説明

動力伝達系の試験装置

【課題】ダイナモメータの回転速度と目標回転速度との乖離を防止し、高精度かつ微分演算を含まない安定な演算方法で抵抗トルクを制御することができる動力伝達系の試験装置を新たに提供する。
【解決手段】ダイナモメータ3の出力軸に発生する実トルク及び走行抵抗演算部42で生成される走行抵抗トルクに基づき四則演算及び積分演算のみによって目標回転速度を生成し、回転速度検出器4により検出したダイナモメータ3の実回転速度と当該目標回転速度との偏差に基づき抵抗トルク値を補正する構成となっているため、実回転速度と目標回転速度とを高い精度で一致させ、微分演算によって生じる誤差や計算の遅れを有効に回避することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、速度補正機能を備えた動力伝達系の試験装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来より車両やトランスミッション等の動力伝達系の試験装置にはダイナモメータが用いられている。ダイナモメータは動力吸収手段として動力伝達系に接続され、当該ダイナモメータの発生トルクを制御することによって、動力伝達系が実際に使用される環境で生じる負荷と等価な慣性を再現し、実際の使用を模擬した試験を可能とするものである。
【0003】
このようなダイナモメータを用いた試験装置としては、特許文献1に記載のものがある。当該試験装置では、ダイナモメータの回転速度を検出する回転速度検出器により検出された実回転速度に基づき、車両の走行抵抗に対応する走行抵抗トルク値及び慣性抵抗に相当する電気慣性トルク値が生成される。当該生成された走行抵抗トルク値及び電気慣性トルク値を演算することにより得られた抵抗トルク値は、前記ダイナモメータへのトルク指令値となる。この装置により、回転加速度に基づく慣性抵抗トルク値を微分演算を用いることなく生成し、より安定した方法で慣性抵抗を再現することができる。
【0004】
一方、ダイナモメータの駆動を制御する装置には例えばインバータなどが用いられるが、インバータの制御は出力トルクのフィードバックを受けないオープン制御となっている。そのため、インバータによるダイナモメータへのトルク制御の精度が悪化すると、試験装置全体の性能も悪くなるという問題があった。
【0005】
このような問題を解消するものとして、特許文献2に記載の試験装置がある。当該試験装置では、実トルク検出器により検出されたダイナモメータの実トルクに基づいて前記トルク指令値を補正することにより、高精度なトルクの制御を可能にしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2003−344224号公報
【特許文献2】特開2010−223861号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上記特許文献2に記載したような実トルクに基づく補正を行う試験装置においても、ダイナモメータの急な加減速の際に生じる制御の遅れは依然として発生するため、目標回転速度とダイナモメータの実回転速度との間に乖離が生じるという不具合がある。また、当該特許文献に記載されたような、微分演算によって得られたトルク値と前記実トルク値との偏差によりトルク指令値を補正する補正手段においては、微分演算に時間がかかり、また誤差も生じやすいという不具合がある。
【0008】
本発明はこのような不具合に着目したものであり、前記目標回転速度とダイナモメータの実回転速度との乖離を有効に解消し得る試験装置を提供し、併せて微分演算を含まない高速かつ安定な演算方法により当該試験装置を実現することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、かかる目的を達成するために、次のような手段を講じたものである。
【0010】
すなわち、本発明の試験装置は、動力源を含む動力伝達系に接続されるダイナモメータと、当該ダイナモメータの実回転速度を検出する回転速度検出器と、前記動力伝達系を含む車両の走行抵抗に対応する走行抵抗トルク値及び前記車両の慣性抵抗に対応する電気慣性トルク値を前記検出された実回転速度に基づき生成し前記生成された走行抵抗トルク値と電気慣性トルク値とを演算することで抵抗トルク値を得る抵抗トルク生成部と、前記抵抗トルク値から生成されるトルク指令値に基づいて前記ダイナモメータの発生トルクを制御する制御器とを具備するものにおいて、前記ダイナモメータの加速に寄与する実トルク値を検出する実トルク検出器と、前記検出された実トルク値及び前記走行抵抗トルク値に基づいて目標回転速度を生成し当該目標回転速度と前記検出された実回転速度とに基づいて前記抵抗トルク値を補正することでトルク指令値を得る補正演算部とを有することを特徴とする動力伝達系の試験装置である。
