説明

抵抗低減剤及び抵抗低減剤を製造する方法

【課題】界面活性剤系抵抗低減剤では必要不可欠であった対イオンの添加が不要で導入が簡易であり且つ分子間相互作用によって自己集合する性質を持つ物質を使うことによりせん断力による長鎖状構造の劣化が発生しない抵抗低減剤を提供する。
【解決手段】管内を流れる液体の管摩擦抵抗を低減させるための抵抗低減剤は、液体中に均一に分散させられ且つネットワーク構造を形成した有機ナノチューブを含有する。このような抵抗低減剤は、有機ナノチューブを添加した液体を有機ナノチューブの液晶相転移温度以上に加熱した後、液晶相転移温度以下まで冷却することによって作製される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、管内の液体の摩擦抵抗を低減させる抵抗低減剤及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
空調は、工場やビルなどの公共設備には欠かすことができないものであり、これらには閉鎖循環型流体輸送システムが使用されている。このような閉鎖循環型流体輸送システムの配管は長距離にわたって延びており、配管内を流れる流体にかかる管内抵抗なども大きくなるため、大きな流体輸送動力が必要となり、流体輸送システムの設備コストも膨大になる。
【0003】
一方、管内を流れる流体では、流体相互や管壁との境界で生じる摩擦抵抗、それに伴う乱流などが生じ、それらにより管内の流体に対して流れに抗する力が働くこと、そうした流体の中に僅かな量の特定物質を添加することにより、管内における流体の流れがよりスムーズになる、あるいは管内の流体に対する抗力を低下させることができることが知られている。このような作用を持つ物質は、当該分野では「流れ促進剤」、「効力減少剤」、「摩擦抵抗低減剤」、「DR剤」などと呼ばれている(本願明細書中ではこれらを「抵抗低減剤」と総称する)。
【0004】
そこで、流体輸送システムの設備コストを削減するために、管内流れの抵抗低減を促進することによって流体輸送の動力を低減させる技術として、抵抗低減剤を使用することが提案されている。こうした提案には、界面活性剤を用いた抵抗低減法や高分子剤を用いた抵抗低減法等がある。これらの公知技術例として以下の3つ(特許文献1〜3)に記載のものが挙げられる。
【0005】
特許文献1及び特許文献2には、界面活性剤系抵抗低減剤を用いた抵抗低減方法が記載されている。「界面活性剤」とは、石鹸分子のように、水と親和性の高い親水基と、油と親和性の高い親油基(疎水基)とを併せ持つ物質を意味する。この界面活性剤系抵抗低減剤は対イオンを加えることにより、管内流れ中で、棒状ミセルを形成する。ここで、「ミセル」とは親水基と親油基を持つ分子が集合したコロイド粒子であり、これらが棒状に集合したものを棒状ミセルという。抵抗低減効果を持つ界面活性剤は、管内流れ中で、棒状ミセルの状態になり、これら棒状ミセル同士が連結し、絡み合うことで、棒状ミセルのネットワーク構造を形成する。このネットワーク構造を形成することによって、流れの乱流構造を抑制し、流れを層流化することによって、抵抗低減効果を発揮する。
【0006】
ここで重要なのは、界面活性剤ならどんなものでも抵抗低減効果を奏するわけではないということと、界面活性剤を入れることで管内の流体の粘度が下がって抵抗が低減するわけではないということである。すなわち、界面活性剤ならどんなものでも抵抗低減効果を奏するわけではなく、抵抗低減効果を得るには、棒状ミセルを形成し長鎖状のネットワークを構成するものでなくてはならない。また、界面活性剤を入れることで管内の流体の粘度が下がって抵抗が低減するわけではなく、界面活性剤を入れることによって流体の粘度が上がり、本来ならば抵抗が増加するところ、界面活性剤が棒状ミセルによって構成されたネットワーク構造を形成し、これによって乱流構造が抑制される結果として、相対的に抵抗が減少する。
【0007】
界面活性剤分子は、自己集合によってミセルを形成しているため、管壁との摩擦力によるせん断力が流体中の棒状ミセルに働いてネットワーク構造が破壊されても、自己修復する性質を持つ。すなわち、界面活性剤系抵抗低減剤は、時間が経過しても、抵抗低減効果がせん断力による劣化を受けないという利点を有する。
【0008】
