説明

強化ガラス及びその製造方法

【課題】ガラス端部を改質することでガラスの強度を向上させた強化ガラスを提供する。
【解決手段】窒素分子イオン及び窒素イオンの少なくとも一方を含有するイオンビームをガラス端部の一部又は全部に照射することで、該ガラス端部が改質されたことを特徴とする強化ガラス1である。また、前記ガラス端部への窒素分子イオン及び窒素イオンの合計の注入量は、窒素原子の個数で1.5×1014〜4.0×1016個/cm2の範囲であることが好ましい。更に、本発明の強化ガラスは、車両ウインドシールド用ガラス、太陽電池モジュール用カバーガラス、磁気ディスク用ガラス基板及び電子表示デバイス用ガラス基板として好適である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、強化ガラス及びその製造方法に関し、特には、ガラス端部を改質することでガラスの強度を向上させた強化ガラスに関するものである。
【背景技術】
【0002】
強化ガラスは、耐衝撃性に優れ、割れ難いガラスとして知られており、一般に、その製造方法の違いによって、風冷強化ガラスと化学強化ガラスとに区別されている。ここで、風冷強化ガラスの製造方法は、軟化温度付近まで加熱されたガラスを急冷し常温になった状態でガラスの厚み方向に残留応力を発生させ、ガラス表面に圧縮応力層を形成させる手法である。一方、化学強化ガラスの製造方法は、ガラスの表面の組成を変化させることで、表面に圧縮応力を発生させ、ガラス表面に圧縮応力層を形成させる手法である。なお、ガラス表面の組成を変化させるには、種々の処理が適用可能であり、例えば、(1)徐冷点より低い温度域でガラスの表面層に存在するアルカリイオンをイオン半径のより大きい陽イオンと交換する方法(低温型イオン交換法)、(2)徐冷点より高い温度域でガラスの表面層に存在するアルカリイオンをイオン半径がより小さいアルカリイオンと交換し該表面層を内部より低膨張にする方法(高温型イオン交換法)等がある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】山根正之、安井至、和田正道、国分可紀、寺井良平、近藤敬、小川晋永編、「ガラス工学ハンドブック」、初版、株式会社朝倉書店、1999年7月5日、p410−417
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、風冷強化ガラスの製造方法では、ガラス表面に圧縮応力を発生させる都合上、ガラスの厚みが約2mm以上であることが必要であり、厚みの薄い強化ガラスを作製することが困難であった。また、風冷強化ガラスは、破壊が起きた際の破片が、強化処理されていないガラスと比較して小さく、破壊時の視野を著しく狭くする等の理由から、例えば、自動車用前面ガラスへの使用に不適である。
【0005】
一方、化学強化ガラスの製造方法では、ガラスの厚みに関する制限は無いものの、上記した通り、ガラス表面でイオン交換を行う都合上、交換するイオンを含む溶液中にガラスを浸漬させることが必要であるため、表面の大きい(サイズの大きい)強化ガラスを作製するには、巨大な浴槽への浸漬が必要となり、製造技術及び製造コストの面で問題があった。
【0006】
そこで、本発明の目的は、上記製造方法と異なる手法によって上記従来技術の問題を解決し、優れた強度を有する強化ガラスを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、上記目的を達成するために鋭意検討した結果、ガラス端部の一部又は全部に窒素分子イオン及び窒素イオンの少なくとも一方を含有するイオンビームを照射して、該ガラス端部を改質させることにより、ガラスの強度を向上できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0008】
即ち、本発明の強化ガラスは、窒素分子イオン及び窒素イオンの少なくとも一方を含有するイオンビームをガラス端部の一部又は全部に照射することで、該ガラス端部が改質されたことを特徴とする。
