説明

加工食品生産方法及び加工食品

【課題】甘柿などのペクチンを含む青果は、固形化するなどの問題点があり、加工食品を生産するのが困難であった。本願発明は、それらの問題点を解決し、安定的かつ高品質に、甘柿等の加工食品としてシロップやピューレを生産する加工食品生産方法等を提供する。
【解決手段】甘柿に水を添加したものをアルカリ処理することによりpH調整を行いつつ自然状態のペクチンを低分子化し、さらに、pH値を維持しつつ、果皮に含まれるペクチンをさらに低分子化したものからシロップを生産し、同時に、果皮以外の水溶液に含まれるペクチンを低分子化してピューレを生産する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、加工食品生産方法及び加工食品に関し、特に、甘柿からシロップ、ピューレ等の加工食品を生産する加工食品生産方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
柿は、カキポリフェノール等を含み、健康機能性に富んでおり、研究が盛んに行われるようになった。しかしながら、その多くは渋柿が対象となっている(例えば、特許文献1参照)。甘柿については、ほとんど研究対象となっていないのが現状である(例えば、特許文献2参照)。
【0003】
【特許文献1】特開2006−288373号公報
【特許文献2】特開2000−287639号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、渋柿は、甘柿とタンニンの状態が異なり、プロタンニンの含量が高く固定していないため渋みを感じる。そのため、渋柿の品種改良による対策が期待されている状況である。
【0005】
渋柿に対して甘柿は、完熟時、タンニンが固定化されるため渋みがない。しかし、完熟から腐敗に向かうスピードが、渋柿は遅い(1〜2ヶ月、干柿にすれば4〜5ヶ月保存可能)が、甘柿は速く(1〜2週間)、研究面ですら対応ができなかった。また、甘柿は収穫時期が短期間に集中しているため、加工食品の工業化の対象になりにくかった。
【0006】
現在、甘柿は、完熟後の規格外のもの(規格外甘柿)は全て廃棄されている。しかし、甘柿は、完熟後すぐに腐敗して、悪臭が漂う。また、水分含量が多いため焼却することもできず、廃棄処分は困難である。そのため、生産者にとって、廃棄処分は大変な負担となっている。また、生産者の高齢化が進み、収穫されず放置され、野鳥や害虫の巣になっている場合もある。
【0007】
また、消費者に着目すると、高齢者層は柿になじみもあるが、若年層は食の欧米化で食味が変化してきている。そのため、若年層に対応できる新商品を提供し、消費の拡大を図ることも急務である。
【0008】
柿は、成熟から完熟に向かうとき、水溶性ペクチン含量が急増する。そのため、柿は、粘性が高く、加工食品を製造するときに急速に固形化してしまう。従来、この解消法がなかった。また、柿から加工食品を製造する際に発生するホルムアルデヒドは、冷えるとホルマリンになる。これらの有害物質を除去する必要があるが、従来、この解消法がなかった。さらに、完熟後の甘柿は、渋柿と異なり、タンニンが固定化されているが、加工食品を製造するときには、加熱によりタンニンが可溶化し、渋戻りを起こすことがあるので、これを防ぐ必要がある。さらに、柿は香りが弱く、加工食品にした場合、特徴が出しにくい上に、加工工程中に甘柿の風味が一部失われてしまうという課題もある。現在のところ、このような甘柿の課題を解決し、その特性を生かして加工食品を安定的かつ高品質に製造するには至っていない。
【0009】
このような課題は、特に甘柿において顕著にみられるものの、ペクチンを含む他の青果(例えばイチゴや巨峰など)の加工食品を製造するにあたっても解決すべきものである。
【0010】
したがって、本願発明の目的は、甘柿などのペクチンを含む青果から、固形化を防ぎつつ、有害物質を除去し、さらに風味を回復して、加工食品を製造することに適した加工食品生産方法等を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
請求項1に係る発明は、甘柿から加工食品を生産する加工食品生産方法であって、前記甘柿に水を添加して甘柿液を生成する甘柿液生成ステップと、前記甘柿液をアルカリ処理することによりpH調整を行いつつ、前記甘柿液に含まれる自然状態のペクチンを低分子化してI型ペクチンとすることによりI型ペクチン水溶液を生成するI型ペクチン水溶液生成ステップと、pH値を維持して、前記I型ペクチンを低分子化してII型ペプチンとすることによりII型ペクチン水溶液を生成するII型ペクチン水溶液生成ステップと、前記II型ペクチン水溶液に基づいて加工食品を生産する加工食品生産ステップを含む、甘柿から加工食品を生産するものである。
