微生物の活性制御方法
【課題】所望の微生物の生育や活性を選択的に制御する。
【解決手段】活性制御対象微生物2を含む培養液4に電極9,10,11を浸漬し、作用極9に電位を印加して培養液4の酸化還元電位を活性制御対象微生物2の至適範囲に制御し、活性制御対象微生物2を選択的に活性化する。培養液4の酸化還元電位の制御は、作用極9に印加された電位により酸化還元反応を生じる酸化還元物質3を培養液4に含ませて、作用極9に印加された電位により酸化還元物質3の酸化体と還元体の濃度比を制御することにより行うようにする。
【解決手段】活性制御対象微生物2を含む培養液4に電極9,10,11を浸漬し、作用極9に電位を印加して培養液4の酸化還元電位を活性制御対象微生物2の至適範囲に制御し、活性制御対象微生物2を選択的に活性化する。培養液4の酸化還元電位の制御は、作用極9に印加された電位により酸化還元反応を生じる酸化還元物質3を培養液4に含ませて、作用極9に印加された電位により酸化還元物質3の酸化体と還元体の濃度比を制御することにより行うようにする。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は微生物の活性制御方法に関する。さらに詳述すると、本発明は、培養液の酸化還元電位を制御して所望の微生物を選択的に活性化する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在様々な分野で利用されている微生物は自然界に存在する全微生物の1%に満たないと言われている。そこで、残り99%の膨大な微生物資源を有効利用するため、新しい概念に基づく微生物の培養技術が多数開発されている。
【0003】
例えば、特許文献1には、環境汚染物質である六価クロムを無害な三価クロムに還元する能力を有するクロム還元菌を集積培養する技術が開示されている。具体的には、六価クロムを溶解させてクロム還元菌以外の雑多な微生物にとって増殖し難い環境とした培養液中で、六価クロムに対して還元活性を有するShwanella、Pseudomonas、Sulfate reducing bacteria、Arthrobacter、Bacillus、Aerococcus、Micrococcus、Aeromonas、Thermoanaerobacter、Cellulomonas、Geobacter、Streptomyces、Escherichia、Enterobacter等のクロム還元菌を選択的に集積培養し、その際に、培養液中に流した電気により、クロム還元菌によって還元されて生成された三価クロムを酸化して六価クロムに再生しながら培養を行うようにしたものである。
【0004】
ここで、六価クロム以外にも、様々な物質が環境汚染物質として知られている。例えば、テトラクロロエチレン(PCE)やジクロロエチレン(DCE)等の有機塩素化合物は、土壌や地下水等に広く分布する環境汚染物質として知られている。これらの有機塩素化合物は水への溶解度が低く、地下環境に蓄積しやすいため、物理的・化学的な浄化や好気性微生物を利用した浄化が困難である。近年になって、有機塩素化合物を電子受容体として嫌気呼吸を行うことで生育している微生物群が発見され、バイオレメディエーションへの適用が期待されている。
【特許文献1】特開2006−55134
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、PCEやDCE等の有機塩素化合物を電子受容体として嫌気呼吸を行う脱塩素微生物は、培養が困難である。また、脱塩素微生物以外にも、培養が難しい微生物が自然界には多数存在している。したがって、このような難培養微生物の培養手法の確立が望まれている。
【0006】
また、バイオレメディエーションへの適用に際しては、微生物を単に培養するに留まらず、その活性を制御して、微生物の持つ機能の制御を行うことが重要である。
【0007】
そこで、本発明は、所望の微生物の生育や活性を選択的に制御することを可能とする方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
かかる課題を解決するため、本願発明者等は、地下環境に存在している微生物が、呼吸に用いる電子受容体の種類に応じて異なる酸化還元電位環境に生育していることから、微生物の培養を行う際の培養液の酸化還元電位が、微生物の生育状況に何らかの影響を与えるのではないかと考え、種々検討を行った。その結果、PCEを電子受容体として嫌気呼吸を行う脱塩素微生物を培養する際の培養液の酸化還元電位をある特定の範囲に制御することで、非常に優れた脱塩素活性を示すことを知見し、本願発明に至った。
【0009】
かかる知見に基づく請求項1に記載の微生物の活性制御方法は、活性制御対象微生物を含む培養液に電極を浸漬し、この電極に電位を印加して培養液の酸化還元電位を活性制御対象微生物の至適範囲に制御し、活性制御対象微生物を選択的に活性化するようにしている。
【0010】
このように、培養液自体の酸化還元電位を活性制御対象微生物の至適範囲に制御することで、培養液が活性制御対象微生物にとって至適な環境となるので、活性制御対象微生物を活性化し易くなる。一方、活性制御対象微生物以外の微生物にとっては至適な環境ではなくなるので、活性化し難くなる。したがって、活性制御対象微生物を選択的に活性化することが可能となり、活性制御対象微生物の機能を最大限に発揮させることが可能となる。
【0011】
尚、本明細書において「活性化」とは、活性制御対象微生物が増殖することにより活性制御対象微生物群の機能が高まることと、機能している活性制御対象微生物の割合を高めることにより制御対象微生物群の機能が高まることの両方を意味している。
【0012】
次に、請求項2に記載の微生物の活性制御方法は、請求項1に記載の微生物の活性制御方法において、培養液の酸化還元電位の制御を、電極に印加された電位により酸化還元反応を生じる酸化還元物質を培養液に含ませて、電極に印加された電位により酸化還元物質の酸化体と還元体の濃度比を制御することにより行うようにしている。
【0013】
このように、電極に印加された電位により酸化還元物質の酸化体と還元体の濃度比を制御することで、培養液自体の酸化還元電位を一定値に制御することができる。
【0014】
また、請求項3に記載の微生物の活性制御方法は、請求項1に記載の微生物の活性制御方法において、培養液には、活性制御対象微生物の電子受容体として機能する物質をさらに含むようにしている。
【0015】
活性制御対象微生物の電子受容体として機能する物質を培養液に含ませることで、活性制御対象微生物が呼吸を行うようになる。したがって、活性制御対象微生物の活性化をさらに促進させることができる。
【0016】
また、請求項4に記載の微生物の活性制御方法は、活性対象微生物の活性化を嫌気環境下で行うようにしている。したがって、嫌気性微生物や通性微生物(通常は好気的環境を好むが、嫌気環境下でも生育可能な微生物)を活性制御対象微生物として、その活性化を効率良く行うことができる。
【0017】
次に、請求項5に記載の微生物の活性制御方法は、活性制御対象微生物をテトラクロロエチレン(PCE)脱塩素微生物として、培養液の酸化還元電位を銀・塩化銀電極に対して−0.7V超〜−0.5V未満に制御するようにしている。
【0018】
請求項6に記載の微生物の活性制御方法は、活性制御対象微生物をジクロロエチレン(DCE)脱塩素微生物として、培養液の酸化還元電位を銀・塩化銀電極に対して−0.5V〜−0.2V未満に制御するようにしている。
【0019】
請求項7に記載の微生物の活性制御方法は、活性制御対象微生物をビニルクロライド(VC)脱塩素微生物として、培養液の酸化還元電位を銀・塩化銀電極に対して−0.5V超〜−0.2V未満に制御するようにしている。
【0020】
請求項8に記載の微生物の活性制御方法は、活性制御対象微生物を硫酸還元菌として、培養液の酸化還元電位を銀・塩化銀電極に対して−0.6V〜−0.1Vに制御するようにしている。
【0021】
したがって、培養液を活性制御対象微生物であるテトラクロロエチレン(PCE)脱塩素微生物、ジクロロエチレン(DCE)脱塩素微生物、ビニルクロライド(VC)脱塩素微生物、硫酸還元菌の生育に至適な環境とすることができるので、各微生物を選択的に活性化して脱塩素活性や硫酸還元活性を高めることができる。
【0022】
ここで、銀・塩化銀電極は標準水素電極に対して+0.22Vの値を示す。そして、銀・塩化銀電極に対する酸化還元電位に0.22Vを加えることにより、銀・塩化銀電極に対する酸化還元電位を標準水素電極に対する酸化還元電位に換算することができる。したがって、銀・塩化銀電極に対する酸化還元電位から、銀・塩化銀電極以外の電極に対する酸化還元電位を換算することができる。例えば、銀・塩化銀電極に対する酸化還元電位をX(V)、銀・塩化銀電極以外の電極に対する酸化還元電位をA(V)とし、銀・塩化銀電極以外の電極の標準水素電極に対する電位をB(V)とすると、以下の式により、銀・塩化銀電極以外の電極に対する酸化還元電位Aを換算することができる。
[数式1] A=X+0.22−B
【0023】
つまり、数式1により得られるAは、銀・塩化銀電極に対する酸化還元電位と同義であり、このようにして換算することに得られる酸化還元電位の範囲も本発明に含まれる。
【0024】
例えば、銀・塩化銀電極以外の電極として飽和カロメル電極を用いた場合について説明すると、電極の標準水素電極に対する電位Bは+0.24Vであり、請求項5に記載の酸化還元電位の範囲は、−0.72V超〜−0.52Vと換算することができる。
【0025】
また、銀・塩化銀電極以外の電極として 水銀・硫酸水銀(I)電極を用いた場合について説明すると、電極の標準水素電極に対する電位Bは+0.66Vであり、請求項5に記載の酸化還元電位の範囲は、−1.14V超〜−0.94Vと換算することができ、このようにして換算される酸化還元電位の範囲も本発明に含まれる。
【発明の効果】
【0026】
請求項1に記載の発明によれば、活性制御対象微生物の増殖と、機能している活性制御対象微生物の割合の増大により制御対象微生物群の機能を高めることができる。しかも、活性制御対象微生物以外の微生物にとっては至適な環境ではなくなるので、活性化し難くなる。したがって、活性制御対象微生物を選択的に活性化することが可能となり、活性制御対象微生物の機能を最大限に発揮させることが可能となる。また、活性対象微生物を選択的に増殖することができるので、所望の微生物の選択的な培養が可能になる。さらに、培養液の酸化還元電位を制御するだけで、微生物の活性制御が行えるので、非常に簡便且つ低コストである。
【0027】
請求項2に記載の発明によれば、培養液自体の酸化還元電位を一定値に制御することができる。
【0028】
請求項3に記載の発明によれば、活性制御対象微生物に呼吸を行わせて、活性制御対象微生物の活性化をさらに促進させることができる。しかも、電子受容体物質が環境汚染物質等の有害物質である場合には、有害物質の処理を行いつつ、有害物質を処理できる活性制御微生物を選択的に増殖、培養させることができるという、非常に有利な効果を得ることができる。
【0029】
請求項4に記載の発明によれば、活性対象微生物の活性化を嫌気環境下で行うようにしている。したがって、嫌気性微生物や通性微生物(通常は好気的環境を好むが、嫌気環境下でも生育可能な微生物)を活性制御対象微生物として、その活性化を効率良く行うことができる。
【0030】
請求項5に記載の発明によれば、テトラクロロエチレン(PCE)脱塩素微生物を選択的に活性化することができる。したがって、PCEをDCEに脱塩素化する機能を最大限に発揮させることができると共に、テトラクロロエチレン(PCE)脱塩素微生物の選択的な培養も可能となる。
【0031】
請求項6に記載の発明によれば、ジクロロエチレン(DCE)脱塩素微生物を選択的に活性化することができる。したがって、DCEをエチレン(ETH)に脱塩素化する機能を最大限に発揮させることができると共に、ジクロロエチレン(DCE)脱塩素微生物の選択的な培養も可能となる。
【0032】
請求項7に記載の発明によれば、ビニルクロライド(VC)脱塩素微生物を選択的に活性化することができる。したがって、VCをETHに脱塩素化する機能を最大限に発揮させることができると共に、ビニルクロライド(VC)脱塩素微生物の選択的な培養も可能となる。
【0033】
請求項8に記載の発明によれば、硫酸還元菌を選択的に活性化することができる。したがって、硫酸イオンを硫化水素に還元する機能を最大限に発揮させることができると共に、硫酸還元菌の選択的な培養も可能となる。さらに、硫酸還元と相補的にベンゼン、トルエンなどの芳香族化合物を分解する作用が知られている硫酸還元菌においては、ベンゼン、トルエンなどを分解する機能を最大限に発揮することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0034】
以下、本発明を実施するための最良の形態について、図面に基づいて詳細に説明する。
【0035】
図1に、本発明の微生物の活性制御方法の実施形態の一例として、電気培養装置1を用いた場合について説明する。本発明の微生物の活性制御方法は、活性制御対象微生物2を含む培養液4に電極を浸漬し、この電極に電位を印加して培養液4の酸化還元電位を活性制御対象微生物2の至適範囲に制御し、活性制御対象微生物2を選択的に活性化するものである。つまり、培養液4自体の酸化還元電位を制御することにより、活性制御対象微生物2にとって至適な環境として、活性制御対象微生物2を選択的に活性化できる新規な方法である。