【0009】
なお、ガラス端部とは、ガラスの厚み方向に対応する端面とその近傍を指し、端面からの距離が均等で、ガラス端部の面積がガラス全体の面積の1/3以下である領域を意味する。
【0010】
本発明の強化ガラスの好適例においては、前記イオンビームが、少なくとも窒素分子イオンを含有する。
【0011】
本発明の強化ガラスの他の好適例においては、前記ガラス端部への窒素分子イオン及び窒素イオンの合計の注入量が、窒素原子の個数で1.5×1014〜4.0×1016個/cm2の範囲である。
【0012】
本発明の強化ガラスは、車両ウインドシールド用ガラスとして好適である。
【0013】
本発明の強化ガラスは、太陽電池モジュール用カバーガラスとして好適である。
【0014】
本発明の強化ガラスは、磁気ディスク用ガラス基板として好適である。
【0015】
本発明の強化ガラスは、電子表示デバイス用ガラス基板として好適である。
【0016】
また、本発明の強化ガラスの製造方法は、窒素分子イオン及び窒素イオンの少なくとも一方を含有するイオンビームをガラス端部の一部又は全部に照射することで、該ガラス端部を改質させる工程を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、ガラス端部の一部又は全部に窒素分子イオン及び窒素イオンの少なくとも一方を含有するイオンビームを照射して、該ガラス端部を改質させることにより、優れた強度を有する強化ガラスを提供することができる。なお、本発明の強化ガラスは、ガラス端部のみが改質されているため、ガラス端部以外の部分は、強化処理されていないガラス(生ガラス)と同様の特徴を示し、破壊が起きた際の破片が小さいことも無く、破壊時の視野を悪化させることがない。また、本発明の強化ガラスは、特定のイオンを含有するイオンビームをガラス端部の一部又は全部に照射するだけで製造可能であるため、ガラスの厚みに制約がないし、ガラスの改質を行う装置のコンパクト化や改質処理に要する時間の短縮及びコストの低減を達成することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の強化ガラスの一例の斜視図である。
【図2】本発明の強化ガラスの他の例の正面図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下に、図を参照しながら、本発明を詳細に説明する。図1は、本発明の強化ガラスの一例の斜視図であり、図2は、本発明の強化ガラスの他の例の正面図である。図1に示す強化ガラス1は、窒素分子イオン及び窒素イオンの少なくとも一方を含有するイオンビームをガラス端部の一部又は全部に照射することで、該ガラス端部が改質されたことを特徴とする。なお、図1では、イオンビームの照射により改質されたガラス端部をドットで示す。また、上述の通り、本発明において、ガラス端部とは、ガラスの厚み方向に対応する端面Eとその近傍を指し、端面Eからの距離が均等で、ガラス端部の面積がガラス全体の面積の1/3以下である領域を意味する。
【0020】
ガラスは、ケイ素と酸素との結合を有しているが、本発明の強化ガラスにおいては、窒素分子イオン及び窒素イオンの少なくとも一方を含有するイオンビームをガラス端部の一部又は全部に照射することにより、ガラス端部にケイ素と窒素の結合を形成させ、該ガラス端部を改質することで、ガラスの強度を向上させることができる。また、本発明者がガラスの破壊について検討したところ、ガラスはガラス端部のクラックを起点に破壊が起こる場合が多いため、本発明の強化ガラスのように、ガラス端部のみを改質すれば、ガラス表面Sが強化処理されていない生ガラスと同様な特徴を有しつつ、十分な強度を確保することができる。
【0021】
上述の通り、本発明においては、イオンビーム照射によりケイ素−酸素結合をケイ素−窒素結合に改質するため、本発明の強化ガラスの作製に用いるガラスとして特に限定がないことは明らかであり、例えば、シリカガラス、ソーダ石灰シリカガラス、鉛ガラス、ホウケイ酸ガラス、アルミノケイ酸ガラス等の各種ガラスが好適に使用される。また、結晶化ガラスであっても、同様に使用できる。