特許文献3には、高分子系抵抗低減剤を用いた抵抗低減方法が記載されている。「高分子」とは非常に多数の原子が共有結合してできた分子を意味する。このような高分子には連結できる特性を有するものがあり、これらが管内流れ中において、長鎖状に連結してネットワーク構造を形成することによって、流れの乱流構造を抑制し、流れを層流化することによって、抵抗を低減する。
【0009】
高分子は、界面活性剤分子と異なり、最初から長鎖状の形状を構成しているため、対イオン等の他の物質を注入する必要がない、すなわち、高分子系抵抗低減剤は界面活性剤系抵抗低減剤より簡易な導入が可能であるという利点を有する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2002−080820号公報
【特許文献2】特開2004−323814号公報
【特許文献3】特開2000−136396号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、上述した公知技術はそれぞれ問題点を含んでいる。
【0012】
特許文献1及び特許文献2に記載されているような界面活性剤系抵抗低減剤は、上述したように、対イオンを加えることにより棒状ミセルを形成し、これらが連結してネットワーク構造を形成することによって抵抗低減効果を発揮する。すなわち、対イオンの添加が抵抗低減効果の発揮のために不可欠である。また、この対イオンの添加量が適切でないと棒状ミセルを形成できず、抵抗低減効果を発揮することができない。したがって、対イオンの濃度は適切な量でなければならず、導入には精密な調節が必要とされ、また、流体中の界面活性剤と対イオンの分量の定期的な確認及びメンテナンス等の精密な調節を必要とする問題点を有する。このため、普及しにくいという問題がある。したがって、界面活性剤系抵抗低減剤では、導入を簡易化し、さらにメンテナンス等にかかるコストを削減することが課題となる。
【0013】
また、特許文献3に記載のような高分子系抵抗低減剤は、界面活性剤系抵抗低減剤と異なり、自己集合する性質を有していない。このため、管内流れにおいて発生する壁面との摩擦によるせん断応力の影響を受けて高分子の長鎖状構造が徐々に破壊されてしまう。このため、高分子系抵抗低減剤は、時間経過に伴って抵抗低減効果が減少するという問題点を有する。時間経過に伴って抵抗低減効果が低下してしまうと、閉鎖循環系では使用できないなどの制約が生じる。したがって、高分子系抵抗低減剤では、時間経過に伴う抵抗低減効果の防止が課題となる。
【0014】
よって、本発明の目的は、従来技術に存する問題を解決して、界面活性剤系抵抗低減剤では必要不可欠であった対イオンの添加が不要で導入が簡易であり且つ分子間相互作用によって自己集合する性質を持つ物質を使うことによりせん断力による長鎖状構造の劣化が発生しない抵抗低減剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記目的に鑑み、本発明は、管内を流れる液体の管摩擦抵抗を低減させるための抵抗低減剤であって、液体中に均一に分散させられ且つネットワーク構造を形成した有機ナノチューブを含有する抵抗低減剤を提供する。
【0016】
上記抵抗低減剤では、親水性が高い、ナノメータースケールのチューブ状物質である有機ナノチューブを使用しており、この有機ナノチューブが液体中に均一に分散させられ且つネットワーク構造を形成している。このため、管内の液体に発生する乱流を抑制し、管内の液体の管摩擦抵抗を低減させる。また、有機ナノチューブは、分子間相互作用によって集合してネットワーク構造を形成する。したがって、界面活性剤抵抗低減剤と異なり、対イオンを注入することなくネットワーク構造を形成することができ、対イオンの濃度の精密な調節が不要で導入、メンテナンス、管理等が容易であると共に、高分子系抵抗低減剤と異なり、せん断力によりネットワーク構造が破壊されても分子間相互作用により再集合することが可能であり、抵抗低減効果の経時的な低下も発生しない。さらに、有機ナノチューブは、活性汚泥中の存在する微生物によって分解される物質であり、自然環境中に放出されても環境に対する負荷が少ない。
【0017】
前記有機ナノチューブはブドウ糖系有機ナノチューブであることが好ましく、ブドウ糖とオレイン酸がアミノ結合を介して連結した糖脂質誘導体から生成した有機ナノチューブであることがさらに好ましい。
【0018】
また、前記有機ナノチューブの濃度は、前記管内の液体中に添加されたときに1000ppm以上とされることが好ましい。
