説明

水溶性不織布

【課題】 従来の水溶性を損なうことなく、実用上十分な機械的特性、耐薬品性などの性能を兼ね備え、ケミカルレース用基布をはじめとして多くの用途に極めて有用な水溶性不織布を提供する。
【解決手段】 ポリビニルアルコール系水溶性繊維からなる不織布であって、不織布の結晶化度Xcw(%)及び水中溶解温度SP(℃)の関係が以下の式(I)を満たすことを特徴とする水溶性不織布。
SP<2.50Xcw−50・・・(I)
ただし30%≦Xcw≦65%

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、従来の水溶性を損なうことなく、実用上十分な機械的特性、耐薬品性などを兼ね備えた水溶性不織布に関するものであり、ケミカルレース用基布をはじめとして多くの用途に極めて有効に使用することができる。
【背景技術】
【0002】
ケミカルレース用基布をはじめとする水溶性不織布の分野では、従来必要とされてきた80℃以上の水で溶解可能な、いわゆる高温溶解タイプに加えて、最近ではその市場ニーズの高度化から40〜80℃の水で溶解可能な、いわゆる中温溶解や、室温付近で溶解可能な、いわゆる低温溶解タイプのものが望まれている。例えば、繊細なデザインの刺繍の場合には、打ち込み密度が大きくなり刺繍後の溶脱が難しくなること、また、シルクやアセテートなどの素材を用いた高級な刺繍をする場合には、素材自身の熱安定性が低いことなどの理由から、より低温で溶解できる繊維を用いた不織布の開発が望まれている。一方で水溶性不織布には、高張力下での刺繍の際の柄ズレ、不織布の破れを防ぐ為にも、強度、弾性率をはじめとする機械的特性を兼ね備えていることも望まれている。
【0003】
不織布の水溶性及び機械的特性は、不織布を構成する繊維の特徴に大きく影響される。つまり、低温で溶解可能な不織布を得ようとする場合、その不織布は、低温での溶解性に優れる繊維で構成される必要がある。
従来、低温での溶解性に優れた繊維としては、ケン化度や重合度の低いポリビニルアルコール(以下、PVAと略記する)系ポリマーを原料として繊維としたものが用いられてきた。低温での溶解性に優れたPVA系繊維の製造方法としては、例えば、ケン化度の低いPVA系ポリマーを用いて乾湿式紡糸し、次いで低い延伸倍率で延伸することで低温溶解可能なPVA系繊維が提案されている(例えば、特許文献1参照。)。さらにはケン化度の低いPVA系ポリマーを用いてジメチルスルホキシド(以下、DMSOと略記する)などの有機溶媒に溶解した溶液をメタノールなどの固化能を有する固化浴に紡糸することにより低温水溶解可能なPVA系繊維が提案されている(例えば、特許文献2参照。)。しかしながら、このような場合、ケン化度が低いPVA系ポリマーを用いるために、繊維の結晶化度を高めることができず、それ故、該繊維からなる不織布は、低温溶解性には優れるものの、機械的特性は低いものとなり、実用上の使用に制約がかかるものであった(例えば、特許文献3参照。)。
一方で、不織布の機械的特性を高める事を目的に、高ケン化度、高重合度のPVA系ポリマーを原料にして製造された繊維で構成された不織布は、構成する繊維の結晶化度が高められるため、引張強度などの機械的特性は十分なものとなるが、水溶解温度は120℃以上となり、低温での水溶解性が損なわれる。このようなPVA系ポリマーを用いての水溶性の向上方法としては、例えば延伸温度や延伸倍率を極端に下げることにより、配向結晶化を故意に阻害させることが行われているが、この方法では当然ながら結晶化度が低くなり、このような繊維で構成される不織布は、機械的特性が損なわれてしまうという問題点があった。
【0004】
【特許文献1】特開平5−086503号公報
【特許文献2】特開平7−042019号公報
【特許文献3】特開平11−217759号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の課題は、従来の技術では得られなかった、水溶解性及び機械的特性に優れた水溶性不織布を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本願発明者等は上記した水溶性不織布を得るべく鋭意検討を重ねた結果、通常の紡糸工程中においてイオン性基を有する化合物を繊維に含浸させ、その後の工程で該化合物と繊維を反応させた水溶性PVA系繊維を用い、さらに該繊維で構成される水溶性不織布の水中溶解温度と機械的特性の指標となる結晶化度が特定の関係にある場合に、従来技術では達成し得なかった、水溶解特性および機械的特性に優れる水溶性不織布が得られることを見出し、本発明を完成した。
