説明

包括的2次元クロマトグラフ質量分析用データ処理装置

【課題】包括的2次元GC/MSで得られるマススペクトルに重畳しているバックグラウンドを的確に除去することで、DB検索等による成分同定の精度を向上させる。
【解決手段】2次元クロマトグラム上で検出されたピークに対応するピーク領域の周囲にバックグラウンド領域を設定し、ピーク領域中の任意の画素の位置(p、q)におけるバックグラウンドを、該位置を挟んでバックグラウンド領域中に位置する2つの画素のマススペクトルの内挿により推算する。2つの時間軸T1、T2方向でそれぞれ求めたバックグラウンドを平均し、位置(p、q)の画素におけるマススペクトルから差し引くことで、バックグラウンドを除去したマススペクトルを算出する。こうして、ピークに対応する各画素におけるマススペクトルからバックグラウンドを除去し、それらマススペクトルに基づいて該ピークの成分を同定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、包括的(Comprehensive)2次元ガスクロマトグラフ(GC)と質量分析装置(MS)とを組み合わせたクロマトグラフ質量分析で収集されたデータを処理するデータ処理装置に関し、さらに詳しくは、質量分析装置においてスキャン測定を実行することで得られるマススペクトルデータを処理するデータ処理装置に関する。
【背景技術】
【0002】
GC分析手法の1つとして、包括的2次元ガスクロマトグラフ(「GC×GC」とも呼ばれる)という手法が知られている(特許文献1参照)。包括的2次元GCは、試料中の各種成分を1次元目のカラム(以下「1次カラム」という)でまず分離し、その溶出成分をモジュレータに導入する。モジュレータは導入された成分を一定時間間隔(通常、数秒程度)毎に捕集した後にごく狭い時間バンド幅で離脱させ、2次元目のカラム(以下「2次カラム」という)に導入する、という操作を繰り返す。一般に2次カラムは1次カラムとは極性が異なり、1次カラムで十分に分離されなかった複数の成分を高速で分離可能なものが用いられる。これにより、包括的2次元GCでは、1次カラムで分離されずにピークが重なった試料成分を2次カラムで分離することができ、通常のGCに比べて分離性能が大幅に向上する。このため、保持時間が近い成分を多数含むような試料の分析、例えばディーゼル燃料の炭化水素分析などに非常に威力を発揮する。
【0003】
包括的2次元GCでは、複数の検出器を用いるマルチディメンジョナル(MD)GCとは異なり、2次カラムの出口に接続された1個の検出器によって検出信号が得られる。したがって、通常のGCと同様のクロマトグラム、つまりは横軸が時間軸で縦軸が信号強度軸であるクロマトグラムを作成することもできるが、一般的には、極性の相違する2本のカラムそれぞれでの分離状態を分かり易く示すために、1次カラムにおける保持時間と2次カラムにおける保持時間とをそれぞれ直交する2軸とし信号強度を等高線で表した2次元クロマトグラムや、信号強度を第3の軸とした3次元クロマトグラムが作成される。こうしたクロマトグラムを作成するためのデータ処理用のソフトウエアとしては、米国ゾエックス(ZOEX)社が提供している「GC Image」(非特許文献1参照)がよく知られている。
【0004】
図3(b)は、横軸に1次カラムの保持時間、縦軸に2次カラムの保持時間をとった2次元等高線クロマトグラムの一例である。昇温分析の場合には、横軸は沸点順を表し、縦軸は極性順を表しているため、2次元等高線クロマトグラムによれば、各化合物の性質の理解が容易であるとともに、多数の化合物が含まれる場合であってもどのような化合物が含まれているのかを容易に把握できるようになっている。
【0005】
包括的2次元GCの検出器としては一般的なGCの検出器と同様のものを利用することができ、多成分の混合試料を分析する場合には、検出器として質量分析装置(MS)を用いた包括的2次元GC/MSが有用である。包括的2次元GC/MSを用いて定性分析を行う場合には、一般的にMSでは所定質量範囲(厳密には質量電荷比範囲)に亘るスキャン測定が行われ、スキャン測定で取得されたマススペクトルのピークパターン(又はピークリスト)をライブラリ(データベース)に収録されている既知物質のマススペクトルデータと比較することで未知物質を同定する。
【0006】
