説明

海産魚の養殖方法と海産魚飼料

【課題】本発明は、飼料効率が高く、成長を促進することができる海産魚用の飼料と、当該飼料を用いた海産魚の養殖方法を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明に係る海産魚の養殖方法は、長日期において、脂質として菜種油と魚油を含み、菜種油と魚油の合計に対する菜種油の割合が10質量%以上、35質量%以下である飼料を施餌する工程を含むことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、海産魚を養殖するための方法と、海産魚飼料に関するものである。
【背景技術】
【0002】
海産魚の養殖に当たっては、栄養のバランスなどから、生餌よりも主に配合飼料が用いられている。但し、一般的な家畜と異なり、肉食である海産養殖魚はエネルギー源として炭水化物を十分に利用することができないので、海産魚用の飼料では、生命活動や成長のためのエネルギー源として、家畜用の飼料に比べてタンパク質や脂質をより多く含む。
【0003】
海産魚飼料に含まれる脂質としては、従来、魚油が用いられていた。しかし近年、魚油の原料となる多獲性魚類の資源量の減少が著しいことから、代替原料としてより安価な植物油の利用が検討され始めている。
【0004】
例えば、特許文献1には食品用植物油の再生油を含む養魚用配合飼料が開示されている。また、特許文献2には、植物油を含み得るマグロ用飼料が記載されている。
【0005】
但し、特許文献1で実際に試験されている再生植物油は再生大豆油のみである上に、淡水魚であるニジマスに当該飼料を施餌した場合には成長が良好であり飼料効率も高い一方で、海産魚であるマダイではこのような効果が得られないことが示されている。また、引用文献2のマグロ用飼料に配合される脂質は極性脂質動物油脂または植物油脂とされており、実際に実施例で用いられている脂質はスジコ油のみである。
【0006】
さらに、特許文献3には動植物油脂を含む養殖魚用飼料が開示されているが、実施例で用いられている植物油は大豆油のみであり、その使用目的も、酸味のあるアスコルビン酸の漏出を防ぐべく乳化させることにしかない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2003−9778号公報
【特許文献2】特開2008−148652号公報
【特許文献3】特開2000−102354号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述したように、従来、植物油が配合された魚用飼料は検討されていたが、利用されている植物油は主に大豆油のみであった。しかし、本発明者の実験的知見によれば、海産魚に対しては、飼料に大豆油を配合しても飼料効率を高めたり成長を促進することはできなかった。
【0009】
そこで本発明は、飼料効率が高く、成長を促進することができる海産魚用の飼料と、当該飼料を用いた海産魚の養殖方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた。その結果、飼料に菜種油と魚油を脂質として配合し、且つ両者の比を適切に規定すれば、飼料効率が高まり、海産魚の成長を促進できることを見出して、本発明を完成した。
【0011】
本発明に係る海産魚の養殖方法は、長日期において、脂質として菜種油と魚油を含み、菜種油と魚油の合計に対する菜種油の割合が10質量%以上、35質量%以下である飼料を施餌する工程を含むことを特徴とする。
【0012】
本発明方法で用いる飼料としては、飼料に対する菜種油と魚油の合計の割合が5質量%以上、35質量%以下であるものが好適である。菜種油と魚油が当該規定範囲で含まれていれば、両者の相乗効果をより確実に発揮させることができる。
【0013】
本発明に係る海産魚の養殖方法は、特にブリまたはタイに対する効果が高い。ブリに対する本発明方法の効果は後述する実施例により実験的に証明されており、また、タイはブリと同様に脂質の利用率が高く、且つタイとブリでは脂質の利用経路がほぼ同じであることから、本発明によるブリに対する効果はタイでも同様に得られると考えられる。
【0014】
本発明に係る海産魚飼料は、脂質として菜種油と魚油を含み、菜種油と魚油の合計に対する菜種油の割合が10質量%以上、35質量%以下であることを特徴とする。