【0036】
電解槽5はイオン交換膜6によって培養槽7と対極槽8に仕切られている。培養槽7と対極槽8には培養液4が充填され、培養槽7には作用極9及び参照電極11が、対極槽8には対極10が浸漬される。作用極9、対極10及び参照電極11は3電極式の電位制御装置(ポテンシオスタット)12に結線され、培養槽7内の作用極9の電位を厳密に設定可能としている。
【0037】
培養槽7には、酸化還元物質3がさらに添加される。
【0038】
酸化還元物質3としては、培養液4に浸されている作用極9と可逆的に酸化還元反応を生じ得る物質であり、且つ、活性制御対象微生物2に対して毒性を示さない物質であればよい。例えば、土壌成分として一般的な鉄イオンが挙げられる。鉄イオンは以下に示す化学反応式1により酸化体と還元体に可逆的に変化する。
[化学反応式1] Fe(III) + e− = Fe(II)
【0039】
ここで、鉄イオンを培養液4中で安定に存在させるためには、鉄イオンをキレート剤に配位させて培養液中に添加することが好ましい。キレート剤としては、鉄イオンを配位しうるものであれば任意のキレート剤を用いることができるが、例えばジエチレントリアミンペンタ酢酸(DTPA)、エチレンジアミンテトラ酢酸(EDTA)、テトラエチレントリアミン(TET)、エチレンジアミン(EDA)、ジエチレントリアミン(DETA)、クエン酸、シュウ酸、クラウンエーテル、ニトリロテトラ酢酸、エデト酸二ナトリウム、エデト酸ナトリウム、エデト酸三ナトリウム、ペニシラミン、ペンテテートカルシウム三ナトリウム、ペンテト酸、スクシメルおよびエデト酸トリエンチンを挙げることができ、好ましくはEDTAである。
【0040】
鉄イオン以外にも、フェロシアン化カリウム、アントラキノンジスルホン酸ナトリウムなどのキノン化合物、メチルビオロゲンを用いることができる。これらの物質も酸化還元反応により、酸化体と還元体に可逆的に変化する。特に、キノン化合物は土壌成分の一つとして知られている物質であり、好ましい。つまり、土壌そのものを培養液4に添加することで、土壌に含まれている酸化還元物質3により培養液の酸化還元電位が制御できる場合がある。尚、酸化還元物質3は上記した物質に限定されるものではない。
【0041】
尚、酸化還元物質3の培養槽7への添加量は、培養液4の酸化還元電位を制御できる量であれば特に限定されないが、培養液4の濃度を0.1〜100mmol/Lとすることが好適である。0.1mmol/L未満とすると酸化還元電位の制御を十分に行うことができない可能性があり、100mmol/Lを超えると培養液に完全に溶解しなかったり、微生物の生育阻害を生じる可能性がある。
【0042】
また、電子受容体物質13を培養槽7に添加してもよい。この場合は、活性制御対象微生物2に呼吸を行わせることで、さらに効率よく活性制御を行うことができる。
【0043】
電子受容体物質13としては、活性制御対象微生物2に呼吸を行わせることのできる物質であれば特に限定されないが、例えば、PCE脱塩素微生物に対してテトラクロロエチレン(PCE)、DCE脱塩素微生物に対してジクロロエチレン(DCE)、VC脱塩素微生物に対して塩化ビニル、硝酸還元菌に対して硝酸イオン、硫酸還元菌に対して硫酸イオン、メタン生成菌に対して二酸化炭素、クロロベンゼン脱塩素微生物に対してクロロベンゼン、クロロフェノール脱塩素微生物に対してクロロフェノール、クロム還元菌に対してクロムイオン、キノン還元菌に対してキノン、水銀還元菌に対して水銀イオン、カドミウム還元菌に対してカドミウムイオン、鉄還元菌に対して鉄イオンが挙げられる。
【0044】
尚、電子受容体物質13を培養槽7に添加しなくとも、微生物の活性を制御することが可能である。例えば、予め生育させた活性制御対象微生物2を培養槽7に投入し、培養液4の酸化還元電位を制御することで、機能している活性制御対象微生物2の割合を増やすことにより、活性制御対象微生物2の活性化を図ることができる。
【0045】
ここで、本発明の微生物の活性制御方法において、活性対象微生物2の生育環境は嫌気環境としている。この場合、嫌気性微生物や通性微生物(通常は好気的環境を好むが、嫌気環境下でも生育可能な微生物)を活性制御対象微生物として、その活性化を効率良く行うことができる。嫌気環境は、例えば電気培養装置1の電解槽5をボックス(不図示)内に入れ、当該ボックス内に水素ガス、二酸化炭素、不活性ガス(窒素、希ガス)、またはそれらの混合ガスを充填することにより形成することができるが、このような方法に限定されるものではない。
【0046】
尚、本実施形態では、活性対象微生物2の生育環境は嫌気環境としているが、活性対象微生物2の生育環境を好気雰囲気とし、好気性微生物や通性微生物を活性制御対象微生物として培養液4を至適な酸化還元電位に制御することで、その活性化を効率良く行うこともできる。
【0047】
次に、培養液4の酸化還元電位について説明する。培養液4の酸化還元電位は、数式1に示すネルンストの式により表される。
【0048】
[数式2] E=E0+RT/nF×ln(Cox/Cred)
【0049】
数式2において、Eは溶液の酸化還元電位、E0は酸化還元物質の標準酸化還元電位、Rは気体定数、Tは絶対温度、nは反応電子数、Fはファラデー定数、Coxは酸化体の濃度、Credは還元体の濃度である。つまり、培養液中に含まれる酸化還元物質3の酸化体の濃度と還元体の濃度の比を一定に制御することにより、培養液4自体の酸化還元電位を制御することができる。つまり、酸化還元物質3が培養液4の酸化還元電位を決定する要素であり、培養液4の組成は酸化還元電位にほとんど影響を与えることがない。
【0050】
3極式の電位制御装置12では、作用極9と参照電極11間の電位差を測定し、測定した電位差が設定電位Vに達するように作用極9と対極10との間に電流を流し、基準となる参照電極11には一切電流が流れないようにしている。このようにして作用極9の電位を一定の電位Vに制御し、酸化還元物質3の酸化体の濃度と還元体の濃度の比を一定に制御することにより、培養液4自体の酸化還元電位が一定に制御される。ここで、培養液4の酸化還元電位は、作用極9の酸化還元電位に相当する。したがって、設定電位V、つまり、参照電極11に対する作用極9の電位が培養液4の酸化還元電位に相当する。
【0051】
例として、酸化還元電位が+0.5Vの培養液の酸化還元電位を−0.5Vに制御する場合について図15に基づいて説明する。初期状態、つまり作用極9に電位を印加していない場合は、作用極9の酸化還元電位測定値は、作用極9と参照電極11との間の電位差である+0.5Vとなる(図15の(1))。次に、設定電位を−0.5Vとして電位制御を開始すると、作用極9の電位は瞬時に設定電位となり、培養液4中の酸化還元物質3が酸化還元反応を生じて、酸化還元物質3の酸化体と還元体の濃度比が制御され、培養液4の電位が徐々に設定電位に近づき(図15の(2))、定常状態となって、培養液4の酸化還元電位が−0.5Vとなる(図15の(3))。このときの作用極9の酸化還元電位測定値は、作用極9と参照電極11の電位差である−0.5Vとなる。
【0052】
ここで、酸化還元電位は、参照電極11に対する作用極9の電位に相当するので、参照電極11の種類により酸化還元電位の値は変化する。本明細書における酸化還元電位は、標準水素電極に対して+0.22Vを示す銀・塩化銀電極に対する値としているが、参照電極11は銀・塩化銀電極に限られるものではない。銀・塩化銀電極以外の電極を用いた場合の酸化還元電位は上述した方法により容易に換算でき、銀・塩化銀電極以外の電極を用いた場合に換算した酸化還元電位の範囲も本発明に含まれる。尚、以降に記載する酸化還元電位の値は銀・塩化銀電極に対する値である。
【0053】
尚、培養槽7に投入された微生物が酸化還元物質を酸化あるいは還元することにより、Cox/Cred(酸化体と還元体の濃度比)が変化した場合でも、可逆性の酸化還元物質を用いることで、所定のCox/Credに制御して、酸化還元電位を一定値に保つことができる。
【0054】
ここで、電解槽5を二槽に区画しているイオン交換膜6は、一価の陽イオンのみを透過する膜である。したがって、二価の鉄イオンや三価の鉄イオンは透過しないので、酸化還元物質3が対極槽8に移動することはない。したがって、酸化還元物質3は培養槽7で繰り返し利用できる。対極槽8に設置された対極9では、作用極9の逆反応として水素の還元・酸化反応が生じる。また、膜間のイオン電流の伝達は、培養液に含まれる水素イオン、ナトリウムイオン(Na+)、カリウムイオン(K+)などの一価の陽イオンにより行われる。このような電気化学反応が電解槽5で進行し、培養液の酸化還元電位が一定に制御される。
【0055】
活性制御対象微生物2の酸化還元電位の至適範囲は、以下に説明する微生物の活性評価試験により導き出すことができる。即ち、酸化還元電位以外の培養条件を全て揃え、酸化還元電位をある範囲内、例えば−1V〜1Vの範囲内で条件振りして、培養を行う。さらに比較条件として、電圧を印加しない条件でも培養を行っておく。培養を開始する前には、活性制御対象微生物2の電子受容体物質13を培養液に加えておく。そして、数日間培養した後に、培養液中の電子受容体物質13の濃度を測定してその減少量を測定し、比較条件よりも電子受容体物質13の減少量が多い酸化還元電位条件のものが、活性が高いことになり、その酸化還元電位条件が至適範囲となる。
【0056】
本発明者等は、この活性評価試験により、PCE脱塩素微生物、DCE脱塩素微生物、VC脱塩素微生物、硫酸還元菌の酸化還元電位の至適範囲を得た。
【0057】
PCE脱塩素微生物は、嫌気呼吸により、図12に示す脱塩素反応のうち、PCE(テトラクロロエチレン)をDCE(ジクロロエチレン)に脱塩素化する微生物である。この微生物の酸化還元電位の至適範囲は、−0.7V超〜−0.5V未満、より好ましくは−0.65V〜−0.55V、さらに好ましくは−0.6Vである。−0.5V以上、−0.7V以下の酸化還元電位では、電圧を印加せずに培養した場合よりもPCE脱塩素活性が低下してしまうので好ましくない。
【0058】
PCE脱塩素微生物としては新規の又は公知の微生物を用いることができる。例えば、Desulfitobacterium, Dehalococcoides, Dehalobacter, Geobacterである。
【0059】
DCE脱塩素微生物は、嫌気呼吸により、図12に示す脱塩素反応のうち、DCE(ジクロロエチレン)をETH(エチレン)に脱塩素化する微生物である。この微生物の酸化還元電位の至適範囲は、−0.6V超〜−0.2V未満、好ましくは−0.55V超〜−0.2V未満、より好ましくは−0.5〜−0.2V未満、さらに好ましくは−0.4V〜−0.2V未満、最も好ましくは−0.3Vである。−0.6V以下、−0.2V以上の酸化還元電位では、電圧を印加せずに培養した場合よりもDCE脱塩素活性が低下してしまうので好ましくない。
【0060】
DCE脱塩素微生物としては新規の又は公知の微生物を用いることができる。例えば、Dehalococcoidesである。
【0061】
VC脱塩素微生物は、嫌気呼吸により、図12に示す脱塩素反応のうち、VC(塩化ビニル)をETH(エチレン)に脱塩素化する微生物である。この微生物の酸化還元電位の至適範囲は、−0.5V超〜−0.2V未満、より好ましくは−0.25V超〜−0.45V未満、最も好ましくは−0.4〜−0.3Vである。この範囲を超える酸化還元電位では、電圧を印加せずに培養した場合よりもVC脱塩素活性が低下してしまうので好ましくない。尚、本発明者等の実験によると、酸化還元電位を−0.6Vとすることで、VC脱塩素活性が高まることが確認された。したがって、−0.6V付近にも酸化還元電位の至適範囲が存在することが示唆される。
【0062】
VC脱塩素微生物としては新規の又は公知の微生物を用いることができる。例えば、Dehalococcoidesである。
【0063】
硫酸還元菌は、嫌気呼吸により、硫酸イオンを硫化水素に還元する微生物である。この微生物の酸化還元電位の至適範囲は、−0.6V〜−0.1V、特に、−0.6V、−0.1Vとすることで、硫酸還元活性を高めることができる。−0.6V未満、−0.1V超では、電圧を印加せずに培養した場合よりも硫酸還元活性が低下してしまう可能性がある。
【0064】
硫酸還元菌としては新規の又は公知の微生物を用いることができる。例えば、Desulfovibrio, Desulfomicrobium, Desulfobacula, Desulfobacterである。
【0065】
酸化還元電位を至適範囲に制御することで、活性制御対象微生物の活性を高めることができる。つまり、活性制御対象微生物が増殖することによりその機能が高まる効果と、機能している活性制御対象微生物の割合を高めることによりその機能が高まる効果により活性を高めることができる。逆に言えば、酸化還元電位を至適範囲外に制御することで、活性制御対象微生物の活性を低下させることができる。つまり、活性制御対象微生物が減少することによりその機能が低下させる効果と、機能している微生物の割合を少なくしてその機能を低下させる効果により活性を低下させることができる。
【0066】
