説明

家畜哺乳動物の低カルシウム血症の予防、治療および/または処置方法

本発明は、家畜哺乳動物、特に牛の低カルシウム血症の疾病を予防、治療および/または処置する方法を提供する。具体的には、ビタミンD誘導体、特に1α−ヒドロキシビタミンDおよび/または1,25−ジヒドロキシビタミンDを家畜哺乳動物に経膣投与することを特徴とする低カルシウム血症の疾病を予防、治療および/または処置するビタミンD誘導体の投与方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は家畜動物の低カルシウム血症の予防、治療および/または処置方法に関する。さらに詳しく言えば、本発明は家畜哺乳動物にビタミンD誘導体を経膣投与してその低カルシウム血症を予防、治療および/または処置する方法に関するものである。
【背景技術】
乳牛における分娩性低カルシウム血症に対する予防、治療および/または処置法の一つとして一般的にビタミンD(以下、VDと略記することがある。)が使用されている。
VDは、肝臓において25−ヒドロキシビタミンDへ代謝され、腎臓においてさらに1,25−ジヒドロキシビタミンD(以下、1,25−(OH)と略記することがある。)へ代謝される。
カルシウム代謝を調節するVD代謝物の中でも生理学的に最も活性な1,25−(OH)を乳牛へ投与し低カルシウム血症を予防、治療および/または処置する方法も試みられている(特開昭61−233620号公報(関連出願:米国特許第322462号)およびGast et al.,J.Dairy Sci.62巻:1009〜1013頁,1979年参照)。
薬物の投与を膣を経由して行うことは、古代エジプト時代から知られている。前世紀には、ヒトと動物でエストロジェン、プロジェステロン、プロスタグランジン、抗生物質、ノノキシノール9、メタゾン、無機化合物などの多くの物質の膣からの吸収が確認されている。
近年、牛において発情周期の調節のためにプロジェステロンを含んだ膣内挿入物が広く用いられている(特表2001−523515号公報(関連出願:国際公開第99/26556号パンフレット)およびJ.Dairy Sci.70巻:2162〜2167頁,1987年参照)。
1,25−(OH)は、乳牛の分娩性低カルシウム血症の予防、治療および/または処置のために、静脈、筋肉および経口投与法で用いられてきたが、その膣内投与の有効性について知見は得られていない。
【発明の開示】
本発明の課題は、家畜哺乳動物にビタミンD誘導体を経膣投与することにより、家畜哺乳動物の低カルシウム血症、特に牛の死亡および廃用の主要原因の一つである分娩時起立不能症等の疾病を容易に予防、治療および/または処置する方法を提供することにある。
本発明者らは、脂溶性ビタミンであるビタミンD、AおよびE類を牛に経膣投与しその吸収性について鋭意研究した結果、これら脂溶性ビタミン類の吸収性は一般に低いが、特定のビタミンD誘導体のみが良好に膣から容易に吸収され低カルシウム血症の疾病の予防、治療および/または処置に有効であるとの知見を得て本発明を完成した。
すなわち、本発明は、家畜哺乳動物にビタミンD誘導体を経膣投与することにより家畜哺乳動物、例えば牛、馬、羊、山羊、豚、犬、猫の低カルシウム血症の疾病(特に牛の起立不能症等)の予防、治療および/または処置に有用な、下記1〜15のビタミンD誘導体の投与方法を提供するものである。
1.ビタミンD誘導体を家畜哺乳動物に経膣投与することを特徴とする低カルシウム血症の予防方法。
2.家畜哺乳動物が牛である前記1に記載の低カルシウム血症の予防方法。
3.ビタミンD誘導体を含む膣内挿入物を膣腔へ投与する前記1または2に記載の低カルシウム血症の予防方法。
4.膣内投与されたビタミンD誘導体が家畜哺乳動物の膣腔で吸収されその体内でカルシウム濃度を上げることにより疾病を予防する前記1乃至3のいずれか1項に記載の低カルシウム血症の予防方法。
5.ビタミンD誘導体が、1α−ヒドロキシビタミンDまたは1,25−ジヒドロキシビタミンDである前記1乃至4のいずれか1項に記載の低カルシウム血症の予防方法。
6.ビタミンD誘導体を家畜哺乳動物に経膣投与することを特徴とする低カルシウム血症の治療方法。
7.家畜哺乳動物が牛である前記6に記載の低カルシウム血症の治療方法。
8.ビタミンD誘導体を含む膣内挿入物を膣腔へ投与する前記6または7に記載の低カルシウム血症の治療方法。
9.膣内投与されたビタミンD誘導体が家畜哺乳動物の膣腔で吸収されその体内でカルシウム濃度を上げることにより疾病を治療する前記6乃至8のいずれか1項に記載の低カルシウム血症の治療方法。
10.ビタミンD誘導体が、1α−ヒドロキシビタミンDまたは1,25−ジヒドロキシビタミンDである前記6乃至9のいずれか1項に記載の低カルシウム血症の治療方法。
11.ビタミンD誘導体を家畜哺乳動物に経膣投与することを特徴とする低カルシウム血症の処置方法。
12.家畜哺乳動物が牛である前記11に記載の低カルシウム血症の処置方法。
13.ビタミンD誘導体を含む膣内挿入物を膣腔へ投与する前記11または12に記載の低カルシウム血症の処置方法。
14.膣内投与されたビタミンD誘導体が家畜哺乳動物の膣腔で吸収されその体内でカルシウム濃度を上げることにより疾病を処置する前記11乃至13のいずれか1項に記載の低カルシウム血症の処置方法。
15.ビタミンD誘導体が、1α−ヒドロキシビタミンDまたは1,25−ジヒドロキシビタミンDである前記11乃至14のいずれが1項に記載の低カルシウム血症の処置方法。
発明の詳細な説明
本発明で、家畜哺乳動物の膣腔に投与するビタミンD誘導体としては、下記一般式(1)

