説明

低鉄損一方向性珪素鋼板の製造方法

【目的】 電子ビームの照射を利用する低鉄損一方向性珪素鋼板の製造方法において、磁区細分化効果の安定化のほか、特に積鉄芯とした際の磁歪、トランスとして使用した際の騒音及び鋼板形状の改善を図る。
【構成】 仕上焼鈍を施した後に絶縁被膜を被成した一方向性珪素鋼板の表面に、エネルギー密度:2〜9J/cm2 の電子ビームによる、圧延方向の照射幅が0.2〜1.0mm で圧延方向と交わる方向へジグザグ状に延びる連続あるいは断続照射を、圧延方向に2〜20mmの間隔で行うことによって、磁区細分化核を、磁歪、騒音及び鋼板形状を劣化することなく導入する。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】この発明は、電子ビームの照射を利用する低鉄損一方向性珪素鋼板の製造方法において、磁区細分化効果の安定化のほか、特に積鉄芯とした際の磁歪(以下単に磁歪と示す)、トランスとして使用した際の騒音(以下単に騒音と示す)及び鋼板形状の改善を図ったもので、この一方向性珪素鋼板は、トランスや電気機器の鉄心用材料として有利に使用される。
【0002】一方向性珪素鋼板は製品の2次再結晶粒をゴス方位に高度に集積させること、その鋼板表面上にフォルステライト被膜を被成し、さらにその上に熱膨張係数の小さい絶縁被膜を被成して鋼板に張力を付与すること、などにより磁気特性の向上を計るもので、厳格な制御を必要とする複雑、多岐にわたる工程を経て製造されている。このような一方向性珪素鋼板は、主として変圧器、その他電気機器の鉄心として使用されており、磁気特性として製品の磁束密度(B8 値で代表される) が高く、鉄損(W17/50 値で代表される) が低いこと、さらに表面性状が良好な絶縁被膜を被成していることなどが要求されている。とくにエネルギー危機を境にして電力損失の低減を至上とする要請が著しく強まり、変圧器用鉄心材料としての鉄損のより低い一方向性珪素鋼板の必要性はますます高まってきている。そして、この一方向性珪素鋼板の鉄損改善の歴史は、ゴス方位2次再結晶集合組織の改善の歴史であると云っても過言ではない。
【0003】
【従来の技術】2次再結晶粒を制御する方法として、AlN ,MnS 及び MnSe 等の1次再結晶粒成長抑制剤、いわゆるインヒビターを用いてゴス方位2次再結晶粒を優先成長させる方法が実施されている。
【0004】一方、上記の2次再結晶集合組織を制御する冶金的手段とは異なる鉄損改善技術も種々開発されている。すなわち、市山 正:鉄と鋼、69(1983), P. 895、特公昭57−2252号公報、特公昭57−53419 号公報、特公昭58−26405 号公報、及び特公昭58−26406 号公報などにはレーザーを、又特開昭62−96617 号公報、特開昭62−151511号公報、特開昭62−151516号公報、及び特開昭62−151517号公報などにはプラズマを、それぞれ鋼板表面に照射することにより、鋼板に局部微小歪を導入して磁区を細分化し、鉄損を低下させる画期的な方法が提案開示されている。しかしながら、これらの方法はいずれもエネルギー効率が5〜20%とひくいため、鉄損の低下にはコスト増を余儀なくされる不利があった。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】そこで発明者らは、エネルギー効率が高い磁区細分化の手法について、特開昭63−186826号、特開平2−118022号及び同2−277780号各公報にて提案した。すなわち鋼板の表面に、高電圧及び小電流で発生した電子ビームを圧延方向と交わる鋼板の幅方向へ局所的に断続照射し、被膜を地鉄に圧入する方法である。しかしながらこれらの方法は磁気特性の向上は達成されるものの、磁歪、騒音及び鋼板形状のばらつきが大きく、製品としての品質を備える鋼板の安定生産が難しいところに問題を残していた。これは電子ビームの鋼板表面から内部への侵入深さが、レーザー等の他の手法と比較して深いためと考えられる。