【0015】
当該海産魚飼料としては、上記と同様に、菜種油と魚油の合計の割合が5質量%以上、35質量%以下であるものが好ましく、また、ブリまたはタイの養殖に適するものである。
【発明の効果】
【0016】
本発明に係る海産魚飼料は、飼料効率が高く、海産魚の成長を促進することができる。また、脂質として菜種油を含むため、魚油の配合量を低減でき、ひいては魚油の原料である多獲性魚類資源の保護にもつながり、コストも抑えられる。よって、本発明の海産魚飼料と当該飼料を用いた海産魚の養殖方法は、コストを抑えつつ海産養殖魚の生産効率を高められるものとして、産業上極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】図1は、菜種油と魚油との合計に対する菜種油の割合が異なる養殖用飼料をブリ幼魚に施餌した実験における飼料効率データに基づく回帰曲線を示すグラフである。
【図2】図2は、菜種油と魚油との合計に対する菜種油の割合が異なる養殖用飼料をブリ幼魚に施餌した実験における瞬間成長率(SGR)データに基づく回帰曲線を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明に係る海産魚飼料は、脂質として菜種油と魚油を含む。
【0019】
脂質とは、生体に利用されるものであり、水に不溶であり、加水分解により脂肪酸を遊離するものと定義されており、脂肪酸とグリセリンとのエステルである中性脂肪、脂肪酸とアルコールとのエステルであるワックス、スフィンゴシンと脂肪酸とのアミドであるセラミドといった単純脂質の他、リン脂質や糖脂質などの複合脂質を挙げることができる。その多くが肉食である養殖魚は、炭水化物をエネルギー源として十分に利用することができないことから、脂質はエネルギー源の一つとして重要である。
【0020】
菜種油は、アブラナ由来の脂質であれば特に制限されず、脂肪酸成分としてエルカ酸を多く含み、オレイン酸、リノール酸、リノレン酸、エイコセン酸などを比較的多く含む常温で液体の脂質である。本発明における菜種油には、食用にするため有害なエルカ酸やエルシン酸、グルコシノレートの含量が低減されたキャノーラ油や、特定の脂肪酸エステルが追加配合された改良キャノーラ油も含むものとする。なお、哺乳類ではオレイン酸がエネルギーとして比較的利用され易いことが知られているが、オレイン酸を多く含む大豆油では所望の効果が得られないことから、本発明の効果は、菜種油に含まれるオレイン酸のみによるものではないと考えられる。
【0021】
魚油は、脂肪酸成分として一般的な不飽和脂肪酸を含むことの他、特に高度不飽和脂肪酸を含むという特徴を有し、主にイワシやサンマなど、油脂を多く含み且つ多量に捕獲可能な魚類から製造されている。魚油は、魚類の必須脂肪酸を含むため、本発明に係る海産魚飼料の成分として重要である。
【0022】
なお、養殖用飼料の一般的な配合成分である魚粉やオキアミミールなどには、魚油が含まれている場合が多い。例えば一般的な魚粉には、8〜10%程度の魚油が含まれている。本発明に係る養殖用飼料では、それが無視可能な程度の量でない限り、魚粉など他成分に含まれる魚油の量も考慮するものとする。
【0023】
本発明においては、脂質として菜種油と魚油を含むが、他の脂質を含んでいてもよい。但し、菜種油と魚油に対する菜種油の割合を10質量%以上、35質量%以下とする。後述する実施例のとおり、当該割合がこの範囲内である場合、飼料効率と海産魚の一日当たりの成長率を示す瞬間成長率(SGR)が顕著に高まる。また、当該割合としては、15質量%以上、30質量%以下がより好ましい。
【0024】
本発明飼料においては、飼料全体に対する菜種油と魚油の合計の割合を5質量%以上、35質量%以下とすることが好ましい。当該割合が5質量%以上であれば、菜種油と魚油による効果を十分に発揮させることができる。一方、当該割合が多過ぎると飼料の栄養バランスが崩れるおそれがあり得るので、当該割合は35質量%以下とすることが好ましい。
【0025】
本発明飼料には、上記の脂質の他、海産魚の成長に必要な一般的な成分を配合する。例えば、魚粉、オキアミミール、チキンミールなどの動物性タンパク質;大豆タンパク質やコーングルテンミールなどの植物性タンパク質;澱粉、セルロース、小麦粉などの炭水化物;ビタミンA、ビタミンB群、ビタミンC、ビタミンD、ビタミンE、ビタミンKなどのビタミン類;マンガン、亜鉛、カルシウム、銅、鉄、コバルトなどのミネラル類;グアーガム、キサンタンガム、カルボキシメチルセルロースなどの増粘剤;エトキシキンなどの抗酸化剤;プロピオン酸などの防かび剤などを挙げることができる。