【0007】
すなわち本発明は、水溶性PVA系繊維からなる不織布であって、不織布の結晶化度Xcw(%)及び水中溶解温度SP(℃)の関係が以下の式(I)を満たすことを特徴とする水溶性不織布に関する。
【0008】
【数1】

【0009】
また、本発明は、好ましくは不織布の弾性率M(N/50mm)及び水中溶解温度SP(℃)の関係が、以下の式(II)を満たすことを特徴としており、さら好ましくは、使用する水溶性PVA系繊維が、繊維の結晶化度Xcf(%)及び水中溶解温度Wtb(℃)が以下の式(III)を満たすことを特徴とする水溶性不織布である。
【0010】
【数2】

【0011】
【数3】

【0012】
そして本発明は、好ましくはイオン性基を有する化合物を、抽出浴を通して繊維中に含浸させた後、乾燥、延伸、熱処理の何れかの工程で0.01〜5モル%反応導入させ、さらに全工程における全延伸倍率を3倍以上とすることにより得られる水溶性PVA系繊維で構成される上記の水溶性不織布であり、より好ましくは水溶性不織布を構成する水溶性PVA系繊維に反応導入されたイオン性基を有する化合物がグリオキシル酸またはグリオキシル酸の中和物である上記の水溶性不織布に関するものである。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、水溶性不織布の水中溶解温度と、機械的特性の指標となる結晶化度が、特定の関係にある場合に、従来技術では達成し得なかった、水溶解特性と機械的特性を兼備した水溶性不織布を提供することが可能であり、ケミカルレース用基布をはじめとして多くの用途に極めて有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明について具体的に説明する。本発明の水溶性不織布は、水溶性に優れるにも関わらず、引張り強度、弾性率をはじめとする機械的特性にも優れている点にある。すなわち、不織布の水中溶解温度SP(℃)と機械的特性の指標となる結晶化度Xcw(%)の関係が、下記の式(I)で示されることが重要である。
【0015】
【数4】

【0016】
上述したように、従来、水溶性不織布の水溶解特性や機械的特性の制御は、用いる水溶性PVA系繊維の仕様を変えることにより行われてきた。例えば低温溶解性に優れた水溶性不織布を得たい場合、重合度またはケン化度が低いPVA系ポリマーを原料として用いることや、延伸条件などの制御によって得られた水溶性PVA系繊維を用いれば可能である。すなわち、使用する繊維の結晶性を低下させることにより、水溶解特性を付与するものであるが、このような従来の方法では繊維の結晶化度は低いものとなり、それを用いて製造した水溶性不織布も、水溶解特性には優れるものの、機械的特性は満足できるものは得られていない。図1は本発明の水溶性不織布と特開平7−42019号公報および特開平7−90714号公報に記載されている水溶性PVA系繊維から製造した不織布(比較例)、および現在市販されている水溶性繊維〔ニチビ(株)製「ソルブロン」〕からなるシート状物について、それぞれの水中溶解温度と結晶化度の関係を示したものである。「ソルブロン」には銘柄としてSS、SU、SX、及びSLがあり、これらからなるシート状物を白丸で、また特開平7−42019号公報および特開平7−90714号公報に記載されている水溶性繊維からなる不織布を白四角で、そして本発明の不織布(実施例)を黒丸で示した。図1に示すように、「ソルブロン」からなるシート状物、あるいは特開平7−42019号公報および特開平7−90714号公報に記載されている水溶性不織布においては、水中溶解温度と結晶化度との関係はほぼ一本の直線で示され、その関係式は下記式(IV)で表される。
【0017】
【数5】

【0018】
図1で示されたように、本発明の水溶性不織布は何れも式(I)の範囲内(図中斜線部)であり、従来の水溶性不織布に比べて、水中溶解温度は同じであっても、結晶化度が高いことが特徴である。ここで、結晶化度が30%よりも低い場合、得られる不織布の機械的特性は低いものとなり、例えばケミカルレース用基布として使用した場合、刺繍時に不織布が破れたり、柄ズレが生じるなど、実用上の使用に制約がかかり、また結晶化度が65%を越えると、溶解温度は120℃以上となり、繊細なデザインの刺繍の場合には、打ち込み密度が大きくなり刺繍後の溶脱が難しくなること、また、シルクやアセテートなどの素材を用いた高級な刺繍をする場合には、素材自身の熱安定性が低いため、シルクやアセテートなどの素材が劣化する等の問題点が生じ、いずれも本発明の目的を満足しない。なお、本発明でいう水中溶解温度SP(℃)、結晶化度Xcw(%)は後述する方法により測定される。
