説明

放射電力測定方法および放射電力測定装置

【課題】結合器内に連続移動機構を設けなくても、送受信間に理想的な結合状態を実現させることができ、また結合器が形成する閉空間の形状を単純化することで、よりコンパクトで低コストにシステム構成できるようにする。
【解決手段】直方体形状の閉空間を有する多面体結合器21の内部の一端側に被測定物1を配置し、他端側に受信アンテナ15を配置し、受信アンテナ15と電力測定器150の間に可変整合器130を挿入し、電力測定器150で測定される電力が最大となるように可変整合器13を設定し、そのとき得られた最大電力と、被測定物1に代えて基準アンテナ160を用いたときに同様の測定で得られた最大電力とに基づいて被測定物1の全放射電力算出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、小型無線端末の放射電力を測定するための技術に関し、特に、導体の壁面に囲まれた閉空間を有する結合器を用い、その閉空間に配置した無線端末から閉空間に放射された電波を受信アンテナで受信して無線端末の全放射電力を測定する方法および装置において、結合器の外形および内部機構を簡易化して低コスト化、小型化し、より確実な結合状態を実現し、正確な測定を行えるようにするための技術に関する。
【背景技術】
【0002】
ユビキタス社会の到来を向かえ、RFID(無線タグ)、UWB(Ultra Wide Band)、BAN(Body Area Network)関連の無線機器などの超小型無線端末の爆発的増大が予測されている。
【0003】
これらの機器は、その寸法の制約や経済的理由から、従来の無線機のように試験用端子を持たないものが多く、機器が放射した電波を受信してその試験をしなければならない。
【0004】
特に、上記のような小型無線端末は、他の通信への影響、人体への影響などを考慮してその放射電力が厳しく規定されており、放射電力の測定が重要な試験項目となる。
【0005】
放射電力には、任意方向のeirp(等価等方放射電力)と、全空間に放射される全放射電力(TRP)とがあるが、eirpは測定装置が複雑でかつ測定に長時間を要することから、TRPを扱うことが多くなってきている。
【0006】
これまで用いられているTRPの測定法としては、以下のものが知られている。
(1)供試機器を包む球面上をプローブでスキャンしメッシュ点での放射電力を測定し、これらを積算する球面スキャニング法。
(2)金属で覆った部屋の中で供試機器から放射された電波を金属羽根の回転で撹拌してランダムフィールドを発生させ、統計的手法に基づき供試機器からの全放射電力を推定する方法。
(3)金属膜で覆った角錐状の空間と電波吸収体で内部にTEM波を発生させるG−TEMセルと呼ばれる装置を用いる方法。
(4)複数のアンテナとそれらに接続するアイソレータと位相調整器およびそれらアレーアンテナの信号を合成する合成器等を有し、アレーの中心線上に置かれた被測定物から放射電力を測定する電磁波結合装置。
【0007】
上記球面スキャニング法は、精度の高い測定が可能であるが、その反面、大掛かりな設備(電波無反射室、球面スキャナなど)が必要で、かつ測定に長時間を要する。
【0008】
さらに、全空間のごく一部に放射された電波を受信して電力を求め、その総和をとるので、各測定点における受信感度が非常に小さくなり、スプリアスの測定が困難となるという問題がある。
【0009】
一方、金属で覆った部屋の中で電波を攪拌する方法では、大型電波無反射室を必要としないという利点はあるが、人為的に発生させたランダムフィールドと理論的確率モデルとの一致性に曖昧さが残り、統計的処理に基づくので結果の不確かさが大きく、測定に長時間を要するなどの問題がある。また、スプリアス測定も球面スキャンと同様難しい。
【0010】
また、G−TEMセルは内部電界分布の一様性の確保が難しい上、全放射電力を測定するためには、被測定物の向きを全方向に変えられるように2軸の回転台をG−TEMセル中に装備しなければならないという困難な問題がある。
【0011】
これらの問題を解決する技術として本願発明者らは、楕円球状の閉空間を有する結合器を用いてアンテナの全放射電力を測定する方法を提案した(特許文献1)。
【0012】
この測定方法は、楕円をその焦点を結ぶ軸を中心に回転して得られる楕円球状で金属の壁面で囲まれた閉空間の焦点位置に被測定物と受信アンテナを配置して、被測定物から放射された電波を壁面で反射させて受信アンテナに集中させることで、被測定物の全放射電力を測定するものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】国際公開 WO 2009/041513
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
上記の楕円球空間の結合器を用いた場合、被測定物と受信アンテナとの間の結合度が1となることが理想であるが、実際には、被測定物の大きさやサイドローブ等の影響を受けて、被測定物から放射された電波が異なる位相で焦点近傍に集合して互いに電波を弱め合うキャンセル現象が生じて、全放射電力の正確な測定に困難が生じる場合がある。
【0015】
このような困難から逃れるために、被測定物に代わる送信基準アンテナと受信アンテナの位置を、焦点を結ぶ線に沿ってその焦点近傍の範囲で距離が変化するように連続的に移動させ、送信基準アンテナの反射係数が最小で、且つ基準アンテナから受信アンテナへの透過係数が最大となる位置を見つけ、その位置を完全結合位置として送信基準アンテナの代わりに被測定物を配置し、被測定物からの電波を受信アンテナで受信し、その時の受信レベルと、送信基準アンテナを用いたときの受信信号レベルとの比および送信基準アンテナへの供給電力から、被測定物の放射電力を求めることも考えられる。
【0016】
しかしながら、上記技術を用いるには、基準アンテナや受信アンテナを連続的に移動させる機構を、結合器内に二組設ける必要がある。
【0017】
そしてその移動量は最低でも測定する電波の±1波長分は必要となり、周波数が低い場合、その移動範囲も大きくなり、結合器の大きさもその分を見込んで大きくしなければならず、装置の大型化が避けられず、コストも高くなる。また、たとえ移動機構の駆動部のみを結合器の外に配置する構造を採用しても装置全体として大型化することにかわりない。
【0018】
また、空間内でより完全な結合位置を見つけるために、二つの焦点を結ぶ軸に沿った一次元変位だけでなく、その軸方向を含む3次元の変位機構を設ける必要が生じるが、そのような複雑な3次元の変位機構を二組設けた場合、装置がさらに大型化してコストもさらに高くなってしまう。
【0019】
また、コストを重視すると、内部空間が楕円球状の結合器は曲面の組合せを用いて形成する必要があり、平面の組合せで形成したものに比べて製造コストが必然的に高くなるという問題がある。
