説明

交流アーク溶接方法

【課題】ワークの精度のバラツキやギャップ量が変化する場合、ワイヤの突き出し長さが変化し短絡発生が不測のタイミングで発生する。特に突き出し長さが著しく変化する場合には転流のタイミングで短絡が発生する場合があり、その際アーク長が一定にならないためにアーク不安定やアーク切れやビ−ド幅の細りが発生するという課題があった。
【解決手段】ピーク電流とベース電流からなる逆極性電流を通電する逆極性期間と、正極性電流を通電する正極性期間とを交互に繰り返して溶接を行う交流アーク溶接方法であって、前記逆極性期間の終了時点でワイヤと母材が短絡している場合には、前記正極性期間とはせずに前記ピーク電流を出力して短絡を開放させ、その後前記ベース電流を出力した後に前記正極性期間にする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、消耗電極である溶接ワイヤと被溶接物である母材との間に、ピーク電流とベース電流からなる逆極性電流を出力する逆極性期間(EP期間)と、正極性電流を出力する正極性期間(EN期間)とを交互に繰り返して溶接を行う交流アーク溶接における転流時のアーク溶接制御方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、溶接業界では溶接物の軽量化や溶接品質向上の要求が高まっている。特に自動車や自動二輪の業界では溶接物(以下、母材という)の薄板化が進んでおり、溶接による熱により溶け落ち等が発生しないよう溶接の低入熱化が必要である。また、母材間に介在する隙間(以下、ギャップという)が大きい箇所では、溶接入熱が片側の母材に偏り、溶け落ち等が発生して不良品となる。そして、この不良品の手直し工程が余分に必要となる。さらに、手直ししても修復できない場合にはその母材を廃棄することとなり、生産性が著しく低下してしまう。
【0003】
このような薄板溶接あるいはギャップ溶接に対応する溶接法として、交流パルス溶接が知られており、ワイヤ側が正極であり母材側が負極である逆極性溶接と、ワイヤ側が負極であり母材側が正極である正極性溶接とを交互に繰り返す。
【0004】
交流パルス溶接では、逆極性溶接時に母材側の溶融を促進し、正極性溶接時にワイヤの溶融を促進するため、母材への入熱低減を図ることできる。ところが、母材の精度のバラツキやギャップ量が変化する場合には、ワイヤの突き出し長さが変化して短絡発生が不測のタイミングで発生する。通常は、電圧設定を低下させていくとアーク長が短くなり、パルス印加直後のパルス立下り部あるいはベース電流に移行してすぐのタイミングで短絡が発生する。しかし、突き出し長さが著しく変化する場合には、転流のタイミングで短絡が発生する場合がある。
【0005】
従来の交流アーク溶接方法では、転流してからの短絡期間を除くアーク発生時間を積算し、その積算値が所定の時間に到達すると転流を実施していた。従って、短絡期間中に転流することはない。
【0006】
また、短絡が開放してアークが再発生する直後はアークが不安定であり、母材に形成されている溶融プールの揺動が大きいためアークが安定せず、アークが消滅する場合が多い。故に、アークが再発生した直後のアークが不安定な状態で転流することを禁止するため、アークが再発生した直後の所定時間は転流を禁止し、アークが安定してから転流する交流アーク溶接方法が知られている(例えば、特許文献1参照)。
【特許文献1】特開平11−090628号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従来の交流アーク溶接方法では、図2に示すように、短絡が開放してアークが再発生した直後の所定時間TW(待ち時間)は、アーク切れが発生し易いため転流を禁止する。そして、待ち時間TW以外のアーク発生時間を時点A3の転流タイミングから積算し(T11+T12+T13)、積算した時間が所定値に到達すると時点A4の転流タイミングで転流する。
【0008】
この溶接方法では、待ち時間TW以降のアーク期間中のどのタイミングで転流するのか一定ではなく、故に短絡が開放してからの溶融量が一定ではなく、アーク長が一定ではない。従って、アーク切れは防止できるが、アーク長が一定でない状態で転流することになる。
【0009】
そして、アーク長が短い場合に転流すると、転流のために電流を低減するので短絡が発生しやすい状態となり、アークが不安定となる。また、アーク長が長い場合に転流すると、ワイヤの溶融を促進する正極性側でさらにアーク長が長くなりアーク切れやビード幅の細りが発生する。
【0010】
また、従来の交流パルス溶接方法では、図3に示すように、元々の転流タイミングT1で短絡t3が発生している場合は転流しない。そして、逆極性を開始した時点から短絡が発生するまでの時間T21と、短絡が開放することにより短絡期間t3が終了し、待ち時間TWが経過した以降の時間T22とを積算し、積算した時間が所定の時間に到達した時点で転流を行う。
【0011】
なお、パルス毎に規則的な溶滴離脱移行を伴うパルス溶接では、特に、アーク長が一定であることが要求される。元々の転流のタイミングT1で短絡が発生している場合に、例えば短絡期間t3の終端で短絡が開放し、待ち時間TW経過後に転流を実施しても、短絡が発生するタイミングは一定ではなくバラツクものであり、すなわち時間T21はバラツクものであり、一定の積算値に対して時間T21がバラツクので、時間T22も一定ではなくバラツク。このように時間T22は一定ではないので、短絡が開放してからの溶融量が一定でなく、アーク長も一定ではなくなる。そして、これらにより、アーク不安定やアーク切れが発生し、ビード幅が細り、良好な溶接結果を得ることができないという課題がある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために、本発明の交流アーク溶接方法は、ピーク電流とベース電流からなる逆極性電流を通電する逆極性期間と、正極性電流を通電する正極性期間とを交互に繰り返して溶接を行う交流アーク溶接方法であって、前記逆極性期間の終了時点でワイヤと母材が短絡している場合には、前記正極性期間とはせずに前記ピーク電流を出力して短絡を開放させ、その後前記ベース電流を出力した後に前記正極性期間にするものである。
