説明

湿式多板クラッチ

【課題】軸方向中央側の摩擦板に充分な潤滑油を供給して、摩擦板の耐久性の向上を図ることが可能な湿式多板クラッチを提供する。
【解決手段】油圧クラッチ1のハブ部材81は、内周面と外周面とを連通する貫通孔93a〜93gが、ω1−ω2方向の異なる位相位置に、X1−X2方向に複数個列状に配置される。X1−X2方向中央側の外摩擦板91b,91c,91d,91e及び内摩擦板92b,92c,92dは、X1−X2方向外側の外摩擦板91a,91f,91g及び内摩擦板92a,92e,92f,92gに比して多くの潤滑油が供給されるように、X1−X2方向外側よりも中央側の貫通孔93b,93c,93d,93eが多数配置される。これにより、X1−X2方向外側に比して、摩擦により発生する熱が留まり易い中央側の外摩擦板及び内摩擦板の供給潤滑油の不足を防ぐ。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、湿式多板クラッチに係り、特にトラクタ等の作業車輌における多段変速装置に用いられて好適であり、詳しくは摩擦板の潤滑の向上を図った湿式多板クラッチに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、トラクタ等の作業車輌においては、走行用トランスミッションに、電気信号により操作される油圧制御手段により変速操作をし得る変速機構を備えたものがあり、該トランスミッションには、変速に際して自動的に伝動を遮断する油圧クラッチを備えたものがある。
【0003】
このような油圧クラッチは、円筒形状に形成されたハブ部材と、該ハブ部材の外周側で軸方向にオーバーラップするように配置されたドラム部材と、該ハブ部材と該ドラム部材にオーバーラップした部分で交互に係合して配置される複数の外摩擦板及び内摩擦板とを備え、ハブ部材に形成された貫通孔から回転時の遠心力によって該外摩擦板及び内摩擦板に潤滑油を供給し得るように構成された湿式多板クラッチからなる(例えば特許文献1)。
【0004】
【特許文献1】特開2002−70753号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、上記従来の湿式多板クラッチは、軸方向において外摩擦板及び内摩擦板が位置する範囲で、ハブ部材に複数の貫通孔を備え、該湿式多板クラッチの係合時に外摩擦板及び内摩擦板が密着する場合にも、軸方向において均一に潤滑油が供給されていた。
【0006】
しかしながら、外摩擦板及び内摩擦板の軸方向における中央側では、外側に比べて摩擦により発生する熱が留まり易く、外側では貫通孔以外にも端部からの潤滑油の供給があり、軸方向中央側の外摩擦板及び内摩擦板の方が、軸方向外側に比べて供給潤滑油が不足する虞があった。
【0007】
そこで本発明は、外摩擦板及び内摩擦板、特に軸方向中央側の摩擦板に充分に潤滑油を供給して、摩擦板の耐久性の向上を図ることが可能な湿式多板クラッチを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
請求項1に係る本発明は(例えば図1乃至図3参照)、円筒形状のハブ部材(81)と、該ハブ部材(81)の外径側に覆うように配置された円筒形状のドラム部材(80)と、前記ハブ部材(81)又は前記ドラム部材(80)に交互に係合して配置される複数の外摩擦板(91a,91b,91c,91d,91e,91f,91g)及び内摩擦板(92a,92b,92c,92d,92e,92f,92g)と、を備え、
前記ハブ部材(81)の内周側の潤滑油を該ハブ部材(81)に形成した貫通孔(93a,93b,93c,93d,93e,93f,93g)を介して前記外摩擦板(91a,91b,91c,91d,91e,91f,91g)及び内摩擦板(92a,92b,92c,92d,92e,92f,92g)に供給してなる、湿式多板クラッチ(1)において、
前記貫通孔(93a,93b,93c,93d,93e,93f,93g)を、軸方向(X1−X2方向)中央側の前記外摩擦板(91b,91c,91d,91e)及び内摩擦板(92b,92c,92d)が軸方向(X1−X2方向)外側の前記外摩擦板(91a,91f,91g)及び内摩擦板(92a,92e,92f,92g)に比して多くの潤滑油を供給されるように配置してなる、
