説明

活動期の炎症性腸疾患患者における排便異常治療剤

【課題】活動期の炎症性腸疾患患者における下痢型IBD(inflammatory bowel disease:炎症性腸疾患)以外の疾患に伴う下痢、特に、IBDの活動期に認められる下痢などの排便異常治療剤の提供。
【解決手段】ラモセトロン、アロセトロン又はこれらの製薬学的に許容される塩を有効成分として含有する活動期の炎症性腸疾患患者における排便異常治療剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医薬、とりわけ活動期の炎症性腸疾患患者における排便異常治療剤に係るものである。
【背景技術】
【0002】
潰瘍性大腸炎(ulcerative colitis, UC)及びクローン病(Crohn's disease,CD)に代表される炎症性腸疾患(inflammatory bowel disease, IBD)は、若年者に好発し、緩解と増悪を繰り返すことを特徴とする難治性の非特異的な器質性疾患である。IBDには、免疫的な異常に加え、遺伝的素因及び環境因子が深く関与していると考えられているが、正確な原因や病態生理は未だ完全には解明されていない。また、IBDに対して根治が期待できる治療法も確立されておらず、再燃、緩解を繰り返しながら慢性の経過をとるが、原則的には薬物による内科的治療が行われ、重症の場合や薬物療法が有効でない場合には手術が必要となる。このため、本疾患の内科的治療の目標は、腸炎の活動期を速やかに治め(緩解導入)、症状のない状態を維持する(緩解維持)とともに、再燃要因を回避することとされている。
また、IBD患者は下痢や腹痛などの消化器症状に苦慮する状態が続き、その行動が制限されてしまうため、労働生産性や活動が著しく低下する(例えば、非特許文献1参照)。そこで、前述のようなIBDに対する内科的治療に加え、それらの消化器症状に対する治療薬も処方される(例えば、非特許文献2参照)。現在、IBDに伴う下痢症状には、止瀉薬(例えば、ロペラミド),抗コリン薬(例えば、チキジウム),アヘンアルカロイド(例えば、コデイン)等が汎用されているが、いずれも中毒性巨大大腸を起こす恐れがあることから、IBDには原則禁忌とされており(例えば、非特許文献3、4、5参照)、IBDに伴う下痢に対して高い有効性と安全性を有する新たな治療薬が望まれている。
【0003】
近年、日本及び米国において、下痢症状を呈する過敏性腸症候群(irritable bowel syndrome,IBS)の新しい治療薬として、セロトニン5-HT3受容体拮抗作用を有するラモセトロン塩酸塩やアロセトロン塩酸塩が上市され、下痢型IBSに伴う諸症状に対して高い有効性を示すことが報告されている(例えば、特許文献1、2、非特許文献6、7参照)。これは、下痢型IBS患者を対象とした臨床試験の他、拘束ストレス誘発排便亢進ラット、恐怖条件付けストレス誘発排便亢進ラット、5-HT誘発下痢マウス、CRF(corticotropin-releasing factor)誘発排便亢進ラット等、下痢型IBSの病態動物モデルに対する改善効果でも裏付けられている(例えば、非特許文献8、9参照)。
【0004】
また、特許文献3には、ラモセトロンおよびその製薬学的に許容される塩を含む一連のテトラヒドロベンズイミダゾール誘導体が5-HT3受容体拮抗作用を有することが開示されており、当該作用に基づきシスプラチンなどの制癌剤及び放射線による嘔吐の抑制、偏頭痛、複合頭痛、三叉神経痛、不安症状、胃腸運動障害、消化性潰瘍、過敏性腸症候群等の
予防・治療の可能性が示唆されている。
同様に、特許文献4には、アロセトロンおよびその製薬学的に許容される塩を含む一連のラクタム誘導体が5-HT3受容体拮抗作用を有することが開示されており、当該作用に基づき精神障害;不安;特に癌化学療法及び放射線療法に伴う悪心及び嘔吐のような症状;胃内容停滞;消化不良、逆流性食道炎、鼓腸及び過敏性腸症候群で生じるような胃腸機能不全症状;片頭痛;肥満及び病的飢餓のような症状;痛み;乱用薬物及び物質依存症、うつ病、痴呆及び他の知覚障害の治療の可能性が示唆されている。
しかし、非臨床及び臨床のいずれにおいても、下痢型IBS以外の疾患に伴う下痢、特に、上述したようなIBDの活動期に認められる下痢に対して、ラモセトロン塩酸塩やアロセトロン塩酸塩等の5-HT3受容体拮抗薬の使用を試みたとの報告はない。