このようにして活性制御対象微生物の活性を制御する方法を利用することで、ある特定の機能性微生物の集積培養を行うことができる。また、培養のみに留まらず、ある種の微生物だけを機能させて、バイオレメディエーションを行うことができる。例えば、PCE脱塩素微生物、DCE脱塩素微生物が混在している培養液の酸化還元電位を−0.6Vとすることで、PCE脱塩素微生物のみが選択的に活性化して機能するし、酸化還元電位を−0.3Vとすれば、DCE脱塩素微生物のみが選択的に活性化する。
【0067】
上述の形態は本発明の好適な形態の一例ではあるがこれに限定されるものではなく本発明の要旨を逸脱しない範囲において種々変形実施可能である。例えば、図13(A)に示すようなマイクロアレイ電気培養装置1’を使用した電位制御方法により本発明の微生物の活性制御方法を実施してもよい。具体的には、電解槽5に培養液4を充填し、対極10及び参照電極11を浸漬する。そして、容器底部をイオン交換膜6で構成した複数の微小培養器15に培養液4、活性制御対象微生物2及び酸化還元物質3を充填し、これを電解槽5に充填された培養液4に浸す。作用極9は微小培養器15の培養液4中にぞれぞれ浸漬する。つまり、図1に示した電気培養装置1における培養槽7がマイクロアレイ電気培養装置1’の微小培養器15に相当し、微小培養器15の外側部が図1に示した電気培養装置1における対極槽8に相当する。作用極9、対極10及び参照電極11は多チャンネル電位制御装置12に結線され、各微小培養器15の培養液4の作用極9の電位をそれぞれ厳密に設定可能とした参照電極統合型のマイクロアレイ電気培養装置としている。ここで、図13(B)に示すように、参照電極11を各微小培養器15に浸漬して、各微小培養器15の培養液4の作用極9の電位を厳密に設定可能とした参照電極分離型のマイクロアレイ電気分解装置としてもよい。尚、図13において、●は、微小培養器15を簡略化して記載したものである。
【0068】
図13(A)及び(B)に示すマイクロアレイ電気培養装置を用いることで、各々の微小培養器15に対して種々の酸化還元電位を印加できる。したがって、少量のサンプルを用いて活性を最大にする最適な酸化還元電位を割り出すことが可能となる。また、方々から取り集めた環境微生物を各微小培養器に植菌し、目的の活性を最大にする電位を一律に与えることで、高い活性を持った微生物を含む培養液を検出することが可能となる。
【0069】
また、図14に示すように、活性制御対象微生物2を通過させないメンブレンフィルタ16で培養槽7を仕切って処理槽17を形成し、処理槽17に環境汚染物質13aを含んだ被処理液18を入れて、これを分解処理するようにしてもよい。即ち、環境汚染物質13aは処理槽17と培養槽7との間の濃度勾配によりメンブレンリアクタ16を通過して処理槽17から培養槽7に移動する。環境汚染物質13aが培養槽7に添加されている活性制御対象微生物2に対して電子受容体となる物質の場合には、被処理液18に含まれている環境汚染物質13aが活性制御対象微生物2により分解処理される。環境汚染物質13aが分解されて生成した分解物13a’も培養槽7と処理槽17との間の濃度勾配によりメンブレンリアクタ16を通過して培養槽7から処理槽17に移動するので、処理槽17に入れた被処理液18は最終的に環境汚染物質13aが除去されて分解物13a’が含まれる。培養槽7の活性制御対象微生物2は培養液4の酸化還元電位が制御されて活性化されているので、環境汚染物物質13aを効率よく分解処理できるバイオリアクターとなる。尚、この形態において、培養液4内で十分にイオン電流が流れない場合には、被処理液18に酸化還元物質3を添加するようにしても良い。
【実施例】
【0070】
以下に本発明の実施例を説明するが、本発明はこれら実施例に限られるものではない。
【0071】
(実施例1)
活性制御対象微生物2をPCE脱塩素微生物として、至適酸化還元電位を検討した。
【0072】
(1)培養液の調整
培養液4aは以下のようにして調整した。即ち、NH4Cl;0.5g、K2HPO4;0.4g、MgCl2・6H2O;0.49g、CaCl2・2H2O;0.05g、KCl;0.052gを蒸留水1Lに溶解した無機塩培地に、1mLの微量金属溶液を加えた。微量金属溶液は、CuSO4・5H2O;5mg、CoCl2・2H2O;5mg、NiCl2・6H2O;5mg、NaMoO4・2H2O;5mg、ZnSO4;30mg、MnCl2・4H2O;5mgを蒸留水1Lに溶解して調整した。調整後の培養液4aは、オートクレーブ滅菌処理した。また、培養槽7に充填する培養液4bには、酵母エキス;0.5g、PCE;100ppm(0.1g添加)、Fe(III)−EDTA;0.842gをさらに加え、フィルター(0.22μm、Millex−GS、MILLIPORE、Ireland)によりろ過除菌してから使用した。尚、培養液4a、4b共に希水酸化ナトリウム溶液を用いてpHを7.0に調整した。
【0073】
(2)培養装置
PCE脱塩素微生物の培養には図2に示す電気培養装置1を使用した。電解槽5は外径75mm、高さ90mmのガラス製深底シャーレの内側を、一価の陽イオン透過性の交換膜(旭化成、K−192)6で仕切った二槽式とし、一方を培養槽7、他方を対極槽8とした。培養槽7には炭素板(40mm×70mm、4mm厚)の作用極9と、銀・塩化銀参照電極11(HS−205C、東亜DKK社)を設置した。対極槽8には炭素板(40mm×70mm、4mm厚)の対極10を設置した。これら3本の電極9,10,11は電位制御装置(扶桑製作所、POTENTIO/GALVANOSTAT model 110)12に結線して、培養槽7内の作用極9の電位を厳密に設定可能とした。
【0074】
培養槽7には培養液4bを充填し、対極槽8には培養液4aを充填した。
【0075】
培養に際しては、電解槽5をアクリル製の嫌気ボックス14内に封入し、さらに嫌気ボックス全体を30℃に設定した恒温槽(不図示)内に設置した。嫌気ボックス14には、常時水素ガスを注入し(0.2L/min)、嫌気雰囲気を維持した。
【0076】
(3)培養液の酸化還元電位制御性
培養液の酸化還元電位制御性を確認するため、培養液4bのサイクリックボルタモグラムを測定した。測定には電気化学アナライザー(ALSモデル660B、BAS社)を使用し、サイクリックボルタンメトリー(CV)法により実施した。この際、電解系は3極式で行い、電極反応を見るための作用極には炭素円盤電極(面積:7.065mm2、BAS社)を、参照電極には銀・塩化銀電極(RE−1B、BAS社)、さらに電流を流すための対極には白金棒電極(1mm径×5cm、自作)を使用した。
【0077】
測定結果を図3に示す。横軸(電位)は、銀・塩化銀参照電極に対する値である。酸化方向に電位を変化させた場合にはFe(II)→Fe(III)の反応に起因する酸化電流が発生し、還元方向に電位を変化させた場合にはFe(III)→Fe(II)の反応に起因する還元電流が発生することが確認された。また、ヒステリシスもほとんど見られなかった。したがって、Fe(III)−EDTAを培養液に添加することにより、−1.0V〜+1.0Vの範囲で酸化還元電位を安定に長期に亘って制御できることが明らかとなった。
【0078】
(4)PCE脱塩素微生物の至適酸化還元電位
PCE脱塩素微生物の至適酸化還元電位について検討した。
図2に示す電気培養装置1を培養に使用した。PCE脱塩素微生物群は、土壌より取得し馴化したものを継代培養して用いた。PCE脱塩素微生物群の初期添加量は100mLに対して106〜107cells/mLの懸濁液を5mLとした。酸化還元電位は、−0.7V、−0.6V、−0.5V、−0.4V、−0.3V、−0.2V、−0.1Vとした。また、電圧印加を行わずに培養を行い、これを比較データとした。培養期間は、3週間とした。培養後に培養液を1mL分取した。
次に、分取した培養液を、新鮮な培養液4bが10mL入っているバイアル瓶内に入れて植菌(再懸濁)し、通常(電圧印加を行わない)の培養を2,6,9,12日間おこなった。通常培養時には、バイアル瓶の蓋を閉めて、PCEの揮発を防ぐと共に、バイアル瓶内を嫌気条件とした。この培養液のPCEの濃度をガスクロマトグラフィー(GC390B、GLサイエンス社)により測定した。
【0079】
結果を図4に示す。酸化還元電位を−0.6Vとして培養した条件では、比較データより残存PCE値が低かったことから、電圧印加を行わずに培養した条件よりも高いPCE脱塩素活性を示すことが確認された。酸化還元電位を−0.7V、−0.5Vとして培養した条件では、培養期間を2日間とした場合には、比較データよりも高いPCE脱塩素活性を示すことが確認されたが、培養期間が6日間の場合には、比較データよりも低いPCE脱塩素活性を示した。したがって、−0.7V超〜−0.5V未満、好ましくは−0.6VがPCE脱塩素微生物にとっての至適酸化還元電位であると判断した。また、−0.5V以上、−0.7V以下の酸化還元電位では、PCE脱塩素微生物の活性が低下することが明らかとなった。
【0080】
(5)培養期間とPCE脱塩素活性の関係
(4)より至適酸化還元電位と判断した−0.6Vにおける培養期間とPCE脱塩素活性の関係について検討した。
図2に示す電気培養装置1を培養に使用した。PCE脱塩素微生物群及びその初期添加量は(4)と同様とした。培養期間は、1、2、4週間とした。比較データを得るため、電圧印加を行わずに培養を行った。培養後に培養液を1mL分取した。
次に、分取した培養液を、新鮮な培養液4bが10mL入っているバイアル瓶内に入れて植菌(再懸濁)し、通常(電圧印加を行わない)の培養を4日間おこなった。この培養液のPCEの濃度をガスクロマトグラフィーにより測定した。
【0081】
結果を図5に示す。縦軸の相対活性は、比較データのPCE濃度を1として計算した数値である。培養期間が4週間になると、相対活性が3、つまり、電圧印加を行わずに培養を行った場合よりも3倍高いPCE脱塩素活性を示した。したがって、培養液をPCE脱塩素微生物の至適酸化還元電位に制御することで、長期に亘って安定した活性の維持が可能であることが確認された。
【0082】
(6)培養時の酸化還元電位と微生物生育数の関係
培養時の酸化還元電位と微生物の生育数の相関を調べるための実験を行った。
図2に示す電気培養装置1を培養に使用した。PCE脱塩素微生物群及びその初期添加量は(4)と同様とした。培養時の酸化還元電位は、−0.7V、−0.6V、−0.5V、−0.4V、−0.3V、−0.2V、−0.1Vとした。また、電圧印加を行わずに培養し、これを比較データとした。培養期間は、1週間、2週間、3週間とした。微生物数は、光学顕微鏡観察による菌数カウントによって計測した。
【0083】
結果を図6に示す。培養時の酸化還元電位により微生物生育数に変化が見られることが確認された。3週間後の生育数を比較すると、−0.7V、−0.5Vで最も多くなり、−0.6Vで最も少なくなった。−0.7V、−0.5VはPCE脱塩素微生物の至適酸化還元電位を逸脱した電位であることから、−0.7V、−0.5VでPCE脱塩素微生物群に含まれていた他の微生物の増殖が優先的に起こったことが考えられる。この結果から、PCE脱塩素微生物以外の微生物も、その微生物にとっての至適酸化還元電位として培養すれば、選択的に培養できることが示唆された。
(7)培養期間中の培養液中電流量
(6)の実験を行った際に、培養液の電流値を1日目から25日目まで測定した。その結果を図7に示す。酸化還元電位を−0.7V、−0.6V、−0.5V、−0.4Vとした場合には、3日目に電流値が安定した。酸化還元電位を−0.3V、−0.1Vとした場合には、5日目に電流値が安定した。酸化還元電位を−0.2Vとした場合には、7日目に電流値が安定した。どの酸化還元電位条件においても一週間程度で電流値の安定が見られた。
【0084】
したがって、PCE脱塩素微生物群に存在している微生物により、酸化還元物質である鉄イオンが酸化還元されても、Fe(II)とFe(III)の比を一定に制御して、酸化還元電位を培養初期から安定に制御できることが確認された。また、PCE脱塩素微生物群に存在している微生物による鉄イオンの酸化還元反応は、どの酸化還元電位条件においても一週間程度で定常状態となることが確認された。また、この結果から、活性制御対象微生物に対する電子受容体物質が培養液中で酸化還元物質として機能するような場合であっても、酸化還元電位を一定に制御して活性制御対象微生物を選択的に活性化できることがわかった。つまり、電子受容体物質が酸化体と還元体に可逆的に変化するような物質の場合、電子受容体物質を酸化還元物質として用いることが可能であることがわかった。
【0085】
(実施例2)
活性制御対象微生物2をDCE脱塩素微生物として、至適酸化還元電位を検討した。
【0086】
(1)培養液の調整
