説明

抗菌性試験用標準試験片、その製造方法及び抗菌性試験方法

【課題】評価のバラツキをより正確に見定めることのできる抗菌効果評価用標準試験片を提供する。
【解決手段】この抗菌性試験用標準試験片は、基板1と、この基板1の一定面積上に形成され、基板1の表面に結合した第1化合物からなる第1結合層2と、第1結合層2上に単位面積当たりに一定量で配列され、各第1化合物に特異的に結合し、かつ個々の分子が一定量の抗菌成分6を保持可能な第2化合物からなる第2結合層4と、各第2化合物の分子毎に露出状態で保持された抗菌成分6とからなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗菌性試験用標準試験片、その製造方法及び抗菌性試験方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、表面における細菌の増殖を抑制し、衛生的な使用状況を提供するため、抗菌加工製品が生産、販売されている。抗菌加工製品は、繊維、プラスチック、金属、セラミックス、塗料、ゴム、木材、紙等からなる基体上に抗菌加工を施したものである。抗菌加工のためには、銀、銅、亜鉛等の金属単体又は化合物、これら金属を無機系担体に担持した抗菌剤、ヒノキチオール、キトサン等の天然系抗菌剤、ピリジン系、イミダゾール系等の有機系抗菌剤等の抗菌成分が用いられている。
【0003】
これらの抗菌加工製品の抗菌効果を評価する規格として、日本では、経済産業省(旧通商産業省)の生活関連新機能加工製品懇談会が発表した抗菌製品ガイドラインに対応し、JIS Z 2801:2000「抗菌加工製品−抗菌性試験方法・抗菌効果」が規定されている。この規格では、黄色ぶどう球菌(Staphylococcus aureus)及び大腸菌(Escherichia coli)を抗菌加工製品及び無加工製品に接種し、それらを培養した後、それぞれの生菌数の対数値の差を抗菌活性値とし、この抗菌活性値により抗菌加工製品の抗菌効果を評価する。また、工業標準化法に基づく試験事業者認定制度(JNLA)において、抗菌性試験が認定区分に加えられ、当該分野の試験所認定も開始された。
【0004】
一方、JNLAは、試験所認定における国際規格がISO/IEC Guide25からISO/IEC17025:1999に改正されたことに対応して、新規申請については2001年7月から、既認定試験事業者に対する立ち入り検査においては2002年1月から、すべての試験事業者にISO/IEC17025[JIS Q 17025:2000]を適用し、同時に「試験の不確かさに関する要求事項」を適用する方針を表明した。
【0005】
試験所における「測定の不確かさ」の概念はこれまで馴染みのないものであり、電気や物理の分野においても各国の方針が未だ明確にまとまっていない状況にある。まして、微生物を用いるバイオアッセイの分野においては、国際的にも最も手のつけ難い分野であると考えられており、抗菌性試験においても、試験所認定制度の運用において不確かさの推定についてのガイドとなりうる実施例が必要とされている。
【0006】
現在、わが国の抗菌加工製品の生産拠点や技術をアジアや欧米等の海外に急速に移転しつつある状況から、抗菌加工製品に関する規格は、国家規格(JIS Z 2801:2000)から国際規格(ISO規格)へステップアップすることが国内外で求められており、不確かさを考慮した試験方法の再設計(試験法のISO規格化作業)が必要である。一方、国際的市場においては、国際基準適合を受けている信頼性のある試験所のデータが求められ、一つの試験所で得られたデータが世界中で受入れられるような仕組み(One-Stop-Testing)の恩恵はきわめて大きい。そのためには、試験所の技術水準に左右されない均質で安定的な抗菌性試験が可能な抗菌性試験用標準試験片が必要不可欠である。
【0007】
以上のことから、現在、特許文献1記載の抗菌性試験用標準試験片が検討されている。この抗菌性試験用標準試験片は、図5(A)に示すように、ポリエチレンテレフタレート(PET)フィルム製の基体90の一定面積の表面に一定量の抗菌成分91を含む水溶性樹脂92を塗布したものである。この抗菌性試験用標準試験片を用いて例えばJISの抗菌性試験を行った場合、図5(B)に示すように、理想的には菌液によって水溶性樹脂92が溶解し、全ての抗菌成分91が抗菌作用に寄与すると考えられる。このため、この場合には、測定の不確かさが従来よりも明確になり、抗菌効果を正確かつ高い再現性の下で評価することが可能であると考えられる。
