説明

声の印象を改良可能な香料のスクリーニング方法及び香料情報の提供方法

【課題】被験者の声が評価者に与える印象を改良可能な香料をスクリーニングすることが可能となる声の印象を改良可能な香料のスクリーニング方法、及び被験者の声が評価者に与える印象を改良可能な香料情報の提供方法の提供。
【解決手段】被験者の声が評価者に与える印象を改良可能な香料のスクリーニング方法であって、前記評価者に前記被験者の声のみを提示したときに前記評価者が感じる前記被験者の声の印象のVAS評価による評価値Aと、前記評価者に前記被験者の声と香料を提示したときに前記評価者が感じる前記被験者の声の印象のVAS評価による評価値Bとが、統計学的有意差ありとなる香料をスクリーニングする声の印象を改良可能な香料のスクリーニング方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、声の印象を改良可能な香料のスクリーニング方法及び香料情報の提供方法に関する。
【背景技術】
【0002】
香りが対人的印象を変化せしめることは既知であり、香水、化粧品等で頻繁にその作用が活用されている。しかし、従来の化粧品、香水、オーデコロン等の賦香関連商品は、香り自体の印象特徴(香調)で消費者に提示されており、香りが形成する印象が必ずしも全ての人が使用した時に印象向上に効果的に作用するとは限らず、使用者の印象特徴に即した香料成分の開発、賦香関連商品の提供が望まれている。
人の印象は、視覚情報(顔、表情、スタイル、しぐさ等)、聴覚情報(声質、発話速度、イントネーション等)、嗅覚情報(体臭)等が総合して形成され、感覚情報間の相互作用によりその印象は変化する。印象向上に効果的な香りを開発及び提供する上で、印象形成と関連性の高い他の感覚情報との相互作用を評価することが必要であり、そのための評価手法の開発が望まれている。
【0003】
関連する先行技術文献として、例えば特許文献1には、柑橘系、ハーブ系、グリーン系、フローラル系、レジン系及びムスク系の少なくとも1種の香料成分と、4,16−アンドロスタジエン−3−オンとを含有する対男性好感度向上剤が提案されている。実施例では、男性顔画像と香料成分を同時提示する評価法を用いて香料成分を選定している。
また、非特許文献1には、女性の顔画像と香料の同時提示時の印象評価値と、顔画像単独で提示時の印象評価値とを比較することにより、香りにより顔の印象が変化することが報告されている。
また、非特許文献2では、アンドロスタジェノンの提示によって顔の男性的印象が向上することが報告されている。
【0004】
しかしながら、使用者(被験者)の声質に応じて印象を効果的に向上させることができる香料をスクリーニングすることができ、被験者の声質に応じて声の印象を改良することができる声の印象を改良可能な香料のスクリーニング方法、及び被験者の声が評価者に与える印象を改良可能な香料情報の提供方法などについては、未だ十分な研究、開発が行われていないのが現状である。
【0005】
【特許文献1】特開2008−156467号公報
【非特許文献1】Chemical Senses,30,246−247(2005)
【非特許文献2】Neuro report,15(8),1275−1277(2004)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、前記従来における諸問題を解決し、以下の目的を達成することを課題とする。即ち、本発明は、被験者の声が評価者に与える印象を改良可能な香料をスクリーニングすることが可能となる声の印象を改良可能な香料のスクリーニング方法、及び被験者の声が評価者に与える印象を改良可能な香料情報の提供方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記課題を解決するため本発明者らが鋭意検討を重ねた結果、より普遍的な感覚情報である「声質」を印象形成における香りとの相互作用を評価する指標として選定し、声質に応じた声の印象を改良可能な香料のスクリーニング方法を開発した。このスクリーニング法により、声質に応じて印象を効果的に向上させる香料をスクリーニングすることが可能となり、声質に応じた印象向上香料を提供することが可能となる。更に、使用者は自分の声質を基に、賦香関連商品の香りのタイプを選択することで、自己の魅力をより効果的に演出することが可能となることを知見した。
【0008】
本発明は、本発明者らによる前記知見に基づくものであり、前記課題を解決するための手段としては以下の通りである。即ち、