【0012】
請求項2に係る発明は、請求項1記載の加工食品生産方法であって、前記I型ペクチン水溶液生成ステップにおいて、前記甘柿液を加熱して前記自然状態のペクチンを低分子化し、前記II型ペクチン水溶液生成ステップにおいて、前記I型ペクチン水溶液における果皮より抽出して裏ごしして得られた水溶液に対して、ペクチン分解酵素を添加して前記I型ペクチンを低分子化し、前記加工食品生産ステップにおいて、加工食品としてシロップを生産するものである。
【0013】
請求項3に係る発明は、請求項2記載の加工食品生産方法であって、前記II型ペクチン水溶液生成ステップにおいて、前記I型ペクチン水溶液より少なくとも前記果皮を除いた水溶液に含まれる前記I型ペクチンを低分子化し、前記加工食品生産ステップにおいて、ピューレを生産する、甘柿からシロップに加えてピューレも生産するものである。
【0014】
請求項4に係る発明は、請求項1から3のいずれかに記載の加工食品生産方法であって、前記甘柿液、前記I型ペクチン水溶液及び前記II型ペクチン水溶液の少なくとも一つにリンゴ酸を添加するものである。
【0015】
請求項5に係る発明は、ペクチンを含む青果から生産された加工食品であって、前記青果より得られる水溶液に対して、pH調整を行いつつ前記青果に含まれる自然状態のペクチンを低分子化して、pH値を維持しつつ、裏ごしして、さらにペクチンを低分子化して得られるペクチン水溶液に基づいて生産されたものである。
【0016】
なお、本願発明で用いられる甘柿は、例えば、完熟後の規格外甘柿である。生の状態でも冷蔵された状態でもよい。
【発明の効果】
【0017】
従来、甘柿の固形化のため、特に、シロップを提供することは困難であった。本願発明によれば、pH調整をし、pH値を維持して処理を行うことにより、甘柿の果汁が急速に固形化するのを防ぐことができる。これにより、裏ごしをしてシロップ(柿シロップ)を製造することができる。また、本願発明によれば、柿シロップを製造する工程中に生成するI型ペクチン水溶液を利用して、ピューレ(柿ピューレ)も生産することができる。なお、pH調整によって、ペクチンやタンニンの付着物質の制御のほか、ペクチン分解酵素等のペクチンを低分子化する酵素の活性を制御することができる。
【0018】
本願発明は、工業化に主眼を置いており、本願発明により、柿シロップや柿ピューレなどの加工食品を、短時間で安定的かつ高品質に製造することができる。そのため、これまで、全て廃棄処分となってきた完熟後の規格外甘柿は、本願発明により、その量を減少させることができるだけでなく、何倍、何十倍もの価値となる加工食品として流通させることができる。よって、生産者の所得を引き上げることができる。さらに、本願発明により、甘柿のような、その地域の生活に密着した地域資源を活用して、その地域を活性化することができる。さらに、廃棄処分が困難な甘柿について、本願発明により廃棄処分の量を減少することは、地球環境の保全にも貢献することができる。
【0019】
さらに、柿シロップや柿ピューレは、菓子、飲料、調味料などの加工食品の原料として幅広い用途に利用可能である。特に、甘柿は、ケルセチンやビタミンC、β―カロテンといった機能性成分を多く含む。そのため、シロップやピューレに加工することにより、少ない量でより多くの有用な成分を提供することができる。また、このような商品により、若年層の味覚にも対応することができる。
【0020】
さらに、本願発明によれば、甘柿を用いた加工食品を生産する製造過程において、加熱、溶液のアルカリ化及び遠心分離により有害物質であるホルムアルデヒド及びホルマリンを除去することができる。
【0021】
さらに、本願発明によれば、甘柿を用いた加工食品を生産する製造過程において、タンニンは固定化されるため、甘柿に含まれる固定化されたタンニンが可溶化し、渋戻りを起こすのを防ぐことができる。
【0022】
さらに、本願発明では、リンゴ酸を加えることにより失われた甘柿の風味成分を補い、それが加工食品にまで維持されている。そのため、本願発明によれば、風味が維持された加工食品を提供することができる。
【0023】
さらに、本願発明により、甘柿から加工食品としてシロップを生産する加工食品生産方法の原理を利用して、甘柿以外のペクチンを含む青果(例えばイチゴや巨峰など)からもシロップやピューレなどの加工食品を生産することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
