説明

液晶表示装置およびその製造方法

【課題】ポリマーと複合することなく、液晶組成物単独で安定して電圧非印加時に透明状態を示し、電圧印加時に可逆的に光散乱状態を示す液晶光学素子を得る。
【解決手段】 ネマティック液晶と、旋光性の方向が互いに異なる少なくとも2種の非硬化性光学活性物質とを含有し、前記ネマティック液晶は、絶対値が1を超える誘電率異方性を有し、前記光学活性物質のうち少なくとも1種が、符号は前記ネマティック液晶と異なり、かつ、絶対値が1より大きい誘電率異方性を有し、前記光学活性物質のうち他方の旋光性を有する光学活性物質は、その誘電率異方性の絶対値が前記光学活性物質の誘電異方性の絶対値より1以上小さいか、または、前記ネマティック液晶と同方向の誘電異方性を有し、液晶組成物全体としての誘電率異方性の絶対値が1以下、または、その誘電率異方性の符号がネマティック液晶と等しいことを特徴とする液晶組成物を、少なくとも一方の前記電極つき基板の対向面側に液晶層を配向させる手段を備えた前記基板間に挟持させた構成とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電圧印加によって入射光を透過、光散乱または反射することが可能な液晶組成物、これを用いた液晶光学素子およびその液晶光学素子の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
低分子液晶を利用した液晶光学素子は、電場による分子配向変化に伴う光学変化を利用するもので、低消費電力、薄型、軽量等の利点を有するため、携帯電話、デジタルカメラ、携帯情報端末、テレビ等の多くの電子機器の表示装置に広く用いられている。このTN、STN液晶光学素子などの従来の動作モードでは、一般的に液晶分子の配向により変調された光を偏光板で吸収させることで実現しているために、光の利用効率や視野角特性などの光学性能に制限があり、これらの課題を解決するべく様々な素子構成や部材の開発が行われてきた。一方、電圧印加に応じて液晶分子の配向状態が直接的に入射光を透過、あるいは光散乱させる動作モードの液晶光学素子も知られている。このモードの液晶光学素子はTN、STN液晶光学素子などと異なり、原理的に偏光板が不要である。このため光の吸収損失が少なく、かつ高い光散乱性能が得られ、素子全体における光の利用効率が高いことが大きな利点となっている。
【0003】
偏光板や配向処理を要さず、明るくコントラストの良い液晶デバイスとして、LCPC(Liquid Crystal Polymer Composite)、PDLC(Polymer Dispersed Liquid Crystal)、NCAP(Nematic Curvilinear Aligned Phase)等と呼ばれる液晶材料とポリマー材料との複合体(以降、液晶/ポリマー複合体ともいう)を備えた液晶光学素子が知られている。ポリマー材料中に液晶滴を分散させ、そのポリマー材料をフィルム化するものや、液晶材料の連続層中に、透明性ポリマー材料が三次元網目状に分布した構造を有する液晶デバイスがある。また、液晶材料と未硬化のポリマー前駆体よりなる混合物を、ポリマー前駆体の重合硬化によって誘起される相分離を経て液晶/ポリマー複合体を形成するものもある。このタイプの液晶光学素子は、素子への電圧印加により配向する液晶の素子への入射光に対して垂直方向の偏光に対する屈折率(常光屈折率という)とポリマーの屈折率とをほぼ一致させるように設計することで、電圧印加時に透明状態を示す。一方、電圧非印加時には、液晶/ポリマー複合体中の液晶滴中の液晶ダイレクタの平均的な方向は液晶滴ごとに異なるため、ポリマーの屈折率と一致せず入射光は光散乱して透明性が失われる。また、液晶/ポリマー複合体中の液晶が連続相を形成している場合においても、三次元網目状の透明性ポリマーが連続相の液晶を複数のドメインに分割して、ドメインごとの平均的な液晶の配列が異なることより、同様にポリマーの屈折率と一致せず入射光は光散乱して透明性が失われる。このように初期に開発された透過−散乱型の液晶光学素子は、電圧非印加で散乱状態、電圧印加で透過状態となるモードであった。この動作モードでは、電圧印加時の透明状態においても、印加される電界の方向と異なる方向の入射光に対しては、液晶の屈折率が入射光の角度に応じて常光屈折率と通常それより大きい異常光屈折率の間の値となることになり、一般にひとつの屈折率を有するポリマーの屈折率との不一致が発生するため、濁りが生じて透過率が低下するという課題があった。
【0004】
一方、電圧非印加時にどこからみても透明状態を呈するものは、通常はあたかも一般的なガラス板のように見えるため、機能性を付加した高透明性のガラス製品として使用することが可能となる。例えば、調光ガラス、ヘッドアップディスプレイ、ゲーム機の表示装置、公衆表示装置などに用いることができる。このような電圧非印加時に入射光の方向によらず透明となる液晶光学素子の実現方法としては、主として次の2つが知られている。
【0005】
1つは、DSM(Dynamic Scattering Mode)を利用した液晶光学素子である。これは、RCA社のWilliamsらに発見された動的散乱モードで、電圧印加による液晶分子の配向変化によって誘起される電界と外部電圧による電界とによって液晶分子の乱流運動が引き起こされ、液晶の複屈折性によって散乱がおきることを表示に利用したものである(特許文献1)。液晶中の不純物イオンによる電気化学効果を利用した動作モードであるため、寿命が短く、液晶表示素子開発の黎明期を除けば商用目的では利用されていない。
【0006】
もう1つは、先に述べた液晶/ポリマー複合体において電圧非印加時の液晶配列を硬化物でほぼ均一に固定化した液晶光学素子である。このタイプの主たる技術を以下にあげる。
【0007】
まず、特許文献2に、正の誘電異方性を有するネマティック液晶と重合性の液晶との混合液から液晶光学素子を形成するものが開示されている。混合液を液晶セル内で基板面に平行方向に配向させた状態に置き、紫外線を照射して混合液から方向性を有するゲルを形成する。特許文献2では、特に、このゲルを異方性ゲルと呼んでいる。また、特許文献2に開示の液晶光学素子は、電圧非印加状態において、液晶と接する基板面に設けられたラビング処理を施した低プレチルトの配向膜により均一配向した液晶が微量の異方性ゲル(重合したポリマー)で配向固定されており、そのため入射光の角度によらず透明性の高い光学素子が得られる。また電圧印加状態では、液晶の誘電率異方性が正であることにより、電界方向に配列しようとするものの異方性ゲルの存在により均一な液晶配列が失われ、液晶内部または液晶と異方性ゲルとの屈折率の不一致により、入射光が散乱する。
【0008】
特許文献3には、誘電率異方性が正であるカイラルネマティック液晶中に、微量のポリマーを複合させた素子が開示されている。この液晶光学素子はPSCT(Polymer Stabilized Cholesteric Textures)と呼ばれており、電圧非印加時に光散乱、印加時に光透過を示す素子、逆に電圧非印加時に光透過、印加時に光散乱を素子、また特定の波長の光を反射して発色する素子が開示されている。電界非印加時に透明となる素子においては、赤外光を選択反射するカイラルネマティック液晶を備え、配向手段を有する電極基板面でそのヘリカル軸がほぼ垂直となるようにして、前記カイラルネマティック液晶に溶解させた微量のポリマー前駆体を重合硬化させることで、その液晶配列を安定化させている。この素子においては、電圧非印加時に赤外光を選択反射するため可視光は透過して透明性を示し、電圧印加時には選択反射する液晶配列(プレナー配列という)からヘリカル軸がランダムに配向したフォーカルコニック状態に相転移することで光散乱状態となる。
【0009】
特許文献4の実施例7には、負の誘電異方性を有するネマティック液晶とポリマー前駆体との混合物を液晶と接する基板面に設けられた垂直配向膜により均一配向させ、ポリマー前駆体を重合硬化すること得られる液晶/ポリマー複合体が開示されている。この素子は、電圧非印加時に高い透明性を示し、電圧印加において入射光は散乱して透過率が低下する。
【0010】
上記のような電圧非印加時に視野方向によらず透過状態を呈する液晶光学素子の利用においては、該光学素子の高い透明性を生かすために、液晶光学素子の表面を保護せずに露出した状態で設置されることがある。ところが、そのような設置状態においては、液晶光学素子の表面に、人が直接触れたり、あるいは物がぶつかったりすることで、透過状態のパネル面に対して力学的な衝撃が加わると、衝撃が加わった箇所に白濁が生じて良好な透明性が失われることがあった。特に、入射光角度によらず透過時に高い透明性を示す素子においては、液晶/ポリマー複合体中のポリマー含有量を小さくしている場合があり、特に外部からの力学的な衝撃に対する耐久性が不足することが多い。これは、電圧非印加時に液晶のほぼ均一な配向を安定化させている液晶/ポリマー複合体中のポリマーの構造が、外力によって部分的に破壊されたり、基板界面から剥離するなどして、均一な液晶配向が失われるために、部分的に散乱状態となってヘイズ値が上昇し透明性が失われると考えられる。この外力によるヘイズ値の増加は非可逆的な変化となる場合が多く、その場合製品としては欠陥となる。特許文献5においては、このような耐衝撃性の改善方法として、液晶/ポリマー複合体中の好ましいポリマーの形態とその提供方法が開示されている。