包括的2次元GC/MSに限らず通常のGC/MSでも、得られるマススペクトルには様々なノイズピークが含まれ、これが上記のような成分同定の際の障害となる。そこで、通常のGC/MSの場合には、クロマトグラム(トータルイオンクロマトグラム)に現れるピークに対応した時間位置で得られるマススペクトルに対し、クロマトグラム上でピークが存在しない時間位置で得られるマススペクトルをバックグラウンドノイズであるとみなして差し引くようなデータ処理が実施される。
【0007】
一方、包括的2次元GCでは非特許文献2に記載のようなバックグラウンド除去手法が知られている。この手法では、2次元クロマトグラムにおいて1次カラム保持時間方向、2次カラム保持時間方向のそれぞれにおいて最小の信号値を持つ画素(2次元クロマトグラム上の1個のデータの最小単位)を見つけ、その画素の信号値と、該画素の隣接画素の信号値とを用いて平均値等を計算することによりバックグラウンドのレベルを推定し、1個の画素当たりに換算したバックグラウンドを各画素の信号値から差し引くようにしている。この非特許文献2に記載のバックグラウンド除去手法は、クロマトグラムに基づく定量性を向上させることを目的としており、時間的に緩慢に変化するバックグラウンドを想定してピークの形状を適切に求めるようにしている。
【0008】
上述した従来の包括的2次元GCのバックグラウンド除去手法では、時間的に緩慢に変化するバックグラウンドは良好に除去できるものの、2次元クロマトグラム上で目的ピークに対してきわめて近接して別のピークが存在する場合や、目的ピークに別のピークの一部が重なってしまっている場合に、こうした別ピークの影響を除去することはできない。そもそも定量分析を目的とする場合には、クロマトグラムピークの面積等のパラメータが正確に求まることが重要であり、2次元クロマトグラム上でピークが重なるような状況の下での定量分析は一般的には行われない。
【0009】
これに対し、特に試料に多種の成分が含まれる状況で重要なのは定性分析であり、包括的2次元GC/MSで得られる結果に基づく定性性を高めるには、上述したようにマススペクトルに現れるノイズをできるだけ除去することが重要である。この場合、目的成分由来のピークの強度の正確性は重要である。しかしながら、上述した従来の包括的2次元GCのバックグラウンド除去手法では、2次元クロマトグラム上でピークの分離が十分でない場合に、それらピークの出現時刻におけるマススペクトルに重畳しているノイズピークを的確に除去することは難しい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2011−122822号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】「GC Image GCxGC Software」、[online]、米国ゾエックス(Zoex)社、[平成23年9月1日検索]、インターネット<URL : http://www.gcimage.com/gcxgc/index.html>
【非特許文献2】ライヒェンバッハ(S. E. Reichenbach)ほか3名、「イメージ・バックグラウンド・リムーバル・イン・コンプリヘンシブ・トゥ-ディメンジョナル・ガス・クロマトグラフィ(Image background removal in comprehensive two-dimensional gas chromatography)」、ジャーナル・オブ・クロマトグラフィ(Journal of chromatography)A、Vol.985、2003年、p.47-56
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は上記課題に鑑みて成されたものであり、その目的とするところは、包括的2次元GC/MSで得られるマススペクトルデータに重畳されているノイズを的確に除去することで、例えばマススペクトルデータを用いた定性の性能を向上させることができる包括的2次元クロマトグラフ質量分析用データ処理装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するためになされた本発明は、1次カラム、モジュレータ、及び2次カラムを具備する包括的2次元クロマトグラフで分離された試料を質量分析装置に導入し、該質量分析装置において所定質量範囲を繰り返し走査するスキャン測定を実行することにより収集されたマススペクトルデータを処理する包括的2次元クロマトグラフ質量分析用データ処理装置であって、