【0020】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたもので、結合器内に連続移動機構を設けなくても、送受信間に理想的な結合状態を実現させ、コンパクトで低コストにシステム構成できる放射電力測定方法および装置を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0021】
前記目的を達成するために、本発明の請求項1の放射電力測定方法は、
平面の組合せによって形成される多面体形状で、導体の壁面で囲まれた閉空間(12)に、被測定物(1)と受信アンテナ(15)とを離間して配置し、前記被測定物から放射された電波を前記受信アンテナ(15)で受信し、該受信アンテナの出力信号の電力を電力測定器(150)によって測定することで被測定物の全放射電力を測定する放射電力測定方法であって、
前記受信アンテナと前記電力測定器の間に可変整合器(130)を挿入し、
前記電力測定器で測定される電力が最大となるように前記可変整合器を設定して、前記被測定物の全放射電力を算出することを特徴とする。
【0022】
また、本発明の請求項2の放射電力測定方法は、請求項1記載の放射電力測定方法において、
前記被測定物に対し、前記電力測定器で測定される電力が最大となるように前記可変整合器を設定し、そのときの最大電力を第1の測定値として記憶する段階と、
信号供給を受けて電波を放射する基準アンテナを前記被測定物に代えて配置した状態で、前記電力測定器で測定される電力が最大となるように前記可変整合器を設定し、そのときの最大電力を第2の測定値として記憶する段階と、
前記第1の測定値および前記第2の測定値に基づいて、前記被測定物の全放射電力を算出する段階とを含むことを特徴とする。
【0023】
また、本発明の請求項3の放射電力測定方法は、請求項1記載の放射電力測定方法において、
所定の周波数範囲内の各周波数についての一連の周波数特性を求めるとともに、該周波数特性を、前記被測定物と受信アンテナとの距離または向きあるいは距離と向きの両方を複数通りに変えて複数組求めるようにし、
前記被測定物の全放射電力を算出する際には、被測定物についてそれぞれ複数組ずつ得られた周波数特性のうち、同一周波数のデータのうちの最大値を選択して用いることを特徴とする。
【0024】
また、本発明の請求項4の放射電力測定方法は、請求項2記載の放射電力測定方法において、
前記第1の測定値として、所定の周波数範囲内の各周波数についての一連の周波数特性を求めるとともに、該周波数特性を、前記被測定物と受信アンテナとの距離または向きあるいは距離と向きの両方を複数通りに変えて複数組求めるようにし、
さらに、前記第2の測定値として、前記所定の周波数範囲内の各周波数についての一連の周波数特性を求めるとともに、該周波数特性を、前記基準アンテナと受信アンテナとの距離または向きあるいは距離と向きの両方を複数通りに変えて複数組求めるようにし、
前記被測定物の全放射電力を算出する際には、被測定物および基準アンテナについてそれぞれ複数組ずつ得られた周波数特性のうち、同一周波数のデータのうちの最大値を選択して用いることを特徴とする。
【0025】
また、本発明の請求項5の放射電力測定方法は、請求項1〜4のいずれかに記載の放射電力測定方法において、
前記多面体形状が直方体であることを特徴とする。
【0026】
また、本発明の請求項6の放射電力測定装置は、
平面の組合せによって形成される多面体形状で、導体の壁面で囲まれた閉空間(12)を有し、該閉空間に被測定物(1)と受信アンテナ(15)とを離間した状態で支持する支持手段(50、55)を含み、前記被測定物から放射された電波を前記受信アンテナで受信し、その受信信号を前記閉空間から外部へ出力させる多面体結合器(21)と、
前記受信アンテナの出力信号の電力を測定するための電力測定器(150)と、
前記受信アンテナと前記電力測定器の間に設けられた可変整合器(130)と、
前記電力測定器によって測定される電力が最大となるように前記可変整合器を設定し、そのとき最大電力に基づいて、前記被測定物の全放射電力を算出する測定制御部(190)とを有していることを特徴とする。
【0027】
また、本発明の請求項7の放射電力測定装置は、請求項6記載の放射電力測定装置において、
前記支持手段に前記被測定物の代わりに基準アンテナが支持されたときに該基準アンテナに前記多面体結合器の外部から信号を供給するための信号供給手段(161、162)を有し、
前記測定制御部は、
前記支持手段に前記被測定物が支持された状態で前記電力測定器によって測定される電力が最大となるように前記可変整合器を設定し、そのとき最大電力を第1の測定値とし、前記被測定物に代わって前記基準アンテナが支持された状態で前記電力測定器によって測定される電力が最大となるように前記可変整合器を設定し、そのときの最大電力を第2の測定値として求め、前記第1の測定値および前記第2の測定値に基づいて、前記被測定物の全放射電力を算出することを特徴とする。
【0028】
また、本発明の請求項8の放射電力測定装置は、請求項6記載の放射電力測定装置において、
前記多面体結合器の支持手段は、前記被測定物と前記受信アンテナとの距離または向きあるいは距離と向きの両方を複数通り変更できるように形成されており、
前記測定制御部は、
前記電力測定器が検出する信号の周波数を所定周波数範囲内で順次変更させ、各周波数についての一連の周波数特性を求めるとともに、該周波数特性を、前記被測定物と受信アンテナの距離毎または向き毎あるいは距離と向きの組合せ毎に複数組求め、前記被測定物の全放射電力を算出する際には、被測定物についてそれぞれ複数組ずつ得られた周波数特性のうち、同一周波数のデータのうちの最大値を選択して用いることを特徴とする。
【0029】
また、本発明の請求項9の放射電力測定装置は、請求項7記載の放射電力測定装置において、
前記多面体結合器の前記支持手段は、前記被測定物または前記基準アンテナと前記受信アンテナの距離または向きあるいは距離と向きの両方を複数通り変更できるように形成されており、
前記測定制御部は、
前記第1の測定値として、前記電力測定器が検出する信号の周波数を所定周波数範囲内で順次変更させ、各周波数についての一連の周波数特性を求めるとともに、該周波数特性を、前記被測定物と受信アンテナの距離毎または向き毎あるいは距離と向きの組合せ毎に複数組求め、さらに、前記第2の測定値として、前記所定の周波数範囲内の各周波数についての一連の周波数特性を求めるとともに、該周波数特性を、前記基準アンテナと受信アンテナの距離毎または向き毎あるいは距離と向きの組合せ毎に複数組求め、前記被測定物の全放射電力を算出する際には、被測定物および基準アンテナについてそれぞれ複数組ずつ得られた周波数特性のうち、同一周波数のデータのうちの最大値を選択して用いることを特徴とする。
【0030】