ことを特徴とする湿式多板クラッチ(1)にある。
【0009】
請求項2に係る本発明は(例えば図2及び図3参照)、前記貫通孔(93a,93b,93c,93d,93e,93f,93g)は、前記ハブ部材(81)の周方向(ω1−ω2方向)の異なる位相位置に、軸方向(X1−X2方向)に複数個列状に配置されてなる、
請求項1記載の湿式多板クラッチ(1)にある。
【0010】
請求項3に係る本発明は(例えば図1参照)、前記湿式多板クラッチ(1)は、操作手段からの電気信号に基づき油圧装置を介して切換えられる油圧操作式歯車変速装置(9)における油圧クラッチである、
請求項1又は2記載の湿式多板クラッチ(1)にある。
【0011】
なお、上記カッコ内の符号は、図面と対照するためのものであるが、これにより特許請求の範囲の記載に何等影響を及ぼすものではない。
【発明の効果】
【0012】
請求項1に係る本発明によると、貫通孔を、軸方向中央側の外摩擦板及び内摩擦板が軸方向外側の外摩擦板及び内摩擦板に比して多くの潤滑油が供給されるように配置されているので、熱負荷の大きい軸方向中央側の摩擦板に充分な潤滑油を供給することにより確実に冷却して、耐久性の向上を図ることができる。
【0013】
請求項2に係る本発明によると、貫通孔は、ハブ部材の周方向の異なる位相位置に、軸方向に複数個列状に配置されているので、軸方向中央側に貫通孔を多く配置することができ、軸方向中央側の摩擦板が軸方向外側の摩擦板に比して多くの潤滑油が供給されるようにすることができる。
【0014】
請求項3に係る本発明によると、湿式多板クラッチは、操作手段からの電気信号に基づき油圧装置を介して切換えられる油圧操作式歯車変速装置における油圧クラッチであるので、油圧操作式歯車変速装置のギヤ類の保護や変速時のショックをやわらげることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明に関する実施の形態を図1乃至図3に沿って説明する。
【0016】
本発明の実施の形態の一例である作業車輌のトランスミッション10は、図1に示すように、該作業車輌の機体下部に一体に固定されたミッションケース(図示せず)の内部に主変速装置2、油圧クラッチ(湿式多板クラッチ)1、前後進切換装置3、副変速装置4及び超低変速装置5等を備えている。
【0017】
上記トランスミッション10は、図1に示すように、ミッションケースの内部に、エンジン7からの動力を伝達・遮断するクラッチ11に接続された出力軸12、該出力軸12に固定された出力ギヤ13、該出力ギヤ13と噛合する入力ギヤ15及び該入力ギヤ15を固定した入力軸16を備えている。該入力軸16には、歯数の異なる複数のギヤ16a,16b,16c,16dが一体に固定されている。
【0018】
上記主変速装置2は、ミッションケースに対して回転自在に支持された伝動軸20を備えており、該伝動軸20には、上記ギヤ16a,16b,16c,16dと常時噛合う歯数の異なるギヤ21a,21b,21c,21dが回転自在に支持されている。また、ギヤ21aとギヤ21bとの間には、シンクロメッシュ方式により該ギヤ21a,21bとそれぞれ選択的に係合、離脱可能なシフト部材22が、ギヤ21cとギヤ21dとの間には、シンクロメッシュ方式により該ギヤ21c,21dとそれぞれ選択的に係合、離脱可能なシフト部材23が、それぞれ伝動軸20の軸方向に移動自在に配置されている。
【0019】
なお、ミッションケース内には、入力軸16と隣接配置されたPTO主変速部77と、該PTO主変速部77の下流側にPTO軸の正逆回転を行わせるPTO回転切換装置78とが配置され、動力がPTO軸を介して作業機(図示せず)に出力できるように構成されている。
【0020】
上記油圧クラッチ1は、詳しくは後述するように、主変速装置2と前後進切換装置3との間に配置された湿式多板クラッチで構成され、油圧の供給により主変速装置2の出力を前後進切換装置3に伝達する入り状態となり、油圧の遮断により主変速装置2の出力を前後進切換装置3に伝達しない切り状態となり、走行駆動系の動力伝達が遮断される。
【0021】
入力軸30は、油圧クラッチ1を介して伝動軸20に連結され、該油圧クラッチ1の入り状態のときに該伝動軸20と共に回転する。入力軸30には、歯数の異なるギヤ31a,31bが一体に固定されている。