【発明の効果】
【0013】
上記のように、本発明によれば、転流のタイミングで短絡が発生している場合、転流のタイミングまでは徐々に電流を高める短絡制御を行うが、転流のタイミングでは転流せず、ピーク電流を出力して短絡を開放させ、その後ベース電流を出力してから正極性に転流する。これによりアーク長を一定にした状態で転流するので円滑に転流することができ、転流後のアーク長の一定化を向上することができ、アーク安定性が向上し、良好な溶接結果を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
(実施の形態1)
以下、本実施の形態について、図1を用いて説明する。図1は本実施の形態の交流アーク溶接制御方法により溶接を行った場合の溶接電流波形であり、溶接電流の時間変化を示すものである。
【0015】
図1を用いて、逆極性から正極性に転流するタイミングで短絡が発生している場合の電流制御の例について説明する。なお、逆極性とは、溶接ワイヤがプラス極であり溶接対象物である母材がマイナス極であることを示し、正極性とは、溶接ワイヤがマイナス極であり母材がプラス極であることを示す。
【0016】
図1において、T1は元々の転流のタイミングを示している。なお、このT1や逆極性期間や正極性期間は、例えば溶接装置に設定される設定電流やワイヤ送給速度に基づいて決まるものである。
【0017】
そして、T1の時点では、短絡期間t3で示すように短絡が発生している状態を示している。なお、短絡が発生してからT1の時点までは電流を比例的に増加していく短絡制御を行う。そして、T1の時点でも短絡が継続していれば、転流タイミングであるT1の時点であっても転流は行わず、定常時と同様のピーク電流を出力する。このピーク電流値は300A〜400Aと高いため、短絡を短時間で開放することができる。そして、このピーク電流の出力後に定常時と同様のベース電流を出力するので、ワイヤ先端部の溶滴形成を安定させることができる。そして、ベース電流を出力するベース電流期間、すなわち、逆極性期間の終端で溶接ワイヤと母材との短絡が発生していなければ、逆極性から正極性に転流するように溶接電流を制御する。
【0018】
なお、ベース電流期間の終端で溶接ワイヤと母材との短絡が再度発生している場合には、前述した短絡制御以降の制御を再度繰り返す。
【0019】
以上の制御により、転流のタイミングで短絡が発生している場合に、転流は行わずピーク電流とベース電流を出力することで溶滴離脱移行が行われ、アーク長が一定となり、転流のタイミングで短絡が発生した後のアーク長を一定にすることができ、その後の転流を円滑に行うことができる。そして、アークの安定性が向上し、均一なビード幅の良好な溶接結果を得ることができる。
【0020】
また、短絡制御中であっても転流のタイミングでピーク電流を出力して短絡を開放させるので、短絡期間が長くなることは無く、パルス周期が安定し、アークが安定するので、良好な溶接結果を得ることができる。
【0021】
また、上記では、転流のタイミングT1で短絡が発生している場合に、転流は行わずピーク電流とベース電流を出力する例を示したが、逆極性期間に短絡が発生しても、転流のタイミングT1時点で短絡が開放していれば、ピーク電流の出力は行わずに逆極性から正極性に転流するように溶接電流を制御する。
【0022】
なお、短絡状態やアーク状態の検出については、特許文献1にも記載されているように従来から知られている技術を用いて実現することができるので、詳細な説明は省略している。
【0023】
また、本実施の形態の制御を行う交流アーク溶接装置についても、基本的な構成は従来から知られているものと同様であり、制御の方法に特徴があるものなので、具体的な装置の構成に関する説明は省略している。
【0024】
また、ピーク電流の大きさや時間、ベース電流の大きさや時間、正極性電流の大きさや時間は、例えば溶接装置に設定される設定電流やワイヤ送給速度に基づいて決まるものである。
【産業上の利用可能性】
【0025】
本発明の交流アーク溶接方法は、転流のタイミングで短絡が発生する場合に転流せずに短絡開放後にアーク長を一定にしてから転流することが可能となるので、ワ−ク精度のバラツキやギャップ量が変化する際にワイヤの突き出し長さが変化し短絡発生が不測のタイミングで発生してもアーク安定性を向上し良好なビ−ドを得ることができる交流アーク溶接に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】実施の形態1における溶接電流波形を示す図
【図2】(a)従来の交流アーク溶接による溶接電流波形を示す図(b)従来の短絡・アーク判定信号を示す図(c)従来の転流用のアーク時間値を示す図
【図3】従来の交流アーク溶接方法による溶接電流波形を示す図
【符号の説明】
【0027】
t1 逆極性期間(EP期間)
t2 正極性期間(EN期間)
t3 短絡期間
TW 待ち時間
T11 アーク発生期間
T12 アーク発生期間
T13 アーク発生期間
T1 元々の転流タイミング

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ピーク電流とベース電流からなる逆極性電流を通電する逆極性期間と、正極性電流を通電する正極性期間とを交互に繰り返して溶接を行う交流アーク溶接方法であって、
前記逆極性期間の終了時点でワイヤと母材が短絡している場合には、前記正極性期間とはせずに前記ピーク電流を出力して短絡を開放させ、その後前記ベース電流を出力した後に前記正極性期間にする交流アーク溶接方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−142825(P2010−142825A)
【公開日】平成22年7月1日(2010.7.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−320443(P2008−320443)
【出願日】平成20年12月17日(2008.12.17)
【出願人】(000005821)パナソニック株式会社 (73,050)
【Fターム(参考)】