説明

波長変換素子

【課題】強誘電体基板内に波長変換部を設け、強誘電体基板を支持基板上に接合する波長変換素子において、素子の出力変動を抑制できるようにし、かつ、支持基板に空隙を形成するためのコストを低減すること。
【解決手段】波長変換素子1は、支持基体、強誘電性材料からなり、波長変換部が形成されている強誘電体層7、強誘電体層7の背面7d側に形成されているバッファ層6、ハッファ層6と積層されているスペーサ層5、スペーサ層5と支持基体2とを接着する樹脂接着剤層3を備えている。スペーサ層5の内側かつバッファ層6と樹脂接着剤層3との間に空隙9が形成されており、空隙9が波長変換部4下に設けられている。

【発明の詳細な説明】
【従来の技術】
【0001】
本発明は、波長変換素子に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ニオブ酸リチウムやタンタル酸リチウム単結晶のような非線形光学結晶は二次の非線形光学定数が高く、これら結晶に周期的な分極反転構造を形成することで、疑似位相整合(Quasi-Phase-Matched :QPM)方式の第二高調波発生(Second-Harmonic-Generation:SHG)デバイスを実現できる。また、この周期分極反転構造内に導波路を形成することで、高効率なSHGデバイスが実現でき、光通信用、医学用、光化学用、各種光計測用等の幅広い応用が可能である。
【0003】
特許文献1の光変調素子では、支持基板の表面を平坦とし、また強誘電体薄板の厚さを一定とし、支持基板の平坦面と強誘電体薄板とを接着している。
【特許文献1】WO 03/ 042749
【0004】
特許文献2においては、強誘電体単結晶の薄板にリッジ型光導波路を設け、リッジ型光導波路内に周期分極反転構造を形成し、第二高調波発生素子を作製している。そして、強誘電体単結晶の薄板下に支持基板を接着し、支持基板に凹部を設け、リッジ型光導波路の直下に凹部が位置するようにしている。支持基板と強誘電体薄板背面とは、樹脂接着剤あるいは導電性接着剤で接合している。
【特許文献2】特開2003−156723号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、特許文献1記載のような形態の高調波発生素子では、駆動時に、環境条件を一定にしていても、第二高調波の出力がかなり変動することがあり、安定した出力が得られないことがあった。
【0006】
特許文献2記載のような高調波発生素子では、そのような高調波の出力変動という問題は生じなかった。しかし、支持基板に空隙を設ける加工には時間と手間とがかかり、煩雑であった。
【0007】
本発明の課題は、強誘電体層内に波長変換部を設け、強誘電体層を支持基板上に接合する波長変換素子において、素子の出力変動を抑制できるようにし、かつ、支持基板に空隙を形成するためのコストを低減することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る波長変換素子は、
支持基体、
強誘電性材料からなり、波長変換部が形成されている強誘電体層、
強誘電体層の背面側に形成されているバッファ層、
バッファ層と積層されているスペーサ層、および
スペーサ層と支持基体とを接着する樹脂接着剤層を備えており、スペーサ層の内側かつバッファ層と樹脂接着剤層との間に空隙が形成されており、この空隙が波長変換部下に設けられていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明者は、上述した波長変換後の出力光の出力変動の原因について詳細に検討した。この点について、図1、図2を適宜参照しつつ説明する。まず、図2に示すような波長変換素子11においては、強誘電体基板7の背面7d側にバッファ層6が形成されており、背面7dと支持基板2とは樹脂接着剤層3によって接合している。リッジ型光導波路7c内には波長変換部4が形成されており、その中に基本波ビームLが入射する。
【0010】
しかし、このビームLの一部がバッファ層6を通して支持基板2側に漏れる。この漏光は、例えば支持基板2の表面に金属層を形成することで遮蔽可能である。しかし、漏れた光が樹脂接着剤層3に入射したときに、接着剤3の吸光係数が比較的高く、光を熱エネルギーに変換して接着剤層3の温度を若干上昇させる傾向が見られるようである。この結果、樹脂接着剤層3の直上の波長変換部4の温度も僅かに上昇する。ニオブ酸カリウムリチウム結晶などの強誘電体、特に単結晶における位相整合条件(位相整合波長)は厳格である上、素子の温度によって変動する。このため、樹脂接着剤層3に発生した熱によって波長変換部4の温度が僅かに上昇すると、位相整合波長が変化し、出力光の発振効率が低下し、出力が低下したものと思われる。そして出力光の出力が低下すると、波長変換部4内での発生熱量が低下し、その温度が低下する。すると、波長変換部における位相整合波長が初期条件に戻り、出力光の発振効率が上昇し、出力が上昇する。このようなサイクルを繰り返すことにより、素子からの出力光の出力が変動し、不安定になるものと考えられる。