培養液4aは以下のようにして調整した。即ち、クエン酸三ナトリウム二水和物;0.78g、NaHCO3;2.52g、トリスヒドロキシアミノメタン;2.29g、CaCl2・2H2O;0.015g、Na2S;0.48g、FeCl2;0.2g、レザズリン;1mgを蒸留水1Lに溶解した無機塩培地に、10mLのミネラル溶液と1mLのTrace elementを加えた。ミネラル溶液は、MgCl2・6H2O;50g、NaCl;50g、KH2PO4;20g、NH4Cl;30g、KCl;30gを蒸留水1Lに溶解して調整した。trace elementは、MnCl2・4H2O;1g、CoCl2・2H2O;1.9g、ZnCl2;0.7g、CuSO4・5H2O;0.04g、H3BO3;0.06g、NiCl2・6H2O;0.25g、NaMoO4・2H2O;0.44gを蒸留水1Lに溶解して調整した。調整後の培養液4aは、オートクレーブ滅菌処理した。また、培養槽7に充填する培養液4bには、酵母エキス;0.1g、DCE;5.8ppm(0.0058g添加)、Fe(III)−EDTA;0.842gをさらに加え、フィルター(0.22μm、Millex−GS、MILLIPORE、Ireland)によりろ過除菌してから使用した。尚、いずれの培養液も希水酸化ナトリウム溶液を用いてpHを7.0に調整した。
【0087】
(2)培養装置
電気培養装置1は実施例1と同様のものを用いたが、DCE脱塩素微生物の継代培養条件と揃えるため、嫌気ボックス14に注入するガスは、水素と二酸化炭素の混合ガス(H2:CO2=80:20)とした。
【0088】
(3)DCE脱塩素微生物の至適酸化還元電位
DCE脱塩素微生物の至適酸化還元電位について検討した。
図2に示す電気培養装置1を培養に使用した。DCE脱塩素微生物群は、土壌より取得し馴化したものを継代培養して用いた。DCE脱塩素微生物群の初期添加量は100mLに対して105〜106cells/mLの懸濁液を5mLとした。酸化還元電位は、−0.7V、−0.6V、−0.5V、−0.4V、−0.3V、−0.2Vとした。また、電圧印加を行わずに培養を行い、これを比較データとした。培養期間は3週間とした。培養後に培養液を1mL分取した。
次に、分取した培養液を、新鮮な培養液4bが10mL入っているバイアル瓶内に入れて植菌(再懸濁)し、通常(電圧印加を行わない)の培養を一週間おこなった。通常培養時には、バイアル瓶の蓋を閉めて、DCEの揮発を防ぐと共に、バイアル瓶内を嫌気条件とした。この培養液のDCEの濃度をガスクロマトグラフィーにより測定した。
【0089】
結果を図8に示す。酸化還元電位を−0.5V、−0.4V、−0.3Vとして培養した条件では、比較データより残存DCE値が低かったことから、電圧印加を行わずに培養した条件よりも高いDCE脱塩素活性を示すことが確認された。−0.6Vでは比較データとより若干高い残存DCE値となり、−0.7Vから−0.3Vまでは、残存DCE値が徐々に低くなる傾向が見られ、−0.2VでDCE残存濃度が急激に増加した。したがって、−0.6V超〜−0.2V未満がPCE脱塩素微生物にとっての至適酸化還元電位であると判断した。また、−0.6V以下、−0.2V以上の酸化還元電位では、DCE脱塩素微生物の活性が低下することが明らかとなった。
【0090】
(実施例3)
活性制御対象微生物2をVC脱塩素微生物として、至適酸化還元電位を検討した。
【0091】
(1)培養液の調整
培養液4aは以下のようにして調整した。即ち、クエン酸三ナトリウム二水和物;0.78g、NaHCO3;2.52g、トリスヒドロキシアミノメタン;2.29g、CaCl2・2H2O;0.015gを蒸留水1Lに溶解した無機塩培地に、10mLのミネラル溶液と1mLのTrace elementを加えた。ミネラル溶液は、MgCl2・6H2O;50g、NaCl;50g、KH2PO4;20g、NH4Cl;30g、KCl;30gを蒸留水1Lに溶解して調整した。trace elementは、MnCl2・4H2O;1g、CoCl2・2H2O;1.9g、ZnCl2;0.7g、CuSO4・5H2O;0.04g、H3BO3;0.06g、NiCl2・6H2O;0.25g、NaMoO4・2H2O;0.44gを蒸留水1Lに溶解して調整した。調整後の培養液4aは、オートクレーブ滅菌処理した。また、培養槽7に充填する培養液4bには、酵母エキス;0.1g、VC;10ppm(0.01g添加)、Fe(III)−EDTA;0.842gをさらに加え、フィルター(0.22μm、Millex−GS、MILLIPORE、Ireland)によりろ過除菌してから使用した。尚、いずれの培養液も希水酸化ナトリウム溶液を用いてpHを7.2に調整した。
【0092】
(2)培養装置
電気培養装置1は実施例2と同様のものを用いた。
【0093】
(3)VC脱塩素微生物の至適酸化還元電位
VC脱塩素微生物の至適酸化還元電位について検討した。
図2に示す電気培養装置1を培養に使用した。VC脱塩素微生物群は、土壌より取得し馴化したものを継代培養して用いた。VC脱塩素微生物群の初期添加量は100mLに対して105〜106cells/mLの懸濁液を5mLとした。酸化還元電位は、−0.6V、−0.5V、−0.4V、−0.3V、−0.2V、−0.1V、0.0Vとした。また、電圧印加を行わずに培養を行い、これを比較データとした。培養期間は一週間とした。培養後に培養液を1mL分取した。
次に、分取した培養液を、新鮮な培養液4bが10mL入っているバイアル瓶内に入れて植菌(再懸濁)し、通常(電圧印加を行わない)の培養を一週間おこなった。通常培養時には、バイアル瓶の蓋を閉めて、VCの揮発を防ぐと共に、バイアル瓶内を嫌気条件とした。この培養液のVCとETHの濃度をガスクロマトグラフィーにより測定した。
【0094】
結果を図9に示す。酸化還元電位を−0.6V、−0.4V、−0.3Vとして培養した条件では、比較データより残存VC値が低く、ETH発生量が高かったことから、電圧印加を行わずに培養した条件よりも高いVC脱塩素活性を示すことが確認された。0.0V、−0.1V、−0.2V、−0.5Vでは比較データよりVC脱塩素活性が低かった。したがって、−0.5V超〜−0.2V未満がVC脱塩素微生物にとっての至適酸化還元電位であると判断した。尚、−0.6VもVC脱塩素微生物にとっての至適酸化還元電位となり得ることが示唆された。
【0095】
(4)培養期間とVC脱塩素活性の関係
培養期間とVC脱塩素活性の関係について検討した。
図2に示す電気培養装置1を培養に使用した。VC脱塩素微生物群と、その初期添加量は(3)と同様とした。酸化還元電位は、−0.6V、−0.5V、−0.4V、−0.3V、−0.2V、−0.1V、0.0Vとした。また、電圧印加を行わずに培養を行い、これを比較データとした。培養期間は三週間とした。培養後の培養液のOD660値を測定した。測定には分光光度計(U−3010分光光度計、HITACHI社)を用いた。
【0096】
結果を図10に示す。酸化還元電位を−0.6V、−0.4V、−0.3Vとして培養した条件では、比較データより微生物生育数が多いことが確認された。これらの酸化還元電位では、VC脱塩素活性が高いことが(3)で確認されている。したがって、培養液をVC脱塩素微生物の至適酸化還元電位に制御することで、長期に亘って安定した活性の維持が可能であることが確認された。
【0097】
(実施例4)
活性制御対象微生物2を硫酸還元菌として、至適酸化還元電位を検討した。
【0098】
(1)培養液の調整
培養液4aは以下のようにして調整した。即ち、乳酸ナトリウム;4.0mL、NH4Cl;1.0g、K2HPO4;0.5g、MgSO4・7H2O;2.0g、クエン酸三ナトリウム二水和物;5.0g、CaSO4・2H2O;1.0gを蒸留水1Lに溶解して調整した。調整後の培養液4aは、オートクレーブ滅菌処理した。また、培養槽7に充填する培養液4bには、酵母エキス;1.0g、Fe(III)−EDTA;0.42gをさらに加え、フィルター(0.22μm、Millex−GS、MILLIPORE、Ireland)によりろ過除菌してから使用した。尚、いずれの培養液も希水酸化ナトリウム溶液を用いてpHを7.2に調整した。
【0099】
(2)培養装置
電気培養装置1は実施例1と同様のものを用いたが、硫酸還元菌の継代培養条件と揃えるため、嫌気ボックス14に注入するガスは、窒素ガスとした。
【0100】
(3)硫酸還元菌の至適酸化還元電位
硫酸還元菌の至適酸化還元電位について検討した。
図2に示す電気培養装置1を培養に使用した。硫酸還元菌群は、土壌より取得し馴化したものを継代培養して用いた。硫酸還元菌群の初期添加量は50mLに対して107〜108cells/mLの懸濁液を1mLとした。酸化還元電位は、0.4V、−0.1V、−0.6Vとした。また、電圧印加を行わずに培養を行い、これを比較データとした。培養期間は一週間とした。この培養液の硫酸イオン(SO42−)濃度をイオンクロマトアナライザ(ICS-1500、DIONEX製)により測定した。また、硫酸還元菌群無添加で且つ電圧印加を行わなかった培養液についても硫酸イオン濃度を測定し、これをcontrolとした。
【0101】
結果を図11に示す。酸化還元電位を−0.6V、−0.1Vとして培養した条件では、比較データより硫酸イオン濃度が低かったことから、電圧印加を行わずに培養した条件よりも高い硫酸還元活性を示すことが確認された。0.4Vでは比較データより硫酸還元活性が低かった。したがって、−0.6V〜−0.1Vが硫酸還元菌にとっての至適酸化還元電位であると判断した。特に、−0.1V付近と、−0.6V付近に酸化還元電位を制御することで硫酸還元菌の硫酸還元活性を高められることが明らかとなった。
【図面の簡単な説明】
【0102】
【図1】本発明の微生物の活性制御方法の実施形態の一例を示す概念図である。
【図2】実験に使用した電気培養装置の概念図である。
【図3】Fe(III)−EDTAを添加した培養液のサイクリックボルタンメトリー測定結果を示す図である。
【図4】PCE脱塩素活性の酸化還元電位依存性を示す図である。
【図5】培養期間とPCE脱塩素活性の関係を示す図である。
【図6】PCE脱塩素微生物群の微生物生育数の酸化還元電位依存性を示す図である。
【図7】培養期間中の培養液の電流値変化を示す図である。
【図8】DCE脱塩素活性の酸化還元電位依存性を示す図である。
【図9】VC脱塩素活性の酸化還元電位依存性を示す図である。
【図10】VC脱塩素微生物群の微生物生育数の酸化還元電位依存性を示す図である。
【図11】硫酸還元活性の酸化還元電位依存性を示す図である。
【図12】PCEからETHまでの一連の脱塩素反応を示す図である。
【図13】本発明の微生物の活性制御方法の実施形態の他の例を示す概念図である。
【図14】本発明の微生物の活性制御方法の実施形態のさらに他の例を示す概念図である。
【図15】培養液の酸化還元電位の制御に関する図である。
【符号の説明】
【0103】
2 活性制御対象微生物
3 酸化還元物質
4,4a,4b 培養液
9 作用極
10 対極
11 参照電極
13 電子受容体物質
【技術分野】
【0001】
本発明は微生物の活性制御方法に関する。さらに詳述すると、本発明は、培養液の酸化還元電位を制御して所望の微生物を選択的に活性化する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在様々な分野で利用されている微生物は自然界に存在する全微生物の1%に満たないと言われている。そこで、残り99%の膨大な微生物資源を有効利用するため、新しい概念に基づく微生物の培養技術が多数開発されている。
【0003】
例えば、特許文献1には、環境汚染物質である六価クロムを無害な三価クロムに還元する能力を有するクロム還元菌を集積培養する技術が開示されている。具体的には、六価クロムを溶解させてクロム還元菌以外の雑多な微生物にとって増殖し難い環境とした培養液中で、六価クロムに対して還元活性を有するShwanella、Pseudomonas、Sulfate reducing bacteria、Arthrobacter、Bacillus、Aerococcus、Micrococcus、Aeromonas、Thermoanaerobacter、Cellulomonas、Geobacter、Streptomyces、Escherichia、Enterobacter等のクロム還元菌を選択的に集積培養し、その際に、培養液中に流した電気により、クロム還元菌によって還元されて生成された三価クロムを酸化して六価クロムに再生しながら培養を行うようにしたものである。
【0004】
ここで、六価クロム以外にも、様々な物質が環境汚染物質として知られている。例えば、テトラクロロエチレン(PCE)やジクロロエチレン(DCE)等の有機塩素化合物は、土壌や地下水等に広く分布する環境汚染物質として知られている。これらの有機塩素化合物は水への溶解度が低く、地下環境に蓄積しやすいため、物理的・化学的な浄化や好気性微生物を利用した浄化が困難である。近年になって、有機塩素化合物を電子受容体として嫌気呼吸を行うことで生育している微生物群が発見され、バイオレメディエーションへの適用が期待されている。
【特許文献1】特開2006−55134
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、PCEやDCE等の有機塩素化合物を電子受容体として嫌気呼吸を行う脱塩素微生物は、培養が困難である。また、脱塩素微生物以外にも、培養が難しい微生物が自然界には多数存在している。したがって、このような難培養微生物の培養手法の確立が望まれている。
【0006】
また、バイオレメディエーションへの適用に際しては、微生物を単に培養するに留まらず、その活性を制御して、微生物の持つ機能の制御を行うことが重要である。
【0007】
そこで、本発明は、所望の微生物の生育や活性を選択的に制御することを可能とする方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
