説明

液相中への気相導入によるカーボンナノチューブ膜の合成方法および合成装置

【課題】 高純度および高安定性を有するカーボンナノチューブ膜を低コストで大量に合成する方法およびこの方法に用いる装置、並びに基板に成膜したカーボンナノチューブ膜を提供する。
【解決手段】 触媒金属でできている基板または触媒金属薄膜が堆積されている基板7を有機液体1に入れ、ガス導入管9を通じて基板7周囲に不活性ガス、還元性ガス、並びに反応性ガスの気泡11を導入しながら、加熱ヒーター5で基板7を一定温度までに加熱し、基板7上にカーボンナノチューブ膜を合成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機液体中に置かれた基板を加熱することにより基板表面にカーボンナノチューブ膜を合成するための合成方法と合成装置に関する。
【背景技術】
【0002】
カーボンナノチューブの生成法には、アーク放電法、レーザー蒸着法、化学気相蒸着(CVD)法などが挙げられる。アーク放電法は、正負のグラファイト電極間にアーク放電を起こすことでグラファイトが蒸発し、陰極先端に凝縮した炭素の堆積物の中にカーボンナノチューブが生成される方法である。また、レーザー蒸着法は、高温に加熱した不活性ガス中に金属触媒を混合したグラファイト試料を入れ、レーザー照射することによりカーボンナノチューブを生成する。そしてCVD法は、COガスやCH4ガス中で触媒金属を加熱することによりカーボンナノチューブを生成する方法である。例えば、特許文献1に開示されたアーク放電による製造方法が、特許文献2に開示されたレーザー蒸発法による製造方法が、特許文献3に開示されたCVDによる製造方法が、それぞれ提案されている。これらの合成法のうち、アーク放電法とレーザー蒸着法では、主として粉末状のカーボンナノチューブが合成され、基板上へのカーボンナノチューブ膜の均一合成はできていない。
【0003】
上記の合成法のうちのCVD法においては、粉末状のカーボンナノチューブの大量合成が可能であるだけでなく、合成条件の調整によって基板へのカーボンナノチューブ膜も合成できるが、真空排気などの真空プロセスが不可欠であることと、石英真空容器およびその中の炭素源ガス全体を高温までに加熱する必要があることが故に、合成プロセスが複雑で加熱・冷却を含めたプロセス時間が長いという課題がある。
【0004】
上記CVD法の課題を解決し得る方法として、特許文献4に開示された液相合成法が提案されている。これは有機液体中において触媒が形成された基板を加熱することにより基板上に高配向のカーボンナノチューブ膜を合成する方法である。基板を有機液体に入れているため、真空排気する必要はない。また、通電加熱法で液体中の基板を直接加熱しているため、加熱効率が高く、昇温・降温速度が非常に早い特徴を有する。
【0005】
しかしながら、この方法では、基板が常に有機液体に囲まれているため、基板がカーボンナノチューブの最適合成温度に到達する前に基板上の触媒が有機液体と反応してしまうため、純度の高いカーボンナノチューブが得られにくい。また、触媒金属膜あるいは触媒金属基板の表面には金属の表面酸化膜が通常形成されているため、触媒活性が低く、カーボンナノチューブ膜の品質が不安定になりやすい。その改善法としてプラズマCVD装置にて基板の触媒薄膜の水素プラズマ還元処理を施してからカーボンナノチューブの合成に用いるプロセスが用いられているが、コスト増と量産に不向きの問題を抱えている。
【0006】
純度および安定性の高いカーボンナノチューブ膜を低コストで効率よく量産することができるようになれば、カーボンナノチューブの特性を生かしたナノテクノロジー製品を低コストで大量に供給することが可能になる。
特開2000−95509号公報
特開平10−273308号公報
特開2000−86217号公報
特開2001−193629号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は上記課題に鑑み、純度および安定性の高いカーボンナノチューブ膜の提供及び低コストで簡便に高純度カーボンナノチューブ膜を合成できる合成装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために本発明のカーボンナノチューブの合成方法は、液相合成法において、液体中に不活性ガス、還元性ガス、あるいは反応性ガスを導入する手段を設けることにより、有機液体と基板との反応タイミングを制御したり、触媒金属基板表面あるいは触媒金属膜の表面酸化膜の還元を行ったり、あるいは炭素源ガスを追加提供したりして、高品質のカーボンナノチューブ膜を実現し得る合成装置であることを特徴とする。