【0008】
【特許文献1】特開2002−95497号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし、上記従来の抗菌性試験用標準試験片では、現実には、図5(C)に示すように、水溶性樹脂92が菌液に必ずしも均一に溶解しないことから、一部の抗菌成分91が水溶性樹脂92内に保持されたまま抗菌効果が評価されてしまうおそれがある。この場合、評価のバラツキを正確に見定めることができないこととなり、世界標準としては採用が困難となる。
【0010】
本発明は、上記従来の実情に鑑みてなされたものであって、評価のバラツキをより正確に見定めることのできる抗菌効果評価用標準試験片を提供することを解決すべき課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
発明者らは、上記課題解決のために鋭意研究を行った。この際、「現代化学」((株)東京化学同人、2002年4月号、32〜37頁)によれば、コレラ菌溶血毒のようなステロール結合性タンパク質はステロール結合性を有しており、そのステロール上で結合して一層のタンパク質の膜を形成する。このようなタンパク質は基板上に単位面積当たりに一定量で配列されると考えられる。また、そのようなタンパク質は抗菌成分も一定量保持可能であると考えた。こうして、本発明を完成させるに至った。
【0012】
本発明の抗菌性試験用標準試験片は、基板と、該基板の一定面積上に形成され、該基板の表面に結合した第1化合物からなる第1結合層と、該第1結合層上に単位面積当たりに一定量で配列され、各該第1化合物に特異的に結合し、かつ個々の分子が一定量の抗菌成分を保持可能な第2化合物からなる第2結合層と、各該第2化合物の分子毎に露出状態で保持された該抗菌成分とからなることを特徴とする。
【0013】
本発明の抗菌性試験用標準試験片では、第1化合物からなる第1結合層が基板の一定面積上に形成されている。各第1化合物に特異的に結合し、かつ個々の分子が一定量の抗菌成分を保持可能な第2化合物は、この第1結合層上に単位面積当たりに一定量で配列されることとなる。そして、それらの第2化合物が一定量の抗菌成分を露出状態で保持する。このため、この抗菌性試験用標準試験片では、菌液が一定量の抗菌成分と接触することとなり、この状態で抗菌効果が評価されることとなる。このため、本発明の抗菌性試験用標準試験自体が評価のバラツキを生じることがない。
【0014】
したがって、本発明の抗菌性試験用標準試験片によれば、試験片以外による評価のバラツキをより正確に見定めることが可能になる。
【0015】
本発明の抗菌性試験用標準試験片は本発明の製造方法によって製造することができる。本発明の抗菌性試験用標準試験片の製造方法は、基板を用意する基板用意工程と、該基板の表面に結合した第1化合物からなる第1結合層を該基板の一定面積上に形成する第1結合層形成工程と、各該第1化合物に特異的に結合し、個々の分子が一定量の抗菌成分を保持可能な第2化合物を該第1結合層上に単位面積当たりに一定量で配列させる第2結合層形成工程と、各該第2結合層の分子毎に該抗菌成分を露出状態で保持する抗菌成分保持工程とからなることを特徴とする。
【0016】
基板用意工程では基板を用意する。この基板は表面が疎水性のものであることが好ましい。この基板としては、表面研磨加工済みのガラス、ポリエチレン、アクリル、ポリビニリデンジフルオライド(Polyvinylidene Difluoride(PVDF))膜、雲母等を採用することができる。基板の表面を疎水性にするためには、表面にシリコーン、フッ素等をコーティングすることができる。
【0017】
第1結合層形成工程では、基板の表面に結合した第1化合物からなる第1結合層を基板の一定面積上に形成する。第1化合物としては、ステロールを採用することができる。ステロールとしては、コレステロール(colesterol)、ジオスゲニン(diosgenin)、カンペステロール(campesterol)、エルゴステロール(ergosterol)等を採用することができる。これらのステロールにより第1結合層を形成する場合、ステロールをクロロフォルム等の揮発性の高い溶剤に溶解してステロール液とした後、上記疎水性の基板上にステロール液を塗布することができる。
【0018】