【0019】
図2に図1で用いた不織布の弾性率M(N/50mm)と水中溶解温度SP(℃)の関係を示す。図2に示すように、ソルブロンからなるシート状物、あるいは特開平7−42019号公報および特開平7−90714号公報に記載されている繊維からなる水溶性不織布においては、弾性率と溶解温度の関係はほぼ一本の直線で示され、その関係式は下記式(V)で表される。
【0020】
【数6】

【0021】
図2で示されたように、本発明の水溶性不織布は何れも式(II)の範囲内(図中斜線部)であり、従来の水溶性不織布に比べて、溶解温度は同じであっても、弾性率が高いことが特徴である。これは、図1に示した如く、不織布の結晶化度が高いことに起因していると考えている。ここで、弾性率が30N/50mmよりも低いと、例えばケミカルレース用基布として使用した場合、刺繍時に不織布が破れたり、柄ズレが生じるなど、実用上の使用に制約がかかり、また弾性率が80N/50mmを超える場合は、必然的に溶解温度は110℃以上となり、繊細なデザインの刺繍の場合には、打ち込み密度が大きくなり刺繍後の溶脱が難しくなること、また、シルクやアセテートなどの素材を用いた高級な刺繍をする場合には、素材自身の熱安定性が低いため、シルクやアセテートなどの素材が劣化する等の問題点が生じ、いずれも本発明の目的を満足しない。なお、弾性率M(N/50mm)は後述する方法により測定される。
【0022】
本発明の水溶性不織布が水溶解特性と機械的特性を兼備できる理由としては、使用する水溶性PVA系繊維の特徴にある。すなわち、使用する水溶性PVA系繊維が、繊維の結晶化度Xcf(%)と水中溶断温度Wtb(℃)が下記式(III)で示されるものを用いる事により本発明は達成される。このような水溶性繊維は、PVA系繊維にグリオキシル酸またはグリオキシル酸の中和物であるイオン性基を有する化合物を、抽出浴を通して繊維中に含浸させ、乾燥、延伸、熱処理の何れかの工程で0.01〜5モル%反応導入させ、さらに全工程における全延伸倍率を3倍以上とすることにより得ることが出来る。
【0023】
【数7】

【0024】
本発明に使用される水溶性PVA系繊維を構成するポリマーの重合度は、得られる繊維の機械的特性や寸法安定性、水溶性等を考慮すると30℃水溶液の粘度から求めた平均重合度が1000〜4000のものが好ましい。平均重合度が4000を越えたPVA系ポリマーを用いた場合、得られる不織布の機械的特性が向上するので望ましいが、溶解時の収縮が大きいなどの水溶解特性が損なわれる可能性がある。また、平均重合度が1000よりも低い重合度のPVA系ポリマーを用いると、得られる繊維の結晶性が低く、そのため得られる不織布の機械的特性が不十分なばかりでなく、凝固や抽出などの繊維製造工程中でポリマーの溶出が起こり、繊維間の膠着を引き起こしやすい。より好ましくは1500〜3500である。また、水溶性PVA系繊維を構成するポリマーのケン化度は特に限定されるものではないが、得られる繊維の結晶性及び水溶解特性の点から、88モル%以上であることが好ましい。PVA系ポリマーのケン化度が88モル%よりも低いものを使用した場合、結晶性が極端に低下するので、得られる不織布の低温での水溶解性を付与する点では好ましいが、不織布の機械的特性や、繊維化工程通過性、製造コストなどの面で好ましくない。
【0025】
また本発明に使用する水溶性PVA系繊維を形成するPVA系ポリマーは、ビニルアルコールユニットを主成分とするものであれば特に限定されず、本発明の効果を損なわない限り、所望によりエチレン、酢酸ビニル、イタコン酸、ビニルアミン、アクリルアミド、ピバリン酸ビニル、無水マレイン酸、スルホン酸含有ビニル化合物などの構成単位を含有していてもよい。しかしながら、本発明の目的とする繊維を得るためにはビニルアルコール単位が88モル%のポリマーがより好適に使用される。もちろん本発明の効果を損なわない範囲であれば、目的に応じてポリマー中に酸化防止剤、凍結防止剤、pH調整剤、隠蔽剤、着色剤、油剤などの添加剤が含まれていてもよい。
【0026】