(式中、RおよびRはそれぞれ水素原子を表わすか、またはRとRとは一緒になって二重結合を形成していてもよく、Rは水素原子またはメチル基を表わし、Rは水素原子またはヒドロキシル基を表わす。)で示されるビタミンD誘導体が挙げられる。
上記一般式(1)で示されるビタミンD誘導体の具体例としては、RとRとが一緒になって二重結合を形成しRがメチル基を表わすカルシフェロール誘導体(ビタミンD誘導体)、R、RおよびRがそれぞれ水素原子を表わすコレカルシフェロール誘導体(ビタミンD誘導体)が挙げられる。
これらビタミンD誘導体およびビタミンD誘導体の中でも、1α−ヒドロキシビタミンD誘導体および/または1,25−ジヒドロキシビタミンD誘導体が好ましく、その代表例として、1α−ヒドロキシビタミンD、1α−ヒドロキシビタミンD、1α,25−ジヒドロキシビタミンDが挙げられる。
膣腔への投与は、ビタミンD誘導体を含んだ膣内挿入物を用いて行われる。膣内挿入物の形態(デリバリータイプ)としては一般に用いられている、ジェル、タブレット、マイクロスフェアー、CIDRなどを利用することができる。
ビタミンD誘導体の膣粘膜からの吸収は、膣腔に投与したビタミンD誘導体と数種のミネラル(カルシウム(Ca)、無機リン(iP)およびマグネシウム(Mg))の変化を観察することにより確認することができる。
例えば牛の膣腔に、エタノールの溶解した1,25−(OH)を体重1kgあたり1μg程度の割合で膣内に投与し、エタノールを投与した対照と比較することにより確認できる。
1,25−(OH)を投与した牛は、血漿1,25−(OH)値が変動し、血漿Ca値、血漿iP値、血漿Mg値が変動する。その血漿1,25−(OH)値の変動を観測することにより、1,25−(OH)の吸収を確認することができる。
【図面の簡単な説明】
図1は、実施例1における1α−VDの膣内投与による各供試牛(CowA、CowB)ごとの血中1,25−ジヒドロキシビタミンD(1,25−(OH))濃度の経時的な推移を示す。
図2は、実施例1における1α−VDの膣内投与による各供試牛(CowA、CowB)ごとの血中カルシウム(Ca)濃度の経時的な推移を示す。
図3は、実施例1における1α−VDの膣内投与による各供試牛(CowA、CowB)ごとの血中無機リン(iP)濃度の経時的な推移を示す。
図4は、実施例1における1α−VDの膣内投与による各供試牛(CowA、CowB)ごとの血中マグネシウム(Mg)濃度の経時的な推移を示す。
図5は、比較例1におけるVitADEの膣内投与による各供試牛(CowA、CowB)ごとの血中ビタミンA(VitA)濃度の経時的な推移を示す。
図6は、比較例1におけるVitADEの膣内投与による各供試牛(CowA、CowB)ごとの血中ビタミンE(VitE)濃度の経時的な推移を示す。
図7は、比較例1におけるVitADEの膣内投与による各供試牛(CowA、CowB)ごとの血中25−ヒドロキシビタミンD(25−OHD)濃度の経時的な推移を示す。
図8は、実施例2において1,25−(OH)(n=5;●)およびエタノール(n=1;■)を膣内に投与された育成雌牛における血漿1,25−(OH)濃度の経時的変化を示す。
図9は、実施例2において1,25−(OH)(n−5;●)およびエタノール(n=1;■)を膣内に投与された育成雌牛における血漿ミネラル(Ca、iPおよびMg)濃度の経時的変化を示す。
図10は、実施例3において1,25−(OH)を膣内に投与された育成雌牛における血漿1,25−(OH)濃度の経時的推移を示す。ただし、図10中、「iv」は静脈投与を示している(図11〜図16においても同じ。)。
図11は、実施例3において1,25−(OH)を膣内に投与された育成雌牛における血漿Ca濃度の経時的推移を示す。
図12は、実施例3において1,25−(OH)を膣内に投与された育成雌牛における血漿iP濃度の経時的推移を示す。
図13は、実施例3において1,25−(OH)を膣内に投与された育成雌牛における血漿Mg濃度の経時的推移を示す。
図14は、実施例3において1,25−(OH)を膣内に投与された育成雌牛における尿Ca/クレアチニン(Cre)値の経時的推移を示す。
図15は、実施例3において1,25−(OH)を膣内に投与された育成雌牛における尿iP/クレアチニン(Cre)値の経時的推移を示す。
図16は、実施例3において1,25−(OH)を膣内に投与された育成雌牛における尿Mg/クレアチニン(Cre)値の経時的推移を示す。
【発明を実施するための最良の形態】