【0022】
上記前後進切換装置3は、入力軸30と平行に、ミッションケースに回転自在に支持された中間軸32と伝動軸35を備えている。該中間軸32には、ギヤ31aと噛合う中間ギヤ32aが一体に固定されている。
【0023】
伝動軸35には、ギヤ31bと噛合う36bと、ギヤ32aと噛合う36aとが回転自在に支持されている。該ギヤ36aとギヤ36bとの間には、シンクロメッシュ方式により該ギヤ36a,36bとそれぞれ選択的に係合、離脱可能なシフト部材37が、伝動軸35の軸方向に移動自在に配置されている。
【0024】
上記副変速装置4は、上記説明した伝動軸35の後半部分と、ミッションケースに回転自在に支持された伝動軸40とを備えている。該伝動軸35の後半部分には、歯数の異なるギヤ41a,41bが回転自在に支持されている。また、該ギヤ41aと41bとの間には、シンクロメッシュ方式により該ギヤ41a,41bとそれぞれ選択的に係合、離脱可能なシフト部材42が、伝動軸35の軸方向に移動自在に配置されている。
【0025】
伝動軸40は、ギヤ41aと噛合うギヤ43aと、ギヤ41bと噛合うギヤ43bとが一体に固定されている。また、伝動軸40には、歯数の異なるギヤ43c,43dが一体に固定されている。
【0026】
上記ギヤ43cは、ギヤ61aと噛合っており、該ギヤ61aは、該ギヤ61aよりも小径のギヤ61bと一体に形成され、伝動軸60に回転自在に支持されている。該伝動軸60は、上記伝動軸35と同一軸心上に位置するようにミッションケースに対して回転自在に支持されており、該ギヤ61a,61bのほかにも、ギヤ43dと噛合っているギヤ62を回転自在に支持している。また、伝動軸60には、ギヤ64が一体に固定されており、さらに該伝動軸60の軸方向に移動自在に配置され、大径のギヤと小径のギヤが一体に形成されたギヤ63が配置されている。
【0027】
上記超低変速装置5は、上記伝動軸40及び伝動軸60と平行に、ミッションケースに対して回転自在に支持された出力軸50を備えている。該出力軸50には、上記ギヤ61bと噛合うギヤ51aと、上記ギヤ62と噛合うギヤ51bとが回転自在に支持されている。該ギヤ51aとギヤ51bとの間には、シンクロメッシュ方式により該ギヤ51a,51bとそれぞれ選択的に係合、離脱可能なシフト部材52が、出力軸50の軸方向に移動自在に配置されている。また、該出力軸50には、上記ギヤ63と噛合うギヤ53が一体に固定されている。
【0028】
上記出力軸50は、ディファレンシャルギヤ75及び駆動車軸等を介して後輪76に接続され、作業車輌を走行駆動可能にしている。また、上記ギヤ63は伝動軸60を介してギヤ64に回転が伝達され、これら該ギヤ63及びギヤ64の回転がクイックターン装置71に伝達される。該クイックターン装置71では、クラッチの作動により該ギヤ63及びギヤ64のいずれか一方の回転がディファレンシャルギヤ72等を介して前輪73に伝達され、作業車輌を走行駆動可能にしている。なお、上記ギヤ63を伝動軸61の軸方向に沿って移動させることにより、前輪73への動力の伝達を遮断することもできる。
【0029】
次に、上記トランスミッション10の作用について説明する。
【0030】
例えば、エンジン7で出力された回転は、クラッチ11、出力軸12、及び該出力軸12に固定された出力ギヤ13、該出力ギヤ13と噛合する入力ギヤ15を介して、該入力ギヤ15を固定した入力軸16に伝達される。該入力軸16に伝達された回転は、歯数の異なる複数のギヤ16a,16b,16c,16dを介して主変速装置2に伝達される。
【0031】
該主変速装置2においては、シフト部材22がギヤ21a及びギヤ21bから離脱したニュートラル位置にあるときには、各ギヤ21a,21bは、それぞれ伝動軸20に対して空転している。シフト部材22がギヤ21a(もしくはギヤ21b)と係合している場合には、該シフト部材22がその係合しているギヤ21a(もしくはギヤ21b)と共に回転して伝動軸20を回転させる。
【0032】
また、シフト部材23がギヤ21c及びギヤ21dから離脱したニュートラル位置にあるときには、各ギヤ21c,21dは、それぞれ伝動軸20に対して空転している。シフト部材23がギヤ21c(もしくはギヤ21d)と係合している場合には、該シフト部材23がその係合しているギヤ21c(もしくはギヤ21d)と共に回転して伝動軸20を回転させる。
