」に発表 学会発表、第10回 日本再生医療学会総会、日本再生医療学会主催、2011年3月1日〜2日
【出願人】(591173198)学校法人東京女子医科大学 (48)
【Fターム(参考)】