【0011】
ここで、目標回転速度とは、動力伝達系の出力トルクに対してダイナモメータが理論的に想定されている負荷トルクを適切に再現した場合の、ダイナモメータの出力軸の回転速度である。当該試験装置では、検出した実トルク値及び走行抵抗トルク値から生成した目標回転速度と検出された実回転速度とに基づいて抵抗トルク値の補正を行っているため、目標回転速度と実回転速度との乖離が生じることを防止し、高い精度の制御を実現することができる。
【0012】
そして、前記実トルク値をダイナモメータ側から検出し、検出の便宜を図るためには、前記実トルク値として前記ダイナモメータの出力軸に発生する軸トルク値を検出する軸トルク検出器をさらに有するものとすることが望ましい。
【0013】
このように構成することにより、前記実トルク値を検出するに当たって試験対象である動力伝達系のトルクを直接計測する必要がなくなるため、計測の負担を軽減し、よりスムーズに試験を行うことができる。
【0014】
さらに、前記目標回転速度の演算を高速かつ安定に行うためには、目標回転速度を生成するに当たって前記走行抵抗トルク値と前記軸トルク値との偏差を前記車両の車体慣性で除することにより車体の加速度を生成し、当該生成した加速度を積分することにより前記目標回転速度を生成する目標回転速度生成部をさらに有するものとすることが望ましい。
【0015】
このような生成手段を用いることにより、高速かつ安定に目標回転速度を生成することが可能であり、従来技術のように微分演算を用いることなく前記試験装置を実現することができる。
【発明の効果】
【0016】
本発明の試験装置は、以上説明した構成であるから、目標回転速度とダイナモメータの実回転速度との乖離が生じることを防止し、高い精度の制御を実現することができる。このため、より実際の使用環境に近い負荷を再現し、性能の良い試験を行うことが可能である。そして、当該目標回転速度の生成に必要な実トルクとしてダイナモメータの出力軸に発生する軸トルク値を用いることにより、計測の負担を軽減し、よりスムーズに試験を行うことができる。さらに、微分演算を含まない演算方法により当該目標回転速度を生成するため、安定かつ高速な制御を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の一実施形態における動力伝達系の試験装置の基本構成を示すブロック図。
【図2】同実施形態における動力伝達系の試験装置を制御する制御系の制御フローを示すブロック図。
【図3】同実施形態における動力伝達系の試験装置を制御する制御系のうち、抵抗トルク値を生成する部分の制御フローを示すブロック図。
【図4】同実施形態における動力伝達系の試験装置を制御する制御系のうち、生成された抵抗トルク値を補正する部分の制御フローを示すブロック図。
【図5】従来技術の問題点である、目標回転速度と実回転速度との乖離を模式的に表した概念図。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の一実施形態を、図面を参照して説明する。
【0019】
本実施形態に係る動力伝達系の試験装置は、図1に示されるように、供試体1(動力源を含む動力伝達系)に接続されるダイナモメータ(DM)3と、ダイナモメータ3の実回転速度を検出する回転速度検出器4と、ダイナモメータ3の出力軸2に発生する軸トルク値を検出する軸トルク検出器21と、ダイナモメータ3の発生トルクを制御する制御装置5とを備えている。
【0020】
供試体1は例えば室内試験に供される車両用エンジンやトランスミッションである。ダイナモメータ3は供試体1の動力を吸収する機器であって、実際の走行時の車体の慣性等を擬似的に再現した抵抗トルクを出力軸2に与える。
【0021】
回転速度検出器4には、例えばレゾルバによって検出されたダイナモメータ3の回転量を微分することによって実回転速度を検出する機器が用いられる。この他にも、ポテンショメータ、ロータリエンコーダ、加速度センサ、角速度センサ等を用いることも可能である。
【0022】
ダイナモメータ3の出力軸2に発生する軸トルク値を検出する軸トルク検出器21は、当該ダイナモメータ3の加速に寄与する実トルク値を検出する実トルク検出器として用いられている。これは例えば出力軸2のねじれ量を検出するものであり、検出には磁気式、静電容量式、ひずみゲージ式などの方法を用いることが出来る。また、加速に寄与する実トルクを検出するその他の方法としては、動力伝達系の出力を直接的に測定する方法が一例として挙げられる。