【0033】
即ち、主変速装置2は、ギヤ16a,16b,16c,16dと、これらギヤ16a,16b,16c,16dと常時噛合うギヤ21a,21b,21c,21dと、シフト部材22,23によりシンクロメッシュ方式の同期噛合式歯車変速装置で構成され、ギヤ16aとギヤ21a、ギヤ16bとギヤ21b、ギヤ16cとギヤ21c、ギヤ16dとギヤ21dの各噛合わせにより、伝動比の異なる4段の変速段が設定されている。
【0034】
ここで、例えば油圧クラッチ1が入り状態となっている場合には、伝動軸20の回転が入力軸30を介して前後進切換装置3に伝達される。
【0035】
該前後進切換装置3においては、シフト部材37がギヤ36a及び36bから離脱したニュートラル位置にあるときには、各ギヤ36a,36bは、それぞれ伝動軸35に対して空転している。シフト部材37がギヤ36a(もしくは36b)と係合している場合には、シフト部材37がその係合しているギヤ36a(もしくは36b)と共に回転して、伝動軸35を回転させる。
【0036】
このとき、ギヤ36aの回転を伝動軸35に伝達する場合と、ギヤ36bの回転を伝動軸35に伝達する場合では、中間ギヤ32aの作用により伝動軸35に伝達される回転方向が逆になる。即ち、ギヤ36bを介して伝動軸35に伝達される回転を、作業車輌の前進方向の回転とすれば、ギヤ36aを介して伝動軸35に伝達される回転は、作業車輌の後進方向の回転となり、該作業車輌の前後進の切換えを行うことができる。
【0037】
上記伝動軸35によって回転が伝達される副変速装置4においては、シフト部材42がギヤ41a及びギヤ41bから離脱したニュートラル位置にあるときには、各ギヤ41a,41bは、それぞれ伝動軸35に対して空転している。シフト部材42がギヤ41a(もしくはギヤ41b)と係合している場合には、該シフト部材42がその係合しているギヤ41a(もしくはギヤ41b)と共に回転して伝動軸40を回転させる。
【0038】
即ち、副変速装置4は、ギヤ43a,43bと、これらギヤ43a,43bと常時噛合うギヤ41a,41bと、シフト部材42によりシンクロメッシュ方式の同期噛合式歯車変速装置で構成され、ギヤ43aとギヤ41a、ギヤ43bとギヤ41bの各噛合わせにより、伝動比の異なる2段の変速段が設定されている。
【0039】
なお、上記主変速装置2及び副変速装置4によって油圧操作式歯車変速装置9が構成され、伝動比の異なる8段の変速段が設定される。該油圧操作式歯車変速装置9は、操作手段(図示せず)からの電気信号に基づき、油圧制御装置(油圧装置)(図示せず)を介して切換えられるようになっており、上記油圧クラッチ1は、該油圧操作式歯車変速装置9の変速操作時に切状態となるように作動するものである。
【0040】
上記伝動軸40に一体に固定されているギヤ43cは、一体に形成されたギヤ61a,61bを介して、また同様にギヤ43dは、ギヤ62を介して、それぞれ超低変速装置5に伝達される。
【0041】
該超低変速装置5においては、シフト部材52がギヤ51a及びギヤ51bから離脱したニュートラル位置にあるときには、各ギヤ51a,51bは、それぞれ出力軸50に対して空転している。シフト部材52がギヤ51a(もしくはギヤ51b)と係合している場合には、該シフト部材52がその係合しているギヤ51a(もしくはギヤ51b)と共に回転して出力軸50を回転させる。
【0042】
即ち、超低変速装置5は、ギヤ51a,51bと、これらギヤ51a,51bと常時噛合うギヤ61b,62と、シフト部材52によりシンクロメッシュ方式の同期噛合式歯車変速装置で構成され、ギヤ51aとギヤ61b、ギヤ51bとギヤ62の各噛合わせにより、伝動比の異なる2段の変速段が設定されている。これにより、本実施の形態に係る作業車両のトランスミッション10には、主変速装置2、副変速装置4及び超低変速装置5によって、伝動比の異なる16段の変速段が設定されることになる。
【0043】
そして、上記出力軸50の回転は、ディファレンシャルギヤ75及び駆動車軸を介して後輪76に伝達される。また、四輪駆動状態の場合には、出力軸50の回転が、ギヤ53、ギヤ63、伝動軸60、ギヤ64、クイックターン装置71、及びディファレンシャルギヤ72等を介して前輪73に伝達される。これにより、作業車輌は走行駆動される。