また、本発明の請求項10の放射電力測定装置は、請求項6〜9のいずれかに記載の放射電力測定装置において、
前記多面体結合器の閉空間の多面体形状が直方体であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0031】
このように、本発明の放射電力測定方法および装置では、可変整合器を用いて被測定物を多面体結合器にセットした状態で受信電力が最大となるように整合させたときに得られた測定値に基づいて被測定物の全放射電力を算出している。
【0032】
この測定原理は、多面体結合器と可変整合器をそれぞれ無損失の4端子網とし、カスケード回路の出力が電力測定器の入力インピーダンスで終端される等価回路を想定した演算によって導かれることであり、多面体結合器の出力側で整合をとれば、系全体の反射係数が0で、透過係数が1、つまり完全結合状態が実現できるという知見に基づくものであって、送受信間にほぼ理想的な高い結合状態を実現させ、被測定物の放射電力を正確に求めることができる。
【0033】
また、結合調整のために放射体や受信アンテナの位置を連続的に動かす必要がないので、コンパクトで低コストにシステム構成できる。
【0034】
また、平面の組合せによって形成される多面体形状で導体の壁面に囲まれた閉空間に被測定物等の放射体と受信アンテナとを配置するので、形状が複雑な楕円球形状の閉空間を用いる場合と比べて格段に製造コストを下げることができ、さらに低コスト化することができる。
【0035】
なお、楕円球形状の閉空間を用い、その二つの焦点の近傍位置に被測定物等の放射体と受信アンテナを配置した場合には、一方の焦点から壁面を経て他方の焦点に至る壁面反射経路の長さがどの反射位置についても等しいことに起因して放射体から受信アンテナへの電力伝送が効率的に行われるので、整合器を用いない場合であっても結合器としての周波数に対する透過係数の落ち込み周期が比較的長く、広帯域な特性が得られる。これに対し、直方体などの多面体では、上記楕円球のような反射経路の等長性は得られないので、結合器としての周波数に対する透過係数は複雑に変化し、且つ落ち込み周期が短くなるが、本発明のように、多面体結合器と電力測定器の間に挿入した整合器により受信電力最大となるようにすることで、実用的な帯域でほぼ完全結合を得ることができる。
【0036】
また、被測定物に代えて基準アンテナを結合器にセットした状態で受信電力が最大となるように整合させたときに得られた測定値を求めて、被測定物の全放射電力を算出するものでは、基準アンテナについて得られた測定値で校正された正確な測定が行える。
【0037】
また、ある周波数範囲における全放射電力を求める場合には、アンテナ間距離または放射体と受信アンテナの向き、あるいはアンテナ間距離と向きの組合せを複数通り設定し、それらの各配置についての整合状態における測定電力からなる周波数特性を求め、その複数の特性から同一周波数についてのデータのうちの最大値を選択して計算に用いるものでは、落ち込み(ディップ)の影響を減らすことができ、広い周波数範囲で正確な測定が行える。
【0038】
また、閉空間の多面体形状が直方体であるものは、その簡易な形状によりその製造コストを最小限にすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】本発明の測定方法を説明するための図
【図2】本発明の測定方法を説明するための図
【図3】トラップ型の可変整合器の構成例を示す図
【図4】デジタル移相型の可変整合器の構成例を示す図
【図5】L型の可変整合器を用いたときの整合条件を説明するための図
【図6】コリニア配置で2a/λ=3.5の場合の透過率の周波数特性図
【図7】コリニア配置で2a/λ=4.5の場合の透過率の周波数特性図
【図8】コリニア配置で2a/λ=5.5の場合の透過率の周波数特性図
【図9】対向配置の場合の構成例を示す図
【図10】対向配置で2a/λ=3.5の場合の透過率の周波数特性図
【図11】対向配置で2a/λ=4.5の場合の透過率の周波数特性図
【図12】対向配置で2a/λ=5.5の場合の透過率の周波数特性図
【図13】2a/λ=3.5の場合でコリニア配置と対向配置の特性の組合せで得られた特性図
【図14】2a/λ=4.5の場合でコリニア配置と対向配置の特性の組合せで得られた特性図
【図15】2a/λ=5.5の場合でコリニア配置と対向配置の特性の組合せで得られた特性図
【図16】放射電力測定装置の実施形態の全体構成図
【図17】要部の内部構造を示す図
【図18】要部の内部構造を示す図
【図19】要部の内部構造を示す図
【図20】実施形態の動作を説明するためのフローチャート図
【図21】多面体結合器の他の形状例を示す図
【発明を実施するための形態】
【0040】
(測定方法)
以下、図面に基づいて本発明の実施の形態を説明する。
図1は、本発明の測定方法の原理を説明するための図である。
【0041】
図1の(a)は、被測定物1をセットして測定する場合のシステム構成であり、平面の組合せによって形成される多面体形状(この例では、最も単純で製造が容易な直方体とする)で、導体の壁面11で囲まれた閉空間12を有する多面体結合器21の中で、その長さ方向に沿った中心線C上の第1の位置P1に被測定物1の電波の放射中心をほぼ一致させ、被測定物1からその周囲に放射された電波を壁面11で反射させて中心線C上で第1の位置P1が離間した第2の位置P2に配置した受信アンテナ15で受信する。
【0042】
この受信アンテナ15の出力信号は、多面体結合器21の外部に出力され、可変整合器130を介して電力測定器150に入力される。
【0043】
ここで、多面体結合器21と可変整合器130を図2のようにSパラメータで表される4端子網回路21′、130′と置き換え、その出力を電力測定器150の入力インピーダンスZで終端する回路を考える。
【0044】
この二つの4端子網回路がカスケード接続された回路全体のSパラメータを用いたS行列は、以下のように表される(途中計算は省略)。
【0045】
【数1】

【0046】
ここで、系が無損失と仮定すれば、|S11|=|S22|、|S11+|S21=1が成立するので、出力側で整合をとれば、S11=S22=0、|S21|=|S12|=1が成立する。この状態は、系全体でみて、入力側の反射係数が0、入出力間の透過係数が1の完全結合状態を表している。そして出力側で整合をとるということは、可変整合器130を調整して、電力測定器150に入力される信号電力を最大にすることにほかならない。
【0047】
図1の(a)のシステムの場合で、被測定物1の放射電力Ptと受信信号電力Prとの関係は、次式で表される。
【0048】
Pr=Pt・K(1―|S11) ……(2)
ただし、Kは結合係数である
【0049】
そして、整合をとるとS11=0となるから、以下のようになる。
Pr=Pt・K ……(3)
