説明

抗腫瘍剤

【課題】腫瘍の悪性化を効果的に抑制する抗腫瘍剤を提供する。
【解決手段】ヒトテネイシンCのフィブロネクチンIII様反復配列のA2配列部分に由来するペプチドを認識する抗体を含む抗腫瘍剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗腫瘍剤に関する。
【背景技術】
【0002】
腫瘍又は癌の治療としては、化学療法、放射線治療法及び外科療法などが知られており、例えば癌の発症メカニズム等に基づいて種々の治療方法が開発されているが、癌の転移や再発などの問題もあって、より効果的な治療方法を目指して未だに開発が続けられている。
例えば、特許文献1には、新規な癌転移関連遺伝子を同定し、このインビボにおける機能を阻害若しくは抑制する核酸を含む癌の転移抑制用組成物が開示されている。
また特許文献2には、癌細胞の遊走に関与し、癌の浸潤及び癌の転移を抑制することが推測されているリン酸化βカテニンを選択的に認識する抗体と、これを含む癌の治療剤や癌の診断剤等を開示している。
【0003】
一方、テネイシンCは、免疫組織を除いた正常細胞においてはほとんど発現が認められないが、炎症、腫瘍等の病態時に発現が誘導される化合物である。
テネイシンCを検出する方法として、いくつかの抗テネイシンC抗体が知られている(例えば、特許文献3、4参照)。またテネイシンCをマーカーとして、関節炎の診断を行なう方法が知られている(例えば、特許文献5参照)。
【0004】
テネイシンCを構成するポリペプチドには、上皮増殖因子様ドメイン、フィブロネクチン(FN)III様ドメイン、およびフィブリノーゲン様ドメインが含まれている。このうちフィブロネクチンIII様ドメインでは、基本的な8種の反復配列(1〜8)と、その5番目と6番目の間に挿入される9種のスプライシングされる反復配列(A1、A2、A3、A4、B、AD2、AD1、C、D)とが連続していることが知られている。
【0005】
またこれらのスプライシングされる反復配列部位は、マトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)で切断されやすい部位であり、テネイシンCがMMPにより切断されて生成するペプチドは種々の機能を有していると考えられている。
例えば、このテネイシンCのFNIII様ドメインにおけるA2ドメインに由来するペプチド(以下、「TNIIIA2」ということがある)は、インテグリンの活性化を引き起こすペプチドとして知られている(例えば、非特許文献1参照)。
また、テネイシンCのFNIIIの反復配列のうちBドメインには、乳癌細胞株に対して遊走促進作用、及びDNA合成活性向上作用があることが知られている(非特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2006−304716号公報
【特許文献2】特開2005−89354号公報
【特許文献3】特開2004−217546号公報
【特許文献4】特開2002−234900号公報
【特許文献5】特開2004−138489号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】J.Biol.Chem., Vol.282, pp.34929-34937, (2007)
【非特許文献2】J.Pathol.,Vol.162, pp.1857-1867,(2003)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
腫瘍又は癌の治療には、周囲の正常細胞に対する影響を抑えつつ腫瘍細胞の活性のみを選択的に阻害することが求められる。このため、腫瘍細胞の悪性化に特徴的とも言える増殖態様や転移に対して効果的な阻害活性を示す抗腫瘍剤が必要となる。
従って本発明の目的は、腫瘍の悪性化を効果的に抑制する抗腫瘍剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は以下のとおりである。