本発明に使用する、繊維の水中溶解温度と結晶化度が特定の条件にて示される水溶性PVA系繊維は、上述のPVA系ポリマーを水あるいは有機溶剤に溶解した紡糸原液を用いて後述する方法で繊維を製造することにより、効率良く安価に製造することができる。紡糸原液を構成する溶媒としては、例えばジメチルスルホキシド(以下、DMSOと略記)、ジメチルアセトアミド、ジメチルホルムアミド、N−メチルピロリドンなどの極性溶媒やグリセリン、エチレングリコールなどの多価アルコール類、およびこれらとロダン塩、塩化リチウム、塩化カルシウム、塩化亜鉛などの膨潤性金属塩の混合物、さらにはこれら溶媒同士、あるいはこれら溶媒と水との混合物などが挙げられるが、これらの中でも、とりわけ水やDMSOがコスト、回収性等の工程通過性の点で最も好適である。紡糸原液中のポリマー濃度は組成、重合度、溶媒によって異なるが、8〜40質量%の範囲であることが好ましい。紡糸原液の吐出時の液温は、紡糸原液が分解、着色しない範囲であることが好ましく、具体的には50〜150℃とすることが好ましい。かかる紡糸原液をノズルから吐出して湿式紡糸あるいは乾湿式紡糸を行えばよく、PVA系ポリマーに対して固化能を有する固化液に吐出すればよい。なお、湿式紡糸とは、紡糸ノズルから直接固化浴に紡糸原液を吐出する方法のことであり、一方乾湿式紡糸とは、紡糸ノズルから一旦任意の距離の空気中あるいは不活性ガス中に紡糸原液を吐出し、その後に固化浴に導入する方法のことである。用いる固化浴は、原液溶媒が有機溶媒の場合と水の場合では異なる。有機溶媒を用いた原液の場合には、得られる繊維強度等の点から固化浴溶媒と原液溶媒からなる混合液であることが好ましく、固化溶媒としては特に制限はないが、例えばメタノール、エタノール、プロパノ−ル、ブタノールなどのアルコール類、アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトンなどのケトン類等のPVA系ポリマーに対して固化能を有する有機溶媒を用いることができる。これらの中でも低腐食性及び溶剤回収の点でメタノールとDMSOとの組合せが好ましい。一方、紡糸原液が水溶液の場合、固化浴を構成する固化溶媒としては、芒硝、塩化ナトリウム、炭酸ナトリウム等のPVA系ポリマーに対して固化能を有する無機塩類の水溶液を用いることができる。次に固化された原糸から紡糸原液の溶媒を抽出除去するために、抽出浴を通過させるが、抽出時に同時に原糸を湿延伸することが、乾燥時の繊維間膠着抑制及び得られる繊維の機械的特性を向上させるうえで好ましい。その際の湿延伸倍率としては2〜6倍であることが工程性、生産性の点で好ましい。抽出溶媒としては固化溶媒単独あるいは原液溶媒と固化溶媒の混合液を用いることができる。
【0027】
湿延伸後、繊維を乾燥または延伸してPVA系繊維を製造すればよいが、本発明に使用する水溶性PVA系繊維を得るためには、イオン性基を有する化合物を溶解した抽出浴を通過させて該化合物を繊維中に含浸させる。本発明で用いられるイオン性基を有する化合物としてはグリオキシル酸またはグリオキシル酸の中和物が好適である。この場合、抽出浴で繊維が抽出溶媒により膨潤していることが繊維中へのイオン性基を有する化合物の均一浸透の点から好ましく、そのためには抽出溶媒はメタノール等のアルコール類や水であることが好ましい。すなわち紡糸工程中において繊維が十分に結晶化した後に抽出溶媒中で膨潤状態にある繊維に該化合物を含浸させ、その後の乾燥、延伸、熱処理などの工程で反応、導入させることにより実質的な延伸倍率が低下することはなく、また従来の水溶解性を損なうことなく、結晶化度が高く機械的特性を兼備した水溶性PVA系繊維が得られる。また本発明において、イオン性基を有する化合物は水溶性PVA系繊維に対し0.01〜5モル%反応、導入させることが好ましい。
一方、例えばアルデヒド基やエステル基など、PVA系ポリマーの有する水酸基と容易に反応する原子団を含む変性剤を原液から仕込んだ場合には、その段階で反応が進み、固化過程での結晶化が阻害され、その後の延伸性が低下し、結果として結晶化度が低く、したがって機械的特性の低い繊維しか得られない。また予めイオン性基を有する化合物をPVA系ポリマーに反応させたものを原料として使用した場合においても得られる繊維の結晶性は低くなり、それ故機械的特性の低い繊維しか得られない。さらには、延伸や熱処理後にローラータッチなどで該化合物を付与する方法では、十分な量が付与できないことに加えて、繊維への均一含浸ができず、再現性に乏しいものとなる。したがって先述したように、抽出溶媒中で膨潤状態にあるPVA系繊維に該化合物を含浸させておくことが好適である。
【0028】