【0011】
【特許文献1】米国特許第3322485号明細書
【特許文献2】米国特許第5188760号明細書
【特許文献3】米国特許第5437811号明細書
【特許文献4】欧州特許第1690918号明細書
【特許文献5】米国特許第7459189号明細書
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら、従来の電圧非印加時に透明状態を呈する液晶光学素子においては、電圧非印加時の均一な液晶配列を安定化、あるいは固定化するために一定量のポリマーの含有が必須となっている。この場合、製造工程において硬化前駆体の混合や硬化前駆体を重合硬化するのに必要な硬化助剤などの添加が必要となると共に、硬化のために加熱したり、あるいは紫外線などの光を照射することが必要であり、通常のTN、STN素子などの液晶単体の素子に比べ工程が煩雑であった。また、製造中や、液晶光学素子を装置へ組み込むといった作業中において、何かの原因で衝撃が加わることがあると、組成によっては上記したような白濁が生じ、歩留まり低下につながるという課題もあった。
【0013】
また、耐衝撃性改善目的でアクリル系化合物等を添加する場合も、液晶に対する溶解性が充分でないため、液晶組成物中への添加量が制限され、添加量によっては硬化前に液晶組成物から当該化合物が析出する場合がある。これを防止して重合後の均一性を確保するために、たとえば高温重合や電圧印加状態での重合といった工夫が要求されるなど、生産性の観点からも課題があった。そして、より大きい衝撃によって硬化物の構造が破壊された場合には、やはり製品としては欠陥となるという課題もあった。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は、前記課題を解決するためになされたものであり、以下の発明を提供する。
【0015】
態様1は、(a)ネマティック液晶は、絶対値が1を超える誘電率異方性を有し、
(b)前記光学活性物質のうち一方の旋光性を有する光学活性物質の少なくとも1種は、その誘電率異方性の絶対値が1を超え、かつ、その誘電率異方性の符号はネマティック液晶と異なる誘電率異方性を有し、(c)前記光学活性物質のうち他方の旋光性を有する光学活性物質の少なくとも1種は、その誘電率異方性の絶対値が絶対値が前記(b)の光学活性物質の誘電異方性の絶対値より1以上小さいか、または、前記ネマティック液晶と同方向の誘電率異方性を有し、(d)液晶組成物は、全体としてネマティック相を示し、その誘電率異方性の絶対値が1以下、または、その誘電率異方性の符号がネマティック液晶と等しいことを特徴とする、液晶組成物である。
【0016】
態様2は、液晶組成物が硬化性の光学活性物質を含有しない、請求項1に記載の液晶組成物である。
【0017】
態様3は、液晶組成物において、前記(b)の光学活性物質が存在しない場合はカイラルネマティック相を示す、請求項1または2に記載の液晶組成物である。
【0018】
態様4は、前記(b)の光学活性物質の誘電率異方性の絶対値が10を超える、請求項1〜3のいずれか1項に記載の液晶組成物である。
【0019】
態様5は、前記(c)の光学活性物質の誘電率異方性の絶対値が1より小さい、請求項1〜4のいずれか1項に記載の液晶組成物である。
【0020】
態様6は、ネマティック液晶の誘電率異方性が負である請求項1〜5のいずれか1項に記載の液晶組成物である。
【0021】
態様7は、平行に対向配置された、少なくとも一方が透明な一対の絶縁基板と、前記絶縁基板上の各対向面側に形成された電極と、前記一対の電極つき絶縁基板の少なくとも一方の対向面に形成された配向機能層と、前記一対の電極つき絶縁基板の間に挟持された、請求項1〜6のいずれか1項に記載の液晶組成物とを備えた液晶光学素子であって、前記電極への電圧印加によって前記液晶光学素子に入射する光を変調する液晶光学素子である。
【0022】
態様8は、電圧非印加時は入射する光を透過し、電圧印加によって入射する光を散乱する、請求項7に記載の液晶光学素子である。
【0023】
態様9は、平行に対向配置された、少なくとも一方が透明な一対の絶縁基板と、前記絶縁基板上の各対向面側に形成された電極と、前記一対の電極つき絶縁基板の少なくとも一方の対向面に形成された配向機能層と、前記一対の電極つき絶縁基板の間に挟持された、請求項6に記載の液晶組成物とを備えた液晶光学素子であって、電圧非印加時は入射する光を透過し、電圧印加によって少なくとも入射する光の一部を反射する液晶光学素子である。
【0024】
態様10は、前記(b)の光学活性物質が存在しない場合はカイラルネマティック相を示す、請求項1〜5のいずれか1項に記載の液晶組成物が挟持され、その液晶組成物の層が前記カイラルネマティック相の螺旋ピッチ以上の厚さを有する、請求項7〜9のいずれか1項に記載の液晶光学素子である。
【0025】
態様11は、請求項6に記載の液晶組成物が挟持された液晶光学素子であって、配向機能層のプレチルト角が60°以上の配向膜である、請求項7〜10に記載の液晶光学素子である。
【0026】
態様12は、液晶光学素子の製造方法であって、少なくとも一方が透明である一対の絶縁基板の各々の一面に電極を形成する工程と、少なくとも一方の前記電極つき絶縁基板の電極を有する面に配向機能層を形成する工程と、前記2枚の絶縁基板の電極を有する面を所定の間隔を設けて平行に対向させ、請求項1〜6のいずれか1項に記載の液晶組成物を前記2枚の絶縁基板間に充填するとともに、前記2枚の絶縁基板の周縁部を貼り合わせる工程と、を備える液晶光学素子の製造方法である。
【0027】
態様13は、請求項7〜11のいずれか1項に記載の液晶光学素子を備える建築用調光ガラスである。
【0028】
態様14は、請求項7〜11のいずれか1項に記載の液晶光学素子を備える車載用調光ガラスである。
【0029】
態様15は、請求項7〜11のいずれか1項に記載の液晶光学素子を備える光学機器である。
【発明の効果】
【0030】
本発明によれば、従来の液晶/ポリマー複合体に対して、ポリマーを複合することなしに、電圧非印加時にポリマー複合体と同様に高い透明性を示す液晶光学素子を提供できる。
【0031】
また本発明に開示される液晶光学素子においては、液晶の均一配向を安定化、または固定化するためにポリマーによる複合体構造を利用しないことから、液晶/ポリマー複合体の原理的な課題であった、外部からの力学的な衝撃によってポリマーによる構造が破壊されて透明性が非可逆的に損なわれることがない。
【0032】
また本発明の液晶光学素子においては、初期の均一な液晶配向を、ポリマーを含まない従来の液晶光学素子と同様に液晶と接する基板面に設けた配向手段により提供することによって、電圧印加時に充分な光散乱効果を安定に提供することができ、更に印加電圧の除去後に元の均一な液晶配向に戻る時間を短くすることができる。
【0033】
さらに生産工程においても、液晶/ポリマー複合体のようにポリマーの前駆体を硬化する工程が不要で、液晶組成が異なるのみでTN素子などの一般的な液晶光学素子と同じ工程で生産できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0034】
以下に、本発明の実施の形態について説明する。ただし、本発明が以下の実施の形態に限定される訳ではない。また、説明を明確にするため、以下の記載および図面は、適宜、簡略化されている。
【0035】
本発明の液晶組成物は、ネマティック液晶と、旋光性の方向が互いに異なる少なくとも2種の光学活性物質とを含有する液晶組成物であって、前記(a)〜(d)の特性を有する液晶組成物である。
【0036】
本発明において、ネマティック液晶は、一般的に使用される場合と同様に、ネマティック液晶としての特性を有する単独化合物(以下、ネマティック液晶化合物という)であってもよく、2種類以上のネマティック液晶化合物の混合物であってもよい。ネマティック液晶には単独ではネマティック液晶としての特性を有しない化合物(後述光学活性化合物を除く)を含んでいてもよい。本発明におけるネマティック液晶としては、所望の特性を有するように組成を調整した組成物(混合物)であることが好ましく、このネマティック液晶組成物としては市販のものを使用できる。本発明におけるネマティック液晶は重合操作を受けることなく使用されるものであり、したがって、通常、硬化性の化合物(アクリレート化合物など)を含まない。ただし、本発明におけるネマティック液晶は硬化性のネマティック液晶化合物などの硬化性化合物を含んでいてもよい(ネマティック液晶はその硬化性化合物を硬化させることなく使用される)。
【0037】