a)収集されたマススペクトルデータに基づいて総イオン強度の時間的変化を示す2次元クロマトグラムを作成する2次元クトマログラム作成手段と、
b)該2次元クロマトグラムに対しピーク検出を行うピーク検出手段と、
c)前記2次元クロマトグラムの2つの時間軸がなす平面上で、前記ピーク検出手段により検出されたピークに対応するピーク領域と該ピーク領域の周囲のバックグラウンド領域とを決定する領域決定手段と、
d)前記バックグラウンド領域中の複数の測定点におけるマススペクトルデータに基づいて前記ピーク領域中の少なくとも1つの測定点におけるマススペクトルのバックグラウンドを推算し、推算されたバックグラウンドを除去したマススペクトルを求めるバックグラウンド除去手段と、
を備えることを特徴としている。
【0014】
なお、上記「測定点」とは、所定質量範囲のマススペクトルデータを取得する保持時間を示す、2次元クロマトグラムの2つの時間軸がなす平面上の点である。トータルイオンクロマトグラム(TIC)データに基づいて作成・表示される2次元クロマトグラムにおいて1つの測定点は1つの画素を示すから、以下の説明において測定点と画素は同義である。
【0015】
本発明に係る包括的2次元クロマトグラフ質量分析用データ処理装置では、2次元クロマトグラムに現れるピークの中で、目的とするピーク、より具体的には同定したいピークの周辺にバックグラウンド領域を設定する。即ち、このバックグラウンド領域中の測定点、つまり保持時間は、目的ピークの出現する時間に近接しており、バックグラウンドが比較的短時間に変化する状況であっても、バックグラウンド領域中の測定点におけるバックグラウンドスペクトルと目的ピークに対応する測定点におけるマススペクトルに重畳しているバックグラウンドとは相関性があると推定される。そのため、バックグラウンド除去手段は、目的ピークに対応する測定点におけるマススペクトルに重畳しているバックグラウンドスペクトルを的確に推定することができ、バックグラウンドの影響の少ないマススペクトルを求めることが可能となる。
【0016】
本発明に係る包括的2次元クロマトグラフ質量分析用データ処理装置では、好ましくは、前記バックグラウンド除去手段は、前記2次元クロマトグラムの2つの時間軸がなす平面上において、前記バックグラウンド領域中で且つ目的ピークに対応する測定点を含む直線上で該測定点を挟んだ両側にそれぞれバックグラウンド基準測定点を定め、該複数のバックグラウンド基準測定点のマススペクトルデータに基づいて前記目的ピークに対応する測定点におけるマススペクトルのバックグラウンドを推算する構成とするとよい。複数のバックグラウンド基準測定点のマススペクトルデータに基づいてピーク領域中の測定点におけるマススペクトルのバックグラウンドを推算する際には、例えば、質量電荷比毎に複数のバックグラウンド基準測定点における信号強度を内挿するとよい。最も簡単な内挿は直線補間であるが、多項式補間や重み付け補間を行ってもよい。
【0017】
さらに好ましくは、上記バックグラウンド基準測定点を定めるための直線は、2次元クロマトグラムの2つの時間軸に沿った2本の直線を含むものとし、その2本以上の直線上で目的ピークに対応する測定点を挟んだ両側にそれぞれ定められた4以上のバックグラウンド基準測定点のマススペクトルデータに基づいて目的ピークに対応する測定点におけるバックグラウンドを推算する構成とするとよい。
【0018】
この構成によれば、1次カラムの分離特性上で目的ピークに時間的に近い測定点と、2次カラムの分離特性上で目的ピークに時間的に近い測定点とがバックグラウンド基準測定点として選択され、しかも2つの時間軸に沿った方向で内挿が行われるので、目的ピークに対応する測定点におけるマススペクトルに重畳しているバックグラウンドスペクトルをより的確に推定することが可能となる。それによって、バックグラウンド除去の精度も向上する。
【発明の効果】
【0019】
本発明に係る包括的2次元クロマトグラフ質量分析用データ処理装置によれば、時間的に緩慢に変化する要因によるものだけでなく、比較的短時間の間に生じる外乱等に起因するバックグラウンドを的確に除去したマススペクトルを取得することができる。また、2次元クロマトグラムにおいて目的ピークに別のピークの一部が重なっている場合、その別のピークも部分的にバックグラウンド領域に入ることになるため、別のピークの重なり部分もバックグラウンドとして除去し、目的ピークにおけるマススペクトルの純度を高めることができる。それによって、マススペクトルを利用した成分同定などの精度が向上する。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明に係るデータ処理装置を備えた包括的2次元GC/MSの一実施例の概略構成図。