以下、実施例および比較例を挙げて本発明を更に説明するが、本発明はこれらによってなんら限定されるものではない。下記の例において、血漿1,25−(OH)濃度の測定は放射免疫キット(1,25−(OH)D RIA kit,Immunodiagnostic Systems Limited,UK)を用いて行った。血漿および尿中の、Ca濃度はオルトクレゾールフタレイン コンプレクソン(O−CPC;orthocresolphthalein complexone)法により、無機リン(iP)濃度はモリブデン(Mo)法により、マグネシウム(Mg)濃度はキシリジルブルー(xylidyl blue)法により測定した。尿中クレアチニン濃度はヤッフェ(Jaff▲e▼)法によって測定した。尿中のカルシウム(Ca)、無機リン(iP)、およびマグネシウム(Ma)濃度は、クレアチニン(Cre)に対する比(それぞれCa/Cre、iP/Cre、およびMa/Cre)で示した。
【実施例1】
1α−ヒドロキシビタミンDを牛の膣腔に投与し血液生化学的変化を観察した。
供試動物として、下記ホルスタイン種乳牛2頭(CowAおよびCowB)を使用した。試験期間中、屋外パドックにて乾草の自由採食(自由飲水)・配合飼料2kg/日(DM中TDN64.1%,CP13.6%,Ca0.2%,Mg0.09%,K1.39%)として飼い養った。
CowA:2歳11ヶ月齢,雌、1産,卵巣摘出済み,560kg
CowB:2歳10ヶ月齢,雌,1産,卵巣摘出済み,580kg
下記の供試薬剤を用いた。
1α−ヒドロキシビタミンD(1α−VD;日清ファルマ製,粉体)
試験内容およびスケジュールは下記のとおりとした。
1.対照試験:20%エタノール4mL膣内投与(1週間)
2.1α−VD試験:1α−VD1μg/kg(体重比)を20%エタノール4mLに溶解して膣内投与(2週間)
下記の方法で膣内投与した。
供試牛を予め排尿させ、氷水上にて上記試薬を調製後、10mLプラスチック・シリンジにて膣内深部に投与し、直ちに瞬間接着剤にて外陰部皮膚を閉鎖した。
各試験における採血時間は、投与直前(0hr)と投与後0.5、1、2、3、6、12、24、48、72時間(hrs)とした。
下記の項目について血液生化学的検査を行った。
対照試験:1,25−ジヒドロキシビタミンD[1,25−(OH)]、カルシウム(Ca)、無機リン(iP)、マグネシウム(Mg)。
1α−VD試験:1,25−(OH)、Ca、iP、Mg。
得られたデータの解析は、供試牛ごとに1α−VD試験の各血液生化学的検査成績を対照試験の成績と比較し、各薬剤の膣内吸収の有無を検討することにより行った。
上記方法により1α−VDの膣内投与による血中1,25−(OH)、Ca、iPおよびMg濃度の推移を観測した。1α−VDを膣内投与した場合における濃度推移の観測成績を図1〜図4に示す。
本実施例1の成績と下記比較例1の成績を比較考察すると、1α−VDの膣内投与では、1α−VDは膣壁より体内に吸収され、1,25−(OH)へ速やかに変換されることによりCa代謝に影響を与えることが分かる。
下記比較例1のビタミンA、ビタミンD、ビタミンEの膣内投与では、投与した薬剤が膣壁から吸収された証拠は確認されなかった。
比較例1
供試薬剤、試験内容および血液生化学的検査項目を下記(1)〜(3)に記載のとおりとした以外は実施例1と同様にして、ビタミンA、ビタミンD、ビタミンEを牛の膣腔に投与し、投与後の血液生化学的な変化を観測した。
(1)供試薬剤
ビタミンA(VitA;薬剤製造用原体,液体)、
ビタミンD(VitD;薬剤製造用原体,液体)、
ビタミンE(VitE;薬剤製造用原体,液体)。
(2)試験内容
VitADE試験:1頭当たりVitA(1000万IU)+VitD(500万IU)+VitE(920IU)を20%エタノールにて8mLにメスアップして膣内投与
(3)血液生化学的検査項目
対照試験:VitA,25−ヒドロキシビタミンD(25−OHD)、VitE、カルシウム(Ca)、無機リン(iP)、マグネシウム(Mg)。
VitADE試験:VitA、25−OHD、VitE。
得られたデータの解析は、供試牛ごとにVitADE試験の各血液生化学的検査成績を対照試験の成績と比較し、各薬剤の膣内吸収の有無を検討することにより行った。
上記方法によりVitADEの膣内投与による血中VitA,25−OHDおよびVitE濃度の推移を観測した。VitADEを膣内投与した場合における濃度推移の観測成績を図5〜図7に示す。
本比較例1の成績と前記実施例1の成績を比較考察すると、実施例1の1α−VDの膣内投与では、1α−VDは膣壁より体内に吸収され、1,25−(OH)へ速やかに変換されることによりCa代謝に影響を与えることが分かるが、比較例1のVitADEの膣内投与では、投与薬剤が膣壁から吸収された証拠は確認されなかった。
