説明

交流ティグ溶接方法

【課題】 交流電流Iwを通電して交流アークを発生させて溶接する交流ティグ溶接方法において、溶接トーチに磁気攪拌用の励磁コイルを装着することなく、かつ、溶融池に大きな攪拌・揺動を生じさせることなく、溶接部のブローホール発生を大幅に抑制することが本発明の課題である。
【解決手段】 本発明は、交流電流Iwを通電して交流アークを発生させて溶接する交流ティグ溶接方法において、前記交流電流Iwの交流周波数を溶融池に高周波振動によるキャビテーションを生じさせる範囲に設定し、溶融池内部からの気泡の放出を促進してブローホールの発生を減少させる交流ティグ溶接方法である。前記交流周波数の範囲は、5kHz以上35kHz以下である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶融池に振動を与えることによってブローホールの発生を抑制するための交流ティグ溶接方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
アルミニウム又はその合金(以下、アルミニウムという)をティグ溶接するときに大きな問題となるのは、溶接部に発生するブローホールである。図5は、このブローホールの発生メカニズムを示す模式図である。同図(A)に示すように、タングステン製の非消耗電極1と溶融池4との間にアーク3が発生している。アルゴンガス等のシールドガス2がアーク3の発生部を空気から遮蔽している。シールドガス2にはわずかな水分が含まれており、また空気中の水分もわずかにシールドガス2の遮蔽内に混入する。これらの水分がアーク3によって分解されて水素5が生成される。そして、この水素5が溶融池4に吸収される。続いて、同図(B)に示すように、溶融池4内で水素5が気泡6を生成する。続いて、同図(C)に示すように、溶融池4の底部が凝固を開始する。水素5は固相になると液相のときよりも溶解度が小さくなるために、凝固境界で水素5が液相に放出されて、溶融池内を浮上し外部に放出される。続いて、同図(D)に示すように、溶融池4の凝固が進行して外部への放出が間に合わなかった気泡6が残留してブローホール7になる。続いて、同図(E)に示すように、溶融池4の凝固が完了し、その内部にブローホール7が形成されている。
【0003】
上述したブローホール発生の問題を解決するために、特許文献1に記載する従来技術1では、溶接トーチに励磁コイルを装着して溶融池に磁場を形成することによって溶融池を磁気攪拌する。これにより、図5(C)で上述した気泡の浮上及び外部放出が促進されてブローホールの発生を抑制することができる。
【0004】
また、特許文献2に記載する従来技術2では、第1のパルス電流群と第2のパルス電流群とを周期的に切り換えてアーク長を周期変動させるパルスミグ溶接法において,切換周波数を0.5〜25Hzの範囲に設定することによって溶融池に低周波振動を与えて溶融池を撹拌する。これにより、図5(C)で上述した気泡の浮上及び外部放出が促進されてブローホールの発生を抑制することができる。
【0005】
【特許文献1】特開平5−148666号公報
【特許文献2】特許第2993174号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述した従来技術1においては、溶接トーチに大型の励磁コイルを装着する必要があり、溶接トーチが大型になる。このために、溶接構造物、治具等と干渉することが多くなり、適用範囲が限定されているという問題がある。さらに、磁気攪拌によって回転する溶融金属の対流の速さ及び大きさは、磁場の強さ及び周波数に大きく影響される。このために、十分なブローホール抑制効果を発揮するための適正条件範囲が狭いという問題がある。この適正条件範囲から逸脱すると、溶融金属が溶融池の外に飛び出してビード外観不良を招いたり,十分なブローホール抑制効果を奏しない場合がある。
【0007】
また、上述した従来技術2においては、溶融金属の大きな揺動・攪拌を伴うために、溶接姿勢、継手形状等によってはビード外観が悪くなるという問題がある。
【0008】
そこで、本発明は、上述した課題を解決した上でブローホールの発生を抑制することができる交流ティグ溶接方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上述した課題を解決するために、第1の発明は、交流電流を通電して交流アークを発生させて溶接する交流ティグ溶接方法において、