【図2】本実施例の包括的2次元GC/MSにおける定性処理動作のフローチャート。
【図3】本実施例の包括的2次元GC/MSにおいて作成される2次元等高線クロマトグラムの一例を示す図。
【図4】本実施例の包括的2次元GC/MSにおけるマススペクトルのバックグラウンド除去処理の説明図。
【図5】本実施例の包括的2次元GC/MSにおけるマススペクトルのバックグラウンド除去処理の説明図。
【図6】マススペクトルのバックグラウンド除去処理の他の実施例の説明図。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明に係る包括的2次元クロマトグラフ質量分析用データ処理装置を用いた包括的2次元GC/MSの一実施例について、添付図面を参照して説明する。図1は本実施例による包括的2次元GC/MSの概略構成図である。
【0022】
分析部1は、1次カラム12、該1次カラム12に試料ガスを導入する試料気化室などを含む試料導入部11、1次カラム12から溶出する成分(化合物)を一定時間間隔で捕集し時間的に圧縮して送り出すモジュレータ13、1次カラム12とは異なる分離特性(典型的には異なる極性)を有する高速分離可能な2次カラム14、及び、2段階のカラム12、14で分離された各成分を検出する質量分析計15、を備える。質量分析計15は質量分析器として四重極マスフィルタを用いた四重極型質量分析計であり、指定された質量範囲を繰り返し走査するスキャン測定が可能である。
【0023】
分析部1に含まれる各部の動作は、制御・処理部2に含まれる分析制御部200により制御される。制御・処理部2に含まれるデータ処理部20は、質量分析計15で取得されたデータを処理し試料に含まれる各種成分を同定する(つまり定性分析する)機能を有する。より詳しくは、データ処理部20は、時間経過に伴って順次得られるマススペクトルデータを格納するデータ格納部21、該マススペクトルデータに基づいて2次元クロマトグラムを作成するクロマトグラム作成部22、その2次元クロマトグラム上でピークを検出するピーク検出部23、ピーク検出結果に基づいて2次元クロマトグラム上でピークが存在するピーク領域とバックグラウンド領域とをそれぞれ決定する領域抽出部24、マススペクトルに重畳しているバックグラウンドを除去するバックグラウンド除去部25、バックグラウンドが除去されたマススペクトルデータを保存する処理済みデータ格納部26、化合物毎にマススペクトルのピーク情報などが収録されている同定用データベース28、及び、バックグラウンドが除去されたマススペクトルデータを用い同定用データベース28を参照して成分同定を行う成分同定部27、などの機能ブロックを含む。
【0024】
また制御・処理部2に含まれる主制御部201には、ユーザーインターフェイスとしての操作部3や表示部4が接続されている。この主制御部201、分析制御部200、データ処理部20は、パーソナルコンピュータをハードウエア資源とし、そのパーソナルコンピュータに予めインストールされた専用の制御・処理ソフトウエアを実行することにより実現されるようにすることができる。
【0025】
まず、分析部1における分析動作、つまりデータ収集動作を概略的に説明する。分析部1において、試料導入部11は分析制御部200からの指示に応じて、1次カラム12に略一定流量で送られるキャリアガス中に分析対象である試料を導入する。通常、この試料には多数の成分(化合物)が含まれる。該試料に含まれる各種成分は、所定の昇温プログラムに従って温調された1次カラム12を通過する間に分離されて時間的にずれて溶出する。この時点では全ての成分が十分に分離されるとは限らず、1次カラム12での保持時間が近い成分は重なって(混じった状態で)溶出する。
【0026】