【0011】
更に、このような出力変動は、基本波の出力が低い場合には見いだされないので、従来は問題になってこなかったものと思われる。
【0012】
本発明者は、以上の未知の仮説に立脚し、図1に示すように、バッファ層6と樹脂接着剤層3との間にスペーサ層5を設け、スペーサ層5の内側に空隙9を設けることを試みた。この結果、上述したような出力光の出力変動を抑制することに成功した。
【0013】
この理由は明確ではないが、以下のように考えられる。空隙9は、バッファ層6と樹脂接着剤層3との間に挟まれており、波長変換部4の直下に存在する。この空隙9によっても、ビームLからの漏れ光はスペーサ層9を通して樹脂接着剤層3に到達する。しかし、樹脂接着剤層3内で発生した熱は、空隙9内では輻射熱伝導となるので、バッファ層6へと到達する熱は少ない。これによって、波長変換部4への樹脂接着剤層3からの熱的影響を少なくし、これによる出力光の出力変動を抑制できたものと考えられる。
【0014】
なお、特許文献2記載の素子では、支持基板2に凹部が形成されており、また凹部内には樹脂接着剤層が存在していない。この結果、上述した出力光の出力変動という問題が顕著ではなかったものと考えられる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、図面を参照しつつ、本発明を更に詳細に説明する。
図1は、本発明の一実施形態に係る波長変換素子1を概略的に示す断面図であり、図2は、比較例の波長変換素子11を概略的に示す断面図である。
【0016】
強誘電体基板7は、リッジ型光導波路7cを含む波長変換部4、波長変換部4の両側に設けられている溝形成部7b、および各溝形成部7bの外側に設けられている延在部7aを備えている。溝形成部7bは、リッジ型光導波路7cおよび延在部7aに比べて薄くなっており、表面側に溝8が形成されている。強誘電体層7の表面側には表面側バッファ層を形成することもできる。強誘電体層7の背面7dはその全面にわたって平坦面であり、背面7d上にバッファ層6が形成されている。支持基体2の接着面はその全面にわたって平坦面であり、その上には樹脂接着剤層3が形成されている。強誘電体層7の背面7aは、バッファ層6、スペーサ層5および樹脂接着剤層3を介して支持基板2に対して接合されている。
【0017】
スペーサ層5の内側には空隙9が形成されており、空隙9は、バッファ層6と樹脂接着剤層3によって挟まれている。空隙9は、少なくとも波長変換素子4の直下に位置するが、本例では、更に溝形成部7bの直下まで広がっている。
【0018】
前述したように、ビームLからの漏れ光は、空隙9を通して樹脂接着剤層3に到達する。しかし、樹脂接着剤層3内で発生した熱は、空隙9内では輻射熱伝導となるので、バッファ層6へと到達する熱は少ない。これによって、波長変換部4への樹脂接着剤層3からの熱的影響を少なくし、これによる出力光の出力変動を抑制できたものと考えられる。
【0019】
図2は、比較例の波長変換素子11を示すものである。強誘電体基板7は、リッジ型光導波路7cを含む波長変換部4、波長変換部4の両側に設けられている溝形成部7b、および各溝形成部7bの外側に設けられている延在部7aを備えている。溝形成部7bは、リッジ型光導波路7cおよび延在部7aに比べて薄くなっており、表面側に溝8が形成されている。強誘電体層7の背面7dは略平坦であり、背面7d上にバッファ層6が形成されている。支持基体2の表面2a上には樹脂接着剤層3が形成されている。強誘電体層7の背面は、バッファ層6および樹脂接着剤層3を介して支持基板2に対して接合されている。
【0020】
空隙9の幅Tは、樹脂接着剤層3で発生した熱を遮断するという観点からは、10μm以上が好ましく、15μm以上が更に好ましい。また、幅Tが大きくなり過ぎると、研磨加工などの加工時の応力によって破壊が生じやすくなるので、この観点からは、100μm以下が好ましく、30μm以下が最も好ましい。
【0021】
また、波長変換部の幅Wは特に制限されず、光ファイバーの径などによって決定するべきものである。しかし、樹脂接着剤層3から波長変換部への熱の遮断という観点からは、T/Wを1.0以上とすることが好ましく、3.0以上とすることが更に好ましい。また、素子加工時の破損防止という観点からは、T/Wは、10.0以下とすることが好ましく、5.0以下とすることが更に好ましい。