前記交流電流の交流周波数を溶融池に高周波振動によるキャビテーションを生じさせる範囲に設定し、溶融池内部からの気泡の放出を促進してブローホールの発生を減少させる、ことを特徴とする交流ティグ溶接方法である。
【0010】
また、第2の発明は、第1の発明記載の交流周波数の範囲が、5kHz以上35kHz以下である、ことを特徴とする交流ティグ溶接方法である。
【発明の効果】
【0011】
本発明の交流ティグ溶接方法によれば、5〜35kHzの交流周波数を有する交流電流をアーク及び溶融池に通電することによって、溶融池に高周波振動によるキャビテーションを生じさせて溶融池内部からの水素ガスによる気泡の放出を促進し、ブローホールの発生を大幅に減少させることができる。本発明では、従来技術1のように溶接トーチに励磁コイルを装着する必要がなく通常の溶接トーチを使用することができるので、干渉により適用個所が限定されることはない。また、本発明では、交流周波数をキャビテーションが発生する値に設定するだけで他の溶接条件は通常の交流ティグ溶接と略同様であるので、溶接条件範囲が狭くなることはない。さらに、本発明では、溶融池に攪拌・揺動を生じさせることがないので、溶接姿勢、継手形状等によってビード外観が悪くなることはない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態について説明する。
【0013】
図1は、本発明の実施の形態に係る交流ティグ溶接方法を実施するための溶接電源のブロック図である。3相ブリッジダイオードDPは、3相200V等の商用電源ACを入力として3相全波整流して直流電圧を出力する。平滑コンデンサCは、直流電圧を平滑する。スイッチング素子TR1〜TR4は、フルブリッジ方式のインバータ回路を形成し、高周波交流を出力する。このインバーら回路の方式は、プッシュ・プル方式又はハーフブリッジ方式でも良い。還流ダイオードD1〜D4は、それぞれのスイッチング素子に逆並列に接続されて、スイッチング素子がオフ状態のときの変圧器Trの励磁インダクタンスからの還流電流を通電する。変圧器Trは、上記の高周波交流の電圧値をアーク溶接に適した電圧値に降圧する。変圧器Trの2次側出力はそのまま電極・母材間に供給される。したがって、交流電流Iw及び交流電圧Vwの交流周波数fは、インバータ回路のキャリア周波数と同一値になる。通常のインバータ溶接電源では、変圧器Trの2次出力を整流して2次側インバータ回路によって数十Hz程度の低周波交流を出力する。これに対して、本発明のインバータ溶接電源では、数十kHzの高周波交流を出力する。パルス幅変調回路PWMは、交流出力を制御するためのパルス幅変調信号Pwmを出力する。駆動回路DVは、上記のスイッチング素子TR1及びTR4を起動する信号Saと、スイッチング素子TR2及びTR3を駆動する信号Sbとを出力する。したがって、交流電流Iw及び交流電圧Vwの交流周波数f(kHz)は、パルス幅変調回路PWMによって所望値に設定することができる。
【0014】
図2は、交流周波数fとブローホール発生数ととの関係図である。同図は、上述した図1の溶接電源を使用してアルミニウム材に対して交流ティグ溶接を行い、溶接長さ50mm当たりのブローホール発生数を測定したものである。同図に示すように、ブローホール発生数は、f≧5kHzで急減し、f>35kHzで再び急増する。したがって、5≦f≦35の範囲にあるときは、ブローホール発生数は大幅に減少する。
【0015】
このようにブローホール発生数が抑制される理由は以下のとおりである。すなわち、交流電流Iwの通電によって溶融池に高周波振動が生じる。この高周波振動によって溶融池内部に真空状態に近い空孔が多数形成される。この現象はキャビテーションと呼ばれる。このキャビテーションは液体の流動が圧力変化に追随できなくなった場合に発生する。このときに、交流周波数fが低くなると、圧力変化が液体の流動で緩和され、かつ、振動のエネルギーが液面の振動等の溶融池全体としての振動に消費されるために、キャビテーションは発生しにくくなる。キャビテーションが発生するのに必要な音圧(キャビテーション閾値)は、所定周波数以上では大きくなることが知られている。