【0044】
次に、本発明の要部である油圧クラッチ1について説明する。
【0045】
油圧クラッチ1は、図2(b)に示すように、クラッチドラム(ドラム部材)80、ハブ部材81、ピストン82、リターンスプリング87、外摩擦板91a,91b,91c,91d,91e,91f,91g(以下、このような連続した符号を場合により省略して「91a〜91g」のように示す)及び内摩擦板92a〜92g等で構成されている。
【0046】
クラッチドラム80は、伝動軸30(図1参照)を被覆するように円筒形状に形成されたボス部80aと、該ボス部80aから略々径方向外周側へ延設されたフランジ状のフランジ部80bと、該フランジ部80bの外周側に一体に固定され、該フランジ部80bからX1方向側に延設されたドラム状のドラム部80cとによって構成されている。
【0047】
上記クラッチドラム80のボス部80aは、内周面に伝動軸30と係合するためのスプラインが形成されており、伝動軸30と係合し、該伝動軸30と一体回転すように構成されている。また、ドラム部80cの内周面には、略々中空円板状に形成された7枚の外摩擦板91a〜91gがX1−X2方向移動自在に、かつ、該ドラム部80aに対して回転不能に配設されている。さらに、ドラム部80cの内周面には、該外摩擦板91a〜91gのX1方向側には、該外摩擦板91a〜91gのX1方向側への移動を規制するためのクラッチプレート89が配設されている。
【0048】
そして、クラッチドラム80には、ボス部80aの外周面の一部と、フランジ部80bのX1方向側の側面と、ドラム部80cの内周面の一部とでシリンダ部が形成されている。なお、フランジ部80bには、詳しくは後述する作動油室85に連通する油路86が形成されている。
【0049】
上記ピストン82は、概ね上記クラッチドラム80の形状に合わせてX1方向側に内包される形状に形成されており、上述のシリンダ部に対向して該クラッチドラム80に対してX1−X2方向に摺動自在に配設されている。該シリンダ部と該ピストン82との間には、シールリング83,84が配設されており、これらシールリング83,84によってシールされて作動油室85が形成されている。また、該ピストン82は、径方向外周側でX1方向側の端部が外摩擦板91aを押圧するための押圧部82aとして形成されており、つまり上記作動油室85の油圧に基づき外摩擦板91aを押圧し得るように構成されている。
【0050】
一方、リターンスプリング87は、コイル状のスプリングからなり、上述したクラッチドラム80のボス部80aの一部を覆うように縮設されている。また、該リターンスプリング87のX1方向側の端部は、スプリングリテーナ101に係着され、該スプリングリテーナ101は、スナップリング102によってX1方向側への移動が規制されている。さらに、リターンスプリング87のX2方向側の端部は、ピストン82の径方向内周側部分と係着している。これにより、リターンスプリング87は、該ピストン82をクラッチドラム80に対してX2方向側に付勢している。
【0051】
ハブ部材81は、伝動軸20(図1参照)を被覆するように円筒形状に形成されたハブボス部81bと、該ハブボス部81bのX2方向側から略々径方向外周側に延設されたフランジ状のハブフランジ部81cと、該ハブフランジ部81cの外周側に一体に固定され、該ハブフランジ部81cからX2方向側に延設されたドラム状のハブドラム部81dとによって構成されている。
【0052】
上記ハブ部材81のハブボス部81bは、内周面に伝動軸20と係合するためのスプラインが形成されており、伝動軸20と係合し、該伝動軸20と一体回転するように構成されている。また、ハブフランジ部81cには、図2(a)に示すように、周方向(ω1−ω2方向)均等となるように8箇所配置された、潤滑油を取り込むための取込孔81aが設けられている。
【0053】
上記ハブ部材81のハブドラム部81dは、該ハブドラム部81dの外周面に、スプラインが形成されており、このスプラインに係合して、略々中空円板状に形成された7枚の内摩擦板92a〜92gが、図2(b)に示すように、上記外摩擦板91a〜91gと交互となるように、X1−X2方向移動自在、かつ、ハブドラム部81dに対して回転不能に配設されている。また、ハブドラム部81dのX2方向側の端部81eは、内周側に折り込まれるように形成されている。さらに、ハブドラム部81dには、内周側と外周側とを連通する貫通孔93a〜93gが設けられている。