【0019】
例えば、前記有機ナノチューブを加えた液体を前記有機ナノチューブの液晶相転移温度以上に加熱した後に冷却することによって、前記有機ナノチューブを液体中に均一に分散させ且つネットワーク構造を形成させることができる。
【0020】
また、本発明は、管内を流れる液体の管摩擦抵抗を低減させるための抵抗低減剤を製造する方法であって、有機ナノチューブを液体に添加するステップと、前記有機ナノチューブを添加した液体を前記有機ナノチューブの液晶相転移温度以上に加熱し、前記有機ナノチューブを前記液体中に溶解させるステップと、前記有機ナノチューブが溶解した液体を前記有機ナノチューブの液晶相転移温度以下まで冷却し、前記有機ナノチューブを前記液体中に分散させ且つ前記有機ナノチューブのネットワーク構造を形成させるステップとを含む抵抗低減剤を製造する方法を提供する。
【0021】
前記有機ナノチューブは、ブドウ糖系有機ナノチューブであることが好ましく、ブドウ糖とオレイン酸がアミノ結合を介して連結した糖脂質誘導体から生成した有機ナノチューブであることがさらに好ましい。
【0022】
また、前記有機ナノチューブを液体に添加するステップにおいて、前記有機ナノチューブの濃度を1000ppm以上にすることが好ましい。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、有機ナノチューブが液体中に均一に分散させられ且つネットワーク構造を形成するので、管内の液体に発生する乱流を抑制し、管摩擦抵抗を低減させることができる。また、界面活性剤系抵抗低減剤と異なり、対イオンの必要がないので、導入やメンテナンスも容易である。したがって、民間用途での利用も可能になる。さらに、高分子系抵抗低減剤と異なり、ネットワーク構造が破壊されても自己集合して再度ネットワーク構造を形成するので、抵抗低減効果の経時的な低下も発生しない。したがって、液体の交換が困難な設備に使用することも可能になる。加えて、有機ナノチューブは自然界で分解されるので、本発明による抵抗低減剤を添加した液体を環境中に放出しても、自然に対する負荷が少ない。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明に使用した有機ナノチューブの実際の写真と拡大図である。
【図2】本発明に使用した有機ナノチューブの構成式である。
【図3】有機ナノチューブを添加した水を加熱する様子を示した図である。
【図4】有機ナノチューブの濃度を変えたときのネットワーク構造の様子を示す顕微鏡観察の結果である。
【図5】抵抗低減剤の効果確認試験で使用した円管水路の構成を示す模式図である。
【図6】図5に示されている円管水路のテストセクションの構成を示す模式図である。
【図7】有機ナノチューブの濃度が0ppmのときの試験結果を示す図である。
【図8】有機ナノチューブの濃度が1000ppmのときの試験結果を示す図である。
【図9】有機ナノチューブの濃度が1500ppmのときの試験結果を示す図である。
【図10】有機ナノチューブの濃度が2000ppmのときの試験結果を示す図である。
【図11】有機ナノチューブの濃度が3000ppmのときの試験結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、図面を参照して、本発明による抵抗低減剤及び抵抗低減剤の製造方法の実施の形態を説明する。
【0026】
本発明による抵抗低減剤は、液体中に均一に分散させられ且つネットワーク構造を形成した有機ナノチューブを少なくとも含有する。
【0027】
本発明による抵抗低減剤は、例えば閉鎖循環系システムを有する空調装置に適用され、抵抗低減剤を添加された冷媒を冷熱溶媒輸送管及び放熱器内に流通させることにより、省エネルギー型閉鎖循環系駆動装置を実現する。これにより、低い動力での流体の輸送を可能とし、そのためのポンプなどの所要動力を大幅に削減すると共に広い範囲を対象としたシステム装置の効率化を図ることに加えて、長期間使用しても問題が生じず、メンテナンスのコストを大幅に削減する効果を奏する。
【0028】
