説明

屈曲性と作業性に優れたヤスリおよびその製造方法

【要 約】
【課 題】 曲面部材の研削に好適な、優れた屈曲性と作業性を有するとともに長寿命かつ安価なヤスリおよびその製造方法を提供する。
【解決手段】 屈曲性を有するメッシュ基材の格子状に編まれた金属ワイヤの表面に溶射皮膜を有し、溶射皮膜のビッカース硬さがHv800以上でありかつ膜厚が10〜100μmのヤスリ。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、曲面部材の研削に好適なヤスリおよびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般にヤスリは、平面部材を研削するものと曲面部材を研削するものに大別される。平面部材を研削するヤスリは、硬質の基材(たとえば焼入れ鋼等)の表面に凹凸を形成したもの、あるいはダイヤモンド等の砥粒を電着したものが、広く使用されている。
曲面部材を研削する際には、ヤスリが曲面に沿って屈曲する必要があるので、屈曲性を有する金属板基材に硬質の砥粒を電着したものが使用されている。たとえば自動車外板用金型の仕上げ作業では、屈曲性を有する金属板基材の表面に金属結合剤(たとえばNi等)を介してダイヤモンドの砥粒を電着したヤスリが使用される。このようなダイヤモンドの砥粒を電着したヤスリは、非常に高価であるばかりでなく、研削によって砥粒が脱落し易いので、寿命が短いという問題がある。
【0003】
そこで、曲面部材の研削で使用する屈曲性を有するヤスリの寿命延長や価格低減を達成するために、種々の検討がなされている。
たとえば特許文献1には、金属製帯板にダイヤモンドの砥粒を水平方向のみならず上下方向にも分散させて電着したヤスリが開示されている。しかしこの技術は、砥粒を電着するために軟質のNi系の金属結合剤を使用するので、研削によって砥粒が容易に脱落する。電着するダイヤモンドの砥粒を増加すると、ヤスリの寿命を延長することは可能であるが、製造コストは上昇する。また、砥粒を電着した後、金属結合剤の表面にクロムメッキを施すことによって、砥粒の脱落を防止して、ヤスリの寿命を延長できる。ところがクロムメッキによってヤスリの屈曲性が損なわれ、しかも製造コストが上昇する。
【0004】
特許文献2には、スプリング状に巻いたコイルにサンドブラスト処理を施して表面に凹凸を設け、さらにダイヤモンドコーティングを施して表面を硬化させ、それらをブラシ状に組み合わせたヤスリが開示されている。しかしこの技術は、バリ取りに好適であるが、曲面部材の研削では滑らかな研削面が得られない。
特許文献3には、研削屑を排出するための貫通孔を設けて砥粒を固着したヤスリが開示されている。しかしこの技術は、焼入れされた基材を用いるので、ヤスリの屈曲性は得られず、曲面部材の研削に適用できない。
【特許文献1】特開2000-158346号公報
【特許文献2】特開2002-331422号公報
【特許文献3】特開2001-9740号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、曲面部材の研削に好適な、優れた屈曲性と作業性を有するとともに長寿命かつ安価なヤスリおよびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
発明者らは、屈曲性を有するヤスリの寿命延長と価格低減を達成するために、溶射皮膜の表面が平滑ではなく微細な凹凸を有することに着目し、金属板基材に溶射皮膜を形成してヤスリを製造する技術について調査検討した。その結果、溶射皮膜の膜厚と硬さを規定することによって、溶射皮膜が曲面部材の研削に好適なヤスリとしての機能を長期間にわたって維持することが分かった。しかもダイヤモンドの砥粒を使用しないので、ヤスリの製造コストを低減できる。
【0007】
さらに、金属ワイヤを格子状に編むことによって得られるメッシュ基材を使用すれば、屈曲性が確保されるばかりでなく、格子の隙間から研削屑が排出されるので目詰まりが発生せず、優れた作業性が得られることが判明した。
本発明は、これらの知見に基づいてなされたものである。
すなわち本発明は、屈曲性を有するメッシュ基材の格子状に編まれた金属ワイヤの表面に溶射皮膜を有し、溶射皮膜のビッカース硬さがHv800以上でありかつ膜厚が10〜100μmのヤスリである。
【0008】
本発明のヤスリにおいては、金属ワイヤの直径が1mm以下であることが好ましい。また、金属ワイヤの格子間隔が2mm以下であることが好ましく、溶射皮膜がWCサーメットの溶射皮膜であることが好ましい。
また本発明は、屈曲性を有する金属ワイヤが格子状に編まれたメッシュ基材に溶射処理を施し、金属ワイヤの表面にビッカース硬さHv800以上、膜厚10〜100μmの溶射皮膜を形成するヤスリの製造方法である。
【0009】