このようにして固化から抽出などの紡糸工程中で繊維中に導入された該化合物を、紡糸後の乾燥、延伸、熱処理の何れかの工程での熱などにより反応させることで、本発明に使用する水溶性PVA系繊維を製造することができる。反応を進行させるために必要な乾燥、延伸、熱処理時の温度は特に制限はないが、繊維の機械的特性を発現させるための延伸等と同時に反応を進行させることを考慮すると、100〜240℃の範囲であることが好ましい。温度が100℃未満の場合、反応が進行しにくくなるとともに繊維の白化が生じ、そのため機械的物性の低下をもたらす。また240℃を越えると繊維の部分的な融解が生じ、この場合においても機械的物性の低下をもたらすので好ましくない。より好ましくは120〜220℃の範囲である。本発明の水溶性不織布を構成する水溶性PVA系繊維は、全延伸倍率を3倍以上にすることが好ましい。延伸倍率が3倍未満の場合には、繊維の機械的特性が損なわれる。なお、ここでいう延伸倍率とは、先述した乾燥前の固化浴中での湿延伸と乾燥後の延伸倍率の積である。例えば、湿延伸を3倍とし、その後の延伸を2倍とした場合の全延伸倍率は6倍となる。
本発明によれば、得られる繊維の繊度は特に限定されず、例えば0.1〜10000dtex、好ましくは1〜1000dtexの繊度の繊維が広く使用できる。繊維の繊度はノズル径や延伸倍率により適宜調整すればよい。
【0029】
本発明の水溶性不織布の製造方法は特に限定されず、従来公知の方法が用いられる。具体的にはニードルパンチ法、エンボス法、フォームボンド法、熱融着繊維を混合した加熱法(エンボス、熱風、金型成形)、バインダー接着法、水流絡合法、メルトブローン法やスパンボンド法で製造した不織布との貼り合せやこれらの組合せなどが挙げられるが、不織布の目的とする品質に応じて適宜選択すればよい。例えば、上述のようにして得られた水溶性PVA系繊維のフィラメントトウを摩擦帯電による反発作用により開繊したり、或いは捲縮、カットしたステープルをカードで開繊してウェッブを形成し、これを圧着面積比率が3〜50%である熱エンボスローラーを用い、ウェッブを構成している水溶性PVA系繊維の融点より20〜100℃低い温度で3〜100kg/cmの線厚で熱圧着することで水溶性不織布を得ることが出来る。この場合、熱エンボスローラーの圧着比率が3%未満であると圧着面積が少なく、不織布の機械的特性が不十分となり、50%を超えると圧着面積が多く風合いが硬く、皺が発生し易くなる。エンボスローラーの圧着比率は5〜40%であることが望ましく、より好ましくは10〜30%であると機械的特性、風合いの点で更に好ましい。熱圧着温度が、ウェッブ形成された水溶性PVA系繊維の融点をTmとすると、(Tm−20℃)より高いと圧着性が向上し、機械的特性の優れたものが得られるが、水溶解特性が損なわれる。また、圧着温度が(Tm−100℃)より低いと熱圧着が不十分となり、機械的特性が損なわれる。従って、熱圧着温度は(Tm−20℃)〜(Tm−100℃)であることが好ましい。圧着比率が高い場合は熱圧着温度を低めとし、逆の場合は熱圧着温度を高めとすることが望ましい。なお、ここでいう熱圧着温度は不織布自体の温度であってエンボスローラー温度ではない。エンボスローラー速度が低いと不織布とローラーの温度はほぼ一致するが、エンボスローラーを高速で回転させると熱伝導が不十分となり、不織布温度は下がる可能性がある。線圧が3kg/cm未満であると、熱圧着部における繊維の断面が十分扁平とならず接着面積が大きくならないので不織布強度が不十分となる。100kg/cmを超える線圧で熱圧着すると圧着により繊維自体が損傷し、エンボス点付近で亀裂が生じ、孔があき機械的特性が低下するので好ましくない。線圧が10〜80kg/cmであると好ましく、15〜40kg/cmであると不織布の機械的特性の点で更に好ましい。圧着比率が小さい場合や圧着温度が低めの場合、線圧は高めとし、逆の場合は線圧を低めとすることが、不織布の総合性能の点で好ましい。
【0030】
本発明の水溶性不織布の柄については、用途により要求性能が異なるので、特別な限定はなく、従来公知の正方菱形千鳥柄、変形四角形柄、ピンポイント柄、織り目柄など、適宜目的に応じて用いることが出来る。
【0031】
以下、実施例により本発明をより詳細に説明するが、本発明は本実施例により何等限定されるものではない。なお以下の実施例において、不織布の水中溶解温度、繊維の水中溶解温度、不織布及び繊維の結晶化度、不織布の弾性率は下記の方法により測定したものを示す。
【0032】
[不織布の水中溶解温度(SP) ℃]