[1] ヒトテネイシンCのフィブロネクチンIII様反復配列のA2配列部分に由来するペプチドを認識する抗体を含む抗腫瘍剤。
[2] 前記抗体が、配列番号2のアミノ酸配列を含むポリペプチドを認識する抗体である[1]に記載の抗腫瘍剤。
[3] 前記抗体が、配列番号3のアミノ酸配列を有するポリペプチドを認識する抗体である[1]又は[2]に記載の抗腫瘍剤。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、腫瘍の悪性化を効果的に抑制する抗腫瘍剤を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明の実施例1にかかるポリペプチドTNIIIA2誘導性の細胞接着に対する抗ヒトTNIIIA2抗体の抑制効果を示す図である。
【図2】本発明の実施例2にかかる基底膜下浸潤実験の結果を示すグラフである。
【図3】本発明の実施例3にかかる細胞増殖実験(WSTアッセイ)の結果を示すグラフである。
【図4A】本発明の実施例3にかかるフォーカス形成実験(対照群)の結果を示す染色像である。
【図4B】本発明の実施例3にかかるフォーカス形成実験(TNIIIA2添加群)の結果を示す染色像である。
【図4C】本発明の実施例3にかかるフォーカス形成実験(TN−C添加群)の結果を示す染色像である。
【図5A】本発明の実施例4にかかる乳癌組織の免疫染色像(抗TN−C抗体)の結果を示す染色像である。
【図5B】本発明の実施例4にかかる乳癌組織の免疫染色像(抗TNIIIA2抗体)の結果を示す染色像である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の抗腫瘍剤は、ヒトテネイシンCのフィブロネクチンIII様反復配列のA2配列部位に由来するペプチドを認識する抗TNIIIA2抗体を含むものである。
本発明によれば、上記抗TNIIIA2抗体が、腫瘍細胞の増殖及び浸潤に対する阻害能を有するので、抗TNIIIA2抗体を含む本発明の抗腫瘍剤は、腫瘍の治療又は予防剤として使用することができる。
即ち、腫瘍の転移などに大きく関与することが示唆されているMMP(マトリックス・メタロ・プロテアーゼ)が存在すると、テネイシンCからTNIIIA2様断片が遊離し、腫瘍細胞上のインテグリンが活性化することにより、腫瘍細胞の増殖が過剰となるばかりか、腫瘍細胞が基底膜を超えて移動(浸潤)する。特定の理論には拘束されないが、このような機能を有するTNIIIA2の作用を抗TNIIIA2抗体が阻害することによって、腫瘍形成やその悪性化が効果的に抑制され、その結果、腫瘍の治療効果を奏するものと推測される。
【0013】
本明細書において「工程」との語は、独立した工程だけでなく、他の工程と明確に区別できない場合であっても本工程の所期の作用が達成されれば、本用語に含まれる。
また、本明細書において「〜」を用いて示された数値範囲は、「〜」の前後に記載される数値をそれぞれ最小値及び最大値として含む範囲を示す。
また、本発明において、組成物中の各成分の量について言及する場合、組成物中に各成分に該当する物質が複数存在する場合には、特に断らない限り、組成物中に存在する当該複数の物質の合計量を意味する。
以下、本発明について説明する。
【0014】
本発明における抗TNIIIA2抗体は、ヒトテネイシンCのFNIII様ドメインのA2配列部分に由来するペプチド(TNIIIA2)を認識できるものであれば特に制限はなく、モノクローナル抗体であってもポリクローナル抗体であってもよい。
また、抗原認識部位が保存されていれば免疫反応性の断片であってもよい。
【0015】
TNIIIA2は、RSTDLPGLKAATHYTITIRGVC(配列番号1)の22個のアミノ酸からなるペプチドである(J.Biol.Chem., Vol.282, pp.34929-34937(2007)参照)。本発明の抗TNIIIA2抗体は、TNIIIA2を認識する抗体であって、配列番号1で示されるTNIIIA2のアミノ酸配列のうち少なくとも一部をエピトープとするものである。抗TNIIIA2に認識されるエピトープとしては、YTITIRGV(配列番号2)のアミノ酸配列を含む部分ペプチドであればよい。