かかる課題を解決するため、本願発明者等は、地下環境に存在している微生物が、呼吸に用いる電子受容体の種類に応じて異なる酸化還元電位環境に生育していることから、微生物の培養を行う際の培養液の酸化還元電位が、微生物の生育状況に何らかの影響を与えるのではないかと考え、種々検討を行った。その結果、PCEを電子受容体として嫌気呼吸を行う脱塩素微生物を培養する際の培養液の酸化還元電位をある特定の範囲に制御することで、非常に優れた脱塩素活性を示すことを知見し、本願発明に至った。
【0009】
かかる知見に基づく請求項1に記載の微生物の活性制御方法は、活性制御対象微生物を含む培養液に電極を浸漬し、この電極に電位を印加して培養液の酸化還元電位を活性制御対象微生物の至適範囲に制御し、活性制御対象微生物を選択的に活性化するようにしている。
【0010】
このように、培養液自体の酸化還元電位を活性制御対象微生物の至適範囲に制御することで、培養液が活性制御対象微生物にとって至適な環境となるので、活性制御対象微生物を活性化し易くなる。一方、活性制御対象微生物以外の微生物にとっては至適な環境ではなくなるので、活性化し難くなる。したがって、活性制御対象微生物を選択的に活性化することが可能となり、活性制御対象微生物の機能を最大限に発揮させることが可能となる。
【0011】
尚、本明細書において「活性化」とは、活性制御対象微生物が増殖することにより活性制御対象微生物群の機能が高まることと、機能している活性制御対象微生物の割合を高めることにより制御対象微生物群の機能が高まることの両方を意味している。
【0012】
次に、請求項2に記載の微生物の活性制御方法は、請求項1に記載の微生物の活性制御方法において、培養液の酸化還元電位の制御を、電極に印加された電位により酸化還元反応を生じる酸化還元物質を培養液に含ませて、電極に印加された電位により酸化還元物質の酸化体と還元体の濃度比を制御することにより行うようにしている。
【0013】
このように、電極に印加された電位により酸化還元物質の酸化体と還元体の濃度比を制御することで、培養液自体の酸化還元電位を一定値に制御することができる。
【0014】
また、請求項3に記載の微生物の活性制御方法は、請求項1に記載の微生物の活性制御方法において、培養液には、活性制御対象微生物の電子受容体として機能する物質をさらに含むようにしている。
【0015】
活性制御対象微生物の電子受容体として機能する物質を培養液に含ませることで、活性制御対象微生物が呼吸を行うようになる。したがって、活性制御対象微生物の活性化をさらに促進させることができる。
【0016】
また、請求項4に記載の微生物の活性制御方法は、活性対象微生物の活性化を嫌気環境下で行うようにしている。したがって、嫌気性微生物や通性微生物(通常は好気的環境を好むが、嫌気環境下でも生育可能な微生物)を活性制御対象微生物として、その活性化を効率良く行うことができる。
【0017】
次に、請求項5に記載の微生物の活性制御方法は、活性制御対象微生物をテトラクロロエチレン(PCE)脱塩素微生物として、培養液の酸化還元電位を銀・塩化銀電極に対して−0.7V超〜−0.5V未満に制御するようにしている。
【0018】
請求項6に記載の微生物の活性制御方法は、活性制御対象微生物をジクロロエチレン(DCE)脱塩素微生物として、培養液の酸化還元電位を銀・塩化銀電極に対して−0.5V〜−0.2V未満に制御するようにしている。
【0019】
請求項7に記載の微生物の活性制御方法は、活性制御対象微生物をビニルクロライド(VC)脱塩素微生物として、培養液の酸化還元電位を銀・塩化銀電極に対して−0.5V超〜−0.2V未満に制御するようにしている。
【0020】
請求項8に記載の微生物の活性制御方法は、活性制御対象微生物を硫酸還元菌として、培養液の酸化還元電位を銀・塩化銀電極に対して−0.6V〜−0.1Vに制御するようにしている。
【0021】
したがって、培養液を活性制御対象微生物であるテトラクロロエチレン(PCE)脱塩素微生物、ジクロロエチレン(DCE)脱塩素微生物、ビニルクロライド(VC)脱塩素微生物、硫酸還元菌の生育に至適な環境とすることができるので、各微生物を選択的に活性化して脱塩素活性や硫酸還元活性を高めることができる。
【0022】
ここで、銀・塩化銀電極は標準水素電極に対して+0.22Vの値を示す。そして、銀・塩化銀電極に対する酸化還元電位に0.22Vを加えることにより、銀・塩化銀電極に対する酸化還元電位を標準水素電極に対する酸化還元電位に換算することができる。したがって、銀・塩化銀電極に対する酸化還元電位から、銀・塩化銀電極以外の電極に対する酸化還元電位を換算することができる。例えば、銀・塩化銀電極に対する酸化還元電位をX(V)、銀・塩化銀電極以外の電極に対する酸化還元電位をA(V)とし、銀・塩化銀電極以外の電極の標準水素電極に対する電位をB(V)とすると、以下の式により、銀・塩化銀電極以外の電極に対する酸化還元電位Aを換算することができる。
[数式1] A=X+0.22−B
【0023】
つまり、数式1により得られるAは、銀・塩化銀電極に対する酸化還元電位と同義であり、このようにして換算することに得られる酸化還元電位の範囲も本発明に含まれる。
【0024】
例えば、銀・塩化銀電極以外の電極として飽和カロメル電極を用いた場合について説明すると、電極の標準水素電極に対する電位Bは+0.24Vであり、請求項5に記載の酸化還元電位の範囲は、−0.72V超〜−0.52Vと換算することができる。
【0025】
また、銀・塩化銀電極以外の電極として 水銀・硫酸水銀(I)電極を用いた場合について説明すると、電極の標準水素電極に対する電位Bは+0.66Vであり、請求項5に記載の酸化還元電位の範囲は、−1.14V超〜−0.94Vと換算することができ、このようにして換算される酸化還元電位の範囲も本発明に含まれる。
【発明の効果】
【0026】
請求項1に記載の発明によれば、活性制御対象微生物の増殖と、機能している活性制御対象微生物の割合の増大により制御対象微生物群の機能を高めることができる。しかも、活性制御対象微生物以外の微生物にとっては至適な環境ではなくなるので、活性化し難くなる。したがって、活性制御対象微生物を選択的に活性化することが可能となり、活性制御対象微生物の機能を最大限に発揮させることが可能となる。また、活性対象微生物を選択的に増殖することができるので、所望の微生物の選択的な培養が可能になる。さらに、培養液の酸化還元電位を制御するだけで、微生物の活性制御が行えるので、非常に簡便且つ低コストである。
【0027】
請求項2に記載の発明によれば、培養液自体の酸化還元電位を一定値に制御することができる。
【0028】
請求項3に記載の発明によれば、活性制御対象微生物に呼吸を行わせて、活性制御対象微生物の活性化をさらに促進させることができる。しかも、電子受容体物質が環境汚染物質等の有害物質である場合には、有害物質の処理を行いつつ、有害物質を処理できる活性制御微生物を選択的に増殖、培養させることができるという、非常に有利な効果を得ることができる。
【0029】
請求項4に記載の発明によれば、活性対象微生物の活性化を嫌気環境下で行うようにしている。したがって、嫌気性微生物や通性微生物(通常は好気的環境を好むが、嫌気環境下でも生育可能な微生物)を活性制御対象微生物として、その活性化を効率良く行うことができる。
【0030】
請求項5に記載の発明によれば、テトラクロロエチレン(PCE)脱塩素微生物を選択的に活性化することができる。したがって、PCEをDCEに脱塩素化する機能を最大限に発揮させることができると共に、テトラクロロエチレン(PCE)脱塩素微生物の選択的な培養も可能となる。
【0031】
請求項6に記載の発明によれば、ジクロロエチレン(DCE)脱塩素微生物を選択的に活性化することができる。したがって、DCEをエチレン(ETH)に脱塩素化する機能を最大限に発揮させることができると共に、ジクロロエチレン(DCE)脱塩素微生物の選択的な培養も可能となる。
【0032】
請求項7に記載の発明によれば、ビニルクロライド(VC)脱塩素微生物を選択的に活性化することができる。したがって、VCをETHに脱塩素化する機能を最大限に発揮させることができると共に、ビニルクロライド(VC)脱塩素微生物の選択的な培養も可能となる。
【0033】
請求項8に記載の発明によれば、硫酸還元菌を選択的に活性化することができる。したがって、硫酸イオンを硫化水素に還元する機能を最大限に発揮させることができると共に、硫酸還元菌の選択的な培養も可能となる。さらに、硫酸還元と相補的にベンゼン、トルエンなどの芳香族化合物を分解する作用が知られている硫酸還元菌においては、ベンゼン、トルエンなどを分解する機能を最大限に発揮することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0034】
以下、本発明を実施するための最良の形態について、図面に基づいて詳細に説明する。
【0035】
図1に、本発明の微生物の活性制御方法の実施形態の一例として、電気培養装置1を用いた場合について説明する。本発明の微生物の活性制御方法は、活性制御対象微生物2を含む培養液4に電極を浸漬し、この電極に電位を印加して培養液4の酸化還元電位を活性制御対象微生物2の至適範囲に制御し、活性制御対象微生物2を選択的に活性化するものである。つまり、培養液4自体の酸化還元電位を制御することにより、活性制御対象微生物2にとって至適な環境として、活性制御対象微生物2を選択的に活性化できる新規な方法である。
【0036】
電解槽5はイオン交換膜6によって培養槽7と対極槽8に仕切られている。培養槽7と対極槽8には培養液4が充填され、培養槽7には作用極9及び参照電極11が、対極槽8には対極10が浸漬される。作用極9、対極10及び参照電極11は3電極式の電位制御装置(ポテンシオスタット)12に結線され、培養槽7内の作用極9の電位を厳密に設定可能としている。
【0037】
培養槽7には、酸化還元物質3がさらに添加される。
【0038】
酸化還元物質3としては、培養液4に浸されている作用極9と可逆的に酸化還元反応を生じ得る物質であり、且つ、活性制御対象微生物2に対して毒性を示さない物質であればよい。例えば、土壌成分として一般的な鉄イオンが挙げられる。鉄イオンは以下に示す化学反応式1により酸化体と還元体に可逆的に変化する。
[化学反応式1] Fe(III) + e− = Fe(II)
【0039】
ここで、鉄イオンを培養液4中で安定に存在させるためには、鉄イオンをキレート剤に配位させて培養液中に添加することが好ましい。キレート剤としては、鉄イオンを配位しうるものであれば任意のキレート剤を用いることができるが、例えばジエチレントリアミンペンタ酢酸(DTPA)、エチレンジアミンテトラ酢酸(EDTA)、テトラエチレントリアミン(TET)、エチレンジアミン(EDA)、ジエチレントリアミン(DETA)、クエン酸、シュウ酸、クラウンエーテル、ニトリロテトラ酢酸、エデト酸二ナトリウム、エデト酸ナトリウム、エデト酸三ナトリウム、ペニシラミン、ペンテテートカルシウム三ナトリウム、ペンテト酸、スクシメルおよびエデト酸トリエンチンを挙げることができ、好ましくはEDTAである。
【0040】
鉄イオン以外にも、フェロシアン化カリウム、アントラキノンジスルホン酸ナトリウムなどのキノン化合物、メチルビオロゲンを用いることができる。これらの物質も酸化還元反応により、酸化体と還元体に可逆的に変化する。特に、キノン化合物は土壌成分の一つとして知られている物質であり、好ましい。つまり、土壌そのものを培養液4に添加することで、土壌に含まれている酸化還元物質3により培養液の酸化還元電位が制御できる場合がある。尚、酸化還元物質3は上記した物質に限定されるものではない。
【0041】
尚、酸化還元物質3の培養槽7への添加量は、培養液4の酸化還元電位を制御できる量であれば特に限定されないが、培養液4の濃度を0.1〜100mmol/Lとすることが好適である。0.1mmol/L未満とすると酸化還元電位の制御を十分に行うことができない可能性があり、100mmol/Lを超えると培養液に完全に溶解しなかったり、微生物の生育阻害を生じる可能性がある。
【0042】
また、電子受容体物質13を培養槽7に添加してもよい。この場合は、活性制御対象微生物2に呼吸を行わせることで、さらに効率よく活性制御を行うことができる。
【0043】
電子受容体物質13としては、活性制御対象微生物2に呼吸を行わせることのできる物質であれば特に限定されないが、例えば、PCE脱塩素微生物に対してテトラクロロエチレン(PCE)、DCE脱塩素微生物に対してジクロロエチレン(DCE)、VC脱塩素微生物に対して塩化ビニル、硝酸還元菌に対して硝酸イオン、硫酸還元菌に対して硫酸イオン、メタン生成菌に対して二酸化炭素、クロロベンゼン脱塩素微生物に対してクロロベンゼン、クロロフェノール脱塩素微生物に対してクロロフェノール、クロム還元菌に対してクロムイオン、キノン還元菌に対してキノン、水銀還元菌に対して水銀イオン、カドミウム還元菌に対してカドミウムイオン、鉄還元菌に対して鉄イオンが挙げられる。
【0044】
尚、電子受容体物質13を培養槽7に添加しなくとも、微生物の活性を制御することが可能である。例えば、予め生育させた活性制御対象微生物2を培養槽7に投入し、培養液4の酸化還元電位を制御することで、機能している活性制御対象微生物2の割合を増やすことにより、活性制御対象微生物2の活性化を図ることができる。