400ccの水に2cm平方の切り分けた不織布片3枚を投入し、昇温速度3℃/分、攪拌速度280rpmの条件で攪拌しながら昇温して、繊維が完全に溶解したときの温度を水中溶解温度として測定した。
【0033】
[繊維の水中溶解温度(Wtb) ℃]
所定の荷重(2mg/dtex)をかけた繊維試料を温度3℃に設定した氷水中に吊るし、2℃/分の昇温速度で水温を昇温させて、試料が破断して荷重が落下するまでの水温と収縮率の関係を測定し、荷重が落下した時の温度をWtbとした。
【0034】
[不織布及び繊維の結晶化度(Xcw、Xcf) %]
Perkin Elmer社製Pyris−1型示査走査型熱量計を用いて、試料の全融解エンタルピー(ΔHobs)を測定した。測定条件は、昇温速度80℃/分とし、以下の式より質量結晶化度を算出した。なお標準物質として、インジウム及び鉛を用いて、融点、融解熱の補正を行った。
Xc(%)=ΔHobs/ΔHcal×100
ΔHobs:実測全融解熱量(J/g)
ΔHcal:完全結晶の融解熱量(174.5J/g)
【0035】
[不織布弾性率(M) N/50mm]
不織布を幅5cm、長さ15cmの短冊状に各直行する方向で2種類のサンプルを採取し、島津製引張試験機オートグラフで試長10cm、初荷重0.25cN/dtex及び引張速度100%/分の条件で測定し、50mm伸張時の強力を40g/cmの目付けで規格化した値の平均値を用いた。
【0036】
[実施例1]
(1)粘度平均重合度1700、ケン化度96.0モル%のPVAをPVA濃度23質量%となるようにDMSO中に添加し、90℃にて窒素雰囲気下で加熱溶解した。得られた紡糸原液を、孔径0.08mm、ホール数108のノズルを通して液温5℃のメタノール/DMSO=70/30(質量比)よりなる固化浴中に乾湿式紡糸した。
(2)得られた固化糸を固化浴と同じメタノール/DMSO組成の第2浴に浸漬し、次いで液温25℃のメタノール浴中で3倍の湿延伸を施した。その後、和光純薬(株)製グリオキシル酸を10g/l溶解したメタノール浴(抽出浴)に浸漬した後、120℃の熱風で乾燥し、紡糸原糸を得た。次いで、得られた紡糸原糸を160℃の熱風延伸炉中で総延伸倍率(湿延伸倍率×熱風炉延伸倍率)が6倍になるように延伸した。得られた繊維の外観は良好で糸斑等はなく、単糸繊度2.0dtex、繊維強度7.5cN/dtex、繊維の結晶化度Xcf=38%、水中溶解温度Wtb=20℃であり、繊維の結晶化度Xcfと繊維と水中溶解温度Wtbの関係は式(III)の条件を満足するものであった。
(3)上記(2)で得られた繊維を捲縮、カットし、ステープルとして、カードをかけてウェッブとし、圧着面積率25%の正方菱形千鳥柄のエンボスローラーを180℃に設定し、速度10m/分、線圧40kg/cmで、このウェッブに熱エンボス処理を施した。
(4)得られた不織布は、目付が40g/cmであり、水中溶解温度SP=61℃、結晶化度Xcw=45%、弾性率M=43N/50mmであり、不織布の水中溶解温度SPと不織布の結晶化度Xcwの関係は式(I)の条件を満足し、さらに不織布の水中溶解温度SPと不織布の弾性率Mとの関係は式(II)の条件を満足しており、溶解性および機械的特性に優れるものであった。
(5)さらに上記(4)で得られた不織布に刺繍を行ったところ、刺繍針による繊維の切断はなく、綺麗な外観の刺繍布が得られた。
【0037】
[実施例2]
(1)グリオキシル酸のカルボン酸部位を、水酸化ナトリウムで50%中和したものを用いた以外は実施例1と同じ条件で紡糸、延伸し、繊維を得た。得られた繊維の外観は良好で糸斑等はなく、単糸繊度2.1dtex、繊維強度7.6cN/dtex、繊維の結晶化度Xcf=43%、水中溶解温度Wtb=15℃であり、繊維の結晶化度Xcfと水中溶解温度Wtbとの関係は式(III)の条件を満足するものであった。
(2)上記(1)で得られた繊維を、実施例1と同じ条件にて熱エンボス処理し不織布を得た。得られた不織布は、目付が42g/cmであり、水中溶解温度SP=63℃、結晶化度Xcw=53%、弾性率M=45N/50mmであり、不織布の水中溶解温度SPと不織布の結晶化度Xcwの関係は式(I)の条件を満足し、さらに不織布の水中溶解温度SPと不織布の弾性率Mとの関係は式(II)の条件を満足しており、溶解性および機械的特性に優れるものであった。
(3)さらに上記(2)で得られた不織布に刺繍を行ったところ、刺繍針による繊維の切断はなく、綺麗な外観の刺繍布が得られた。
【0038】
[実施例3]