【0050】
一方、図1の(b)のように被測定物1の代わりに基準アンテナ160を配置し、信号発生器161から基準アンテナ160に所定電力Psを供給した状態で前記同様に整合を取ったとき、基準アンテナの放射電力Pt′と受信信号電力Pr′との関係は、次式で表される。なお、基準アンテナ160に供給される電力Psは、信号発生器161の出力電力からケーブルロスを減じたものであり既知である。
【0051】
Pr′=Pt′・K=Ps・η・K ……(4)
ただし、ηは基準アンテナの放射係数(既知とする)
【0052】
上記式でKを消去すれば、被測定物の放射電力Ptは、次のように表される。
Pt=Ps・η・Pr/Pr′ ……(5)
【0053】
式(5)で、Ps、ηはともに既知、Pr/Pr′は整合状態で測定された最大電力値の比であるから、式(5)の右辺を計算して、被測定物の放射電力Ptを求めることができる。
【0054】
なお、上記説明では被測定物1についての測定を行ってから基準アンテナ160についての測定を行っていたが、その順序は逆でもよい。また基準アンテナ160についての測定は被測定物の測定毎に毎回行う必要はなく、その測定結果を記憶しておき、被測定物を測定して得られたデータとその記憶されたデータとから被測定物の放射電力Ptを求めればよい。
【0055】
上記測定方法を用いれば、簡単に且つ確実に被測定物の放射電力を求めることができ、しかも被測定物1、基準アンテナ160、受信アンテナ15を、結合調整のために連続移動させたり、3次元方向の移動機構も不要である。
【0056】
また、平面の組合せで形成された多面体形状の閉空間を有する多面体結合器21を用いているため、楕円球形状の結合器より容易に製造でき、その製造コストを格段に下げることができる。
【0057】
したがって、装置が大型化することがなく、コンパクトで低コストにシステム構成できる。
【0058】
なお、可変整合器130としては、図3の(a)〜(c)に示すように、平行線路(主線路)の中間や両端にスタブを設けたトラップ式のものや、図4に示すように、PINダイオードへの順方向電流の供給によってオンする移相ローデッドライン型移相器とハイブリッド型移相器とを組合せ、入力信号を、π、π/2、π/4、π/8またはそれらの組合せの量だけ移相して出力するデジタル移相器を用いたもの等が採用できる。
【0059】
上記図3のトラップ式整合器には、(a)のL型、(b)のT型、(c)のπ型があり、図中のL1とL2の長さをそれぞれ可変することでインピーダンス変換を行って、入力と出力の間の整合をとる。この方式のうち特に(a)は広帯域な特性を持っており、この用途に最適である。なお、線路長の可変は例えばトロンボーン機構のラインストレッチャーを用いることで実現できる。
【0060】
例えば、前記L型の可変整合器の場合、長さL1の部分と長さL2の部分にそれぞれラインストレッチャーを用いるが、整合点はL1=0〜λ/2、L2=0〜λ/4の範囲の中で1点だけ存在するため、制御が容易である。
【0061】
上記のデジタル移相器は、PINダイオードのオンオフで位相を変化させることができるので、高速の位相制御を行うことができるが、挿入損失が大きく、また使用周波数範囲が限られる。これに対し、ラインストレッチャーは、制御速度は遅いが、挿入損失が小さく、使用周波数範囲も広いという特徴を有し、測定装置の移相器には好適である。
【0062】
なお、図5に示す条件で、結合器内のS行列Scを電磁界シミュレータで求め、回路計算によりL型の整合器のSマトリクスSmを合成して、得られた整合条件は、結合器の出力側の反射係数をSc22(複素数)とし、arg(Sc22)をSc22の位相角とすると、次のようになる。
【0063】
L1/λ
=(1/4π)[cos−1(−|Sc22|)+arg(Sc22)]
L2/λ
=(1/2π)tan−1[(1−|Sc221/2/2|Sc22|]
【0064】
また、上記L型の可変整合器をデジタル的に制御する場合、各長さL1、L2を最初は粗く可変して、電力が大きくなる長さを大まかに探し、そのあとに、細かいステップで長さを可変して、最大電力に追い込むことになる。また、このような離散的な制御の場合、真の最大値電力に達しない場合があるが、その場合には複数の測定点から内挿法によって真の最大電力を求めればよい。このような内挿法を用いる場合でシミュレーションした結果、測定点の粗さ(L1、L2の可変ステップ)は、1/40波長程度でよいことが確かめられているので、上記のような機械的な可変整合器を用いた場合でも、短時間に整合させることができる。
【0065】
上記したように、被測定物1と基準アンテナ16についてそれぞれ可変整合器130によって電力最大となるように設定し、その最大電力の比を求めることで被測定物1の放射電力を算出することが可能である。
【0066】
上記説明は、周波数を固定した場合で説明しているが、被測定物1が出力する信号の周波数毎の放射電力を求める必要がある場合には、電力測定器150で測定周波数を可変して、上記整合処理を行うことになる。
【0067】
その場合、多面体結合器21の形状、電波の周波数等の関係によって、特定周波数で多面体結合器21の透過率が極端に低下(ディップする)ことがある。
【0068】
したがって、その場合には、被測定物1や基準アンテナ160と、受信アンテナ15との距離(以下、アンテナ間距離と言う)を変えて、上記特定周波数でディップが起きない状態で同様の測定を行い、その特定周波数における放射電力を求めて、データを補うようにすればよい。またアンテナ間距離以外にアンテナの向き(例えばダイポール系のアンテナ同士であれば、両アンテナのエレメントが一直線上に並び直接結合しないコリニア配置、両アンテナのエレメントが平行に並び直接結合する対向配置、両アンテナのエレメントが中心部で直交交差して直接結合しないクロス配置等)を複数通り変えて周波数特性を求め、特定周波数のデータを補うことも可能であり、アンテナ間距離と向きとの組合せで複数通りの周波数特性を求め、特定周波数のデータを補うことも可能である。
【0069】
ここで、アンテナ間距離を複数通りに変化させる機構が必要となるが、この機構は、単にアンテナの位置をアンテナ間距離が変化する方向に所定距離ずらして固定する機構でよく、連続移動機構は必要ない。また、アンテナの向きはアンテナの支持角度を90度変更できる機構であればよい。
【0070】
図6のG1は、中心波長λ=125mm)に対して、多面体結合器21の直方体閉空間の長さ2a=3.5λ=438mm、高さ2b=2a√(1−e)=379.4mm、奥行き2c=2b、アンテナ間距離2d=350.4mmのときに、両アンテナの位置を基準位置P1、P2からλ/8ステップで−3λ/8〜+3λ/8まで7通りに対称変化させ、各アンテナ間距離で周波数毎に受信電力が最大となるように整合をとることによって得られた透過係数S21の7通りの周波数特性のデータから、各周波数についての最大値を選択して得た合成周波数特性である。この場合、両方のアンテナの位置がλ/8ステップで対称変化するので、アンテナ間距離はλ/4ずつ変化することになる。