【実施例2】
牛の膣腔に投与した1,25−(OH)の膣吸収を確認するために、1,25−(OH)を雌牛の膣内に投与した後の1,25−(OH)とミネラルの血液生化学的な変化を観測した。
臨床的に健康な6頭のホルスタイン種雌牛(3〜6ケ月齢、体重97〜118kg)を同じ囲いの中で、ミネラル摂取量が日量Ca21g、P13g、Mg4gでNRC(National Research Council)の要求量を満たす飼料(乾物としてイネ科牧草1.56kg、配合飼料0.55kg、アルファルフアヘイキューブ1.44kg)を毎日与えて、水は自由飲水として飼い、少なくとも1週間飼い馴らした。
5頭の雌牛各々に、体重1kgあたり1μgの1,25−(OH)(メルシャン(株)製の結晶を99%エタノールにて1mg/mLの濃度になるように溶解し、使用直前まで−20℃にて冷凍保存したもの)を膣内投与した。
膣内投与は、14ゲージ64mm長の注射用留置針の外套(Surflo,Terumo Co.Ltd.,Tokyo)とプラスチックポンプ(Top Plastic Syringe,Top Surgical Taiwan Corporation,Taiwan)を用いて行った。
他の1頭の雌牛には、対照として99%エタノール3.0mLを投与した。
ヘパリン加血液サンプルは、投与直前(0hr)と投与後2、6、12、24、48、72および96時間に頚静脈から採取した。
血液生化学値は、平均値±標準偏差として表現した。1,25−(OH)膣内投与の効果をみるために反復測定分散分析を用い、効果が有意であった場合には0時の値と投与後のそれぞれの値をDunnett’s多重比較により検定した。有意差は、P<0.05とした。
1,25−(OH)を膣内投与した雌牛において、血漿1,25−(OH)、Ca、iPおよびMg濃度に有意な変化が認められたが、これら変動する血漿濃度は、iPを除いてエタノール投与による影響を受けなかった(図8および図9)。
図8から明らかなように、1,25−(OH)を膣内投与した雌牛における血漿1,25−(OH)濃度の値は、0時の値に比べ有意(b)P<0.01)な変化が認められる。
また、図9から明らかなように、1,25−(OH)を膣内投与した雌牛における血漿ミネラル(Ca,iPおよびMg)濃度の値は、0時の値に比べ有意(a)P<0.05,b)P<0.01)な変化が認められる。
血漿1,25−(OH)は、投与前(0時間)に88.3±20.3pg/mLであったものが1,25−(OH)を投与後6時間には1967.4±1139.6pg/mLへと有意(P<0.01)に増加して高まり、その後低下した。
1,25−(OH)投与雌牛の血漿Ca濃度は、投与前値(10.4±0.4mg/dL)に比べ投与後12〜72時間で有意(P<0.01)に高く、24時間には最高値(11.96±0.7mg/dL)を示した。
1,25−(OH)を投与した雌牛において観察された血漿iP濃度の変動は、エタノール投与を受けた1頭のものと同様であった。
血漿iP値は、0時の値(7.3±0.5mg/dL)と比較すると1,25−(OH)投与後6時間(8.1±0.8mg/dL;P<0.05)と24〜96時間(9.1±0.7〜8.6±0.6mg/dL;P<0.01)で有意に高かった。
血漿Mg値は、0時の値(2.1±0.1mg/dL)と比較すると、1,25(OH)投与後24および48時間(1.8±0.1および1.8±0.1mg/dL)で有意(P<0.01)に低かった。
本結果では、1,25−(OH)投与2時間の雌牛にのみ血漿1,25−(OH)の急激な増加と高まりが観察された。
これにより、牛の膣壁からの1,25−(OH)の吸収が確認された。
なお、上記血漿1,25−(OH)濃度変動の様子は、非泌乳、非妊娠の成牛に1,25−(OH)を筋注して観察した結果と類似している。また、1,25−(OH)の主な生理作用は、血漿CaおよびiP濃度を腸管からの吸収により増加させ高めることであるが、1,25−(OH)を膣内投与した育成雌牛における本結果は、1,25−(OH)の静注により血漿中のCaおよびiP値が高いレベルに導かれるのに類似している。
しかしながら、本実験結果ではエタノールを投与した育成雌牛に血漿iP濃度の初期の低下とその後の上昇がみられた。
ウサギを用いた血漿iP値の同様な二相性の変化では、低リン血症はエタノールがエタノールデヒドロゲナーゼによって触媒される代謝過程のために初期におこり、高リン血症はその後にエタノールの代謝物であるアセトアルデヒドによって誘導されていると考えられている。