第2結合層形成工程では、各第1化合物に特異的に結合し、個々の分子が一定量の抗菌成分を保持可能な第2化合物を第1結合層上に単位面積当たりに一定量で配列させる。第2化合物としては、ステロール結合性タンパク質を採用することができる。ステロール結合性タンパク質としては、コレラ菌溶血毒等を採用することができる。コレラ菌溶血毒は、細胞毒性があるだけでなく、病原性細菌であるコレラ菌から精製しなければならない。そこで、遺伝子工学的手法を用いてコレラ菌溶血毒のステロール結合能のみを有する領域を同定し、この領域のみを大腸菌を用いて大量に産生させることが必要である。
【0019】
第1結合層上にステロール結合性タンパク質からなる第2結合層を単位面積当たりに一定量で配列する場合、ステロール結合性タンパク質をリン酸緩衝液あるいはトリス緩衝液に分散させた溶液を調製し、この溶液を第1結合層をもつ基板に薄く塗布することにより、ステロール結合性タンパク質を第1結合層のステロール分子に特異的に結合させ、薄層又は一層のタンパク質の膜を形成させることができる。こうして得られる第2結合層は、アミノ基、カルボキシル基、SH基又は特異的な結合能を有する化学物質を表面に位置させていることとなる。
【0020】
抗菌成分保持工程では、各第2結合層の分子毎に抗菌成分を露出状態で保持する。この抗菌成分としては、タンパク質と結合性の高い銀、銅等の無機系抗菌剤の他、アルコール系、フェノール系、アルデヒド系、カルボン酸系、エステル系、エーテル系、ニトリル系、過酸化物・エポキシ系、ハロゲン系、ピリジン・キノリン系、トリアジン系、イソチアゾロン系、イミダゾール系、チアゾール系、アニリド系、ビグアナイド系、ジスルフィド系、チオカーバメート系、ペプチドタンパク系、界面活性剤系及び有機金属系等の有機系抗菌剤、有機−無機系ハイブリッド型抗菌剤を採用することができる。タンパク質との反応性、選択的な反応から、官能基がフェノール系、カルボン酸系、アルデヒド系又はペプチドタンパク系の抗菌剤であれば、定量的、安定な結合が可能である。
【0021】
本発明の抗菌性試験方法は本発明の抗菌性試験用標準試験片を用いて行うことを特徴とする。この場合、本発明の抗菌性試験用標準試験自体が評価のバラツキを生じることがないため、測定の不確かさが従来よりもさらに明確になり、抗菌効果を正確かつ高い再現性の下で評価することが可能である
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下、本発明を具体化した実施例を図面を参照しつつ説明する。
【実施例】
【0023】
(1)基板用意工程
図1に示すように、20(mm)×20(mm)×0.2(mm)の基板1を用意した。この基板1はポリビニリデンジフルオライド(Polyvinylidene Difluoride(PVDF))膜からなる。
【0024】
(2)第1結合層形成工程
コレステロールを溶剤としてのクロロフォルムに100〜500(nmol/μl)の濃度になるように溶解し、ステロール液を作製した。そして、シリコンチューブを被覆した三角形の形状のスプレッダーを用いて上記基板1上にこのステロール液を塗抹し、図2に示すように、ステロールからなる第1結合層2を形成した。また、ステロール液中に基板1をくぐらせることにより、第1結合層2を基板1上に形成することもできる。こうして、第1基板3とした。
【0025】
(3)第2結合層形成工程
ステロール結合性タンパク質として、コレラ菌溶血毒(分子の質量;65kDa)を用いる。遺伝子工学的手法を用いてコレラ菌溶血毒のスチロール結合能のみを有する領域を同定し(C末端側400残基を欠失させた約250残基の領域)、この領域のみを大腸菌を用いて大量に産生させた。そして、ステロール結合性タンパク質をリン酸緩衝液(pH7.2)に分散させた溶液(100ng〜1μg/ml)を調製し、この溶液1ml中に各第1基板3を沈め、1時間室温に静置した。溶液から各第1基板3を取り出した後、10mlのリン酸緩衝液に浸して5分間振動し、洗浄した。この操作を10回繰り返し、非特異的に結合しているステロール結合性タンパク質を洗い出した。これにより、図3に示すように、第1基板3の表面の第1結合層2に対し、およそ10nm(詳細は不明)の長さのステロール結合性タンパク質4aを垂直に結合させ、ステロールの濃度に依存したステロール結合性タンパク質4aの定量的且つ3次元的に均一な配列からなる第2結合層4を第1基板3上に施すことができた。こうして得られる第2結合層4は、アミノ基、カルボキシル基、SH基又は特異的な結合能を有する化学物質を表面に位置させていることとなる。こうして、第2基板5とした。