【0071】
なお、上記結合器21の閉空間の長さ、高さ、奥行きの寸法は、長軸長2a、離心率e=0.5の楕円を、長軸を中心に回転させて得られる楕円球の長さ、高さ、奥行きに一致させたものである。また、被測定物のアンテナと受信アンテナはその長さ方向が中心線Cに一致するコリニア配置で、結合器21の中心に対して対称に位置にあり、アンテナは中心周波数2.4GHzの半波長ダイポール系とする。また、直方体状の閉空間12は銅板で囲まれて形成されているものとする。
【0072】
実際に測定を行う場合には、アンテナ間距離が異なる複数組(前記では7組)の測定を全周波数範囲で行って、その互いのディップ領域のデータについて補い合う場合と、一組の測定を全周波数範囲について行い、そのディップ領域についてだけアンテナ間距離が異なる測定を行い、ディップ領域のデータを補う方法であってもよい。
【0073】
この合成周波数特性G1を見ると、2.2〜2.6GHzの範囲で、4点の浅いディップが残っているが、全体的にみればその落ち込みは1dB以内に収まり、これらのディップ点を除けば0.5dB以内に収まっており、楕円球の結合器に比べて極めて簡易な構造の結合器であっても、携帯端末が使用する周波数範囲で極めて高い結合度が得られていることが判る。
【0074】
なお、種々の実験から、前記した直方体形状の閉空間をもつ結合器21の場合で、その長さ方向に沿った中心軸C上に放射体(被測定物または基準アンテナ)と受信アンテナ15を対称に配置した場合、閉空間の長さ2aと中心波長λとの比2a/λが3.5を越えて大きくなるにつれて、上記合成周波数特性の平坦性が失われることが確認されている(長さ2aに対し、高さ2bおよび幅2cは上記関係を満たしているものとする)。
【0075】
例として、上記同様のコリニア配置で、2a/λ=4.5の場合の合成周波数特性は図7のG2となり、上記した周波数範囲2.2〜2.6GHzで、1dBを越える複数のディップを含む多数のディップが残っている。
【0076】
また、上記同様のコリニア配置で、2a/λ=5.5の場合の合成周波数特性は図8のG3となり、上記した周波数範囲2.2〜2.6GHzで、さらに大きな2dB越える複数のディップを含む多数のディップが残っており、図6に示した2a/λ=3.5の特性G1のような広帯域性は失われている。
【0077】
また、図6〜8の特性G1〜G3は、送信側と受信側のアンテナをダイポール系としその長さ方向が、多面体結合器21の長手方向に沿った中心軸Cに一致するコリニア配置で理論上アンテナ同士が直接結合しない配置であったが、図9のように、送信側と受信側のダイポール系のアンテナ同士が平行に対向する対向配置の場合の測定結果を、図10〜図12に示す。
【0078】
図10は、対向配置で2a/λ=3.5の場合の合成周波数特性H1を示し、図11は、対向配置で2a/λ=4.5の場合の合成周波数特性H2を示し、図12は、対向配置で2a/λ=5.5の場合の合成周波数特性H3を示しているが、いずれの場合も周波数範囲2.2〜2.6GHzで、2dBを越える大きなディップが残っており、広帯域性は失われている。
【0079】
そこで、コリニア配置の周波数特性と対向配置の周波数特性とを用い、各周波数について最大値を選択して得られた合成周波数特性を求めた結果、図13〜図15の特性J1〜J3を得ることができた。
【0080】
図13の特性J1は、2a/λ=3.5の場合でコリニア配置の特性G1と対向配置の特性H1に対する最大値選択によって得られたものであり、図6に示した特性G1よりさらに高い平坦性(0.3dB以下)を持つ特性に改善されている。
【0081】
また、図14の特性J2は、2a/λ=4.5の場合でコリニア配置の特性G2と対向配置の特性H2に対する最大値選択によって得られたものであり、図7に示した特性G2より格段に高い平坦性(0.7dB以下)を持つ特性に改善されている。
【0082】
また、図15の特性J3は、2a/λ=5.5の場合でコリニア配置の特性G3と対向配置の特性H3に対する最大値選択によって得られたものであり、図8に示した特性G3より格段に高い平坦性(1dB以下)を持つ特性に改善されている。
【0083】
以上の結果から、2a/λが3.5以下の範囲であれば、コリニア配置で2.2/2.4λ〜2.6/2.4λの周波数範囲の広帯域特性を得ることができる。
【0084】
なお、一つのダイポール系のアンテナについてみると、その長さλ/2、一方への最大移動距離3λ/8、他方の最大移動距離3λ/8の合計5λ/4を要するので、2本分コリニア配置にした場合、5λ/2=2.5λの長さが必要であり、これにアンテナ同士のエッジ間や結合器の壁面に対する隙間を加えると最低限3λを要する。したがって2a/λの下限は3となる。
【0085】
また、コリニア配置の特性と対向配置の特性の合成で得られた周波数特性を用いる場合には、2a/λが3.5〜5.5の範囲で広帯域特性を得ることができる。なお、これまでの実験結果では、2a/λが5.5を越える範囲では、コリニア配置単独、コリニア配置と対向配置の組合せであっても十分な特性が得られていない。
【0086】
また、ここでは7通りのアンテナ間距離と二通りのアンテナの向き(コリニア配置と対向配置)の組合せで、ディップの少ない広帯域な特性を得ていたが、アンテナ間距離の変更数は7通りに限定されない。また、アンテナ間距離の変更数を少なくして(変更しない場合も含む)、アンテナの向きを例えば対向配置からクロス配置まで所定角度ステップで変更して、複数通りの周波数特性を求め、それらから最大値を抽出した合成周波数特性を求めて測定することも可能である。
【0087】
(放射電力測定装置の説明)
図16は、上記測定方法に基づいた放射電力測定装置20の全体構成を示している。
この放射電力測定装置20は、前記した多面体結合器21、可変整合器130、電力測定器150、被測定物の代わりに用いる基準アンテナ160、信号発生器161、基準アンテナ160と信号発生器161の間を接続する同軸ケーブル162、測定制御部190を有している。
【0088】
この多面体結合器21には、前記した直方体状の閉空間12を囲む壁面11(前後、左右、上下の6面)と、その閉空間12内の長さ方向に沿った中心軸C上の位置P1に被測定物1および基準アンテナ160のほぼ放射中心位置がくるように支持する手段と、中心軸C上でその中心位置を挟んでP1と対称な位置P2に受信アンテナ15の中心がくるように支持する手段とが設けられている。また、被測定物1、基準アンテナ160、受信アンテナ15の出し入れができるように、閉空間12を開閉できる構造が必要である。
【0089】