【0022】
本発明の強化ガラスの作製に用いるイオンビームは、窒素分子イオン(N2+)及び窒素イオン(N+)の少なくとも一方を含有することを要する。このように、イオンビームが、窒素分子イオン及び窒素イオンの少なくとも一方を含有することで、ガラス端部に窒素分子又は窒素原子を注入でき、ケイ素−窒素結合を形成することが可能となる。また、窒素分子イオンは、分子の形態であり、窒素イオンより大きいため、ガラスの強度を向上させる効果が大きく、また、改質に必要なイオン注入量を低減したり、改質に必要な処理時間を短縮したりすることができる。このため、上記イオンビームは、少なくとも窒素分子イオン(N2+)を含有することが好ましい。なお、上記イオンビームは、窒素分子イオン(N2+)及び窒素イオン(N+)以外のイオンを含有してもよく、窒素分子イオン(N2+)及び窒素イオン(N+)以外のイオンとしては、例えば、炭素イオン、ホウ素イオン、リンイオン、ケイ素イオン、酸素イオン、ヒ素イオン等のケイ素原子と親和性を有するイオン(ケイ素原子と反応し得るイオン)や、アルゴンイオン等の希ガスイオン(ケイ素原子に対して不活性なイオン)が挙げられる。
【0023】
本発明の強化ガラスは、上記ガラス端部への窒素分子イオン及び窒素イオンの合計の注入量が、窒素原子の個数で1.5×1014〜4.0×1016個/cm2の範囲であることが好ましい。ここで、窒素分子イオン及び窒素イオンの合計の注入量は、ガラスの強化の度合いを示す指標であり、該注入量が上記特定した範囲内にあれば、ガラスの強度を大幅に向上でき、特に曲げ強度や耐衝撃性を大幅に向上させることが可能である。なお、上記窒素分子イオン及び窒素イオンの合計の注入量が窒素原子の個数で1.5×1014個/cm2未満では、ガラス端部を十分に改質できないおそれがあり、一方、4.0×1016個/cm2を超えると、窒素分子イオン及び窒素イオンが必要以上に注入されるおそれがあり、ガラス端部に傷を付け、ガラスの強度を低下させるおそれもある。また、本発明の強化ガラスにおいて、上記ガラス端部への窒素分子イオン及び窒素イオンの合計の注入量は、窒素原子の個数で3.0×1014〜2.0×1016個/cm2の範囲であることが更に好ましい。なお、窒素分子イオン及び窒素イオンの注入量は、イオン注入装置の注入条件及び注入時間を適宜選択することで調整することができる。
【0024】
本発明の強化ガラスは、上述のようにイオンビーム照射によりガラス端部を改質するため、ガラスの厚みに制限は無く、例えば、2mm未満の厚みを有するガラスを用いることもできる。また、特に限定されるものではないが、強化ガラスの厚みは、0.1mm以上であることが好ましい。
【0025】
本発明の強化ガラスは、強度が向上し、曲げ強度や耐衝撃性に優れるため、車両ウインドシールド用ガラス、太陽電池モジュール用カバーガラス、磁気ディスク用ガラス基板、電子表示デバイス用ガラス基板等として好適である。また、本発明の強化ガラスは、ガラス端部以外の部分が強化処理されていないガラス(生ガラス)と同様の特徴を示し、破壊が起きた際の破片が小さいことも無く、破壊時の視野を悪化させることがないため、車両ウインドシールド用ガラスの中でも、特に図2に示されるような車両前面ガラスとして好適である。なお、図2は、自動車前面ガラスの正面図を示し、図1と同じ符号は同じ部分であることを示す。
【0026】
次に、本発明の強化ガラスの製造方法を詳細に説明する。本発明の強化ガラスの製造方法は、窒素分子イオン及び窒素イオンの少なくとも一方を含有するイオンビームをガラス端部の一部又は全部に照射することで、該ガラス端部を改質させる工程を含むことを特徴とする。なお、本発明の強化ガラスの製造方法で用いるガラス、イオンビーム、窒素分子イオン及び窒素イオンの注入量、並びにガラスの厚みについては、上記した通りである。
【0027】