非特許文献10には、トロピセトロンが、ラットの大腸炎モデルに対して抗炎症効果を示したことが報告され、IBDの治療可能性が示唆されているが、大腸炎に伴う下痢に対する効果は何ら記載されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】米国特許第7,358,270号明細書
【特許文献2】国際公開第99/17755号パンフレット
【特許文献3】米国特許第5,344,927号明細書
【特許文献4】米国特許第5,360,800号明細書
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Clinical Therapeutics, 2008; 2:p393-404
【非特許文献2】Reviews in Gastroenterological Disorders,2007; 7:pS3-S10
【非特許文献3】「ロペミンカプセル1mg/細粒0.1%添付文書」2008年9月改訂
【非特許文献4】「チアトンカプセル5mg,10mg5/顆粒2%添付文書」2010年4月改訂
【非特許文献5】「コデインリン酸塩散1%「タケダ」添付文書」2009年12月改訂
【非特許文献6】LOTRONEX(alosetron hydrochloride)Tablets, Full Prescribing Information, Revised Apr 2008
【非特許文献7】「イリボー錠2.5μg,5μg添付文書」2008年9月改訂
【非特許文献8】Inflammopharmacology, 2007; 15:p5-9
【非特許文献9】Journal of Medicinal Chemistry, 1993;36:p3286-3292
【非特許文献10】European Journal of Clinical Investigation,2009; 39:p375-383
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明者らは活動期のIBD患者における排便異常に対する更に優れた治療方法の創製を目的として鋭意検討を行った。
【課題を解決するための手段】
【0008】
その結果、ラモセトロン又はアロセトロンの投与により優れた排便異常改善効果を確認して発明を完成させた。
デキストラン硫酸ナトリウム(DSS)の処置により大腸炎を発症したマウスにおける下痢に対するラモセトロンもしくはアロセトロンの効果を検討したところ、有意な抑制効果を示した。
すなわち、本発明は、
[1]ラモセトロン、アロセトロン又はこれらの製薬学的に許容される塩を有効成分として含有する活動期の炎症性腸疾患患者における排便異常治療剤;
[2]有効成分がラモセトロン又はその製薬学的に許容される塩である[1]の剤;
[3]有効成分がアロセトロン又はその製薬学的に許容される塩である[1]の剤;及び
[4]活動期の炎症性腸疾患患者における排便異常が下痢症状である[1]乃至[3]のいずれかの剤;に関する。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、未だ有効な治療法のない難治性慢性疾患であるIBDの症状緩和並びに生活の質向上に寄与する、活動期IBDの排便異常改善剤を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】正常マウス(正常群:蒸留水処置)、IBDマウス(対照群:5%DSS処置+溶媒投与)及び各被験物質を投与したIBDマウス(被験物質投与群:5%DSS処置+被験物質投与)における下痢発生率を示す図である(N=10)。グラフの縦軸は被験物質投与後3時間の下痢発生率を示す。##は正常群に対する対照群のp値<0.01を(Fisher直接確率検定)、また、*及び**は対照群に対する被験物質投与群のp値<0.05及び0.01を示す(Fisher直接確率検定)。
【図2】正常マウス(正常群:蒸留水処置)、IBDマウス(対照群:5%DSS処置+溶媒投与)及び各被験物質を投与したIBDマウス(被験物質投与群:5%DSS処置+被験物質投与)における便性状スコアを示す図である(N=10)。グラフの縦軸は便性状スコアを示す。##は正常群に対する対照群のp値<0.01を(Wilcoxon順位和検定)、また、*及び**は対照群に対する被験物質処置群のp値<0.05及び0.01を示す(Steel検定)。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明を更に詳細に説明する。
本発明において、活動期の炎症性腸疾患患者とは、潰瘍性大腸炎、クローン病などの炎症性腸疾患に罹患し、腸炎の症状が治癒していない患者である。