図16〜図19は、その具体例を示すものであり、多面体結合器21は、矩形箱型で上方が開口した下ケース22と、その下ケース22と上下対称の矩形箱型の上ケース23とに別れた開閉式で、両ケースを閉じたときにその内部に前記直方体状の閉空間12が形成される。
【0090】
下ケース22は、電波を反射する導体(例えば銅などの金属板や金属メッシュ板等)からなる矩形平板状の前板22a、後板22b、左右の側板22c、22dおよび底板22eによって上面が開口した矩形箱型に形成されている。下ケース22の開口部周縁には、フランジ22fが延設されている。
【0091】
一方、上ケース23は、電波を反射する導体(例えば金属板や金属メッシュ板等)からなる矩形平板状の前板23a、後板23b、左右の側板23c、23dおよび上板23eによって下面が開口した矩形箱型に形成されている。上ケース23の開口部周縁には、フランジ23fが延設されている。なお、ここでは両ケースとも導体板で箱状に形成していたが、合成樹脂で形成した矩形箱の内壁に金属膜を設ける構造であってもよい。
【0092】
上ケース23は、下ケース22に対して図示しないヒンジ機構とロック機構などにより開閉自在に連結されており、上ケース23を下ケース22に重なるように閉じてロックしたとき、図17のように、フランジ22f、23f同士が面接触して、前板22a、23a、後板22b、23b、左側板22c、23c、右側板22d、23dが互いに連続して、導電性をもつ6つの壁面で囲まれた直方体状の閉空間12が形成される。
【0093】
なお、下ケース22と上ケース23のフランジ22f、23fには、閉じたときに互いの位置がずれない状態で重なり合うようにするための位置決め機構(例えば図のようにガイドピン40とそれを受け入れるガイド穴41)が形成されている。
【0094】
また、例えば、図18の(a)のように、上ケース23の開口側の内縁のほぼ全周に渡って弾性リブ45を突設させることで、図18の(b)のように下ケース22と合わせられたときに、その弾性リブ45を下ケース22の開口側の内縁全周に接触させて、フランジ22f、23fの接触部を覆い、その接触部に隙間が生じた場合の電波の漏洩等などを低減することができる。
【0095】
また、ここでは、直方体状の閉空間12を、上下対称の下ケース22と上ケース23を重ねて構成しているが、閉空間12に対応した直方体のケースで、その上面、前面、後面の少なくとも一つを開閉できる構造にしてもよい。
【0096】
図16、図17、図19に示しているように、下ケース22の開口面上の長手方向の一端側には、前記閉空間12内で被測定物1および基準アンテナ160を支持するための放射体支持部50が設けられ、他端側には、受信アンテナ15を支持するための受信アンテナ支持部55が設けられている。
【0097】
放射体支持部50は、被測定物1および基準アンテナ160の放射中心が閉空間12の長さ方向に沿った中心軸C上の所定位置P1にほぼ一致する状態を基準位置とし、それらを中心軸Cに沿って所定ステップで移動できる状態で支持するものであり、中心軸Cに沿って移動可能な支持板51と、その支持板51の上に放射体を固定する固定具52と、支持板51の下降を防ぐ基台53および後述する位置決め機構180により構成されている。なお、これらの各構成部材のうち、多面体結合器21内部に配置されたものは、電波に対する透過率が高い(比誘電率が1に近い)合成樹脂材により形成されている。
【0098】
固定具52は、例えば電波伝搬に影響を与えない伸縮自在なバンドで、被測定物1や基準アンテナ160を支持板51の上の所定位置に固定させる。この支持板51の外側端部には下ケース22の左側板22cを貫通摺動する軸部51aが突設され、その軸部51aは、内壁形成体25の外側に固定された第1の位置決め機構180に係合している。軸部51aの両側部には、ネジ止め固定用の穴を有するフランジ51b、51cが突設されている。
【0099】
第1の位置決め機構180は、断面凹状に形成され、その中央の溝部で支持板51の軸部51aを摺動自在に保持できるようになっており、その溝部の両側には、フランジ51b、51cをネジ止めするための7組のネジ穴180a〜180g、180a′〜180g′が例えば前記したλ/8の間隔で設けられている。
【0100】
そして、図19のように、フランジ51b、51cを中央のネジ穴180d、180d′にネジ止めしたときに、被測定物1(または基準アンテナ160)を基準位置P1に固定することができる。
【0101】
また、フランジ51b、51cをネジ穴180c、180c′にネジ止めすれば、被測定物1(又は基準アンテナ160)を基準位置P1よりλ/8内側の位置に固定することができ、逆にフランジ51b、51cを外側のネジ穴180e、180e′にネジ止めすれば、被測定物1(または基準アンテナ160)を基準位置P1よりλ/8外側の位置に固定することができる。他の位置についても同様であり、受信アンテナに対して対称な位置を維持しながらアンテナ間距離を2×λ/8(=λ/4)のステップで7通りに変化させることができる。
【0102】
なお、基準アンテナ160を支持する場合には、信号給電用の同軸ケーブル161を外部に引き出すことができるように例えば支持板51の軸部51aの内部に貫通する穴が形成されている。
【0103】
また、受信アンテナ支持部55も放射体支持部51と同様に、電波に対する透過率が高い合成樹脂材により形成された支持板56と、支持板56の下降を防ぐ基台57、支持板56の上に受信アンテナ15を固定する固定具58および第2の位置決め機構181により構成されている。
【0104】
ここで、受信アンテナ15は、基板15aに対するエッチング処理でアンテナ素子15bを印刷形成されたものが一般的であり、それを固定するための固定具58は、例えば受信アンテナ15の特性を変化させない合成樹脂性のネジやクリップであり、受信アンテナ15のアンテナ素子の放射中心を支持板56の上の中心軸C上の位置に固定させる。
【0105】
この受信アンテナ15を支持する支持板56にも、その外側端部に下ケース22の右側板22dを貫通摺動する軸部56aが突設され、その軸部56aは、下ケース22の外側に固定された第2の位置決め機構181に係合している。軸部56aの両側部には、ネジ止め固定用の穴を有するフランジ56b、56cが突設されている。
【0106】
第2の位置決め機構181は第1の位置決め機構180と同様に断面凹状に形成され、その中央の溝部で支持板56の軸部56aを摺動自在に保持できるようになっており、その溝部の両側には、フランジ56b、56cをネジ止めするための7組のネジ穴181a〜181g、181a′〜181g′が、例えば前記したλ/8の間隔で設けられている。
【0107】
そして、図19に示しているように、フランジ56b、56cを中央のネジ穴181d、181d′にネジ止めしたときに、受信アンテナ15を基準位置P2に固定することができる。
【0108】
