説明

両シール付き玉軸受

【課題】ベルト案内輪の樹脂成形後における冷却によって軸受空間内の圧力が低下するのを抑制し、ゴムシールの内向きリップがシール溝の内側面に吸着されるのを防止することができるようにした両シール付き玉軸受を提供することである。
【解決手段】内向きリップ12のシール溝9の内側面9aと弾性接触する接触面の周方向の少なくとも一部に、シール溝9の内側面9aとの間で微小な空隙を形成する凹部18を設け、ベルト案内輪の樹脂成形時の温度上昇によって軸受空間内の圧力が上昇した際に、その圧力を凹部18から外部に漏洩させ、樹脂成形後の冷却によっても軸受空間内の圧力を一定に保持して、ゴムシール10の内向きリップ12が内輪3のシール溝9の内側面9aに吸着されるのを防止する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、自動車エンジンのカム軸駆動用のタイミングベルトや補機駆動用ベルトを案内する樹脂プーリ等のトルク伝達部品が外輪上において樹脂成形される両シール付き玉軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
カム軸駆動用のタイミングベルトの案内に使用されるプーリとして、特許文献1に記載されているように、その重量軽減およびコストの低減を図るため、玉軸受の外輪外径面上に合成樹脂からなるベルト案内輪を射出成形等により成形した樹脂プーリが知られている。
【0003】
上記のような樹脂プーリは、エンジン周りにおいて、外部に露出する組付けであるため、飛散する泥水の軸受内部への浸入を防止し、かつ、潤滑用グリースの外部への漏洩を防止することができるようにした両シール付き玉軸受が使用される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008−151258号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、従来から知られている両シール付き玉軸受においては、外輪の内径面両端部に形成されたシール嵌合溝にゴムシールの外径部を嵌合し、そのゴムシールの内周部に形成された内向きリップの先端部を内輪の外径面両端部に形成されたシール溝の内側面に弾性接触させて、軸受空間を完全に密閉する完全密封型であるため、外輪上にベルト案内輪を樹脂成形した時、軸受空間内が温度上昇して内圧が高くなり、樹脂成形後の冷却によって内圧が低下することになる。その内圧の低下によってゴムシールが内方に弾性変形し、内向きリップがシール溝の内側面に吸着されて強く弾性接触することになり、トルク損失が多くなる可能性がある。
【0006】
また、内向きリップの接触圧が高くなるため、接触部が摩耗し易く、耐久性にも問題が生じる。
【0007】
この発明の課題は、ベルト案内輪等のトルク伝達部品の樹脂成形後の冷却によって軸受空間内の圧力が低下するのを抑制し、ゴムシールの内向きリップがシール溝の内側面に吸着されるのを防止することができるようにしたシール性に優れた両シール付き玉軸受を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の課題を解決するために、この発明においては、外径面上にトルク伝達部品が樹脂成形される外輪の内径面両端部に一対のシール嵌合溝を設け、外輪の内側に設けられた内輪の外径面両端部に一対のシール溝を形成し、前記一対のシール嵌合溝のそれぞれに外周部が嵌合されたゴムシールの内周部に内向きリップを設け、その内向きリップの先端部を前記シール溝の内側面に弾性接触させて、軸受空間を密封した両シール付き玉軸受において、前記内向きリップの前記シール溝の内側面と弾性接触する接触面の周方向の少なくとも一部に、前記シール溝の内側面との間で微小な空隙を形成する凹部を設けた構成を採用したのである。
【0009】
上記のように、内向きリップの内輪シール溝の内側面と弾性接触する接触面に凹部を形成したことにより、その凹部の形成位置で軸受空間と外部を連通する空隙を確保することができるため、外輪の外径面上にトルク伝達部品を成形して、軸受空間内が温度上昇し、圧力が上昇すると、その圧力は空隙から外部に逃げることになる。
【0010】
このため、軸受空間内の圧力上昇がなく、一定の圧力に保持されることになり、樹脂成形後の冷却によっても軸受空間内の圧力は一定に保持されることになる。その結果、ゴムシールの内向きリップが内輪のシール溝の内側面に吸着されるようなことがなく、軸受回転時のトルク損失が増大するのを防止することができる。
【0011】
ここで、内向きリップに形成する凹部の形状は任意であり、円弧状の溝からなるものであってもよく、あるいは、矩形の溝からなるものであってもよい。その凹部の深さが深くなると、軸受内部にダストや水等の異物が侵入し易くなり、また、軸受潤滑用のグリースが漏洩する可能性があり、また、必要以上に低くなると、軸受空間と外部の圧力均衡用の通気路として機能を発揮させることができなくなるため、上記凹部の深さhは、h=0.01〜0.08mmとしておくのが好ましい。