<1> 被験者の声が評価者に与える印象を改良可能な香料のスクリーニング方法であって、
前記評価者に前記被験者の声のみを提示したときに前記評価者が感じる前記被験者の声の印象のVAS評価による評価値Aと、
前記評価者に前記被験者の声と香料を提示したときに前記評価者が感じる前記被験者の声の印象のVAS評価による評価値Bとが、統計学的有意差ありとなる香料をスクリーニングすることを特徴とする声の印象を改良可能な香料のスクリーニング方法である。
<2> 評価値Aと評価値Bとの差(B−A)が0.5以上となる香料をスクリーニングする前記<1>に記載の声の印象を改良可能な香料のスクリーニング方法である。
<3> 被験者の声が評価者に与える印象を改良可能な香料情報を提供する方法であって、
前記被験者の声の特質を分析した分析結果に基づき、前記被験者の声が前記評価者に与える印象を改良するのに適した香料情報を香料データベースから選出し、該選出された香料情報を、前記被験者に提供することを特徴とする香料情報の提供方法である。
<4> 香料データベースが、
評価者に被験者の声のみを提示したときに評価者が感じる被験者の声の印象のVAS評価による評価値Aと、
評価者に被験者の声と香料を提示したときに評価者が感じる被験者の声の印象のVAS評価による評価値Bとが、統計学的有意差ありとなる香料のスクリーニング方法で求めたデータ、及び評価者の情報に基づき作成された前記<3>に記載の香料情報の提供方法である。
<5> 評価値Aと評価値Bとの差(B−A)が0.5以上となる香料をスクリーニングする前記<4>に記載の香料情報の提供方法である。
<6> 声の特質が、声の音程、音量、及び音色の少なくともいずれかである前記<3>から<5>のいずれかに記載の香料情報の提供方法である。
<7> 評価者の情報が、性別、年齢、職業、体調、国籍、人種、居住地、出身地、体型、趣味及び結婚の有無の少なくともいずれかである前記<4>から<6>のいずれかに記載の香料情報の提供方法である。
<8> 被験者が男性で、評価者が女性である場合において、男性被験者の声の母音「あ」のフォルマント分散が800Hz以上である場合には、男性被験者の声が女性評価者に与える男性感を向上可能な香料がアンドロスタジェノンであることの香料情報が提供される前記<3>から<7>のいずれかに記載の香料情報の提供方法である。
【発明の効果】
【0009】
本発明によると、従来における諸問題を解決することができ、被験者の声が評価者に与える印象を改良可能な香料をスクリーニングすることが可能となる声の印象を改良可能な香料のスクリーニング方法、及び被験者の声が評価者に与える印象を改良可能な香料情報の提供方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
(声の印象を改良可能な香料のスクリーニング方法)
本発明の声の印象を改良可能な香料のスクリーニング方法は、前記評価者に前記被験者の声のみを提示したときに前記評価者が感じる前記被験者の声の印象のVAS評価による評価値Aと、
前記評価者に前記被験者の声と香料を提示したときに前記評価者が感じる前記被験者の声の印象のVAS評価による評価値Bとが、統計学的有意差ありとなる香料をスクリーニングするものである。これにより、声の印象を改良する効果が未知の香料の中から、被験者の声が評価者に与える印象を改良可能な香料を効率よくスクリーニングすることができる。
ここで、前記評価値Aと評価値Bとの有意差検定としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば対応のあるT検定(paired T−test)を用いることができ、p値が0.05未満であることを有意差ありと判断する。なお、評価者は20名以上であることが好ましい。
【0011】
前記評価値Aと評価値Bとの差(B−A)は、0.5以上であることが好ましく、1.0以上がより好ましい。前記差(B−A)が0.5未満であると、香料による印象向上作用が弱く、効果的な印象の向上が望めない。
【0012】
前記評価者及び被験者としては、特に制限はなく、評価項目に応じて適宜選択することができるが、両者は性別が異なることが好ましい。評価者が女性の場合には被験者が男性であることが好ましい。評価者が男性の場合には被験者が女性であることが好ましい。
前記声の印象の評価項目としては、評価者が女性であり、被験者が男性である場合には、例えば「男性的な感じ」、「セクシーな感じ」、「クールな感じ」、「声の好み」、「爽やかな感じ」、「明るい感じ」、「やさしい感じ」などが挙げられる。