【0023】
次に、制御装置5の具体的構成及び動作について説明する。制御装置5は図2のように構成されており、図3に示された抵抗トルク生成部41及び制御器8、図4に示された補正演算部45から構成される。制御装置5中の各演算処理部はハードウェアで実現されてもよいし、ソフトウェア及びハードウェアの両方で実現されてもよい。また、各制御部分において適切なフィルタを用いることも考えられる。
【0024】
抵抗トルク生成部41は、動力伝達系の出力トルクに応じた適切な抵抗トルク値を生成する。ここで抵抗トルク値とは、試験において擬似的に再現される負荷トルクの値である。本実施形態においては回転速度検出器4によって検出されたダイナモメータ3の実回転速度から走行抵抗演算部42及び電気慣性演算部43によって走行抵抗トルク値及び電気慣性トルク値が生成され、当該生成された走行抵抗トルク値から電気慣性トルク値を差し引くことで抵抗トルク値を生成している。
【0025】
走行抵抗演算部42では、試験において擬似的に再現される抵抗のうち、車両のタイヤと路面との間の転がり抵抗に対応する走行抵抗トルク値を生成する。本実施形態においては回転速度検出器4によって検出された実回転速度を回転速度=車速変換器6により車速に変換し、当該車速に基づいて走行抵抗演算器7により走行抵抗トルク値を生成している。当該走行抵抗は、空気抵抗や勾配抵抗による所定のトルクを含むものとしてもよい。
【0026】
また、電気慣性演算部43では、擬似的に再現される抵抗のうち、加減速時に働く慣性抵抗に対応する慣性トルク値である電気慣性トルク値を生成する。Jcは模擬する車体の慣性、Jmはダイナモメータの装置慣性、Gはゲインを表している。本実施形態においてはエンジントルクオブザーバ44によってエンジントルクを推定し、ダイナモメータ3のもつ慣性分を補正することで電気慣性トルクを生成しているが、他の生成方法が用いられてもよい。
【0027】
制御器8では、以上のように生成した抵抗トルク値に基づいて生成したダイナモメータ3へのトルク指令値をダイナモメータ3への入力とすることで基本的なダイナモメータ3の制御を実現する。制御器8は例えばインバータ等を含んでいる。
【0028】
次に、補正演算部45の構成及び動作について説明する。当該補正演算部45は、前記抵抗トルク値を生成する制御ループの外側に当該抵抗トルク値を補正するためのループを構成しており、目標回転速度を生成する機構である目標回転速度生成部46を含んでいる。ここで目標回転速度とは、動力伝達系の出力トルクに対してダイナモメータ3が理論的に想定されている負荷トルクを適切に再現した場合に想定されるダイナモメータ3の出力軸2の回転速度である。目標回転速度生成部46では目標回転速度を次のように生成する。すなわち、軸トルク検出器21によって検出された軸トルク値から走行抵抗トルク値を差し引くことで、実際の車両の加速に寄与するトルク値が生成される。このトルク値を理論的に想定されている当該車両の車体慣性22で除した値を積分器23によって積分することにより、目標回転速度が生成される。比例演算24及び積分演算25を含むPI制御部47においては、当該生成した目標回転速度と回転速度検出器4によって検出された実回転速度との偏差に基づき、ゲインを制御するための比例演算及び残留偏差を補償するための積分演算によるPI制御(比例積分制御)を行っている。当該制御には微分演算を含むPID制御が用いられてもよく、比例演算24または積分演算25のみとすることも可能である。
【0029】
従来の回転加速度に基づく制御においては、入力トルクの変化時における制御遅れのために目標回転速度と実回転速度との間に乖離が生じるという問題があった。図5はこのような遅れを表したグラフであり、供試体1が発生する入力トルク値51の時間変化と、それに対応する理論的な回転速度である目標回転速度52、及び回転加速度に基づく制御を行ったときの実回転速度53とを模式的に示したものである。このように、速度の勾配である加速度はほぼ一致するが、入力トルクの変化時の制御遅れのために速度の絶対値がずれるという現象が起こってしまう。本実施形態に係る試験装置においては目標回転速度と実回転速度との偏差に基づく制御を行うため、このような速度の乖離を有効に防止することが可能である。
【0030】