以下、実施例を示し、本願発明を詳細に説明する。ただし、本願発明の範囲は以下の実施例に限定されるものではない。
【0025】
本実施例では、図面を用いて、甘柿から、加工食品としてシロップ及びピューレを製造する工程の概要を説明する。図1は、本願発明の甘柿からシロップ及びピューレを生産する生産方法を示した図であり、図2は、実際に本願発明である甘柿からシロップを生産する各工程の写真を示した図である。
【0026】
まず、甘柿からシロップを生産する生産方法について説明する(図1のステップST1〜ST16参照)。
【0027】
原料となる甘柿1は、出荷規格を満たした甘柿でも規格外甘柿でもよい。また、その保存状態は、常温、冷蔵又は冷凍など、どの状態で保存されていた甘柿でもよい。さらに、通常、甘柿は、pH値がpH4.0からpH4.2程度であるが、甘柿1は、pH値がpH3.3からpH5.0までのものでもよい。さらに、甘柿は糖度が10以上のものであればよい。以下では、甘柿1は、pH3.5で糖度が10のものであるとする。
【0028】
次に、甘柿1のヘタを除去する(図1のステップST1)。次に、ヘタを除いた果実部分の洗浄、殺菌を行う(図1のステップST2)。殺菌は、図2の(a)に示すように、洗浄を兼ねて酸性電解水を用いて行う。
【0029】
次に、酸性型の分解酵素の失活処理を行う(図1のステップST3)。分解酵素の失活処理は、甘柿を電子レンジ(700W)で、120℃、4分間加熱することで行う。
【0030】
ここで、酸性型の分解酵素の活性抑制例として、インベルターゼを挙げて説明する。果実では、糖は代謝され、ショ糖、果糖(フルクトース)、ブドウ糖(グルコース)、ソルビトール、さらにデンプンとして蓄積する。従来、成熟果の糖組成については、ブドウ糖及び果糖が圧倒的に多く、ショ糖はわずかであるとされていた。しかし、最近、柿果実はショ糖蓄積型であるが、インベルターゼ活性が強く、ショ糖がインベルターゼによってブドウ糖と果糖に分解されることが明らかにされた(柴沼忠三、外2名,「果実成熟中の糖分の変化について」, 千葉大学園芸学部学術報告, 千葉大学, Vol.7(19591231), p.73-78参照)。インベルターゼには、酸性インベルターゼとアルカリ性インベルターゼがあり、前者は主に細胞壁、液胞、後者は細胞質に局在し、転流してきたショ糖をブドウ糖と果糖に分解し、細胞内に取り込む。そのため、インベルターゼが抑制できれば糖代謝が抑えられる。インベルターゼは、電子レンジ(700W)で、120℃、4分間加熱すると抑制できる。ステップST3の段階では、甘柿が酸性であるため、酸性インベルターゼを抑制することができる。なお、アルカリ性インベルターゼについては、後に詳しく説明するが、溶液のアルカリ化の際に生じる加水分解により、活性が抑制される。
【0031】
また、電子レンジを用いたマイクロウェーブによる加熱により、果肉内の糖質に関わる酵素のうち、酸性型の分解酵素(インベルターゼ、ソルビトール脱水素酵素等)の活性抑制に加えて、合成酵素(シークロース合成酵素、デンプン合成酵素、ACC合成酵素等)の温存を図ることができる。さらに、マイクロウェーブによる加熱により、タンニンの一部を不溶化することができる。このように、本実施例の第1の特徴は、マイクロウェーブで加熱することにより、分解酵素の活性を抑制し、合成酵素の温存を図り、さらに、一部のタンニンの不溶化を行った点にある。
【0032】
次に、甘柿の重量を測定し、図2の(b)に示すように、甘柿に、甘柿の重量の10%から20%の水を加える(以下、「甘柿液」という。)。甘柿に加える水は、甘柿の糖代謝律速亢進状態に応じて変える。糖代謝律速亢進状態が進んでいる場合は、甘柿液の粘性が高く、ゲル状になっているため、そのまま加熱すると、甘柿液が入れ物に付着し、糖分がキャラメル状になってこげついてしまう。そこで、より多くの水を加える必要がある。また、糖代謝律速亢進状態が進んでいない場合は、より少ない水を加えれば足りる。次に、90℃に温めておいた蒸気釜に甘柿液を入れ、図2の(c)に示すように、80℃から90℃以内で煮る(図1のステップST4)。甘柿液を煮るときには、甘柿液をよく掻き混ぜながら果実をつぶす。加熱により甘柿の重量の30%の水分を蒸発させ、甘柿液の糖度を30から33にして、甘柿液を安定化状態にする準備段階にもっていく。次に、煮る前の甘柿液の重量から甘柿の重量の30%を引いた重量になったとき、スチームを止めて冷却を始める(図1のステップST5)。図2の(d)は、甘柿液の冷却中に温度測定をしている図である。