本発明のヤスリの製造方法においては、金属ワイヤの直径が1mm以下であることが好ましい。また、金属ワイヤの格子間隔が2mm以下であることが好ましく、溶射皮膜をWCサーメットで形成することが好ましい。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、優れた屈曲性と作業性を有するとともに長寿命かつ安価な、曲面部材の研削に好適なヤスリを得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
図1は、本発明のヤスリの例を模式的に示す断面図である。図1に示すように、本発明のヤスリは、メッシュ基材の格子状に編まれた金属ワイヤ1の表面に溶射皮膜2を形成したものである。溶射皮膜2の表面には微細な凹凸が存在するので、溶射皮膜2がそのまま曲面部材の研削に好適なヤスリとしての機能を果たす。なお、溶射皮膜2の表面粗さについては後述する。
【0012】
溶射皮膜2のビッカース硬さがHv800未満では、研削を行なうことによって溶射皮膜2が容易に摩耗するので、ヤスリとしての寿命延長に寄与しない。したがって、溶射皮膜2のビッカース硬さはHv800以上とする。
溶射皮膜2の膜厚が10μm未満では、研削を行なうことによって溶射皮膜2が容易に消失するので、ヤスリとしての寿命延長に寄与しない。一方、100μmを超えると、ヤスリの屈曲性が低下し、曲面部材の研削を行なう際に溶射皮膜2が剥離する惧れがある。したがって、溶射皮膜2の膜厚は10〜100μmの範囲内とする。好ましくは20〜50μmである。
【0013】
既に説明した通り、溶射皮膜2の表面には微細な凹凸が存在するので、そのまま曲面部材の研削に好適なヤスリとして使用できる。ただし溶射皮膜2の表面粗さRaが2μm未満では、研削屑による目詰まりを起こし易い。一方、10μmを超えると、溶射皮膜2の形成が困難であり、かつ曲面部材の滑らかな研削面が得られ難くなる。したがって、溶射皮膜2の表面粗さRaは2〜10μmの範囲内が好ましい。
【0014】
溶射皮膜2を形成する方法は、特に限定せず、従来から知られている溶射技術が使用できる。ただし、ヤスリとして使用するために緻密な溶射皮膜2を形成する観点から、HVOF法が好ましい。
溶射皮膜2の材質は、特に限定しないが、WCサーメットの溶射皮膜を形成することが好ましい。WCサーメットは、WC粉末と金属粉末(たとえばNi粉,NiCr合金粉等)を造粒して焼結したものである。そのWCサーメットを溶射して得られる溶射皮膜にはWCが50〜90質量%含まれており、ビッカース硬さがHv800以上の溶射皮膜を容易に形成できる。さらにHVOF法によってWCサーメットを溶射することによって、緻密な溶射皮膜2が形成されるので、ヤスリの寿命延長に寄与する。
【0015】
メッシュ基材を構成する金属ワイヤ1の材質は、特に限定せず、屈曲性を有するものを使用する。
ただし金属ワイヤ1の直径が1mmを超えると、その金属ワイヤ1を編むことによって得られるメッシュ基材の屈曲性が損なわれるばかりでなく、メッシュ基材が大きく波打つような凹凸を生じるので、そのヤスリを用いた研削では滑らかな研削面が得られない。したがって、金属ワイヤ1の直径は1mm以下が好ましい。一方、直径が0.1mm未満では、メッシュ基材の強度が不足し、研削作業によってヤスリの破れや破断が発生し易くなる。そのため、金属ワイヤ1の直径は0.1〜1mmの範囲内が一層好ましい。より好ましくは0.2〜1mmである。
【0016】
また、メッシュ基材を構成する金属ワイヤ1の格子間隔Mが2mmを超えると、メッシュ基材の強度が不足し、研削作業によってヤスリの破れや破断が発生し易くなる。したがって、格子間隔Mは2mm以下が好ましい。一方、格子間隔Mが0.1mm未満では、研削屑の排出が滞る。そのため、格子間隔Mは0.1〜2mmの範囲内が一層好ましい。一般的な研削に対し、より好ましくは0.5〜2mmである。格子間隔Mが0.1〜0.5mmのメッシュ基材を用いた場合、ヤスリの研削量は低下するが、仕上げ面が滑らかになるので最終仕上げ用に使うのが好ましい。
【実施例】
【0017】
表1に示すヤスリを用いて、JIS規格H8503の9に示される往復運動摩耗試験を行なった。発明例(No.1〜5)は本発明のヤスリを使用した例であり、金属ワイヤとしてSUS304製の線材を使用した。金属ワイヤの直径と格子間隔は表1に示す通りである。溶射皮膜は、WC−CoCrサーメットあるいはWC−NiCrサーメットをHVOF法で溶射して形成し、その膜厚は30〜50μm,ビッカース硬さはHv1100〜1150であった。ヤスリ面(すなわち溶射皮膜の表面)の粗さRaは表1に示す通りである。一方、比較例(No.6,7)はダイヤモンド砥粒を固着した紙ヤスリ(いわゆるダイヤモンドペーパー)を使用した例である。
【0018】
往復運動摩耗試験では、これらのヤスリを試験装置の摩耗輪(直径:50mm,幅:12mm)に巻き付けてSS400鋼の平板上で往復運動(振幅:30mm,回数:400往復)させた。その後、ヤスリ面を目視で観察して、目詰まりの状況を判定した。また、研削されたSS400鋼の重量を測定し、その減少量(すなわち研削量)を求めた。その結果を表1に示す。
【0019】
【表1】