以上のように、本実施形態に係る動力伝達系の試験装置は、動力源を含む動力伝達系に接続されるダイナモメータ3と、当該ダイナモメータ3の実回転速度を検出する回転速度検出器4と、前記動力伝達系を含む車両の走行抵抗に対応する走行抵抗トルク値及び前記車両の慣性抵抗に対応する電気慣性トルク値を前記検出された実回転速度に基づき生成し前記生成された走行抵抗トルク値と電気慣性トルク値とを演算することで抵抗トルク値を得る抵抗トルク生成部41と、前記抵抗トルク値から生成されるトルク指令値に基づいて前記ダイナモメータ3の発生トルクを制御する制御器8とを具備するものにおいて、前記ダイナモメータ3の加速に寄与する実トルク値を検出する実トルク検出器と、前記検出された実トルク値及び前記走行抵抗トルク値に基づいて目標回転速度を生成し当該目標回転速度と前記検出された実回転速度とに基づいて前記抵抗トルク値を補正することでトルク指令値を得る補正演算部45とを有するように構成したものである。このように、検出した実トルク値及び走行抵抗トルク値から生成した目標回転速度と検出された実回転速度とに基づいて抵抗トルク値の補正を行う構成となっているため、目標回転速度と実回転速度との乖離が生じることを防止し、高い精度の制御を実現することができる。
【0031】
そして、前記実トルク値を検出するに当たって前記ダイナモメータ3の出力軸2に発生する軸トルク値を検出する軸トルク検出器21を用いているため、前記実トルク値を検出するに当たって試験対象である動力伝達系のトルクを直接計測する必要がなくなり、計測の負担を軽減し、よりスムーズに試験を行うことができる。
【0032】
さらに、目標回転速度を生成するに当たって前記走行抵抗トルク値と前記軸トルク値との偏差を前記車両の車体慣性22で除するという簡単な四則演算を通じて車体の加速度を生成し、当該生成した加速度を積分することにより前記目標回転速度を生成する目標回転速度生成部46を有する構成となっているため、高速かつ安定に目標回転速度を生成することが可能であり、従来技術のように微分演算を用いることなく前記試験装置を実現することができる。
【0033】
なお、各部の具体的な構成は上述した実施形態のみに限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々変形が可能である。
【符号の説明】
【0034】
1…供試体
2…ダイナモメータの出力軸
3…ダイナモメータ
4…回転速度検出器
5…制御装置
6…回転速度=車速変換器
7…走行抵抗演算器
8…制御器
21…軸トルク検出器
22…車体慣性
23…積分器
24…比例演算
25…積分演算
41…抵抗トルク生成部
42…走行抵抗演算部
43…電気慣性演算部
44…エンジントルクオブザーバ
45…補正演算部
46…目標回転速度生成部
47…PI制御部
51…入力トルク値
52…目標回転速度
53…実回転速度(加速度による制御時)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
動力源を含む動力伝達系に接続されるダイナモメータと、当該ダイナモメータの実回転速度を検出する回転速度検出器と、前記動力伝達系を含む車両の走行抵抗に対応する走行抵抗トルク値及び前記車両の慣性抵抗に対応する電気慣性トルク値を前記検出された実回転速度に基づき生成し前記生成された走行抵抗トルク値と電気慣性トルク値とを演算することで抵抗トルク値を得る抵抗トルク生成部と、前記抵抗トルク値から生成されるトルク指令値に基づいて前記ダイナモメータの発生トルクを制御する制御器とを具備するものにおいて、前記ダイナモメータの加速に寄与する実トルク値を検出する実トルク検出器と、前記検出された実トルク値及び前記走行抵抗トルク値に基づいて目標回転速度を生成し当該目標回転速度と前記検出された実回転速度とに基づいて前記抵抗トルク値を補正することでトルク指令値を得る補正演算部とを有することを特徴とする動力伝達系の試験装置。
【請求項2】
請求項1に記載の動力伝達系の試験装置であって、前記実トルク値として前記ダイナモメータの出力軸に発生する軸トルク値を検出する軸トルク検出器をさらに有する動力伝達系の試験装置。
【請求項3】
請求項2に記載の動力伝達系の試験装置であって、前記走行抵抗トルク値と前記軸トルク値との偏差を前記車両の車体慣性で除することにより車体の加速度を生成し、当該生成した加速度を積分することにより前記目標回転速度を生成する目標回転速度生成部をさらに有する動力伝達系の試験装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−53910(P2013−53910A)
【公開日】平成25年3月21日(2013.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−191871(P2011−191871)
【出願日】平成23年9月2日(2011.9.2)
【出願人】(000002059)シンフォニアテクノロジー株式会社 (1,111)