また、評価者が男性であり、被験者が女性である場合には、例えば「女性的な感じ」、「セクシーな感じ」、「クールな感じ」、「声の好み」、「爽やかな感じ」、「明るい感じ」、「やさしい感じ」、「かわいい感じ」などが挙げられる。
【0013】
−香料−
前記香料としては、特に制限はなく、天然香料、合成香料、半合成香料のいずれであってもよいが、揮発性を有する物質であることが好ましく、例えばアンドロスタジェノン、アンドロステノール、アンドロスタジェノール、リナロール、フェニルエチルアルコール、ライラル、シトラール、シトロネラール、リモネン、αピネン、シネオール、レモンテルペン、ゲラニオール、ゲラニルアセテート、セドロール、メントール、オイゲノール、バニリン、エチルバニリン、アニスアルデヒド、ヘリオトロピン、ダマセノン、ダマスコン、イオノン、メチルイオノン、ムスコン、シベトン、エキザルトン、トナリド、γノナラクトン、γデカラクトン、γウンデカラクトン、γドデカラクトン、δノナラクトン、δデカラクトン、酢酸リナリル、インドール、オキサン、カルボン、ローズオキサイド、ラズベリケトン、イランイランオイル、ラベンダーオイル、グレープフルーツオイル、レモンオイル、ティーツリーオイル、オレンジオイル、ローズオイル、ローズマリーオイル、アンブレットシードオイル、カモミルオイル、サンダルウッドオイルなどが挙げられる。これらは、1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。
これらの中でも、男性感を向上させる香料としてはアンドロスタジェノンが特に好ましい。
【0014】
本発明のスクリーニング方法における評価方法としては、Visual Analog Scales(VAS)評価が用いられる。
前記VAS評価は、ヒトの主観的な気分や痛みなどを線分の長さを用いて数量的に評価する方法である。本発明では100mmの線分を用い、左端が該印象を全く感じない、右端が該印象を最も強く感じるとして、評価者の主観で縦線を線分上に記した。左端から記入した縦線までの距離を測り、VAS値とする。
【0015】
次に、本発明の声の印象を改良可能な香料のスクリーニング方法について説明する。
(1)評価室としては、恒温恒湿室(温度25℃、湿度50%RH)にて評価する。試料提示時は、空調を停止。評価終了後は、空気清浄機(MC757Y−W、ダイキン工業株式会社製)で換気後、温湿度を再度調整する。
(2)香料の提示方法としては、椅子に着席した評価者の前方のテーブル上に、評価者から約60cmの距離に香料を設置する。香料はガラス製シャーレ等の密閉容器に入れたものを設置する。評価者と香料を結んだ直線上の後方約10cmの位置に、小型のアロマ芳香用ファン(製品名:アロマブリーズ)を設置する。香料提示開始時に、ファンを始動させ、次いで容器の蓋をとり、評価者に香料を提示する。
(3)音声の提供方法としては、香料提示開始3分間後、録音した男性音声を再生し、評価者はヘッドホンから音声を聴取する。評価者は、男性音声の印象について、Visual Analog Scales(VAS)評価(100mm)により評価した。香料の提示は声の印象評価中(約10〜20分)※(評価する音声の数により異なり、一人当たり約2〜3分程度である。)継続する。評価終了後、香料を含有した容器を閉じ、芳香用ファンを停止し、香料の提示を終了する。
音声は事前に録音再生機(PCM−D1、ソニー社製)を用いて録音する。音声提示時は、同機種又はパーソナルコンピュータにて再生し、評価者はヘッドホン(MDR−NC60、ソニー社製)から音声を聴取する。音量は、評価者が聴取しやすい任意の音量に設定する。
(4)有意差検定
有意差検定は、対応のあるT検定により実施し、p値が0.05未満である場合を有意差ありと判断する。評価者の人数は20名以上であることが好ましい。
【0016】
(香料情報の提供方法)
本発明の香料情報の提供方法は、被験者の声の特質を分析した分析結果に基づき、前記被験者の声が評価者に与える印象を改良するのに適した香料情報を香料データベースから選出し、該選出された香料情報を、前記被験者に提供するものである。
【0017】
<被験者の声の特質の分析方法>
声の特質には、声の音程と、音量と、音色とがある。
【0018】
−声の音程−
声の高低(音程)を表す指標としては、基本周波数(単位:Hz)がある。声帯が1秒間に振動する回数を基本周波数といい、この基本周波数が小さいと低く男性的、大きいと高く女性的な声として認識される。