【0009】
前記不活性ガスは、N2、Ar、Heから選択される一種類の気体又は複数の気体からなる不活性ガスが好適である。
【0010】
前記還元性ガスは、H2あるいは不活性ガスとの混合ガスが好適である。基板種類に応じて、塩酸ガス、硝酸ガス、硫酸ガス、弗酸ガスなどの還元性ガスも選択できる。
【0011】
前記反応性ガスは、CO、C2H2、CH4など、炭素源と成り得る反応性ガスが好適である。
【発明の効果】
【0012】
本発明の合成法によれば、触媒薄膜を形成した基板を有機液体中に沈めてから、基板周囲に不活性ガスを導入し、カーボンナノチューブの最適合成温度に到達するまで不活性ガスを流しながら基板加熱することにより、最適合成温度に到達する前に触媒薄膜が炭素と反応してしまうことを防ぎ、低温における不定形炭素の析出を抑え、より純度の高いカーボンナノチューブを得ることができる。
【0013】
本発明の合成法によれば、触媒薄膜に表面酸化層が形成されていても、または触媒薄膜が成膜されていない通常のステンレス基板に対しても、基板周囲に還元性ガスを導入しながら基板加熱し、H2の還元作用で基板最表面の酸化膜を還元して金属触媒元素を析出させてから、有機液体を基板に接触させることにより、安定性の高いカーボンナノチューブ膜を得ることができる。ステンレス基板の場合、触媒薄膜の成膜プロセスを省くことも可能になる。また、触媒が合成時間の経過とともに触媒活性が劣化することが知られており、H2ガスを断続的に導入することにより、触媒活性の劣化を防ぐことができ、長いカーボンナノチューブを合成することができる。
【0014】
本発明の合成法によれば、基板周囲に他の炭素源ガス、例えばC2H2ガスを導入することにより、炭素源を気相の形でも供給することが可能になる。同一の触媒金属および温度条件に対して、有機液体の熱分解と炭化水素ガスの熱分解とでは、合成されるカーボンナノチューブの形態が異なる場合が多いことは従来の熱CVD法で既に確認されている。有機液体とともの炭化水素ガスも供給することにより、多種多様な形態のカーボンナノチューブ、例えば単層カーボンナノチューブ、2層カーボンナノチューブ、または多層カーボンナノチューブを同時に合成できる。
【0015】
本発明のカーボンナノチューブ合成法及び合成装置によれば、純度・密度・安定性の高カーボンナノチューブ膜を大掛かりな装置がいらずに低コストで合成することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明の実施の形態を図面1に基づき詳細に説明する。
【0017】
図1は、本発明のカーボンナノチューブ膜を合成する装置の構造を示す図である。この合成装置は、有機液体1を保持するための容器である液体槽2、その蓋3、ヒータへの電流を流すための電極4、基板加熱用通電加熱ヒーター5、基板保持用絶縁板6、カーボンナノチューブ膜合成用基板7、ガス混合器8、ガス導入管9、容器内が加圧になることを防ぐための排気管10、導入されたガスの気泡11で構成される。
【0018】
まずは基板に触媒薄膜を成膜しておく。基板自体が触媒金属でできている場合は触媒金属薄膜を成膜しなくてもよい場合がある。基板は加熱温度まで耐えるもので、たとえばSi、石英ガラス、各種金属、ステンレス、各種セラミックスなどでよい。触媒薄膜は、例えばFe、Co、Niまたはそれらの元素を含む複合酸化物成膜でよい。膜厚は数nm〜数十nmの範囲でよい。成膜方法は、例えばスパッタ法、真空蒸着法、EB蒸着法でよい。
【0019】
このようにして触媒薄膜が形成された基板7を基板保持用絶縁板上に固定し、有機液体1で液体槽2を満たし、蓋3をしておく。ガス混合器8からガス導入管9を介して不活性ガスであるN2ガスの気泡で基板表面を覆わせるようにN2ガスを導入しながら、電極4を介してヒーターに電流を流して基板を加熱する。加熱中は、基板表面がガス気泡10で覆われているため、有機液体との反応が抑えられ、低温における不定形炭素の析出を防ぐことができる。基板温度がカーボンナノチューブ合成温度、例えば650℃に到達した後、ガス混合器でN2ガスから還元性ガスであるH2ガスに切り替え、H2ガス気泡で基板の表面を覆わせ、基板表面の還元を数分間程度行う。その後H2ガスの導入を停止し、有機液体を基板に接触させ、カーボンナノチューブ膜の合成を行う。