(1)ケン化度88モル%のPVAを用いた以外は実施例1と同じ条件で紡糸、延伸し、繊維を得た。得られた繊維の外観は良好で糸斑等はなく、単糸繊度2.1dtex、繊維強度3.6cN/dtex、繊維の結晶化度Xcf=32%、水中溶解温度Wtb=5℃であり、繊維の結晶化度Xcfと水中溶解温度Wtbとの関係は式(III)の条件を満足するものであった。
(2)上記(1)で得られた繊維を、エンボス温度を140℃にした以外は実施例1と同じ条件にて熱エンボス処理し不織布を得た。得られた不織布は、目付が41g/cmであり、水中溶解温度SP=21℃、結晶化度Xcw=32%、弾性率M=34N/50mmであり、不織布の水中溶解温度SPと不織布の結晶化度Xcwとの関係は式(I)の条件を満足しており、さらに不織布の水中溶解温度SPと不織布の弾性率Mとの関係は式(II)の条件を満足しており、溶解性および機械的特性に優れるものであった。
(3)さらに上記(2)で得られた不織布に刺繍を行ったところ、刺繍針による繊維の切断はなく、綺麗な外観の刺繍布が得られた。
【0039】
[実施例4]
(1)ケン化度98モル%のPVAを用いた以外は実施例1と同じ条件で紡糸、延伸し、繊維を得た。得られた繊維の外観は良好で糸斑等はなく、単糸繊度2.2dtex、繊維強度6.6cN/dtex、繊維の結晶化度Xcf=49%、水中溶解温度Wtb=62℃であり、繊維の結晶化度Xcfと水中溶解温度Wtbとの関係は式(III)の条件を満足するものであった。
(2)上記(1)で得られた繊維を、実施例1と同じ条件にて熱エンボス処理し不織布を得た。得られた不織布は、目付が40g/cmであり、溶解温度SP=83℃、結晶化度Xcw=60%、弾性率M=65N/50mmであり、不織布の水中溶解温度SPと不織布の結晶化度Xcwとの関係は式(I)の条件を満足し、さらに不織布の水中溶解温度SPと不織布の弾性率Mとの関係は式(II)の条件を満足しており、溶解性および機械的特性に優れるものであった。
(3)さらに上記(2)で得られた不織布に刺繍を行ったところ、刺繍針による繊維の切断はなく、綺麗な外観の刺繍布が得られた。
【0040】
[比較例1]
(1)グリオキシル酸を添加しない以外は、実施例1と同じ条件で紡糸、延伸し、繊維を得た。得られた繊維の外観は良好で糸斑等はなかったが、単糸繊度2.0dtex、繊維の結晶化度Xcf=35%、水中溶断温度Wtb=30℃であり、繊維の結晶化度Xcfと水中溶解温度Wtbとの関係は式(III)の条件を満足しないものとなった。
(2)上記(1)で得られた繊維を、実施例1と同じ条件にて熱エンボス処理し不織布を得た。得られた不織布は、目付が40g/cm、水中溶解温度SP=75℃、結晶化度Xcw=42%、弾性率M=35N/50mmであり、不織布の水中溶解温度SPと不織布の結晶化度Xcwとの関係は式(I)の条件を満足せずに式(IV)の条件を満足し、さらに不織布の水中溶解温度SPと不織布との弾性率Mの関係は式(II)の条件を満足せずに式(V)の条件を満足するものであった。
(3)さらに上記(2)で得られた不織布に刺繍を行ってみたが、刺繍針によって不織布が破れたり、不織布を構成する繊維の表面の破損等がみられ、綺麗な外観の刺繍布が得られなかった。
【0041】
[比較例2]
(1)グリオキシル酸を添加しないこと、及びケン化度88モル%のPVAを用いた以外は、実施例1と同じ条件で紡糸、延伸し、繊維を得た。得られた繊維の外観は良好で糸斑等はなかったが、単糸繊度2.0dtex、繊維の結晶化度Xcf=20%、水中溶解温度Wtb=5℃であり、繊維の結晶化度Xcfと水中溶解温度Wtbとの関係は式(III)の条件を満足しないものとなった。
(2)上記(1)で得られた繊維を、エンボス温度を140℃にした以外は実施例1と同じ条件にて熱エンボス処理し不織布を得た。得られた不織布は、目付が40g/cm、溶解温度SP=20℃、結晶化度Xcw=27%、弾性率M=19N/50mmであり、不織布の水中溶解温度SPと不織布の結晶化度Xcwとの関係は式(I)の条件を満足せずに式(IV)の条件を満足し、さらに不織布の水中溶解温度SPと不織布の弾性率Mとの関係は式(II)の条件を満足せずに式(V)の条件を満足するものであった。
(3)さらに上記(2)で得られた不織布に刺繍を行ってみたが、刺繍針によって不織布が破れたり、不織布を構成する繊維の表面の破損等がみられ、綺麗な外観の刺繍布が得られなかった。
【0042】
[比較例3]