【0045】
ここで、本発明の微生物の活性制御方法において、活性対象微生物2の生育環境は嫌気環境としている。この場合、嫌気性微生物や通性微生物(通常は好気的環境を好むが、嫌気環境下でも生育可能な微生物)を活性制御対象微生物として、その活性化を効率良く行うことができる。嫌気環境は、例えば電気培養装置1の電解槽5をボックス(不図示)内に入れ、当該ボックス内に水素ガス、二酸化炭素、不活性ガス(窒素、希ガス)、またはそれらの混合ガスを充填することにより形成することができるが、このような方法に限定されるものではない。
【0046】
尚、本実施形態では、活性対象微生物2の生育環境は嫌気環境としているが、活性対象微生物2の生育環境を好気雰囲気とし、好気性微生物や通性微生物を活性制御対象微生物として培養液4を至適な酸化還元電位に制御することで、その活性化を効率良く行うこともできる。
【0047】
次に、培養液4の酸化還元電位について説明する。培養液4の酸化還元電位は、数式1に示すネルンストの式により表される。
【0048】
[数式2] E=E0+RT/nF×ln(Cox/Cred)
【0049】
数式2において、Eは溶液の酸化還元電位、E0は酸化還元物質の標準酸化還元電位、Rは気体定数、Tは絶対温度、nは反応電子数、Fはファラデー定数、Coxは酸化体の濃度、Credは還元体の濃度である。つまり、培養液中に含まれる酸化還元物質3の酸化体の濃度と還元体の濃度の比を一定に制御することにより、培養液4自体の酸化還元電位を制御することができる。つまり、酸化還元物質3が培養液4の酸化還元電位を決定する要素であり、培養液4の組成は酸化還元電位にほとんど影響を与えることがない。
【0050】
3極式の電位制御装置12では、作用極9と参照電極11間の電位差を測定し、測定した電位差が設定電位Vに達するように作用極9と対極10との間に電流を流し、基準となる参照電極11には一切電流が流れないようにしている。このようにして作用極9の電位を一定の電位Vに制御し、酸化還元物質3の酸化体の濃度と還元体の濃度の比を一定に制御することにより、培養液4自体の酸化還元電位が一定に制御される。ここで、培養液4の酸化還元電位は、作用極9の酸化還元電位に相当する。したがって、設定電位V、つまり、参照電極11に対する作用極9の電位が培養液4の酸化還元電位に相当する。
【0051】
例として、酸化還元電位が+0.5Vの培養液の酸化還元電位を−0.5Vに制御する場合について図15に基づいて説明する。初期状態、つまり作用極9に電位を印加していない場合は、作用極9の酸化還元電位測定値は、作用極9と参照電極11との間の電位差である+0.5Vとなる(図15の(1))。次に、設定電位を−0.5Vとして電位制御を開始すると、作用極9の電位は瞬時に設定電位となり、培養液4中の酸化還元物質3が酸化還元反応を生じて、酸化還元物質3の酸化体と還元体の濃度比が制御され、培養液4の電位が徐々に設定電位に近づき(図15の(2))、定常状態となって、培養液4の酸化還元電位が−0.5Vとなる(図15の(3))。このときの作用極9の酸化還元電位測定値は、作用極9と参照電極11の電位差である−0.5Vとなる。
【0052】
ここで、酸化還元電位は、参照電極11に対する作用極9の電位に相当するので、参照電極11の種類により酸化還元電位の値は変化する。本明細書における酸化還元電位は、標準水素電極に対して+0.22Vを示す銀・塩化銀電極に対する値としているが、参照電極11は銀・塩化銀電極に限られるものではない。銀・塩化銀電極以外の電極を用いた場合の酸化還元電位は上述した方法により容易に換算でき、銀・塩化銀電極以外の電極を用いた場合に換算した酸化還元電位の範囲も本発明に含まれる。尚、以降に記載する酸化還元電位の値は銀・塩化銀電極に対する値である。
【0053】
尚、培養槽7に投入された微生物が酸化還元物質を酸化あるいは還元することにより、Cox/Cred(酸化体と還元体の濃度比)が変化した場合でも、可逆性の酸化還元物質を用いることで、所定のCox/Credに制御して、酸化還元電位を一定値に保つことができる。
【0054】
ここで、電解槽5を二槽に区画しているイオン交換膜6は、一価の陽イオンのみを透過する膜である。したがって、二価の鉄イオンや三価の鉄イオンは透過しないので、酸化還元物質3が対極槽8に移動することはない。したがって、酸化還元物質3は培養槽7で繰り返し利用できる。対極槽8に設置された対極9では、作用極9の逆反応として水素の還元・酸化反応が生じる。また、膜間のイオン電流の伝達は、培養液に含まれる水素イオン、ナトリウムイオン(Na+)、カリウムイオン(K+)などの一価の陽イオンにより行われる。このような電気化学反応が電解槽5で進行し、培養液の酸化還元電位が一定に制御される。
【0055】
活性制御対象微生物2の酸化還元電位の至適範囲は、以下に説明する微生物の活性評価試験により導き出すことができる。即ち、酸化還元電位以外の培養条件を全て揃え、酸化還元電位をある範囲内、例えば−1V〜1Vの範囲内で条件振りして、培養を行う。さらに比較条件として、電圧を印加しない条件でも培養を行っておく。培養を開始する前には、活性制御対象微生物2の電子受容体物質13を培養液に加えておく。そして、数日間培養した後に、培養液中の電子受容体物質13の濃度を測定してその減少量を測定し、比較条件よりも電子受容体物質13の減少量が多い酸化還元電位条件のものが、活性が高いことになり、その酸化還元電位条件が至適範囲となる。
【0056】
本発明者等は、この活性評価試験により、PCE脱塩素微生物、DCE脱塩素微生物、VC脱塩素微生物、硫酸還元菌の酸化還元電位の至適範囲を得た。
【0057】
PCE脱塩素微生物は、嫌気呼吸により、図12に示す脱塩素反応のうち、PCE(テトラクロロエチレン)をDCE(ジクロロエチレン)に脱塩素化する微生物である。この微生物の酸化還元電位の至適範囲は、−0.7V超〜−0.5V未満、より好ましくは−0.65V〜−0.55V、さらに好ましくは−0.6Vである。−0.5V以上、−0.7V以下の酸化還元電位では、電圧を印加せずに培養した場合よりもPCE脱塩素活性が低下してしまうので好ましくない。
【0058】
PCE脱塩素微生物としては新規の又は公知の微生物を用いることができる。例えば、Desulfitobacterium, Dehalococcoides, Dehalobacter, Geobacterである。
【0059】
DCE脱塩素微生物は、嫌気呼吸により、図12に示す脱塩素反応のうち、DCE(ジクロロエチレン)をETH(エチレン)に脱塩素化する微生物である。この微生物の酸化還元電位の至適範囲は、−0.6V超〜−0.2V未満、好ましくは−0.55V超〜−0.2V未満、より好ましくは−0.5〜−0.2V未満、さらに好ましくは−0.4V〜−0.2V未満、最も好ましくは−0.3Vである。−0.6V以下、−0.2V以上の酸化還元電位では、電圧を印加せずに培養した場合よりもDCE脱塩素活性が低下してしまうので好ましくない。
【0060】
DCE脱塩素微生物としては新規の又は公知の微生物を用いることができる。例えば、Dehalococcoidesである。
【0061】
VC脱塩素微生物は、嫌気呼吸により、図12に示す脱塩素反応のうち、VC(塩化ビニル)をETH(エチレン)に脱塩素化する微生物である。この微生物の酸化還元電位の至適範囲は、−0.5V超〜−0.2V未満、より好ましくは−0.25V超〜−0.45V未満、最も好ましくは−0.4〜−0.3Vである。この範囲を超える酸化還元電位では、電圧を印加せずに培養した場合よりもVC脱塩素活性が低下してしまうので好ましくない。尚、本発明者等の実験によると、酸化還元電位を−0.6Vとすることで、VC脱塩素活性が高まることが確認された。したがって、−0.6V付近にも酸化還元電位の至適範囲が存在することが示唆される。
【0062】
VC脱塩素微生物としては新規の又は公知の微生物を用いることができる。例えば、Dehalococcoidesである。
【0063】
硫酸還元菌は、嫌気呼吸により、硫酸イオンを硫化水素に還元する微生物である。この微生物の酸化還元電位の至適範囲は、−0.6V〜−0.1V、特に、−0.6V、−0.1Vとすることで、硫酸還元活性を高めることができる。−0.6V未満、−0.1V超では、電圧を印加せずに培養した場合よりも硫酸還元活性が低下してしまう可能性がある。
【0064】
硫酸還元菌としては新規の又は公知の微生物を用いることができる。例えば、Desulfovibrio, Desulfomicrobium, Desulfobacula, Desulfobacterである。
【0065】
酸化還元電位を至適範囲に制御することで、活性制御対象微生物の活性を高めることができる。つまり、活性制御対象微生物が増殖することによりその機能が高まる効果と、機能している活性制御対象微生物の割合を高めることによりその機能が高まる効果により活性を高めることができる。逆に言えば、酸化還元電位を至適範囲外に制御することで、活性制御対象微生物の活性を低下させることができる。つまり、活性制御対象微生物が減少することによりその機能が低下させる効果と、機能している微生物の割合を少なくしてその機能を低下させる効果により活性を低下させることができる。
【0066】
このようにして活性制御対象微生物の活性を制御する方法を利用することで、ある特定の機能性微生物の集積培養を行うことができる。また、培養のみに留まらず、ある種の微生物だけを機能させて、バイオレメディエーションを行うことができる。例えば、PCE脱塩素微生物、DCE脱塩素微生物が混在している培養液の酸化還元電位を−0.6Vとすることで、PCE脱塩素微生物のみが選択的に活性化して機能するし、酸化還元電位を−0.3Vとすれば、DCE脱塩素微生物のみが選択的に活性化する。
【0067】
上述の形態は本発明の好適な形態の一例ではあるがこれに限定されるものではなく本発明の要旨を逸脱しない範囲において種々変形実施可能である。例えば、図13(A)に示すようなマイクロアレイ電気培養装置1’を使用した電位制御方法により本発明の微生物の活性制御方法を実施してもよい。具体的には、電解槽5に培養液4を充填し、対極10及び参照電極11を浸漬する。そして、容器底部をイオン交換膜6で構成した複数の微小培養器15に培養液4、活性制御対象微生物2及び酸化還元物質3を充填し、これを電解槽5に充填された培養液4に浸す。作用極9は微小培養器15の培養液4中にぞれぞれ浸漬する。つまり、図1に示した電気培養装置1における培養槽7がマイクロアレイ電気培養装置1’の微小培養器15に相当し、微小培養器15の外側部が図1に示した電気培養装置1における対極槽8に相当する。作用極9、対極10及び参照電極11は多チャンネル電位制御装置12に結線され、各微小培養器15の培養液4の作用極9の電位をそれぞれ厳密に設定可能とした参照電極統合型のマイクロアレイ電気培養装置としている。ここで、図13(B)に示すように、参照電極11を各微小培養器15に浸漬して、各微小培養器15の培養液4の作用極9の電位を厳密に設定可能とした参照電極分離型のマイクロアレイ電気分解装置としてもよい。尚、図13において、●は、微小培養器15を簡略化して記載したものである。
【0068】
図13(A)及び(B)に示すマイクロアレイ電気培養装置を用いることで、各々の微小培養器15に対して種々の酸化還元電位を印加できる。したがって、少量のサンプルを用いて活性を最大にする最適な酸化還元電位を割り出すことが可能となる。また、方々から取り集めた環境微生物を各微小培養器に植菌し、目的の活性を最大にする電位を一律に与えることで、高い活性を持った微生物を含む培養液を検出することが可能となる。
【0069】
また、図14に示すように、活性制御対象微生物2を通過させないメンブレンフィルタ16で培養槽7を仕切って処理槽17を形成し、処理槽17に環境汚染物質13aを含んだ被処理液18を入れて、これを分解処理するようにしてもよい。即ち、環境汚染物質13aは処理槽17と培養槽7との間の濃度勾配によりメンブレンリアクタ16を通過して処理槽17から培養槽7に移動する。環境汚染物質13aが培養槽7に添加されている活性制御対象微生物2に対して電子受容体となる物質の場合には、被処理液18に含まれている環境汚染物質13aが活性制御対象微生物2により分解処理される。環境汚染物質13aが分解されて生成した分解物13a’も培養槽7と処理槽17との間の濃度勾配によりメンブレンリアクタ16を通過して培養槽7から処理槽17に移動するので、処理槽17に入れた被処理液18は最終的に環境汚染物質13aが除去されて分解物13a’が含まれる。培養槽7の活性制御対象微生物2は培養液4の酸化還元電位が制御されて活性化されているので、環境汚染物物質13aを効率よく分解処理できるバイオリアクターとなる。尚、この形態において、培養液4内で十分にイオン電流が流れない場合には、被処理液18に酸化還元物質3を添加するようにしても良い。
【実施例】
【0070】
以下に本発明の実施例を説明するが、本発明はこれら実施例に限られるものではない。
【0071】
(実施例1)
活性制御対象微生物2をPCE脱塩素微生物として、至適酸化還元電位を検討した。
【0072】
(1)培養液の調整