本発明の適用に適した代表的な閉鎖循環システムは、直径が5〜1000mm、好ましくは10〜500mmの流体輸送管に、70℃以下、好ましくは50℃以下の液温の液体を流通させるものである。直径が上記範囲よりも小さい場合、送水能力に不足が生じ、十分な流体の輸送が困難となり、大きい場合は配管コストが高くなりすぎる。また、液温も上記条件を満たさない場合、有機ナノチューブの結合が崩れ、長鎖状ネットワーク構造を形成しないため、抵抗低減効果は発揮されずに流体の粘度が上昇するのみになって、抵抗が増加してしまい、本来の役目を果たさなくなってしまう。
【0029】
流体輸送管内の液体に抵抗低減剤として添加された有機ナノチューブの濃度は、100ppm以上とすることが好ましく、1000ppm以上とすることがさらに好ましい。有機ナノチューブの濃度がこの条件を満たない場合、十分な長鎖状ネットワーク構造が形成されないため抵抗低減効果を期待できないが、この条件を満たせば、抵抗低減効果が発揮され、流体輸送における動力が削減され、省エネルギー効果が得られる。
【0030】
本明細書中、「抵抗低減剤」とは、管内流れにおいて管摩擦を低下させることができる機能を有する物質を意味する。公知の抵抗低減剤としては、界面活性剤あるいは高分子剤が知られているが、本発明ではそのどちらにも属さない有機ナノチューブを抵抗低減剤として使用する。
【0031】
また、本明細書中、「有機ナノチューブ」とは、親水基と親油基をもつ両親媒性分子が、液中で分子間力によって自己集合することで形成される中空繊維状構造体材料を意味する。
【0032】
有機ナノチューブにはそれを構成する成分によってタイプが存在するが、本発明で使用される有機ナノチューブは、水への分散性が高く、液体内で長鎖状ネットワーク構造を形成するタイプのものである。本実施形態では、ブドウ糖とオレイン酸(オリーブ油由来)がアミド結合を介して連結した糖脂質誘導体を使用し、固体粉末を有機溶媒に加えて加熱溶解した後、冷却し析出した白色体をろ別乾燥させることによって生成させたブドウ糖系有機ナノチューブが使用されている。図1に、使用したブドウ糖系有機ナノチューブの粉末の写真を示すと共に、図2にその構成分子の構造式を示す。なお、本実施形態では、ブドウ糖系有機ナノチューブを使用しているが、液中に均一に分散させることができ且つネットワーク構造を形成させることができるものであれば、他のタイプの有機ナノチューブを使用することも可能である。
【0033】
上記ブドウ糖系有機ナノチューブの分解度調査を「新規化学物質等に係る試験の方法」に規定する「微生物による化学物質の分解度試験」に従って実施した。有機ナノチューブ100mg/Lと活性汚泥20mg/Lを水中25℃で28日間撹拌し、活性汚泥中に存在する微生物による分解性を評価した。その結果、有機ナノチューブは28日間で完全に分解し、環境に影響はなしとの結果を得た。すなわち、有機ナノチューブは環境中に放出されても、環境に影響はなく、環境負荷の少ない物質であると言える。
【0034】
有機ナノチューブは大量生産が不可能なため、生成に多大なコストがかかる物質であったため、従来は少量を使用する応用方法しか考えられていなかった。しかし、大量生産をすることが可能になったため、今様々な分野への応用が考察されている。そこで、本発明者は、有機ナノチューブを抵抗低減剤として利用することを研究し、有機ナノチューブは親和性が高く、均一なファイバー状の微少物質であることから、その性質が棒状ミセルを形成する界面活性剤や高分子剤に似ており、また、有機ナノチューブの中空状線維構造は棒状ミセルの形状と近似していると考えることができることに着目し、液中に均一に分散し且つネットワーク構造を形成した有機ナノチューブは抵抗低減作用を発揮することを見出した。さらに、有機ナノチューブがもつ自己集合の性質や、最初からチューブを形成している有機ナノチューブを用いることによって、既存の抵抗低減剤がもつ問題点であった、他の物質の添加や、時間経過による抵抗低減効果の低下といった問題点も払拭することができることを見出した。
【0035】
本実施形態では、粉末状態の有機ナノチューブを使って、これを液体に添加し、液中に分散させ且つネットワーク構造を形成する状態にして、抵抗低減剤として使用している。しかしながら、粉末状態の有機ナノチューブは、通常時、同物質同士のバンドルが強いため、水等の液体に添加しただけでは、液中に分散しない。一方、上述したように、界面活性剤系抵抗低減剤、高分子系抵抗低減剤に限らず、抵抗低減効果を発揮するには、流路内の液体中で均一に分散し且つ長鎖状ネットワーク構造が広がらなくてはならない。すなわち、粉末状態の有機ナノチューブを液体中に添加しても抵抗低減効果は得ることができない。したがって、有機ナノチューブを使って抵抗低減効果を得るためには、まず有機ナノチューブを水等の液体に均一に分散させ、さらに長鎖状ネットワーク構造を形成させる必要がある。