【0012】
この発明に係る両シール付き玉軸受において、ゴムシールは、軸受潤滑用のグリースと接触し、また、トルク伝達部品の樹脂成形によって温度上昇するため、耐油性や耐熱性に優れたゴムを形成素材としておくのがよい。そのようなゴムとして、ニトリルゴム、耐熱ニトリルゴム、水素添加ニトリルゴム、アクリルゴム、フッ素ゴム等を挙げることができる。
【0013】
また、外輪の外径面上に樹脂成形されるトルク伝達部品は、プーリであってもよく、ローラであってもよい。
【発明の効果】
【0014】
この発明においては、上記のように、ゴムシールの内周部に形成された内向きリップの内輪シール溝の内側面と弾性接触する接触面の周方向の少なくとも一部に、上記シール溝の内側面との間で微小な空隙を形成する凹部を設けたことにより、樹脂成形後の冷却によって軸受空間内の圧力が低下するのを抑制することができる。このため、内向きリップがシール溝の内側面に吸着されるのを防止することができ、トルク損失が大きくなるのを防止することができる。
【0015】
また、凹部は、シール溝の内側面との間で微小な空隙を形成する小さなものであるため、軸受のシール性が損なわれるということはなく、しかも、軸受回転時に、内向きリップの先端部はシール溝の内側面との接触により摩耗して、凹部が消滅し、内向きリップの先端部はシール溝の内側面に全面接触することになるため、時間の経過と共に優れたシール性を確保することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】この発明に係る両シール付き玉軸受を採用した樹脂プーリの縦断正面図
【図2】図1の両シール付き玉軸受の一部を拡大して示す断面図
【図3】図2の内向きリップ部を拡大して示す断面図
【図4】(I)は、図3のIV−IV線に沿った断面図、(II)は、凹部の他の例を示す断面図
【図5】内向きリップの凹部が消滅した状態を示す断面図
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、この発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。図1は、この発明に係る両シール付き玉軸受を採用した樹脂プーリを示す。樹脂プーリは、玉軸受1と、その玉軸受1の外径面上に成形されたトルク伝達部品としてのベルト案内輪21とからなる。
【0018】
ベルト案内輪21は、玉軸受1の両側面の外周部および外径面を包み込むボス部22と、そのボス部22の外径面から外方向に延びる円板部23と、その円板部23の外周から軸方向に延びるリム部24とからなり、上記リム部24の外径面に複列のV溝25が設けられている。
【0019】
ベルト案内輪21は、成形金型内に玉軸受1を固定した状態において、その玉軸受1の外周囲に形成されたキャビティ内に溶融樹脂を射出することにより成形される。
【0020】
図2に示すように、玉軸受1は、外輪2と、内輪3と、その外輪2の内径面に形成された軌道溝4と内輪3の外径面に形成された軌道溝5間に組込まれた複数ボール6およびそのボール6を保持する保持器7からなる。
【0021】
外輪2の内径面には、軸方向の両端部に一対のシール嵌合溝8が形成され、一方、内輪3の外径面には、上記一対のシール嵌合溝8と半径方向で対向する位置にシール溝9が形成されている。
【0022】
外輪2に形成された一対のシール嵌合溝8のそれぞれには、ゴムシール10の外径部が嵌合されている。ゴムシール10は、ニトリルゴム、耐熱ニトリルゴム、水素添加ニトリルゴム、アクリルゴム、フッ素ゴム等の耐油性や耐熱性に優れたゴムを素材としており、芯金11によって補強されている。
【0023】
図2および図3に示すように、ゴムシール10の内周部には、内向きリップ12および外向きリップ13が形成され、その外向きリップ13は、シール溝9の軸方向外方に形成された小径の円筒面14との間でラビリンス15を形成している。また、ゴムシール10の内面の内周部には、環状の突出部16が形成され、その突出部16はシール溝9の内側面9aの外周部に形成された段部9bとの間でラビリンス17が形成している。
【0024】
図3に示すように、内向きリップ12の先端部はシール溝9の内側面9aに弾性接触し、その接触面の周方向の一部に凹部18が設けられ、その凹部18は上記内側面9aとの間で軸受空間と外部を連通する微小な空隙を形成している。
【0025】
凹部18として、ここでは、図4(I)に示すように、円弧状の溝からなるものを示しているが、図4(II)で示すように、矩形の溝からなるものであってもよい。
【0026】
ここで、凹部18の深さおよび周方向の幅が必要以上に大きくなると、シール性が損なわれて、ダストや水等の異物が軸受内部に侵入し、あるいは、軸受空間内に入れられた軸受潤滑用のグリースが外部に漏洩することになる。また、必要以上に小さい場合は、軸受空間内と外部の圧力均衡用の通気路としての機能を発揮させることができなくなる。