モジュレータ13は一定時間(=モジュレーション期間t:一般に数秒〜最大でも10秒程度)中に1次カラム12から溶出してくる成分を全て捕集し、時間的に圧縮して2次カラム14に送り込む、という操作を連続的に繰り返す。したがって、1次カラム12からの溶出成分は漏れなく2次カラム14に送り込まれる。モジュレーション期間t毎に送り込まれた複数の試料成分は2次カラム14を通過する際に高い分解能で以て時間方向に分離されて溶出し、溶出した順に質量分析計15に導入される。質量分析計15においてスキャン測定が実行されると、スキャン測定のインターバル間隔毎に所定の質量範囲に亘るマススペクトルデータが得られる。2次カラム14から各成分が溶出している時間幅よりも短いインターバル間隔でスキャン測定を行うことによって、全ての溶出成分を漏れなく検出することができる。こうして質量分析計15で繰り返し取得されたマススペクトルデータはデータ格納部21に保存される。
【0027】
次に、本実施例の包括的2次元GC/MSの特徴であるバックグラウンド除去処理を含む定性処理動作について、図2〜図5を参照して詳細に説明する。図2はこの定性処理動作のフローチャート、図3は2次元クロマトグラムの一例を示す図、図4及び図5はマススペクトルに対するバックグラウンド除去処理の説明図である。
【0028】
データ処理部20においてクロマトグラム作成部22は、上記のように収集されたマススペクトルデータに対し、質量電荷比に依らない全てのイオンの強度信号をマススペクトル毎に合算し、それを時間経過に従って並べることでトータルイオンクロマトグラム(TIC)データを求める。そして、このTICデータをモジュレーション期間t毎に区切り、図3(a)に示すように、モジュレーション期間t内のデータを縦軸(T2軸)方向に順に並べ、横軸(T1軸)方向にモジュレーション期間tの発生順を並べるようにし、信号強度を等高線(又は色の相違)で表すことにより図3(b)に示すような2次元クロマトグラムを作成する(ステップS1)。この2次元クロマトグラムは主制御部201を介して表示部4の画面上に表示される。
【0029】
なお、2次元クロマトグラムは、横軸方向がモジュレーション期間t、縦軸方向がスキャン測定のインターバル間隔Tに相当する時間幅をそれぞれもつ矩形状の画素の集合である。画素毎に所定質量範囲のマススペクトルデータが存在し、2次元クロマトグラム上では各画素が1つのTICデータを示す。
【0030】
ピーク検出部23は、2次元クロマトグラムに対し2次元的にピーク検出を実行する(ステップS2)。ピーク検出のアルゴリズムは特に限定されず、例えば通常の1次元的なクロマトグラム上でのピーク検出と同様にすることができる。例えば、時間軸に従って強度値をモニタしてゆき、強度値の上昇カーブの傾きが所定値以上になったときにピーク開始点とみなし、その傾きがゼロからさらに負になりその絶対値が所定値以下になったときにピーク終了点とみなすことによりピークを検出する。これを2つの時間軸それぞれで行うことにより、2次元的なピークの範囲やピークトップの位置を決めることができる。
【0031】
2次元クロマトグラム上でピークが検出されたならば、処理対象つまりは定性対象のピークを選択する(ステップS3)。このピーク選択を自動的に行う場合には、例えば、ピークトップの強度の大きい順に所定個数の又は個数に依らず所定強度以上であるピークを順に選択すればよい。また、自動ではなくユーザーの指定による手動ピーク選択を行うようにすることもできる。その場合には、表示部4に表示した2次元クロマトグラム上で、検出されたピークを明示し、ユーザーが操作部3で定性したいピークをクリック操作等により指示するようにすればよい。
【0032】
処理対象のピークが決まったならば、領域抽出部24はまず2次元クロマトグラムにおいて、処理対象ピークのうちの1つのピークが存在する範囲を確定し、そのピーク領域の周囲にバックグラウンド領域を設定する(ステップS4)。この例では、図4に示すように、2次元クロマトグラム上で斜線で示す画素がピーク領域であると確定した場合、それを取り囲む最も小さな矩形の額縁状にバックグラウンド領域を設定する。即ち、外側の矩形枠と内側の矩形枠との間の、両時間軸T1、T2に沿う方向の直線状の複数の画素がバックグラウンド領域となる。ただし、バックグラウンド領域の形状はこれに限るものではなく、ピーク領域を囲み(必ずしも全周を囲んでいる必要はない)且つピーク領域の外側に近接している領域であれば任意の形状とすることができる。
【0033】
上記ピーク領域に含まれる各画素におけるマススペクトルはバックグラウンド除去の対象とされるマススペクトルであり、一方、バックグラウンド領域に含まれる各画素におけるマススペクトルは、バックグラウンド除去に用いられるバックグラウンドスペクトルを算出するための元データとなるマススペクトルである。