【0054】
該貫通孔93a〜93gは、図2(b)及び図3(b)に示すように、上記スプラインの1箇所の谷部分においてX1−X2方向で複数箇所形成されており、その数量と形成される箇所とで区別された4種類のパターンの貫通孔列が構成されている。該貫通孔列は、図2(b)及び図3(b)に示すように、外摩擦板91a〜91g及び内摩擦板92a〜92gが密着した状態において、外摩擦板91a〜91gの位置に対応したX1−X2方向位置に配置されている。
【0055】
このような貫通孔列の中でも、図2(b)に示すように、外摩擦板91a,91c,91e,91gの位置に対応した位置に貫通孔93a,93c,93e,93gが形成された貫通孔列をパターンAとし、外摩擦板91b,91d,91fの位置に対応した位置に貫通孔93b,93d,93fが形成された貫通孔列をパターンBとする。また、図3(b)に示すように、外摩擦板91c,91eの位置に対応した位置に貫通孔93c,93eが形成された貫通孔列をパターンCとし、外摩擦板91b,91dの位置に対応した位置に貫通孔93b,93dが形成された貫通孔列をパターンDとする。
【0056】
そして、上記4種類の貫通孔列は、図2(a)及び図3(a)に示すように、上記ハブドラム部81dのω1−ω2方向に略々均等となるように10列設けられ、パターンA,Bは3列ずつ、パターンC,Dは2列ずつ同じパターン同士が隣り合わないように配置されている。
【0057】
つまり、外摩擦板91aの位置に対応する位置の貫通孔93aは、パターンAの貫通孔列に備えられているため、ω1−ω2方向上において3箇所に配置されることになり、外摩擦板91bの位置に対応する位置の貫通孔93bは、パターンB,Dの貫通孔列に備えられているため、ω1−ω2方向上において5箇所に配置されることになる。同様に、貫通孔93c,93eは、パターンA,Cに備えられているため、5箇所に配置され、貫通孔93dは、パターンB,Dに備えられているため、5箇所に配置される。さらに、貫通孔93fは、パターンBに備えられているため、3箇所に配置され、貫通孔93gは、パターンAに備えられているため、3箇所に配置されている。
【0058】
即ち、外摩擦板91a,91f,91gの位置に対応する位置の貫通孔93a,93f,93gは、ω1−ω2方向上においてそれぞれ3箇所ずつ配置され、外摩擦板91b,91c,91d,91eの位置に対応する位置の貫通孔93b,93c,93d,93eは、ω1−ω2方向上においてそれぞれ5箇所ずつ配置されることになるので、X1−X2方向中央側の外摩擦板91b,91c,91d,91eの方が、X1−X2方向外側の外摩擦板91a,91f,91gよりも多く貫通孔が配置されている。
【0059】
ついで、油圧クラッチ1の動作について説明する。油圧クラッチ1において、例えば油圧制御装置(図示せず)より油路86等を通じて作動油が作動油室85に供給され作動油圧が生じると、ピストン82がリターンスプリング87の付勢力に反してX1方向に押圧駆動され、該ピストン82の押圧部82aが上述した摩擦板91aをX1方向に押圧し、油圧クラッチ1が入り状態とされる。また、作動油室85より作動油圧が油路86を通じて排出されると、リターンスプリング87の付勢力によってピストン82がX2方向に押圧されて、該油圧クラッチ1は切状態とされる。
【0060】
該油圧クラッチ1が入り状態となる際、図2(b)及び図3(b)に示すように、外摩擦板91a〜91g及び内摩擦板92a〜92gが密着した状態となり、該外摩擦板91a〜91gと貫通孔93a〜93gとが対応した位置となる。ここで、取込孔81aより取込まれた潤滑油は、ハブ部材81の回転に伴って生じる遠心力によりハブドラム部81dの内周面側に寄せられ、上述した貫通孔93a〜93gより、ハブドラム部81dの外周側に潤滑油を放出することで外摩擦板91a〜91g及び内摩擦板92a〜92gに潤滑油が供給される。このとき、ハブドラム部81dの端部81eが堰となり、潤滑油がハブドラム部81dのX2方向側端部から流出してしまうことを防ぎ、該ハブドラム部81dの内周面側に保持されるようになり、確実に潤滑油を供給することが可能となる。