【0006】一方電子ビーム照射による磁区細分化に関し、米国特許第4199733 号及び同4195750 号各明細書には、積鉄芯用では60J/in2 以上のエネルギー密度で、及び巻鉄芯用では150 〜4000J/in2 のエネルギー密度で行うことが開示されているが、電子ビームの侵入深さに関しての配慮はなく、またエネルギー密度は電子ビーム照射装置の種類や照射法によって変化するため、製品の安定生産は難しい。この発明は、上記の問題を解消し、高品質の製品を安定に製造する方法について提案することを目的とする。
【0007】
【課題を解決するための手段】この発明は、仕上焼鈍を施した後に絶縁被膜を被成した一方向性珪素鋼板の表面に、エネルギー密度:2〜9J/cm2 の電子ビームによる、圧延方向の照射幅が0.2 〜1.0mm で圧延方向と交わる方向へジグザグ状に延びる連続あるいは断続照射を、2〜20mmの間隔で行うことを特徴とする低鉄損一方向性珪素鋼板の製造方法である。
【0008】さて図1に、この発明に直接使用する電子ビーム照射装置を示す。同図における番号1は排気口1a,1bを備え真空槽を形成するするためのケーシング、好ましくは10-2Torr以下の高真空としたケーシング1内において、高圧インシュレータ2、電子を放出する電子銃3及び電子銃3より放出された電子を加速するために電子銃3と対向して配置したアノード4にて電子ビーム5の射出を行う。さらに6は上記の電子線発生部を常に高真空に維持するためのコラム弁、7は電子ビーム5を集束するための集束コイル、そして8は集束コイル7にて集束させた電子ビーム5の進行方向を変化させて鋼板9の所定領域への照射を担う偏向コイルである。この偏向コイル8によって、図2(b) に示すように、電子ビームを0.2 〜1.0mm の照射幅内で圧延方向と交わる方向へジグザグ状に延びる断続照射あるいは連続照射を実現する。
【0009】上記の電子ビーム照射装置を用いて磁区の細分化をはかるには、電子ビーム照射により、鋼板上の被膜を破壊することなく、有効な磁区細分化が可能な方法を提供するものである。このときのEB照射はエネルギー密度:2〜9J/cm2 でジグザグ状に連続あるいは断続照射することによって、磁気特性は勿論、磁歪、騒音及び鋼板形状を改善することができる。
【0010】なお被膜は具体的には 0.01 〜5μm の深さまで圧入することが好ましく、このための電子ビームの発生条件は、加速電圧を60kVから500kV 、加速電流を5mA以下とすることが好適であり、さらに照射径が0.1 〜 0.5mmφの電子ビームをスポット中心間隔:50〜500 μm であるいは連続して照射することが好ましい。
【0011】またこの発明の方法の適用に関し一方向性珪素鋼板の成分組成については、従来公知の成分組成のものいずれもが適合するが、代表組成をあげると以下のとおりである。
C:0.01〜0.10wt%熱間圧延、冷間圧延中の組織の均一微細化のみならず、ゴス方位の発達に有用な元素であり、少なくとも 0.01 wt%以上の添加が好ましい。しかしながら0.10wt%を超えて含有するとかえってゴス方位に乱れが生じるので上限は0.10wt%が好ましい。
Si : 2.0〜4.5 wt%鋼板の比抵抗を高め鉄損の低減に有効に寄与するが、2.0 wt%に満たないと比抵抗が低下するだけでなく、2次再結晶・純化のために行なわれる最終高温焼鈍中にα−γ変態によって結晶方位のランダム化を生じ、十分な鉄損改善効果が得られず、また 4.5wt%を超えると冷延性が損なわれる。したがって、下限を 2.0wt%、上限を 4.5wt%とすることが好ましい。
Mn : 0.02 〜0.12wt%熱間脆化を防止するため少なくとも0.02wt%を必要とするが、あまり多すぎると磁気特性を劣化させるので、上限は0.12wt%が好ましい。