【0034】
バックグラウンド除去部25は、上記ピーク領域中の任意の画素について、その画素のマススペクトルに重畳しているバックグラウンドを、該画素に対応したバックグラウンド領域中の複数の画素のマススペクトルから推算する(ステップS5)。その推算方法の一例を図5により説明する。なお、図4、図5は説明の理解を容易にするために簡略化した図であり、多くの場合、ピーク領域にはもっと多数の画素が含まれる。
【0035】
いま、バックグラウンド領域の外枠で囲まれる矩形状の領域が、T1方向にm個、T2方向にn個の、m×n個の画素を含むものとする。この領域内における画素の位置を(i、j)、ただし、1≦i≦m、1≦j≦n、で表す。また、(j、i)に位置する画素に対するマススペクトルデータの中で、質量電荷比m/z=kの信号強度をIkijで表す。いま、ピーク領域中の位置(p、q)に存在する任意の1個の画素に対応するマススペクトルのバックグラウンド除去を実行する場合を考える。
【0036】
qの位置でT1軸方向に延びる直線、つまり位置(p、q)に存在する画素を含み、T1軸方向に一直線状に並ぶ画素列を考え、その両端、つまりバックグラウンド領域に含まれる2つの画素を抽出する。図5の例では、位置(1、q)と位置(m、q)に存在する2つの画素である。位置(1、q)及び(m、q)に存在する2つの画素と、ピーク領域中の位置(p、q)にある画素とは、1次カラム12の分離特性上では時間的にかなり近い。また、位置(1、q)は位置(p、q)よりも時間的に前であり、位置(m、q)は位置(p、q)よりも時間的に後である。したがって、ピーク領域中の位置(p、q)にある画素に対するマススペクトルデータの中で、m/z=kの信号強度Ikpqには、位置(1、q)と位置(m、q)に存在する画素に対するマススペクトルデータの中でm/z=kの信号強度Ik1q、Ikmqを内挿して求まる信号強度がバックグラウンドとして重畳していると考えることができる。図5右部に示すように、バックグラウンドの影響が時間的に直線的に変化すると近似すれば、直線補間による内挿によって、(1、q)と(m、q)との間に存在する任意の画素のバックグラウンドを計算できる。即ち、T1軸方向における時間的変化を考慮したときの位置(p、q)にある画素に対するバックグラウンドは、
kpq=(Ikmq−Ik1q)(p/m)+Ik1q
である。
【0037】
一方、同様に、pの位置でT2軸方向に延びる直線、つまり位置(p、q)に存在する画素を含み、T2軸方向に一直線状に並ぶ画素列を考え、その両端、つまりバックグラウンド領域に含まれる2つの画素を抽出する。図5の例では、位置(p、1)と位置(p、n)に存在する2つの画素である。位置(p、1)及び(p、n)に存在する2つの画素と、ピーク領域中の位置(p、q)にある画素とは、2次カラム14の分離特性上では時間的にかなり近い。また、位置(p、1)は位置(p、q)よりも時間的に前であり、位置(p、n)は位置(p、q)よりも時間的に後である。したがって、ピーク領域中の位置(p、q)にある画素に対するマススペクトルデータの中で、m/z=kの信号強度Ikpqには、位置(p、1)と位置(p、n)に存在する画素に対するマススペクトルデータの中でm/z=kの信号強度Ikp1、Ikpnを内挿して求まる信号強度がバックグラウンドとして重畳していると考えることができる。この場合も、直線補間による内挿によって、(p、1)と(p、n)との間に存在する任意の画素のバックグラウンドを計算できるから、T2軸方向の時間的変化を考慮したときの位置(p、q)にある画素に対するバックグラウンドは、
kpq=(Ikpn−Ikp1)(q/n)+Ikp1
である。
【0038】
位置(p、q)にある画素にはT1軸方向とT2軸方向の影響が平均的に現れると考えることができるから、位置(p、q)にある画素におけるm/z=kのバックグラウンドの強度は、
kpq=(Xkpq+Ykpq)/2
であると推定する。マススペクトル中の全ての質量電荷比m/zについて同様の推算を行うことにより、位置(p、q)にある画素におけるバックグラウンドスペクトルBpqを求めることができる。
【0039】
上述のようにしてバックグラウンドスペクトルBpqが得られたならば、位置(p、q)にある画素に対するマススペクトルIpqからバックグラウンドスペクトルBpqを差し引く、つまり質量電荷比毎に信号強度を差し引くことにより、バックグラウンドを除去したマススペクトルSpqを求め、そうして得られたマススペクトルデータを処理済みデータ格納部26に保存する(ステップS6)。