【0027】
そのような不都合を解消するため、円弧状の溝からなる凹部18においては、周方向の中央部での深さhを0.01〜0.08mm、幅寸法Wを0.2〜0.8mmの範囲としている。また、矩形の溝からなる凹部18の場合も、その深さhを0.01〜0.08mm、幅寸法Wを0.2〜0.8mmの範囲としている。
【0028】
上記のように、内向きリップ12のシール溝9の内側面9aと弾性接触する接触面に凹部18を形成したことにより、その凹部18の形成位置で軸受空間と外部を連通する空隙を確保することができる。このため、外輪2の外径面上にベルト案内輪21を樹脂成形して、軸受空間内が温度上昇し、圧力が上昇しても、その圧力は空隙から外部に逃げることになる。
【0029】
このため、軸受空間内の圧力上昇がなく、一定の圧力に保持されることになり、樹脂成形後の冷却によっても軸受空間内の圧力は一定に保持されることになる。そのため、ゴムシール10の内向きリップ12がシール溝9の内側面9aに吸着されるようなことがなく、軸受回転時のトルク損失が増大するのを防止することができる。
【0030】
ここで、凹部18の深さhがシール性にどのような影響を与えるのかを知るため、その深さhを変更して、耐水試験を行なったところ、表1に示す結果を得た。試験条件は、以下の通りである。
試験条件
回転速度;1500r/min
ラジアル荷重;294N
注水量;200ml/min
運転時間;5min
【表1】

【0031】
上記の試験結果から明らかなように、凹部18の深さhを0.08mm以下とすることによって、水の浸入を防止することができることが理解でき、良好なシール性を確保することができる。
【0032】
また、凹部18の深さhを0.08mm以下とすることにより、軸受回転時に、内向きリップ12の先端部はシール溝9の内側面9aとの接触により摩耗して、図5に示すように、凹部18が消滅し、内向きリップ12の先端部はシール溝9の内側面9aに全面接触することになるため、時間の経過と共に優れたシール性を確保することができる。
【0033】
実施の形態では、外輪2の外径面上に樹脂成形するトルク伝達部品としてベルト案内輪21を示したが、トルク伝達部品はベルト案内輪21に限定されるものではない。例えば、ローラであってもよい。
【符号の説明】
【0034】
2 外輪
3 内輪
8 シール嵌合溝
9 シール溝
9a 内側面
10 ゴムシール
12 内向きリップ
18 凹部
21 ベルト案内輪(トルク伝達部品)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
外径面上にトルク伝達部品が樹脂成形される外輪の内径面両端部に一対のシール嵌合溝を設け、外輪の内側に設けられた内輪の外径面両端部に一対のシール溝を形成し、前記一対のシール嵌合溝のそれぞれに外周部が嵌合されたゴムシールの内周部に内向きリップを設け、その内向きリップの先端部を前記シール溝の内側面に弾性接触させて、軸受空間を密封した両シール付き玉軸受において、前記内向きリップの前記シール溝の内側面と弾性接触する接触面の周方向の少なくとも一部に、前記シール溝の内側面との間で微小な空隙を形成する凹部を設けたことを特徴とする両シール付き玉軸受。
【請求項2】
前記凹部が、円弧状の溝とされ、その周方向中央位置での溝深さhが、h=0.01〜0.08mmとされた請求項1に記載の両シール付き玉軸受。
【請求項3】
前記凹部が、矩形の溝とされ、その溝深さhが、h=0.01〜0.08mmとされた請求項1に記載の両シール付き玉軸受。
【請求項4】
前記ゴムシールが、ニトリルゴムからなる請求項1乃至3のいずれかの項に記載の両シール付き玉軸受。
【請求項5】
前記ゴムシールが、耐熱ニトリルゴムからなる請求項1乃至3のいずれかの項に記載の両シール付き玉軸受。
【請求項6】
前記ゴムシールが、水素添加ニトリルゴムからなる請求項1乃至3のいずれかの項に記載の両シール付き玉軸受。
【請求項7】
前記ゴムシールが、アクリルゴムからなる請求項1乃至3のいずれかの項に記載の両シール付き玉軸受。
【請求項8】
前記ゴムシールが、フッ素ゴムからなる請求項1乃至3のいずれかの項に記載の両シール付き玉軸受。
【請求項9】
前記トルク伝達部品が、プーリからなる請求項1乃至8のいずれかの項に記載の両シール付き玉軸受。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−236983(P2011−236983A)
【公開日】平成23年11月24日(2011.11.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−109349(P2010−109349)
【出願日】平成22年5月11日(2010.5.11)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】