【0033】
ここで、加熱する理由について説明する。甘柿は、水溶性ペクチン含量が高く、加工工程中に果汁が固形化するという問題点がある。加熱する理由は、一つは、加熱によりペクチンを低分子化するためであり、一つは、果汁が固形化するのを防ぐためであり、一つは、甘柿液を安定化状態の準備段階にもっていき、その状態を維持するためである。なお、ペクチン分解酵素(図1のステップST11参照)によってもペクチンを低分子化することができる。本実施例のペクチンの低分子化は、大きく分けて二つの現象を示しており、一つは、ペクチン自体を分解することによる低分子化を、もう一つは、ペクチンに付着している物質を遊離させることによる低分子化を示している。加熱及びペクチン分解酵素によっては、ペクチン自体が分解され、ペクチンが低分子化する。具体的には、加熱によりペクチンは両端から切断される。加熱及びエステラーゼやカルボキシラーゼなどの酵素によっては、ペクチンに付着している物質が遊離し、ペクチンが低分子化する。また、加熱する他の理由は、成熟から完熟に向かうときに生じるホルムアルデヒドをホルマリンに変化させないためである。ホルムアルデヒドは、冷やすと固まってホルマリンとなり、加熱すると水溶液化する。加熱と、後に詳しく説明するが、溶液のアルカリ化により、ホルムアルデヒドがホルマリンに変化するのを防ぐことができる。また、甘柿液を冷却する際には、ホルムアルデヒドからギ酸に移行しており、そのギ酸がペクチンに取り込まれるため、ホルムアルデヒドがホルマリンとなって固まることはない。
【0034】
次に、甘柿液が50℃になったところで、甘柿液1kgに対してリンゴ酸を1g加える(図1のステップST6)。次に、消石灰(Ca(OH)2)と微量の炭酸カルシウム(CaCO3)を添加して、甘柿液のpH調整をする(図1のステップST7)。炭酸カルシウムは、ほぼ不溶で、全炭酸カルシウム中1.4%程度しか溶液に溶解しないが、リン酸化が行われるなど条件によっては、10%程度まで溶解する。pH調整の際は、まず、pH5.0に合わせてしばらく置き、次に、pH7.0に合わせてしばらく置く。最終的にpH8.0にする(以下、「I型ペクチン水溶液」という。)。その後、I型ペクチン水溶液を30℃から35℃まで冷却する。
【0035】
ここで、まず、リンゴ酸について説明する。リンゴ酸は甘柿の風味成分であり、リンゴ酸は果実が未熟なうちに多量に蓄積される。リンゴ酸を添加する理由は、一つは、成熟から完熟に向かうときに失われたリンゴ酸を補うためである。リンゴ酸は、果実の成熟によって誘導されてくるリンゴ酸酵素によって、ピルビン酸、さらに、アセトアルデヒド、アルコールへと脱炭酸される(HuLME,A.C.、外1名,“The biochemistry of fruits and their products”,Vol2:P333〜373参照)。また、果実が成熟から完熟に向かうとき、アルコール発酵する傾向にある。リンゴ酸のヒドロキシル基が結合している炭素原子は、不正炭素原子であるので、光学異性体が存在し、強い潮解性をもつ。よって、エチレン代謝が活性化し、特にACC合成酵素が活性化されると、pH7前後の溶液中でリンゴ酸のヒドロキシル基がアルコール性のヒドロキシル基に変化し、リンゴ酸の大部分がアルコール発酵の系に移行する。ただし、pH3からpH5の酸性下では、ヒドロキシル基はアルコール性に変化しない。これは、柿が完熟後、雨や風にさらされ、pH値が中性になるとリンゴ酸がアルコール発酵の系に移行するのと同様である。さらに、一部のリンゴ酸は、オキサロ酢酸や二酸化炭素に分解される。このように、リンゴ酸は、成熟から完熟に向かうときに代謝されてしまうので、その分補填する必要がある。リンゴ酸を添加する他の理由は、ペクチンにアミノ酸が付着するときに、クエン酸:リンゴ酸=2:1の割合である必要があるためである。甘柿の全成分のうち、有機酸は0.6%、クエン酸とリンゴ酸はそれぞれ0.2%を占め、全有機酸のうちクエン酸とリンゴ酸が約70%を占めている。そこで、甘柿液中のクエン酸とリンゴ酸の割合が、クエン酸:リンゴ酸=2:1になるように、リンゴ酸を甘柿液の重量の0.1%添加する。また、甘柿中に含まれるクエン酸とリンゴ酸は、クエン酸:リンゴ酸=1:1なので、リンゴ酸を甘柿液の重量の0.2%まで添加してもよい。しかし、リンゴ酸はすぐに代謝される恐れがあるため、CO2を加えてその代謝を防ぐ必要がある。そこで、pH調整のために消石灰を加えるときに、同時に微量の炭酸カルシウムを加え、CO2濃度を上昇させる。