【0036】
本実施形態では、有機ナノチューブを液体中に分散させ且つさらに長鎖状ネットワーク構造を形成させるために、有機ナノチューブがもつ自己集合の性質と、液晶層転移温度に着目した。液晶層転移温度とは、固相である有機ナノチューブが液相に変わる臨界温度を意味し、その温度を超えると有機ナノチューブは液中に溶けることになる。この状態でも、分散という観点においては条件を満たしているのだが、長鎖状ネットワーク構造をとっていないため、この状態では抵抗低減剤として使用することはできない。しかしながら、有機ナノチューブには分子間相互作用による自己集合の性質が存在する。したがって、液晶層転移温度を超えた状態から液温を下げることによって、液晶相転移温度を下回った有機ナノチューブ構成分子が再集合し、有機ナノチューブ構成分子に再びチューブ構造を構成させることができる。さらに再集合した有機ナノチューブは、一度完全に水に溶かしたことによって、バンドルが弱まり、水中へ均一に分散させることができる。
【0037】
以下では、上述の手順によって、粉末状態の有機ナノチューブが液体中に均一に分散させられ且つネットワーク構造を形成し、抵抗低減効果を発揮するようになることを確認するための試験結果を説明する。
【0038】
図3は、水に有機ナノチューブを添加し、常温から徐々に温度を上昇させた状態を示したものである。なお、有機ナノチューブの液晶相転移温度は約70℃なので、温度は最低でも80℃弱まで上げ、状態を観察した。また、このときの有機ナノチューブ濃度は1000ppmとした。図左上方が常温時、右上方が加熱途中、左下方が加熱後、右下方が常温回帰後となっている。
【0039】
常温時、大部分の有機ナノチューブが水に分散せずに底に沈殿した。これらはかき混ぜても水に分散することなく、バンドルの強さを表している。この状態から徐々に加熱を行い、温度を上昇させた。温度を上げることで、有機ナノチューブは徐々に分散していき、図にみられるように白く白濁していく。60℃近くになると、沈殿物はほぼなくなった。さらに液晶相転移温度以上にあげると、今度は白濁が消失しはじめ、半透明な溶液となった。これは液晶相転移温度以上に温度を上げたことにより、有機ナノチューブの分子構造が分解されたことが原因であると考えられる。完全に分解された溶液の加熱を停止し、液晶層転移温度以下まで温度を下げると、再び白濁が発生する。これは液晶相転移温度を下回ることによって、有機ナノチューブが分子間相互作用によって再集合し、有機ナノチューブの分子構造が再構成されたためである。有機ナノチューブは粉末状態では水に対する分散性が低く、同物質同士のバンドルが強いが、このように一度液晶相転移温度以上に温度を上げ、構造を分解し、再構成させることで均一に分散した溶液を作成することができる。
【0040】
抵抗低減効果を発揮するには、有機ナノチューブが液中に均一に分散するだけでなく、長鎖状ネットワーク構造を形成する必要がある。有機ナノチューブは名前の由来通り、ナノメートルスケールの物質なので肉眼で構造を確認することはできない。よって、分散させた溶液をよりミクロな視点から調査するために、走査型電子顕微鏡(FE−SEM)を用いて観察を行った。これにより、抵抗低減に必要な長鎖状ネットワークを作成した有機ナノチューブ水溶液が生成されているか否か判断することができる。また、この観察を行うことにより、前項で述べた自己集合の特性を確認することにもなる。
【0041】
図4は、有機ナノチューブの濃度を変えたときの形成されたネットワーク構造の様子を示す顕微鏡観察の結果である。観察は、有機ナノチューブ濃度を500、1000、1500、3000ppmに変え、上述した手順で粉末状態の有機ナノチューブを液晶層転移温度以上まで加熱した後に冷却して行った。一度液体中に溶解させた有機ナノチューブが再構成され、全体的にほぼ均一に分散していることから、先ほどの手順で分散が正確になされたことが実証することができる。また、分散された有機ナノチューブにはその濃度によりそれぞれに差が発生していることが分かる。500ppmの結果を見ると、有機ナノチューブ同士の連結はあまり見られない。しかし、1000ppm、1500ppmと濃度を上げることにより、有機ナノチューブはより長く、連結はより密になっていき、ネットワーク構造が生成されていくことがわかる。3000ppmになるとネットワーク構造は超過密となり、500ppmとの差が大きいことがわかる。