【0026】
本発明に係る海産魚飼料は、各成分を混合するのみで容易に製造することができ、そのまま施餌すればよい。但し、水を加えて混練した後に乾燥したり、或いは圧縮するなどして適当な大きさのペレット化するなど、その形態は特に制限されないものとする。
【0027】
本発明に係る海産魚飼料は、飼料効率が高く、且つ海産魚の成長を高めることができる。特に海産養殖魚への使用に適しており、また、ブリまたはタイの養殖に適している。
【0028】
本発明に係る海産魚飼料の施餌量は、施餌する海産魚の種類、成長度、季節などに応じて適宜調整すればよいが、例えば、1日当たり1回以上、2回以下程度、1回につき体重に対して乾燥質量で0.5%以上、5%以下程度とすることができる。
【0029】
本発明に係る海産魚飼料は、特に長日期に施餌することにより、高い効果が得られる。本発明飼料は、海産魚の利用効率が極めて高いことから、体内に脂肪などが蓄積される短日期よりも、摂取された栄養成分が積極的に生命活動や成長に用いられる長日期において、より一層効率的に利用されることによると考えられる。なお、長日期とは、夜間よりも昼間の時間の方が長い季節をいい、具体的には春分以降、秋分以前をいう。
【実施例】
【0030】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0031】
実施例1 飼料の調製
表1に示す各飼料成分を混練し、菜種油と魚油との合計に対する菜種油の割合が異なる養殖用飼料を調製した。なお、表1中の値は質量部を表す。また、魚粉にはおよそ8〜10%程度の魚油が含まれているため、魚粉には平均して9質量%の魚油が含まれているとして、総脂質の量を計算した。
【0032】
【表1】

【0033】
実施例2 海産魚の養殖
供試魚には、2009年に高知県土佐湾沖で採捕され、試験開始まで市販のEP飼料で予備飼育したブリ(Seriola quinqueradiata)の当歳魚を用いた。予備飼育魚から選別した平均魚体重104.7gのブリを、通気および換水を施した500L容FRP水槽に15尾ずつ収容し、1試験区あたり3水槽、計15水槽を設けた。試験期間は6週間とし、その間1日1回、飽食するまで給餌を行った。また、試験期間の水温および溶存酸素量はそれぞれ24.5〜27.1℃および3.24〜4.77mg/Lであった。以上の飼育試験は、全て高知県香南市赤岡町のヒラメ養殖施設にて行った。なお、実験開始時には、各水槽から幼魚を全て取り出して体長と体重を測定した。
【0034】
6週間後、各水槽から同様に幼魚を全て取り出して体長と体重を測定し、以下の式により飼料効率と瞬間成長率(Specific Growth Rate,SGR)を算出した。
飼料効率(%)=[(W2+W3−W1)/F]×100
[式中、W1は実験開始時の総魚体重(g)を示し、W2は実験終了時の総魚体重(g)を示し、W3は死魚の総魚体重(g)を示し、Fは摂餌量(g)を示す]
SGR(%/day)=[100×(lnL2−lnL1)]/T
[式中、L1は実験開始時の平均体長を示し、L2は実験終了時の平均体長を示し、Tは実験日数を示す]
【0035】
菜種油と魚油に対する菜種油の割合を横軸にとり、縦軸に飼料効率をとった回帰曲線を図1に、縦軸に瞬間成長率(SGR)をとった回帰曲線を図2に示す。
【0036】
図1および図2のとおり、菜種油と魚油に対する菜種油の割合が10質量%以上、35質量%以下であれば、飼料効率を約70%以上に高めることができ、また、瞬間成長率(SGR)を約1.9%/day以上に高めることが可能である。さらに、飼料効率においては、菜種油と魚油との合計に対する菜種油の割合が24.6質量%である製造例4の飼料を施餌した場合には、他の場合に比べて、ダンカンの新多重検定テストにおいて、危険率p<0.05で有意に高い効果を示した。この様に、本発明に係る飼料は、海産魚に対して高い飼料効率を示し、且つその成長を顕著に高め得ることが実証された。
【0037】
比較例1
(1) 飼料の調製