【0020】
従来の液相合成法では、有機液体の熱分解で得られる炭素源密度は有機液体の種類と基板温度によって一意的に決まり、その増減調整ができない。熱分解しやすいC2H2ガスを利用すると、単層カーボンナノチューブ、2層カーボンナノチューブを効率よく合成できることが知られている。層数の少ない細いカーボンナノチューブを含めたカーボンナノチューブを合成する必要がある場合は、有機液体の熱分解に加えて、ガス導入管から熱分解しやすい反応性の炭素源ガスを基板周囲に供給すればよい。
【実施例】
【0021】
次に、本発明の実施例を挙げ、本発明を具体的に説明するが、本発明は、以下の実施例1,2,3によって限定されるものではない。
【0022】
(実施例1)
ここで、不活性ガスの導入効果を確認するための実施例を示す。
【0023】
基板には、10mm角のSi基板を用いた。Si基板は、エタノール中で超音波洗浄した後、真空蒸着法により膜厚10nmのFe薄膜を成膜した。このSi基板を図1の基板保持用絶縁板に固定し、容器を高純度エタノール(99.9%)液体で満たした。ガス導入管から不活性ガスであるN2を100ml/minの流量で連続的に流し、基板表面をN2ガスの気泡で包むようにした。そして、基板の表面温度を放射温度計で測定しながらカーボンナノチューブ合成温度である650℃になるまで電流を流して基板温度を上げた。基板表面温度が650℃に到達した後、N2を流すことをやめ、5分間電流値を保持したまま、有機液体を基板に接触させ、カーボンナノチューブ膜を10分間成長させた。
【0024】
このようにして合成したカーボンナノチューブ膜を走査電子顕微鏡(SEM)にて評価したところ、図2のSEM像に示されるように、純度の高い配向カーボンナノチューブ膜であることが確認された。一方、上記プロセスでN2ガスを流していなかった場合に得られたカーボンナノチューブ膜をSEMにて評価したところ、図3のSEM像に示されるように、カーボンナノチューブ膜の中に多くの不定形カーボン粒子が混在していることが確認された。
【0025】
(実施例2)
ここでは、還元性ガスの導入効果を確認するための実施例を示す。
【0026】
基板には、10mm角のステンレス304基板を用いた。ステンレス基板は、エタノール中で超音波洗浄した。このステンレス基板を表面に触媒薄膜を成膜せずに図1の基板保持用絶縁板に固定し、容器を高純度エタノール(99.9%)液体で満たした。ガス導入管から不活性ガスであるN2を100ml/minの流量で連続的に流し、基板表面をN2ガスの気泡で包むようにした。基板の表面温度を放射温度計で測定しながらカーボンナノチューブ合成温度である650℃になるまで電流を流して基板温度を上げた。基板表面温度が650℃に到達した後、N2ガスから還元性ガスであるH2に切り替え、H2ガスを100ml/minの流量で連続的に流し、基板表面をH2ガスの気泡で包むようにした。この還元状態を5分間持続させた。これによりステンレス基板表面の金属酸化膜が還元され、ステンレス基板に含まれているFe、Niなどの触媒金属が基板表面に析出され、触媒作用を有することになったと思われる。その後、H2を流すことをやめ、電流値を保持したまま、有機液体を基板に接触させ、カーボンナノチューブ膜を10分間成長させた。
【0027】
このようにして合成したカーボンナノチューブ膜をSEMにて評価したところ、図4のSEM像に示されるように、純度の高い配向カーボンナノチューブ膜であることが確認された。一方、上記プロセスでH2ガスを流していなかった場合に得られたカーボンナノチューブ膜をSEMにて評価したところ、図5のSEM像に示されるように、カーボンナノチューブとカーボン粒子とが混在した膜であることが確認された。
【0028】
(実施例3)
ここでは、反応性の炭素源ガスの導入効果を確認するための実施例を示す。
【0029】
基板には、10mm角の金属Ti基板を用いた。Ti基板は、エタノール中で超音波洗浄した後、真空蒸着法により膜厚10nmのCo薄膜を成膜した。高純度エタノール(99.9%)を用いた。このTi基板を図1の基板保持用絶縁板に固定し、容器を高純度エタノール(99.9%)液体で満たした。ガス導入管から不活性ガスであるN2を100ml/minの流量で連続的に流し、基板表面をN2ガスの気泡で包むようにした。そして、基板の表面温度を放射温度計で測定しながらカーボンナノチューブ合成温度である750℃になるまで電流を流して基板温度を上げた。基板表面温度が750℃に到達した後、ガス混合器の出力ガスをN2ガスから同一流量のH2ガスに切り替え、5分間持続させた。その後、電流値を保持したまま、25ml/minの流量の炭化水素系反応性ガスであるC2H2ガスに切り替え、有機液体とC2H2ガスとを同時に基板に接触させ、カーボンナノチューブ膜を10分間成長させた。