本発明の液晶組成物は、旋光性の方向が互いに異なる少なくとも2種の光学活性物質を含有する。光学活性物質は不斉炭素原子を有する有機化合物であり、偏光面を右または左に回転させる性質(旋光性)を有する化合物である。旋光性の方向が異なるとは、右旋性の光学活性物質と左旋性の光学活性物質との組み合わせをいう。液晶組成物に使用される光学活性物質は、ネマティック液晶に添加されて、混合物がカイラルネマティック相とも呼ばれるコレステリック相に転移させる特性を示すような光学活性物質である。以下、光学活性物質をカイラル剤ともいう。光学活性物質は非硬化性の化合物であることが好ましい。前記ネマティック液晶の場合と同様に、光学活性物質は硬化性の化合物であってもよいが、硬化性の化合物を必要とする理由はない。具体的な光学活性物質(カイラル剤)としては左旋性のS−1011(メルク社製)、右旋性のCB−15、R−1011(各メルク社製)などが挙げられ、これらはいずれも非硬化性の光学活性物質である。
【0038】
本発明の液晶組成物に含有されるネマティック液晶と光学活性物質はいずれも硬化性化合物を含有しないことが好ましい。また、これら2成分以外の成分(他の成分)を含有する場合であっても、他の成分もまた硬化性化合物ではないことが好ましい。硬化性化合物を含む液晶組成物は、硬化性化合物を硬化しない限り液晶としての特性が変化しやすく、不安定な特性の液晶組成物となるおそれがあるからである。本発明の液晶組成物の特徴は、硬化操作を経ることなく使用されて、所望の特性が発揮される点にある。本発明の液晶組成物に含有されるネマティック液晶と光学活性物質はいずれも硬化性化合物を含有しないことが好ましい。
【0039】
本発明において誘電率異方性Δεとは、分子を一軸性の誘電率楕円体で表したときの長軸方向の誘電率をε//、短軸方向の誘電率をε⊥とすると、その差Δε=ε//―ε⊥で定義されているものであり、電界下での分子の挙動を論じるのに重要なパラメータのひとつである。たとえばネマティック液晶のΔεが正の場合は液晶のダイレクタが電界にほぼ平行、負の場合には液晶のダイレクタが電界に対してほぼ垂直に配向するというように、Δεが電界に対する基本的な配向挙動を決定する。なお、誘電率異方性の符号とはΔεの値の正、負をいう。
【0040】
誘電率異方性Δεが大きいとは、Δεが正であれ負であれ、Δεの値が0から遠いことをいい、誘電率異方性Δεが小さいとは、Δεが正であれ負であれ、Δεの値が0に近いことをいう。したがって、本発明においては、誘電率異方性Δεが大きいとは誘電率異方性Δεの絶対値が大きいことをいい、誘電率異方性Δεが小さいとは誘電率異方性Δεの絶対値が小さいことをいう。また、Δεの大きさとはΔεの絶対値の大きさをいう。
【0041】
誘電率異方性Δεがほぼ0の場合は平均的にみれば等方的な状態であって、電界に対して特定の配向挙動を示さない。本発明においては、Δεの絶対値が1以下の場合、Δεがほぼ0であるとして、この状態をニュートラルともいう。
【0042】
なお、誘電率異方性の絶対値と旋光性の関係については、誘電率異方性の大きなカイラル剤が右旋性でニュートラルまたはネマティック液晶と等しい符号の誘電率異方性を有するカイラル剤が左旋性でもよいし、その逆でもよい。
【0043】
本発明の液晶組成物は前記(a)〜(d)を必須とする。
【0044】
前記(a)はネマティック液晶がニュートラルでないことを示す。このネマティック液晶を、以下ネマティック液晶(a)という。ネマティック液晶(a)の誘電率異方性の符号は正であっても、負であってもよい。しかし、後述のように、ネマティック液晶(a)の誘電率異方性の符号は負であることがより好ましい。ネマティック液晶(a)のΔεの絶対値は2以上であることが好ましく、3〜30がより好ましい。ネマティック液晶(a)のΔε絶対値は、駆動電圧の点である程度大きいことが好ましいが、入手の容易性やΔεがより大きいネマティック液晶ではその比抵抗値が低下して耐久性が低下する恐れもあり、上記範囲であることが好ましい。
【0045】
前記(b)の光学活性物質(以下、光学活性物質(b)という)と前記(c)の光学活性物質(以下、光学活性物質(c)という)とは旋光性が互いに逆であることを必要とする。すなわち、光学活性物質(b)が右旋性である場合には光学活性物質(c)は左旋性であり、光学活性物質(b)が左旋性である場合には光学活性物質(c)は右旋性である、組み合わせが必要である。光学活性物質(b)と光学活性物質(c)とは、本発明の液晶組成物中にそれぞれ2種以上が含有されていてもよい。しかし、通常はそれぞれ1種で充分である。以下の説明では、本発明の液晶組成物中に光学活性物質(b)と光学活性物質(c)とがそれぞれ1種含有される場合を例として説明する。
【0046】
前記光学活性物質(b)は、さらに、その誘電率異方性の絶対値が1より大きく、かつ、その誘電率異方性の符号がネマティック液晶(a)と異なる誘電率異方性を有する。前者は、光学活性物質(b)の絶対値が1よりも大きいΔεを有することより、光学活性物質(b)がニュートラルでないことも意味する。後者は、ネマティック液晶(a)のΔεが負の場合には光学活性物質(b)のΔεは正であり、ネマティック液晶(a)のΔεが正の場合には光学活性物質(b)のΔεは負であることを意味する。
【0047】
光学活性物質(b)のΔεの絶対値は、2以上が好ましく、5以上がより好ましい。このように光学活性物質(b)のΔεの絶対値は、より大きいほうが好ましいが、極めて大きい光学活性物質(b)は入手困難である。容易に入手できる光学活性物質(b)のΔεの絶対値は現在50程度であるので、光学活性物質(b)の絶対値は10以上かつ50以下であると本発明の液晶光学素子の電圧印加時の光変調効果が安定に得られやすく、最も好ましい。
【0048】
前記光学活性物質(c)は、さらに、その誘電率異方性の絶対値が光学活性物質(b)の誘電率異方性の絶対値より1以上小さいか、または、その誘電率異方性の符号がネマティック液晶(a)と等しい、誘電率異方性を有する。前者は、光学活性物質(b)よりも充分に小さい誘電異方性の絶対値を持つことを意味し、後者はネマティック液晶(a)のΔεが負の場合には光学活性物質(c)のΔεは負であり、ネマティック液晶(a)のΔεが正の場合には光学活性物質(c)のΔεは正であることを意味する。ただし、後者は、光学活性物質(c)の誘電率異方性の絶対値が光学活性物質(b)の誘電率異方性の絶対値より1以上小さくない場合の特性をいう。このようにすることによって、電圧印加によってカイラルネマティック相への相転移を確実におこすことができる。
【0049】
光学活性物質(b)と光学活性物質(c)との誘電異方性の絶対値の差を大きくするために光学活性物質(c)の誘電異方性の絶対値が1より小さい、すなわちニュートラルとすることが好ましい。また、後者の場合には、光学活性物質(c)の誘電異方性の絶対値は光学活性物質(b)の絶対値に関わらず大きい方が好ましい。
【0050】
前記(d)の液晶組成物は、全体としてネマティック相を示し、その誘電率異方性の絶対値が1以下、または、その誘電率異方性の符号がネマティック液晶(a)と等しい。(d)の液晶組成物は本発明の液晶組成物である。本発明の液晶組成物は、カイラル剤である光学活性物質を含有しているにもかかわらず、実質的にコレステリック相(カイラルネマティック相)を示さない液晶組成物である。本発明の液晶組成物の誘電率異方性は、ニュートラルであるか、ニュートラルでない場合にはネマティック液晶(a)と等しい符号の誘電率異方性を有する。
【0051】
本発明の液晶組成物の誘電率異方性は、ネマティック液晶(a)と等しい符号であることが好ましい。その場合、前記のようにネマティック液晶(a)のΔεは負であることが好ましいことより、本発明の液晶組成物のΔεもまた負であることが好ましい。このようにすることによって、電圧印加によってネマティック−コレステリック相転移をおこしやすくなり、光学素子としたときに少なくとも透過−散乱のコントラストをとることができる。
【0052】
さらに本発明の液晶組成物のΔεの符号がネマティック液晶と異なり、絶対値が大きくなった状態においては、コントラストがとれない。これは液晶組成物がネマティック液晶としての挙動を示すようになり、もはや電圧印加によってネマティック−コレステリック相転移をおこすことができなくなるためと考えられる。(d)の液晶組成物がネマティック液晶(a)と等しい符号の誘電率異方性をもつ場合と、符号が逆で絶対値の大きな誘電率異方性をもつ場合の境界領域として、Δε=0付近のニュートラルである場合は、電圧印加によってネマティック−コレステリック相転移をおこすことができて、光学素子としたときに透過−散乱のコントラストをとることができると考えられる。
【0053】
通常、ネマティック液晶に光学活性物質(カイラル剤)を所定量以上添加すると、螺旋構造を有するコレステリック相(カイラルネマティック相とも呼ばれる)に相転移する。ここで、螺旋構造の周期すなわち螺旋ピッチpは、光学活性物質の濃度cと、物質に固有の物性値であるHTP(Helical Twisting Power)とにより、p=1/(c・HTP)となるように設計される。
【0054】