【0016】
前記TNIIIA2を認識する抗体を作製するために用いられるペプチド、即ち本発明にかかる抗TNIIIA2抗体が認識するペプチド(標的ペプチド)としては、配列番号2を含むペプチドであればよく、全長(配列番号1)であってもよい。抗原性や安定性を高める観点から、配列番号2のアミノ酸配列を有するペプチドに、リンカー機能又はリンカー機能を有する1つ以上の化合物、たとえばアミノ酸を追加してもよい。このような付加的なアミノ酸としては、キャリアタンパク質を結合するためのアミノ酸を配列番号2のアミノ酸配列を有するペプチドに付与可能とするアミノ酸を挙げることができ、例えばシステイン又はスレオニン、その他、例えば酸性アミノ酸または塩基性アミノ酸等を挙げることができ、これらを1種又は2種以上を組み合わせて使用することができる。標的ペプチドとしては、中でも、CATHYTITIRGVT(配列番号3)のアミノ酸配列であることが、抗体作製効率の観点から更に好ましい。
【0017】
前記TNIIIA2を認識する抗体は、上述した標的ペプチドを用いて、通常行われる方法によって調製することができる。
例えば、ポリクローナル抗体であれば、次のようにして得てもよい。前記配列番号1〜配列番号3のアミノ酸配列のいずれか又はこれらの混合物を標的ペプチドとして使用し、この標的ペプチドをウサギ等の小動物に免疫して血清を得る。得られた血清を公知の抗体精製手段、例えば、硫安沈殿、プロテインA、プロテインGカラム、DEAEイオン交換クロマトグラフィー、前記特定ペプチドをカップリングしたアフィニティカラム等を用いることによって本抗体を精製することで調製できる。
【0018】
また、例えばモノクローナル抗体であれば、前記標的ペプチドを、マウスなどの小動物に免疫を行い、同マウスより脾臓を摘出し、これをすりつぶして細胞を分離し、マウスミエローマ細胞とポリエチレングリコールなどの試薬により融合させ、これにより形成された融合細胞(ハイブリドーマ)の中から、前記標的ペプチドと結合する抗体を産生するクローンを選択する。次いで選択したハイブリドーマをマウス腹腔内に移植し、同マウスより腹水を回収し、得られたモノクローナル抗体を、例えば、硫安沈殿、プロテインA、プロテインGカラム、DEAEイオン交換クロマトグラフィー、前記特定ペプチドをカップリングしたアフィニティカラム等を用いることによって本抗体を精製することで調製できる。
【0019】
なお標的ペプチドは、抗原性を高めるために公知のキャリアタンパク質との融合タンパク質として免役に用いてもよい。このようなキャリアタンパク質としては、この目的で使用される公知の分子であれば特に制限なく使用することができ、例えば、KLH、GST、BSAなどを挙げることができる。
【0020】
本抗TNIIIA2抗体によって増殖又は浸潤が阻害される腫瘍の種類としては、特に制限はなく、肉腫又は癌のいずれであってもよく、例えば、白血病、リンパ腫、乳癌、肺癌、胃癌、食道癌、卵巣癌、肝細胞癌、大腸癌、膵臓癌、頭頚部癌及び前立腺癌などの癌や、線維肉腫、骨肉腫などの肉腫類、或いは神経膠腫などを挙げることができるが、特に、浸潤を起こしやすい乳癌、肺癌、神経膠腫などに対して適用されることが好ましい。
【0021】
本発明の抗腫瘍剤は、経口的にまたは非経口的に全身あるいは局所的に投与することができる。例えば、点滴などの静脈内注射、筋肉内注射、腹腔内注射、皮下注射、坐薬、注腸、経口性腸溶剤などを選択することができ、患者の年齢、症状により適宜投与方法を選択することができる。また投与量についても患者の年齢、症状等により適宜選択することができる。
【0022】
