説明

抗腫瘍剤

本発明は、アディポネクチンを有効成分とした新規抗腫瘍剤、特に肝臓における発癌を抑制しうる抗腫瘍剤およびアディポネクチンの抗腫瘍剤としての用途ならびにアディポネクチンを用いた腫瘍に対する予防・治療方法を提供する。投与形態は、錠剤等による経口、注射等による非経口のいずれでもよく、肝発癌抑制のために静脈注射する場合、その投与量は成人患者一人当たり、1日1〜100mg/kgである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗腫瘍剤、特に抗肝腫瘍剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
アディポネクチンは、1996年、前田らによりヒト脂肪組織から新たに分離された動物脂肪組織特異的タンパク質である(非特許文献1参照)。このアディポネクチンは、脂肪組織のみならず血中にも多量に存在しており、正常ヒト血中には5〜10μg/mlという高濃度で存在している(非特許文献2参照)。
【0003】
肥満症の患者は癌の有病率が高く、また、血中アディポネクチン濃度が低下していることが知られている(非特許文献2参照)。血中アディポネクチンは、これまでに、単球系細胞およびB細胞系の細胞の増殖を抑制したり(特許文献1参照)、肝星細胞の活性化や細胞外マトリックス産生を抑制したりする作用を有することが明らかにされている(特許文献2参照)。しかしながら、血中アディポネクチン濃度と肥満患者における疾患との関係が十分に明らかにされているわけではない。
【0004】
そこで、本発明者らは血中アディポネクチン濃度の低下と疾患の関連についてさらに調査研究を進めていたところ、血中アディポネクチン濃度の低下が発癌を促進することを見出し、本願発明を完成させるに至った。
【特許文献1】特開2000−256208号公報
【特許文献2】特開2002−363094号公報
【非特許文献1】前田ら,Biochem. Biophys. Res. Commun.,第221巻,286頁,1996年
【非特許文献2】有田ら,Biochem. Biophys. Res. Commun.,第257巻,79〜83頁,1999年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、新たな抗腫瘍剤、特に肝臓における発癌を抑制しうる抗腫瘍剤およびアディポネクチンの抗腫瘍剤としての用途ならびにアディポネクチンを用いた腫瘍に対する予防・治療方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
すなわち、本発明は、
(1)アディポネクチンを有効成分としてなる抗腫瘍剤、
(2)アディポネクチンを有効成分とする抗腫瘍剤製造のための使用、
(3)アディポネクチンを投与して腫瘍の予防・治療をする方法、である。
そして、腫瘍の中でも好ましくは肝腫瘍がターゲットであって、その投与方法を注射剤とするのが好ましく、また、投与量を成人患者一人当たり、1日1〜100mg/kgとするものである。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、肝臓癌を始めとする各種臓器における発癌を抑制することが期待されるとともに、腫瘍の予防・治療目的として臨床適用の可能性がある新たな抗腫瘍剤が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】図1は、CDAA食6ヶ月投与後の肝全体像を示す写真の一例である。KOマウスでは、肝硬変および肝臓癌の発生を認めたが、WTマウス(対照マウス)では全例とも脂肪肝を呈したのみであった。
【図2】図2は、CDAA食6ヶ月投与後のHE染色による肝組織像である。KOマウスでは、脂肪肝に加えて炎症細胞の浸潤も伴っていたが、WTマウスでは著名な脂肪肝の像にしかすぎなかった。
【図3】図3は、CDAA食6ヶ月投与後のSirius Red染色による肝組織像である。KOマウスでは、門脈域の架橋形成を伴う高度の繊維化が認められたが、WTマウスでは極軽度の繊維化が認められたにすぎなかった。
【図4】図4は、CDAA食6ヶ月投与後のHE染色およびSirius Red染色によるKOマウス肝腫瘍の組織像である。この腫瘍は著明な脂肪変性を伴う高分化型脂肪肝細胞癌の像を示した。
【図5】図5は、CDAA食6ヶ月投与後の血中過酸化脂質濃度を示すグラフである。KOマウスでは、WTマウス(対照マウス)に比べて有意に血中過酸化脂質濃度の上昇が認められた。
【図6】図6は、CDAA食6ヶ月投与後の肝臓内過酸化脂質濃度を示すグラフである。KOマウスでは、WTマウス(対照マウス)に比べて有意に肝臓内過酸化脂質濃度の上昇が認められたが、KOマウスの肝腫瘍部とその正常肝の間に差はなかった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