【0022】
空隙9の高さDは、樹脂接着剤層3で発生した熱を遮断するという観点からは、0.1μm以上が好ましく、0.5μm以上が更に好ましい。また、高さDが大きくなり過ぎると、研磨加工などの加工時の応力によって破壊が生じやすくなるので、この観点からは、5.0μm以下が好ましく、2.0μm以下が最も好ましい。
【0023】
波長変換部内における波長変換手段は特に限定されない。好適な実施形態においては、波長変換部内に周期分極反転構造を形成し、これによって基本光の波長を変換して高調波を出力する。このような周期分極反転構造の周期は波長に応じて変更する。また周期分極反転構造の形成方法も特に限定されないが、電圧印加法が好ましい。
【0024】
あるいは、ニオブ酸リチウムカリウム、タンタル酸リチウムカリウム、ニオブ酸リチウムカリウム−タンタル酸リチウムカリウム固溶体のような非線形光学結晶を使用し、入射する基本光の波長を高調波に変換することも可能である。
【0025】
強誘電体層を構成する材質は、光の変調が可能であれば特に限定されないが、ニオブ酸リチウム、タンタル酸リチウム、ニオブ酸リチウム−タンタル酸リチウム固溶体、ニオブ酸カリウムリチウム、KTP、GaAs及び水晶などを例示することができる。
【0026】
強誘電体層を構成する単結晶中には、光導波路の耐光損傷性を更に向上させるために、マグネシウム(Mg)、亜鉛(Zn)、スカンジウム(Sc)及びインジウム(In)からなる群より選ばれる1種以上の金属元素を含有させることができ、マグネシウムが特に好ましい。
【0027】
強誘電体層を構成する単結晶中には、ドープ成分として、希土類元素を含有させることができる。この希土類元素は、レーザー発振用の添加元素として作用する。この希土類元素としては、特にNd、Er、Tm、Ho、Dy、Prが好ましい。
【0028】
表面側バッファ層、背面側バッファ層の材質は、金属酸化物が好ましく、酸化シリコン、弗化マグネシウム、窒化珪素、及びアルミナ、五酸化タンタルを例示できる。
【0029】
スペーサ層5は、バッファ層6と別体であってよく、一体であってもよいが、一体であることが特に好ましい。スペーサ層の材質は、金属酸化物が好ましく、酸化シリコン、弗化マグネシウム、窒化珪素、及びアルミナ、五酸化タンタルを例示できる。
【0030】
樹脂接合剤層の材質は、特に限定されないが、エポキシ系接着剤、アクリル系接着剤を例示できる。
【0031】
強誘電体層にリッジ型光導波路を形成するための加工方法は限定されず、機械加工、イオンミリング、ドライエッチング、レーザーアブレーションなどの方法を用いることができる。
【0032】
支持基体2の材質は特に限定されない。好適な実施形態においては、支持基体2における熱膨張係数の最小値が強誘電体層7における熱膨張係数の最小値の1/5倍以上であり、かつ支持基体2における熱膨張係数の最大値が強誘電体層7における熱膨張係数の最大値の5倍以下である。
【0033】
ここで、強誘電体層7、支持基体2をそれぞれ構成する各電気光学材料に熱膨張係数の異方性がない場合には、強誘電体層7、支持基体2において最小の熱膨張係数と最大の熱膨張係数とは一致する。強誘電体層7、支持基体2を構成する各電気光学材料に熱膨張係数の異方性がある場合には、各軸ごとに熱膨張係数が変化する場合がある。例えば、強誘電体層7を構成する各電気光学材料がニオブ酸リチウムである場合には、X軸方向、Y軸方向の熱膨張係数が16×10−6/℃であり、これが最大値となる。Z軸方向の熱膨張係数が5×10−6/℃であり、これが最小値となる。従って、支持基体2の熱膨張係数の最小値は1×10−6/℃以上とし、支持基体2の熱膨張係数の最大値は80×10−6/℃以下とする。なお、例えば石英ガラスの熱膨張係数は0.5×10−6/℃であり、1×10−6/℃未満である。
【0034】
この観点からは、支持基体2の熱膨張係数の最小値を、強誘電体層7における熱膨張係数の最小値の1/2倍以上とすることが更に好ましい。また、支持基体2の熱膨張係数の最大値を、強誘電体層7の熱膨張係数の最大値の2倍以下とすることが更に好ましい。
【0035】
支持基体2の具体的材質は、上記の条件を満足する限り、特に限定されず,ニオブ酸リチウム、タンタル酸リチウム、石英ガラスなどのガラスや水晶、Siなどを例示することができる。この場合、熱膨張差の観点では、強誘電体層と支持基板とを同じ材質とすることが好ましく、ニオブ酸リチウム単結晶が特に好ましい。
【実施例】
【0036】
(実施例)