本発明において、活動期の炎症性腸疾患患者における排便異常とは、主として下痢症状である。
本発明の有効成分は、自体周知の方法により製造できる。ラモセトロン及びその製薬学的に許容される塩は特許文献3に記載された製法により、或いはそれに準じて容易に入手可能である。アロセトロン及びその製薬学的に許容される塩は特許文献4に記載された製法により、或いはそれに準じて容易に入手可能である。
製薬的に許容される塩とは、無機及び有機の酸あるいは塩基との製薬学的に許容しうる酸及び塩基付加塩であり、例えば、塩酸、硫酸、リン酸、臭化水素酸などとの鉱酸塩、酢酸、シュウ酸、コハク酸、クエン酸、マレイン酸、リンゴ酸、フマール酸、酒石酸、メタンスルホン酸などの有機酸との塩、グルタミン酸、アスパラギン酸などの酸性アミノとの塩が挙げられる。中でも、市販されているラモセトロン塩酸塩、アロセトロン塩酸塩が好ましい。
【0012】
本発明の有効成分の投与量は、1日量0.0005〜300 mgの範囲内で、薬剤毎に、投与ルート、疾患の症状、投与対象の年齢、性別等を考慮して個々の場合に応じて適宜決定される。
また、後述の実施例1に示すIBDの動物実験結果と、IBSに対する動物実験結果(非特許文献8参照)とIBSに対する臨床有効量(非特許文献6、7参照)の相関から、IBDに対する臨床有効量として以下の好ましい範囲が換算される。ラモセトロン塩酸塩は、経口投与の場合、好ましくは成人1人当たり1日量約0.001〜10 mg、より好ましくは1日量約0.002〜3 mgであり、これを1日1回食後に経口投与する。アロセトロン塩酸塩は、経口投与の場合、好ましくは成人1人当たり1日量約0.1〜300 mg、より好ましくは1日量約0.5〜200 mgであり、これを1回あるいは2回に分けて食後に経口投与する。
【0013】
本発明の薬剤は、経口または非経口投与に適した有機又は無機の担体、賦形剤、その他の添加剤を用いて、常法に従って、経口固形製剤、経口液状製剤または注射剤として調製することができる。好ましいのは患者が自ら容易に服用でき且つ保存、持ち運びに便利な経口固形製剤であり、具体的には錠剤、散剤、顆粒剤、細粒剤、カプセル剤、丸剤等である。
このような固形製剤においては、活性物質が、少なくとも一つの不活性な希釈剤、例えば乳糖、マンニトール、ブドウ糖、微結晶セルロース、デンプン、ポリビニルピロリドン、メタケイ酸アルミン酸マグネシウムと混合される。組成物は常法に従って、不活性な希釈剤以外の添加剤、例えばヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロースのような結合剤、ステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸カルシウム、ポリエチレングリコール、スターチ、タルクのような滑沢剤、繊維素グリコール酸カルシウムのような崩壊剤、ラクトースのような安定化剤、グルタミン酸又はアスパラギン酸のような溶解補助剤、ツイーン80、トリアセチンのような可塑剤、酸化チタン、三二酸化鉄のような着色剤を含有していてもよい。錠剤又は丸剤は必要によりショ糖、ゼラチン、寒天、ペクチン、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロースフタレートなどの糖衣又は胃溶性若しくは腸溶性物質のフィルムで被膜してもよい。
また、口腔内崩壊錠にしてもよい。例えば、US 5,466,464、US 5,576,014、US 6,589,554、WO 03/009831、WO 02/092057などに従い、口腔内崩壊錠とすることができる。
【0014】
有効成分としてラモセトロン又はその塩を用いる場合には、低用量であることから温湿度に対する安定化技術を施した製剤が特に好ましい。
例えば、WO 04/066998に従い、カルボニル基を有する特定の化合物を添加することにより、温湿度に対するラモセトロンの安定化を達成することができる。カルボニル基を有する特定の化合物として具体的には、マレイン酸、マロン酸、コハク酸、フマル酸等の脂肪族カルボン酸またはそのエステル、酒石酸、リンゴ酸、クエン酸等のヒドロキシカルボン酸、アスパラギン酸、グルタミン酸等の酸性アミノ酸、アスコルビン酸、エリソルビン酸等のエノール酸、フタル酸、没食子酸プロピル等の芳香族カルボキシル化合物、カルボキシメチルセルロース、アルギン酸等のカルボキシル基を有する高分子物質が挙げられ、これらの化合物は1種または2種以上組合せて適宜使用することができる。