それ故に、本実験の血漿iP濃度の変化から1,25−(OH)ばかりでなくエタノールもまた牛の膣壁を通して吸収されると考えられる。
成牛に1,25−(OH)を筋注した後あるいは膣内に投与した後の低Mg血症の原因は明らかではないが、1,25−(OH)は尿細管のMg再吸収を低下させることによってMgの腎排泄の増加を起こすことによると考えられる。
牛の膣上皮の厚さは、卵巣ホルモンの分泌に応答して変化すると考えられている。本実施例で用いた育成雌牛は、春機発動に達していない。それ故に、1,25−(OH)の膣からの吸収は膣上皮の厚みの変化が無く、薄いので成牛におけるよりも安定していると考えられる。しかしながら、本実験結果は分娩性低Ca血症の予防に1,25−(OH)の膣内投与が充分可能であることを示している。
【実施例3】
供試動物として、3〜9歳、体重616〜804kgの卵巣摘出ホルスタイン雌牛5頭を使用し、1,25−(OH)の膣内投与ルートの用量反応テストを行った。
雌牛をしきり棒につなぎ毎日5.3kgのオオアワガエリの干し草と、0.18kgのアルファルファの干し草と、0.71kgのビートパルプペレットと1.7kgの市販の穀物ミックスを与え、DM basisによって測定し、水は自由に与えた。毎日のミネラル摂取は、カルシウム48.4g、無機リン20.2g、マグネシウム12.7gとし、これはNRC勧告を充分に超えていた。
5頭の雌牛は、それぞれ膣内用量レベルとして0.125、0.25、0.5、1.0μg/kg(体重比)、静脈注射用量レベルとして1.0μg/kg(体重比)の1,25−(OH)を2週間以上のインターバルで5×5のラテン方格法に従い投与された。
使用した1,25−(OH)(メルシャン(株)製)は結晶性粉末の形態で、99%のエタノールに200μg/mLで溶かし、使用するまで−20℃で凍結保存した。
1,25−(OH)0.125、0.25、0.5、1.0μg/kg(体重比)になるように20%エタノール溶液5mLとした薬剤を、Split Universal Sheath(IMV Int.Co.,France)を用いて直腸膣腔法で膣内腔に投与した。その後膣内腔から1,25−(OH)溶液が誤って排出されるのを避けるために、陰門が接着剤で接着された。静脈内投与は、血液サンプル採取のために前もって取り付けられたカニューラ(14−gaの動物用カニューラ、ニプロ医工(株)製)を用いて行なった。
ヘパリン血液サンプルは、1,25−(OH)投与の直前(0時間)、2,4,6,12,24,48,72,96,120時間後にカニューラから採取した。
次に、血液を直ちに遠心分離し、血漿中の1,25−(OH)、カルシウム、無機リン、およびマグネシウム濃度を測定した。
1,25−(OH)0.125および1.0μg/kg(体重比)で膣内投与を行い、1.0μg/kg(体重比)で静脈投与を行なった雌牛から血液サンプルを採取するのと同時に膀胱カテーテル法によって尿を採取し、尿中のクレアチニン、カルシウム、無機リン、マグネシウムの濃度を測定した。血漿および尿サンプルは分析まで−20℃で凍結保存した。
その結果、4つのレベルの1,25−(OH)を膣内投与された雌牛の血漿中1,25−(OH)、カルシウム、無機リン、マグネシウム濃度の変化は有意差があったものの、異なるレベルの1,25−(OH)を投与されたグループ同士の違いは、血漿中1,25−(OH)を除いて、有意差が無かった。同様に、1,25−(OH)を静脈内投与された雌牛の、血漿中カルシウム、無機リン、マグネシウムの変化は有意差があったが、膣内投与と静脈内投与のグループの間には違いはなかった。
0.125、0.25、0.5、1.0μg/kg(体重比)膣内投与されたときの血漿中1,25−(OH)レベルは、処置後2時間から24時間までの間、0時間(7.4±5.3、6.5±1.3、8.7±5.6、6.6±1.6pg/mL)に比べて有意に上昇していた。これらは2時間でピークに達し(2219.3±812.0、3448.7±737.9、6388.5±1127.4、12315.7±2288.3pg/mL)、その後減少した。0.125×0.5、0.125×1.0、0.25×0.5、0.25×1.0、0.5×1.0μg/kg(体重比)で1,25−(OH)を投与されたグループの間では有意差があった(図10)。静脈内投与を受けた雌牛では血漿中1,25−(OH)は投与後2時間後までには膣内投与されたものと同様となり、その後同様に変化した。