(1)グリオキシル酸を添加しないこと、及び粘度平均重合度1700、ケン化度98モル%のPVAを用いた以外は、実施例1と同じ条件で紡糸、延伸し、繊維を得た。得られた繊維の外観は良好で糸斑等はなかったが、単糸繊度1.9dtex、繊維の結晶化度Xcf=44%、水中溶解温度Wtb=65℃であり、繊維の結晶化度Xcfと水中溶解温度Wtbとの関係は式(III)の条件を満足しないものとなった。
(2)上記(1)で得られた繊維を、実施例1と同じ条件にて熱エンボス処理し不織布を得た。得られた不織布は、目付が39g/cm、溶解温度SP=93℃、結晶化度Xcw=60%、弾性率M=60N/50mmであり、不織布の水中溶解温度SPと不織布の結晶化度Xcwとの関係は式(I)の条件を満足せずに式(IV)の条件を満足し、さらに不織布の水中溶解温度SPと不織布の弾性率Mとの関係は式(II)の条件を満足せずに式(V)の条件を満足するものであった。
(3)さらに上記(2)で得られた不織布に刺繍を行ってみたが、刺繍針によって不織布が破れたり、不織布を構成する繊維の表面の破損等がみられ、綺麗な外観の刺繍布が得られなかった。
【0043】
【表1】

【0044】
表1及び図1、図2の結果から明らかなように、本発明の水溶性不織布は、水溶解性に優れ、且つ優れた機械的特性を兼ね備えているので、本発明の不織布に刺繍を施した場合、綺麗な外観の不織布が得られる。一方、従来の技術や本発明の構成要件を満足しない繊維で構成される不織布は、本発明の不織布に比べて結晶化度が低いにもかかわらず水中溶解温度が高くなる傾向があり、また得られる不織布の機械的特性も低いものとなるので、該不織布に刺繍を施した場合、綺麗な外観の不織布は得られない。
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明によれば、従来技術では達成することができなかった、水溶解特性と弾性率をはじめとする機械的特性を兼備した水溶性不織布を提供することができ、ケミカルレース用基布をはじめとして多くの用途に極めて有効に使することができる。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】本発明の水溶性不織布と、特開平7−42019号公報および特開平7−90714号公報に記載されているPVA系水溶性繊維からなる不織布、および二チビ製「ソルブロン」各銘柄からなるシート状物について、それぞれの水中溶解温度SP(℃)と不織布の結晶化度Xcw(%)の関係を示す図。
【図2】本発明の水溶性不織布と、特開平7−42019号公報および特開平7−90714号公報に記載されているPVA系水溶性繊維からなる不織布、および二チビ製「ソルブロン」各銘柄からなるシート状物について、それぞれの水中溶解温度SP(℃)と不織布の弾性率M(N/50mm)の関係を示す図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水溶性ポリビニルアルコール系繊維からなる不織布であって、不織布の結晶化度Xcw(%)及び水中溶解温度SP(℃)の関係が、以下の式(I)を満たすことを特徴とする水溶性不織布。
【数1】

【請求項2】
不織布の弾性率M(N/50mm)及び水中溶解温度SP(℃)の関係が、以下の式(II)を満たすことを特徴とする請求項1記載の水溶性不織布。
【数2】

【請求項3】
水溶性ポリビニルアルコール系繊維が、繊維の結晶化度Xcf(%)及び水中溶解温度Wtb(℃)が、以下の式(III)を満たすことを特徴とする請求項1または2記載の水溶性不織布。
【数3】

【請求項4】
イオン性基を有する化合物を、抽出浴を通して繊維中に含浸させた後、乾燥、延伸、熱処理の何れかの工程で0.01〜5モル%反応導入させ、さらに全工程における全延伸倍率を3倍以上とすることにより得られる水溶性ポリビニルアルコール系繊維で構成される請求項1〜3のいずれか1項記載の水溶性不織布。
【請求項5】
水溶性ポリビニルアルコール系繊維に反応導入されたイオン性基を有する化合物がグリオキシル酸またはグリオキシル酸の中和物である請求項1〜4のいずれか1項記載の水溶性不織布。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2006−63459(P2006−63459A)
【公開日】平成18年3月9日(2006.3.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−244595(P2004−244595)
【出願日】平成16年8月25日(2004.8.25)
【出願人】(000001085)株式会社クラレ (1,607)
【Fターム(参考)】