これは、空孔の発生に必要とされる時間よりも高周波による圧力変化が速くなるためである。他方、交流周波数fが高くなるほど振動の減衰は大きくなる。したがって、所定周波数以上ではキャビテーションは発生しにくくなる。このように、交流周波数fが適正範囲内にあるときに、キャビテーションは発生する。このキャビテーションによる空孔に、溶融池内の水素が凝集されて大きな気泡を形成する。大きな気泡は浮力も大きくなり、溶融池内を浮上して外部に放出される。このようにして、水素ガスの放出が促進されるので、ブローホール発生数が抑制される。同図に示すように、交流周波数fが5〜35kHzの範囲内にあるときはキャビテーションが発生してブローホールの発生が抑制される。
【0016】
図3は、通常のティグ溶接方法及び本発明の交流ティグ溶接方法のブローホール発生数を比較した図である。アルミニウム材には純アルミニウム合金A1050(板厚5mm)を使用して、交流電流の平均値100A、溶接速度10cm/minでティグ溶接した場合である。なお、ブローホール抑制効果を明確に検証するために、99.5容積%アルゴン+0.5容積%水素の試験用混合ガスをシールドガスとして用いた。通常のティグ溶接とは、上述したように低周波交流出力を使用する溶接法である。本発明の交流周波数fはキャビテーションが発生する値に設定されている。同図に示すように、本発明のブローホール発生数は、通常のティグ溶接に比べて大幅に減少している。
【0017】
図4は、T字継手のブローホール抑制効果を従来技術1と本発明とで比較した図である。継手を除く溶接条件は上述した図3と同一である。従来技術1では、溶接トーチに装着した励磁コイルが継手のウエブ材及びフランジ材に干渉するのを回避するために、電極と母材間の距離を長くする必要がある。このために、磁気撹拌作用が弱くなり、ブローホールが多数発生している。これに対して、本発明では、溶接トーチは通常のものであるので継手と干渉することがなく、適正な電極・母材間距離を確保することができる。このために、高周波振動によってブローホール発生数が大幅に減少している。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の実施の形態に係る交流ティグ溶接方法を実施するための溶接電源のブロック図である。
【図2】本発明の実施の形態における交流周波数fとブローホール発生数との関係図である。
【図3】本発明と通常ティグ溶接とのブローホール発生数の比較図である。
【図4】T字継手溶接における本発明と従来技術1とのブローホール発生数の比較図である。
【図5】従来技術におけるブローホールの発生メカニズムを示す図である。
【符号の説明】
【0019】
1 電極
2 シールドガス
3 アーク
4 溶融池
5 水素
6 気泡
7 ブローホール
AC 商用電源
C 平滑コンデンサ
D1〜D4 還流ダイオード
DP 3相ブリッジダイオード
DV 駆動回路
f 交流周波数
Iw 交流電流
PWM パルス幅変調回路
Pwm パルス幅変調信号
Sa、Sb 駆動信号
Tr 変圧器
TR1〜TR4 スイッチング素子
Vw 交流電圧


【特許請求の範囲】
【請求項1】
交流電流を通電して交流アークを発生させて溶接する交流ティグ溶接方法において、
前記交流電流の交流周波数を溶融池に高周波振動によるキャビテーションを生じさせる範囲に設定し、溶融池内部からの気泡の放出を促進してブローホールの発生を減少させる、ことを特徴とする交流ティグ溶接方法。
【請求項2】
請求項1記載の交流周波数の範囲が、5kHz以上35kHz以下である、ことを特徴とする交流ティグ溶接方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−50426(P2007−50426A)
【公開日】平成19年3月1日(2007.3.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−237466(P2005−237466)
【出願日】平成17年8月18日(2005.8.18)
【出願人】(000000262)株式会社ダイヘン (990)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【Fターム(参考)】