図1に示すような形態の第二高調波発生素子を作製した。具体的には、厚さ0.5mmのMgO5%ドープニオブ酸リチウム5度オフカットY基板7上に、周期6.60μmの櫛状周期電極をフォトリソグラフィ法によって形成した。基板背面には、全面にわたって電極膜を形成したのち、パルス電圧を印加し、周期分極反転構造を形成した。周期分極反転を形成した後、厚さ1μmの酸化珪素バッファ層6をスパッタ法によって成膜した。エッチングによってバッファ層6に幅20um、深さ0.5umの空隙9を形成した。
【0037】
厚さ0.5mmのノンドープニオブ酸リチウム基板2に接着剤を塗布した後、MgOドープニオブ酸リチウム基板6と貼り合せ、MgOドープニオブ酸リチウム基板6の表面を厚さ3.9μmとなるまで研削、研磨で削り落とした。次に、レーザーアブレーション加工法によりリッジ導波路7cを形成した。形成したリッジ部7cの幅Wが4.5μmであり、溝8の深さが2μmであった。リッジ加工後、スパッタ法により厚さ0.5umの酸化珪素からなる上側バッファ層を導波路表面に成膜した。ダイサーで長さ12mm、幅1.4mmで素子を切断した後、両端を端面研磨した。その後両端に反射防止膜を施した。
【0038】
この導波路において半導体レーザーを使用して光学特性を測定した。レーザーからの発振出力を100mWに調整し、その基本光をレンズで導波路端面に集光した結果、60mWが導波路に結合できた。半導体レーザーの波長を温度によって可変させて位相整合する波長に調節した時に、最高11mWのSHG出力が得られた。その際の基本光の波長は1060.5nmであった。
【0039】
次いで、実施例の素子を上の条件で連続運転し、第二高調波の出力の変化を測定した。測定結果を図3に示す。
【0040】
(比較例)
図2に示す第二高調波発生素子を作製した。作製プロセスは実施例と同様にしたが、ただしスペーサ層5および空隙9は形成しなかった。そして、実施例1と同様にして、半導体レーザーの波長を温度によって可変させて位相整合する波長に調節した時に、最高11mWのSHG出力が得られた。その際の基本光の波長は1060.5nmであった。次いで、比較例の素子を上の条件で連続運転し、第二高調波の出力の変化を測定した。測定結果を図3に示す。
【0041】
図3からわかるように、本発明の素子によれば、長期間にわたって第二高調波の出力が安定しており、出力変動が著しく抑制されている。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】本発明の実施形態に係る波長変換素子1を概略的に示す断面図である。
【図2】比較例に係る波長変換素子11を概略的に示す断面図である。
【図3】実施例および比較例の素子を使用したときのSHG出力の経時変化を示すグラフである。
【符号の説明】
【0043】
1 波長変換素子 2 支持基体 3 樹脂接着剤層 4 波長変換部 5 スペーサ層 6 バッファ層 7 強誘電体層 7a 延在部 7b 溝形成部 7c リッジ型光導波路路 7d 背面 9 空隙 D 空隙9の高さ L 基本波のビーム T 空隙9の幅 W 波長変換部の幅

【特許請求の範囲】
【請求項1】
支持基体、
強誘電性材料からなり、波長変換部が形成されている強誘電体層、
この強誘電体層の背面側に形成されているバッファ層、
前記バッファ層と積層されているスペーサ層、および
前記スペーサ層と前記支持基体とを接着する樹脂接着剤層
を備えている波長変換素子であって、
前記スペーサ層の内側かつ前記バッファ層と前記樹脂接着剤層との間に空隙が形成されており、この空隙が前記波長変換部下に設けられていることを特徴とする、波長変換素子。
【請求項2】
前記強誘電体層にリッジ型光導波路が形成されており、このリッジ型光導波路内に前記波長変換部が設けられていることを特徴とする、請求項1記載の波長変換素子。
【請求項3】
前記バッファ層と前記スペーサ層とが同種の材質からなることを特徴とする、請求項1または2記載の波長変換素子。
【請求項4】
前記強誘電体層が、前記波長変換部の両側にそれぞれ設けられている延在部、および前記波長変換部と前記の各延在部との間にそれぞれ設けられている溝形成部を備えていることを特徴とする、請求項1〜3のいずれか一つの請求項に記載の波長変換素子。
【請求項5】
前記強誘電体層の前記背面が全面にわたって略平坦面であることを特徴とする、請求項1〜4のいずれか一つの請求項に記載の波長変換素子。
【請求項6】
前記支持基体の前記樹脂接着剤層と接する接着面が全面にわたって略平坦面であることを特徴とする、請求項1〜5のいずれか一つの請求項に記載の波長変換素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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