培養液4aは以下のようにして調整した。即ち、NH4Cl;0.5g、K2HPO4;0.4g、MgCl2・6H2O;0.49g、CaCl2・2H2O;0.05g、KCl;0.052gを蒸留水1Lに溶解した無機塩培地に、1mLの微量金属溶液を加えた。微量金属溶液は、CuSO4・5H2O;5mg、CoCl2・2H2O;5mg、NiCl2・6H2O;5mg、NaMoO4・2H2O;5mg、ZnSO4;30mg、MnCl2・4H2O;5mgを蒸留水1Lに溶解して調整した。調整後の培養液4aは、オートクレーブ滅菌処理した。また、培養槽7に充填する培養液4bには、酵母エキス;0.5g、PCE;100ppm(0.1g添加)、Fe(III)−EDTA;0.842gをさらに加え、フィルター(0.22μm、Millex−GS、MILLIPORE、Ireland)によりろ過除菌してから使用した。尚、培養液4a、4b共に希水酸化ナトリウム溶液を用いてpHを7.0に調整した。
【0073】
(2)培養装置
PCE脱塩素微生物の培養には図2に示す電気培養装置1を使用した。電解槽5は外径75mm、高さ90mmのガラス製深底シャーレの内側を、一価の陽イオン透過性の交換膜(旭化成、K−192)6で仕切った二槽式とし、一方を培養槽7、他方を対極槽8とした。培養槽7には炭素板(40mm×70mm、4mm厚)の作用極9と、銀・塩化銀参照電極11(HS−205C、東亜DKK社)を設置した。対極槽8には炭素板(40mm×70mm、4mm厚)の対極10を設置した。これら3本の電極9,10,11は電位制御装置(扶桑製作所、POTENTIO/GALVANOSTAT model 110)12に結線して、培養槽7内の作用極9の電位を厳密に設定可能とした。
【0074】
培養槽7には培養液4bを充填し、対極槽8には培養液4aを充填した。
【0075】
培養に際しては、電解槽5をアクリル製の嫌気ボックス14内に封入し、さらに嫌気ボックス全体を30℃に設定した恒温槽(不図示)内に設置した。嫌気ボックス14には、常時水素ガスを注入し(0.2L/min)、嫌気雰囲気を維持した。
【0076】
(3)培養液の酸化還元電位制御性
培養液の酸化還元電位制御性を確認するため、培養液4bのサイクリックボルタモグラムを測定した。測定には電気化学アナライザー(ALSモデル660B、BAS社)を使用し、サイクリックボルタンメトリー(CV)法により実施した。この際、電解系は3極式で行い、電極反応を見るための作用極には炭素円盤電極(面積:7.065mm2、BAS社)を、参照電極には銀・塩化銀電極(RE−1B、BAS社)、さらに電流を流すための対極には白金棒電極(1mm径×5cm、自作)を使用した。
【0077】
測定結果を図3に示す。横軸(電位)は、銀・塩化銀参照電極に対する値である。酸化方向に電位を変化させた場合にはFe(II)→Fe(III)の反応に起因する酸化電流が発生し、還元方向に電位を変化させた場合にはFe(III)→Fe(II)の反応に起因する還元電流が発生することが確認された。また、ヒステリシスもほとんど見られなかった。したがって、Fe(III)−EDTAを培養液に添加することにより、−1.0V〜+1.0Vの範囲で酸化還元電位を安定に長期に亘って制御できることが明らかとなった。
【0078】
(4)PCE脱塩素微生物の至適酸化還元電位
PCE脱塩素微生物の至適酸化還元電位について検討した。
図2に示す電気培養装置1を培養に使用した。PCE脱塩素微生物群は、土壌より取得し馴化したものを継代培養して用いた。PCE脱塩素微生物群の初期添加量は100mLに対して106〜107cells/mLの懸濁液を5mLとした。酸化還元電位は、−0.7V、−0.6V、−0.5V、−0.4V、−0.3V、−0.2V、−0.1Vとした。また、電圧印加を行わずに培養を行い、これを比較データとした。培養期間は、3週間とした。培養後に培養液を1mL分取した。
次に、分取した培養液を、新鮮な培養液4bが10mL入っているバイアル瓶内に入れて植菌(再懸濁)し、通常(電圧印加を行わない)の培養を2,6,9,12日間おこなった。通常培養時には、バイアル瓶の蓋を閉めて、PCEの揮発を防ぐと共に、バイアル瓶内を嫌気条件とした。この培養液のPCEの濃度をガスクロマトグラフィー(GC390B、GLサイエンス社)により測定した。
【0079】
結果を図4に示す。酸化還元電位を−0.6Vとして培養した条件では、比較データより残存PCE値が低かったことから、電圧印加を行わずに培養した条件よりも高いPCE脱塩素活性を示すことが確認された。酸化還元電位を−0.7V、−0.5Vとして培養した条件では、培養期間を2日間とした場合には、比較データよりも高いPCE脱塩素活性を示すことが確認されたが、培養期間が6日間の場合には、比較データよりも低いPCE脱塩素活性を示した。したがって、−0.7V超〜−0.5V未満、好ましくは−0.6VがPCE脱塩素微生物にとっての至適酸化還元電位であると判断した。また、−0.5V以上、−0.7V以下の酸化還元電位では、PCE脱塩素微生物の活性が低下することが明らかとなった。
【0080】
(5)培養期間とPCE脱塩素活性の関係
(4)より至適酸化還元電位と判断した−0.6Vにおける培養期間とPCE脱塩素活性の関係について検討した。
図2に示す電気培養装置1を培養に使用した。PCE脱塩素微生物群及びその初期添加量は(4)と同様とした。培養期間は、1、2、4週間とした。比較データを得るため、電圧印加を行わずに培養を行った。培養後に培養液を1mL分取した。
次に、分取した培養液を、新鮮な培養液4bが10mL入っているバイアル瓶内に入れて植菌(再懸濁)し、通常(電圧印加を行わない)の培養を4日間おこなった。この培養液のPCEの濃度をガスクロマトグラフィーにより測定した。
【0081】
結果を図5に示す。縦軸の相対活性は、比較データのPCE濃度を1として計算した数値である。培養期間が4週間になると、相対活性が3、つまり、電圧印加を行わずに培養を行った場合よりも3倍高いPCE脱塩素活性を示した。したがって、培養液をPCE脱塩素微生物の至適酸化還元電位に制御することで、長期に亘って安定した活性の維持が可能であることが確認された。
【0082】
(6)培養時の酸化還元電位と微生物生育数の関係
培養時の酸化還元電位と微生物の生育数の相関を調べるための実験を行った。
図2に示す電気培養装置1を培養に使用した。PCE脱塩素微生物群及びその初期添加量は(4)と同様とした。培養時の酸化還元電位は、−0.7V、−0.6V、−0.5V、−0.4V、−0.3V、−0.2V、−0.1Vとした。また、電圧印加を行わずに培養し、これを比較データとした。培養期間は、1週間、2週間、3週間とした。微生物数は、光学顕微鏡観察による菌数カウントによって計測した。
【0083】
結果を図6に示す。培養時の酸化還元電位により微生物生育数に変化が見られることが確認された。3週間後の生育数を比較すると、−0.7V、−0.5Vで最も多くなり、−0.6Vで最も少なくなった。−0.7V、−0.5VはPCE脱塩素微生物の至適酸化還元電位を逸脱した電位であることから、−0.7V、−0.5VでPCE脱塩素微生物群に含まれていた他の微生物の増殖が優先的に起こったことが考えられる。この結果から、PCE脱塩素微生物以外の微生物も、その微生物にとっての至適酸化還元電位として培養すれば、選択的に培養できることが示唆された。
(7)培養期間中の培養液中電流量
(6)の実験を行った際に、培養液の電流値を1日目から25日目まで測定した。その結果を図7に示す。酸化還元電位を−0.7V、−0.6V、−0.5V、−0.4Vとした場合には、3日目に電流値が安定した。酸化還元電位を−0.3V、−0.1Vとした場合には、5日目に電流値が安定した。酸化還元電位を−0.2Vとした場合には、7日目に電流値が安定した。どの酸化還元電位条件においても一週間程度で電流値の安定が見られた。
【0084】
したがって、PCE脱塩素微生物群に存在している微生物により、酸化還元物質である鉄イオンが酸化還元されても、Fe(II)とFe(III)の比を一定に制御して、酸化還元電位を培養初期から安定に制御できることが確認された。また、PCE脱塩素微生物群に存在している微生物による鉄イオンの酸化還元反応は、どの酸化還元電位条件においても一週間程度で定常状態となることが確認された。また、この結果から、活性制御対象微生物に対する電子受容体物質が培養液中で酸化還元物質として機能するような場合であっても、酸化還元電位を一定に制御して活性制御対象微生物を選択的に活性化できることがわかった。つまり、電子受容体物質が酸化体と還元体に可逆的に変化するような物質の場合、電子受容体物質を酸化還元物質として用いることが可能であることがわかった。
【0085】
(実施例2)
活性制御対象微生物2をDCE脱塩素微生物として、至適酸化還元電位を検討した。
【0086】
(1)培養液の調整
培養液4aは以下のようにして調整した。即ち、クエン酸三ナトリウム二水和物;0.78g、NaHCO3;2.52g、トリスヒドロキシアミノメタン;2.29g、CaCl2・2H2O;0.015g、Na2S;0.48g、FeCl2;0.2g、レザズリン;1mgを蒸留水1Lに溶解した無機塩培地に、10mLのミネラル溶液と1mLのTrace elementを加えた。ミネラル溶液は、MgCl2・6H2O;50g、NaCl;50g、KH2PO4;20g、NH4Cl;30g、KCl;30gを蒸留水1Lに溶解して調整した。trace elementは、MnCl2・4H2O;1g、CoCl2・2H2O;1.9g、ZnCl2;0.7g、CuSO4・5H2O;0.04g、H3BO3;0.06g、NiCl2・6H2O;0.25g、NaMoO4・2H2O;0.44gを蒸留水1Lに溶解して調整した。調整後の培養液4aは、オートクレーブ滅菌処理した。また、培養槽7に充填する培養液4bには、酵母エキス;0.1g、DCE;5.8ppm(0.0058g添加)、Fe(III)−EDTA;0.842gをさらに加え、フィルター(0.22μm、Millex−GS、MILLIPORE、Ireland)によりろ過除菌してから使用した。尚、いずれの培養液も希水酸化ナトリウム溶液を用いてpHを7.0に調整した。
【0087】
(2)培養装置
電気培養装置1は実施例1と同様のものを用いたが、DCE脱塩素微生物の継代培養条件と揃えるため、嫌気ボックス14に注入するガスは、水素と二酸化炭素の混合ガス(H2:CO2=80:20)とした。
【0088】
(3)DCE脱塩素微生物の至適酸化還元電位
DCE脱塩素微生物の至適酸化還元電位について検討した。
図2に示す電気培養装置1を培養に使用した。DCE脱塩素微生物群は、土壌より取得し馴化したものを継代培養して用いた。DCE脱塩素微生物群の初期添加量は100mLに対して105〜106cells/mLの懸濁液を5mLとした。酸化還元電位は、−0.7V、−0.6V、−0.5V、−0.4V、−0.3V、−0.2Vとした。また、電圧印加を行わずに培養を行い、これを比較データとした。培養期間は3週間とした。培養後に培養液を1mL分取した。
次に、分取した培養液を、新鮮な培養液4bが10mL入っているバイアル瓶内に入れて植菌(再懸濁)し、通常(電圧印加を行わない)の培養を一週間おこなった。通常培養時には、バイアル瓶の蓋を閉めて、DCEの揮発を防ぐと共に、バイアル瓶内を嫌気条件とした。この培養液のDCEの濃度をガスクロマトグラフィーにより測定した。
【0089】
結果を図8に示す。酸化還元電位を−0.5V、−0.4V、−0.3Vとして培養した条件では、比較データより残存DCE値が低かったことから、電圧印加を行わずに培養した条件よりも高いDCE脱塩素活性を示すことが確認された。−0.6Vでは比較データとより若干高い残存DCE値となり、−0.7Vから−0.3Vまでは、残存DCE値が徐々に低くなる傾向が見られ、−0.2VでDCE残存濃度が急激に増加した。したがって、−0.6V超〜−0.2V未満がPCE脱塩素微生物にとっての至適酸化還元電位であると判断した。また、−0.6V以下、−0.2V以上の酸化還元電位では、DCE脱塩素微生物の活性が低下することが明らかとなった。
【0090】
(実施例3)
活性制御対象微生物2をVC脱塩素微生物として、至適酸化還元電位を検討した。
【0091】
(1)培養液の調整
培養液4aは以下のようにして調整した。即ち、クエン酸三ナトリウム二水和物;0.78g、NaHCO3;2.52g、トリスヒドロキシアミノメタン;2.29g、CaCl2・2H2O;0.015gを蒸留水1Lに溶解した無機塩培地に、10mLのミネラル溶液と1mLのTrace elementを加えた。ミネラル溶液は、MgCl2・6H2O;50g、NaCl;50g、KH2PO4;20g、NH4Cl;30g、KCl;30gを蒸留水1Lに溶解して調整した。trace elementは、MnCl2・4H2O;1g、CoCl2・2H2O;1.9g、ZnCl2;0.7g、CuSO4・5H2O;0.04g、H3BO3;0.06g、NiCl2・6H2O;0.25g、NaMoO4・2H2O;0.44gを蒸留水1Lに溶解して調整した。調整後の培養液4aは、オートクレーブ滅菌処理した。また、培養槽7に充填する培養液4bには、酵母エキス;0.1g、VC;10ppm(0.01g添加)、Fe(III)−EDTA;0.842gをさらに加え、フィルター(0.22μm、Millex−GS、MILLIPORE、Ireland)によりろ過除菌してから使用した。尚、いずれの培養液も希水酸化ナトリウム溶液を用いてpHを7.2に調整した。