【0040】
処理対象であるピークのピーク領域中で未処理の画素があればステップS7からS5へと戻り、未処理である別の画素に対して上述したステップS5、S6の処理を実行することで、バックグラウンドを除去したマススペクトルを求める。実際には、ピーク領域中の画素について位置(i、j)のi、jが小さい順に処理を進めてゆくことで、ピーク領域に含まれる全ての画素のマススペクトルに対するバックグラウンド除去を効率よく進めることができる。
【0041】
ただし、必ずしもピーク領域に含まれる全ての画素に対するマススペクトルのバックグラウンド除去が必要となるとは限らない。即ち、後述する成分同定のために2次元クロマトグラムに現れるピークトップ付近のマススペクトルのみを利用する場合には、そのピークトップ付近のマススペクトルのみのバックグラウンドを除去すればよい。一方、特定の質量電荷比に対する信号強度に基づいて2次元クロマトグラムを作成する必要がある場合には、少なくともその質量電荷比についてピーク領域中の全ての画素においてバックグラウンド除去を行う必要がある。
【0042】
そうして1つのピークのピーク領域中の全ての画素について処理が終了すると、ステップS3で選択された処理対象ピークの中で未処理のピークがあるか否かを判定し(ステップS8)、未処理のピークがあればステップS4へと戻り、別のピークについて上述したステップS4〜S7の処理を繰り返す。これによって、自動的に又は手動で選択された全てのピークについて、マススペクトルに重畳しているバックグラウンドが除去される。
【0043】
その後、成分同定部27は処理済みデータ格納部26からバックグラウンドが除去されたマススペクトルデータを読み出し、このマススペクトルを用いたデータベース検索により成分同定を行う(ステップS9)。具体的には例えば、2次元クロマトグラムから検出された1つのピークについて、そのピーク領域から得られたマススペクトルの平均や積算を求め、この平均又は積算マススペクトルのピークパターンに類似するピークパターンを示す成分を同定用データベース28中で検索することにより、各ピークに対応した成分を同定する。
【0044】
上述したように、本実施例の包括的2次元GC/MSでは、2次元クロマトグラムに現れるピークに対応したマススペクトルに重畳しているバックグラウンドが、そのピークの出現時刻にきわめて近接した時刻において得られるバックグラウンドスペクトルを利用して除去される。特に、1次カラム12による分離の時間方向と2次カラム14による分離の時間方向との両方で目的ピークの出現時刻に近い、より詳しくはピークの出現時刻の前後のバックグラウンドスペクトルがバックグラウンド除去に反映されるため、時間的に緩慢に変化する要因によるものだけでなく、比較的短時間の間に生じる外乱等に起因するバックグラウンドが的確に除去される。それによって、成分同定の正確性が向上し、同定漏れや誤同定の発生確率を下げることができる。
【0045】
また、本実施例の包括的2次元GC/MSでは、2次元クロマトグラムにおいて処理対象であるピークと別のピークの一部とが重なっている場合、その別のピークが部分的にバックグラウンド領域に入ることになる。そのため、別のピークが重なった部分の多くはバックグラウンドとして除去される。ただし、こうした隣接ピークの重なりをバックグラウンドとみなして低減するためには、上述したように、T1軸方向、T2軸方向のそれぞれの直線上に位置する画素におけるマススペクトルを利用して或る画素のバックグラウンドスペクトルを推算するだけでなく、それ以外の画素におけるマススペクトルも利用することが望ましい。
【0046】
具体的には、図6(a)で示すように2次元クロマトグラム上で処理対象ピークと隣接ピークとの一部が重なっている場合には、図6(b)に示すように、T1(T2)軸に対して45°の角度を有して斜め方向に延伸する線上に位置する画素におけるマススペクトルも利用して、上述したようにバックグラウンドを推算するとよい。こうして推算したバックグラウンドも上記Bpqに反映させると、図6(a)に示したピーク重なり部分もバックグラウンドとみなして適切に除去されることになる。
【0047】