表2に示す各飼料成分を混練し、沿岸魚粉を主タンパク質源とし、オキアミミールやタラ肝油などを含む飼料を対照飼料(FO飼料)として調製した。また、当該対照飼料中の魚油を植物油である大豆油または菜種油で完全代替し、植物油と魚油との合計に対する植物油の割合が本発明範囲よりも多い飼料(それぞれSO飼料およびRO飼料)を調製した。各飼料には外割で45質量%の淡水を加え、ミキサーで十分に混合することにより、直径6mmのモイストペレットとした。全飼料の粗タンパク質量は54.1〜56.7%、粗脂質は20.2〜20.5%と、ほぼ一致していた。なお、表中のパーセンテージ以外の値の単位は、g/kgである。
【0038】
【表2】

【0039】
(2) 海産魚の養殖
供試魚には、2006年に高知県土佐湾沖で採捕され、試験開始まで市販のEP飼料で1ヶ月以上予備飼育したブリの1歳魚を用いた。予備飼育魚から選別した平均体重614.9gのブリを、通気および換水を施した1トン容FRP製円形水槽に13尾ずつ収容し、1試験区あたり2水槽、計6水槽を設けた。試験期間は40日間とし、その間1日1回、一定の給餌率で施餌した。給餌率は10日ごとの魚体重測定の結果に基づいて調整した。また、試験期間の水温は19.0〜21.1℃、溶存酸素量は常に4.34mg/L以上であった。以上の飼育試験は、全て高知県香南市赤岡町のヒラメ養殖施設にて行った。上記実施例2と同様にして、飼料効率と瞬間成長率(SGR)を算出した。また、各値をTukey多重検定で検定した。結果を表3に示す。なお、表中のアルファベットは、危険率p<0.05で、a−a間で有意差が無く、a−b間で有意差があることを示す。
【0040】
【表3】

【0041】
表3のとおり、試験終了時の成長成績は、増重率23.7〜25.6%、飼料効率67.5〜72.8%、日間給餌率0.91〜0.94%/dayと、試験区間で有意な差は見られなかった。瞬間成長率(SGR)は、FO区、SO区、RO区でそれぞれ0.69%/day、0.68%/day、0.76%/dayであり、RO区が他の試験区に比べて有意に高い値を示したものの、飼料効率では有意差は見られなかった。かかる結果より、菜種油の配合量が高過ぎると、かえって飼料効率が低下することが明らかとなった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
海産魚を養殖するための方法であって、
長日期において、脂質として菜種油と魚油を含み、菜種油と魚油の合計に対する菜種油の割合が10質量%以上、35質量%以下である飼料を施餌する工程を含むことを特徴とする方法。
【請求項2】
飼料に対する菜種油と魚油の合計の割合が5質量%以上、35質量%以下とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
ブリまたはタイを養殖するためのものである請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
脂質として菜種油と魚油を含み、菜種油と魚油の合計に対する菜種油の割合が10質量%以上、35質量%以下であることを特徴とする海産魚飼料。
【請求項5】
菜種油と魚油の合計の割合が5質量%以上、35質量%以下である請求項4に記載の海産魚飼料。
【請求項6】
ブリまたはタイを養殖するためのものである請求項4または5に記載の海産魚飼料。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−34608(P2012−34608A)
【公開日】平成24年2月23日(2012.2.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−176640(P2010−176640)
【出願日】平成22年8月5日(2010.8.5)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成22年2月15日に国立大学法人高知大学発行の「2009年度卒業論文要旨」において発表
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度、独立行政法人科学技術振興機構、地域イノベーション創出総合支援事業シーズ発掘試験、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504174180)国立大学法人高知大学 (174)
【出願人】(509347310)
【Fターム(参考)】