【0036】
なお、リンゴ酸の添加は、加工工程のどの段階で行ってもよい。また、本実施例では、風味を確保するために、甘柿の風味成分の一つであるリンゴ酸の添加に加え、甘柿の別の風味成分であるカキポリフェノールを残すために、減圧低温濃縮を行っている(図1のステップST13参照)。このように、本実施例の第2の特徴は、リンゴ酸を添加したことにある。
【0037】
次に、溶液のpH調整について説明する。pH調整をする理由は、アルカリ化によってペクチンを低分子化し、さらにペクチン及びタンニンの付着物質を制御して、甘柿の加工工程中に果汁が固形化するのを防ぐためである。また、溶液をアルカリ性にするということは、急激に成熟から完熟に向かわせることを意味する。これによって、二糖や三糖が溶出され味の良いシロップができる。図3は、ペクチンの低分子化に関与するキー酵素が活性化するpH領域を示す図である。pH3.5からpH6.2あたりで、ペクチンメチルエステラーゼが活性化し、pH3.9からpH5.5あたりで、カルボキシナーゼが活性化する。この二つの酵素は、プロトペクチンを水溶性ペクチンにする。pH4.5からpH6.6あたりで、ポリガラクツロナーゼが活性化し、pH4.5からpH6.0あたりで、セルラーゼが活性化する。この二つの酵素は、軟化促進酵素であり、ペクチンを低分子化する。特に、ポリガラクツロナーゼは、ペクチンを構成するポリガラクツロン酸を分解する酵素で、ポリガラクツロン酸を内部から分解するエンド型と末端から分解するエキソ型があり、エンド型が作用するとペクチンが水溶化して果肉の軟化が急激に進む。また、ポリガラクツロナーゼは、ペクチンのオリゴ糖部分とポリガラクツロン酸部分の分離もする。pH5.0からpH7.0あたりで、ペクチナーゼ(ペクチン分解酵素)が活性化し、ペクチンがさらに低分子化される。
【0038】
図4は、ペクチンの化学式を示す図である。図4のPで示した水素Hの部分に、様々な物質が付着する。ペクチンは、セメントが砂の量や水の量などによって強度が変わるように、付着物質によって性質が変わる。ペクチンは、柿では果皮及び芯、種子を取り巻く部分に存在している。果皮の外果皮中のペクチンと中果皮中のペクチンは、少しずれて反応する。中果皮中のペクチンの反応の方が早く生じ、外果皮中のペクチンは、pH1.0からpH1.2程度遅れて反応する。
【0039】
図5は、成熟から完熟に向かうときに生じる代謝を示す図である。タンパク質(アミノ酸)は、アミノ酸に移行し、次にアンモニア又はアミンに移行し、次に尿素に移行する。また、ペクチンを含む酸性多糖類は、H2Sに移行し、次に(NH4)2Sに移行し、次にSH化合物に移行する。SH化合物は悪臭である。SH化合物は、一部はタンニンに付着して消臭され(OSHの型)、大半はカルシウムに付着する。SH化合物は、ペクチンとは関係しないが、シロップは食品素材であり、他の食品のS化合物(タマネギ、ニンニク等)と混合する可能性が高いため、どのように代謝されるかおさえる必要がある。また、成熟時には、アセトアルデヒドがホルムアルデヒドより多く存在するが、完熟に向かうにしたがって、その割合が逆転し、ホルムアルデヒドがアセトアルデヒドより多くなる。生成したホルムアルデヒドは、ギ酸に移行する。さらに、糖(炭水化物)は、酸性下(pH3〜6)では粘性が高くなり、アルカリ性下(pH8)では低くなる。これらの代謝産物は、わずかにpHを動かすことで、甘柿を加工する上で重要な要素であるペクチン及びタンニンに結合したり遊離したりする。
【0040】
図6は、pH変動によるペクチン及びタンニンの挙動を示す図である。図6を用いて、本実施例のpH調整について説明する。pH変動に沿って、キー酵素の動きを交えながら、成熟から完熟に向かう際の代謝産物とペクチン及びタンニンとの相互作用を説明する。甘柿に水を加えて甘柿液とした段階では、甘柿液のpH値はpH3.5程度である。そのときペクチンには、代謝産物のうちアミノ酸、アンモニア、アミン、尿素が付着している。これらのうちアミノ酸は、その後、転移酵素になりアミノ酸代謝に関与したり、尿酸回路を活性化して排泄を促進させる酵素群の合成に関与したり、分解酵素を抑制する酵素群の合成に関与することによって、分岐鎖アミノ酸の温存化を図ったりする。徐々にpH値を上げると、アンモニア、尿素、アミンの順でペクチンから放出される。また、アミノ酸合成が誘導されたり、アミノ酸代謝が活性化したりする。さらにpH値を上げ、pH4.0程度になると、ホルムアルデヒドがペクチン内から放出され、一部はギ酸に移行し、一部はホルマリン化され固まり、一部はタンニンに吸着される。