例えば男性声では、基本周波数(Hz)が低値ほど好印象であると考えられ、図1に示すように、基本周波数が低い男性音声(3)及び(4)は印象評価が高く、基本周波数が高い男性音声(5)は印象評価が低いことが予測される。
【0019】
−声の音量−
前記音量(単位:dB)は、音の大きさを表し、以下の式(1)により定義される。
音量=20×log10(P/P0)・・・式(1)
ただし、式(1)中、P0は、通常の人の耳に聞こえる最小音の音圧で2×10−5(N/m)を値として用いる。Pは、対象となる声の音圧を表す。音量の値が大きい程大きな声、音量の値が小さいと小さい声として認識される。
【0020】
−声の音色−
声の質(音色)を表す指標としては、フォルマント周波数(単位:Hz)がある。
声道内で共鳴し、振幅(単位:dB)が大きくなる周波数をフォルマント周波数といい、発声者の声道の形状により共鳴する周波数が異なる。フォルマント周波数は複数出現し、値の低い方から第一フォルマント、第二フォルマント、第三フォルマント、第四フォルマント・・・と定義される。人間の音声は、第一フォルマントと第二フォルマントの二つで母音が認識される。2500Hz〜4000Hzのフォルマント周波数の振幅が大きいと聞き取りやすく、張りのある声と感じられる。
前記声質については、隣接フォルマント周波数帯間の差の平均値であるフォルマント分散から判定することができる。例えば男性声のフォルマント分散(Hz)が密(低値)ほど好印象であると考えられ、図2に示すように、フォルマント分散が低い男性音声(1)及び(3)は印象評価が高く、フォルマント分散が高い男性音声(2)及び(5)は印象評価が低いことが予測される。
【0021】
前記被験者の声の特質の分析には、例えば音声分析ソフト「Praat」などを用いることにより、分析結果を得ることができる。
【0022】
<香料データベース>
前記香料データベースは、評価者に被験者の声のみを提示したときに評価者が感じる被験者の声の印象のVAS評価による評価値Aと、
評価者に被験者の声と香料を提示したときに評価者が感じる被験者の声の印象のVAS評価による評価値Bとが、統計学的有意差ありとなる香料のスクリーニング方法で求めたデータ、及び評価者の情報に基づき作成される。
ここで、前記評価値Aと評価値Bとの有意差検定としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば対応のあるT検定(paired T−test)を用いることができ、p値が0.05未満であることを有意差ありと判断する。なお、評価者は20名以上であることが好ましい。
前記評価値Aと評価値Bとの差(B−A)が0.5以上であることが好ましく、1.0以上がより好ましい。
なお、前記スクリーニング方法としては、本発明の声の印象を改良可能な香料のスクリーニング方法と同様である。
【0023】
前記評価者の情報としては、例えば性別、年齢、職業、体調、結婚の有無、国籍、人種、居住地、出身地、体型、趣味などが挙げられる。これらの中でも、性別、年齢、結婚の有無は声の印象に与える影響が大きいので有用な情報である。
【0024】
前記香料データベースには、その他の情報として、評価日時、評価場所、評価した回数、データベース内の香料情報の情報提供回数などが挙げられる。
前記香料データベースは、上述したデータを集めて管理し、容易に検索、抽出などの再利用できるものであれば特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば階層型データベース、リレーショナルデータベース、ネットワーク型データベース、などが挙げられる。
前記香料データベースは、コンピュータによって利用可能なものが好ましく、インターネットを経由して利用可能なものがより好ましい。
【0025】
本発明の香料情報の提供方法は、被験者の声が評価者に与える印象を改良可能な香料情報を提供するものである。
例えば被験者が男性で、評価者が女性である場合において、男性被験者の声の特質を分析した結果、母音「あ」のフォルマント分散が800Hz以上(男っぽくない声)である場合には、男性被験者の声が女性評価者に与える男性感を向上可能な香料としてアンドロスタジェノンが有効であるとの香料情報が提供される。
ここで、前記男性感とは、男らしさを感じさせることを意味し、「男っぽさ」ともいう。
【0026】