本発明では、光学活性物質(b)と光学活性物質(c)をネマティック液晶(a)に添加することによって、お互いに旋光性を相殺した疑似的なラセミ状態を生成させて、pを実質的に無限大とし、液晶組成物が全体としてネマティック相を示すようにする。pが実質的に無限大であるとは、光学素子におけるセルギャップをdとすると、p≧dであることをいう。望ましくはp≧2dである。旋光方向の異なる2種の光学活性物質による旋光性の相殺が不充分でありp<dとなると、ネマティック相はコレステリック相の様態に近づき、均一な液晶配向が困難となる。このように、本発明の液晶組成物は、ネマティック液晶にカイラル剤を添加しながらも、全体としてネマティック相を示す液晶組成物とすることができる。
【0055】
さらに、本発明の液晶組成物は、光学活性物質(b)が存在しない場合はカイラルネマティック相を示すことが好ましい。上記のように、光学活性物質(b)は光学活性物質(c)の旋光性をキャンセルして液晶組成物が全体としてネマティック相を示すようにするとともに、液晶組成物が電極間に保持されて電圧が印加された場合にはその印加の条件により液晶組成物をカイラルネマティック相に相転移させる作用を有する。
【0056】
ここで負の誘電率異方性をもつネマティック液晶(a)と、正の誘電率異方性をもつ光学活性物質(b)と、ニュートラルな誘電率異方性をもつ光学活性物質(c)とからなり、全体として負の誘電率異方性をもつように構成された本発明の液晶組成物を代表例として、本発明の液晶組成物の特性を説明する。
【0057】
上記液晶組成物が、全体として垂直配向のネマティック相になるように構成された光学素子のセル空間に挟持されている場合、電圧が印加された際の液晶層の挙動は以下のようになると考えられる。電圧非印加時には、入射光は均一なネマティック相として垂直配向している液晶層をほぼそのまま透過するために、高い透過率を示す。電圧を印加すると、液晶層は全体として負の誘電率異方性をもっているため、電界に対して垂直な方向へ配向変化しようとする。しかし、液晶組成物のうち負の誘電率異方性をもつネマティック液晶およびニュートラルな誘電率異方性を有する光学活性物質(c)(カイラル剤Cとする)とが、電界に垂直な方向に配向しようするのに対し、上記の正の大きな誘電率異方性をもつ光学活性物質(b)(カイラル剤Bとする)は電界方向に平行に配向するような電気的なトルクが出ずるため、初期の垂直配向を維持しようとする。このように、素子への電圧印加によって液晶層内部で相分離が起こり、疑似ラセミ化している液晶組成物中の旋光性のバランスがくずれる。すなわち、電圧印加前はネマティック相を示していた液晶を電圧印加による相分離によって、実質的にカイラルネマティック相に相転移させることができることを見出した。電界に対して垂直方向へ配向しようとする前記ネマティック液晶とカイラル剤Cとの組み合わせは、本発明の液晶組成物から前記カイラル剤Bを除いた液晶組成物に相当し、前記のように、螺旋ピッチの大きさが少なくともセルギャップ以下であれば、カイラルネマティック相に相転移する。一般にカイラルネマティック相には、選択反射を示すプレナー状態と入射光を散乱するフォーカルコニック状態、およびこれらの混合配向など複数の安定状態があること、これらの状態間相転移は素子への印加電圧の大きさや印加電圧の除去の方法によって制御されることが知られている。本発明の液晶光学素子においては、初期状態が均一に一軸配向したネマティック相であり、印加電圧の上昇と共にネマティック相がカイラルネマティック相のフォーカルコニック状態に相転移して入射光を散乱する。更なる印加電圧の上昇においては、フォーカルコニック状態のヘリカル軸が電極基板に概ね垂直になるように整列することでプレーナ状態になると考えられる。プレナー状態では、螺旋ピッチの大きさp、基板面方位での液晶の平均屈折率naによって定まる中心波長(λp=na・p)で螺旋方向と同方向の円偏光が反射され、残りの入射光成分は液晶層を透過する。基板面方位での液晶の平均屈折率は、液晶の常光屈折率no(液晶分子の長軸に対して垂直方向、すなわち短軸方向の偏光に対する屈折率)と異常光屈折率ne(液晶分子の長軸と平行方向の偏光に対する屈折率)より、na=(ne+no)/2で定義される。選択波長が赤外光領域にある場合には、選択反射光は視認されることはなく、電圧印加初期に光散乱状態となった散乱強度が再度低下して透過率が上昇していく。更に電圧を上げると、螺旋構造がほどけて、ホメオトロピック、すなわちすべての分子が電界方向に向いた状態となり、もとのネマティック相のときと同様に高い透過率を示すようになると考えられる。実際には、過大な電圧の印加により光学素子が電気的に短絡しない程度の電圧範囲での透過率変化が観察されることになる。
【0058】
上記の説明では、ニュートラルな誘電率異方性を有する光学活性物質(c)(カイラル剤Cとする)としたが、ニュートラルでない誘電率異方性を有する場合も電圧印加に対してネマティック液晶と光学活性物質(c)とが同じ挙動を示すので、同様の議論が成り立つ。この場合には、光学活性物質(c)の誘電異方性の絶対値は光学活性物質(b)の絶対値に関わらず大きい方が好ましい。また、上記の説明では、ネマティック液晶の誘電率異方性が負の場合について記載したが、ネマティック液晶の誘電率異方性が正の場合も絶対値が1より大きく、かつ、負の誘電率異方性をもつカイラル剤と、そのカイラル剤よりも絶対値が1以上小さいか、またはネマティック液晶と同じ符号の誘電率異方性をもつカイラル剤とからなり、全体として正の誘電率異方性をもつように構成された液晶組成物が水平配向セル空間に挟持されていれば、同様に、電圧印加によってネマティック相からカイラルネマティック相への相転移が起こると考えられる。
【0059】
以上に述べたように、本発明の液晶組成物の最大の効果は、素子への電圧印加のみで液晶の配向変化を利用して旋光性のバランスを変化させ、ネマティック相とカイラルネマティック相との間で相転移を制御できる点にある。その電気光学効果の面では、従来技術である液晶/ポリマー複合体素子のように、ポリマーを複合する必要がないことより製造が容易であり、更にポリマーと液晶との屈折率差に起因する、素子への入射角度に依存した透明性の低下がないため、透過時の透明性の高い優れた液晶光学素子を提供する。液晶の配向安定化にポリマーを用いていないために、外部からの力学的衝撃でポリマーによる配向構造が破壊されてヘイズ値の増加により透過時の透明性が損なわれることもない。
【0060】
透過−散乱型の液晶光学素子の実用上は、所定受光角度範囲内での透過時と散乱時の所定角度範囲への透過光量の比、すなわちコントラストが高いことが望ましい。そのためにまず、電圧非印加時の透過率が高いことが必要である。そのために、光学活性物質(b)、(c)の旋光性の程度や添加量は、ネマティック相にすることができる程度の組み合わせである必要がある。また、カイラルネマティック相への相転移を考慮すると、光学活性物質(c)のHTP、添加量については、螺旋ピッチが少なくともセルギャップd以下、望ましくは1/2d以下、さらに望ましくは1/5d以下となる程度であることが望ましい。散乱を強めるには、光学活性物質(b)が存在しない場合に生成するカイラルネマティック相の螺旋ピッチが小さいことが好ましい。そのためには、一般にカイラル剤の添加量を増加させるか、HTPの大きなカイラル剤を用いるが、光学活性物質(c)のHTPが小さい場合には光学活性物質(c)の添加量が多くなり、後述するように液晶組成物全体の誘電率異方性の絶対値や符号に影響を及ぼす。全体としてネマティック相とするためには、光学活性物質(c)とは反対の方向の旋光性をもつ光学活性物質(b)も添加することによって、螺旋ピッチを実質的に無限大とする必要がある。この光学活性物質(b)の添加量は、前記カイラルネマティック相の螺旋ピッチに応じて決定される。カイラルネマティックの螺旋ピッチが大きいほど、また光学活性物質(b)のHTPが大きいほど、光学活性物質(b)の添加量は少なくてよい。液晶組成物全体としての誘電率異方性の大きさは、添加される光学活性物質(b)の量が少ないほど、ネマティック液晶(a)の誘電率異方性と同じ符号になりやすいので好ましい。上記のように、各光学活性物質の添加量を抑えるには、HTPが大きいものを選択することが好ましく、特に光学活性物質(b)のHTPが大きいことが好ましいが、それぞれがカイラルネマティック相の螺旋ピッチにも影響を与えることも考慮して、本発明の液晶組成物を構成する。
【0061】
本発明の液晶組成物を用いた液晶光学素子において、電圧非印加時に透過状態を示し、電圧印加で均一な光散乱状態を示し、透過と散乱の高いコントラストを提供するのは、負の誘電率異方性を有するネマティック液晶をベースとする液晶組成物を電極基板に対して垂直配向させた素子構成とした場合と、正の誘電率異方性を有するネマティック液晶をベースとする液晶組成物を水平配向させた素子構成とした場合である。少なくとも2種のカイラル剤を含み、かつネマティック相を示す液晶組成物は、配向膜により、一軸性の液晶配向を容易に実現することができ、このときの液晶層は入射光の角度に依存せず高い透過率を示す。一方、本発明の液晶光学素子に電圧を印加することによって生成するカイラルネマティック相は、一部、または全部がフォーカルコニック配向を示すことで、微小ドメインに分割された各ドメイン領域それぞれのヘリカル軸、すなわちツイスト構造の螺旋軸の向きが液晶層全体においてランダムな方位をとるため、入射光の均一な光散乱を実現する。
【0062】