本発明の抗腫瘍剤は、投与経路に応じて医薬的に許容される担体や添加物を共に含むものであってもよい。このような担体および添加物の例として、水、医薬的に許容される有機溶媒、コラーゲン、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、カルボキシビニルポリマー、カルボキシメチルセルロースナトリウム、ポリアクリル酸ナトリウム、アルギン酸ナトリウム、水溶性デキストラン、カルボキシメチルスターチナトリウム、ペクチン、メチルセルロース、エチルセルロース、キサンタンガム、アラビアゴム、カゼイン、ゼラチン、寒天、ジグリセリン、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール、ワセリン、パラフィン、ステアリルアルコール、ステアリン酸、ヒト血清アルブミン(HSA)、マンニトール、ソルビトール、ラクトース、医薬添加物として許容される界面活性剤などが挙げられる。使用される添加物は、剤型に応じて上記の中から適宜選択されるが、これらに限定されるものではない。
【0023】
本発明の抗腫瘍剤は、抗TNIIIA2抗体を含むものであればよく、抗TNIIIA2抗体に他の物質を結合した融合型抗TNIIIA2抗体としてもよい。抗TNIIIA2抗体に融合可能な物質としては、例えば、ドキソルビシン、シスプラチン等の他の抗腫瘍剤を挙げることができる。これにより、抗TNIIIA2抗体による直接的な抗腫瘍活性のみならず、融合された抗腫瘍剤による抗腫瘍効果も期待できる。抗TNIIIA2抗体にこれらの他の抗腫瘍剤を融合する場合には、抗TNIIIA2抗体の活性を損なわない限り、例えば、リンカーを介して共有結合することによって、或いは金属イオンとの配位結合などの当業界で既知の融合又は結合方法を適用して、抗TNIIIA2抗体の活性を損なわない部位、例えば抗体の定常域(C領域)などに、対象となる他の抗腫瘍剤を融合又は結合することができる。
【0024】
また、本発明は、腫瘍の疑いのある患者又は腫瘍が既に発生している患者に対して、本発明にかかる抗腫瘍剤を投与することを含む腫瘍の治療方法を含む。ここで、「治療」には、症状の改善であればよく、病巣の肥大抑制又は縮小、転移速度の緩和又は転移の停止も、確認できる範囲でこの用語に包含される。
【0025】
患者への投与量としては、適用される薬剤の剤型や、患者の性別、年齢、症状等又はこれらの組み合わせによって異なるが、一般に、静脈内注射、筋肉内注射、腹腔内注射、皮下注射、坐薬、注腸、経口性腸溶剤、好ましくは静脈内注射とすることができる。
患者への投与方法としては、適用される薬剤の剤型や、患者の性別、年齢、症状等又はこれらの組み合わせによって異なるが、経口投与、静脈内注射、筋肉内注射、腹腔内注射、皮下注射、坐薬、注腸、経口性腸溶剤を挙げることができ、これらの投与方法から患者の状態によって適宜選択すればよい。本発明の抗体の治療上有効用量は、症状の程度や患者の状態によって異なるが、例えば、約0.1mg/kg体重〜約50mg/kg体重とすることができるが、これに限定されない。また、投与頻度は、例えば、毎日2回ないし1週間に1回の範囲とすることができるが、これに限定されない。
【実施例】
【0026】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。尚、特に断りのない限り、「%」は質量基準である。
【0027】
[実施例1]
<抗ヒトTNIIIA2抗体の作製>
アミノ酸配列CATHYTITIRGVT(配列番号3)を有するペプチドを、常法により合成した。合成したペプチドを、ハプテンとしてKLHに融合し、得られた融合ペプチドを抗原ペプチドとして用いた。免疫は家兎を用いた通常の方法に従って行った。得られた目的とする抗体を含む混合物を通常の方法により精製した。
以上のようにして、ヒトTNIIIA2に対するポリクローナル抗体(抗ヒトTNIIIA2抗体)を3種類(No.1〜No.3)得た。
【0028】
<抗体活性の評価>