【0092】
(2)培養装置
電気培養装置1は実施例2と同様のものを用いた。
【0093】
(3)VC脱塩素微生物の至適酸化還元電位
VC脱塩素微生物の至適酸化還元電位について検討した。
図2に示す電気培養装置1を培養に使用した。VC脱塩素微生物群は、土壌より取得し馴化したものを継代培養して用いた。VC脱塩素微生物群の初期添加量は100mLに対して105〜106cells/mLの懸濁液を5mLとした。酸化還元電位は、−0.6V、−0.5V、−0.4V、−0.3V、−0.2V、−0.1V、0.0Vとした。また、電圧印加を行わずに培養を行い、これを比較データとした。培養期間は一週間とした。培養後に培養液を1mL分取した。
次に、分取した培養液を、新鮮な培養液4bが10mL入っているバイアル瓶内に入れて植菌(再懸濁)し、通常(電圧印加を行わない)の培養を一週間おこなった。通常培養時には、バイアル瓶の蓋を閉めて、VCの揮発を防ぐと共に、バイアル瓶内を嫌気条件とした。この培養液のVCとETHの濃度をガスクロマトグラフィーにより測定した。
【0094】
結果を図9に示す。酸化還元電位を−0.6V、−0.4V、−0.3Vとして培養した条件では、比較データより残存VC値が低く、ETH発生量が高かったことから、電圧印加を行わずに培養した条件よりも高いVC脱塩素活性を示すことが確認された。0.0V、−0.1V、−0.2V、−0.5Vでは比較データよりVC脱塩素活性が低かった。したがって、−0.5V超〜−0.2V未満がVC脱塩素微生物にとっての至適酸化還元電位であると判断した。尚、−0.6VもVC脱塩素微生物にとっての至適酸化還元電位となり得ることが示唆された。
【0095】
(4)培養期間とVC脱塩素活性の関係
培養期間とVC脱塩素活性の関係について検討した。
図2に示す電気培養装置1を培養に使用した。VC脱塩素微生物群と、その初期添加量は(3)と同様とした。酸化還元電位は、−0.6V、−0.5V、−0.4V、−0.3V、−0.2V、−0.1V、0.0Vとした。また、電圧印加を行わずに培養を行い、これを比較データとした。培養期間は三週間とした。培養後の培養液のOD660値を測定した。測定には分光光度計(U−3010分光光度計、HITACHI社)を用いた。
【0096】
結果を図10に示す。酸化還元電位を−0.6V、−0.4V、−0.3Vとして培養した条件では、比較データより微生物生育数が多いことが確認された。これらの酸化還元電位では、VC脱塩素活性が高いことが(3)で確認されている。したがって、培養液をVC脱塩素微生物の至適酸化還元電位に制御することで、長期に亘って安定した活性の維持が可能であることが確認された。
【0097】
(実施例4)
活性制御対象微生物2を硫酸還元菌として、至適酸化還元電位を検討した。
【0098】
(1)培養液の調整
培養液4aは以下のようにして調整した。即ち、乳酸ナトリウム;4.0mL、NH4Cl;1.0g、K2HPO4;0.5g、MgSO4・7H2O;2.0g、クエン酸三ナトリウム二水和物;5.0g、CaSO4・2H2O;1.0gを蒸留水1Lに溶解して調整した。調整後の培養液4aは、オートクレーブ滅菌処理した。また、培養槽7に充填する培養液4bには、酵母エキス;1.0g、Fe(III)−EDTA;0.42gをさらに加え、フィルター(0.22μm、Millex−GS、MILLIPORE、Ireland)によりろ過除菌してから使用した。尚、いずれの培養液も希水酸化ナトリウム溶液を用いてpHを7.2に調整した。
【0099】
(2)培養装置
電気培養装置1は実施例1と同様のものを用いたが、硫酸還元菌の継代培養条件と揃えるため、嫌気ボックス14に注入するガスは、窒素ガスとした。
【0100】
(3)硫酸還元菌の至適酸化還元電位
硫酸還元菌の至適酸化還元電位について検討した。
図2に示す電気培養装置1を培養に使用した。硫酸還元菌群は、土壌より取得し馴化したものを継代培養して用いた。硫酸還元菌群の初期添加量は50mLに対して107〜108cells/mLの懸濁液を1mLとした。酸化還元電位は、0.4V、−0.1V、−0.6Vとした。また、電圧印加を行わずに培養を行い、これを比較データとした。培養期間は一週間とした。この培養液の硫酸イオン(SO42−)濃度をイオンクロマトアナライザ(ICS-1500、DIONEX製)により測定した。また、硫酸還元菌群無添加で且つ電圧印加を行わなかった培養液についても硫酸イオン濃度を測定し、これをcontrolとした。
【0101】
結果を図11に示す。酸化還元電位を−0.6V、−0.1Vとして培養した条件では、比較データより硫酸イオン濃度が低かったことから、電圧印加を行わずに培養した条件よりも高い硫酸還元活性を示すことが確認された。0.4Vでは比較データより硫酸還元活性が低かった。したがって、−0.6V〜−0.1Vが硫酸還元菌にとっての至適酸化還元電位であると判断した。特に、−0.1V付近と、−0.6V付近に酸化還元電位を制御することで硫酸還元菌の硫酸還元活性を高められることが明らかとなった。
【図面の簡単な説明】
【0102】
【図1】本発明の微生物の活性制御方法の実施形態の一例を示す概念図である。
【図2】実験に使用した電気培養装置の概念図である。
【図3】Fe(III)−EDTAを添加した培養液のサイクリックボルタンメトリー測定結果を示す図である。
【図4】PCE脱塩素活性の酸化還元電位依存性を示す図である。
【図5】培養期間とPCE脱塩素活性の関係を示す図である。
【図6】PCE脱塩素微生物群の微生物生育数の酸化還元電位依存性を示す図である。
【図7】培養期間中の培養液の電流値変化を示す図である。
【図8】DCE脱塩素活性の酸化還元電位依存性を示す図である。
【図9】VC脱塩素活性の酸化還元電位依存性を示す図である。
【図10】VC脱塩素微生物群の微生物生育数の酸化還元電位依存性を示す図である。
【図11】硫酸還元活性の酸化還元電位依存性を示す図である。
【図12】PCEからETHまでの一連の脱塩素反応を示す図である。
【図13】本発明の微生物の活性制御方法の実施形態の他の例を示す概念図である。
【図14】本発明の微生物の活性制御方法の実施形態のさらに他の例を示す概念図である。
【図15】培養液の酸化還元電位の制御に関する図である。
【符号の説明】
【0103】
2 活性制御対象微生物
3 酸化還元物質
4,4a,4b 培養液
9 作用極
10 対極
11 参照電極
13 電子受容体物質
【特許請求の範囲】
【請求項1】
活性制御対象微生物を含む培養液に電極を浸漬し、この電極に電位を印加して前記培養液の酸化還元電位を前記活性制御対象微生物の至適範囲に制御し、前記活性制御対象微生物を選択的に活性化することを特徴とする微生物の活性制御方法。
【請求項2】
前記酸化還元電位の制御は、前記電極に印加された電位により酸化還元反応を生じる酸化還元物質を前記培養液に含ませて、前記電極に印加された電位により前記酸化還元物質の酸化体と還元体の濃度比を制御することにより行う請求項1に記載の微生物の活性制御方法。
【請求項3】
前記培養液には、前記活性制御対象微生物の電子受容体として機能する物質がさらに含まれている請求項1に記載の微生物の活性制御方法。
【請求項4】
前記活性制御対象微生物の活性化を嫌気環境下で行う請求項1に記載の微生物の活性制御方法。
【請求項5】
前記活性制御対象微生物はテトラクロロエチレン(PCE)脱塩素微生物であり、前記培養液の酸化還元電位を銀・塩化銀電極に対して−0.7V超〜−0.5V未満に制御する請求項1に記載の微生物の活性制御方法。
【請求項6】
前記活性制御対象微生物はジクロロエチレン(DCE)脱塩素微生物であり、前記培養液の酸化還元電位を銀・塩化銀電極に対して−0.5V〜−0.2V未満に制御する請求項1に記載の微生物の活性制御方法。
【請求項7】
前記活性制御対象微生物はビニルクロライド(VC)脱塩素微生物であり、前記培養液の酸化還元電位を銀・塩化銀電極に対して−0.5V超〜−0.2V未満に制御する請求項1に記載の微生物の活性制御方法。
【請求項8】
前記活性制御対象微生物は硫酸還元菌であり、前記培養液の酸化還元電位を銀・塩化銀電極に対して−0.6V〜−0.1Vに制御する請求項1に記載の微生物の活性制御方法。
【請求項1】
活性制御対象微生物を含む培養液に電極を浸漬し、この電極に電位を印加して前記培養液の酸化還元電位を前記活性制御対象微生物の至適範囲に制御し、前記活性制御対象微生物を選択的に活性化することを特徴とする微生物の活性制御方法。
【請求項2】
前記酸化還元電位の制御は、前記電極に印加された電位により酸化還元反応を生じる酸化還元物質を前記培養液に含ませて、前記電極に印加された電位により前記酸化還元物質の酸化体と還元体の濃度比を制御することにより行う請求項1に記載の微生物の活性制御方法。
【請求項3】
前記培養液には、前記活性制御対象微生物の電子受容体として機能する物質がさらに含まれている請求項1に記載の微生物の活性制御方法。
【請求項4】
前記活性制御対象微生物の活性化を嫌気環境下で行う請求項1に記載の微生物の活性制御方法。
【請求項5】
前記活性制御対象微生物はテトラクロロエチレン(PCE)脱塩素微生物であり、前記培養液の酸化還元電位を銀・塩化銀電極に対して−0.7V超〜−0.5V未満に制御する請求項1に記載の微生物の活性制御方法。
【請求項6】
前記活性制御対象微生物はジクロロエチレン(DCE)脱塩素微生物であり、前記培養液の酸化還元電位を銀・塩化銀電極に対して−0.5V〜−0.2V未満に制御する請求項1に記載の微生物の活性制御方法。
【請求項7】
前記活性制御対象微生物はビニルクロライド(VC)脱塩素微生物であり、前記培養液の酸化還元電位を銀・塩化銀電極に対して−0.5V超〜−0.2V未満に制御する請求項1に記載の微生物の活性制御方法。
【請求項8】
前記活性制御対象微生物は硫酸還元菌であり、前記培養液の酸化還元電位を銀・塩化銀電極に対して−0.6V〜−0.1Vに制御する請求項1に記載の微生物の活性制御方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図5】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図4】
【図6】
【図7】
【図15】
【図2】
【図3】
【図5】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図4】
【図6】
【図7】
【図15】
【公開番号】特開2008−54646(P2008−54646A)
【公開日】平成20年3月13日(2008.3.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−238901(P2006−238901)
【出願日】平成18年9月4日(2006.9.4)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2006年3月5日 社団法人 日本農芸化学会発行の「日本農芸化学会2006年度(平成18年度)大会講演要旨集」に発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2006年8月3日 社団法人 日本生物工学会発行の「第58回日本生物工学会大会講演要旨集」に発表
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成18年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構委託研究「生物機能活用型循環産業システム創造プログラム/生分解・処理メカニズムの解析と制御技術の開発」に関し、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受ける特許出願)
【出願人】(000173809)財団法人電力中央研究所 (1,040)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成20年3月13日(2008.3.13)
【国際特許分類】
【出願日】平成18年9月4日(2006.9.4)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2006年3月5日 社団法人 日本農芸化学会発行の「日本農芸化学会2006年度(平成18年度)大会講演要旨集」に発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2006年8月3日 社団法人 日本生物工学会発行の「第58回日本生物工学会大会講演要旨集」に発表
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成18年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構委託研究「生物機能活用型循環産業システム創造プログラム/生分解・処理メカニズムの解析と制御技術の開発」に関し、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受ける特許出願)
【出願人】(000173809)財団法人電力中央研究所 (1,040)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]