このため、コントラストを高くするには、電圧非印加での透明時の配向をできるだけ均一にしつつ、電圧印加でのフォーカルコニック配向のヘリカル軸の方位をできるだけランダムにすることが好適である。このような状態は、負の誘電率異方性をもつネマティック液晶をベースとする液晶組成物による素子においては、プレチルト角が大きい、いわゆる垂直配向膜を液晶層と接する電極基板界面に備えることで、ラビング処理を行うことなく容易に実現できる。なお、ラビング処理を施しても初期透過率、コントラストに大きな相違は見られなかった。
【0063】
他にプレチルト角が小さい水平配向膜を用いることも考えられるが、この場合は均一なネマティック配向を得るためにラビング処理を行うことが好ましい。この液晶光学素子に電圧が印加されると誘電率異方性が大きな値のカイラル剤(b)が電界方向に配向しようとすることで、ネマティック相からカイラルネマティック相への相転移がおきると考えられる。この構成においては、水平配向膜にラビング処理を施すと、相転移後にフォーカルコニック配列のヘリカル軸が電極基板に対して垂直となる成分が増えて、そのランダム性がやや損なわれることで光散乱の強度が低下してコントラストが低下する恐れがある。また、ラビング処理による液晶配向規制力が更に強い場合には、生成したカイラルネマティック相がプレナー配列となって、螺旋ピッチに応じて入射光の一部を選択反射する素子が得られると考えられる。この素子は、透過−散乱のコントラストは低くなるものの、透過−反射を制御できるため、素子の応用範囲を拡大できる可能性がある。
【0064】
次に、本発明の液晶光学素子およびその製造方法について説明する。本発明の液晶光学素子は、平行に対向配置された、少なくとも一方が透明な一対の絶縁基板と、前記絶縁基板上の各対向面側に形成された電極と、前記一対の電極つき絶縁基板の少なくとも一方の対向面に形成された配向機能層と、前記一対の電極つき絶縁基板の間に挟持された前記本発明の液晶組成物とを備えた液晶光学素子であって、前記電極への電圧印加によって前記液晶光学素子に入射する光を変調する液晶光学素子である。なお、配向機能層とは配向機能をもつ絶縁膜等の層をさし、その表面がラビング処理などの配向処理を施されてもよい。
【0065】
図1は、本発明の実施の形態にかかる液晶光学素子の構成の一例を模式的に示す断面図である。図1に示すように、本発明の実施の形態にかかる液晶光学素子1は、第1の透明基板11、第1の透明電極12、第1の絶縁膜13、第1の配向膜14、第2の透明基板21、第2の透明電極22、第2の絶縁膜23、第2の配向膜24、シール材30、スペーサ40および液晶層50を備えている。
【0066】
具体的には、液晶光学素子1は、第1の透明基板11と第2の透明基板21とが互いにほぼ平行に対向配置され、第1および第2の透明基板11、21の間で液晶層50を挟持して構成されている。
【0067】
第1および第2の透明基板11、21は絶縁基板であり、例えば、ガラス基板や、ポリカーボネート、アクリル樹脂などからなる樹脂基板または樹脂フィルム基板等が用いられる。ただし、本実施の形態では、第1および第2の透明基板11、21としたが、必ずしも両方の基板が透明である必要はなく、一方のみが透明であってもよい。
【0068】
また、これらの絶縁基板の形状は平板でもよく、全面または一部に曲率を有していてもよい。絶縁基板の厚さは適宜選択され、一般には0.2〜10mmが好ましい。
【0069】
第1の透明基板11の内面上には、複数の第1の透明電極12がストライプ状に形成されている。一方、第2の透明基板21の内面上には、複数の第2の透明電極22がストライプ状に形成されている。なお。複数の第2の透明電極22は、複数の第1の透明電極12に対して略直交して交差するように形成されている。第1および第2の透明電極12、22は、例えば、ITO(Indium Tin Oxide)などの金属酸化物からなる膜である。第1および第2の透明電極12、22のうち、いずれか一方は、Alや誘電体多層膜の反射電極であってもよい。もちろん、電極の形状は直交するストライプ状のものに限られることはなく、基板面全体が一つの電極であったり、特定のマークやキャラクターを表示できるものでもよい。また、TFTトランジスタを形成したアクティブマトリクス構造を有してもよい。
【0070】
第1および第2の絶縁膜13、23は、各々第1および第2の透明電極12、22を覆うように形成されている。第1および第2の絶縁膜13、23は、電気絶縁性を向上させるためのものであり、SiO、TiO、Al等の金属酸化物やその他の絶縁性物質からなる。なお、第1および第2の絶縁膜13、23はなくてもよい。
【0071】
第1および第2の絶縁膜13、23上には各々第1および第2の配向膜14、24が形成されている。配向膜14、24は、液晶層50内の液晶を所定の方向に配向させるため、液晶と接するように形成されている。ここで、透明基板11、21のそれぞれに形成された配向膜のうち、少なくとも一方は、液晶を透明基板11、21の内面に垂直に配向させることが好ましい。具体的には、プレチルト角60°以上の配向膜とすることが好ましく、プレチルト角80°以上の配向膜がより好ましく、プレチルト角85°以上の配向膜が特に好ましい。これにより、ラビング処理を行わなくても、全体としてネマティック相を示す液晶組成物を均一に配向させることができる。これにより、大面積の場合であっても均一にすることができる。なお、ラビング処理を行っても何ら特性に影響はない。以上のように垂直配向が望ましいのは、特に液晶組成物中のネマティック液晶の誘電率異方性が負の場合であって、誘電率異方性が正のネマティック液晶の場合は水平配向膜を用い、さらにラビング処理を行うことが好ましい。
【0072】
シール材30は、第1および第2の透明基板11、21の間において、第1および第2の透明基板11、21の周縁に沿って形成されている。第1および第2の透明基板11、21は、シール材30により接合されている。シール材30の材料としては、例えば、紫外線硬化樹脂や熱硬化性樹脂が用いられる。第1および第2の透明基板11、21の内面間距離すなわち液晶層50の厚さ(セルギャップ)は一定であり、シール材30の高さは、第1および第2の透明基板11、21の内面間の距離と等しくなっている。
【0073】
図1の液晶光学素子1はフラットな形状であるが、本発明の液晶光学素子はフラットな形状に限られず、用途によっては一部または全部に曲率を有していてもよい。すなわち、3次元の形状であってもよい。ただし、この場合においても、第1および第2の透明基板11、12の内面間距離すなわち液晶層50の厚さ(セルギャップ)はほぼ一定である。
【0074】
スペーサ40は、第1および第2の透明基板11、21とシール材30に囲われた空間内に、均一に散布されている。スペーサ40は、セルギャップを制御する。セルギャップすなわちスペーサ40の直径は2〜40μmが好ましく、4〜20μmがさらに好ましい。セルギャップが小さすぎると透過状態と散乱状態のコントラストが低下するほか、導電性異物などによる対向電極間での短絡による歩留まり低下も懸念され、大き過ぎると駆動電圧が上昇する。スペーサ40は、例えば、ガラス粒子、シリカ粒子、架橋したアクリル粒子等の硬質な材料からなる。なお、球状でなく、リブ状のスペーサを一方の基板に形成したものでもよい。
【0075】
液晶層50は、第1および第2の透明基板11、21とシール材30に囲われた空間(以下、セル空間ともいう)内に封入されている。液晶層50は、セル空間内に本発明の液晶組成物を充填することで得られる。
【0076】
次に液晶光学素子の製造方法について説明する。
【0077】
本発明の液晶光学素子の製造方法は、前記のように、基本的に3工程から構成される。このうち、3番目の工程は、後述のODF法などの実質的に1工程から構成されてもよく、真空注入法などの多工程から構成されてもよい。後者は、例えば、前記2枚の絶縁基板の電極を有する面を所定の間隙を設けてほぼ平行に対向させて、周縁部を液晶注入孔を設けて貼り合わせる工程と、前記注入孔から絶縁基板間に本発明の液晶組成物を注入する工程と、前記液晶注入孔を封止する工程とから構成される。以下に、主としてこの液晶注入法を採用した液晶光学素子1の製造方法について図2を使用して説明する。
【0078】
図2は、本発明の実施の形態にかかる液晶光学素子の製造フローの一例を示す図である。図2に示すように、本製造フローはST201〜ST208までの8ステップからなる。
【0079】
まず、第1および第2の透明基板11、21の内面上に第1および第2の透明電極12、22を形成するための透明電極膜を、スパッタリング法、真空蒸着法等により形成する(ST201)。透明電極膜としては、上述の通り、ITOが好適である。この透明電極膜を、例えば、フォトリソグラフィ法により所望の文字や模様の形状にパターニングして、第1および第2の透明電極12、22を形成する。
【0080】
次に、第1および第2の絶縁膜13、23を、ゾルゲル法、スパッタリング法、真空蒸着法等により、各々第1および第2の透明電極12、22を覆うように形成する(ST202)。
【0081】