上記で得られた抗ヒトTNIIIA2ポリクローナル抗体の抗体活性を、ヒトTNIIIA2によって誘導される細胞接着の抑制作用を指標とし、以下のようにして評価した。結果を図1に示した。
【0029】
細胞培地としてRPMI1640(日水製薬社)(20%FBS(JRH Biosciences社)添加)を用い、KOP2.16細胞(マウス骨髄由来血管内皮細胞株)を96穴プレートの各ウェルに5×10cells/200μL/wellの密度で播種し、37℃、5%COで4時間培養した。培養上清の100μLを取り除き、20%TCA水溶液を100μL添加した後、4℃で一晩もしくは常温で1時間放置して固相化した。これをPBS×5、RPMI1640(20%FBS添加)×1、PBS×1で順次洗浄し、各ウェルをKOP2.16細胞でコートした96穴プレートを作製した。
【0030】
上記で得られたKOP2.16細胞でコートした96穴プレートの各ウェルに12.5μg/mLのヒトTNIIIA2を含むRPMI1640(20%FBS添加)を加えた。上記で得られた抗ヒトTNIIIA2抗体(No.1〜3)を濃度が1.5μg/mL、3μg/mL、6μg/mLとなるようにそれぞれ添加し、K562細胞(白血病細胞株)を1.5×10cells/wellの密度でそれぞれ播種して、37℃、5%COで1時間培養した。
ホルマリンを添加してさらに1時間常温で放置して固定した後、PBSで3回洗浄し、リリーマイヤー・ヘマトキシリン染色を行なった。光学顕微鏡で観察し、所定の視野内の接着細胞数を計数した。
【0031】
図1から、正常ウサギIgGではヒトTNIIIA2によって誘導される細胞接着は抑制されないのに対して、本発明の抗ヒトTNIIIA2抗体は細胞接着を用量依存的に抑制することが分かる。またNo.1〜3のいずれの抗ヒトTNIIIA2抗体も同等の抗体活性を示すことが分かる。さらに本発明の抗ヒトTNIIIA2抗体は、マグネシウムイオンで誘導される細胞接着の抑制作用を示さなかった。
以上から、本発明の抗ヒトTNIIIA2抗体は、ヒトTNIIIA2に特異的に結合し、その機能を抑制できることが分かる。
【0032】
[実施例2]
<浸潤阻害活性評価>
乳癌細胞を用いて、腫瘍細胞の基底膜下浸潤に対する抗ヒトTNIIIA2抗体の阻害活性を以下のようにして評価した。
なお、基底膜モデルとしては、EHSマトリゲルを被覆したメンブレンフィルターを使用した。比較対象として用いた4F10TT抗体は、TN−C分子内のEGF様ドメインをエピトープとする抗ヒトテネイシンC(TN−C)抗体(IBL社)を用いた。ヒトテネイシンC(TN−C、又はTNC)は、ヒト由来黒色皮腫細胞SK−MEL−28細胞(理研セルバンクから購入)を大量に培養し、コンフレント到達後に培地を無血清のDMEMと入れ替え、その1週間後に回収された培養上清を、以前に報告された方法(J. Tissue Culture Methods., Vol.16, pp.201-204 (1994))に従い精製したものを使用した。マウス乳癌細胞株MMT細胞がタンパク質分解酵素MMPを産生することは、確認済みである(データなし)。
【0033】
基底膜マトリックスとしてEHS肉腫粗抽出物(6.0mg/mL;岩城硝子社)を0.15M NaCl、0.02M HEPESで5倍に希釈したものに、フィブロネクチン(FN:J. Biol. Chem., Vol.226, pp.8807-8813 (1991)に記載された方法に従って精製)を10μg/mLで加え、その溶液をガラス板上に滴下し、その上から多孔性(5.0μm)メンブレンフィルターを被せ、4℃かつ湿潤条件下で一晩放置することによって、フィルターにEHS肉腫粗抽出物とフィブロネクチンとの混合物(以下、「マトリゲル」)を被覆した。
このフィルターを、マトリゲル被覆面を下にしてトランスウェルチャンバーにセットした。RPMI1640(0.5%透析ウシ胎児血清(dFBS)添加)を用いて3.0×10cells/wellとなるように調整したMMT細胞(マウス乳腫瘍細胞株)を、チャンバーの上室に播種した。次いで、TN−C(20μg/ml)、抗TNIIIA2抗体(20μg/ml)及び4F10TT抗体(20μg/ml)を添加した。