【0015】
また、有効成分としてラモセトロン塩酸塩を用いる場合には、市販のイリボー錠2.5 μgや同5 μgを使用することができる。有効成分として、アロセトロン塩酸塩を用いる場合には、市販のLOTRONEX Tablet 0.5 mgや同1 mgを使用することができる。
【0016】
尚、本発明の薬剤は単独での投与において充分有効であるが、IBD患者の緩解導入に用いられるアザチオプリン(例えば、商品名イムラン)、6-メルカプトプリン(例えば、商品名ロイケリン)、副腎皮質ステロイド(例えば、商品名プレドニン)、抗腫瘍壊死因子α抗体(例えば、商品名レミケード)、タクロリムス(例えば、商品名プログラフ)、アミノサリチル酸(例えば、商品名サラゾピリン)、メサラジン(例えば、商品名ペンタサ)などと同時にまたは時間をおいて併用することができる。
【実施例】
【0017】
以下に実施例に基づいて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例等に限定されるものではない。
実施例1: DSS誘発腸炎モデルにおける下痢発現率及び便性状スコアの測定
Okayasuらの方法(Gastroenterology, 1990, 271(3), 694-702)を参考に、以下の方法でDSS誘発腸炎モデルの作成を行った。雄性C57BL/6J 系マウスを正常群、対照群および各被験物質投与群に群分けし(各n=10)、正常群には蒸留水を、対照群及び各被験物質投与群には5%DSS(分子量36000〜50000)水溶液を6日間自由飲水させた。正常群及び対照群には0.5%メチルセルロース(MC)溶液を、被験物質投与群には、ラモセトロン塩酸塩(30、100、300 μg/kg)、アロセトロン塩酸塩(100、300、1000 μg/kg)もしくはロペラミド塩酸塩(1、10 mg/kg)をDSS飲水開始後3日から6日まで1日1回反復経口投与した。最終投与終了後、マウスを個別ケージ内で飼育し、その後4時間までに排泄された糞便の状態をスコア化(0:正常、2:軟便、4:水様便)した。また、軟便もしくは水様便を排泄したマウスを下痢発生個体として判定し、各群における下痢発生率を算出した。
【0018】
図1のとおり、正常群では下痢の発現は認められなかったが、対照群では100%の頻度で下痢が発生した。このDSS誘発大腸炎に伴う下痢に対して、ラモセトロン塩酸塩、アロセトロン塩酸塩及びロペラミド塩酸塩はいずれも抑制作用を示し、それぞれ300 μg/kg、1000 μg/kg、並びに、1及び10 mg/kgの用量群において、対照群と比較して有意な下痢発生率の低下が認められた。また、ラモセトロン塩酸塩及びアロセトロン塩酸塩のED50値(Probit法)は、それぞれ160 μg/kg及び560 μg/kgであった。
図2のとおり、対照群では著明な便性状スコアの上昇が認められたが、これに対して、ラモセトロン塩酸塩、アロセトロン塩酸塩及びロペラミド塩酸塩はいずれも抑制作用を示し、それぞれ300 μg/kg、1000 μg/kg、並びに1及び10 mg/kgの用量群において、対照群と比較して有意な便性状スコアの低下が認められた。
【産業上の利用可能性】
【0019】
本発明により、未だ有効な治療法のない難治性慢性疾患であるIBD患者の生活の質や労働生産性向上に寄与する、活動期の排便異常改善剤を提供できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ラモセトロン、アロセトロン又はこれらの製薬学的に許容される塩を有効成分として含有する活動期の炎症性腸疾患患者における排便異常治療剤。
【請求項2】
有効成分がラモセトロン又はその製薬学的に許容される塩である請求項1の剤。
【請求項3】
有効成分がアロセトロン又はその製薬学的に許容される塩である請求項1の剤。
【請求項4】
活動期の炎症性腸疾患患者における排便異常が下痢症状である請求項1乃至3のいずれかの剤。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−140415(P2012−140415A)
【公開日】平成24年7月26日(2012.7.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−271798(P2011−271798)
【出願日】平成23年12月13日(2011.12.13)
【出願人】(000006677)アステラス製薬株式会社 (274)
【Fターム(参考)】