【0061】
そして、上述したように、X1−X2方向中央側の外摩擦板91b,91c,91d,91eの方が、X1−X2方向外側の外摩擦板91a,91f,91gよりも、ω1−ω2方向上において多く貫通孔が配置されているので、該X1−X2方向中央側の外摩擦板91b,91c,91d,91e及び内摩擦板92b,92c,92dに多くの潤滑油を供給することが可能となる。
【0062】
以上のように本発明に係る油圧クラッチ1によると、貫通孔93a〜93gを、X1−X2方向中央側の外摩擦板91b,91c,91d,91e及び内摩擦板92b,92c,92dがX1−X2方向外側の外摩擦板91a,91f,91g及び内摩擦板92a,92e,92f,92gに比して多くの潤滑油が供給されるように配置されているので、熱負荷の大きいX1−X2方向中央側の摩擦板に充分な潤滑油を供給することにより確実に冷却して、耐久性の向上を図ることができる。
【0063】
また、貫通孔93a〜93gは、ハブ部材81のω1−ω2方向の異なる位相位置に、X1−X2方向に複数個列状に配置されているので、X1−X2方向中央側に貫通孔を多く配置することで、X1−X2方向中央側の摩擦板がX1−X2方向外側の摩擦板に比して多くの潤滑油が供給されるようにすることができる。
【0064】
また、油圧クラッチ1は、操作手段からの電気信号に基づき油圧制御装置を介して切換えられる油圧操作式歯車変速装置9における油圧クラッチであるので、油圧操作式歯車変速装置9のギヤ類の保護や変速時のショックをやわらげることができる。
【0065】
なお、本実施の形態ではトラクタのトランスミッションに適用されるものとして説明したが、これに限らず、例えば自動変速機等の湿式多板クラッチとして適用することが可能であり、更には湿式多板ブレーキとして適用することも可能である。
【図面の簡単な説明】
【0066】
【図1】作業車輌の伝動系統図。
【図2】本発明に係る油圧クラッチの外摩擦板及び内摩擦板が密着した状態を示す図で、(a)は貫通孔列パターンA及びパターンBの配置を示すハブ部材の正面図、(b)は油圧クラッチの貫通孔列パターンA及びパターンB部分の断面図。
【図3】本発明に係る油圧クラッチの外摩擦板及び内摩擦板が密着した状態を示す図で、(a)は貫通孔列パターンC及びパターンDの配置を示すハブ部材の正面図、(b)は油圧クラッチの貫通孔列パターンC及びパターンD部分の断面図。
【符号の説明】
【0067】
1 湿式多板クラッチ(油圧クラッチ)
9 油圧操作式歯車変速装置
80 ドラム部材
81 ハブ部材
91a,91b,91c,91d,91e,91f,91g 外摩擦板
92a,92b,92c,92d,92e,92f,92g 内摩擦板
93a,93b,93c,93d,93e,93f,93g 貫通孔

【特許請求の範囲】
【請求項1】
円筒形状のハブ部材と、該ハブ部材の外径側に覆うように配置された円筒形状のドラム部材と、前記ハブ部材又は前記ドラム部材に交互に係合して配置される複数の外摩擦板及び内摩擦板と、を備え、
前記ハブ部材の内周側の潤滑油を該ハブ部材に形成した貫通孔を介して前記外摩擦板及び内摩擦板に供給してなる、湿式多板クラッチにおいて、
前記貫通孔を、軸方向中央側の前記外摩擦板及び内摩擦板が軸方向外側の前記外摩擦板及び内摩擦板に比して多くの潤滑油を供給されるように配置してなる、
ことを特徴とする湿式多板クラッチ。
【請求項2】
前記貫通孔は、前記ハブ部材の周方向の異なる位相位置に、軸方向に複数個列状に配置されてなる、
請求項1記載の湿式多板クラッチ。
【請求項3】
前記湿式多板クラッチは、操作手段からの電気信号に基づき油圧装置を介して切換えられる油圧操作式歯車変速装置における油圧クラッチである、
請求項1又は2記載の湿式多板クラッチ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−2516(P2008−2516A)
【公開日】平成20年1月10日(2008.1.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−170767(P2006−170767)
【出願日】平成18年6月20日(2006.6.20)
【出願人】(000001878)三菱農機株式会社 (1,502)
【Fターム(参考)】