本発明の香料情報の提供方法によれば、声質別最適香料提供システムを構築することができる。例えば被験者が店頭窓口等で録音した音声をその場で音声分析ソフトにより分析し、該分析結果に基づき、予め作成してある香料データベースとの照合から、該声質の印象を効果的に向上させる香りの種類、又は賦香関連商品の香りタイプを提示することができ、被験者が店頭窓口等で自己の声質の印象を向上させるのに適した香料を提供することができる。
【0027】
前記声質別最適香料提供システムは、店頭窓口等に配置されたコンピュータが電話回線などの通信回線を経由してインターネット又は広域LANに接続されていることが好ましい。
前記コンピュータは、例えば、パーソナルコンピュータ、変換装置のモデム等を介して接続された装置であり、LCD、CRT等の表示部、キーボード、マウス、タッチパネル等の入力部を有する。
前記コンピュータは、制御装置、入力制御装置、出力制御装置、通信装置、記憶装置、データベース装置、及びこれらを双方向に通信可能に接続するメインバス等を有する。
【実施例】
【0028】
以下、本発明の実施例を説明するが、本発明は、これらの実施例に何ら限定されるものではない。
【0029】
(実施例1)
<声の印象を改良可能な香料のスクリーニング>
20代〜40代の女性評価者20名における20代〜40代の男性被験者6名の音声(1)〜(6)の印象に対する香料の作用の評価を以下のようにして実施した。
【0030】
−評価方法−
評価は恒温恒湿室(25℃、50RH%)にて実施した。女性評価者は入室後着席しヘッドホンを装着し、5分間環境DVDを視聴し安静にした。視聴後、香料A〜D(揮発性物質)を評価者の前面約60cmの距離に設置し、電池式簡易ファンを用いて揮発を促し評価者に提示した。香料(揮発性物質)を提示開始3分間後、録音した男性音声を再生し評価者はヘッドホンから音声を聴取した。女性評価者は、男性音声の印象について、Visual Analog Scales(VAS)評価(100mm)により評価した。結果を表2に示す。
【0031】
−評価室−
恒温恒湿室(温度25℃、湿度50%RH)にて評価した。試料提示時は、空調を停止した。評価終了後は、空気清浄機(MC757Y−W、ダイキン工業株式会社製)で換気した後、温湿度を再度調整した。
【0032】
−香料A〜D−
・香料A(コントロール):調合香料10ppm
・香料B:調合香料10ppm+アンドロスタジェノン10ppm
・香料C:ムスコン50ppm
・香料D:ムスコン50ppm+アンドロスタジェノン10ppm
・調合香料(石鹸のような香り):ジプロピレングリコール、フェニルエチルアルコール、ライラル、レモンテルペン、オレンジオイル、ナツメグオイル、トナリド、エチレンブラシレート、リリアル、ヘキシルシンナミックアルデヒド、ヘリオトロピン、シトラール、メチルジヒドロジャスモネート、ベンジルサリシレート、リナリルアセテート、シス−3−ヘキセニルサリシレート、γメチルイオノン、βイオノン、メチルパンプレマウス、アンブロキサン、ローズオキシド
【0033】
−香料の提示方法−
椅子に着席した評価者の前方のテーブル上に、評価者から約60cmの距離に香料を設置した。香料はガラス製シャーレ等の密閉容器に入れたものを設置した。評価者と香料を結んだ直線上の後方約10cmの位置に、小型のアロマ芳香用ファン(製品名:アロマブリーズ)を設置した。香料提示開始時に、ファンを始動させ、次いで容器の蓋をとり、評価者に香料を提示した。
【0034】
−音声の提供−
香料提示開始3分間後、録音した男性音声を再生し、評価者はヘッドホン(MDR−NC60、ソニー社製)から音声を聴取した。音量は、評価者が聴取しやすい任意の音量に設定する。評価者は、男性音声の印象について、Visual Analog Scales(VAS)評価(100mm)により評価した。香料の提示は声の印象評価中(約10〜20分)※(評価する音声の数により異なり、一人当たり約2〜3分程度である。)継続する。評価終了後、香料を含有した容器を閉じ、芳香用ファンを停止し、香料の提示を終了した。
なお、音声は事前に録音再生機(PCM−D1、ソニー社製)を用いて録音した。音声提示時は、同機種又はパーソナルコンピュータで再生した。
発生内容:童話「カチカチ山」の一節(約1分)
【0035】
−声の印象評価項目−
評価項目は、「男っぽい感じ」、「セクシーな感じ」、「クールな感じ」、及び「声の好み」の4項目とした。
【0036】
−男性音声(1)〜(6)−
提示した男性音声(1)〜(6)は、香料(揮発性物質)を提示しない状態での印象評価結果から声質タイプを判定した6名分を用いた。各々の音声のみでの印象評価値の平均値を表1に示す。また、各男性音声(1)〜(6)の「あ」の声紋を測定した結果を図3に示す。