なお、上記実施例の説明では、バックグラウンド領域中の画素のマススペクトルを利用して直線補間により、目的ピークに対応した画素の位置におけるバックグラウンドを推算していたが、より正確にバックグラウンドを推定するために多項式補間や重み付き補間を行ってもよい。また、2次元クロマトグラム上でピークが孤立して存在している場合と、図6(a)に示したように隣接ピークが重なっている場合、或いは、或るピーク領域中に別のピークが完全に含まれている場合(様々な要因によって大きく拡がったピークのテーリングに他のシャープなピークが重畳しているような場合)とで、バックグラウンドの推算方法を適宜変えるようにしてもよい。また、バックグラウンド領域の設定の仕方についても同様に、ピークの状況に応じて適宜変えるようにしてもよい。
【0048】
また、上記実施例は本発明の一例にすぎず、上記各種の変形例以外にも、本発明の趣旨の範囲で適宜変形や修正、追加を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは明らかである。
【符号の説明】
【0049】
1…分析部
11…試料導入部
12…1次カラム
13…モジュレータ
14…2次カラム
15…質量分析計
2…制御・処理部
200…分析制御部
201…主制御部
20…データ処理部
21…データ格納部
22…クロマトグラム作成部
23…ピーク検出部
24…領域抽出部
25…バックグラウンド除去部
26…処理済みデータ格納部
27…成分同定部
28…同定用データベース
3…操作部
4…表示部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
1次カラム、モジュレータ、及び2次カラムを具備する包括的2次元クロマトグラフで分離された試料を質量分析装置に導入し、該質量分析装置において所定質量範囲を繰り返し走査するスキャン測定を実行することにより収集されたマススペクトルデータを処理する包括的2次元クロマトグラフ質量分析用データ処理装置であって、
a)収集されたマススペクトルデータに基づいて総イオン強度の時間的変化を示す2次元クロマトグラムを作成する2次元クトマログラム作成手段と、
b)該2次元クロマトグラムに対しピーク検出を行うピーク検出手段と、
c)前記2次元クロマトグラムの2つの時間軸がなす平面上で、前記ピーク検出手段により検出されたピークに対応するピーク領域と該ピーク領域の周囲のバックグラウンド領域とを決定する領域決定手段と、
d)前記バックグラウンド領域中の複数の位置におけるマススペクトルデータに基づいて前記ピーク領域中の少なくとも1つの位置におけるマススペクトルのバックグラウンドを推算し、推算されたバックグラウンドを除去したマススペクトルを求めるバックグラウンド除去手段と、
を備えることを特徴とする包括的2次元クロマトグラフ質量分析用データ処理装置。
【請求項2】
請求項1に記載の包括的2次元クロマトグラフ質量分析用データ処理装置であって、
前記バックグラウンド除去手段は、前記2次元クロマトグラムの2つの時間軸がなす平面上において、前記バックグラウンド領域中で且つ目的ピークに対応する測定点を含む直線上で該測定点を挟んだ両側にそれぞれバックグラウンド基準測定点を定め、該複数のバックグラウンド基準測定点のマススペクトルデータに基づいて前記目的ピークに対応する測定点におけるマススペクトルのバックグラウンドを推算することを特徴とする包括的2次元クロマトグラフ質量分析用データ処理装置。
【請求項3】
請求項2に記載の包括的2次元クロマトグラフ質量分析用データ処理装置であって、
前記バックグラウンド基準測定点を定めるための直線は、2次元クロマトグラムの2つの時間軸に沿った2本の直線を含むものとし、その2本以上の直線上で目的ピークに対応する測定点を挟んだ両側にそれぞれ定められた4以上のバックグラウンド基準測定点のマススペクトルデータに基づいて目的ピークに対応する測定点におけるバックグラウンドを推算することを特徴とする包括的2次元クロマトグラフ質量分析用データ処理装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2013−68444(P2013−68444A)
【公開日】平成25年4月18日(2013.4.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−205504(P2011−205504)
【出願日】平成23年9月21日(2011.9.21)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】