【0020】
表1から明らかなように、発明例の研削量は20〜45mgであったのに対して、比較例は26〜30mgであった。このとき研削屑は、発明例のヤスリではヤスリ面に付着しておらず、格子の隙間に溜まっていた。ただし、この研削屑は容易に剥離するので、研削作業を阻害しない。そのため、発明例では目詰まりが発生しないと判定し、表1になしと記した。一方、比較例では研削屑がヤスリ面にこびり付いていた。そのため、目詰まりの兆候が認められると判定し、表1に兆候ありと記した。つまり、発明例のヤスリは、研削量の大きい格子間隔Mが0.5〜2mmのメッシュ基材を用いても、仕上げ面が滑らかな格子間隔Mが0.1〜0.5mmのメッシュ基材を用いても、いずれも目詰まりの発生は認められなかった。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明のヤスリの例を模式的に示す断面図である。
【符号の説明】
【0022】
1 金属ワイヤ
2 溶射皮膜


【特許請求の範囲】
【請求項1】
屈曲性を有するメッシュ基材の格子状に編まれた金属ワイヤの表面に溶射皮膜を有し、前記溶射皮膜のビッカース硬さがHv800以上でありかつ膜厚が10〜100μmであることを特徴とするヤスリ。
【請求項2】
前記金属ワイヤの直径が1mm以下であることを特徴とする請求項1に記載のヤスリ。
【請求項3】
前記金属ワイヤの格子間隔が2mm以下であることを特徴とする請求項1または2に記載のヤスリ。
【請求項4】
前記溶射皮膜がWCサーメットの溶射皮膜であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載のヤスリ。
【請求項5】
屈曲性を有する金属ワイヤが格子状に編まれたメッシュ基材に溶射処理を施し、前記金属ワイヤの表面にビッカース硬さHv800以上、膜厚10〜100μmの溶射皮膜を形成することを特徴とするヤスリの製造方法。
【請求項6】
前記金属ワイヤの直径が1mm以下であることを特徴とする請求項5に記載のヤスリの製造方法。
【請求項7】
前記金属ワイヤの格子間隔が2mm以下であることを特徴とする請求項5または6に記載のヤスリの製造方法。
【請求項8】
前記溶射皮膜をWCサーメットで形成することを特徴とする請求項5〜7のいずれか一項に記載のヤスリの製造方法。


【図1】
image rotate


【公開番号】特開2009−297856(P2009−297856A)
【公開日】平成21年12月24日(2009.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−156910(P2008−156910)
【出願日】平成20年6月16日(2008.6.16)
【出願人】(000109875)トーカロ株式会社 (127)
【Fターム(参考)】