【0042】
これらの結果から、上述した手順で有機ナノチューブを水中に分散させることが可能なこと、自己集合の特性が真であること、有機ナノチューブ水溶液は1000ppm程度から長鎖状ネットワーク構造を構成し始めるということが分かる。抵抗低減効果にはネットワーク構造の構成が必要なことから、抵抗低減効果のためには、有機ナノチューブの濃度を1000ppm以上とすることが好ましいと言える。
【0043】
次に、上述のようにして有機ナノチューブから作製する抵抗低減剤の抵抗低減効果を確認する。
【0044】
図5は、抵抗低減剤の効果確認試験で使用した円管水路の模式図を示す。本試験では、抵抗低減剤を添加する液体として水道水を使用した。水路は、内径10mmのアクリルパイプのテストセクション、流量調節バルブ、ポンプ、注水用継ぎ手から構成され、その全長は約8m、容量は0.628Lとなっている。また、テストセクションの詳細を図6に示す。十分乱流に発達した流れを計測するため、助走区間を1mとり、実際に差圧を測定するテストセクションの長さを2mとした。テストセクション上流側と下流側に差圧計を接続し、これにより差圧を測定する。これと同時に流量と水温を測定し、管摩擦係数とレイノルズ数に変換し、レイノルズ数に対する管摩擦係数の変化を調査する。測定する有機ナノチューブの濃度は0ppm、1000ppm、1500ppm、2000ppm、3000ppmとした。
【0045】
図7〜図11に円管水路を用いた実験の結果を示す。各図にはその濃度に対応する電子顕微鏡の結果を共に添付する。なお、実験結果の比較には実験式であるハーゲン・ポアズイユの式(Hagen-Poiseuille equation)とブラジウスの式(Blasius' formula)を用いている。ハーゲン・ポアズイユの式は層流区間の式、ブラジウスの式は乱流区間を表す式である。今回は、横軸をレイノルズ数、縦軸を管摩擦係数として結果を整理しているので、計測される値がこれらの実験式の下方にあること場合、抵抗低減効果があると判断することができる。また、その差を抵抗低減率(DR)として計算する。
【0046】
図7は有機ナノチューブの濃度が0ppm、すなわち水道水のみを流したときの試験結果である。これにより実験装置の信頼度を確認することができる。プロットされている点をみると、ほぼ全てが実験式により得られる直線上にのっていることがわかる。分布もDR換算で3.5〜−3.0%、平均−0.4%となり、実験装置として十分機能していることが分かる。この結果を考慮して、最低4%の抵抗低減があったときに、抵抗低減効果ありと判断した。
【0047】
図8は有機ナノチューブの濃度が1000ppmのときの試験結果である。実際に抵抗低減剤として有機ナノチューブを加えた水溶液を流すことで、計測された値に変化が生じる。値は若干ばらつき、DR分布が6.5〜−5.7%、平均DRが0.7%となった。抵抗低減効果ありと判断することはこの時点では難しいが、有機ナノチューブを加えたことにより確実に変化が発生していることが分かる。
【0048】
図9は有機ナノチューブの濃度が1500ppmのときの試験結果である。有機ナノチューブの濃度を増加させることで算出される値のばらつきはより大きくなり、少し図8の場合よりも分布が少し抵抗低減側へ動いていることが分かる。DRの分布は8.1〜−4.4%、平均DRは2.1%となる。有機ナノチューブの濃度を増加させたことにより、有機ナノチューブの濃度が低い場合と比較して、計測値に変化があることが分かる。
【0049】
図10は有機ナノチューブの濃度が2000ppmのときの試験結果である。ここで着目すべき点は、全ての値が抵抗低減側で観測されたことである。これまでの計測では抵抗増加側の値が計算されることもあったが、それらはなくなり、急激に抵抗低減側へと値が移動した。DR分布は9.8〜3.0%、平均DR6.5%となり、平均値が基準とした4%を超えており、抵抗低減効果の発生が明確に確認された。
【0050】
図11は有機ナノチューブの濃度が3000ppmのときの試験結果である。これまでの傾向通り、抵抗低減効果は増加し、DR分布は18〜3.3%、平均DR10%と確実に抵抗低減効果があると判断することができる結果となっていることが分かる。