【0012】インヒビターとしては、大別して MnS, MnSe系と AlN系とがある。MnS, MnSe系の場合は、S: 0.005〜0.06 wt %及びSe : 0.005〜0.06wt %のうちから選ばれる少なくとも1種S,Seはいずれも方向性珪素鋼板の2次再結晶を制御するインヒビターとして有力な元素である。ともに抑制力確保の観点からは、少なくとも 0.005wt%程度を必要とするが、0.06wt%を超えるとその効果が損なわれるので、その下限を0.005wt %、上限を 0.06 wt%とすることが好ましい。AlN 系の場合は、Al:0.005 〜0.10wt%及びN: 0.004 〜0.015 wt%Al及びNの範囲についても、上述した MnS系、MnSe系の場合と同様の理由により上記の範囲とすることが好ましい。
【0013】インヒビター成分としては上記したS,Se, Alの他に、Cr, Mo, Cu, Sn, Ge, Sb, Te, Bi及びPなどについても有利に適合するもので、それぞれ少量併せて含有させることもよい。ここに上記成分の好適添加範囲はそれぞれ、Cr, Cu, Sn:0.01wt%以上、0.50wt%以下、Mo, Ge, Sb, Te, Bi : 0.005wt%以上、0.1 wt%以下、P:0.01wt%以上、0.2 wt%以下であり、これら各インヒビター成分についても単独使用及び複合使用いずれの場合もが適合する。
【0014】
【作用】次にこの発明を実験例に基づいて述べる。C:0.082 wt%, Si:3.54wt%, Mn:0.82wt%,Mo: 0.013wt%, sol.Al: 0.028wt%, Se: 0.021wt%、及びSb: 0.022wt%を含有する珪素鋼スラブを、1380℃で4時間加熱後、熱間圧延して 2.2mm厚の熱延板とした後、1050℃で3分間の中間焼鈍をはさむ2回の冷間圧延を施して0.23mm厚の最終冷延板とした。ついで 840℃の湿水素中で脱炭・1次再結晶焼鈍を施した後、鋼板表面上に MgOを主成分とする焼鈍分離剤をスラリー塗布し、その後10℃/hで昇温して 850℃で50時間の2次再結晶焼鈍を行ってゴス方位2次再結晶粒を優先成長させた後、1230℃の乾水素中で5時間の純化焼鈍を施した。次いで鋼板表面上にリン酸塩とコロイダルシリカを主成分とする絶縁被膜を被成した。その後図1に示した装置を用いて、電子ビーム(電圧:150 kV,電流:1.00mA,エネルギー密度:6J/cm2)を鋼板の圧延方向と直交する方向に走査間隔:6mm及び走査速度:670cm/s で照射する処理を、図2(a) に示す直線状(照射幅:150mm )及び同図(b) に示すジグザグ状(照射幅:0.35mm)でそれぞれ行った。また比較のため、磁区細分化処理を施さない試料も作製した。
【0015】かくして得られた鋼板の、磁気特性、磁歪、騒音及び鋼板形状について調べた結果を表1に示す。なお磁歪は、励磁VA(通常VA/kgで表示する)で評価し、騒音はdbで評価するが、このときの評価は通常1.7T/50Hzときの値で示す。また鋼板の形状は照射前後の鋼板のC方向(圧延方向に直角方向)の変形量で評価した。これらの評価は、以下に示す実験及び実施例においても同様である。
【0016】


【0017】表1から明らかなように、磁区細分化処理を施した試料はともに、施さない試料に比較して特に鉄損の向上が著しいが、電子ビームを直線状に照射した場合は同ジグザグ状に照射した場合と比較して、磁歪、騒音及び鋼板形状における劣化が著しいことがわかる。
【0018】さらに発明者らは、電子ビームのエネルギー密度に関する実験も行った。すなわち表1に結果を示した実験と同様にして得た絶縁被膜付きの鋼板に、図1に示した装置を用いて、電子ビーム(電圧:150 〜225 kV,電流:0.5 〜1.50mA,ビーム径:0.2 〜0.3mm φ)を鋼板の圧延方向と直交する方向に走査間隔:6mm及び照射幅:0.35〜0.80mmでジグザグ状に照射する処理を、エネルギー密度を1〜30J/cm2 に変化させて行った。また比較のため、磁区細分化処理を施さない試料も作製した。かくして得られた鋼板の、磁気特性、磁歪、騒音及び鋼板形状について調べた結果を図3にそれぞれ示す。