アディポネクチンはヒトを含む動物の脂肪組織で産生され、血中にも多量存在するタンパク質である。ヒト・アディポネクチンについては、これをコードするcDNAから遺伝子組換え法により高純度に精製されたものが得られている(非特許文献2参照)。このヒト・アディポネクチンのcDNAのヌクレオチド配列はGenBankにアクセッション番号D45371で登録されている。
【0010】
また、マウス3T3−F442A細胞からクローニングされたACRP30と呼ばれる物質(Scherer. P E, et al. J. Biol. Chem. 270:26746〜26749(1995))が、アディポネクチンと同一物質と考えられている。このものも、組み替え遺伝子の手技により高純度のものが得られており、前者と同様に使用できる。そして、アディポネクチンのアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、抗腫瘍活性を有するタンパク質も本発明におけるアディポネクチンに含まれる。
【0011】
本明細書において抗腫瘍活性とは、癌の増殖を抑制する活性、癌を縮小する活性及びまたは、癌の発生を予防する活性をいう。そして、本明細書においては、癌と腫瘍は同じ意味に用いられている。
【0012】
本発明の抗腫瘍剤の投与対象者は限定されるものでないが、特に、肥満症など、腫瘍発症の高リスク患者が適切である。また、既に腫瘍を生じている患者に対して投与することも有効であって、腫瘍の進行を抑制できる。投与対象となる腫瘍は良性悪性いずれを問わず、例えば肝癌(肝腫瘍)、肺癌(肺腫瘍)、大腸癌、胃癌、乳癌、膵臓癌、子宮癌などの各種臓器癌(臓器腫瘍)が挙げられるが、この中でも特に有効なのは肝腫瘍、肝癌である。
【0013】
本発明の抗腫瘍剤は、全身的または局所的に投与できる。全身的な投与としては静脈内注射、皮下注射、筋肉内注射などの非経口法の他、経口投与等が挙げられ、いわゆる遺伝子治療などによって実質的にアディポネクチンを体内にて産生させる方法も採用しえる。
【0014】
本発明の医薬の製剤形態としては、注射剤などの液剤、粉末、顆粒、錠剤、カプセル剤、坐剤などの固形剤などが挙げられる。
【0015】
ヒトに非経口的に投与するために製造される組成物としては、注射剤、坐剤などが挙げられる。組成物が注射剤として製造される場合、例えば溶剤(注射用蒸留水など)、安定化剤(エデト酸ナトリウムなど)、等張化剤(塩化ナトリウム、グリセリン、マンニトールなど)、pH調整剤(塩酸、クエン酸、水酸化ナトリウムなど)、懸濁化剤(メチルセルロース、カルボキシルメチルセルロースナトリウムなど)を用いることができ、坐剤として製造される場合、例えば坐剤基剤(カカオ脂、マクロゴールなど)などを適宜に選択して使用できる。
【0016】
ヒトに経口的に投与される組成物としては、例えば粉末、顆粒、錠剤、カプセル剤、シロップ剤および液剤などが挙げられる。組成物が粉末、顆粒、錠剤などとして製造される場合、固形組成物を製造するのに好適な任意の製薬担体、例えば賦形剤(デンプン、トウモロコシデンプン、ブドウ糖、果糖、白糖など)、滑沢剤(ステアリン酸マグネシウムなど)、崩壊剤(デンプン、結晶セルロースなど)、結合剤(デンプン、アラビアゴムなど)などを用いることができ、適当なコーティング剤(ゼラチン、白糖、アラビアゴム、カルナバロウなど)、腸溶性コーティング剤(例えば酢酸フタル酸セルロース、メタアクリル酸コポリマー、ヒドロキシプロピルセルロースフタレート、カルボキシメチルエチルセルロースなど)などで剤皮を施してもよい。さらに、持続性製剤(DDS製剤)ためのコーティング剤として、例えばヒドロキシプロピルメチルセルロース、エチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ポリオキシエチレングリコール、ツイーン80、ブルロニックF68、セルロースアセテートフタレート、ヒドロキシプロピルメチルセルロースフタレート、ヒドロキシメチルセルロースアセテートサクシネート、オイドラギット(ローム社製、ドイツ、メタアクリル酸・アクリル酸共重合)などが用いられる。カプセル剤とする場合には、適当な賦形剤、例えば流動性と滑沢性を向上させるためのステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸カルシウム、タルク、軽質無水ケイ酸など、また加圧流動性のための結晶セルロースや乳糖などの他、上記崩壊剤などを適宜添加したものを均等に混和または、粒状、もしくは粒状としたものに適当なコーティング剤で剤皮を施したものを充填するか、適当なカプセル基剤(ゼラチンなど)にグリセリンまたはソルビトールなど加えて塑性を増したカプセル基剤で被包成形することもできる。これらカプセル剤には必要に応じて、着色剤、保存剤〔二酸化イオウ、パラベン類(パラオキシ安息香酸メチル、エチル、プロピルエステル)など〕などを加えることができる。カプセル剤は通常のカプセルの他、腸溶コーティングカプセル、胃内抵抗性カプセル、放出制御カプセルとすることもできる。腸溶性カプセルとする場合、腸溶性コーティング剤でコーティングしたリポソームを通常のカプセルに充填または、カプセル自身を腸溶性コーティング剤でコーティング、もしくは腸溶性高分子を基剤として成形することができる。また、組成物がシロップや液剤として製造される場合、例えば安定剤(エデト酸ナトリウムなど)、懸濁化剤(アラビアゴム、カルメロースなど)、矯味剤(単シロップ、ブドウ糖など)、芳香剤などを適宜に選択して使用することができる。