【0051】
効果確認試験の結果より、有機ナノチューブを抵抗低減剤として使用する場合、3000ppmまでは定量的な抵抗低減効果の増加を確認することができると言える。
【0052】
以上の加熱の様子の観察の結果、顕微鏡観察の結果、抵抗低減効果の確認試験の結果から、液体に有機ナノチューブを添加したものを液状相転移温度以上まで加熱した後に冷却することによって、有機ナノチューブ同士のバンドルを解いて水にほぼ均一に分散させることができることが証明された。また、有機ナノチューブの濃度が低い場合にはネットワーク構造があまり発達せず、抵抗低減効果は低いが、液体中の有機ナノチューブの濃度を1000ppm以上とすることによって長鎖状ネットワーク構造をある程度密に形成し、抵抗低減剤としての利用が十分に可能であることが分かった。さらに、濃度を上げることによって抵抗低減効果が向上することも分かった。
【0053】
以上、図示される実施形態を参照して、本発明による抵抗低減剤及びその製造方法を説明したが、本発明は、実施形態に限定されるものではない。例えば、実施形態では、粉末状の有機ナノチューブを液体中に添加したものを液晶層転移温度以上まで加熱した後に冷却することによって、有機ナノチューブを液体中に均一に分散させ且つネットワーク構造を形成させているが、他の方法によって有機ナノチューブを液体中に均一に分散させ且つネットワーク構造を形成させてもよい。また、粉末状以外の形態の有機ナノチューブを用いることも可能である。





【特許請求の範囲】
【請求項1】
管内を流れる液体の摩擦抵抗を低減させるための抵抗低減剤であって、
液体中に均一に分散させられ且つネットワーク構造を形成した有機ナノチューブを含有することを特徴とする抵抗低減剤。
【請求項2】
前記有機ナノチューブはブドウ糖系有機ナノチューブである、請求項1に記載の抵抗低減剤。
【請求項3】
前記ブドウ糖系有機ナノチューブはブドウ糖とオレイン酸がアミノ結合を介して連結した糖脂質誘導体から生成した有機ナノチューブである、請求項2に記載の抵抗低減剤。
【請求項4】
前記有機ナノチューブの濃度は、前記管内の液体中に添加されたときに1000ppm以上とされる、請求項1から請求項3の何れか一項に記載の抵抗低減剤。
【請求項5】
前記有機ナノチューブを加えた液体を前記有機ナノチューブの液晶相転移温度以上に加熱した後に冷却することによって、前記有機ナノチューブを液体中に均一に分散させ且つネットワーク構造を形成させた、請求項1から請求項4の何れか一項に記載の抵抗低減剤。
【請求項6】
管内を流れる液体の摩擦抵抗を低減させるための抵抗低減剤を製造する方法であって、
有機ナノチューブを液体に添加するステップと、
前記有機ナノチューブを添加した液体を前記有機ナノチューブの液晶相転移温度以上に加熱し、前記有機ナノチューブを前記液体中に溶解させるステップと、
前記有機ナノチューブが溶解した液体を前記有機ナノチューブの液晶相転移温度以下まで冷却し、前記有機ナノチューブを前記液体中に分散させ且つ前記有機ナノチューブのネットワーク構造を形成させるステップと、
を含むことを特徴とする抵抗低減剤を製造する方法。
【請求項7】
前記有機ナノチューブはブドウ糖系有機ナノチューブである、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記ブドウ糖系有機ナノチューブはブドウ糖とオレイン酸がアミノ結合を介して連結した糖脂質誘導体から生成した有機ナノチューブである、は請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記有機ナノチューブを液体に添加するステップにおいて、前記有機ナノチューブの濃度を1000ppm以上にする、請求項6から請求項8の何れか一項に記載の抵抗低減剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2013−40262(P2013−40262A)
【公開日】平成25年2月28日(2013.2.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−177086(P2011−177086)
【出願日】平成23年8月12日(2011.8.12)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】