【0019】同図から明らかなように、エネルギー密度を9.0 J/cm2 以下とすることで磁気特性、磁歪、騒音及び鋼板形状は全て向上するが、鉄損は2.0 J/cm2 未満になると劣化した。従ってエネルギー密度を2.0 〜9.0 J/cm2 の範囲とすることによって、磁気特性、磁歪、騒音及び鋼板形状の全てをより改善することができる。
【0020】電子ビーム照射によって、特に磁歪、騒音及び鋼板形状の劣化として現れる短所は、電子ビームがエネルギー効率が高くかつビームを細く絞れるために、電子ビームを照射した鋼板中に微小歪が深く分散されることに起因している。そこで電子ビーム照射をジグザグ状にかつエネルギー密度:2.0 〜9.0 J/cm2 で行うことによって、180 ゜磁区を細分化させうる磁壁の核の発生頻度を増加させることが可能である。これによってすでに公知の米国特許第4199733 号および同4195750 号明細書の開示よりも低いエネルギー密度で充分に磁区細分化させることができる。さらにこの発明ではこのようなエネルギー密度を与えることによって、磁気特性の向上に加えて、磁歪、騒音および鋼板形状の向上を図ることが初めて可能となったものである。したがって上記の米国特許では磁気特性の向上は図れるが、磁歪、騒音および鋼板形状に問題があり、製品を製造することが不可能であった。
【0021】
【実施例】
(A) C:0.044 wt%, Si: 3.42 wt%, Mn:0.068 wt%, Mo:0.012 wt%, Se:0.019 wt%及びSb : 0.023wt%(B) C:0.068wt %, Si:3.41wt%, Mn:0.082 wt%, Mo:0.015 wt%, Se:0.025,Cu:0.2 wt %,Sn:0.05wt% 及びAl : 0.021wt%をそれぞれ含有する珪素鋼スラブを、1380℃で4時間加熱後、熱間圧延して 2.2mm厚の熱延板とした後、1050℃で3分間の中間焼鈍をはさむ2回の冷間圧延を施して0.23mm厚の最終冷延板とした。ついで 840℃の湿水素中で脱炭・1次再結晶焼鈍を施した後、鋼板表面上に MgOを主成分とする焼鈍分離剤をスラリー塗布し、その後10℃/hで昇温して 850℃で50時間の2次再結晶焼鈍を行ってゴス方位2次再結晶粒を優先成長させた後、1230℃の乾水素中で5時間の純化焼鈍を施した。次いで鋼板表面上にリン酸塩とコロイダルシリカを主成分とする絶縁被膜を被成した。その後図1に示した装置を用いて、電子ビーム〔電圧:150 kV,電流:1.0 mA、ビーム径:0.30mmφ(ナイフエッジ法による), 真空度:5×10-4Torr〕を鋼板の圧延方向と直交する方向に照射幅:0.5mm 及び走査間隔:6mmでジグザグ状に照射する処理を、エネルギー密度:6.4 J/cm2 で行った。かくして得られた製品の磁気特性、磁歪、騒音及び鋼板形状について調べた結果を表2に示す。
【0022】


【0023】
【発明の効果】この発明によれば、磁気特性の良好な、特に鉄損の低い一方向性珪素鋼板を、磁歪、騒音及び鋼板形状の劣化をまねくことなしに製造することができ、優れた製品を安定して提供し得る。
【図面の簡単な説明】
【図1】この発明の方法に使用する電子ビーム照射装置を示す模式図である。
【図2】電子ビームの照射要領を示す模式図である。
【図3】電子ビームのエネルギー密度と鉄損、磁歪、騒音及び鋼板形状との関係を示すグラフである。
【符号の説明】
1 ケーシング
1a 排気口
1b 排気口
2 高圧インシュレータ
3 電子銃
4 アノード
5 電子ビーム
6 コラム弁
7 集束コイル
8 偏向コイル
9 鋼板

【特許請求の範囲】
【請求項1】 仕上焼鈍を施した後に絶縁被膜を被成した一方向性珪素鋼板の表面に、エネルギー密度:2〜9J/cm2 の電子ビームによる、圧延方向の照射幅が0.2 〜1.0mm で圧延方向と交わる方向へジグザグ状に延びる連続あるいは断続照射を、圧延方向に2〜20mmの間隔で行うことを特徴とする低鉄損一方向性珪素鋼板の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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