【0034】
37℃、5%COインキュベーターで6時間インキュベートした後、フィルターの上側を綿棒で擦り、非浸潤細胞を取り除いた。その後フィルターを回収し、4%ホルマリン/5%スクロースを含むPBS(−)溶液に浸し、室温で1時間放置することでフィルターの下側へ浸潤した細胞を固定した。クリスタルバイオレット染色液で細胞を染色した後、100倍顕微鏡下であらかじめ決められた4領域の浸潤細胞数を計測した。
結果を表1及び図2に示す。
【0035】
【表1】

【0036】
表1及び図2に示されるように、TN−Cを加えると浸潤する細胞数が増加していることから、TN−Cの存在によって癌が転移することが示唆された。このようなTN−Cの存在下に抗TNIIIA2抗体を添加すると、浸潤する細胞数が低下することから、抗TNIIIA2抗体によってTN−Cの効果が抑制されることがわかった。それに対して、TN−Cの他の領域に対する公知の抗体4F10TTを加えても、浸潤する細胞数は低下しなかった。
このことから、抗TNIIIA2抗体は、基底膜を越えて細胞が浸潤することを抑制できるとわかる。
【0037】
[実施例3]
<増殖阻害活性評価>
(1)乳癌細胞の増殖試験
乳癌細胞を用いて、腫瘍細胞の増殖に対する抗ヒトTNIIIA2抗体の阻害活性を以下のようにして評価した。
96穴プレートにRPMI1640(0.5%dFBS)で1.0×10cells/wellとなるように調整したMTT細胞を、TN−C(20μg/ml)、抗TNIIIA2抗体(20μg/ml)、4F10TT抗体(20μg/ml)又はMMP−2/−9阻害剤(25μM)とともに播種した。37℃、5%CO2インキュベーターで24時間培養した後、WST法に準じてCell Counting Kit(同人化学社)を用いて評価した。
結果を表2及び図3に示す。なお吸光度はO.D.450nmの値である。
【0038】
【表2】

【0039】
表2及び図3に示されるように、MMP−2/−9阻害剤および抗TNIIIA2抗体は、TN−Cが誘導するMMTの増殖促進を抑制することが分かった。さらに、ペプチドTNIIIA2を単独で添加すると、MMTの生存/増殖は、TNIIIA2の濃度依存的に促進した(データ示さず)。従って、TN−C分子中のTNIIIA2活性部位がMMTの生存/増殖を促進することがわかった。
【0040】
(2)正常細胞の増殖試験
正常細胞株を用いて、正常細胞の悪性化に対する抗ヒトTNIIIA2抗体の阻害活性を以下のようにして検討した。
96穴プレートにDMEM(日水製薬社)(10%CS(JRH Biosciences社)添加)で2.0×10 cells/wellとなるように調整したNIH3T3細胞を、TNIIIA2(50μg/ml)またはTN−C(5μg/ml)とともに播種し、37℃、5%COインキュベーターで培養した。1週間後に培地の半分を入れ替え、更に1週間後にクリスタルバイオレットで細胞を染色した後、100倍顕微鏡下で細胞塊の形成を評価した。
結果を図4に示す。
【0041】
図4Aに示されるように、対照群では、細胞は増殖して単一層を形成後、単一層を維持していた。即ち、対照群では増殖しても細胞間の接触が生じると増殖を停止する接触阻害を示し、正常細胞の性状を示した。
これに対してTNIIIA2を添加した細胞群(図4B)及びTN−Cを添加した細胞群(図4C)ではいずれも、フォーカス形成と思われる細胞の重層化の促進が認められた。即ち、TNIIIA2及びTN−Cは、正常細胞の悪性化に密接に関与していることが示唆された。
従って、TNIIIA2及びTN−Cによる正常細胞の悪性化は、TNIIIA2及びTN−Cの活性を阻止する物質、例えば、実施例2においてTNIIIA2及びTN−Cの浸潤阻害を誘導した抗TNIIIA2抗体を添加することにより、効果的に阻止できる。