また、同時に、タンニンに代謝産物が付着し始める。さらに、ポリガラクツロナーゼが活性化し、ペクチンのオリゴ糖とポリガラクツロン酸の結合部位を切断する。この反応は、pH4.4からpH4.5程度でもっとも顕著に生じる。pH値がpH4.4からpH4.5あたりになると、アンモニア、尿素、アミンの代謝産物であるアミノ基がタンニンのヒドロキシル基の水素イオンに置換する。ただし、この反応は、アミノ基の濃度が一定量以上でないと生じない。また、同時に、グルコース、フラクトース、シークロースなどの低分子糖がペクチン内に吸着される。さらにpH値を上げ、pH4.8からpH5.0あたりになると、低分子糖がオリゴ糖化して、ポリガラクツロナーゼにより切断されたポリガラクツロン酸部位に付着する。また、pH4.8程度から、消石灰による加水分解反応が生じ始め、ペクチンから糖が遊離して、徐々に塩が生成し始める。pH5.0程度では、カルシウムによりタンニンが補強される。さらにpH値を上げ、pH6.5からpH7.0あたりになると、消石灰による加水分解作用がより強くなり、ペクチンとカルシウム、マグネシウム、鉄との結合がさらに促進され、一部のガラクツロン酸は金属イオンとキレートを起こす。さらにpH値を上げ、pH6.0からpH7.5あたりになると、ペクチンに再吸収されたアンモニア、尿素、アミンや、その他のペクチン付着物質がペクチンから放出される。また、pH7.5あたりから、ペクチン分解酵素により、ペクチンの切断が生じ、カルシウムやマグネシウムなどの金属イオンはキレート化され、これらもペクチンから放出される。さらに、タンニンに置換されていた金属イオンが遊離する。このようにして生成したI型ペクチン水溶液は、甘柿液と比較して粘性が低く、固形化していないので、裏ごし機にかけることが可能である。また、溶液を最終的にpH8.0に調整するのは、溶液が固形化するのを防ぐ目的に加えて、呈味を良くする目的もある(例えば特開2003-144088号公報参照)。
【0041】
ところで、本実施例では、溶液をアルカリ化するために、消石灰(Ca(OH)2)と微量の炭酸カルシウム(CaCO3)を用いている。その理由は、カルシウムイオンによって、ペクチンから糖が遊離するのを促進させるためである。また、消石灰と微量の炭酸カルシウムを使用する他の理由は、カルシウムが、酸味を抑える作用やビタミンCの変化を抑える作用を示すためである。さらに、消石灰を使用する他の理由として、消石灰の水酸化物イオン(OH)が早く反応することが挙げられる。さらに、炭酸カルシウムを使用する他の理由は、熱が均等に伝わりやすくなるためである。さらに、溶液中は付燐化反応が活性化されていることから、CaCO3→CaO+CO2↑という反応で生じるCaOが付燐化され、炭酸カルシウムの10%がリン酸カルシウムになることを期待したためでもある。さらに、リンゴ酸がアルコール発酵の系に移行するのを防ぐためでもある。さらに、加熱することによって可溶化したタンニンを、CO2が固定化することも理由の一つに挙げられる。さらに、CO2が腐敗防止作用を示すことも挙げられる。
【0042】
なお、本実施例において、甘柿液のpH値をpH8.0に調整し、I型ペクチン水溶液を生成した後(図1のステップST7以降)、各工程を経てI型ペクチン水溶液がII型ペクチン水溶液、濃縮II型ペクチン水溶液、シロップと変化しても、各溶液のpH値はpH8.0以上、好ましくはpH8.0を維持する。これは、各加工工程を経て糖濃度が高くなると、水分活性が低下し、粘性が上昇するので、それを防ぐためである。各加工工程において、その都度pH値を測定し、各溶液がpH8.0を下回っていた場合には、消石灰を用いてpH値がpH8.0になるように調整する。このように、本実施例の第3の特徴は、消石灰及び炭酸カルシウムを用いて溶液のpH調整をしたことにある。
【0043】
次に、図2の(e)及び(f)に示すように、I型ペクチン水溶液から固形部3と水溶液5とを分離する(図1のステップST8)。固形部3は、果皮と種子を含むため、さらにこれらを分離して果皮を取り出し、図2の(g)に示すように、果皮にその重量の3倍の重さがある石をのせて30分重石する(図1のステップST9)。その後、図2の(h)に示すように、重石をした果皮及びその絞り汁を裏ごし機にかけ(図1のステップST10)、図2の(i)に示すように、固形部7と水溶液9に分離する。分離した水溶液9に、その重量の1から2%のペクチン分解酵素を添加する(図1のステップST11)(以下、「II型ペクチン水溶液」という。)。このように、本実施例の第4の特徴は、ペクチン分解酵素の最適算定方式を確立したことにある。