膣内投与においては、0.125または0.25μg/kg(体重比)の1,25−(OH)を投与された雌牛の血漿中カルシウム濃度は12から120時間の間においては、0時間(8.9±0.5、8.9±0.4mg/dL)と比較して有意に高く、48時間でピークに達した(11.1±0.9と11.2±0.7mg/dL)。そして0.5または1.0μg/kg(体重比)の1,25−(OH)投与の雌牛においては6から120時間の間においては、0時間(8.9±0.2と8.8±0.7mg/dL)より有意に高く、48時間でピークに達した(11.5±0.6と12.0±0.6mg/dL)。1,25−(OH)を静脈内投与された雌牛の血漿中カルシウム濃度の変化(0時間で8.8±0.5mg/dL、ピークで11.5±1.2mg/dL)は、0.5または1.0μg/kg(体重比)を膣内投与された雌牛と同様であった(図11)。
0.125,0.5,1.0μg/kgの1,25−(OH)を投与された雌牛の血漿中無機リン濃度(0時間では5.3±1.0、5.3±0.6、5.4±1.3mg/dL)は、1,25−(OH)の膣内投与後24時間で有意に上昇し(それぞれ7.7±0.8、7.9±0.9、8.0±1.2mg/dL)、24時間から120時間までの間に最高値に達した。0.25μg/kgの1,25−(OH)を膣内投与された雌牛では、血漿中無機リンレベルは、12時間から120時間では0時間のレベル(4.7±0.6mg/dL)と比べて有意に高かった(6.7±0.9から8.6±1.2mg/dL)。1,25−(OH)を静脈内投与された雌牛の血漿中無機リン濃度(0時間で5.2±1.3mg/dL)の変化は、12時間で増加して(7.2±0.8mg/dL)、24時間から120時間(9.1±1.6から9.0±1.2mg/dL)の間に頂点に達した(図12)。
膣内投与では、0.125,0.25,1.0μg/kgの1,25−(OH)を投与された雌牛の血漿中マグネシウム濃度は、それぞれの0時間での値(2.2±0.2、2.0±0.2、2.1±0.1mg/dL)と比べて、24時間から120時間の間では有意に低く(1.9±0.1、1.8±0.1、1.8±0.2から1.8±0.3、1.7±0.2、1.7±0.4mg/dL)、0.5μg/kgの1,25−(OH)を投与された雌牛では、12時間から120時間の間では0時間での値(2.2±0.2)と比べて有意に低かった(1.9±0.2から1.7±0.2mg/dL)。1,25−(OH)を静脈内投与された雌牛での血漿中マグネシウム濃度の変化は(0時間では2.2±0.2mg/dL、24時間から120時間の間では1.9±0.3から1.7±0.2mg/dL)、0.125,0.5,1.0μg/kgの体重比で膣内投与された雌牛と同様であった(図13)。
体重比1.0μg/kgの1,25−(OH)を膣内投与されたものと静脈内投与されたもの両方の雌牛で、尿のカルシウム/クレアチニン比(Ca/Cre)、無機リン/クレアチニン比(iP/Cre)、マグネシウム/クレアチニン比(Mg/Cre)の値には有意な変化があった。これらの値は体重比0.125μg/kgの1,25−(OH)を膣内投与された雌牛では影響されなかった。体重比0.125または1.0μg/kgの1,25−(OH)を膣内投与された雌牛または体重比1.0μg/kgの1,25−(OH)を静脈内投与された雌牛でのMg/Cre値はグループ間で有意差があったものの、Ca/Cre値とiP/Cre値はグループ間で有意差がなかった。
体重比1.0μg/kgの1,25−(OH)を投与されたときの尿Ca/Cre値は、膣経由では24時間で有意に上昇し、静脈内経由では12時間と24時間で有意に上昇した(図14)。
体重比1.0μg/kgの1,25−(OH)を投与されたときの尿iP/Cre値は、投与直前の値と比較して、膣経由では48時間から120時間の間で、静脈経由では72時間から120時間の間で有意に高かった(図15)。
体重比1.0μg/kgの1,25−(OH)を投与されたときの尿のMg/Cre値は、膣経由では6時間から12時間まで、静脈経由では6時間で、有意に高かった(図16)。
5頭の雌牛の個々のバイオアベイラビリティーは71.1、124.2、113.3、90.0、66.5%であった。なお、バイオアベイラビリティーは1.0μg/kg(体重比)の1,25−(OH)を膣内投与したものと、同じ量を静脈内投与したものの、血漿濃度−時間曲線の下の対応する領域(AUC)を比較することによって測定され、膣内投与のAUCの静脈内投与のAUCに対する比をパーセンテージで表した。