【0042】
[実施例4]
<乳癌組織におけるTNIIIA2の発現>
実際の腫瘍組織における抗TNIIIA2抗体の効果を検討するため、腫瘍組織におけるTN−C及びTNIIIA2の局在を以下のようにして確認した。
ヒト乳がん組織標本(パラフィン切片)には、三重大学医学部付属病院で乳がんの診断で切除された組織を、倫理委員会の承認の下、患者の同意を得て用いた。本切片を常法にしたがい脱パラフィン後、抗TN−Cモノクローナル抗体(4F10TT抗体)又は抗TNIIIA2ポリクローナル抗体を用いてPAP(ペルオキシダーゼ−抗ペルオキシダーゼ複合体)法により免疫染色し、TN−CおよびTNIIIA2の局在を評価した。
結果を図5A及び図5Bに示す(200倍)。黒矢頭は染色された部分を示す。
【0043】
図5Bに示されるように、乳癌組織に対する抗TNIIIA2抗体による染色は、基底膜及び胞巣間質に比較的広範に認められた。また図5Aに示されるように、抗TN−C抗体による染色も同様であった。TNIIIA2は、通常TN−C分子内では立体構造的に隠蔽されており、MMP−2を始めとするタンパク質分解酵素の作用等により露出することが確認されている。これらのことから、乳癌組織での抗TNIIIA2抗体による染色によって、乳癌組織においてTNIIIA2の露出が増大していることが示された。このことは、in vitro だけでなく、腫瘍組織においてもTNIIIA2が露出しており、周囲の腫瘍細胞に対して影響を与えていることを示しており、生体への抗TNIIIA2抗体を投与することによりその影響を阻害できることが示唆された。
【0044】
このように、TNIIIA2は、腫瘍細胞の浸潤及び重層化を伴う細胞増殖を促進する作用を有することが明らかとなり、抗TNIIIA2抗体を用いることによって、このようなTNIIIA2の活性を阻止できることが示された。
以上から、本発明の抗ヒトTNIIA2抗体は、腫瘍細胞の浸潤及び増殖を阻害し、腫瘍の悪性化を効果的に抑制できることが分かる。
【0045】
従って、本発明によれば、腫瘍の悪性化を効果的に抑制する抗腫瘍剤を提供できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒトテネイシンCのフィブロネクチンIII様反復配列のA2配列部分に由来するポリペプチドを認識する抗体を有効成分とする抗腫瘍剤。
【請求項2】
前記抗体が、配列番号2のアミノ酸配列を含むポリペプチドを認識する抗体である請求項1に記載の抗腫瘍剤。
【請求項3】
前記抗体が、配列番号3のアミノ酸配列を有するポリペプチドを認識する抗体である請求項1又は請求項2に記載の抗腫瘍剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4A】
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【図4B】
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【図4C】
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【図5A】
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【図5B】
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【公開番号】特開2012−31084(P2012−31084A)
【公開日】平成24年2月16日(2012.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−170975(P2010−170975)
【出願日】平成22年7月29日(2010.7.29)
【出願人】(803000115)学校法人東京理科大学 (545)
【出願人】(304026696)国立大学法人三重大学 (270)
【Fターム(参考)】