【0044】
次に、II型ペクチン水溶液を3000rpmで3分間遠心分離し、残渣を除いた(図1のステップST12)。遠心分離する理由は、一つは、有害物質を除去するためである。pH調整又はペクチン分解酵素により、尿素やホルムアルデヒド、ホルマリンがペクチンから遊離するので、加水分解法で塩類を作り、遠心分離によってこれら有害物質を除去する。また、遠心分離する他の理由は、外果皮でのペクチンの低分子化が中果皮でのペクチンの低分子化より遅いので、ペクチンの分子量をそろえるためである。
【0045】
次に、II型ペクチン水溶液を、1.5気圧、40℃以下で減圧低温濃縮し、糖度60になるまで濃縮する(以下、「濃縮II型ペクチン水溶液」という。)(図1のステップST13)。ここで、減圧低温濃縮について、具体的に説明する。甘柿には、炭水化物、いわゆる糖質の含量が高く、糖度が16から18あると報告されている。水は、これら糖質と食物繊維中に結合水として存在している。そのため、水の分離が難しかった。本実施例では、結合水を分離させることに成功し、加工食品素材を造ることに成功している。加工食品のでき上がりから逆算して、水分の脱水量を計算する。シロップは、水分含量が50%、糖度が65以上、糖の種類が三糖及び二糖であり、水溶性ペクチン含量は少なくなければならない。よって、果皮に付着した水溶性液体の重量の30%の水分を脱水し、糖度を60以上にする必要がある。また、加工工程において、酸味としてリンゴ酸を加え、水溶性溶液量を増やす必要がある。なお、減圧低温濃縮法により、柿果中に含まれる機能性成分(カキポリフェノール)の残存化を計ることもできる。このように、本実施例の第5の特徴は、減圧低温濃縮を行ったことである。
【0046】
次に、濃縮II型ペクチン水溶液が糖酸比0.8となるように、溶液に対して0.08%のリンゴ酸と0.17%のクエン酸を添加する(図1のステップST14)。
【0047】
次に、濃縮II型ペクチン水溶液の重量の0.02から0.03%のトレハロース及びオリゴ糖を添加し(図1のステップST15、ST16)、糖度を65以上にして、シロップ11を生成する。図2の(j)で示している図が、完成したシロップである。トレハロースを添加する理由は、pH調整によりペクチンから遊離した糖がタンパク質と結合してメイラード反応を起こすのを、非還元糖であるトレハロースを遊離した糖と結合させることにより防ぐためである。また、オリゴ糖を添加する理由は、ペクチンにオリゴ糖を結合させ、ペクチンが他の物質と結合するのを防ぐためである。
【0048】
以上のような加工工程で、甘柿からシロップを生産する。
【0049】
続いて、甘柿からピューレを生産する生産方法について説明する(図1のステップST1〜ST8、ST17〜ST24参照)。ST1からST8までは、シロップの製造と同様なので、ST17以降について説明する。
【0050】
I型ペクチン水溶液から水溶液5を分離したとき、水溶液5はゾル状である。この水溶液5を裏ごし機にかけ(図1のステップST17)、水溶液13と固形部15に分離する。このとき、水溶液13はゾル状である。
【0051】
次に、水溶液13の酵素失活処理を行う(図1のステップST18)。酵素失活処理は、図1のステップST3と同様に行う。次に、水溶液13が糖酸比0.2から0.3になるように調整し(図1のステップST19)、ステップST13と同様の条件で、糖度が32から33になるまで減圧低温濃縮する(図1のステップST20)。ピューレは、水分含量が53%、糖度が32から40、糖の種類が単糖及び二糖であり、水溶性のペクチン含量も不溶性のペクチン含量も中程度でなければならない。よって、甘柿全量の30%の水分を脱水し、糖度を32から40にする必要がある。また、加工工程において、酸味としてクエン酸を加え、不溶性食物繊維を除く必要がある。
【0052】
水溶液13の酵素失活処理、酸味調整、濃縮を行っている間、固形部15を脱水し(図1のステップST21)、その重量の0.5%のペクチン分解酵素を添加し(図1のステップST22)、繊維質素材17を生成する。
【0053】
次に、濃縮した水溶液13に、繊維質素材17の10%を加え、混合物19を生成する。
【0054】
次に、混合物19の重量の0.02から0.03%のトレハロース及びオリゴ糖を添加し(図1のステップST23、ステップST24)、ピューレ21を生成する。
【0055】