また、フランジ56b、56cを内側のネジ穴181c、181c′にネジ止めすれば、受信アンテナ15を基準位置P2よりλ/8内側の位置に固定することができ、逆にフランジ56b、56cを外側のネジ穴181e、181e′にネジ止めすれば、受信アンテナ15を基準位置P2よりλ/8外側の位置に固定することができる。他の位置についても同様であり、放射体に対して対称な位置を維持しながらアンテナ間距離を2×λ/8(=λ/4)のステップで7通りに変化させることができる。
【0109】
なお、受信アンテナ15の同軸ケーブル16を外部に引き出すことができるように例えば支持板56の軸部56aの内部に貫通する穴が形成されている。
【0110】
なお、図19で示したように受信アンテナ15がダイポール系の場合や、ループ系のような平衡型の場合には、給電点に挿入したバラン15cを介して不平衡型の同軸ケーブル16に接続する。また、ダイポール型としてスリーブアンテナ等を用いることも可能である。
【0111】
この受信アンテナ15で受信された信号は、同軸ケーブル16を介して多面体結合器の外部に出力され、前記した可変結合器30に接続される。
【0112】
なお、受信アンテナ15を支持する支持板56の位置変更に伴い同軸ケーブル16も移動するが、同軸ケーブル16のうち、少なくとも多面体結合器21の外側の部分に可撓性のあるケーブルを用いることで、支持板56の移動を妨げることなく可変整合器130に接続することができる。これは基準アンテナ160に接続する同軸ケーブル162についても同様である。
【0113】
可変整合器130は、前記したロンボーン式のラインストレッチャーを用いたトラップ型やデジタル移相器型のものが使用できる。なお、ラインストレッチャーを用いた可変整合器は、制御信号により線路長(L1、L2)が可変できる構造とする。
【0114】
可変整合器130の出力は電力測定器150に入力される。電力測定器150は、広帯域な電力計やスペクトラムアナライザ、周波数選択性のある受信機等が使用でき、前記したようにLNAを併用してもよい。
【0115】
そして、測定制御部190は、前記した測定方法にしたがって、信号発生器161、電力測定器150の周波数設定、可変整合器130の制御および前記演算処理を行い、被測定物1のTRPを算出する。
【0116】
図20は、測定制御部19の処理手順の一例を示すフローチャートである。以下、このフローチャートに基づいて装置の動作説明をする。
【0117】
始めに、アンテナ位置を示す指数mを1としてから(S1)、測定の準備として多面体結合器21を開いて、被測定物1と受信アンテナ15を、7通りの位置の第m番目に支持させ、多面体結合器21を閉じる(S2)。
【0118】
そして、電力測定器150の周波数を測定周波数のいずれかにセットし、電力測定器150の測定値が最大となるように可変整合器130を制御し、そのとき測定値を記憶するという処理を、測定周波数を変更しながら行い、所望周波数範囲で、m番目の位置における整合状態での周波数特性Fmを求める(S3)。
【0119】
上記処理S3をアンテナ位置を変える毎に繰り返し行い、7通りの位置についての各周波数特性F1〜F7を求める(S4、S5)。
【0120】
次に、アンテナ位置を示す指数mを1に戻し(S6)、多面体結合器21を開いて被測定物1に代わって基準アンテナ160を用い、その基準アンテナ160と受信アンテナ15をm番目の位置に設置し、同軸ケーブル162を介して信号発生器161と接続して多面体結合器21を閉じ、この基準アンテナ160を用いて、前記7通りの位置における整合状態での周波数特性G1〜G7を求める(S7〜S10)。
【0121】
そして、周波数特性F1〜F7から各周波数での最大値を選択することで前記ディップの少ない特性Fsを生成し(S11)、周波数特性G1〜G7についても同様に、各周波数での最大値を選択することで前記ディップの少ない特性Gsを生成する(S12)。
【0122】
そして、各測定周波数について、測定で得られた特性Fsの値と特性Gsの値との比、および基準アンテナ16への供給電力等の既知情報に基づいて、式(5)から、各測定周波数における放射電力を求める(S13)。
【0123】
なお、ここでは、被測定物1についての測定を先に行い、基準アンテナ160を用いた測定を後に行っていたが、その順序は逆でもよい。
【0124】
また、基準アンテナ160を用いた測定は、最初に一度だけ(あるいは定期的に)行い、その結果をメモリ等に記憶しておき、被測定物の測定の際には、その被測定物に対する測定結果と、基準アンテナについて予め記憶しておいた結果とを用いて放射電力を求めるようにすればよい。
【0125】
また、上記放射電力測定装置20では、多面体結合器21の内部でアンテナ間距離のみを変更する構造を示したが、前記したようにアンテナの向き(コリニア配置、対向配置、クロス配置等)を変更できる機構を併用し、アンテナ間距離だけでなく、アンテナの向きを変更した状態での周波数特性を取得して、ディップの小さい合成周波数特性を得て、放射電力測定を行ってもよく、アンテナ間距離を固定とし、アンテナの向きだけを所定角度で変更して、複数の周波数特性を求め、ディップの小さい合成周波数特性を得て、放射電力測定を行ってもよい。
【0126】
また、上記説明では、閉空間形状が最も単純で結合器の製造コストが低くなる直方体の例を説明したが、本発明の測定原理から結合器が形成する閉空間の形状は、製造コストを下げることができる平面の組合せによって形成される多面体形状であれば任意である。
【0127】
例えば、図21のように、直方体の両端に切頭四角錐を接続した14面体の閉空間を内部に形成する多面体結合器21′であってもよい。また図21で直方体の両端を四角錐にすれば12面体となる。いずれの場合も、平面の組合せによって形成される多面体形状で導体の壁面に囲まれた閉空間に被測定物1や基準アンテナ160等の放射体と受信アンテナ15とを配置するので、形状が複雑な楕円球形状の閉空間を用いる場合と比べて格段に製造コストを下げることができ、しかも前記した直方体形状の場合と同様に放射電力の測定を行える。
【符号の説明】
【0128】
1……被測定物、11……壁面、12……閉空間、15……受信アンテナ、15a……基板、15b……素子、15c……バラン、16……同軸ケーブル、20……放射電力測定装置、21、21′……多面体結合器、22……下ケース、23……上ケース、40……ガイドピン、41……ガイド穴、45……弾性リブ、50……放射体支持部、51……支持板、55……受信アンテナ支持部、56……支持板、130……可変整合器、150……電力測定器、160……基準アンテナ、161……信号発生器、162……同軸ケーブル、180、181……位置決め機構、190……測定制御部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