【0037】
【表1】

※母音「あ」の第一フォルマントと第二フォルマントの振幅(dB)の平均値(A)と、第三フォルマントと第四フォルマントの振幅(dB)の平均値(B)との比(B/A)、この比(B/A)が0.9以上である場合には張りのある声とした。
【0038】
−有意差検定−
結果は女性20名のVAS評価値の平均値で示し、対応のあるT検定にてp値が0.05未満の場合を有意差ありとして判断した。結果を表2〜表5に示す。なお、表2〜表5中、統計学的有意差ありのものを太枠で囲んだ。
【0039】
【表2】

表2の結果から、「クールさ」については、音声(6)は香料B(アンドロスタジェノン)及び香料D(アンドロスタジェノン+ムスコン)により、声の「クールさ」の印象が向上する効果が認められた。音声(2)は香料C(ムスコン)により、声の「クールさ」の印象が向上する効果が認められた。
【0040】
【表3】

表3の結果から、音声(2)は、香料B(アンドロスタジェノン)及び香料D(アンドロスタジェノン+ムスコン)により、声の「男っぽさ」の印象が向上する効果が認められた。また、音声(3)は、香料B(アンドロスタジェノン)、香料C(ムスコン)、及び香料D(アンドロスタジェノン+ムスコン)により、声の「男っぽさ」の印象が向上する効果が認められた。また、音声(1)は、香料A(調合香料)により、声の「男っぽさ」の印象が向上する効果が認められた。また、音声(4)は、香料A(調合香料)により、声の「男っぽさ」の印象が向上する効果が認められた。
【0041】
【表4】

表4の結果から、音声(6)は、香料D(アンドロスタジェノン+ムスコン)により、声の「セクシーさ」の印象が向上する効果が認められた。また、音声(3)及び(1)は、香料A(調合香料)、及び香料B(アンドロスタジェノン)により、声の「セクシーさ」の印象が向上する効果が認められた。また、音声(4)は、香料B(アンドロスタジェノン)により、声の「セクシーさ」の印象が向上する効果が認められた。
【0042】
【表5】

表5の結果から、音声(1)〜(6)について、いずれも香料A〜Dにより、声の「好み」の印象が向上する効果は認められなかった。
【0043】
<声質タイプ別の香料データベース化における解析事例(1)>
−男性被験者の声のフォルマント分散及び基本周波数と、男性被験者の声が女性評価者に与える印象との相関関係−
香料Aと香料Bを用いた上記実施例1の評価結果について、男性被験者の声のフォルマント分散及び基本周波数と、男性被験者の声が女性評価者に与える印象との相関関係を調べた。
相関関係はピアソンの相関係数から解析し、p値が0.05未満である場合を有意な相関関係があるとして判断した。また、フォルマント分散が800Hz以上の男性音声の場合の香料Aと香料Bの比較は、対応のあるT検定にて実施し、p値が0.05未満である場合を有意差ありと判断した。結果を表6及び図4に示す。
【0044】
【表6】

*:p<0.05、**:p<0.01、N=132
表6の結果から、フォルマント分散と、Δ(香料B−香料A)の男っぽさに有意に相関が認められた。このことから、フォルマント分散が高い男性音声の方が、有意にアンドロスタジェノンにより男っぽさの印象が向上することが分かった。また、図4の結果から、母音「あ」のフォルマント分散が800Hz以上の男性音声の場合、アンドロスタジェノンにより有意に男っぽさの印象が向上することが分かった。
【0045】
<声質タイプ別の香料データベース化における解析事例(2)>
−評価者の結婚の有無の印象評価への影響−
香料Aと香料Bを用いた上記実施例1の評価結果について、被験者の声が評価者に与える印象における、評価者の結婚の有無による印象評価への影響を調べた。
未婚者と既婚者の比較は、一元配置分散分析にて実施し、p値が0.05未満の場合を有意差ありとして判断した。結果を図5に示す。
図5の結果から、アンドロスタジェノンによる声のセクシーな感じの印象の改善効果は、既婚者よりも未婚者の方が高いことが分かった。
【0046】
<声質タイプ別の香料データベース化における解析事例(3)>
−評価者の年齢層の印象評価への影響−
香料Aと香料Bを用いた上記実施例1の評価結果について、被験者の声の印象における、評価者の年齢層の影響について相関関係を調べた。
相関関係はピアソンの相関係数から解析し、p値が0.1未満である場合を有意な傾向があるとして判断した。結果を表7に示す。
【0047】
【表7】

†:p<0.1、N=132