【0030】
このようにして合成したカーボンナノチューブ膜を透過電子顕微鏡(TEM)にて評価したところ、図6のTEM像に示されるように、ほとんとが太さ10nm以下のカーボンナノチューブで、単層カーボンナノチューブ、2層カーボンナノチューブも含まれていた。一方、上記プロセスでC2H2ガスを流していなかった場合に得られたカーボンナノチューブ膜をTEMにて評価したところ、図7のTEM像に示されるように、ほとんとが太さ10nm以上の多層カーボンナノチューブおよび不定形カーボン粒子の混合膜であった。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明の、液相への気相導入手段を有するカーボンナノチューブ合成装置の構成を示す図である。
【図2】不活性ガスであるN2ガスを導入した場合のSi基板上のカーボンナノチューブ膜のSEM像である。
【図3】不活性ガスであるN2ガスを導入しなかった場合のSi基板上のカーボンナノチューブ膜のSEM像である。
【図4】還元性ガスであるH2ガスを導入した場合のSUS基板上のカーボンナノチューブ膜のSEM像である。
【図5】還元性ガスであるH2ガスを導入しなかった場合のSUS基板上のカーボンナノチューブ膜のSEM像である。
【図6】N2ガス、H2ガスそして反応性ガスであるC2H2ガスを順次に導入した場合のTi基板上のカーボンナノチューブ膜のTEM像である。
【図7】N2ガスとH2ガスを順次に導入したが、その後に反応性ガスであるC2H2ガスを導入しなかった場合のSUS基板上のカーボンナノチューブ膜のTEM像である。
【符号の説明】
【0032】
1 有機液体
2 液体槽
3 蓋
4 電極
5 ヒーター
6 絶縁板
7 基板
8 ガス混合器
9 ガス導入管
10 排気管
11 気泡

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板を有機液体中に浸かり、ガスを液体中に導入し、ガスの気泡を基板に接触させながら基板を加熱し、基板表面に炭素膜を堆積させることを特徴とする、カーボンナノチューブ膜の合成方法と合成装置。
【請求項2】
前記基板は、触媒作用を有する金属基板であるFe基板、Ni基板、Co基板、それらの合金基板、ステンレス基板、基板表面に上記触媒金属を有する薄膜が成膜された各種金属基板およびセラミックス基板であることを特徴とする、請求項1に記載のカーボンナノチューブ膜の合成方法。
【請求項3】
前記有機液体は、炭素源となり得るエタノール、メタノール、オクタノールであることを特徴とする、請求項1に記載のカーボンナノチューブ膜の合成方法。
【請求項4】
前記ガスは、有機液体と基板との反応を一時的に避ける役割を果たすAr、N2、Heから選択される一種類のまたは混合された不活性ガス、触媒金属基板あるいは基板表面に成膜された触媒金属膜の表面酸化膜層を還元する役割を果たすH2、塩酸、硝酸、硫酸、弗酸から選択される一種類のまたは混合された還元性ガス、炭素源と成り得るC2H2、CH4、COから選択される一種類のまたは混合された反応性ガスであることを特徴とする請求項1に記載のカーボンナノチューブ膜の合成方法。
【請求項5】
有機液体中に置かれた基板の周囲に不活性ガス、還元性ガス及び反応性ガスが導入できる手段を有していることを特徴とする、カーボンナノチューブ膜の合成装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2006−219362(P2006−219362A)
【公開日】平成18年8月24日(2006.8.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−63021(P2005−63021)
【出願日】平成17年2月8日(2005.2.8)
【出願人】(301064633)株式会社マイクロフェーズ (3)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【Fターム(参考)】