次に、第1および第2の絶縁膜13、23上に、各々第1および第2の配向膜14、24を形成する(ST203)。第1および第2の配向膜14、24は、ネマティック相を示す液晶組成物を一対の電極付き基板間で所定の方向に配向させるため、液晶と接するように形成する。上述の通り、透明基板11、21のそれぞれに形成された配向膜14、24のうち、少なくとも一方を、液晶を透明基板11、21の内面に垂直に配向させるように形成する。具体的には、プレチルト角60°以上の配向膜を形成することが好ましい。プレチルト角が小さい、具体的には10°以下の配向膜を使用することもできるが、液晶組成物を電圧非印加時に均一に配向させるためにはラビング処理が必要になる。
【0082】
次に、第1または第2の透明基板11、21の内面上に、散布機を用いてスペーサ40の粒子を散布する(ST204)。
【0083】
次に、第1または第2の透明基板11、21の内面上に、当該第1または第2の透明基板11、21の周縁に沿って、液晶組成物を注入するための注入孔以外の部分にシール材30を塗布する(ST205)。ここで、シール材30には、光硬化樹脂、熱硬化性樹脂等を用いることができる。なお、シール材30がスペーサを含んでいてもよい。
【0084】
次に、上記第1または第2の透明基板11、21を貼り合わせる(ST206)。シール材30として紫外線硬化樹脂を使用した場合は紫外線照射、熱硬化型樹脂を使用した場合は加熱というように、選択したシール材に適した方法にて確実に硬化させる必要がある。硬化が不充分な場合には、次の液晶注入工程において、液晶とシール材が混ざって表示不良となったり、液晶漏れが発生したりしてしまう。
【0085】
こうして形成されたセル空間内に液晶組成物を充填する(ST207)。充填方法としては既知のいずれの方法を適用してもよい。たとえば2カ所以上に設けた注入孔の一方を液晶組成物に浸し、他方より吸引する(吸引法)。または、注入孔を1カ所以上設けたセルを、真空中で液晶組成物の入った容器に注入孔を浸漬した状態で大気圧に戻し、セルの内圧と大気圧の差圧にてセル中に液晶組成物を充填させることもできる(真空注入法)。
【0086】
最後に液晶注入孔を封止し(ST208)、液晶光学素子として完成する。封止方法としては、液晶に与える影響を最小限にとどめる方法がよい。一般には紫外線硬化による室温での封止が広く行われている。
【0087】
大面積の場合、ODF(one−drop−filling)法(液晶滴下法、真空滴下法)を用いて、第1または第2の透明基板11、21の内面に、所定量の液晶組成物を滴下し、減圧下で、第1および第2の透明基板11、21の間をシール材30により貼り合わせてもよい。このODF法は、真空装置を要するが、上記吸引法や真空注入法に比べ、短時間で液晶組成物を充填でき、またシール材塗布(ST205)〜注入孔封止(ST208)までをまとめて実施する工程となるため、大型液晶光学素子の製造においてはきわめて効果的である。
【0088】
以上のプロセスを経て得られた液晶光学素子は、電圧非印加では透明である特徴を生かし、通常は従来のガラス開口部として機能し、必要なときだけ表示を行うような使い方において好適である。たとえば窓、間仕切り、扉等の内装・外装用建築用途、自動車のサイドウインドウ、ドアガラス、リアウインドウなどの窓、インスツルメンタルパネルでの重畳表示などの用途、およびカメラやデジタルカメラのファインダー等の光学機器等に適用することができる。電極の形状や配線パターン、回路構成や、照明との組み合わせにより、単純な全面透過−散乱だけではなく、必要に応じて、図形やパターン、文字情報等組み合わせて、利用者に情報提供を行うことも可能である。
【実施例】
【0089】
まず、実施例、比較例において使用される光学活性物質の誘電率異方性の測定例を示す。光学活性物質の誘電率異方性については、光学活性物質が固体である場合、単体での測定が困難なため、基準となるネマティック液晶を1つ選定した上でこれに溶解させて測定し、誘電率異方性について加成性が成り立つとの仮定の下で求めた。また、測定にあたって、ラセミ体の入手が困難な光学活性物質に関しては、S−1011、またはR−1011(メルク社製)を使用して旋光性の相殺を行った。
【0090】
(測定例1)S−1011
誘電率異方性が小さいネマティック液晶(型番E−1、AGCセイミケミカル社製、Tc=69.5℃、Δn=0.09、Δε=−1.27)に、左旋性の光学活性物質(型番S−1011、メルク社製、前記ネマティック液晶中でのHTPが30.2)と右旋性の光学活性物質(型番R−1011、メルク社製、前記ネマティック液晶中でのHTPが30.2)を各5.0mass%添加し、右螺旋方向に約80μmのピッチを有する液晶組成物A1を得た。なお、ネマティック液晶については、すべての測定において共通に用いた。この液晶を、実施例1と同様に、液晶組成物A1に接する基板面にプレチルト角がほぼ90°となるポリイミド配向膜を備えたセルに、液晶組成物A1を真空注入法にて注入して、注入孔を封止しセルAを得た。また、液晶組成物A1に接する基板面にプレチルト角10°以下となるポリイミド配向膜を備え、ラビング処理を施した以外は後述の実施例1と同構成のセルに、液晶組成物A1を真空注入法にて注入して、注入孔を封止し、セルBを得た。
【0091】
インピーダンスアナライザ(HEWLETT PACKARD社製、型番4192A)を用いて、セルA,B中の液晶の誘電率の算出を行った。
【0092】
【表1】

【0093】
上記結果より液晶組成物A1の誘電異方性Δεは、ε//−ε⊥=−1.11と求められた。各組成物のΔε値が液晶組成物系全体の誘電異方性に対し、加成性が成り立つと仮定し、S−1011とR−1011はラセミ体であり等しいΔεを有することより、Δε=+0.33を算出した。
【0094】
(測定例2)CB−15
測定1同様に、誘電率異方性の小さいネマティック液晶に、左旋性の光学活性物質(メルク社製:S−1011、前記ネマティック液晶中でのHTPが30.2、測定1よりΔεは+0.33)を約5mass%、更に右旋性の光学活性物質(メルク社製:CB−15、前記ネマティック液晶中でのHTPが7.5)を約20mass%添加し、右螺旋方向に約70μmのピッチを有する液晶組成物A2を得た。この液晶を、実施例1と同様に、液晶組成物A2に接する基板面にプレチルト角がほぼ90°となるポリイミド配向膜を備えたセルに、液晶組成物A2を真空注入法にて注入して、注入孔を封止しセルCを得た。また、液晶組成物Bに接する基板面にプレチルト角10°以下となるポリイミド配向膜を備え、ラビング処理を施した以外は後述の実施例1と同構成のセルに、液晶組成物A2を真空注入法にて注入して、注入孔を封止し、セルDを得た。
【0095】
測定例1と同様にして、セルC,Dの液晶組成物A2の誘電率の算出を行った。
【0096】
【表2】

【0097】
上記結果より液晶組成物A2の誘電異方性(Δε)は+2.48と求められた。各組成物のΔε値が液晶組成物系全体の誘電異方性に対し、加成性が成り立つと仮定し、CB−15のΔε=+17.1を算出した。
【0098】
(測定例3)光学活性物質1
測定例1と同様に、誘電率異方性の小さいネマティック液晶に、左旋性の光学活性物質(型番S−1011、メルク社製、前記ネマティック液晶中でのHTPが30.2、測定1よりΔεは+0.33)を約4.4mass%、さらに後述の実施例1に示す右旋性の光学活性物質1(前記ネマティック液晶中でのHTPが11.8)を約11.3mass%添加し、左螺旋方向に約50μmのピッチを有する液晶組成物A3を得た。この液晶を、実施例1と同様に、液晶組成物A3に接する基板面にプレチルト角がほぼ90°となるポリイミド配向膜を備えたセルに、液晶組成物A3を真空注入法にて注入して、注入孔を封止しセルEを得た。また、液晶組成物A3に接する基板面にプレチルト角10°以下となるポリイミド配向膜を備え、ラビング処理を施した以外は後述の実施例1と同構成のセルに、液晶組成物A3を真空注入法にて注入して、注入孔を封止し、セルFを得た。
【0099】
測定例1と同様にして、セルE,Fの液晶組成物A3の誘電率の算出を行った。
【0100】
【表3】

【0101】
上記結果より液晶組成物A3の誘電異方性(Δε)は+2.67と求められた。各組成物のΔε値が液晶組成物系全体の誘電異方性に対し、加成性が成り立つと仮定し、光学活性物質1のΔε=+33.0を算出した。
【0102】
以下では、これらのカイラル剤を用いた各種組成による実施例、比較例を挙げる。
【0103】
(実施例1)
負の誘電率異方性を示すネマティック液晶(Tc=109℃、Δn=0.210、Δε=−5.7)に、左旋性の光学活性物質(型番S−1011、メルク社製、前記ネマティック液晶中でのHTP=25、測定例1よりΔε=+0.33)を約5.0mass%添加し、ピッチが約0.8μmであり、液晶の螺旋の向きが左回りであるカイラルネマティック液晶Aを調製した。
【0104】
次に、特開2001−288158、特開2002−275470に開示されている、下記構造式で表される右旋性の光学活性物質1(前記ネマティック液晶中におけるHTP=11.8、測定例3よりΔε=+33.0)10.6mgに前記カイラルネマティック液晶Aを約0.9g混合して、液晶組成物Aを得た。
【0105】
【化1】