平面の組合せによって形成される多面体形状で、導体の壁面で囲まれた閉空間(12)に、被測定物(1)と受信アンテナ(15)とを離間して配置し、前記被測定物から放射された電波を前記受信アンテナ(15)で受信し、該受信アンテナの出力信号の電力を電力測定器(150)によって測定することで被測定物の全放射電力を測定する放射電力測定方法であって、
前記受信アンテナと前記電力測定器の間に可変整合器(130)を挿入し、
前記電力測定器で測定される電力が最大となるように前記可変整合器を設定して、前記被測定物の全放射電力を算出することを特徴とする放射電力測定方法。
【請求項2】
前記被測定物に対し、前記電力測定器で測定される電力が最大となるように前記可変整合器を設定し、そのときの最大電力を第1の測定値として記憶する段階と、
信号供給を受けて電波を放射する基準アンテナを前記被測定物に代えて配置した状態で、前記電力測定器で測定される電力が最大となるように前記可変整合器を設定し、そのときの最大電力を第2の測定値として記憶する段階と、
前記第1の測定値および前記第2の測定値に基づいて、前記被測定物の全放射電力を算出する段階とを含むことを特徴とする請求項1記載の放射電力測定方法。
【請求項3】
所定の周波数範囲内の各周波数についての一連の周波数特性を求めるとともに、該周波数特性を、前記被測定物と受信アンテナとの距離または向きあるいは距離と向きの両方を複数通りに変えて複数組求めるようにし、
前記被測定物の全放射電力を算出する際には、被測定物についてそれぞれ複数組ずつ得られた周波数特性のうち、同一周波数のデータのうちの最大値を選択して用いることを特徴とする請求項1記載の放射電力測定方法。
【請求項4】
前記第1の測定値として、所定の周波数範囲内の各周波数についての一連の周波数特性を求めるとともに、該周波数特性を、前記被測定物と受信アンテナとの距離または向きあるいは距離と向きの両方を複数通りに変えて複数組求めるようにし、
さらに、前記第2の測定値として、前記所定の周波数範囲内の各周波数についての一連の周波数特性を求めるとともに、該周波数特性を、前記基準アンテナと受信アンテナとの距離または向きあるいは距離と向きの両方を複数通りに変えて複数組求めるようにし、
前記被測定物の全放射電力を算出する際には、被測定物および基準アンテナについてそれぞれ複数組ずつ得られた周波数特性のうち、同一周波数のデータのうちの最大値を選択して用いることを特徴とする請求項2記載の放射電力測定方法。
【請求項5】
前記多面体形状が直方体であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の放射電力測定方法。
【請求項6】
平面の組合せによって形成される多面体形状で、導体の壁面で囲まれた閉空間(12)を有し、該閉空間に被測定物(1)と受信アンテナ(15)とを離間した状態で支持する支持手段(50、55)を含み、前記被測定物から放射された電波を前記受信アンテナで受信し、その受信信号を前記閉空間から外部へ出力させる多面体結合器(21)と、
前記受信アンテナの出力信号の電力を測定するための電力測定器(150)と、
前記受信アンテナと前記電力測定器の間に設けられた可変整合器(130)と、
前記電力測定器によって測定される電力が最大となるように前記可変整合器を設定し、そのとき最大電力に基づいて、前記被測定物の全放射電力を算出する測定制御部(190)とを有していることを特徴とする放射電力測定装置。
【請求項7】
前記支持手段に前記被測定物の代わりに基準アンテナが支持されたときに該基準アンテナに前記多面体結合器の外部から信号を供給するための信号供給手段(161、162)を有し、
前記測定制御部は、
前記支持手段に前記被測定物が支持された状態で前記電力測定器によって測定される電力が最大となるように前記可変整合器を設定し、そのとき最大電力を第1の測定値とし、前記被測定物に代わって前記基準アンテナが支持された状態で前記電力測定器によって測定される電力が最大となるように前記可変整合器を設定し、そのときの最大電力を第2の測定値として求め、前記第1の測定値および前記第2の測定値に基づいて、前記被測定物の全放射電力を算出することを特徴とする請求項6記載の放射電力測定装置。
【請求項8】
前記多面体結合器の支持手段は、前記被測定物と前記受信アンテナとの距離または向きあるいは距離と向きの両方を複数通り変更できるように形成されており、
前記測定制御部は、
前記電力測定器が検出する信号の周波数を所定周波数範囲内で順次変更させ、各周波数についての一連の周波数特性を求めるとともに、該周波数特性を、前記被測定物と受信アンテナの距離毎または向き毎あるいは距離と向きの組合せ毎に複数組求め、前記被測定物の全放射電力を算出する際には、被測定物についてそれぞれ複数組ずつ得られた周波数特性のうち、同一周波数のデータのうちの最大値を選択して用いることを特徴とする請求項6記載の放射電力測定装置。
【請求項9】
前記多面体結合器の前記支持手段は、前記被測定物または前記基準アンテナと前記受信アンテナの距離または向きあるいは距離と向きの両方を複数通り変更できるように形成されており、
前記測定制御部は、
前記第1の測定値として、前記電力測定器が検出する信号の周波数を所定周波数範囲内で順次変更させ、各周波数についての一連の周波数特性を求めるとともに、該周波数特性を、前記被測定物と受信アンテナの距離毎または向き毎あるいは距離と向きの組合せ毎に複数組求め、さらに、前記第2の測定値として、前記所定の周波数範囲内の各周波数についての一連の周波数特性を求めるとともに、該周波数特性を、前記基準アンテナと受信アンテナの距離毎または向き毎あるいは距離と向きの組合せ毎に複数組求め、前記被測定物の全放射電力を算出する際には、被測定物および基準アンテナについてそれぞれ複数組ずつ得られた周波数特性のうち、同一周波数のデータのうちの最大値を選択して用いることを特徴とする請求項7記載の放射電力測定装置。
【請求項10】
前記多面体結合器の閉空間の多面体形状が直方体であることを特徴とする請求項6〜9のいずれかに記載の放射電力測定装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【公開番号】特開2011−149759(P2011−149759A)
【公開日】平成23年8月4日(2011.8.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−9937(P2010−9937)
【出願日】平成22年1月20日(2010.1.20)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度、総務省、電波資源拡大のための委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000000572)アンリツ株式会社 (838)