本結果は、1,25−(OH)が卵巣摘出された雌牛の膣内腔内に投与されると、4つの異なる用量全てについて用量比例的に膣壁から吸収されることを示している。また、1,25−(OH)が膣内腔内に投与された量と、血漿中のカルシウム、無機リン、マグネシウム濃度の投与後の変化との間には用量相関がなく、尿へのミネラル排出は体重比0.125μg/kgの1,25−(OH)を投与された場合、血漿中カルシウム濃度および無機リン濃度の上昇と血漿中マグネシウム濃度の減少にも関わらず影響を受けず、1,25−(OH)が膣内腔に投与されたうちの約93%が全身の循環系に入ったものと考えられる。
経口投与では用量増加に伴う血清中カルシトリオールのAUC(血漿濃度−時間曲線の下の対応する領域)の比例的上昇がみられないことが知られているが(Muindiらの報告(2002);Pharmacokinetics of high−dose oral calcitriol:Results from a phase I trial of calcitriol and paclitaxel.Clin.Pharmacol.Ther.72:648−659.)、本結果は1,25−(OH)が膣壁から用量依存的に吸収されたことを示しているのでこの点における1,25−(OH)の膣内投与の優位性は明らかである。
1,25−(OH)を4つの用量レベル(30,90,270,600μg)で静脈投与された雌牛は尿中カルシウム排出が増加し、それがステロイドの静脈用量とは直接関係しないことが知られているが(Hoffsisらの報告(1979);The use of 1,25−dihydroxycholecalciferol in the prevention of parturient hypocalcemia in dairy cows.Bovine Practitioner 13:88−95.)、本結果では、体重比0.125μg/kgを膣内投与された雌牛では、尿中カルシウム排出量は、血漿中カルシウム濃度が上昇したにもかかわらず、有意な増加はなかった。尿中無機リンおよびマグネシウム排出の変化も尿中カルシウムについてと同様な結果を示した。これらの結果は、膣内腔への1,25−(OH)投与の4つの用量のうち体重比0.125μg/kgが適当であることを示している。しかし、最も低い用量レベル(体重比0.125μg/kg)でも血漿中カルシウムおよびリン濃度が増加して、血漿中マグネシウムは他の用量レベル同様減少した。
膣経由での1,25−(OH)のバイオアベイラビリティーは今まで知られていなかった。長期の透析を受けた若い患者に60ng/kgという一用量のカルシトリオールを投与した後24時間後のバイオアベイラビリティーは、経口では62%で、腹腔経由では67%であることが知られている(Saluskyらの報告(1990);Pharmacokinetics of calcitriol in continuous ambulatory and cycling peritoneal dialysis patients.Am.J.Kidney Dis.16:126−32.)。この報告では、腸および/または肝臓での初回通過効果(first−pass effect)と腹膜の透析物システムがバイオアベイラビリティーを低下させたと示唆されている。本結果に示されているバイオアベイラビリティー(約93%)は前記報告のものより明らかに高い。よって、本結果は乳牛に1,25−(OH)を投与するには膣内腔が効果的なルートであることを示している。
本結果は、膣内腔に投与された1,25−(OH)は用量比例的に雌牛に吸収されることを示し、より低い用量の1,25−(OH)が雌牛に投与されたときの血液および尿の成分への影響は考えられるが、膣内腔への1,25−(OH)投与の用量は最も低い用量(体重比0.125μg/kg)が適切であることを示している。
【産業上の利用可能性】
ビタミンD誘導体を家畜哺乳動物に経膣投与する本発明の方法によれば、第1に、医療器具を必要とせず投与が簡単であること、第2に、肝臓における初回通過効果を受けず膣からの物質の吸収が効率良く起ること、第3に、デリバリータイプが豊富でジェル、タブレット、マイクロスフェアー、CIDR(controlled internal drug release:一種のタンポン形式)などの形態を投与に利用できること、第4に、血液供給がよく発達した組織により構成された膣を利用するため速やかに吸収されることから、家畜哺乳動物、特に牛の低カルシウム血症による起立不能症等の疾病の予防、治療および/または処置が容易に行える。
【図1】