【0026】
(4)抗菌成分保持工程
抗菌成分として、グルタールアルデヒド(Glutar alddhyde)を用意し、図4に示すように、第2基板5上の第2結合層4の化学物質を介して抗菌成分6を結合させた。これにより、各タンパク質4a毎に抗菌成分6を露出状態で保持し、抗菌性試験用標準試験片ができた。
【0027】
得られた抗菌性試験用標準試験片により抗菌性試験を行えば、菌液が一定量の抗菌成分6と接触することとなり、この状態で抗菌効果が評価されることとなる。このため、抗菌性試験用標準試験自体が評価のバラツキを生じることがない。
【0028】
したがって、これらの抗菌性試験用標準試験片によれば、試験片以外による評価のバラツキをより正確に見定めることが可能になる。このため、抗菌性試験においても、測定の不確かさが従来よりもさらに明確になり、抗菌効果を正確かつ高い再現性の下で評価することが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0029】
本発明は抗菌性試験に利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】実施例に係り、基板の斜視図である。
【図2】実施例に係り、第1結合層をもつ基板の斜視図である。
【図3】実施例に係り、第1結合層及び第2結合層をもつ基板の斜視図である。
【図4】実施例に係る抗菌性試験用標準試験片の斜視図である。
【図5】従来例に係る抗菌性試験用標準試験片を示し、図(A)は試験片の模式断面図、図(B)は理想的な試験中の試験片の模式断面図、図(C)は現実的な試験中の試験片の模式断面図である。
【符号の説明】
【0031】
1…基板
2…第1結合層
4…第2結合層
6…抗菌成分

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板と、
該基板の一定面積上に形成され、該基板の表面に結合した第1化合物からなる第1結合層と、
該第1結合層上に単位面積当たりに一定量で配列され、各該第1化合物に特異的に結合し、かつ個々の分子が一定量の抗菌成分を保持可能な第2化合物からなる第2結合層と、
各該第2化合物の分子毎に露出状態で保持された該抗菌成分とからなることを特徴とする抗菌性試験用標準片。
【請求項2】
前記基板は表面が疎水性のものであり、前記第1化合物はステロールであり、前記第2化合物はステロール結合性タンパク質であることを特徴とする請求項1記載の抗菌性試験用標準片。
【請求項3】
前記ステロール結合性タンパク質はコレラ菌溶血毒であることを特徴とする請求項2記載の抗菌性試験用標準試験片。
【請求項4】
基板を用意する基板用意工程と、
該基板の表面に結合した第1化合物からなる第1結合層を該基板の一定面積上に形成する第1結合層形成工程と、
各該第1化合物に特異的に結合し、個々の分子が一定量の抗菌成分を保持可能な第2化合物を該第1結合層上に単位面積当たりに一定量で配列させる第2結合層形成工程と、
各該第2結合層の分子毎に該抗菌成分を露出状態で保持する抗菌成分保持工程とからなることを特徴とする抗菌性試験用標準試験片の製造方法。
【請求項5】
前記基板は表面が疎水性のものであり、前記第1化合物はステロールであり、前記第2化合物はステロール結合性タンパク質であることを特徴とする請求項4記載の抗菌性試験用標準片の製造方法。
【請求項6】
前記ステロール結合性タンパク質はコレラ菌溶血毒であることを特徴とする請求項5記載の抗菌性試験用標準試験片の製造方法。
【請求項7】
請求項1乃至3のいずれか1項記載の抗菌性試験用標準試験片を用いて行うことを特徴とする抗菌性試験方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−14709(P2006−14709A)
【公開日】平成18年1月19日(2006.1.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−198497(P2004−198497)
【出願日】平成16年7月5日(2004.7.5)
【出願人】(502052985)
【出願人】(504259085)
【出願人】(000000479)株式会社INAX (1,429)
【Fターム(参考)】