【0106】
液晶組成物Aは、右螺旋方向に約80μmのピッチを有する。このピッチはセルギャップと比較して十分大きく、全体としてネマティック相を示す。また、誘電率異方性はΔε=−0.3で、ニュートラルかつ用いたネマティック液晶と同じく符号が負であった。
【0107】
なお、本実施例、比較例における液晶組成物の螺旋ピッチは、傾きψがtanψ=0.027の楔セル(E.H.C社製、型番KCRS−07X)に液晶組成物を充填し、セル内の液晶組成物の干渉縞の間隔を測定した値から計算にて求めた。
【0108】
液晶組成物としての誘電率異方性は、液晶組成物に接する基板面にプレチルト角がほぼ90°となるポリイミド膜を備えたセル、10°以下となるポリイミド膜を備え、ラビング処理を施したセルを用意して、それぞれに当該液晶組成物を注入し、インピーダンスアナライザ(型番4192A、HEWLETT PACKARD社製)を用いて、周波数100Hzの下でそれぞれの誘電率を算出した上で、誘電率異方性の定義Δε=ε//−ε⊥によって求めた。以上の結果については表4にまとめて記載した。
【0109】
次に、透明電極としてITO薄膜(インジウム錫酸化物)を対向面側に設けた一対のガラス基板それぞれのITO電極上に、絶縁層としてSiO−TiO系の金属酸化物薄膜を約50nmの厚みで形成した(金属酸化物薄膜形成液として型番MIC−55、AGCセイミケミカル社製を使用)。さらにその上にプレチルト角が約90°となるポリイミド薄膜からなる配向膜を形成した。この一対のガラス基板を、直径8μmの樹脂ビーズスペーサを介して対向させ、液晶組成物を注入するための孔以外の周辺部をエポキシ樹脂により封止して8μmのセルギャップを持つセルを作製した。このセル内に前記液晶組成物Aを室温にて真空注入法により充填した。その後注入孔を室温硬化性の封止材にて封止し、液晶光学素子Aを得た。
【0110】
前記液晶光学素子Aは透明状態を呈した。透明度の評価は、ヘイズメーター(スガ試験機株式会社製型番HGM−2)を利用して実施した。ヘイズ値は透明性材料の濁りの指標であり、ヘイズが小さいほど透明性が高いことを示す(JIS規格K7105、K7361−1、K7136)。本実施例1においては、ヘイズ値は0.8%であった。
【0111】
次に、前記一対のITO電極間に50Hz、45Vの矩形波電圧を印加したところ、液晶光学素子は光散乱の様態を示した。すなわち、電圧印加時に散乱状態、電圧非印加時に透過状態を示す液晶光学素子を得た。透明状態の本素子をガラス基板に対して垂直方位から傾けて観察したところ、ヘイズの増加は観察されず、均一な透明状態を保持していた。
【0112】
集光角5°のシュリーレン光学系にて、本液晶光学素子の電圧非印加時の透明状態と前記電圧印加時の白濁状態とのコントラスト(CR)を室温にて測定したところ、20であった。
【0113】
(実施例2)
右旋性の光学活性物質 (型番CB−15、メルク社製、前記ネマティック液晶中のHTP=9.3、測定例2よりΔε=+17.1)13.4mgに実施例1で調製したカイラルネマティック液晶A約0.9gを混合して、液晶組成物Bを得た。液晶組成物Bは、右螺旋方向に約60μmのピッチを有する。このピッチはセルギャップと比較して十分大きく、全体としてネマティック相を示す。また、誘電異方性Δ=+0.4で、ニュートラルかつ用いたネマティック液晶と符号が逆の正であった。
【0114】
次に、実施例1と同様に、液晶組成物Bに接する基板面にプレチルト角がほぼ90°となるポリイミド配向膜を備えたセルに、液晶組成物Bを真空注入法にて注入して、注入孔を封止し、液晶光学素子Bを得た。
【0115】
前記液晶光学素子Bは透明状態を呈し、そのヘイズ値は0.7%であった。次に、前記一対のITO電極間に50Hz、40Vの矩形波電圧を印加したところ、液晶光学素子Bは前記液晶光学素子Aよりは弱いものの散乱様態を示した。すなわち、電圧印加時に散乱状態、電圧非印加時に透過状態を示す液晶光学素子を得た。透明状態の本素子をガラス基板に対して垂直方位から傾けて観察したところ、ヘイズの増加は観察されず、均一な透明状態を保持していた。集光角5°のシュリーレン光学系にて、電圧非印加時の透明状態と前記電圧印加時の白濁状態とのコントラストを室温にて測定したところ、4であった。
【0116】
(実施例3)
負の誘電率異方性を示すネマティック液晶(型番AG−1016、チッソ社製 、Tc=96℃、Δn=0.220、Δε=−5.4)に、左旋性の光学活性物質(型番S−1011、メルク社製、前記ネマティック液晶中でのHTP=25、測定例1よりΔε=+0.33)を約4.6mass%添加し、ピッチが約0.8μmであり、液晶の螺旋の向きが左回りであるカイラルネマティック液晶Bを調製した。
【0117】
次に、右旋性の光学活性物質(型番CB−15、メルク社製、前記ネマティック液晶中のHTP=6.8、測定例2よりΔε=+17.1)18.4mgに前記カイラルネマティック液晶Bを約0.95g混合して、液晶組成物Cを得た。液晶組成物Cは、右螺旋方向に約80μmのピッチを有する。このピッチはセルギャップと比較して十分大きく、全体としてネマティック相を示す。また、誘電異方性Δε=−0.24で、ニュートラルかつ用いたネマティック液晶と同じく符号が負であった。
【0118】
次に、実施例1と同様に、液晶組成物Cに接する基板面にプレチルト角がほぼ90°となるポリイミド配向膜を備えたセルに、液晶組成物Cを真空注入法にて注入して、注入孔を封止し、液晶光学素子Cを得た。
【0119】
前記液晶光学素子Cは透明状態を呈し、そのヘイズ値は1.3%であった。次に、前記一対のITO電極間に50Hz、44Vの矩形波電圧を印加したところ、液晶光学素子は散乱様態を示した。すなわち、電圧印加時に散乱状態、電圧非印加時に透過状態を示す液晶光学素子を得た。透明状態の本素子をガラス基板に対して垂直方位から傾けて観察したところ、ヘイズの増加は観察されず、均一な透明状態を保持していた。集光角5°のシュリーレン光学系にて、本液晶光学素子の電圧非印加時の透明状態と前記電圧印加時の白濁状態とのコントラストを室温にて測定したところ、8であった。
【0120】
(実施例4)
負の誘電率異方性を示すネマティック液晶(Tc=109℃、Δn=0.210、Δε=−5.7)に、左旋性の光学活性物質(型番S−1011、メルク社製、前記ネマティック液晶中でのHTP=25、測定例1よりΔε=+0.33)を約4.0mass%添加し、ピッチが約1.0μmであり、液晶の螺旋の向きが左回りであるカイラルネマティック液晶Cを調製した。右旋性の光学活性物質1(前記ネマティック液晶中におけるHTP=11.8、測定例3よりΔε=+33.0)8.5mgに前記カイラルネマティック液晶C約0.94gを混合して、ネマティック相を示す液晶組成物Dを得た。液晶組成物Dは、右螺旋方向に約80μmのピッチを有し、その誘電率異方性Δε=−1.8で、用いたネマティック液晶と同じく符号が負で、かつ絶対値が1を超えていた。
【0121】
次に、実施例1と同様に、液晶組成物Dに接する基板面にプレチルト角がほぼ90°となるポリイミド配向膜を備えたセルに、液晶組成物Dを真空注入法にて注入して、注入孔を封止し、液晶光学素子Dを得た。
【0122】
前記液晶光学素子Dは透明状態を呈し、そのヘイズ値は0.9%であった。次に、前記一対のITO電極間に60Hz、41Vの矩形波電圧を印加したところ、液晶光学素子Dは散乱状態を示した。すなわち、電圧印加時に散乱状態、電圧非印加時に透過状態を示す液晶光学素子を得た。透明状態の本素子をガラス基板に対して垂直方位から傾けて観察したところ、ヘイズの増加は観察されず、均一な透明状態を保持していた。集光角5°のシュリーレン光学系にて、本液晶光学素子の電圧非印加時の透明状態と前記電圧印加時の白濁状態とのコントラストを室温にて測定したところ、5.8であった。
【0123】
(実施例5)
負の誘電率異方性を示すネマティック液晶(Tc=109℃、Δn=0.210、Δε=−5.7)に、左旋性の光学活性物質(メルク社製:S−1011、誘電異方性の値が約+0.33で前記ネマティック液晶中でのHTPが25、測定例3よりΔε=+33.0)を約2.0mass%添加し、ピッチが約2.0μmであり、液晶の螺旋の向きが左回りであるカイラルネマティック液晶Dを調製した。右旋性の光学活性物質1(前記ネマティック液晶中のHTPは11.8、測定例3よりΔε=+33.0)4.2mgに前記カイラルネマティック液晶D約0.92gを混合して、ネマティック相を示す液晶組成物Eを得た。液晶組成物Eは、左螺旋方向に約70μmのピッチを有し、その誘電率異方性Δε=−4.4で、用いたネマティック液晶と同じく符号が負で、かつ絶対値が1を超えていた。
【0124】
次に、実施例1と同様に、液晶組成物Eに接する基板面にプレチルト角がほぼ90°となるポリイミド配向膜を備えたセルに、液晶組成物Eを真空注入法にて注入して、注入孔を封止し、液晶光学素子Eを得た。
【0125】