表7の結果から、セクシーな感じの印象は評価者の年齢が若い方がアンドロスタジェノンによって向上する傾向であることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明の声の印象を改良可能な香料のスクリーニング方法及び香料情報の提供方法は、声質に応じて印象を効果的に向上させる香料をスクリーニングすることが可能となり、声質に応じた印象向上香料を提供することが可能となる。更に、使用者は自分の声質を基に、賦香関連商品の香りのタイプを選択することで、自己の魅力をより効果的に演出することが可能となるので、例えば店舗窓口等で被験者の声の特質を分析した分析結果に基づき、被験者の声が評価者に与える印象を改良するのに適した香料情報を提供する形態の新規ビジネスなどに適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】図1は、男性音声の基本周波数と印象との関係を示すグラフである。
【図2】図2は、男性音声のフォルマント分散と印象との関係を示すグラフである。
【図3】図3は、実施例における男性被験者6名の「あ」の声紋の結果を示す図である。
【図4】図4は、フォルマント分散が800Hz以上の男性音声の場合の香料Aと香料Bとの差と、声の印象との関係を示すグラフである。
【図5】図5は、評価者の結婚の有無と声の印象評価との関係を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者の声が評価者に与える印象を改良可能な香料のスクリーニング方法であって、
前記評価者に前記被験者の声のみを提示したときに前記評価者が感じる前記被験者の声の印象のVAS評価による評価値Aと、
前記評価者に前記被験者の声と香料を提示したときに前記評価者が感じる前記被験者の声の印象のVAS評価による評価値Bとが、統計学的有意差ありとなる香料をスクリーニングすることを特徴とする声の印象を改良可能な香料のスクリーニング方法。
【請求項2】
評価値Aと評価値Bとの差(B−A)が0.5以上となる香料をスクリーニングする請求項1に記載の声の印象を改良可能な香料のスクリーニング方法。
【請求項3】
被験者の声が評価者に与える印象を改良可能な香料情報を提供する方法であって、
前記被験者の声の特質を分析した分析結果に基づき、前記被験者の声が前記評価者に与える印象を改良するのに適した香料情報を香料データベースから選出し、該選出された香料情報を、前記被験者に提供することを特徴とする香料情報の提供方法。
【請求項4】
香料データベースが、
評価者に被験者の声のみを提示したときに評価者が感じる被験者の声の印象のVAS評価による評価値Aと、
評価者に被験者の声と香料を提示したときに評価者が感じる被験者の声の印象のVAS評価による評価値Bとが、統計学的有意差ありとなる香料のスクリーニング方法で求めたデータ、及び評価者の情報に基づき作成された請求項3に記載の香料情報の提供方法。
【請求項5】
評価値Aと評価値Bとの差(B−A)が0.5以上となる香料をスクリーニングする請求項4に記載の香料情報の提供方法。
【請求項6】
声の特質が、声の音程、音量、及び音色の少なくともいずれかである請求項3から5のいずれかに記載の香料情報の提供方法。
【請求項7】
評価者の情報が、性別、年齢、職業、体調、国籍、人種、居住地、出身地、体型、趣味及び結婚の有無の少なくともいずれかである請求項4から6のいずれかに記載の香料情報の提供方法。
【請求項8】
被験者が男性で、評価者が女性である場合において、男性被験者の声の母音「あ」のフォルマント分散が800Hz以上である場合には、男性被験者の声が女性評価者に与える男性感を向上可能な香料がアンドロスタジェノンであることの香料情報が提供される請求項3から7のいずれかに記載の香料情報の提供方法。

【図4】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−151748(P2010−151748A)
【公開日】平成22年7月8日(2010.7.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−332725(P2008−332725)
【出願日】平成20年12月26日(2008.12.26)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成20年11月26日 日本化粧品技術者会発行の「SCCJ研究討論会(第63回)講演要旨集」に発表
【出願人】(000006769)ライオン株式会社 (1,816)