なお、甘柿からピューレを生産する生産方法における、酵素失活処理、酸味調整、濃縮、ペクチン分解酵素添加、トレハロース添加及びオリゴ糖添加は、甘柿からシロップを生産する生産方法における同様の処理と同じ理由で行っている。また、I型ペクチン水溶液生成後の各工程における溶液のpH値は、pH8.0以上、好ましくはpH8.0を維持するのも、シロップを生産する生産方法と同様である。
【0056】
図1のシロップ11及びピューレ21を利用して試作した商品例としては、チャツネ、焼肉のタレ及びジュースがある。チャツネは、マイルドなカレー味にする調味料であり、カレーの油分の中に旨味成分を閉じ込めることが重要である。柿のペクチンと油分と旨味成分の親和性は強いので、カキチャツネペーストを製造し、後味の良い調味料を作ることができる。また、焼肉のタレは、タンパク質:脂質:炭水化物の割合を1:1:2にして粘性の高い柿シロップ、柿ピューレを混合し、ペクチンの粘性と糖質を調合するとよい。ジュースはシロップ化したものに果汁を加えて濃縮(50%まで)し、水で薄めてジュースを製造する。シロップの糖は主に三糖、果汁は単糖、二糖が主である。このような混合により、さっぱりとした柿の風味があるジュースを製造することができる。酸味調整は、クエン酸とリンゴ酸で行う。これらの商品は、若年層の味覚に合う商品である。本願発明により、甘柿の加工食品を使用して、若年層にも適した商品を製造することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】本願発明の甘柿からシロップ及びピューレを生産する生産方法を示した図である。
【図2】本願発明の甘柿からシロップを生産する各工程の写真を示した図である。
【図3】ペクチンの低分子化に関与するキー酵素が活性化するpH領域を示す図である。
【図4】ペクチンの化学式を示す図である。
【図5】成熟から完熟に向かうときに生じる代謝を示す図である。
【図6】pH変動によるペクチン及びタンニンの挙動を示す図である。
【符号の説明】
【0058】
1 原料(甘柿)
3 固形部
5 水溶液
7 固形部
9 水溶液
11 シロップ
13 水溶液
15 固形部
17 繊維質素材
19 混合物
21 ピューレ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
甘柿から加工食品を生産する加工食品生産方法であって、
前記甘柿に水を添加して甘柿液を生成する甘柿液生成ステップと、
前記甘柿液をアルカリ処理することによりpH調整を行いつつ、前記甘柿液に含まれる自然状態のペクチンを低分子化してI型ペクチンとすることによりI型ペクチン水溶液を生成するI型ペクチン水溶液生成ステップと、
pH値を維持して、前記I型ペクチンを低分子化してII型ペクチンとすることによりII型ペクチン水溶液を生成するII型ペクチン水溶液生成ステップと、
前記II型ペクチン水溶液に基づいて加工食品を生産する加工食品生産ステップ
を含む、甘柿から加工食品を生産する加工食品生産方法。
【請求項2】
前記I型ペクチン水溶液生成ステップにおいて、前記甘柿液を加熱して前記自然状態のペクチンを低分子化し、
前記II型ペクチン水溶液生成ステップにおいて、前記I型ペクチン水溶液における果皮より抽出して裏ごしして得られた水溶液に対して、ペクチン分解酵素を添加して前記I型ペクチンを低分子化し、
前記加工食品生産ステップにおいて、加工食品としてシロップを生産する、
請求項1記載の加工食品生産方法。
【請求項3】
前記II型ペクチン水溶液生成ステップにおいて、前記I型ペクチン水溶液より少なくとも前記果皮を除いた水溶液に含まれる前記I型ペクチンを低分子化し、
前記加工食品生産ステップにおいて、ピューレを生産する、
甘柿からシロップに加えてピューレも生産する請求項2記載の加工食品生産方法。
【請求項4】
前記甘柿液、前記I型ペクチン水溶液及び前記II型ペクチン水溶液の少なくとも一つにリンゴ酸を添加する、請求項1から3のいずれかに記載の加工食品生産方法。
【請求項5】
ペクチンを含む青果から生産された加工食品であって、
前記青果より得られる水溶液に対して、pH調整を行いつつ前記青果に含まれる自然状態のペクチンを低分子化して、pH値を維持しつつ、裏ごしして、さらにペクチンを低分子化して得られるペクチン水溶液に基づいて生産された加工食品。


【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図2】
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