前記液晶光学素子Eは透明状態を呈し、そのヘイズ値は0.9%であった。次に、前記一対のITO電極間に60Hz、33Vの矩形波電圧を印加したところ、液晶光学素子Eは散乱状態を示した。すなわち、電圧印加時に散乱状態、電圧非印加時に透過状態を示す液晶光学素子を得た。透明状態の本素子をガラス基板に対して垂直方位から傾けて観察したところ、ヘイズの増加は観察されず、均一な透明状態を保持していた。集光角5°のシュリーレン光学系にて、本液晶光学素子の電圧非印加時の透明状態と前記電圧印加時の白濁状態とのコントラストを室温にて測定したところ、4であった。
【0126】
なお、実施例1,4,5は同じ材料系でカイラルネマティックの螺旋ピッチのみ変化させたケースであって、実施例5ではp=1/4dである。このように螺旋ピッチが長くなっていくと、透過−散乱のコントラストは低下する。これは電圧印加時に生成するカイラルネマティック相のフォーカルコニック配列時の液晶ドメインサイズが螺旋ピッチと共に大きくなり、散乱効率が低下するためと考えられる。
【0127】
(比較例1)
負の誘電率異方性を示すネマティック液晶(Tc=109℃、Δn=0.210、Δε=−5.7)に、左旋性の光学活性物質(型番S−1011、メルク社製、前記ネマティック液晶中でのHTP=25、測定例1よりΔε=+0.33)を約6.7mass%添加し、ピッチが約0.6μmであり、液晶の螺旋の向きが左回りであるカイラルネマティック液晶Eを調製した。
【0128】
次に、実施例1で用いた右旋性の光学活性物質1を14.2mgに、前記カイラルネマティック液晶Eを約0.9gを混合して、右螺旋方向に約72μmのピッチを有する液晶組成物Fを得た。このピッチはセルギャップと比較して十分大きく、全体としてネマティック相を示す。また、誘電異方性Δε=+1.8で、用いたネマティック液晶の誘電率異方性と符号が逆の正であり、かつ絶対値が1を超えていた。
【0129】
次に、実施例1と同様に、液晶組成物Fに接する基板面にプレチルト角がほぼ90°となるポリイミド配向膜を備えたセルに、液晶組成物Fを真空注入法にて注入して、注入孔を封止し、液晶光学素子Fを得た。
【0130】
前記液晶光学素子Fは透明状態を呈し、そのヘイズ値は0.9%であった。次に、前記一対のITO電極間に50Hz、0〜80Vの矩形波電圧を印加したところ、液晶光学素子Fは透明状態のままであった。
【0131】
この比較例1では、用いるネマティック液晶と方向が異なり、かつ大きな誘電率異方性を有するカイラル剤の添加量が多くなることで、液晶組成物全体としての誘電率異方性の符号が用いるネマティック液晶とは逆で、かつその値も大きくなるため、電圧印加に対して液晶組成物全体が誘電率異方性が正のネマティック液晶としてふるまい、カイラルネマティック相への相転移が起きなくなるケースである。
【0132】
(比較例2)
誘電率異方性の絶対値が1以下である右旋性の光学活性物質(型番R−1011、メルク社製、前記ネマティック液晶中のHTP=25、測定例1よりΔε=+0.33)5.0mgに実施例1で調製したカイラルネマティック液晶Aを約1.0g混合して、液晶組成物Fを得た。液晶組成物Gは右螺旋方向に約80μmのピッチを有する。このピッチはセルギャップと比較して十分大きく、全体としてネマティック相を示す。また、誘電率異方性Δε=−5.4で、用いたネマティック液晶と同じ符号を有し、用いたネマティック液晶に近い値であった。
【0133】
次に、実施例1と同様に、液晶組成物Eに接する基板面にプレチルト角がほぼ90°となるポリイミド配向膜を備えたセルに、液晶組成物Eを真空注入法にて注入して、注入孔を封止し、液晶光学素子Gを得た。
【0134】
前記液晶光学素子Gは透明状態を呈し、そのヘイズ値は1.2%であった。次に、前記一対のITO電極間に50Hz、40Vの矩形波電圧を印加したところ、液晶光学素子Gは透明状態のままであった。
【0135】
この比較例2は、液晶組成物として大きな誘電率異方性をもつ光学活性物質を全く含まないため、電圧を印加してもお互いの旋光性を相殺しあった状態を保っており、カイラルネマティックへの相転移がおきないケースである。
【0136】
【表4】

【0137】
以上の結果を利用して、各実施例、比較例の誘電率異方性についてまとめたものが、以下の表である。
【0138】
【表5】

【図面の簡単な説明】
【0139】
【図1】本発明の実施の形態に係る液晶光学素子の構成を示した模式的断面図。
【図2】本発明の実施の形態に係る液晶光学素子の製造フローの一例を示す図。
【符号の説明】
【0140】
1 液晶光学素子
11 第1の絶縁基板
12 第1の電極
13 第1の絶縁膜
14 第1の配向膜
21 第2の絶縁基板
22 第2の電極
23 第2の絶縁膜
24 第2の配向膜
30 シール剤
40 スペーサ
50 液晶層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ネマティック液晶と、旋光性の方向が互いに異なる少なくとも2種の光学活性物質とを含有する液晶組成物であって、
(a)ネマティック液晶は、絶対値が1を超える誘電率異方性を有し、
(b)前記光学活性物質のうち一方の旋光性を有する光学活性物質の少なくとも1種は、その誘電率異方性の絶対値が1を超え、かつ、その誘電率異方性の符号はネマティック液晶と異なる誘電率異方性を有し、
(c)前記光学活性物質のうち他方の旋光性を有する光学活性物質の少なくとも1種は、その誘電率異方性の絶対値が前記(b)の光学活性物質の誘電異方性の絶対値より1以上小さいか、または、前記ネマティック液晶と同方向の誘電率異方性を有し、
(d)液晶組成物は、全体としてネマティック相を示し、その誘電率異方性の絶対値が1以下、または、その誘電率異方性の符号がネマティック液晶と等しい
ことを特徴とする、液晶組成物。
【請求項2】
液晶組成物が硬化性の光学活性物質を含有しない、請求項1に記載の液晶組成物。
【請求項3】
液晶組成物において、前記(b)の光学活性物質が存在しない場合はカイラルネマティック相を示す、請求項1または2に記載の液晶組成物。
【請求項4】
前記(b)の光学活性物質の誘電率異方性の絶対値が10を超える、請求項1〜3のいずれか1項に記載の液晶組成物。
【請求項5】
前記(c)の光学活性物質の誘電率異方性の絶対値が1より小さい、請求項1〜4のいずれか1項に記載の液晶組成物。
【請求項6】
ネマティック液晶の誘電率異方性の符号が負である、請求項1〜5のいずれか1項に記載の液晶組成物。
【請求項7】
平行に対向配置された、少なくとも一方が透明な一対の絶縁基板と、
前記絶縁基板上の各対向面側に形成された電極と、
前記一対の電極つき絶縁基板の少なくとも一方の対向面に形成された配向機能層と、
前記一対の電極つき絶縁基板の間に挟持された、請求項1〜6のいずれか1項に記載の液晶組成物と
を備えた液晶光学素子であって、
前記電極への電圧印加によって前記液晶光学素子に入射する光を変調する液晶光学素子。
【請求項8】
電圧非印加時は入射する光を透過し、電圧印加によって入射する光を散乱する、請求項7に記載の液晶光学素子。
【請求項9】
平行に対向配置された、少なくとも一方が透明な一対の絶縁基板と、
前記絶縁基板上の各対向面側に形成された電極と、
前記一対の電極つき絶縁基板の少なくとも一方の対向面に形成された配向機能層と、
前記一対の電極つき絶縁基板の間に挟持された、請求項6に記載の液晶組成物と
を備えた液晶光学素子であって、
電圧非印加時は入射する光を透過し、電圧印加によって少なくとも入射する光の一部を反射する液晶光学素子。
【請求項10】
前記(b)の光学活性物質が存在しない場合はカイラルネマティック相を示す、請求項1〜5のいずれか1項に記載の液晶組成物が挟持され、その液晶組成物の層が前記カイラルネマティック相の螺旋ピッチ以上の厚さを有する、請求項7〜9のいずれか1項に記載の液晶光学素子。
【請求項11】
請求項6に記載の液晶組成物が挟持された液晶光学素子であって、配向機能層のプレチルト角が60°以上の配向膜である、請求項7〜10に記載の液晶光学素子。
【請求項12】
液晶光学素子の製造方法であって、
少なくとも一方が透明である一対の絶縁基板の各々の一面に電極を形成する工程と、
少なくとも一方の前記電極つき絶縁基板の電極を有する面に配向機能層を形成する工程と、
前記2枚の絶縁基板の電極を有する面を所定の間隔を設けて平行に対向させ、請求項1〜6のいずれか1項に記載の液晶組成物を前記2枚の絶縁基板間に充填するとともに、前記2枚の絶縁基板の周縁部を貼り合わせる工程と、
を備える液晶光学素子の製造方法。
【請求項13】
請求項7〜11のいずれか1項に記載の液晶光学素子を備える建築用調光ガラス。
【請求項14】
請求項7〜11のいずれか1項に記載の液晶光学素子を備える車載用調光ガラス。
【請求項15】
請求項7〜11のいずれか1項に記載の液晶光学素子を備える光学機器。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−152258(P2010−152258A)
【公開日】平成22年7月8日(2010.7.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−332933(P2008−332933)
【出願日】平成20年12月26日(2008.12.26)
【出願人】(000000044)旭硝子株式会社 (2,665)
【Fターム(参考)】