【図2】

【図3】

【図4】

【図5】

【図6】

【図7】

【図8】

【図9】

【図10】

【図11】

【図12】

【図13】

【図14】

【図15】

【図16】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ビタミンD誘導体を家畜哺乳動物に経膣投与することを特徴とする低カルシウム血症の予防方法。
【請求項2】
家畜哺乳動物が牛である請求の範囲1に記載の低カルシウム血症の予防方法。
【請求項3】
ビタミンD誘導体を含む膣内挿入物を膣腔へ投与する請求の範囲1または2に記載の低カルシウム血症の予防方法。
【請求項4】
膣内投与されたビタミンD誘導体が家畜哺乳動物の膣腔で吸収されその体内でカルシウム濃度を上げることにより疾病を予防する請求の範囲1乃至3のいずれか1項に記載の低カルシウム血症の予防方法。
【請求項5】
ビタミンD誘導体が、1α−ヒドロキシビタミンDまたは1,25−ジヒドロキシビタミンDである請求の範囲1乃至4のいずれか1項に記載の低カルシウム血症の予防方法。
【請求項6】
ビタミンD誘導体を家畜哺乳動物に経膣投与することを特徴とする低カルシウム血症の治療方法。
【請求項7】
家畜哺乳動物が牛である請求の範囲6に記載の低カルシウム血症の治療方法。
【請求項8】
ビタミンD誘導体を含む膣内挿入物を膣腔へ投与する請求の範囲6または7に記載の低カルシウム血症の治療方法。
【請求項9】
膣内投与されたビタミンD誘導体が家畜哺乳動物の膣腔で吸収されその体内でカルシウム濃度を上げることにより疾病を治療する請求の範囲6乃至8のいずれか1項に記載の低カルシウム血症の治療方法。
【請求項10】
ビタミンD誘導体が、1α−ヒドロキシビタミンDまたは1,25−ジヒドロキシビタミンDである請求の範囲6乃至9のいずれか1項に記載の低カルシウム血症の治療方法。
【請求項11】
ビタミンD誘導体を家畜哺乳動物に経膣投与することを特徴とする低カルシウム血症の処置方法。
【請求項12】
家畜哺乳動物が牛である請求の範囲11に記載の低カルシウム血症の処置方法。
【請求項13】
ビタミンD誘導体を含む膣内挿入物を膣腔へ投与する請求の範囲11または12に記載の低カルシウム血症の処置方法。
【請求項14】
膣内投与されたビタミンD誘導体が家畜哺乳動物の膣腔で吸収されその体内でカルシウム濃度を上げることにより疾病を処置する請求の範囲11乃至13のいずれか1項に記載の低カルシウム血症の処置方法。
【請求項15】
ビタミンD誘導体が、1α−ヒドロキシビタミンDまたは1,25−ジヒドロキシビタミンDである請求の範囲11乃至14のいずれか1項に記載の低カルシウム血症の処置方法。

【国際公開番号】WO2005/077378
【国際公開日】平成17年8月25日(2005.8.25)
【発行日】平成19年10月18日(2007.10.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−518078(P2005−518078)
【国際出願番号】PCT/JP2005/002959
【国際出願日】平成17年2月17日(2005.2.17)
【出願人】(000001915)メルシャン株式会社 (48)
【Fターム(参考)】