ここで、イオンビームの照射には、ガラス端部のみへのイオンビーム照射が可能なイオン注入装置であれば特に限定されず、様々なイオン注入装置を使用することができる。また、イオンビームの照射は、1回に限定されず、複数回に分けて行うことも可能である。更に、イオンビームの照射は、例えばイオンビーム照射時の加速電圧を適宜選択することで、イオン注入深さを調整することもできる。
【0028】
本発明の強化ガラスの製造方法においては、例えば、イオンビームの電流密度が0.1〜50μA/cm2で、加速電圧が10〜250kVのイオン注入条件の範囲で適宜選択して、ガラス端部へのイオンビーム照射を行うことができる。また、イオンビーム照射時の温度は、ガラスの軟化点未満の温度である限り、特に制限されるものではない。また、本発明の強化ガラスの製造方法によれば、ガラス端部へのイオンビーム照射を室温で行うことも可能である。なお、ここでいう室温とは、イオンビーム照射前のガラスの温度で10℃〜40℃の範囲である。更に、イオンビームの照射時間は、窒素分子イオン及び窒素イオンの注入量によって適宜選択される。
【0029】
また、上記イオンビームが窒素分子イオン及び窒素イオンの少なくとも一方を含有するため、イオン源では、窒素ガスの他、アンモニア等の含窒素化合物をイオン化物質として使用することが好ましい。また、アルゴン等の希釈ガスと混合して使用することも可能である。なお、該含窒素化合物は、気体、液体、固体のいずれの状態であっても使用可能である。また、窒素分子イオン及び窒素イオンを分離して注入することも、分離せず結果として混合して注入することも可能である。窒素分子イオン及び窒素イオンを分離する場合は、イオン注入装置内の加速管に質量分離手段を備えることで可能となる。
【0030】
本発明の強化ガラスの製造方法においては、ガラス端部をイオンビーム照射することで改質するため、ガラスの形状については特に限定されるものではなく、種々のガラス形状に対してガラス端部の改質を行うことができる。よって、本発明の強化ガラスの製造方法によれば、ガラスの用途に応じて必要な形状に成形してから、ガラス端部にイオンビームを照射することも可能である。なお、本発明の強化ガラスの製造方法においては、ガラス端部を改質する前又はその後に、ガラス表面に対して他の処理を行うことも可能である。
【符号の説明】
【0031】
1 強化ガラス
E ガラスの厚み方向に対応する端面
S ガラス表面

【特許請求の範囲】
【請求項1】
窒素分子イオン及び窒素イオンの少なくとも一方を含有するイオンビームをガラス端部の一部又は全部に照射することで、該ガラス端部が改質されたことを特徴とする強化ガラス。
【請求項2】
前記イオンビームが、少なくとも窒素分子イオンを含有することを特徴とする請求項1に記載の強化ガラス。
【請求項3】
前記ガラス端部への窒素分子イオン及び窒素イオンの合計の注入量が、窒素原子の個数で1.5×1014〜4.0×1016個/cm2の範囲であることを特徴とする請求項1に記載の強化ガラス。
【請求項4】
車両ウインドシールド用ガラスであることを特徴とする請求項1に記載の強化ガラス。
【請求項5】
太陽電池モジュール用カバーガラスであることを特徴とする請求項1に記載の強化ガラス。
【請求項6】
磁気ディスク用ガラス基板であることを特徴とする請求項1に記載の強化ガラス。
【請求項7】
電子表示デバイス用ガラス基板であることを特徴とする請求項1に記載の強化ガラス。
【請求項8】
窒素分子イオン及び窒素イオンの少なくとも一方を含有するイオンビームをガラス端部の一部又は全部に照射することで、該ガラス端部を改質させる工程を含むことを特徴とする強化ガラスの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−178593(P2011−178593A)
【公開日】平成23年9月15日(2011.9.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−43359(P2010−43359)
【出願日】平成22年2月26日(2010.2.26)
【出願人】(000004008)日本板硝子株式会社 (853)
【Fターム(参考)】