【0017】
投与量は、疾病の種類、患者の性別、年齢、疾病の程度、投与形態、投与ルート等により異なってくるが、肝発癌抑制のために静脈注射する場合、成人患者一人当たり、1日1〜100mg/kg、好ましくは3〜20mg/kgである。そして、対象者の血中アディポネクチン濃度に応じて増減して投与するのが好ましく、1日1回もしくは1日2〜3回に分けて投与しても差し支えない。
【実施例1】
【0018】
以下、試験例、製剤例に基づいて本発明について具体的に説明する。
【0019】
試験例
1.材料と方法
試験例として8週令のアディポネクチンノックアウトマウス(以下「KOマウス」という)と対照例として8週令の正常マウスを用いて行った。KOマウスは、前田らの方法(Maeda N, et al. Nat. Med. 8,731-732,2002)に従って作製したものである。
試験は、次のとおりである。KOマウスおよび正常マウスに8週令の時点から、通常食をコリン欠乏アミノ酸置換食(CDAA食:Nakae D, et al. Cancer Res. 52,5042-5045,1992)に置換し、1、3、6ヶ月後に屠殺して、肝細胞腫瘍の発症を観察した。また、6ヶ月間CDAA食を投与したマウスについては、肝臓中の脂質含有量(総コレステロール量、トリグリセライド量、遊離脂肪酸量)および過酸化脂質量をも測定した(個体数:n=14)。なお、肝内脂質はクロロホルム・メタノール抽出後、自動分析装置日立製作所7170型を用いて測定し、過酸化脂質量は過酸化脂質測定キット(ワコー社製)を用いて測定した。
【0020】
2.試験結果
各マウスにおける肝細胞腫瘍の発症率を表1に、また、ラット肝臓内における脂質含有量を表2に示す。
【0021】
【表1】

【0022】
【表2】

【0023】
CDAA食は肝臓におけるレシチンからのVLDL産生を障害し、肝細胞内にトリグリセリドが貯留することによって著明な脂肪肝が引き起こされ、約1年後に肝発腫瘍を認めることが知られている。また、メスのマウスではオスに比し、発癌率が低いことも明らかになっている。ところが、CDAA食を投与したKOマウス群においては、わずか6ヶ月の投与の結果、オスのKOマウス群に14匹中4匹に肝腫瘍(肝細胞癌)の発症が見られ、メスのKOマウス群には16匹中2匹に肝腫瘍の発症が見られた。すなわち、血中のアディポネクチン欠乏が腫瘍発生までの期間を短くし、肝臓の発癌を促進することが明らかになった。この事実から、アディポネクチンの投与が発癌、特に肝臓における発癌を抑制することが言える。
製剤例1 注射剤
アディポネクチン 2mg
リン酸緩衝液 適量(pH7.0)
合計1ml
これを2mLのガラスアンプルに分注して密封、滅菌する。
製剤例2 錠剤(腸溶錠)
アディポネクチン 0.8g
トウモロコシデンプン 12g
乳糖 27.2g
ステアリン酸マグネシウム 0.4g
アディポネクチン、乳糖およびトウモロコシデンプンを加えてよく混和し、湿性錠剤調製法に準じて打錠用顆粒とする。ステアリン酸マグネシウムを加えて打錠して錠剤400錠とする。錠剤は、腸溶性コーティング剤(メタアクリル酸コポリマー)でコーティングする。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アディポネクチンを有効成分とする抗腫瘍剤。
【請求項2】
肝腫瘍の予防・治療剤である請求項1に記載の抗腫瘍剤。
【請求項3】
アディポネクチンを有効成分とする抗腫瘍剤製造のための使用。
【請求項4】
注射剤である請求項1〜3のいずれかに記載の抗腫瘍剤もしくは使用。
【請求項5】
アディポネクチンを投与して腫瘍の予防・治療をする方法。
【請求項6】
注射剤として投与する請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記腫瘍は、肝腫瘍である請求項3〜6のいずれかに記載の使用または方法。
【請求項8】
前記投与量が、成人患者一人当たり、1日1〜100mg/kgである請求項1〜7のいずれかに記載の抗腫瘍剤もしくは使用または方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【国際公開番号】WO2005/042007
【国際公開日】平成17年5月12日(2005.5.12)
【発行日】平成19年4月26日(2007.4.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−515133(P2005−515133)
【国際出願番号】PCT/JP2004/015900
【国際出願日】平成16年10月27日(2004.10.27)
【出願人】(000001856)三共株式会社 (98)
【Fターム(参考)】